小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

アベノミクスはなぜ失敗したのか? ②   安倍も」黒田も何も分かっていないからだ。

2016-09-10 01:20:44 | Weblog
 アベノミクス失敗の原因は金融政策(金融緩和による円安誘導)だけではないが、金融政策の分析だけでも1回のブログでは書き切れず、前回のブログでは中途半端な終わり方をして申し訳なかった。デフレ不況克服のために行ったアベノミクスの金融政策(アベノサイクル…私の造語)の検証作業を続ける。

 ① 金融緩和(通常は公定歩合=日銀が銀行に貸し出す時の金利=を引き下げて金融市場に大量の通貨を供給すること)により、銀行が設備投資などを目的とした企業への融資に積極的になる。
 ② 日銀が通貨(円)の供給量を増やせば、当然だが一般の商品と同様需給関係により円の価値が下落する(円安になる)投資家にとっては通貨も株や原油などと同様投資対象だからだ。さらに日銀が為替市場に介入して円を売りドルを買えば、円安は一層進む。
 ③ 円安になれば輸入品の価格が上昇し、日本経済はデフレ状態から脱却して物価が上昇する(日銀・黒田総裁は2年間で物価を2%上げるという目標を掲げた)。物価が上昇すれば日本企業も価格競争から免れ積極的な経営に転換する。
 ④ また日本商品の輸出も円安によって国際競争力が回復し、輸出産業は商品を増産するため設備投資を行い、雇用も増える。
 ⑤ 雇用が増えれば、労働力(これも商品)の需給関係が好転して労働者の賃金も増加し、消費の拡大につながる。→③効果がさらに大きくなり→④→⑤→③…というアベノサイクルが実現する。
 こうした景気循環を期待したのがアベノミクスの狙いだった。

 なお日銀の国債購入の増加はアベノサイクルのためではない。アベノミクスのもう一つの経済政策である公共工事のための財政出動を支えるためである。この不況脱出の手法はかつてケインズが学説として唱え、1929年10月、アメリカで勃発した世界恐慌(デフレ不況)を当時のルーズベルト大統領が1933年から始めた銀行救済策と大規模公共工事によって不況から脱出したニューディール政策の焼き直しでしかない。
 実は日本は、世界恐慌の前の1927年に昭和金融恐慌が発生して銀行への取り付け騒動が生じたが、当時の高橋是清蔵相が「ニセ札」(表面だけ印刷。裏面は印刷なし)を大量に発行して銀行窓口に積み上げ、取り付け騒動を収束したことがある。が、その後日本も世界恐慌の荒波にもまれ、やはり高橋是清が軍事産業を中心に大規模な財政出動を行い(1931年)、雇用の安定とデフレ不況からの脱出に成功した。世界恐慌からの脱出に成功したのは日本が最初である。
 ついでにアベノミクスの「第2の矢」である大胆な財政出動による公共工事は、世界恐慌の時代と異なり不況脱出の効果はあまり期待できないことを明らかにしておこう。世界恐慌の時代は①世界的に大失業時代だったこと、②しかも労働者の大半はブルーカラー族で公共工事に要した費用の大半は人件費(雇用の拡大と賃金の上昇)に費やされ、そのことによって消費が回復し一般産業も不況から脱出できたこと、③しかし、現在の日本の労働力は男女を問わず高学歴化し、いくら公共工事を行っても高学歴者の雇用の拡大にはつながらないこと、④しかも理系学卒者の雇用は別に公共工事を行おうと行うまいと以前から売り手市場が続いている一方、文系学卒者の仕事(主に事務職)はどんどんIT化して買い手市場のままであり、その結果「大学は出たけれど正規社員の就職先はきわめて少ない」という状況がかなり前から固定化していること。
 安倍総理は、アベノミクス効果の一つとして失業率の改善を掲げているが、それは非正規社員の増加によって見かけ上改善しているかに見えるだけで、文系学卒者の初任給平均(大企業だけでなく中小零細まで含めての)が、安倍政権が誕生して以来どの程度アップしているのか、データがないので事実は不明だが疑問に思わざるを得ない。厚労省は民主党政権時からの学卒者(理系・文系に分けて)の初任給調査(必ず調査しているはずだ。もししていないのであれば就職関連の大企業であるリクルートは行っているだろうからリクルートに情報提供してもらえばいい)の結果を発表すべきだ。
 また初任給調査だけでなく、入社後の給与の推移も理系・文系に分けて調査すべきだ。そうすれば見かけ上の失業率ではなく、失業率が改善しているにもかかわらずなぜそれが消費活動に結びついていないのかが明らかになる。

