風景居酒屋 ごじゃ満開

2011年03月11日14時46分、東日本大震災発生
(since 2007/8/15)。

2697)寺院の再建(大震災から82ヶ月)

2018年01月11日 | 東日本大震災
 新年が始まり10日あまり、当店にご来店下さる方々もどこかしらの寺社に初詣に行ったことでしょう。現在の奉公先は毎年成田山新勝寺から御護摩札をいただいていますが、この成田山新勝寺の分院や分霊を祀るお寺は全国にあり、その一つが岩手県陸前高田市の「金剛院」です。同院には1673(延宝元)年に成田山から不動明王分霊が勧請されています。


(ありし日の金剛院山門 -陸前高田市気仙町 2008/10/13-)

 この金剛院を含め、岩手県内では少なくても11か所の寺院が東日本大震災により本堂が全壊もしくは大規模半壊となったそうですが、うち6か所は昨年8月現在で再建に至っていません。金剛院も本堂や山門が全壊し、昨年9月に本堂が再建されたそうです(昨年8月の地元紙より)。

 再建は当然場所と資金が必要となりますが、高台造成が遅れたり公的支援が限られることから中々道筋がついていないようです。再建と言えば住宅や商業施設が挙げられますが、信仰心厚い方々にとっては心の拠り所でもあるお寺の再建こそ待ちわびているものかもしれません。

 先ほど御覧いただいた金剛院の近くには諏訪神社がありましたが、こちらも東日本大震災による大津波で堂宇は流されてしまったようです。こちらも再建できたのでしょうか?


(額だけ残った諏訪神社 -同上 2011/12/24―)

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2017/01/11の一品・・・2466)冬の節電(大震災から70ヶ月)
2016/01/11の一品・・・2218)希望郷いわて国体冬季大会(大震災から58ヶ月)
2015/01/11の一品・・・2006)20年後は?(大震災から46ヶ月)
2014/01/11の一品・・・1759)全線再開カウントダウン(大震災から34ヶ月)
2013/01/11の一品・・・1550)秋刀魚・若布・牡蠣・・・(大震災から22ヶ月)
2012/01/11の一品・・・1196)もうひとつのクリスマス・イブ(大震災から10ヶ月)
2011/01/11の一品・・・851)南部藩中退旅行(はやて31号)
2010/01/11の一品・・・620)盛岡散歩 盛岡三十三観音(第10・11番)
2009/01/11の一品・・・432)岩手散歩 西和賀町(ドカンと一発カマドケシ)
2008/01/11の一品・・・145)山口県つまみ食い6 光市(普賢寺)
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2675)過去メール(大震災から81ヶ月)

2017年12月11日 | 東日本大震災
 佐倉市の歴史民俗博物館で開催されていた企画展「1968年、無数の問いの噴出の時代」を観に行きました。べ平連、大学闘争、水俣病、三里塚闘争等の市民運動、社会運動の資料が展示され、最終日ということもあり大変混雑していましたが、リアル世代だったと思われる方だけでなく平成生まれの姿も見られたのが意外でした。しかし歴博で開催されるということは、1968年ももう「歴史」なのでしょうか?



 奉公先でのお勤めにパソコンは欠かせませんが、我が奉公先で個人貸与されたパソコンは転勤の都度、俗人に付いていきます。私の使っていたパソコンは江戸から南部へそして下総へと持ち主と共に動いてきましたが、先日「メールが溜まり過ぎ」という警告メールが配信されました。折に触れて削除してきたつもりですが、7年分の送受信でおなか一杯状態だったようです。

 そこで過去メールの削除を始めたところですが、貸与されて3ヶ月後に起こった東日本大震災の日で手が止まりました。この日からしばしの間、奉公先に設けられた対策本部からの情報共有メールや指示メール、現場からの報告メール等々が続いており、消し難い気持ちになってしまったのです。

 読み返す事は無いと分かっているのですがね。


(地震でずれた?飯縄寺の灯篭 -いすみ市岬町和泉 2011/10/29-)

