宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

トラベラー40年史(1) 黄金の時代(~1987年)

2017-07-22 | Traveller
 1947年に生まれた「彼」は、14歳で『D-DAY』(Avalon Hill)と出会い、これが彼にとってのゲームの原体験となりました……が、実際にはルールを理解できずに棚にしまわれました。
 イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)に進学した彼はそこで政治学の「ロールプレイング」と「シミュレーション」を学び、やがて陸軍に入ってベトナム戦争に砲兵として従軍しました(実際には防空任務の需要がなかったので、司令部勤務だったそうです)。
 1972年に24歳で軍を除隊した彼は、偶然イリノイ州立大学ゲーム同好会(Illinois State University Strategic Games Club)に出会います。この会はフランク・チャドウィック(Frank Chadwick)とリッチ・バナー(Rich Banner)が設立・運営しており、ここでようやく彼は棚に収められたままだった『D-DAY』をちゃんと理解して遊ぶ機会を得られました。ゲーム同好会の常連となった彼は深夜まで様々なゲームにのめり込み、やがてチャドウィック、バナーと共に自分のゲームを制作するようになりました。
 こうして彼は『Triplanetary』というゲームを作り上げるのですが、同時に彼と仲間たちはゲームに可能性を感じ、大学にゲームデザイナーとして雇うよう働きかけます。1973年1月、彼とチャドウィックとバナーは「Simulation Research Analysis and Design(SIMRAD)」を立ち上げて、学内で使用されるシミュレーション器具を受注して制作する仕事に励みました。しかしSIMRADへの大学の資金提供が1年半で打ち切られたため、彼らは創業に打って出ます。社長にはチャドウィック、彼が副社長となり、バナーはアートディレクターに就きました。また、創業時に新たにローレン・ワイズマン(Loren K. Wiseman)と、『Triplanetary』をミラーと共に作り上げたジョン・ハーシュマン(John Harshman)が加わって、1973年6月22日、最初の商業ゲームの発売と共に「Game Designers' Workshop(GDW)」の船出が宣言されました。最初の「本社」は、ミラーとチャドウィックが住むアパートに置かれました(後にイリノイ州ノーマルに社屋を移転)。
 GDWは当初、市場人気の高い第二次世界大戦ものに限らず数々のウォーシミュレーションゲームを産み出しましたが、1973年の段階であの『Triplanetary』を商業生産するなど、SFゲームへの関心を失ったわけではありませんでした。
 1974年、ゲーム業界に大革新が訪れます。ゲイリー・ガイギャックス率いるTSR社が『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』を発売し、「ロールプレイングゲーム(RPG)」という新たなジャンルがやがて社会現象をも引き起こしました。当時のGDWでも仕事を忘れて迷宮探検に没頭していたようです(そのため「勤務中は厳禁」とする社則が設けられました)。GDWも遅れ馳せながら、1975年にチャドウィックらが銃士もののRPG『En Garde!』を開発して流れに乗ってきます。
 1976年、彼はその頃の市場で空白となっていた「サイエンス・フィクションRPG」を作りたいと仲間に告げ、了承を得ると制作に没頭します。彼は若い頃に触れていたE・C・タブの『デュマレスト・サーガ(Dumarest of Terra)』、アイザック・アシモフの『ファウンデーション(The Foundation)』、H・ビーム・パイパーの『スペース・ヴァイキング(Space Viking)』、ラリー・ニーヴンの『ノウンスペース(Known Space)』、ジェリー・パーネルの『連合国家(CoDominium)』、ポール・アンダースンの『惑星間協調機関(The Psychotechnic League)』といったSF小説から着想を得て、チャドウィックやワイズマンやハーシュマンの助けも借り、それはやがて「キャラクター作成と戦闘ルール」「宇宙船に関するルール」「世界作成ルール」と形になっていきました。軍隊「出身者」が冒険の旅に出るというゲーム構造は、ミラーらの経歴から発想されました。彼の仲間たちはそれを使って冒険を堪能し、楽しんだだけでなく良質のゲームだと判断しました。原稿は後に「Little Black Book」と呼ばれる5.5✕8.5インチの本3冊にまとめられ、サイコロ2個とともに箱詰めされました。リッチ・バナーが別の仕事で忙しかったので、箱や表紙は黒一色となりましたが。
 そのゲームの表題は『Traveller』とされました。購買層を考慮して「スター~」「スペース~」といった題名を避け、米国英語では普通使われない「ll」の綴りを商標保護のためにあえて用いました。

「プレイヤー・キャラクターが何をすべきかを、我々は表題で喚起したかった」
(ローレン・ワイズマン)

 彼の名は、マーク・ウィリアム・ミラー(Marc William Miller)。『トラベラー』の歴史が、ここから始まります。


【1977年】
こちら自由貿易商船ベオウルフ号、誰か応答してくれ……
メイデイ、メイデイ……我々は攻撃の中にあり……主機関が破損した……
第一砲塔も反応がない……メイデイ……船室の気圧も失われた……
誰か応答してくれ……頼むから助けてくれ……
こちら自由貿易商船ベオウルフ号……
              メイデイ……

(『Basic Traveller』の箱に書かれた一文)


(CC BY-SA 4.0)
 1977年7月22日、ニューヨーク市のスタテン島で行われたゲーム見本市「オリジンズ'77」にて、『Basic Traveller』ボックスセットは先行発売されました(※小売店での一般販売は9月頃になったらしいですが、はっきりしたことはわかりません)。この『Basic Traveller』は評判が評判を呼び、最終的に12刷64320セットを出荷する大ヒット作となって、『D&D』『ルーンクエスト』と並ぶ古典RPGの「ビッグ3」と称される地位を築きます。