 アベノミクスの経済政策に戻る。読者も、なぜアベノサイクルが「絵に描いた餅」にしかならなかったのか、かなり見えてきたと思う。
 日銀の金融緩和策(固定歩合引き下げ=利下げ)と為替相場への介入は確かに一時的な効果はあった。円相場は2015年春ごろにはピークの1ドル=125円前後で推移したが、今年に入って急激に円高に振れ出し、いまは1ドル=103円前後で推移している。
 だが、円安傾向にあった時期、日本経済はどうだったか。株価は一時的にミニ・バブルを生じたが、日経平均は昨年末には約1万9000円だったのが、今年に入った瞬間円が急速に高騰し、株価も暴落して一時は1万5000円割れの状態も危惧されるようになった。株価が高値を付けていたころに消費が拡大して物価が順調に上がったかというと、そういう傾向もまったく見られなかった。
 なお為替政策はあくまで結果で判断するしかない。円安誘導すれば(円の価値が下がること)、確かに輸出価格は下がり(理論上そうなるが、日本の場合、そうならなかった)、輸入価格は上昇する。結果で判断するしかないのだから、結果を検証しよう。実は前回のブログで日本企業の体質を、日本の輸出大企業がプラザ合意を台無しにしたことの意味を問うことによって明らかにしたのは、日銀の為替政策の目的をまたもや日本の大企業が台無しにしてしまったことを証明するためだった。
 プラザ合意後の自動車や電気産業など日本を代表する輸出大企業は、日本の消費者を犠牲にすることによって輸出価格を為替に連動させなかったことを前回のブログでは明らかにした。なぜ大企業は輸出価格を為替に連動させなかったのか。
 当時、日本のメーカーはまだ海外進出をしていなかった。が、アメリカでは大企業が国内労働力の高騰(アメリカは世界最大の保守大国と思っている人が多いが、実は労働組合が日本では考えられないほど大きな力を持っている)に音を上げており、海外の安い労働力を求めて海外進出をしていた。そのためアメリカでは「産業の空洞化」が進み、それがアメリカ産業界の国際競争力を低下させていたのである。プラザ会議(5G)はアメリカが自国産業の国際競争力を回復させるため日・独・英・仏の4か国に頭を下げてドル安誘導の協調介入を頼んだのが真相だった。アメリカの産業空洞化を招いたのはアメリカ自身であり、その結果ドル高(=デフレ不況の原因)になったとしてもそれは本来アメリカの自己責任である。アメリカはG5によってドル安誘導の国際協調介入を先進4か国に頭を下げて頼んだが、実は英・仏の協力は必要なかった。アメリカの狙いは貿易赤字の最大の競争国である日・独にドル安誘導に協力させて国内産業の国際競争力を回復することが本当の狙いだった。
 さらに副次的にレーガン大統領の経済政策(レーガノミクス)もドルが実力以上に高くしたことも指摘しておく。アベノミクスの語源といってもいいだろうレーガノミクスは①歳出削減②大幅減税③規制緩和④通貨供給量抑制、の4本柱からなっていた。当時アメリカはカーター大統領の過度な景気刺激策による財政赤字と貿易赤字という双子の赤字を抱えており、この双子の赤字から脱却することがレーガノミクスの目的だった。
 具体的には歳出削減のために高金利政策(その手段として行ったのがアベノミクスとは反対の通貨供給量削減によるデフレ政策)を採った。結果的にはレーガノミクスによって双子の赤字はかなり解消できたのだが、その反面レーガン政権の1年後には市場金利が20%を超え猛烈なドル高が始まったという結果も生んだ。そして当然の結果としてドル高によるデフレ不況にアメリカは見舞われる。誇り高いアメリカが5Gに開催を日・独などに呼びかけてドル安誘導を頼んだ背景には、そういう経緯もあった。
 なぜレーガノミクスが失敗に終わったのか。アベノミクスがデフレ不況克服のために円安政策をとったのと、実は同じ原理が国際金融市場で働いたのである。アメリカが金融引き締めのために高金利政策をとれば、当然世界のマネー
がドルに集中する。年利20%という高金利のドルは、投資家にとって極めて魅力的な金融商品になったからだ。
 実は同じ失敗を日本もバブル退治のためにやった。バブルという資産インフレを退治するため政府と日銀はレーガノミクスと同じ経済政策を行った。まず大蔵省が「総量規制」という金融機関への行政指導(不動産投資の抑制策)を行い、日銀の三重野総裁は高金利による資産インフレ抑制策を行ったことがある。この経済政策が円高によるデフレ不況を生み、「失われた20年」が始まる。日本の金利が高くなれば、世界の投資家にとっては円はきわめて魅力的な金融商品になり、円高・デフレに陥るのは当然すぎるほど当然の結果だった。
 ではアベノミクスによって、輸出大企業はどういう経営戦略をとったのか。またプラザ合意の際、日本の輸出大企業がどういう経営戦略をとったのかを考えてもらいたい。プラザ合意でG5がドル安への協調介入したのは、アメリカがこけたら世界経済が大混乱に陥る。それだけは避けたいという先進5か国とくに日・独の自己保存本能からだった。実はG5には日・独だけでなく英・仏も入っていた。だが、アメリカの狙いはすでに述べたように日本とドイツの2か国だった。アメリカにとってイギリスとフランスは国際経済競争にとって脅威でもなんでもなかった。イギリスやフランスからの輸入品がアメリカ産業を脅かすような国際競争力を持っていなかったからだ。
 ではなぜG5に英・仏を入れたのか。当時国際経済のけん引力になっていたのが日本とドイツだった。かといって、アメリカの国益だけのために日本とドイツとだけとG3を構成すれば英・仏の反発は必至になる。英・仏がドイツの輸出攻勢でどういう苦境にあったかは私も知らない。メディアがG5の背景を分析したことがなかったからだ。これは私の想像だが、英・仏もドイツの輸出攻勢に悲鳴を上げていたのではないだろうか。アメリカが英・仏を巻き込んでプラザ合意を実現できたのは、たぶんヨーロッパ市場のドイツの影響力を考慮したためで、ある意味ではアメリカがG5に英・仏を招いたのは英・仏にとっても極めて好都合だったからではないだろうか。実際プラザ合意のかなり前から(77年ころ)からアメリカは「日・独機関車論」「米・日・独機関車論」が経済学者の間で喧伝されており、日・読者センターは自国の利益のためではなく世界経済の発展のために機関車的役割を果たすべきだという主張が強まっていた。
 いずれにせよ、プラザ合意にも関わらず。日本の輸出大メーカーは前回のブログで明らかにしたようにドル安誘導を事実上台無しにしてしまった。日本メーカーが為替相場に連動して輸入価格を引き上げていれば、プラザ合意以降たった2年で円が対ドル相場で2倍になるようなことはありえなかったはずだ。またプラザ合意以降日本企業の身勝手さは一部のマスコミから指摘されていたが、ドイツの輸出大企業は為替相場に連動してアメリカへの輸出価格を引き上げた。そのためアメリカとドイツの間には貿易摩擦は生じなかったが、日本企業はかえってアメリカとの貿易摩擦を激化する方針をとった。データがないので推測で書くが、円・ドル為替相場は2年で倍になったが(これは事実)、ドイツ・マルクは極端に暴騰することはなかったと思う。つまり、対ドル相場では円は世界中の通貨で独歩高になったのである。
 ではなぜ日本企業はそこまでしてプラザ合意を台無しにしてしまったのか。当時の日本企業は、まだ積極的な海外進出を始めていず、また国内では「年功序列・終身雇用」の日本型経営が続いていた。たとえばプラザ合意のかなり前だが、松下がコンピュータ・ビジネスに参入したことがある。松下電器産業の創業者の松下幸之助氏が将来はコンピュータが産業の主力になると考えたのだが、決断を下すのが遅すぎた。すでに当時、通産省はコンピュータ産業が日本経済の未来を左右すると考え、国際競争に勝つためコンピュータ業界の再編成に着手していた。松下がコンピュータ産業に参入しようとしたときには、通産省の再編成構想がすでにまとまっており、松下が参入する余地がなかったのだ。
 結果、松下はコンピュータ事業からの撤退を余儀なくされ、有名な熱海会議(松下系の販売店主を集めた会議)で、幸之助が頭を下げ、「この失敗による販売店各社へのご迷惑は松下自身が血を流すことで回復します」と涙を流して謝罪した。これが日本企業の良く言えば共同体意識、悪く言えば経営者が責任を転化するための典型的なケースだった。1980年代までは、そうした日本型経営を日本のメディアは美談として伝えた。
 当時の日本企業は利益よりシェア拡大を重視していた。シェアの拡大は生産量の増大を意味し、生産量が増えれば生産コストを下げることが出来る。企業の利益はその結果として生じる。
 シェア至上主義があながち間違っているわけではないが、そうした企業戦略がアメリカとの貿易摩擦を起こすことになる。
 日本の企業の大半は年度決算である。とくに上場企業の決算期は3月末に集中しており、株主総会も大半の企業が特定の日に集中していた(最近は多少ばらついているが)。そして株主への配当も極力抑え、利益の大半は設備投資に回してきた。生産量を増やしシェアを高めるためである。
 一方アメリカは四半期決算が大半で、株主の力が強く、利益は株主のものという考え方が伝統的に培われてきた。そのため長期的視野に立った経営が出来ず、経営者は四半期ごとの利益をいかに増やすかに心を砕かざるをえない。さらに利益の大半を株主への配当に回さざるを得ないため、設備投資資金は銀行から融資を受けるか、増資に頼るしかなかった。企業が利益を出し続けていれば銀行も融資してくれるし、増資もできるが、少しでも先行き不安感が出てくると融資も増資も不可能になる。またアメリカでは会社は商品という考え方が根強く、経営者は先行きに不透明感が出ると、創業者でもさっさと会社を売ってしまう。
 こうした日本とアメリカの伝統的な企業意識の違いが日米摩擦を激化させていく。また戦後の日本経済復興のために通産省がとってきた輸出振興策と産業育成策を、すでにアメリカとの貿易摩擦を生じるまで日本産業界の力がついてきた80年代に入っても継続してきたことも、アメリカを怒らせた大きな原因の一つであった。いわゆる日本の関税障壁である。
 そうした中で89年9月から90年6月にかけて日米構造協議が行われた。この協議はアメリカが日本の関税障壁を槍玉に挙げるために開かれた。
 日本もアメリカ型経営の欠陥(株主重視のため長期的視野での経営ができないこと)を指摘したが、アメリカはPRがもっと巧みだった。「日本は生産者中心主義で消費者中心の経済政策をとっていない。もし日本がアメリカ牛の関税を大幅に引き下げれば、日本人は週に2回、ステーキを食べられる」と日本の関税障壁を問題化した。「われわれは日本の消費者の要求を代弁しているだけだ」「最終的な勝利者は日本の消費者だ」と。
 このアメリカ側のレトリックを日本のマスコミの大半が支持した。
 実は日本が社会主義的、欧米社会とは異質だとアメリカから指摘されてきた最大の理由は、アメリカのような弱肉強食の自由競争主義ではなく、基本的には弱者救済横並びの経済構造を重視してきたからである。金融機関に対する護送船団方式や大店法による零細小売業者に対する保護政策もその一つで、そうした日本経済政策の保護主義もアメリカは鋭く追及してきた。皮肉なことにポスト・オバマを狙っている共和党のトランプ氏も民主党のヒラリー・クリントン氏もTPPの批准に反対しており保護主義に舵を切ろうとしているが…。
 結局アメリカが日米構造協議で事実上の勝利を収めた。シェアを維持するため(=生産量を減少させない=生産コストの上昇を抑える――すなわちシェア至上主義)、国内では合理化努力の成果を消費者に還元せず、アメリカにはダンピング輸出をするという従来のやり方は通用しなくなった。日本の大企業がそれまでの国内生産中心主義から工場の海外移転に経営方針を大きく転換したのは日米構造協議以降である。
 工場の海外移転は、とくにバブル期に大幅に上昇した国内の賃金が企業にとって大きな負担になり、安い労働力を求めて海外への移転に拍車がかかったことも大きな海外進出の要因である。日本企業の海外進出が進むにつれ、当然の結果として国内の賃金も相対的に抑えられ、さらに正規社員の採用も手控えるようになり、終身雇用・年功序列の日本型経営を支えてきたベースアップも姿を消していく。
 そうした状況の中でバブル(資産インフレ)を退治するために大蔵省と日銀が二人三脚でとってきたデフレ政策が日本経済の足腰を弱めていった。こうして「失われた20年」が日本を襲ったのである。
 アベノミクスは、この「失われた20年」に終止符を打つために経済政策の柱として円安誘導したことについては周知のことで、私もすでに述べた。
 しかし、いかなる政策もプラス面とマイナス面がある。政治家は政策を主張する際、プラス面とマイナス面の両方を正確に国民に訴えて、プラス効果がマイナス面を打ち消すにはどうすべきかを国民に説明すべきなのだが、自らが所属する政党の政策のプラス・マイナスの両面を国民に正直に訴えて国民に信を問う政治家を、残念ながら私はいまだに見たことがない。
 これは結果論と言ってしまえば結果論だが、基本的には民主党の野田前総理との約束を守って消費税を8%に引き上げると同時に金融緩和による円安誘導を行ったことに、アベノミクスが失敗に終わった最大の原因がある、と私は考えている。
 消費税を引き上げれば、当然消費は落ち込む。だから円安誘導でデフレ不況を克服するための経済政策は、消費が回復してから行うべきだった。
 「円高によるデフレ不況の克服」を安倍総理は経済政策の柱の一つにしたが、実は円高によるデフレは、消費者や中小零細企業(とくに部品メーカー)にとっては輸入品が安く買えるわけだから必ずしも悪いことだけではない。輸入品が値下がりすれば、競争原理から輸入品と競合する国産品も値下げせざるを得ない。消費の拡大にとって、デフレは悪いことではない。ところが消費税を上げて消費者の消費意欲が減少する中で、円安による輸入品の高騰を招けば消費者や中小零細企業にとってはダブル・パンチになる。いや、実際にそうなった。

