絆の法則

澤谷 鑛

通勤道の学び(前編)

2012-02-22 | Weblog
さくらみるく


わたしの通勤道は、高速道路の下、片道二車線の道路の歩道でした。
自転車・歩行者専用の広い歩道で、とても走りやすく安全な道でした。
怖かったのは、交差点と、道路脇の施設に車が出入りする時のことでした。

こちらを見ずに突っ込んでくる車や運転手にイライラしながら通勤し、まるまる一年間を費やして、自分の何がそうした相手や状況を引き寄せているのかを考えました。
引き寄せの法則、鏡の法則、と言われますが、それは、ただ自分が誰かに同じ事をしたから、そのまま返ってくるというだけではありません。同じ事はしていないけれども、誰かに同じ思いをさせた、ということもあります。
自分のことを強く思っている誰かの思いがそこに映り込むこともあります。自分が相手に対して抱いている印象が、そのまま現実化していることもあります。
さあ、自分はそのどれに該当するのか? と一年間考えました。しかし、わからないのですね。

この一年間は自分の人生をすべて法則で見直し始めた一年であり、通勤道での出来事は、その中のほんの一部でした。
多くのことについて、すぐにその原因を見つけることが出来ましたし、原因を見つけるとすぐに解決していくことが面白くてならなかったのです。パズルゲームをしているような一年でした。
そして、この通勤道の体験についてだけは、何故か明確な答えが見つからなかったのです。
しかし、わからないから、と放置しているわけにも行きません。^^;
思い当たらないとしても、悪意がなかったとしても、わたしは、他人を無視して自分の思いで突っ走っることがあったのではないか、その時に、もっとわたしは相手の心を考えることができたのではないか、と思いました。いつ、誰に対してそうしたのかはわからない。思い当たらないなりにも、解決に向けて何かをしなければと思ったわけです。

次の一年をわたしは、人間関係の見直しに費やすことにしました。
親子関係をはじめとして、思いつく限りの現在、過去のすべてのありとあらゆる人間関係を洗い出すようにして、そのあり方を見つめ直しました。
相手の心、その時の思いを感じ尽くし、相手に感謝し、心から謝罪し、態度について、心について、直せる限りのところを改めました。とても頑張ったのです。

すべての出来事は、メッセンジャーだと言われます。メッセンジャーの役割はメッセージを伝えることであり、メッセージを受け取ればメッセンジャーは消えます。受け取っても消えなければ、まだすべてのメッセージを受け取っていないということなのですね。

そして、一年間頑張って、どうなったかというと。。。これが、全然変わらなかったのです。
通勤時に出会う身勝手な運転手と車は、一向に減りませんでした。本当に、一向に減らないのです。これには、参りました。
少しでも改善すれば、自分の努力も的を得ていたことになりますし、報われるというものです。しかし、一年頑張っても全然現状が変わらないのですから、自分のやっていたことは、本当に的はずれだったということになります。

多くの気付きがありましたから、その時期もその努力も自分にとって決して無駄なことではなかったと思うのですが、しかし、わたしが受け取るべきメッセージは、そこには無かったのですね。

何かまだ、気づいてないことがあるのだと思いました。しかし、できることはもう全部やった後だったのです。他にできることは何だろう? とわたしは考えました。

そして、法則による原因探しはいったん脇に置いておいて、もっと現実的にできることをやってみようと、ようやく思うようになるのです。(つづく)

 
 

澤谷 鑛 のカウンセリングは、コチラ…
澤谷 鑛 のセミナー/講演会情報は、コチラ…
 

ジャンル:
ウェブログ
キーワード
パズルゲーム 引き寄せの法則
コメント (4) |  トラックバック (0) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« 聴く人々の心を打つ | トップ | 通勤道の学び(後... »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
不思議 (もも)
2012-02-22 09:58:07
おはようございます。
今週の日曜日に、「鏡の法則/野口嘉則著」を手にし、昨晩記載に基づきながら、ワーク(ゆるすための8つのステップ)をしました。