「2000部売れればと思っていたら、1万部台に達してしまった」
(マーク・ミラー)

 実のところ、『トラベラー』が最初のSF-RPGというわけではありません。Flying Buffalo社の『Starfaring』やTSR社の『Metamorphosis Alpha』が既に1976年中に発売されています。しかし1977年5月に映画『スター・ウォーズ』の公開でSF、特にスペースオペラの大ブームが巻き起こり、その直後に発売された最初のSF-RPGだったのです。大きな注目を集めるのは必然だったと言えるでしょう。

「映画館からの帰りの車中で、マークと話をした。詳しくは忘れてしまったが一言だけ覚えている。『ローレン、トラベラーこそスター・ウォーズなんだ』。そして彼は正しかった」
(ローレン・ワイズマン)

 ゲームシステムの面でも、16進数を用いる能力値表記や星系データはSFの雰囲気をよく出しており、『D&D』に代表されるクラス制ではなくスキル制をいち早く導入したのは革新的で、星系間貿易ルールどころか「人生の機微すら感じられた」キャラクター作成ルールすらソロプレイに向いていました。またリアリティ重視の観点から、キャラクターは他のゲームと比べて負傷に対して極めて脆弱であり、「人間はそう簡単に成長しない」とばかりに経験値による成長システムを廃したのも大きな特徴です。そして星系データや異星生物の作成ルールによって、冒険の舞台を誰もが想像力が尽きるまで用意することができました。
 ちなみに独特の「キャラクター作成時にキャラクターが死亡する」というルールは、テストプレイの際に「経験豊富で金持ちな年老いたキャラクター」ばかりを作られた(※成長の機会が作成時のみなので無理もありませんが)ことから対抗策として設けられたもの、と後に語られました。

 またこの年、ミラーは『Imperium(インペリウム)』を発表します(初版はConflict Game Companyから。2年後の再販分からGDWに移管)。宇宙の彼方からやって来た〈帝国〉軍と地球軍の戦いを描いた戦略級SFウォーゲームで、これ自体は1973年から開発に入っていたものですが(試作段階では『Star Fleet』という題名で、当初は拡張マップ『Twilight』との連結も構想されていました)、後に『トラベラー』史に大きな影響を与えることとなります。


【1978年】
「私が見た『トラベラー』の最初のレビューには、『これは素晴らしいが、私はシナリオのないRPGをやらない。背景設定も欲しい』とあった。同時に彼は編集後記で『私は特定の背景設定に縛られてプレイするようなゲームをやらない』ともしていたので、だから私は双方の消費者の態度に対処しなくてはならなかった」
(マーク・ミラー)

 GDWは当初、単独で完結している『トラベラー』の拡張を考えていませんでした。彼らは購入者が(自分たちと同じように)自分自身の宇宙設定を作り、NPCを生み出していると思っていました。しかし多くの人にはそうするだけの暇がないことに気付きます。

 この年、GDWは『Supplement 1: 1001 Characters(1001人のキャラクター)』『Book 4: Mercenary(傭兵部隊)』のサプリメント本を発売しました。他社に大きく先駆けて「特定の職業を掘り下げていく」本を出したこと以上に、特に重要なのは、『Mercenary』は文中に〈帝国(Imperium)〉という用語が登場した最初の本だということです。
 実は前年発売の『Imperium』とは別に、ミラーたちは1975年~1976年にかけて〈帝国〉というSFウォーゲームを練っていました。地球周辺20光年を舞台に様々な異星種族が軍事や経済で覇を競い合う内容で、アスラン、ハイヴ、ヴァルグルといった後の異星種族の原型が既に存在していました。ミラーはこれを銀河系規模に拡張して設定を創り上げていくのですが、しかし、〈帝国〉の全貌が明らかになるのはもう少し後のことになります。

「私はこの未来社会を、解りやすく親しみやすいものにしようとした」
(マーク・ミラー)

 また、『Mercenary』は最終的に23刷103849冊という、記録が残っているものの中では歴代最高の印刷数を記録しています(発行10万部以上は、この他に翌年発売された『Book 5: High Guard(宇宙海軍)』のみです)。

 そしてこの年、宇宙戦闘ゲーム『Mayday(メイデイ)』が発売されました。この時点では『トラベラー』とは独立した「シリーズ120」(120個の駒と12頁のルール、120分で遊べることを目指した入門者向けウォーゲーム)の一つでしたが、『トラベラー』との連携は初めから考慮されていたようです。『Triplanetary』譲りのベクトル移動ルールが特色の『メイデイ』は、この年付のチャールズ・ロバーツ賞(Best Fantasy / Futuristic Board Game部門)を受賞しています。

 Metagaming Concepts社が発行していたSFゲーム誌『Space Gamer』第15号から、『トラベラー』の記事が登場します。ただし毎号のように記事が掲載されるようになるのは第32号(1980年10月号)以降で、丸2年の空白期があります。
 他にもTSRの『Dragon』誌(第18号~第120号)や、Chaosiumの『Diffrerent Worlds』誌(第9号~第46号)、Games Workshopの『White Dwarf』誌(第9号~第82号)、Judges Guildの『Dungeoneer』誌(第9号~第19号)といったRPG雑誌にも『トラベラー』の記事が掲載されるようになりました。