 余談だが、消費税増税でちょっとおかしな現象が生じていることを指摘しておく。メディアもまったく気づいていないようだし(そのこと自体が不思議なのだが)、財務省も問題視していないことだ。というのはいきなり8%の消費税をかけたのではなく、従来5%だったのを8%に上げたはずなのに、かなりの小売業者が消費税アップ前の価格に消費税として8%を上乗せしていることだ。消費税5%の時代には政府は内税方式を小売業者に行政指導した。だから8%にアップする前の価格にはすでに内税として5%の消費税が含まれていた。
 消費税アップ後の「ネコババ」企業でもっともわかりやすいのはダイソーやキャンドゥなどの100円ショップだ。消費税アップ前には100円の商品価格にすでに5%分の消費税が内税として含まれていた。だからやや乱暴な単純計算だが、消費税アップ後の100円ショップの商品価格は103円でなければおかしい。が、現在すべて100円ショップの商品価格は税込みで108円である。つまり5+8=13%もの消費税を100円ショップは客から取っていることになる。つまり差額の5%分(5円)は脱税しているということになりはしないか。脱税ではないというなら100円ショップの名前を変えて105円ショップ(外税で)に業名を変えるべきだろう。

 重箱の隅を突くような話で申し訳なかったが、アベノミクスが「絵に描いた餅」に終わったことがやっとわかったからといって、今さら手のひらを返すように経済政策(金融緩和による円安誘導)を「止めた」と変えるわけにもいかない。そんなことをしたら、当然安倍総理は引責辞任に追い込まれるからだ。
 安倍総理は円安によって輸出産業の国際競争力が回復して日本経済が活性化すると考えたのだろうが、前回のブログで述べたように、輸出企業は国際競争力を高めようとしなかった。具体的には為替相場に連動して輸出価格を下げずに、据え置いたのである。輸出価格を下げて輸出を増やせば、当然設備投資というリスクを抱えることになる。プラザ合意後の円高の中で輸出企業がシェアを落とさないため(=生産量をへらさないため)に、日本の消費者を犠牲にしてアメリカにダンピング輸出したのと同じ論理である。ただ昔と違うのは企業の基本的経営方針がシェア拡大から生産量の維持(増加も減少もしない)に変わっただけである。この方針によって輸出企業には膨大な為替差益が生じ、輸出産業株のミニバブル化を招いたのである。つまり円安誘導で期待したアベノサイクルが砂上の楼閣に終わったのはこうした経緯による。
 かといって私は日本企業のモラル低下だけを追求するつもりはない。アメリカでも、またすべての国が自国中心の経済政策をとっており、日本だけが特別に悪質な企業のビヘイビアを容認してきたわけでもない。ただ、アメリカはアンフェアな企業のビヘイビアに対して厳しい罰則を科している。たとえばインサイダー取引によって莫大な利益を上げた中堅証券会社のドレクセル証券は莫大な課徴金をSEC(米証券監視委)から科せられて潰されたし、世界的大企業のエネルギー会社のエンリコも不正申告を追及され、不正申告に協力した世界ナンバー2の監査法人・アンダーセンも共に壊滅された。あまたの犠牲を生み続けながら銃規制ができないアメリカを考えると、アメリカ国民(政府も)のモラルはどうなっているのか疑問を持っている人は日本人の大半を占めている。
 ただアメリカは経済活動に関しては不正行為にきわめて厳しく(日本企業の輸出品の欠陥に対する罰則は、日本では考えられないほど厳しいことは周知の事実だ)、日本最大の証券会社の野村証券が行った不正行為(暴力団とつるんだ東急電鉄の株価操作や大口投資家への損失補てんなど)は、アメリカでやっていたらとっくに潰されていた。基本的にアメリカでは不正利益に対する罰則は、不正に得た利益の3倍の課徴金を科すことが原則になっており、脱税やインサイダーなどの不正取引は、発覚するとまず倒産に追い込まれる。経済犯罪に甘い日本は、少なくともこうした厳しさはアメリカから学ぶべきだろう。
 最後に、前回のブログで述べた日本の大企業(自動車や電気などの輸出産業)が、なぜ安倍内閣が吹いた増え(円安による輸出競争力の回復)に踊らず、為替差益を内部留保として貯めこんだホントウの理由について述べておく。
 すでに述べたように日米構造協議以降、日本の大企業(メーカー)は安価な労働力を求めて海外に進出した。またそれまでのシェア至上主義も捨て、利益優先、株主重視に経営方針を転換してきた。
 また国内では少子高齢化が進み、消費も減少傾向が否応なく進んだ。とりわけ電気製品や自動車などの耐久消費財の国内市場は冷え込んだままだ。一定の買い替え需要が見込まれてきたテレビは、ブラウン管から液晶に転換し、寿命が倍に伸びたと言われている。また若者のクルマ離れも急速に進んだ。若い人たちが、公共交通網が発達した大都市に集中し、クルマを必要としなくなったことが大きい。政府は自動車産業を守るためハイブリッド車などへの支援策をとっているが、大都市でクルマを維持するコストが高く、若者には手が出なくなってしまったからだ。
 そのため自動車産業界は国内での設備投資に大きなリスクを感じている。安倍総理が吹いた笛に踊らなかったのはそのためである。電器産業界も、設備投資による供給過剰になるリスクを避けた。こうした事情が、大企業が為替差益を内部留保として貯めこんだホントウの理由である。メディアも政治家もそのことに気付いていないが…。
(次回はアベノミクスの成長戦略の柱として始まった「働き方改革」について検証する)
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アベノミクスはなぜ失敗したのか? ①