鏡の法則に記載されている<「ゆるす」とは、過去の出来事へのとらわれを手ばなし、相手を責めることをやめ、今この瞬間のやすらぎを選択すること>という文章に救われ、本日も鏡の法則を通勤時間に読みながら、夜 ワークをしよう・・・と思っていました。

そしたら、本日さくらみるくさんの記事に出逢い、「法則を脇におき、現実世界を生きることを選択した」さくらみるくさんの過程に出逢いました。

本当に不思議です。
さすが、さくらみるくさん。

法則がきちんと頭に入っていて、法則を駆使しながら、自身の人生を棚卸しし、自己受容をされていらっしゃいます。

そのさくらみるくさんが法則をいったん脇において現実世界を生きる過程をたどる。

その経過は、わらをもすがりたい思いで、絆の法則に解決・打開策を求めている(私も含めた)皆の道しるべに確実になるものですね。

自身がたどってきた道を皆に伝えることで「皆の幸せな人生をサポートしている」。

きっと、それがさくらみるくさんが生まれてきた役割のひとつなのでしょう。

続きがとっても楽しみです。

ありがとうございました。

本日の俳句
すつくと狐すつくと 狐日に並ぶ
by 中村 草田男
車は (谷川 和英)
2012-02-22 09:59:13
自動車というものは、いかにも現代人を象徴する乗り物ですね。

自分が走る何倍ものスピードで空間を移動できますし、ガソリンさえ補給し続ければどこまででも行くことができます。

そのため、ともするとドライバーは全能感にとらわれてしまい、自分の移動を妨げるものはすべて邪魔もののように感じてしまう…

よほど心していないと、自分のことしか考えられなくなってしまう乗り物のように思います。

歩行者や自転車の立場に立てるようになれば、ほんもののドライバーなのでしょうが…

日々の運転を通し、自分自身の人間性が問われているということを感じました。
ももさん (さくらみるく)
2012-02-23 10:05:32
ももさん

コメント下さり、ありがとうございます。
この課題に向き合っての最初の二年間を、この記事で書きました。
まだ、澤谷先生の養成講座に参加する前に始めたことです。

とことん取り組んだから、次のステージに上がっていけたのでしょうが
わけがわからずにがむしゃらにやっていただけなのですね。

引力の法則を無視して生きることはとても危険ですね。
安全に賢く生きるために、それを知り、利用することは欠かせません。
同じく、引き寄せの法則も鏡の法則も大切ですが
それだけで物事を理解できる、捉えられると思うのは
あまりにも浅い理解だと、知るようになりました。

法則について書かれた本はそれこそ掃いて捨てるほどありますが
そのところまで踏み込まれているものは一部に過ぎず
浅い理解の中で成功を諦めて行かれる人や
成功しても幸せになれない人が多いと感じてます。

そういうわけで、自分の体験を書いてみるのも面白いかと感じました。
次回にご期待ください。

夜のワークはいかがでしたか?
過去をお許しになり、相手をお許しになり
誰よりもごご自身をお赦しいただきたいと感じさせられました。
自由だと思っていないからとらわれているように感じるだけであり
本当は、いつもどのときも自由だったのであり、今もまた自由なのですね。

ありがとうございました。
谷川先生 (さくらみるく)
2012-02-23 10:07:05
コメント下さりありがとうございます。
谷川先生の視点は、直接には、わたしが書きたいこととまた違ったところから
この出来事を捉えてくださっているように感じます。
そして、そのことで、記事の内容が深められ広げられていることを
面白いと感じ、ありがたいと感じます。感謝です。^^

「よほど心していないと、自分のことしか考えられなくなってしまう乗り物」
と、お書き下さいました。
本当ですね。
成功した人ほど深い闇や誘惑にさらされると言われますが
「力を持つ」という意味では、ドライバーも同じなのかもしれません。

自分の中から思いもよらない部分がひきずり出される。
怖いようですが、これもまたデトックスなのですから
最大のチャンスだと言えそうですね。^^

ひきずり出される闇に、驚くことも怖がることもないのでしょう。
楽しみながらやって行けばいいような気がします。
必要だから起きてくることなのだから、安心して流していけばいいのですね。

ありがとうございました。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

あわせて読む