【1979年】
 「Book」「Supplement」に続く新たなシリーズとして、ようやく冒険シナリオを収めた「Adventure」シリーズの刊行が始まります。第一弾はとある巡洋艦をめぐる物語の『Adventure 1: The Kinunir(キンニール)』で、この年付のH・G・ウェルズ賞(Best Roleplaying Adventure部門)も受賞しています。
 Supplementシリーズでは『Animal Encounters(異星生物との遭遇)』『Citizens of the Imperium(帝国市民)』も出ましたが、中でも重要なのが『The Spinward Marches(スピンワード・マーチ宙域)』です。星域単位の簡単な解説ながら、『キンニール』で示されたリジャイナ星域以外の全貌が明らかになったことで、旅の舞台は大きく広がりました。
 また、艦内戦闘ゲーム『Snapshot』も発売されています。これも「シリーズ120」ながら『トラベラー』との連携は意識されており(そもそも命中判定が『トラベラー』と同じです)、1マス1.5m四方のデッキプラン上での戦闘ルールとして機能していました。

 ローレン・ワイズマンを編集長に据えて、季刊誌『Journal of the Travellers' Aid Society』によるサポートも開始されます。第1号の特集は(いまだに)謎の宇宙船「アニック・ノヴァ(Annic Nova)」。ショートシナリオ「アンバーゾーン(Amber Zone)」、各地の異星生物や装備品の紹介といった定番コーナーも創刊当時に出来上がっています。そして『トラベラー』を特徴づける「トラベラー・ニュースサービス(TNS)」の掲載は第2号から始まり、これによりゲーム内の「歴史が動く」というリアルタイム性が当時の人々を更に惹きつけました。
 ウィリアム・キース(William H. Keith Jr.)とアンドリュー・キース(J. Andrew Keith)の「キース兄弟」が登場したのは第4号からでした。弟アンドリューが黎明期のJTAS誌に(ゲーム代を浮かせるために)投稿を始め、兄ウィリアムも「自分の方が上手くできる」とそれに続いたことで両者がワイズマンの目に留まり、デビューの運びとなりました。その後の彼らは、初期『トラベラー』の宇宙観を深める原稿や美麗なイラストを多数手掛け、無くてはならない存在となります。その活躍ぶりは、様々な仕事を「John Marshal」や「Keith Douglass」といった数々の偽名を使い分けてこなしていたことからも伺えます(後に熱心な読者に語彙分析で指摘されて白状しています)。
 ちなみにJTAS誌は、H・G・ウェルズ賞(Best Magazine Covering Roleplaying部門)を1979年、1980年、1981年の3度受賞しています。

 この年からGDWはライセンス提供を行い、『トラベラー』のサプリメントを自社以外も開発・販売できるようにしました。そこでまず参入したのが『D&D』などのサプリメント本を出していたJudges Guild社で、レフリー・スクリーン、ログブックといった小物から、『Dra'k'ne Station』を皮切りとしたシナリオ集・設定集、デッキプラン集を次々と出していきます。


【1980年】
 Adventureシリーズでは『Research Station Gamma(研究基地ガンマ)』に加えて、この年付のH・G・ウェルズ賞(Best Roleplaying Adventure部門)を受賞し、名作と名高い『Twilights Peak(黄昏の峰へ)』が発売されています。この作品では従来の単発シナリオと異なり、複数の冒険を繋ぎ合わせた「キャンペーン・シナリオ」の形式が提唱されました。
 また、Adventureシリーズの亜種として「Double Adventure」シリーズが始まります。これは20頁程度の小規模シナリオを1冊に2つ収めたもので、1960年代のSF小説の出版形式を模したものだそうです。この年は『Shadows / Annic Nova(シャドウ/アニック・ノヴァ)』『Across the Bright Face / Mission on Mithril(焦熱面横断/ミスリルでの使命)』が販売されています。
 Supplementシリーズでは『76 Patrons(60人のパトロン)』『Traders and Gunboats(商船と砲艦)』が販売されました。前者は「偶然の遭遇」による冒険の端緒を60人分と「傭兵チケット」を16種類収めたもので(※日本語版ではこの部分を分けて収録したのでタイトルが変わっています)、後者は各種艦船の解説とデッキプランが記されています。
 前年に発売されたばかりの『Book 5: High Guard』には、早くも改訂版が登場しています。旧版の購入者向けには、JTAS第6号~第8号にて変更部分が全て公開されました。

 関連ウォーゲームでは『Azhanti High Lightning(アザンティ・ハイ・ライトニング)』『Dark Nebula(ダークネビュラ)』発売されました。前者は『Snapshot』を転用した艦内戦闘ゲームで、この年付のチャールズ・ロバーツ賞(Best Fantasy / Science-Fiction Board Game部門)を受賞しています。後者は『Imperium』を「シリーズ120」に合うように簡略化し、無作為に組み合わせ可能なゲームボードが特徴となっています。加えて『Mayday』は第2版となり、包装が袋詰めから箱に変更されました。『トラベラー』とは直接の関係はないですが、ボードゲーム『Asteroid(アステロイド)』が発売されたのもこの年です。

 そして『Different Worlds』第9号にて、ついに〈第三帝国〉の設定が明らかになりました。自社誌のJTASではなくわざわざ他社誌を選んだ理由は不明ですが、この5頁の記事により既知宇宙(Charted Space)の全体像や、『Imperium』をも取り込んだ宇宙史が示されたのです。
 さらにGDWは、サードパーティ各社に「開拓認可状(Great Land Grants)」を出し、これを受けて既知宇宙各地の「開拓」が一斉に開始されます。Judges Guildは早くも年内に『Ley Sector』(およびその中の星系を解説した『Tancred』)、翌1981年には『Crucis Margin』『Glimmerdrift Reaches』『Maranantha-Alkahest Sector』を矢継ぎ早に発売し、Paranoia Pressは1981年に『Beyond』『Vanguard Reaches』を、Group Oneも同年『Theta Borealis Sector』を、FASAも同年『High Passage』誌(全5号)を創刊してオールド・エクスパンス宙域を、翌82年には(編集社を契約解除して新創刊した)『Far Traveller』誌(全2号)でリーヴァーズ・ディープ宙域を、シナリオでは『Sky Raiders』三部作や『Uragyad'n of the Seven Pillars(砂漠の傭兵)』『Rescue on Galatea(ガラテア救出作戦)』を1981年~1982年にかけてファー・フロンティア宙域で展開するなど、宇宙観は爆発的に広がりました。これら会社間の設定の調整には、ジョン・ハーシュマンが飛び回りました。
 GDWも1980年中にトロージャン・リーチ宙域を舞台にした『Adventure 4: Leviathan(リヴァイアサン)』を発売し、Games Workshop制作ゆえに設定に若干の齟齬はあるものの、長く愛される作品となりました。余談ですがこの本には、ゲームブック『火吹山の魔法使い』で名高いイアン・リビングストン(Ian Livingstone)が編集に参加しています。