2016-09-01 07:45:46 | Weblog
 三菱自動車の不正がまた発覚した。国交省による検査の結果、燃費の不正表示が新たに明らかになったのだ。
 またパソコン販売大手(東証1部上場)のPC DEPOTの悪質な詐欺まがいの事件も発覚した。
 一方救われる気持ちになったのは、スズキ自動車の燃費表示が国交省の定めた検査方法に従わなかったにもかかわらず、国交省が行った検査の結果、すべての機種がカタログ表示を上回る燃費だったことが明らかになった。ということは、スズキの場合、国交省が定めた検査方法より厳しい条件で検査を行ったためと考えてもいいだろう。私は日本産業界にも良心的な企業が生き残っていることに、かすかな期待を持った。
 いずれにせよ、直近のこうした大企業の消費者に対する対応について、大企業経営者のモラルについて考えざるを得なくなった。
 私は前から思っていたことだが、スズキのようなケースは別にして日本の大企業のモラルに不信感を抱いていた。

 第1次アベノミクスによって政府と日銀による円安誘導が行われた。円安誘導の理由は二つ。一つはデフレ不況の克服。二つ目は円安による輸出企業の国際競争力の回復。
 が、第1次アベノミクスは砂上の楼閣にすぎなかった。円安誘導によって日本メーカーの国際競争力は確かに回復できるはずだったが、肝心のメーカーが国際競争力を回復しようとしなかった。
 為替の原理は理論上「購買力平価」によって左右されるはずだ。つまり1ドル=100円の為替相場の場合、アメリカでは1ドルで日本円価格100円の商品が買えることを意味する(商品の輸送費などは上乗せされるが)。ということは1ドル=100円の場合、1ドル=120円になった場合、日本では120円で売っている商品はアメリカなら1ドル(プラス輸送費)で買えることになる。つまり日本メーカーは為替が対ドル20円安くなれば、アメリカでは20%安く売らなければならない(輸送費は別途)。当然日本メーカーの輸出が増大し、メーカーは【商品の増産→設備投資→雇用の増大→消費の拡大→企業の設備投資】に舵を切るだろうという期待がアベノミクスの原点だった。
 が、日本メーカーは安倍総理が吹く笛に踊らなかった。メーカーは輸出量を増やさず(つまり商品の増産→設備投資→雇用増大…のサイクルに乗らなかったということ)、輸出価格を据え置いて為替差益で膨大な利益を手に入れた。結果として輸出大企業の株価は暴騰したが、アベノミクス・サイクルは砂上の楼閣にすぎなかった。メーカーは、国際競争力が回復したにもかかわらず輸出価格を据え置き(当然為替差益だけが増大する)、為替差益を内部留保として貯めこんでしまったからだ。
 政府・日銀が円安政策をとれば、輸出企業には有利になるが、大メーカーの下請けになっている中小企業は部品などを直接輸出で利益を上げるより、部品原料の輸入費の増大でかえって赤字が増える。つまり今まで100円で輸入できていた原料が120円払わなければ輸入できなくなるからだ。安倍総理はそこまでアベノミクスのプラス・マイナスを考慮していたのか。いまの円高は世界のヘッジ・ファンドがそこを見切っていたからだ。
 実は、こうした日本大企業のモラルの低さはすでに1985年のプラザ合意のときに明らかになっていた。このプラザ合意は世界の先進国5か国(米・英・仏・独・日5か国の中央銀行総裁・金融相大臣)がアメリカ経済の立て直しに協力しようということで、ニューヨークのプラザホテルに集まり、ドル安の協調介入をすることで合意した会議である。当時の円・ドル為替相場は1ドル=240円だったが、わずか2年後には1ドル=120円まで円が暴騰した。
 円の価値が2倍になったのであれば、購買力平価の原則からすれば日本での売価100円の商品はアメリカに輸出した場合、アメリカでの販売価格は2ドルにならなければおかしい。が、日本メーカーは円の価値が2倍になったにもかかわらずアメリカへの輸出価格を据え置いた。一方円の価値が倍になったにもかかわらず、日本製品の日本での価格は据え置いたままだった。その結果、妙なことが生じた。日本製品の自動車や電気製品、カメラ、時計、ゴルフ用品が、日本で買うよりアメリカで買った方が安いという「逆内外価格差」が生じたのだ。自動車のように持ち帰りできない大きな商品は「並行輸入」で輸送費を払ってもペイする時代だった。また特例だが、並行輸入するまでもなく、輸出自動車を日本でも輸出価格で買うことができた。左ハンドルだが、日本での右ハンドルの正規販売の半値で買えた。そのくらい、日本車の正規販売車と輸出車の価格差があったのである。私自身が某銀行のコネで輸出車を半値で買えたので間違いはない。言っておくが、これは犯罪行為ではない。
 これにはおとなしい日本人もさすがに怒った。「並行輸入が爆発的に生じたのはそのときである。そしてこうした日米内外客価格差が生じることによってアメリカ国内で猛烈なジャパンバッシングが生じた。アメリカの自動車の聖地であるテトロイトでは日本車に対する暴動騒ぎまで生じた。
 そのころある月刊誌で私は松下電器(現パナソニック)の谷井社長とインタビューした。その一部を転載する。

小林 この1年間で3回ほどアメリカ取材のたびに肌で感じたことですが、衣食住遊のほとんどすべてがアメリカの方が安い。私に限らず、それが消費者の実感ではないでしょうか。
谷井 それはそうでしょうねぇ。
小林 ということは円は実力以上に高くなりすぎているのではないか、という気がします。実際、エコノミクスの多くは170~80円が妥当じゃないかと言っていますが、消費者の貨幣感覚というか、あるいは購買力平価を基本にした考えからすると円はちょっと高すぎるという思いがするのですが…。
谷井 消費者の身近な物価から行きますと、確かに、たとえば肉はどうだとか、コメはどうだとか、よく言われますけれども、むしろ日本の場合、そういう面で行くと日本の土地、電気製品、カメラ、そのほかもろもろの値段が為替とリンクした評価になっていないんで、全体のバランスがとれていないんという面もあるんじゃないでしょうか。
小林 もちろん、すべてが購買力平価に即してバランスがとれるということはありません。ただ本来日本のはずが安いはずの工業製品、たとえばカメラとかビデオといったものまでアメリカで買った方が安い。こういうことが起きるのはおかしいじゃないかと…。
谷井 それは円が強くなるから、一時的にそういう現象が起こるんでしょう。ある意味から行くと、じゃあもう少し円が弱くなればバランスがとれるんだという理屈が成り立つんですよね。しかし、また一方において、アメリカの流通と日本の流通とが、逆に向こうから言われるように何かおかしいんじゃないかと。だから、むしろ日本の方が高いんじゃないかというような見方もありますから、商品によって一律には言えませんね。
小林 円はこの2年ちょっとの間にほぼ倍になりました。本来なら、アメリカでの日本製品の販売価格は倍になっていなければおかしいのですが、自動車が20~30%アップ、電気製品に至っては10~15%しか値上がりしていません。
 どうして10%や20%の値上げに抑えることが出来たのかと聞くと、メーカーは合理化努力の成果だと主張する。もしそうなら、日本での生産コストは半分近くに下がっていることになる。だったら、どうして日本の消費者はその恩恵を受けることが出来ないのか、という点です。アメリカ人だけが、日本メーカーの合理化努力の恩恵を受けて、日本人は受けていないわけです。
 また、アメリカにほとんど競争相手がいないカメラのような製品でも、円が倍になったからと輸出価格も倍にすると、アメリカ人の購買限度額を超えるバカ高い値段になってしまう。30%か35%の値上げが限界のようですね。
谷井 そうでしょうね。
小林 まして、国内の消費者にシワ寄せできない零細輸出業者はアップアップしていますよ。さらに、今回の新貿易法案の狙いもそうですが、プラザ合意でG5各国がドル安基調に合意した目的は、疲弊しつつあるアメリカ産業界の回復にあったはずです。(中略)それなのに、“合理化努力”によって円高効果を灰にしてしまったのが日本メーカー。しかも、日本国内では値下げしていないん
ですから、アメリカ側がダンピング輸出だと怒るのは当り前です。
 とくに自動車業界と電機業界、自動車ならトヨタとか日産、電機なら松下とか日立といった大メーカーの経営者はその点を自覚すべきだと思うんですが。
谷井 いまおっしゃったなかで、もちろん同感なところもあります。ただ国によって価格差があるという点ですが、一時的には確かにあります。しかし、これは異常な為替の結果だと思うんですよ。日本でつくっている製品が、船で運んで行った国では安く、むしろ日本では高いじゃないかと、恩恵を受けていな
いじゃないかと。一部現象的にはそういうことは否定しませんけどね。

