あさひを排して(旧ひーさん一家の日々)

教えてgooに回答しています。そこから思ったことや、おすすめ商品を紹介していきます。

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ipad落とすなよ(泣)+++ライトニングケーブル+++

2016年03月10日 | 実家の話
実家に来ています。
父の危篤の時から亡くなるまで母と行動していましたが、
父にばかり向き合っているのも心労があります。
気分転換にipadを貸してあげました。
ゲームして楽しんでくれたのですが、無料のゲームはライフ5つくらいで、終わると時間がたつのを待たなければなりません。
片づけられなかったこの時期に、テーブルに山積みの服の上にipadを置いたまま充電していました。
愛犬がばたついていて、何かの拍子にケーブルが引っかかって、ipadが落下しましたΣ( ̄□ ̄|||)
しかもケーブルに挿してるところが下になって(´;ω;`)
本体が大丈夫だったのが奇跡!ライトニングケーブルが断線
で、充電できないのは痛いので、ネットで調べたらダイソー様にあるって言うじゃない!で、あったんだけど、
裏表が決まっていて、しかもデータは同期できない
ま、非常用として。

で、ちゃんと同期できる、正規品よりちょっと安

もう落とさないでね~!
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母の小さな探し物

2016年03月08日 | 実家の話
実家に来ました。
実家では犬を一匹飼っていて、家の中にいます。

父が洋間が好きだったので、実家は全部フローリング。シェパードのようなMIX犬を室内で飼っているので、毛がすごいのです。
フローリングはいつも毛が舞っています。
母の愛用はモップがついているスリッパ。(あまりにも汚いので写真は遠慮させていただきます(´;ω;`))
私が帰るとほうきではいて水拭きモップをかけますが、さらに母のスリッパがなければ汚れはひどくなる一方だとか。
「ボロボロになったから通販で買い替えたら薄くてたよりないの!」
通販のチラシを見せたので、ネットで検索してみましたら、もっと面白そうなものがあるじゃないの。
モップスリッパ (緑、ピンク、オレンジの3足セット)
クリエーター情報なし
y-y shop

値段も気に入ったので注文しました~^^
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緩和ケアの病棟

2016年01月20日 | 実家の話
父が緩和ケアの病棟に移りました。
治療目的の病棟では、24時間のアミノ酸の点滴をしていましたが、緩和ケアの病棟ではそれは緩やかにやめていって、痛みや発熱に対応した臨時の点滴だけが使われることになりました。
いろんなところにガンが転移している父ですが、痛みにうなることもなかったので、ガンから来る痛みはないと思っていましたが、昨日は珍しく肩の痛みを訴えましたので、はじめて抗生剤を点滴しました。
点滴が終わる頃、まだ痛みが抜けないと話していた父ですが、間もなく震えがあり、高熱の前の低体温のような症状を見せたので、電気毛布と湯タンポを借りて暖めました。
しばらくガタガタ震えていましたが、治まると急に暑がり出し、布団を剥がして起き出して、トイレにいくと言いました。

家にいるときに時々ありました。高熱のもうろうとした中、二人ががりでトイレに連れていき、やっとトイレの前で立っても、二本足で立って排尿するポーズがとれず、崩れておきあげれなくなって意識が遠退いて救急車を呼んでいたので

「もう五日もあるいていないんだよ。お医者さんが危ないからトイレに行かないでおむつにしちゃってくださいって言っていたよ」
と話しても納得しない。

自立に向けた介護ならば、立ち方を教え、介助してトイレに連れていき、座って排尿するように話すのだが、毎日低下していくし、夜は夜勤の看護婦に任せるので負担はかけたくない。

ソファーに座らせたら肩で息をしている。
話してみたら、どこも痛くないと言う。
元気になったと思っている。
自宅に帰ってきたと思っている。
でも、視界がぼやけてよく見えない。
この時間のことは、明日聞いても覚えていないかもしれない。
病院だよと話すと、困ったなぁ、と言う。
今日は面会者もたくさんいたし、いろいろ思い出して、やる気が出たのかもしれない。
ごめんよ、連れて帰るにはまだまだ不安定なんだよ。
身内は覚悟している。
いつでも、今日かもしれないと。

看護婦が親切に話を聞いて、世話を焼いてくれた。
緩和ケアの病棟は、老人ホームのような優しさのある一角だ。
庭が見えて、ピアノもあって、絵や写真が飾ってある。
入れてよかったね。

明日はわからない。
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父、ガン末期

2016年01月14日 | 実家の話
火曜日から実家に来ています。
父の状態が悪いと、母から電話がありました。
父のガンはいろんなところに転移していて、咽頭から仙骨、間の肝臓、肺、あばら骨など。81歳ということもあり、最初だけ放射線治療しましたが、転移の数が多いので医者も対処療法だけで経過を見ていました。年が明けてから進行が加速。毎日高熱を出しては下げてを繰り返していました。今朝2時に低体温、ガタガタ震えだし、熱が上がり始めました。救急車を呼んで入院。
いつもなら点滴で落ち着いて、昼間は強がり発言して我々を驚かせていましたが、今日はずっと覚醒しきれない状態になりました。医者に
「週末までは持たないかもしれない」と告げられました。
母は意外と元気に行動していますが、何を最優先にしなければならないかが分からないみたいで、思いついたことをやっては、父との思い出を話したり、周りへの感謝を話したりしています。
なぜか急にゲームがしたいと言い出したので、タブレットを貸してやると楽しそうに遊んで、
「こういう時に考え事しなくて済むから良い」と言いながら、
時々思い出話をしたりしていた。
「パパは私と結婚して良かったのかねぇ」とか
「私に好きなことさせているのが自慢だったらしいよ」とか
つながりもなく話している。
私もそんな母の聞き役ができて良かったと思う。
最期に父のわがままが聞けて良かったと思う。