 件名を見返していたら、奉公先の殿様から発せられたメールがありました。当時江戸参内だった私は読んで終わってしまいましたが、被害を受けた北東北の奉公先では、この殿様からの激励に心動かされた方もいらしたそうです。

 そんな奇抜な言葉を使った文章ではないのですが、そこに込められた思いが行間からあふれ、読んだ方に伝わったのでしょうね。そういう文章を書けるようになりたいと思いましたが、言葉では無くどれだけ自分が思いを込められるかなのでしょう。

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2016/12/11の一品・・・2449)山田線はどこへ行く-6-(大震災から69ヶ月)
2015/12/11の一品・・・2200)産直ともちゃん(大震災から57ヶ月)
2014/12/11の一品・・・1984)続・続山田線はどこへ行く(大震災から45ヶ月)
2013/12/11の一品・・・1741)TSUNAMI(大震災から33ヶ月)
2012/12/11の一品・・・1522)風を遮る壁(大震災から21ヶ月)
2011/12/11の一品・・・1165)一陽来復(大震災から9ヶ月)
2010/12/11の一品・・・お休みでした
2009/12/11の一品・・・お休みでした
2008/12/11の一品・・・お休みでした
2007/12/11の一品・・・119)赤いランプの終列車

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2659)時速320キロの足下(大震災から80ヶ月)

2017年11月11日 | 東日本大震災
 1ヶ月ほど前の話ですが、東京から盛岡まで東北本線(在来瀬)を利用しました。「はやぶさ」であれば2時間10分程で達する距離を約12時間かけてたどった様子は、機会があれば当店でお披露目しますが、その道中では幾度も東北新幹線と並んだり交差したりしました。本日の1枚は、福島盆地を走る東北新幹線です。

 新幹線の線路はその多くが高架橋や築堤となっており、私が毎月利用する「はやぶさ」はその上を時速320キロで走るのですが、東日本大震災ではこの高架橋の橋脚が約100か所で損傷しました。阪神淡路大震災(1995年)の時のように橋脚が倒壊することは無く、走行中の列車の大事故もありませんでしたが、被害は相当広い範囲に及びました。

 震災後応急処置を施し仮復旧させ、次いで様々な工法で耐震補強を行ったようで、補強された部分は御覧いただく画像のように、高架橋の支柱部分が真新しい色合いとなっています。小市民の心理としてはこういう姿を見せられると安心する面もあります。


(福島県国見町にて -2017/10/14-)

 華やかな新幹線が高速で行き交う下で黙々と支える支柱、その補強が役に立つことを祈りつつ、役に立つ機会がないことも祈るという、矛盾した心中です。 

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2016/11/11の一品・・・2432)防潮堤(大震災から68ヶ月)
2015/11/11の一品・・・2183)意外な場所の「復興祈願記念植樹」(大震災から56ヶ月)
2014/11/11の一品・・・1962)友好都市協定(大震災から44ヶ月)
2013/11/11の一品・・・1723)記憶と記録(大震災から32ヶ月)
2012/11/11の一品・・・1499)会津若松なう(大震災から20ヶ月)
2011/11/11の一品・・・1135)あの日のマンガ(大震災から8ヶ月)
2010/11/11の一品・・・お休みでした
2009/11/11の一品・・・お休みでした
2008/11/11の一品・・・397)盛岡散歩 白鳥来盛
2007/11/11の一品・・・089)ちょっと旅気分-後編-
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2642)地熱発電の日(大震災から79ヶ月)

2017年10月11日 | 東日本大震災
 東日本大震災以降、発電方法について議論が続いています。6年半経っても結論が出ないのですが、自然再生エネルギーの活用という点においては論を待たないでしょう。そのうち太陽光発電については数回前に触れましたが、本日は「地熱発電」です。

 言うまでもありませんが、地熱発電とは火山等の地熱を利用した発電方法ですが、日本で最初に稼働したのは八幡平市の「松川発電所」です。その稼働から50年が経った昨年10月8日、この日を「地熱発電の日」と制定しました。