 この時期、アメリカではジャパン・バッシングの嵐が吹き荒れていた。日本メーカーのダンピング輸出で職を奪われたデトロイトの自動車工場の労働者が日本車を道路の真ん中に引きずり出してハンマーで叩き壊し、火をつけるという騒ぎが日本のメディアでも盛んに報道された。
 そうした過激なジャパン・バッシングの嵐に歩調を合わせるかのように米知識人やメディアで吹き荒れ出したのが「日本人異質論」であった。私はこの時期、「アメリカ人から見て日本人が異質だというなら、私たち日本人に言わせてもらうとアメリカ人こそ異質だということになる。国が違えば文化も違う。アメリカの文化と日本の文化が違うのは当然で、日本は“アメリカ人は異質だ”と決めつけたことはない。アメリカは何様だと思っているのか」と新聞のコラムで書いたことがある。このコラムは日本で相当大きな反響を呼び、読者の多くから支持を受けた。論理的に物事を考えるということは、そういうことを意味する。
 実は、少しさかのぼるが日米間で貿易摩擦が火を噴く少し前(1970年代後半から80年代初めにかけて)には、アメリカの経営学者たちの間で「日本型経営から学ぶべきだ」という主張が強まり、実際アメリカから経営者たちが日本企業の経営実態を見学に来るツアーが何度も行われたほどだった。
 先に述べたことと、その数年後にアメリカで生じたパーセプション・ギャップは何を意味するのか。実は、この問題を解くキーワードは「石油ショック」である。自前の石油資源をほとんど持っていない日本企業にとって、石油ショックは戦後の高度経済の果実を一気に台無しにしかねないほどの大打撃だった。かといって先の大戦のように、石油資源を求めて東南アジアの石油産出国を侵略するなどということは出来ない。石油ショックを克服するために日本企業と官民が二人三脚で取り組んだ技術革新が、日本産業界を救った。その技術革新の合言葉は3つあった。
 ●省エネ省力
 ●軽薄短小
 ●メカトロニクス
 そしてこの合言葉で日本産業界が政府の支援を受けて総力を挙げて取り組んだのがエレクトロニクスの技術革新、とりわけその核とも言える半導体の技術革新だった。
 実は70年代、アメリカは半導体で世界のトップを走り続けていた。が、アメリカは産油国ということもあって日本ほどには石油ショックの打撃を受けなかった。つまり王座の地位にあぐらをかいていたのである。実際70年代は世界の半導体市場でアメリカは70%を超えており、日本製品のシェアは15%だった。
 が、一方は石油ショックで猛烈な危機感を抱いて走り出し、他方はそれまでの技術的優位性にあぐらをかく――当全日本勢の足音はアメリカ半導体業界の足元まで迫っていった。そして、ついにその日が来た。
 80年3月、ワシントンで行われたエレクトロ・セミナーの場で、当時世界の世界最大の半導体ユーザーだった計測器メーカーのHP(ヒューレット・パッカード)のアンダーソン技師が、自社で使用している半導体(アメリカメーカー3社、日本メーカー3社)の品質検査の結果を発表したのである。そのデータが世界のエレクトロニクス業界を驚愕させた。
 エレクトロニクス関連の会社は必ず購入した半導体の抜き取り品質検査を行う。HPは最近購入する米半導体の欠陥率が高いことに気付き、米製品15万個、日本製品も15万個を抜き取り検査したのである。その結果はこうだった。
 米3社の総合評価 A社86点、B社63点、C社48点。
 日3社の総合評価 D社90点、E社87点、F社87点。
 日本の半導体産業が一気にアメリカを追い抜いて世界のトップに躍り出た瞬間だった。当然日本製の半導体を使って省力省エネを実現した日本の自動車や電気製品はアメリカで飛ぶように売れ、日本産業は戦後最大の危機とされた石油ショックを乗り越えたのだ。
 そういう意味では私は、石油ショックは日本にとって「神風」になったと考えている。石油ショックという危機的状況に日本が陥らなかったら、日本が世界のエレクトロニクス産業界をけん引することはなかったと思う。そしてこの時期にはアメリカでも日本の努力を称賛し、日本型経営から学ぶべきだという声が高まった。たとえば日本でもベストセラーになった『ジャパン・アズ・ナンバー1』や『エクセレント・カンパニー』は日本型経営から学ぶべきことや、IBM、GE,ゼロックスなどアメリカの優良企業と日本の一流企業の共通点を分析した本が大きな話題を呼んだ。
 たとえば『ジャパン・アズ・ナンバーワン』、は79年に米ハーバード大学教授で社会学者のエズラ・ヴォ―ゲル氏日本型経営の優れた点として次のような特徴を指摘している。現在の「日本型経営」と比較してみれば、当時の「日本型経営」が幻でしかなかったことが誰の目にもわかるだろう。
① 終身雇用
② 年功序列(賃金および立身出世のエスカレート)
③ 労使協調(会社の利益と労働者の利益が共通)
④ 目先の利益でなく長期的視野に立った経営
⑤ 賃金格差が少ないこと(当時日本は世界で唯一成功した社会主義国家と見なされていた。その結果、会社は誰のものか…株主=資本家か、社会=国有?か、従業員か、商品を買う消費者か、といった今では信じがたい議論が学者たちの間でまともに行われていた)
 『エクセレント・カンパニー』はコンサルタント企業のマッキンゼーのトム・ピーターズとウォークマンの二人がアメリカの優良企業の雇用形態が日本型経営と共通している点を分析して著作し、それをマッキンゼーに所属していた大前研一が邦訳して日本でもベストセラーになり、大前氏は翻訳しただけで日本の超一流評論家になった。
 が、そうした当時のアメリカでの日本に対する好印象は長くは続かなかった。アメリカ製品が日本製品に国際競争力を奪われていく中でアメリカ産業界から悲鳴が上がりだしたのである。そのため先進5か国が、アメリカ産業界の国際競争力を回復させるためにドル安協調介入することに同意したのが、すでに述べた85年のプラザ合意だった。
 プラザ合意以降急速なドル安が始まり、わずか2年で為替相場は1ドル=240円から1ドル=120円へと円が急騰した。そうした状況下で日本メーカーがとった姿勢が、先に述べたような身勝手な態度だったのである。そして日本製品に市場を席巻され、失業に追い込まれたアメリカ企業の労働者たちが暴徒化し、アメリカ国内の論調もほんの数年前までの好意的なものから一転して、「日本異質論」まで飛び出すようになったのである。
 なぜこの時期、日本企業はアンフェアなダンピング輸出を続けたのか。実は日本企業のそうした体質の残滓が、いまアベノミクスの足を引っ張ったのである。というより、安倍総理が日本企業の基本的な体質をプラザ合意以降の日本企業のビヘイビァから学ばずに、安易に円安誘導によって日本企業の国際競争力を回復させようとしたことにそもそもの原因があった。
 だが日本の大企業は国際競争力が円安によって回復したにもかかわらず、生産量を増やして輸出を増大しようとしなかった。自動車も電気製品も輸出を増やさず、為替差益で膨大な内部留保を蓄積することに躍起になったのである。世界のフェッジ・ファンドが一斉に安倍=日銀の円安誘導が失敗すると見て円買いに走り、日銀の金融緩和策が空振りに終わったのはその結果である。
 日銀が禁じ手とされている「マイナス金利」(銀行など金融機関が余剰金を日銀に預けた場合=当座預金=、預かり手数料がかかる仕組み。アメリカなどでは一般の銀行でも当座預金に対しては手数料がかかる。日本の場合は手数料は取られないが、金利はつかない)に踏み切り銀行の経営を圧迫した。その結果、銀行株は軒並み下落し、銀行経営は困窮している。鳴り物入りで上場したゆうちょ銀行株など、暴落といってもいい状態だ。政府はまだ相当の郵政関連株を抱えているが、いっそのことすべてを市場に放出して日銀に高値で買い取らせれば、少しは株式市場も好転するかもしれない。
 いずれにしてもアベノミクスの失敗は金融政策だけではないので、この稿は継続して書きたいと思う。
 
