苦しみが、苦しみに見えなくなる角度からの視点もある。
調子のいいときは、その視点から眺めていられる。
でも、その角度を知ったことだけでは、消えないのが苦しみというもの。
ちょっとしたことで、また、一番苦しむ角度に引き戻される。
「なぜ、なぜ、どうして!」と。
それこそ、なぜ、なぜ、どうして! と聞きたい(笑)。
けれど、不思議と引き戻されてしまう事がある。
そんな時、その問題を抱えたままで苦しさがなくなる、一つの対策がある。
「恕」という言葉を知ったのは5年前。
*恕(じょ)・・・「相手の立場に立って、物事を考える」
自分を脱ぎ捨てて、
相手の中に入って、
相手の心を感じてみる。
ある程度、エネルギーが抜けないと難しいと思っちゃうかもしれない。
でも、問題というエネルギーを持ったままで大丈夫。
すべての問題は、自分という立場や自分という概念、自分というプライド、自分という「自我」を通してやってくる。
相手の立場に立つということは、相手にも「自我」があるんだ! と、衝撃的にわかってしまうこと。
まるで、ヘレン・ケラーが「ウォーター!!」と言葉を理解したような、そんな種類の衝撃かもしれない。
何で、こんなに怒るの?
何で、こんなに辛く当たるの?
それは、その人の「自我」にとってみれば、あまりにもまっとうな理由があるから……
自分も、自我に支配されていると気づき、自我を手放すもってこいの方法は、その、問題の相手の自我を意識すること。
ああ! こいつが、苦しみが目の前にいるよ〜
そんな時こそが、チャンス。
自分が体から抜け出て、相手の中にすっぽり入ってみる。
例えばクレーマーのおっちゃん。
スーツを着て、この人はやってきた。
朝食時に奥さんにちょっぴりいやみを言われ、娘には口を利いてもらえず、トーストを食べて、トイレにも行って、そして、時間を待って私に会いに来た。
こんな故障、ありえない。人生うまくいっていないのに、この、機械にさえもバカにされるのか!! 思いっきり文句言ってやって、帰りに立ち飲み居酒屋でも行こう……
そんな風に、あほみたいに、想像のその人になる。
すると、不思議とその人の自我が泣いていることが体の感覚でわかったりする。
ウォーター!! のような世界。
その時、自分の苦しみは??
少し、自分の胸を意識してみると良くわかる。
問題は残っているけれども、不思議とネガティブな感情は消えている。
自分から解放された自由な心の自分で、今、この瞬間を過ごす感覚を取り戻す、ちいさな一つの方法。
いや、ただの“みかっち流”クレーマー対策か(笑)。











いいですね!
>自分が体から抜け出て、相手の中にすっぽり入ってみる。
今度そんなチャンスがあれば、やってみます。
できるかな…
澤谷先生のブログに毎日コメントを書き、1年になりますが、その間相手の立場にたって物事を考える(じょ)訓練を積んできた気がしています。
それでもやっぱり、かけがえのない、空気のような男性との別れが近づいている状態の中、身が引き裂かれるような苦しみを感じており、なかなか相手の立場にたって物事を考える余裕が、私の心に全くありません。
ただ、それでも彼に向き合っていく事が真心なのかな・・・とふと今思いました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
心は本当は自由自在であること
しんどいときほど思い出したいですね。
谷川先生がどんなおっちゃんになるのか、
はなまた美女になるやも(笑)
また、機会あらばお聞かせくださいね。
いつも真摯なコメントをありがとうございます。
ももさんの心情が、私なりにわかります。
私も同じような状況にあったからなんです。
かけがえのない、空気のような存在の方。
素敵です。なかなかいらっしゃらないですよね!
身が引き裂かれるような思い、相手の立場に立てないのは当然です。
今は、安心して、ご自身とつながることなんだと思います。
空中ブランコの手を離すようで怖い思いをしたりしますが(→それは私・笑)
ご自身と自信を持ってつながると、なぜだか大切な方としっかりつながります。
表面上の細い糸ではなくて、本当に底辺でつながります。
そのときでいいのではないでしょうか。
ももさんが自身とつながり、その滋養で花と咲いている。
そんな姿が浮かびました。
そう、私もですね!!!