 後に『Battletech』や『Shadowrun』で名を馳せるFASA社は、ジョーダン・ワイズマン(Jordan Wiseman)らによってこの年設立されたばかりでした。そんな彼らの企業としての第一歩は『トラベラー』用のデッキプラン『I.S.P.M.V. Tethys』でしたが、この頃のFASAにはイラストレーターがおらず、単純で稚拙な線画しか掲載することができませんでした。
 そこでジョーダン・ワイズマンは、マーク・ミラーの紹介で面識があったキース兄弟に白羽の矢を立てて招聘します。彼らを得たFASAは高品質の製品を作ることが可能となり、またキース兄弟もGDWとFASAの双方で自分たちが望むように『トラベラー』宇宙を開拓していきます(ちなみに前述の『I.S.P.M.V.』シリーズも後にキース兄弟によって手直しされています)。
 またこの年は、Judges Guildからの独立組で創業されたGroup Oneも参入しています(が、刊行点数こそ多かったものの翌年に解散し、従業員の多くはJudges Guildに出戻りました)。
 そして記録上ではこの頃には、Martian Metals社が『トラベラー』のメタルフィギュアの販売を開始していたようです。1982年とされる事業終了まで、最終的に車両も含めて40種類以上のフィギュアが制作されています。


【1981年】
TNSニュース速報

リジャイナ/リジャイナ(0310 A788899-A)発   1107年187日付
 リジャイナ公は家令を通じて緊急会見を行い、本日午前12時01分をもって帝国とゾダーンが公式に戦争状態に入ったと発表しました。家令によると、昨晩遅くにゾダーンのシュタービフリアシャフ大使から宣戦布告書を手渡されたとのことです。家令はこれ以上の情報は現時点では無いと述べて、記者陣からの質問には答えませんでした。

 JTAS誌に掲載されるTNSではきな臭い報道が続いてきていましたが、第9号掲載分でついに「第五次辺境戦争」が開戦となりました。この年発売された製品も、戦略級ウォーゲーム『Fifth Frontier War(第五次辺境戦争)』、ミニチュアゲーム『Striker』、艦船データ集『Supplement 9: Fighting Ships(戦闘宇宙艦)』と軍事色の強いものがずらりと並んでいます。『High Guard』で作り上げた自慢の艦船を一定のルール下で存分に戦わせられる『Trillion Credit Squadron(一兆クレジット艦隊)』や、シナリオ『Expedition to Zhodane』も発売されました。

 また1981年はルールブックが新版に移行した年でもあります。基本ルールであるBook 1~3の記述は各所が改められ、より〈帝国〉設定との結び付きが強まりました。またこの3冊に加えて『Book 0: An Introduction to Traveller』『Introductory Adventure: The Imperial Fringe』や「スピンワード・マーチ宙域図」を封入した『Deluxe Traveller』ボックスセットも発売されています。特にBook 0は、ロールプレイングゲームとはなにか、レフリーやプレイヤーのやり方、キャンペーン・シナリオの組み方などRPGの入門書としての役割を担っていましたが、遊び方の見本として「トム(レフリー)、ディック、ハリー、グロリア」の4人がどう発言したかを戯曲の台本のように表記した……つまり今で言う「リプレイ」が掲載されているのが注目点です。

 キース兄弟制作の『Double Adventure 5: The Chamax Plague / Horde』は、1981年7月のゲーム大会「GenCon East」にて行われた競技シナリオを含めたシナリオ集ですが、これは「フォーイーヴン宙域」を舞台とした数少ないGDW「公式」出版物です(※現在では「Free Sector宣言」によって、フォーイーヴン宙域を舞台にした公式出版物が出されることはありません)。

 カナダの『Adventure Gaming』誌第6号に、マーク・ミラー書き下ろしのシナリオ『Stranded on Arden』が掲載されました。これは後に「出国ビザ型」と呼ばれる、官僚機構という名の迷宮を右往左往させられる『トラベラー』独特の型式のシナリオの元祖です。この作品は1993年になってStar Quest Gamesから復刻単行本が発売されたものの長らく幻となっていましたが、2001年にようやく『Double Adventure 7』に収録されました。

 Games Workshopは前述の通り、自社誌『White Dwarf』にて『トラベラー』の記事掲載を行っていましたが、自社製品としてはこの年にデッキプラン集『IISS Ship Files』や『Personal Data Files』『Star Ship Layout Sheets』といった小物を展開しただけで終了しました。
 Marischal Adventuresからは、キース兄弟がGDWで没とされたシナリオ『Fleetwatch』『Flight of the Stag』『Salvage Mission』や、『Space Gamer』誌に掲載した「スコティアン・ハントレス号」シリーズの『Flare Star』『Trading Team』『Periastron』『The Newcomers』が単行本化(といっても1冊が4~6頁という代物でしたが)されました。そしてこのシリーズのもう一つの作品『Night of Conquest(侵略の夜)』は、翌年に『Double Adventure 6』に収録されてGDWから発売されています。
 そのキース兄弟の助力を得たFASAは、デッキプランに加えて『Ordeal by Eshaar』でシナリオ集にも参入し、特に翌年にかけて発売された『Sky Raiders』三部作は、初期シナリオの中でも傑作巨編として知られています。

 この年発売された『Double Adventure 3: Death Station / The Argon Gambit(デスステーション/アルゴン・ギャンビット)』『Double Adventure 4: Marooned / Marooned Alone(逃避行/単独逃避行)』は従来のスピンワード・マーチ宙域ではなく、新たに「人類の故郷」ソロマニ・リム宙域を旅の舞台としていました。翌年には『Supplement 10: The Solomani Rim』『Adventure 8: Prison Planet』、さらにその翌年には『Adventure 9: Nomads of the World Ocean(海洋世界の遊牧民)』『Adventure 11: Murder on Arcturus Station』と立て続けにそこを舞台にした書籍も発売されるなど、スピンワード・マーチ宙域と平行して新宙域の整備が続きました。
 ちなみに描く時代こそ違いますが、帝国軍による地球侵攻をテーマにしたウォーゲーム『Invasion: Earth』も発売されています。

 現在確認されている最古の『トラベラー』ファンジン(ファン制作の雑誌)である『Alien Star』が、この年創刊されました。当初は英国ドーセットにある中等教育校(Grammar School)での会報として制作され、ゲーム大会や『White Dwarf』誌を通じて販売されました。後に大学進学などの事情で編集権はD.W.Hockham社に譲り渡され、1982年の第8号まで刊行されています。

 そしてこの年付で、マーク・ミラーはチャールズ・ロバーツ賞の殿堂入りを果たしました。また『Games Magazine』誌は「Games 100」に『トラベラー』を選んでいます(その後も1982年、1983年、1984年、1991年に受賞)。

 5月20日にGDWは、Edu-Ware Services社との訴訟で和解に至っています。Edu-Wareは1979年に『Space』『Space II』というコンピュータゲームを出したのですが、これをGDWは『トラベラー』の著作権侵害だとして訴えていたのです(事実、『トラベラー』の模倣としか言いようのない代物でした)。その結果、GDWは和解金の支払いと引き換えに2作品の著作権と全在庫を譲渡されました(つまり流通を停止させることができたのです)。

 ところで、Chaosium社からファンタジー小説原作の『Thieves' World』が発売されたのですが、これは当時としては珍しい「汎用RPG設定集」でした。様々なRPGに対応させるためのルールや図表が盛り込まれていて、その中には『トラベラー』も含まれていました。『Thieves' World』自体が世界初のシェアード・ワールド小説なので、その精神が反映されたとも考えられます。

 出版点数や出来事から振り返ると、この時が『トラベラー』の絶頂期とも言える年でした。なおこの年、GDWは社屋をイリノイ州ブルーミントンに移転しています。


【1982年】
 1981年版のBook 1~3を加筆修正し、シナリオ『Shadows(シャドウ)』『Exit Visa(出国ビザ)』、既知宇宙やリジャイナ星域の解説などを全て160頁のペーパーバック1冊にまとめた『The Traveller Book』が発売されました。RPG市場は成熟が進んでもはやLBBでは店舗の棚で目立たないので、判型の大型化と表紙のカラー化という改良が施されたのです。
 Adventureシリーズでは傭兵シナリオ『Broadsword(ブロードソード)』が、Supplementシリーズでは前年発売の『Library Data(A-M)』に続いて『(N-Z)』が発売されました。この『Library Data』は単にライブラリ・データを集めただけでなく、帝国皇室やメガコーポレーションに関する情報、スピンワード・マーチ宙域の歴史、ソロマニ・リム宙域の政治力学など興味深い情報も収められています。

 『Imperium』などのGDW製ウォーゲームをホビージャパンが輸入し、日本国内で和訳ルール付きで販売を開始しました。また、創刊されたばかりのウォーシミュレーションゲーム専門誌『タクテクス(TACTICS)』第3号では、海外の動きとして初めて『トラベラー』を紹介する記事が掲載されました(本格的な紹介記事は、翌年第5号の「宇宙をたずねてみませんか? ロールプレイングゲーム“トラベラー”の世界」(高梨俊一)を待ちます)。

 メタルフィギュア製造のCitadel Miniatures社が参入し、1983年にかけて『Adventurers』『The Military』『Ships Crew』『Civilians』『Aliens』の5種類のボックスセット(1箱20個入り)を販売します。これとは別にブリスターパック版も存在し、『Adventurers』『Military』『Aliens』『Law Officers』『Robots』が販売されています(基本的に箱版の再構成ですが新造されたフィギュアも封入されています)。
 また北米市場でCitadel製品を販売していたRAFM Companyもビニール袋入りで5セットを販売し、後に『Striker』向けに再構成した11セットを出しています。

 スティーブ・ジャクソン率いるSteve Jackson Gamesが参入しますが、この時はペーパーフィギュア『Card Board Heroes』の販売のみに留まりました。ただし同社が1980年の独立開業と同時に得た『Space Gamer』誌で、『トラベラー』のサポートは続けられました。
 この会社が『トラベラー』史における重要な役割を担うのは、まだ先のことです。


【1983年】
 前年発売の『The Traveller Book』を「Rules Booklet」「Charts and Tables」「Adventures」に三分割し、サイコロなどを封入したボックスセット『Starter Traveller』が発売されました。ただし収録シナリオは『Shadows(シャドウ)』と『Mission on Mithril(ミスリルでの使命)』に変更され、設定紹介は割愛されました。製品の位置付けとしては、従来ファン向けの完全版である『The Traveller Book』に対して、新規入門者向けの『Starter Traveller』だったようです。

 『トラベラー』最大の(記述量の)キャンペーンシナリオ『The Traveller Adventure(トラベラー・アドベンチャー)』が発売されたのもこの年です。表紙はカラーイラストで、ページ数も160頁弱であることから、前年発売の『The Traveller Book』と対になるように作られたのだと思われます。また、これを皮切りに『The Traveller Alien』『The Traveller Encyclopedia』『The Traveller Fleet』『The Traveller Soldier』という製品が予定されていましたが、発売は中止されています(一部は形を変えて発行されました)。
 さらに、Prentice Hall Trade社によって5月頃から『The Traveller Book』の書店流通が始まっています。ただし書店流通版は判型こそ大判化されているものの、ハードカバーの表紙はLBBと同様の黒一色に戻されています。上記の『The Traveller』シリーズは書店流通も睨んだ製品と思われますが、実際に販売されたのはこの『The Traveller Book』のみでした。

 他には4年ぶりのBookシリーズの新作『Book 6: Scouts(偵察局)』が、Supplementシリーズでは最後の作品『Forms and Charts(トラベラー書式集)』『Veterans(ベテラン)』が発売されています。また、それに代わって新しい刊行形態「Moduleシリーズ」が始まります。従来の書籍形態ではなくボックスセットで販売することで、図表の封入など表現力を高めた展開が可能となりました(また『The Traveller Book』の時と同様に、店舗で目立つことも意図しています)。その第一弾として、一つの星系を徹底解説した『Tarsus』が販売されています。

 『Mayday』第3版、『Dark Nebula』第2版、『Asteroid』第2版が発売されました。それぞれ箱絵が変更されています。

 メタルフィギュアにはGrenadier Modelsが参入しました。『Imperial Marines』『Adventurers』『Alien Animals』といったフィギュアセットを(ショートシナリオを封入して)発売し、翌年には『Alien Mercenaries』と独自設定シナリオ『Disappearance on Aramat』を展開しています。

 FASAが『Star Trek: The Role Playing Game』発売のために『トラベラー』関連の製品展開を打ち切ります(複数作品が発売されずに幻となりました)。『Far Traveller』第3号も発売されず、キース兄弟は自らが持つ『トラベラー』関連の版権を(Marischal Adventuresの物も含めて)Gamelordsに移しました。
 1980年創業のGamelordsは『トラベラー』に参入したのは前年発売の『Lee's Guide to Interstellar Adventure』が初という新参でしたが、キース兄弟が権利を持っていたリーヴァーズ・ディープ宙域を舞台にした、『The Undersea Environment』を皮切りとするEnvironmentシリーズや、シナリオ『Ascent to Anekthor』『Duneraiders』『The Drenslaar Quest』、星域設定集『Pilot's Guide to the Drexilthar Subsector』をこの年から翌年にかけて発売していきます。


【1984年】
 Adventureシリーズは『Safari Ship』『Secret of the Ancients』の2冊が発売されました。特に後者は、『黄昏の峰へ』から続く文字通りの「太古種族の秘密」に迫る重要なキャンペーン・シナリオです。
 Moduleシリーズでは小惑星帯を舞台にした『Beltstrike』も出ていますが、この年は何と言っても『Atlas of the Imperium』の発売でしょう。帝国(とその周辺合わせて35宙域)を網羅した宙域図集として期待を集めましたが、実際の中身は宙域図は宙域図でも「座標と宇宙港クラスと高人口世界と水界やガス惑星や基地の有無がわかるだけ」という残念な代物でした。とはいえ、サードパーティ各社がそれぞれ展開していた宙域設定が(Judges Guildを除いて)GDW公式設定として取り込まれた、という意味では画期的でした。
 そして「Alien Module」シリーズが開始されます。この年から順次、アスラン、ククリー、ヴァルグル、ゾダーン、ドロイン、ソロマニ、ハイヴ、ダリアンと、1年で3作のペースで刊行が続きます。

 日本語版『トラベラー』の展開がついに開始されました。この年は7月に『スタートセット』、12月に『研究基地ガンマ』が発売されています。日本語版の特色としては、全ての製品がボックスセットであり、その美麗な箱絵は画家・加藤直之が手がけていることです。またGDWからの発売順での訳出に拘らず、レフリーやプレイヤーの習熟具合を見計らって同系テーマの本を一箱にまとめて発売する方式を採っています。一方で安田均による翻訳は、訳文の正確さよりも直感的な理解を優先させたために当時でも賛否が分かれていたと聞きます。
 なお、『スタートセット』は前述の『Starter Traveller』を丸ごと翻訳したものですが、本家には入っていない「スピンワード・マーチ宙域図」が付属しています。
 また、雑誌『タクテクス』第18号では『トラベラー』大特集が組まれ、日本におけるロールプレイングゲームの時代の幕開けを告げる記念碑的な号となりました(ただし、安田均による連載「ロールプレイング・ゲーム入門」はそれに先駆けて第17号から開始されています)。その後は、JTAS誌の翻訳記事である「ジャーナル・コーナー」も定期掲載されました。

 ジェファーソン・スワイカファー(Jefferson P. Swycaffer)が小説『Not in Our Stars』をAvon Booksから発表します。これは彼が身内で遊ぶために制作したキャンペーン世界〈アーカイヴ機構(The Concordat of Archive)〉を舞台にしたもので(※『Dragon』第59号(1982年)掲載の「Exonidas Spaceport」に小説の登場人物がNPCとして既に登場しています)、非公式扱いながらも一応初の『トラベラー』小説となります(※ゲーム内用語の使用は許可を得ていますし、出版の際にはJTAS誌で紹介もされています)。その後彼は1988年まで2つの出版社から合計7冊の〈機構〉設定小説を刊行していきます。
(※日本語版ではThe Concordat of Archiveの訳語を〈公文書機構〉としていましたが、Archiveとは〈機構〉の首星名のようなので修正を施しました)