明日からは病院にいる時間が長くなるだろう。
父の最後を見届けよう。
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年越は大騒ぎさ

2016年01月03日 | 実家の話
お題「年末・年始のすごし方は?」に参加中!
クリスマスの翌日は、土曜日でしたね~。
職場の忘年会がありました。飲んで騒いで仕事のダメ出し総攻撃を受けて、まだまだですな。
翌日の日曜日は休みだったのですが、夜になって母からメールが来ました。
「父、昨日入院しました」朝言ってくれたら行ったのに!
31日から休みなので、年越しを実家ですることにしました。

29日には退院の知らせがあったので、ホッとして一泊のつもりで実家に行くと、
前より元気のない父。あんまりしゃべらなかったけれど、夕食の時に
「明日は一緒に犬の散歩をして、近所の神社に初詣に行こう」
と約束しました。
明けて元旦の朝7時、いつもは早起きの父が、布団に入ったままテレビを見ていた。
NHKが富士山の初日の出を伝えていたので、テレビ越しに拝んで、私は階下の台所へ。
父の部屋は二階。
一階では母が台所に立っていた。八時には犬の散歩に出たいから、もう朝ご飯にしないと、なんて話していたら二階で物音がしたので、父が起きてくるだろうと待っていたが来ない。
見に行くと、父がベッドの前に2つあるソファーに挟まるように、床に座っていたから
「ストレッチでもしてるの?」と聞いたら首を振る。
起き上がろうとして足が滑って立てないようなので、介助したら、10分くらいでソファーに座った。
息が荒く、苦しそうだ。ベッドから落ちたのだと初めてわかった。
鬼の形相で無言だ。少し休むとまた動き出した。
「トイレ」
とだけ、やっと言ったので、上に持ち上げる。足の力が弱い。トイレは一階にしかない。階段を下りるのにも、段が見えないのか足が思うように動かないから、上体を支えながら私の膝で父の足腰を支えながら下りた。途中でつかまるところがなくて、落ちそうなのを支えて、座って休んだりして降りるのに20分ほどかかったろうか。トイレは扉を閉めたので、どうしたかわからない。出てきても息が荒いが、二階へ行くというので、先ほど同様手伝って上がった。この時九時。
母が来たので、今の様子を伝え、こんな状態は時々あるのかと聞いたら、無いという。
熱を測ったら38.8℃。救急車は拒否。様子を見ていたが、昼近くなっても回復しそうになかったので、12時に救急車を呼んだ。
救急車が到着する前に、父はまたトイレに行くというので、介助したが、さっきより動きが悪く、トイレの中まで入って手伝ったが、立って排尿できなかった。座らせて排尿したところで救急隊員が到着し、運び出してくれた。
そのまま今日も入院している。
昼間はいつもの調子で格好つけているが、夜には高熱を出している。
昼間話すと、元旦のことはほとんど覚えていなかった。
熱の原因は炎症反応らしい。炎症反応が無くなるまできっちり治してきてね!

明日から仕事だ。
連休やすまらなかったわ(笑)
でも父よ、生きててくれてありがとうね~。
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帰省してきました

2015年12月13日 | 実家の話
ただいま!

羽生さんステキ~!
(笑)テレビ見てました。

昨日から今日と、実家に行ってきました。。。
父は元気でした。
ヨカッタヨカッタ。

実家に帰るときは高速で実家の近くまで行くのですが、
ナビの表示に惑わされて隣町に降りてしまいました(笑)。
懐かしい道も十年ぶり?に走ってみると、様変わりしていて驚くことが多いですね。
飲食店が違う店になっていたり、記憶にあった建物が消えて更地になっていたりして
楽しくもあり、寂しくもあり。
全ては常に変化していて、私は引っ越す度に生きる環境を変えてきたけれど、
ここはずっとここに住む人々の生活が続いているんですよね。

子供の頃は、世界はハリボテのように
今見えているものだけが存在しているような錯覚があった。
(そうなのだという考え方もありますが)
でも年をとっていく両親や、変わりゆくふるさとを感じると
みんなが
それぞれに生きる世界は確かに存在するのだと思える。
それは思いやりや愛情になって、他人との関わりの中で自分の学びになる。

父は今日も二足歩行で、元気に犬の散歩に出かけた。
背中が丸くなってきて小さく見える。
筋トレとリハビリが大好きで、行くなというのにゴルフに行くから、ペースメーカーのジャックが外れて、今回の手術になったのだが
9日の入院の後、太ももの外側が痛んで医者に話したら神経痛かもしれないと言われて気にしていた。
筋肉の痛みなんて気にしなかったのに。

今朝父の友人から電話があって、毎週日曜日に釣りやゴルフに行っていたようだが
今日は休ませてくださいと話していた。

父よ、止められてもアクティブでやんちゃでいてくれ。
「運動不足だよ。太ももに血が行ってないから痛いのかもしれない。今は退院したばかりなのだから、じっくりストレッチしてね。たくさん遊んでください。したいことして、食べたいものを食べてください」

誰もが、もう二度と会えないかもしれない。
そう思いながら、言葉を選びたい。
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