 なぜ1年経ってから当店で触れているのかというと、昨年制定されたことを知らなかったからです。そういう人が多かったのか分かりませんが、今年は盛岡駅内にポスターが貼られて、目立っていました。


(盛岡駅で貼られたポスター -2017/10/7-)

 発電コストが安く、風力や太陽光に比べて安定している地熱発電ですが、温泉街との関係や、候補地が国立・国定公園敷地内だったりすることからなかなか普及せず、2015年度の日本の発電構成比が天然ガス(約40%)、石炭(約32%)、石油(約8%)と続く中、地熱発電は0.2%にとどまっています。

 こちらは大橋から見下ろした松川発電所です。紅葉と人工的な冷却塔の組み合わせが妙ですが、雫石町側へ抜ける話が中止となった今、ここから見る事は二度とできないかもしれません。


(9年前の紅葉と冷却塔 -八幡平市松尾寄木 2008/10/12-)

 ところで「地熱発電の日」はJOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)と日本地熱協会、電気事業連合会が申請し、「日本記念日協会」が審査し認定しています。「○○の日」というのはその団体等で勝手に決めて良いものだと思っていましたが、そうではないのですね。

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2016/10/11の一品・・・2411)希望郷いわて国体・希望郷いわて大会(大震災から67ヶ月)
2015/10/11の一品・・・2156)あの日からの憂鬱(大震災から55ヶ月)
2014/10/11の一品・・・1943)鮭遡上(大震災から43ヶ月)
2013/10/11の一品・・・1704)風車は回る(大震災から31ヶ月)
2012/10/11の一品・・・1470)片岸川(大震災から19ヶ月)
2011/10/11の一品・・・1104)YOU'LL NEVER WALK ALONE(大震災から7ヶ月)
2010/10/11の一品・・・お休みでした
2009/10/11の一品・・・574)ちょっと隣県へ 青森県青森市(紅葉)
2008/10/11の一品・・・376)栃木散歩 大田原市(何が危ない?)
2007/10/11の一品・・・058)風は秋色 (奥会津ツーリング その4)
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2617)災害公営住宅(大震災から78ヶ月)

2017年09月11日 | 東日本大震災
 国内では100メートル9秒台誕生や沿線火災による列車炎上、国外では近くの国の動向や米国のハリケーンが話題となっている中で、東日本大震災から6年半を迎えました。

 本日の1枚は、IGRいわて銀河鉄道と防風林です。東日本大震災と関係ないような1枚ですが、写真左手に写っているの鉄道防風林を伐採して、内陸に避難している方々向けの「災害公営住宅」を建てるそうです。

 災害公営住宅というのは「災害で住居を失い、仮設住宅の入居期限を過ぎても自力で住宅を確保できない方々に、自治体が供給する恒久的な住居」だそうです。

 岩手県では7月末現在で災害公営住宅の完成率は8割超だそうですから、残りの住宅建設の場所に選ばれたのがこの鉄道防風林なのでしょう。


(真夏の防風林 -盛岡市青山 2017/07/15-)
 
 偶然にも昨日の地元紙に「災害時の住宅確保」という社説が載っており、仮設に住む方の声も書かれていました。「住めば都」なんて言葉もありますが、仮設に住んでみないとわからない「声」なのでしょう。

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2016/09/11の一品・・・2387)分かっていても(大震災から66ヶ月)
2015/09/11の一品・・・2139)RADIOは今も(大震災から54ヶ月)
2014/09/11の一品・・・1929)公衆電話(大震災から42ヶ月)
2013/09/11の一品・・・1692)JR山田線の今(大震災から30か月)
2012/09/11の一品・・・1440)JR大船渡線の今(大震災から18ヶ月)
2011/09/11の一品・・・1074)アンパンマンの弁当箱(大震災から6ヶ月)
2010/09/11の一品・・・787)盛岡散歩(はやてからの岩手山)
2009/09/11の一品・・・お休みでした
2008/09/11の一品・・・お休みでした
2007/09/11の一品・・・028)前略 出張(たび)の空から
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