 GamelordsがRPG市場の縮小により活動停止に追い込まれます。『Grand Survey』『A Pilot's Guide to the Caledon Subsector』という製品が印刷を待っていたと伝えられていますが、発売されることはありませんでした。しかし後者に関してはその原稿が1994年に『Traveler Chronicle』誌で発表され、2009年には電子版ながらも「書籍」の形で発行されました。
 なおキース兄弟は活動拠点をFantasy Games Unlimited社に移しながらも、その後も変わることなくGDWのJTAS誌やエイリアン・モジュールなどに携わります。中でも特に『K'kree』『Hiver』は、兄ウィリアムの元衛生兵としての解剖学的知見が存分に発揮された作品として名高いです。

 JTAS誌は第19号から年3回発行になり、年1回の恒例だった総集編『Best of the JTAS』も第4号をもって廃止されました。ちなみに、JTAS第20号にて約3年に及んだ第五次辺境戦争が停戦しています(※正式に休戦するのは翌年発行の第22号です)。

 余談ですが、この年に発売された傑作コンピュータゲーム『Elite』は、随所に『トラベラー』の色濃い影響が指摘されています。マーク・ミラーも「話を聞いてやってみて、『トラベラー』のクローンかと思った」と語っていますが、製作者本人は噂を再三否定しています。ただし発売当時の雑誌記事の中に、製作者が「『トラベラー』を遊んでいた」という記述も存在します。


【1985年】
 前年にジョー・フューゲート(Joe D. Fugate Sr.)とゲイリー・トーマス(Gary L. Thomas)によって設立されたDigest Group Publicationsが、季刊誌『Travellers' Digest』を創刊しました。目玉は何と言っても「Grand Tour(グランドツアー)」でしょう。記者アキッダとその仲間たちが、スピンワード・マーチ宙域を飛び出して古都ヴランド、帝国首都キャピタル、人類の故郷テラ、そしてアスラン領へと数年間に及ぶ旅を続ける、という全21話の(当時のRPG業界でも最大級の)壮大な各話完結キャンペーンシナリオで、シナリオの舞台となった(これまで全く設定のない)星域のライブラリ・データも併せて掲載されるなど、『トラベラー』宇宙をさらに深掘りする大人気連載となりました。そして創刊号から第3号にかけて掲載されたロボット作成ルールは、その完成度から翌年にGDWから『Book 8: Robots(ロボット)』として単行本化されました。
 また、初期のダイジェスト誌では「共通判定書式(Universal Task Profile)」の試作改良が続けられました。これは『トラベラー』に欠けていた統一的な判定システムを導入するものでしたが、この完成形が後の新作の核となるのです。

「ダイジェスト・グループの『トラベラー』製品についてどう思うかって? 君が『トラベラー』に本気なら、彼らの製品を入手すべきだと思うよ」
(マーク・ミラーによる宣伝文句)

 『Book 7: Merchant Prince(豪商)』が発売されましたが、これは元々JTAS第12号(1982年)に『Special Supplement 1』として掲載されたものに加筆して単行本化したものです。Moduleシリーズでは、第五次辺境戦争の総集編である『The Spinward Marches Campaign』が出ています。
 そしてAdventureシリーズとしては最後の本、『Adventure 13: Signal GK』も発売されました。ソロマニ・リム宙域を舞台に冒険が繰り広げられるのですが、このシナリオの存在が後にとんでもない出来事を引き起こすとは当時は知る由もなかったのです……。

 日本では3月に『メイデイ』、7月に『宇宙海軍』、12月に『黄昏の峰へ』が発売されました。さらに『インペリウム』『アステロイド』の日本語版も発売されています(これらも加藤直之が箱絵を担当し、『インペリウム』にはアニメを元ネタにしたジョークユニットが追加されています)。
 また、Fantasy Productionからドイツ語版『トラベラー』シリーズも発売開始されました。ドイツ語版は独自のカラー表紙が目を引く装丁となっています。


【1986年】
 エイリアン・モジュールやこの年発売のシナリオモジュール『Alien Realms』など、GDWの稼ぎ頭である『トラベラー』自体の展開は続いていましたが、TSRの『Star Frontiers』(1982年)やICEの『Spacemaster』(1985年)などの追い上げを許し、もはや『トラベラー』がSF-RPG界を独占しているわけではありませんでした。草創期を支えたサードパーティ各社も1984年を最後に全て離れ、入れ替わるように1985年に参入したDGPとSeeker(とドイツ語版のFantasy Productionsと日本語版のホビージャパン)だけが『トラベラー』を支えている有様でした。
 ただし、これは無理もない面もあります。製品の出来自体はともかくとして、サードパーティにとって『トラベラー』ですら『D&D』ほどには本が売れなかったのです。実際、いち早く参入して精力的に展開を行ったJudges Guildは、最終的に倉庫に30✕50✕高さ6フィート(※デッキプランの60マスに高さ1.8メートルまで本が積まれていると考えると目安になります)もの在庫を抱えてしまったそうです。やり過ぎた例ではありますが。

 1984年11月にGDWが発売した軍事RPG『Twilight: 2000』(フランク・チャドウィック作)は、初版1万セットをすぐに売り切る人気作となりましたが、ある意味これが「トラベラーの黄金時代」の終わりを告げることになりました。サポート誌JTASも1986年発行の第25号から刊行形態を変更してGDWのゲーム総合誌『Challenge』となり、JTAS自体は「誌内誌」扱いとなりました(第33号までは表紙にその名を残していましたが……)。

 そんな中、マーク・ミラーが『Challenge』第27号にて新作『Traveller: 2300』を発表します。発売から10年近くが過ぎて古さが否めなかった『トラベラー』を世界観から(『Twilight: 2000』より続く未来史として)全面刷新し、DGP製の共通判定書式を搭載(ただし10面体ダイスを使用)するなどゲームの近代化を目指した作品でした。スペースオペラとは別の柱としてハードSF路線も打ち立てる狙いがありましたが、『トラベラー』の要素を何一つ残さなかったのに『Traveller』を「SF-RPGの代名詞と自認して」冠したのは確かに紛らわしく、市場の評価は今ひとつでした。結局第2版(1988年)以降は『2300AD』と改題され、全くの別ゲームとして存続することになります。
 この失敗を受けてかミラーは、『Book 8: Robots』以来目をかけていたDGPのフューゲート、トーマスらに書簡を送り、『トラベラー』の正統後継作の制作を依頼します。彼らの実力を高く評価していたのもありますが、GDWとしては『Traveller: 2300』に専念できる利点もありました。しかしその開発期間は、あまりにも短かったのです。
 ちなみに、そのDGPからは『101 Robots(101ロボット)』『Grand Survey』が発売されています。

 日本では6月に『傭兵部隊』、12月に『第五次辺境戦争』が発売されました。

 ルールやコンポーネントを改定した『Imperium』の第2版が発売され、この版から『トラベラー』と連動した小冊子「History of the Imperium」(恒星間戦争史)が同梱されるようになりました。

 ファンジン『Imperium Staple』『Third Imperium』誌創刊。特に後者は毎号トロージャン・リーチ宙域の設定を公開し、現在にも影響を残しています。
 DGPも含めてこういった小規模出版が活発になったのは、コンピュータの低価格化により出版までのハードルが下がったことが挙げられます。


【1987年】
 『トラベラー』としては最後のモジュール『Alien Module 8: Darrian』が発売されました。この後も「イレリシュ宙域を舞台にした貿易取引・海賊行為のモジュール」や「『Striker』と『アザンティ・ハイ・ライトニング』の良い所取りをした新戦闘ルール」といった新モジュールの予定はあったようですが、全て中止されています。特に前者は付録にイレリシュ宙域図が付属するようだったので惜しまれます。
 なお、DGPからは『Grand Census』が発売されています。

 カタログ上ではHobby Products Miniaturen社が、この頃から1990年にかけてメタルフィギュアを6セットほど展開していたようです。

 7月1日、トラベラー・メーリング・リスト(TML)の開始が宣言されました。80年代からGEnieなどパソコン通信内でファン同士の交流が続けられていましたが、その舞台をインターネットに移したことになります。

 日本では6月に『砂漠の傭兵』、10月に『レフリー・アクセサリー』、12月に『アザンティ・ハイ・ライトニング』が発売され、また、この年の終わり頃には安田均による連載をまとめ、シナリオ『侵略の夜』を翻訳収録した『トラベラー・ハンドブック』が発売されています。

 第五次辺境戦争休戦後は大きな事件もなく細々と続けられていたTNSでしたが、この年から季刊に戻った『Challenge』第27号で帝国暦1112年142日付を掲載した後、第28号ではとうとう休載となりました。しかし、『トラベラー』10周年記念号である第29号で拡大復活したTNSは、衝撃のニュースを伝えていました。

キャピタル/コア(0508 A586A98-F)発   1116年132日付
 ストレフォン・イーラ・アルカリコイ皇帝陛下が同日1517現地時に、キャピタルの皇宮宮殿・謁見の間にて暗殺されました。続く銃撃によってイオランス皇后陛下、イフェジニア皇女殿下の他、アスランのイェーリャルイホ氏族大使や12名の近衛兵、多数の列席者も殺害された模様です――

 それに併せて誌面上で、後継作『MegaTraveller』の発売がミラー自身から予告されました。7月発売の『Travellers' Digest』第9号でもフューゲートが『MegaTraveller』について言及し、皇帝暗殺当日のキャピタルを追体験する『メガトラベラー』初のシナリオ「Lion at Bay(窮地のライオン)」が掲載されています。
 時代は、激動の反乱(Rebellion)に向けて突き進んでいました――





【ライブラリ・データ】
オリジン賞 Origins Award
 毎年夏に行われる、Game Manufacturers Association(GAMA)主催の「オリジン・ゲーム・フェアー(Origins Game Fair)」(※2006年以前はOrigins International Game Expo)にて、前年発売のゲームの中から優秀なものにAcademy of Adventure Gaming Arts and Designから贈られる賞です。この賞の源流は、1975年のオリジンズから表彰が行われた「チャールズ・ロバーツ賞(Charles S. Roberts Award)」で、当時は優秀なシミュレーションゲームを称えるものでした。
 1977年度からは新ジャンルであるロールプレイングゲームを表彰する「H・G・ウェルズ賞(H. G. Wells Awards)」が新設され、そしてチャールズ・ロバーツ賞が1987年にオリジンズから独立して以降は「オリジン賞」として再編されて現在に至ります。
 また、極めて優秀と認められた個人や作品には、後に「殿堂入り(Hall of Fame)」の称号が贈られます。なお、1986年度までにチャールズ・ロバーツ賞の殿堂入りを果たした12名は、オリジン賞の殿堂入りとしても扱われます。
(※文中に登場した者では他に、ゲイリー・ガイギャックスが1980年、スティーブ・ジャクソンが1982年、フランク・チャドウィックが1984年、ジョーダン・ワイズマンが1994年に殿堂入りしています)
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