トラちゃんの<のんびり行こう<

在宅介護老老介護予備軍、元長距離トラックドライバー・元自衛官・元調理師。現在は妻の介護と自らの疾病の治療に専念する。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

介護生活9年目を迎えて

2017-02-13 14:52:38 | 日記
平成20年、1月9日。

広島から東京の早稲田大学付属中学校納品に向かう途中

ちょうど浜松に差し掛かった時、妻が脳梗塞を発症

豊橋の「国立医療センター」へ搬送されたのですが

地元ではなく、他府県民だったこともあり治療が遅れ・・

国立ですよ。

他府県民だから「補償金」納入しない限り治療はできないと言われ、

結局、右半身不随。

しかし大阪府民共済に入っていたため、入院費には困らなかったものの・・

東京から自家用車で病院の呼び出しに対応、大阪に自家用車を置いては豊橋まで

呼び出しに応じ、そのために全く仕事にならず。

7月の退職時の給料は3000円程度・・・

重度障害見舞金はいただきましたが、そのお金で大阪に部屋を借り、

テレビ・冷蔵庫・ベット・・・・etc

大阪の病院に転院したものの、今度は大阪の病院からの呼び出し、

退院後は右半身が硬直して激しい痛みが出るらしく、24時間体制で介護。

おかげで不眠症になり、今度は私が病院通いをする羽目になったのです。

無理がたたって??両肩腱板損傷・脊椎観狭窄症・頸椎変形症・・・

どれかが断裂すれば夫婦ともども車いす生活になるところでした。

あれから9年・・・

長いと言えば長いかもしれませんが、まだ還暦、妻は悪化することもなく元気は取り戻してはいますが。

「緊急時生活保護」を受けたおかげで、苦しい中でも笑顔が見える生活が送れるようになりました。

ただ…日本人の生活保護世帯より在日の生活保護のほうが「優先」されているのには怒りさえ覚えます。

日本人で一人59500円程度なのに在日は7万以上、これっておかしくないのでは?

生活保護は「日本国憲法」で定める日本人のみに与えられた権利であるはず。

働いても15000円は手元に残りますが、あとは没収されるのです。

最も、私はドクターストップで働けませんが・・・

唯一の奇跡は「府営住宅」に一発で入居できたこと。

重度障害見舞金が出たのが7月15日、生活保護が始まったのが1日にさかのぼって保護開始。

つまり15日にいただいた見舞金は「返金義務」が生じるわけで、

今は毎月15000円徴収されるのです。

しかし、さかのぼって生活保護が決まっても保護費は支給されてません。

全くおかしな制度です、支給されてこそ返金義務が生まれるのではないのか?

現在介護度2、…介護調査も日本人には在日に勝てないようです。

                                               敬具

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 一番星を聞きながら | トップ | そういえば・・・ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL