スクールIE粟津校です。受験に、テストに役立つあれこれを・・・

個別指導塾、スクールIE粟津校のアバンダントです。「あ、こんなの知らなかった。」をまとめてお知らせします。

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失われたユダヤ2氏族と伊勢神宮の関係は・・・?

2017-02-23 14:39:24 | 勉強方法

もともとユダヤは12氏族あったのですが、旧約聖書のころからのゴタゴタで世界各地から疎んじられる放浪の民となってしまいました。

今現在確認できるユダヤ系の氏族は10氏族で、もともとあったとされる2氏族が消えてしまっています。この2氏族はどこへ行ってしまったのでしょうか?

ここで不思議なお話が、じつは伊勢神宮にあるのです。

「六ぼう星」というのをご存知ですか?ユダヤの星と呼ばれるもので、ユダヤの民に関わるものです。

この星が、何故か伊勢神宮の灯篭のあちこちに刻まれているのです。それも一つや二つではありません。

じつは、2氏族がこの世から消えた時期と、伊勢神宮建立との時期が奇妙に一致しているのです。

とすると、日本人の祖先がこの2氏族をルーツにしているということ?

 

謎は深まるばかりです。

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邪馬台国とヤマト政権の関係は?

2017-02-22 14:33:37 | 勉強方法

卑弥呼によって治められていたとする邪馬台国。一方、日本を始めて統一したヤマト政権。

この二つの名前は、どちらも耳にしたことありますよね。

ところで、どっちが古いかご存知ですか?

実は同じ時期の政権なんです。

とすると、ちょっと疑問ですよね?邪馬台国はいまだにどこにあったかは、ハッキリしていません。畿内説が有力ですが、とすると、ヤマト政権とぶつかることはなかったのでしょうか?ヤマト政権は畿内で成立していますから、どこかでぶつかってもおかしくはありません。

ところが、ぶつかったという話は「古事記」にも「日本書紀」にも出てきません。ましてや、邪馬台国の記述は魏志倭人伝にのみ登場し、日本国内で編纂された歴史書には一切でてきません。これはどういうことなのでしょうか?

卑弥呼の姪の豊与という女性の名前が、伊勢神宮で豊与請大神として本殿ではなく脇の神社に祭られています。この辺に、邪馬台国とヤマト政権の関係が現れているといいます。

ヤマト政権にとって邪馬台国はジャマものだった、と考えられるらしいのです。ですので、「古事記」や「日本書紀」といった藤原家の歴史を残そうとした書物にはその名前が出てこず、中国の魏志倭人伝にのみその名前が出てくる、というらしいのです。

いろいろな魔術のようなものを駆使して人を治めていた卑弥呼。天から降りてきた神武天皇。どっちの話を信じますか?

結局、邪馬台国はヤマト政権に負けてしまったのだそうです。ですので、国内向けの歴史書には、一切その名前が載ることはなかった、ということらしいのです。

戦争に勝った方の話が正しくて、負けてしまった方の話はウソ、と言われても、それはこれまでの人類の歴史では当たり前のことです。ですので、平安時代頃のお話は、すべて藤原氏がエライ、となっているのだそうです。

本当の戦いも、受験戦争も、勝った方(合格した方)がエライのです。

がんばって合格しましょう。

では、また明日。

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大化の改新の裏話の続きです

2017-02-21 15:46:10 | 勉強方法

前回は、蘇我氏が悪い一族ではなかった、で終わりました。では、なぜ中大兄皇子と中臣(藤原)鎌足に殺されることになったのでしょうか?

中大兄皇子と中臣鎌足は、「その時点での権力争いに敗れていた。」という記録が残っているらしいのです。藤原鎌足一族は、その時点では二流の家柄だったとか言われています。確かに渡来人系の人たちの方が、政権の中枢では顔をきかせていました。

そこで、二人は一発逆転を狙ったらしいのです。確かにこの後、藤原氏は政権の中枢を担う家柄となり、藤原氏以外は人ではない、のごとき振る舞いがなされています。

では、謀略にはめられてしまった蘇我氏は、あまりに惨めじゃないですか。

ですので、この後藤原氏は蘇我氏の亡霊や悪霊にさいなまれる時期が続くのです。

これを鎮めるために、藤原氏はあちこちに蘇我氏追悼の神社を建立しています。

普通悪人が殺されても、祟りを起こしたりはしませよね。祟りがあるということは、たたられた人に罪があるはずです。

これらのことから考えると、本当の悪人は藤原氏だったのでは?という推理が成り立ってしまうのでした。

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本当に「大化の改新」は正しいことだったの?

2017-02-20 15:16:29 | 勉強方法

教科書では、聖徳太子の行った政治の後、蘇我氏が我が物顔で朝廷を独り占めし、私服を肥やしていた、ことになっています。

それを正すために、中大兄皇子と中臣鎌足が大化の改新を断行した、ことになってます。

では、蘇我氏ってそんなに悪い豪族だったのでしょうか?

蘇我氏の地元では、蘇我氏は情け深い、やさしい領主で、大変尊敬されていた、との記録が、ほとんどを藤原氏によって焼き尽くされた文書以外の地方の言い伝えに残っています。

大化の改新によって。我が世の春を謳歌したのは藤原氏ですよね。それに、悪者の蘇我氏をやっつけたんだから、誰からも恨まれることもないはずですよね。

ところが改新のあと、藤原氏は、蘇我氏の亡霊の祟りを恐れて、あちこちに神社を建立しているのです。

悪い人が処刑されても、恨んで出たりはしませんよね。ところが、藤原氏は蘇我氏の亡霊と悪霊に苦しめられているのです。

藤原氏の屋敷には、毎晩の様にお化けが出たり、悪霊がたたずんでいたり、廊下の隅に首が転がって見えたり、などなどの祟りがあったそうです。

やっぱり蘇我氏は悪い人じゃなかったんじゃない?と思われても仕方ない状況がいっぱい出てくるんです。

その詳しいお話はまた明日書きたいと思います。

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次週の予告・・・  「大化の改新」は正しいことだったのでしょうか?

2017-02-18 13:40:11 | 勉強方法

中大兄皇子と中臣(藤原)鎌足が蘇我氏を滅ぼした大化の改新ですが、これは正しいことだったのでしょうか?

確かに彼ら以前の聖徳太子の意思を継いでの政治体制を、と考えた中大兄皇子と藤原鎌足は正しかったのかも知れません。

しかし、蘇我氏はそんなにも悪い一族だったのでしょうか?

蘇我氏の地元では、非常に尊敬された一族だった、という逸話がいくつも残っているそうです。

次週は、この辺りからのお話を書いてみたいと思いますのでお楽しみに。

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スクールIE 小松校・粟津校:今日の独り言

<やる気スイッチ庵のアバンダントの独り言> 1月19日 中学数学の公式や定理を学年別に編集中。 中学理科の公式も同時進行中です。 高校受験レベルのものと普段の授業に必要な英単語・英熟語集も編集中です。 予想問題や「ここがポイント」といった、受験に、普段の授業に必要な知恵と知識を紹介していきます。お役に立てば幸いです。もっと詳しく知りたい父兄の皆様や生徒さんは、今すぐスクールIEの小松校・粟津校の方へお越しください。(14:00~17:00までご相談受付中です。) <BEETLE in 粟津校> 粟津校の秘密の場所に、たくさんのカブト虫の幼虫さんが眠っています。 暖かくなってきたら、この子たちの変化をお伝えしていきます。