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放送法64条は時代錯誤だ。さいたま地裁でのNHK敗訴は当然だろう。

2016-08-27 01:44:44 | Weblog
 8月7日に投稿したブログ以来、久しぶりの投稿になる。前回投稿したブログはアメリカの原爆投下の真実を論理的に追求したもので、長期間閲覧者が減少しなかったため新たなブログを投稿できなかったためだ。閲覧者はまだ減少傾向に入っていないが、この間、書きたかったことはたくさんあった。時期を見て書こうと思っているが、この間書きたかったことだけ(いずれ時期を見て書くつもり)読者にお知らせしておきたい。
 ① 天皇の生前退位のご意向について、自民党が憲法改正の絶好のチャンスと考えている(?)ことについて。
 ② アベノミクスの失敗の原因の検証と、日本経済回復への提案。
 ③ 北朝鮮の核やミサイル開発の急速な進展は、安倍政権が主張するように本当に日本にとって脅威なのかの検証。
 ④ 民進党はかつて民主党が衆院選挙で戦後初めて300議席以上を獲得しながら、国民の期待を裏切ったことへの反省をどう国民に説明するのか。
 ⑤ 自民党安倍総裁の任期は党則上(1期3年、2期まで)の規定を、いまなぜ党則を無視してまで延期しようとしているのか。

 そうした諸問題は別に緊急を要することでもないと思い、ブログ閲覧者数の動向を見ながら次のブログのテーマを考えていたのだが、昨日NHK受信料を巡ってさいたま地裁で画期的な判決が出たので、急きょブログを書くことにした。
 この裁判は埼玉県の某市議会の市議が提訴したもので、テレビ受信機を持たずにスマホなどワンセグでテレビを見る場合、NHKへの受信料支払いの義務はないという確認を求める提訴だった。この提訴を受けてさいたま地裁は「ワンセグ放送だけでは受信料支払いの義務はない」という判決を下し、NHK側は即日控訴した。
 問題は放送法64条が定めているNHKとの契約義務である。これから私が書くことはさいたま地裁の判決とは必ずしも一致しないことをあらかじめお断りしておく。放送法64条の内容はこうだ。
「協会(日本放送協会すなわちNHKのこと)の放送を受信できる受信設備を設置したものは、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、(NHK)放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であって、テレビジョン放送および多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ)もしくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置したものについては、この限りではない。」
 この放送法64条は昭和25年(1950年)に制定されたものが原型である。
 昭和25年とはどういう時代だったか。戦後5年しかたっていない。庶民の娯楽と言えばラジオくらいしかなかった。そのラジオすら一般庶民には高額商品だった。もちろん民放など存在しなかった。そういう時代にラジオを持つ人に受信契約義務を負わせたのは当然だったと私も思う。実際まだテレビ放送が始まる前のラジオの娯楽放送は紅白歌合戦や素人のど自慢、落語、講談、浪曲、相撲や野球などの中継が主流だった。
 が、時代はその後大きく変わった。日本が経済復興を遂げていく過程で1953年にはNHKがテレビ放送(白黒)を開始し、「もはや戦後ではない」と『経済白書』が高らかに宣言した56年には「三種の神器」(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)が庶民にも手が届くようになった。さらに高度経済成長時代に突入した1960年代半ばには3C(カラーテレビ・クーラー・カー)が庶民にも手が届くようになった。民放も次々に誕生した。
 そうした時代の中で、カラーテレビは一家に1台から、一人1台の時代に入っていった。その流れは大家族時代の崩壊=核家族時代への変化を象徴もしていた。
 そうした時代の変化とともに放送法の矛盾が生じてきた。放送法64条はNHKのテレビを受信することが目的の受信設備を設置したものに受信契約を結ぶことを義務付けている。つまり一人1台の時代になったら家庭あるいは事務所にあるテレビのすべての台数に対してNHKは受信契約を結ぶ権利が生じたはずだ。
 実際私の場合、子供たちが独立するまでの間、テレビはダイニングに1台、リビングに1台(かなり古い時代だったので二つの部屋が別々だった)、私の書斎に1台、子供部屋に1台ずつ(計2台)のテレビがあった。つまり一家に計5台のテレビがあったのである。おそらくまだ子供たちが独立していない家庭では一家に数台のテレビがあると思う。
 私はいま一人暮らしだが、なぜ何台ものテレビがある家庭と同じ受信料を支払わなければならないのか。基本的に公益サービスを受ける場合でも受益者負担が原則である。例えば電車やバスなど公的交通機関の場合、乗車料は一人でも家族全員でも同一料金だというならNHKの論理も通るだろう。
 さらに今のNHKの放送内容はまったく魅力がない(私にとってはだが…)。かつて民放の場合、それぞれ特徴を売り物にしていた。たとえば「報道の○○局」「ドラマの○○局」といった具合だ。そういう意味ではNHKは「ドラマのNHK」と言っても差し支えがないだろう。それが公共放送の在り方なのか。疑問に思う人は少なくないと思う。
 放送法も時代に合わせて変えていくべきだろう。いまのIT技術を使えば、電車などの乗車料と同様、NHKの番組を見た時間に応じて受信料を科すようにすることは簡単だ。そうすれば受益者負担の原則が守れる。何も無理やりNHK職員の仕事と給料を維持するために放送法64条の矛盾を放置しておく必要はない。

 なおさいたま地裁にワンセグ受信の場合、NHKとの契約を結ぶ必要がないと訴えた市議は、埼玉県や千葉県で活動している「NHKから国民を守る党」という政党に属する市議であることを付け加えておく。
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昨日(6日)のNHKスペシャルは面白かったが、なぜか原爆投下の真相には迫れなかった。

2016-08-07 08:22:36 | Weblog
 昨日(6日)のNHKスペシャルはかなり衝撃的だった。広島・長崎への原爆投下を巡って米政権と米軍部が対立していて、米陸軍がトルーマン大統領を騙してまで広島・長崎に原爆を投下した理由をアメリカ陸軍やトルーマンの手記などの公文書を根拠に明らかにした。が、軍や政府の内部資料の調査まで努力を重ねて入手しながら、米軍部が強引に広島・長崎に原爆を投下した理由は、NHKスペシャルでは明らかにしなかった(できなかった?)。
 私は先の大戦における日本の戦争政策を支持するつもりはまったくない。日本は石油資源を求めて中国から東南アジアにまで軍事支配を拡大しようとしていた。日本がアジアの資源支配権を獲得するとアジア諸国を植民地支配していた西欧強国にとっては重大な国益上の問題が生じる。やむを得ず西欧諸国はモンロー主義(孤立主義)を伝統的に守ってきたアメリカに「一緒に日本をけん制してほしい」と頼み込んだ。その時点ではアメリカはヨーロッパ戦線には見向きもしていなかった。あくまで孤立主義を維持するつもりだった。
 第2次世界大戦の始まりは1939年9月1日のドイツ軍によるポーランド侵攻とされているが、ドイツはポーランド侵攻に先立つ8月23日にポーランド分割の秘密条項を含む独ソ不可侵条約を結び、ドイツがポーランドを侵攻した直後の9月3日に英仏がドイツに宣戦布告、一方ソ連は9月17日に東からポーランドに侵攻し、ポーランドは独ソによって分割支配された。
 さらにソ連はドイツが英仏と戦火を交える間隙を縫って、もともと狙っていたバルト3国とフィンランドへの侵攻を始め、40年3月にはフィンランドから領土を割譲させ、バルト3国も支配下に置いた。そして日本もまた9月27日、ベルリンで日独伊3国同盟を締結し、アジア侵攻への足掛かりをつかむ。が、それだけでは安心できないと考え、ソ連とも41年13日にモスクワで日ソ中立条約を締結した。
 これで日本は後顧の憂いを取り除いたと錯覚して対中戦争、英仏オランダなどが植民地化していた東南アジアへの侵攻を加速させていく。
 その後の第2次戦争の経緯をこのブログで書くことはあまり意味がない。ただ当初モンロー主義を貫いてヨーロッパとアジアで燃え広がっていた戦争にアメリカが参戦することにしたのは、フランスがドイツに占領され、イギリスもドイツの空爆で危機的状況に陥り、イギリスのチャーチル首相の懇願によって米ルーズベルト大統領が連合軍の盟主になることを承知したことによる。
 ヒトラーの失敗は、不可侵条約を結んでいた「友軍」のソ連を突如攻撃し始めたことだ。歴史に「もし」はないが、あえて「もしドイツ軍がソ連軍に勝っていたら」という仮定を立てれば、アメリカはこの戦争に参加しなかったかもしれない。
 当時のドイツ軍は精鋭ぞろいで軍事技術も世界で群を抜いていた。イタリアと手を組んでほぼ西欧を席巻したヒトラーは、いつ寝返るかもしれないと危惧を抱いていたのかもしれないが、不可侵条約を締結していたソ連に侵攻を始めた。最初はドイツ軍が優勢だったが、スターリングラードの戦いで「冬将軍」を味方につけたソ連軍の反撃にあって大敗した。
 これで漁夫の利が得られることを確信したアメリカは英仏ソと連合軍を結成して第2次世界大戦に本格介入する。その第1弾がノルマンディ作戦で、一気にドイツ軍を撃破、ヒトラー・ドイツは自滅の道をたどっていく。
 この時期、日本はまだ友好的関係にあったソ連に戦争終結のための仲介を頼んでいれば、みじめな敗戦に陥らなかったかもしれない。ソ連軍はドイツ降伏後の東欧諸国を支配下に置くためヨーロッパ戦線にくぎ付けになっており、日本が餌として樺太を差し出せば話に乗ってきた可能性はあったと思う。
 が、日本軍は目先日本と戦っている米軍の戦力しか考えなかった。あるいはドイツを降伏させた米軍は戦後処理のためヨーロッパ戦線に足止めされるだろうと考えていたのかもしれない。
 が、こうした甘い目論見はすべて外れた。ヨーロッパ戦線で大勝利を収めた米軍は意気揚々と太平洋戦線に加わってきた。さらに最後の頼みの綱であったソ連の仲介による戦争終結の期待も水の泡となった。日ソ中立条約を締結していても、米ルーズベルト大統領から「連合軍の1員として日本に開戦してくれ」と頼まれたら、どっちについた方が得かは子供にでも分かる。

 さて昨日のNHKスペシャルの話に戻る。ルーズベルト大統領が急死したため、急きょ大統領に昇格することになったトルーマンは、原爆開発のことも対日戦争をどうやって終結したらいいかという外交手腕に疎かった。ために原爆開発の責任者だったグローブズのウソと口車に乗せられて広島・長崎への原爆投下を止めることが出来なかった。NHKスペシャルは米政府と軍とのやり取りを初めて公開された資料などを材料に、これまで隠されてきた事実を明らかにした。それはそれでメディアとして「よくやった」と、感服した。
 が、米政府はどうやって戦争を終結させようとしていたのか、一方米軍は最後の地上戦となった沖縄戦で米軍自身も大きな打撃を受けたが、沖縄戦以降米軍は戦略を空襲作戦に転換した。地上戦は犠牲者も大きいから本土攻略作戦は地上戦ではなく、もっぱら空爆に頼ることにしたのである。実際、沖縄戦以降、米軍兵士の犠牲者はほとんど出ていないはずだ。

「戦争を早期に終わらせ、米軍兵士の犠牲者をこれ以上出さないため」

 トルーマンが苦し紛れに原爆投下の正当性をラジオ演説でしゃべったとき、米ジャーナリストは「沖縄戦以降、米軍は地上戦で血を流していない。原爆を投下するまでに原爆投下を正当化できるだけの米軍兵士の犠牲者は何人いたのか」と、誰も疑問に思わなかったようだ。
 これはすでにブログで書いたことだが、原爆投下を正当化した二つの理由のうち一つは間違いない。
 その一つは「戦争を早期に集結するため」という理由である。
 ルーズベルトはポツダム宣言を作成する際、ソ連はまだ日本との中立条約が有効中であることを承知の上で、スターリンに「日本との中立条約を破棄して対日参戦してくれ」と頼んでいる。が、ソ連軍は東欧諸国を支配下に置くためヨーロッパ戦線にくぎ付けになっていた。ソ連は広い。そう簡単に大軍を東の端から西の端に移動することは不可能だ。
 が、奇跡的とも言える速さでソ連軍は主力を東方に移動させた。米軍にとっては予想外のことであり、もし日本に壊滅的打撃を与えずにソ連軍に日本侵攻のチャンスを与えてしまい、日本が共産圏に組み込まれるようなことがあったら取り返しがつかない…と米軍司令部は考えたに違いない。「戦争の早期終結のため」という口実は、そう考えたら納得できる。
 が、もう一つの理由である「米軍兵士の犠牲をこれ以上出さないため」というのは、真っ赤なウソだ。これはNHKスぺシャルでも解説していたが、沖縄戦終結後日本の主要都市の大多数は空襲によって焼け野原になっており、地上戦で米兵と戦うすべを日本軍は持っていなかった。「米軍兵士の犠牲者をこれ以上出さないため」というのは、真っ赤なウソである。
 
 もう一つNHKスペシャルが、あえて取り上げなかったことがある。NHKスペシャルは原爆投下の目的の一つに、原爆の効果を確かめるためという意図があったことは明らかにしたが、それを決定づける事実を番組ではネグった。
 番組ではトルーマンが広島への原爆投下の『効果』を写真で知ったのは投下の2日後の8月8日だったという。なぜ9日の長崎への投下にストップをかけられなかったのか。
 実は広島に投下された原爆はウラン分裂型であり、長崎に投下されたのはプルトニウム分裂型だった。つまり原爆開発の責任者グローブズは二つの原爆開発プロジェクトを走らせていたのだ。そしてどちらの原爆のほうが「費用vs効果」の面で有利かを確かめたかったのだ。これが長崎投下にトルーマンが目を瞑った真相である。
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選択肢のない都知事選で勝利するカギは知名度と人気度だけしかないのか。

2016-07-24 17:06:51 | Weblog
 東京都知事選が終盤戦に入った。連日メディアは競い合っている3候補の選挙戦の動向を伝えている。3候補は言うまでもなく小池百合子氏(事実上の無所属)、増田寛也氏(自公公認)、鳥越俊太郎氏(野党4党支持)である。
 直接選挙は言うまでもなく民主政治の根幹をなす制度である。が、3候補の主張は政策目的をぶち上げるだけで、その政策を実現するための手段については「これから考える」という無責任極まりない主張だ。
 まだ増田氏は地方自治の経験者だから、いかに政策の実現が困難であるかを知っているはずだが、その困難性を都民に訴えずに、都民受けする政策しか述べていない。
 実は政策には政策目的と、その政策を実現する手段が伴わなければならない。が、3候補とも、有権者受けする政策目的はいろいろ並べ立てているが、その政策を実現する手段については具体策をだれも述べていない。
 都知事選の動向と並べてメディアが大きく報道しているアメリカの大統領選挙とはあまりにも差がありすぎる。私は共和党の大統領候補・トランプ氏の考え方や政策には賛同しかねるが、少なくともトランプ氏はアメリカの国益第一主義を実現するための具体的手段も訴えている。たとえばメキシコとの国境に壁を作る(その費用はメキシコに負担させる)、アメリカにとって不利益になりかねないTPPには反対(アメリカにとって有利な貿易協定しか結ぶべきではない)、アメリカが日本や韓国を防衛する義務を負うなら、その費用はすべて日韓に負担させろ(北朝鮮の核に対抗するためには日本や韓国に核を持たせろ)、といった調子だ。
 私たち日本人からすれば「なんて勝手な言い分だ」と思うが、そのあまりにも短絡で単純な主張に共感するアメリカ人が多いというのも事実だ。日本のメディアは実際の大統領選になれば民主党のヒラリー・クリントン氏のほうが有利だと考えているようだが、アメリカがアメリカ以外の国のために多くの負担を強いられていると思っている人は少なくない。
 現にイギリスの国民投票で、イギリスのEU離脱派が多数を占めた。その結果に多くのイギリス人が自分の投じた一票を後悔していることもすでに知られている。実際、この国民投票の結果を受けて行われた首相選挙では反離脱派のテリーザ・メイ氏が勝利した。が、反離脱派のメイ首相は、なんと新外相に離脱派のリーダーだったポリス・ジョンソン氏を指名し、離脱に向けてEUとの交渉を行うことを表明している。英新内閣最大のサプライズと言われている。
 当初、イギリスの国民投票の結果の直後、EUは「離脱派が新政権を掌握した場合は即日離脱の通告をせよ。反離脱派が新政権についた場合は離脱通告に2週間の余裕を与える」と強硬な姿勢を明らかにしていた。さらに「離脱通告前の一切の交渉には応じない」とまで最後通告を突きつけていた。
 国民投票では離脱派が多数を占めたが、途端にイギリス国内で分裂騒ぎが一気に生じた。国民投票の前には離脱派は「EU加盟によってイギリスの主権が失われた。主権を取り戻すべきだ」とあたかも国民受けするかごときアジテーションを繰り返してきた。
 結果、イギリス国民は国民投票で「EU離脱」を選択した。選択の結果に、一番ショックを受けたのが、肝心のイギリス国民だった。自分たちの選択の間違いに、初めて気づいたのだ。国内ではイギリス(正式には「イギリス連合王国」)で分離独立運動が生じた。スコットランドは再び「イギリスから独立してEUにとどまるべきだ」という世論が爆発した。北アイルランドもイギリスから独立して、イギリスとは別国のEU加盟国アイルランドと合併してEUにとどまろうという運動が始まった。イギリスにとって最もショックだったのはイギリスの首都ロンドンがイギリスから独立して都市国家を創設しEUにとどまるという運動が激化したことだった。日本で言えば、東京都が日本政府の政策についていけないから独立して都市国家を創設しようというような話である。
 イギリスの反離脱派新首相は離脱派のリーダーだった人をなぜEUとの交渉の矢面に立つことになる外相に指名したのか。言っておくが、メイ首相はいぜんとして国民投票の結果を重視して表向きはEU離脱の方針を変えていない。が、メイ首相は年内のEU離脱通告は無理だとも言っている。一方イギリスのEU離脱通告に2週間の余裕を与えたEUは、イギリスの動きを静観している。つまり、イギリスは離脱派のリーダーにEUとの交渉を任せることによって、かえって離脱は不可能という状況を作ろうとしているのではないか、というのが私の論理的結論である。ただ、日本のメディアはそうしたイギリスの状況についての論理的分析力がまったくないようだ。

 アメリカに限らず、またイギリスに限らず、もちろん日本に限らず、このブログで東京都民に問いたい問題がここにある。日本でもつい最近の参院選で自公与党が大勝利した。選挙戦で与党は「道半ばのアベノミクスをさらに前進させて日本経済と社会福祉を確かなものにしたい」としか公約しなかった。選挙が終わった途端、公約では「憲法改正」の「け」の字も言わなかった安倍内閣は、参院選で改正勢力が衆参でともに3分の2を超えたことで、途端に憲法改正問題を国政の最重要課題にしようとしている。しかし安倍内閣のもとで憲法改正が可能になったとしても、憲法9条の変更は不可能だ。この問題はあらためて書くが、公明党が憲法9条の改正は絶対に容認しないからだ。
 憲法9条には確かに問題があることは私も認める。憲法制定の際、9条第2項に「前項(※第1項のこと)の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とある。この第2項の「前項の目的を達するため」という条件設定が何を意味するのかが憲法学者の間で日本再独立後、大きな争点になってきた。この条件設定はいわゆる「芦田修正」と呼ばれており、芦田氏自身はのちに「自衛のための戦力を否定しないことを意味している」と述べているが、では「(自衛のためであっても)国の交戦権は、これを認めない」という規定との整合性をどう説明するのか。できるわけがない。いずれにしても、この問題はこれまでもブログで書いてきたが、臨時国会が始まれば憲法改正問題が紛糾することは間違いないので、その時改めて検証する。
 いずれにしても憲法に限らず法律や政策はつねにプラスの部分とマイナスの部分を持っている。言うなら掌の内側がプラスの要素であれば、裏側には必ずマイナスの要素がある。政治家は本当に民意を受け止めようとするのであれば、こういう政策を行えば、こういうプラスが期待できるが、反面こういうマイナスも伴うということを有権者に誠実に伝えるべきだろう。

 本来国政であろうと都政であろうと、立候補者は政策で争うべきだ。ところが、有力3候補のマニフェストにはほとんど差がない。とくに最大の争点になるべき最大の公約は3人とも「保育所の増設、保育士の待遇改善、待機児童の解消」で横並びだ。これでは有権者は都知事を政策では選びようがない。結局、人気投票になる。そうなると知名度の高い小池氏と鳥越氏が最初から増田氏に差をつけることになる。そのため増田氏はそのハンデを挽回するためどぶ板選挙で名前と顔を都民に売り込むために必死だ。
 しかしだれが当選しようと公約を実現したらどういう結果になるか。メディアも一切検証しようとしない。
 すでに「待機児童ゼロ」をいったん実現した大都市がある。横浜市だ。10年かけて保育所を増設していったん待機児童をゼロにした。その結果横浜市に若い夫婦がどっと流入して再び待機児童が増えた。
 もともと横浜市の「待機児童ゼロ」政策は少子化対策の柱だった。待機児童が減少すれば女性の特殊合計出生率が増えるだろうと期待したのだ。が、結果は逆に出た。女性の社会進出の機会が増え、出生率はかえって下がったのだ。
 隣国の中国でも同様の結果が生じている。中国では増え続ける人口増に歯止めをかけるため長い間「一人っ子」政策をとってきた。が、中国が世界の向上になり、将来の人手不足が懸念されるようになってきた。そのため「一人っ子」政策を注視して、とくに都市部の人口増政策を進めることにした。が、長年「一人っ子」で子育てに力を注ぎ、また女性の社会進出も進んでいた中国でも、政府がいくら笛を吹いても国民は踊らなかった。
 中国は農村部ではまだ大家族状態が残っており、日本ほど農業の機械化が進んでいないこともあって、農作業は一家総出で行っているようだ。だが、都市部では知的職業の人材が不足がちになっており、核家族化も進んでいるため女性の価値観も昔とは大きく変わってきている。つまり日本と同様の現象が生じているのである。
 少子化に悩んでいるのは先進国に共通した問題である。先進国で唯一少子化に陥っていないとされるフランスだが、フランスはアメリカと同様多民族国家であり、フランスでも白人層はおそらく(と言うのはメディアが報道しないので)少子化が進んでいるのではないかと思う。
 私は待機児童対策に必ずしも反対はしないが、保育所を増設して保育士の待遇を改善すれば、女性の社会進出はますます増え、特殊合計出生率はかえって減少し、少子高齢化社会はさらに進行するだろうということだけは間違いない。そうなる結果を明確にしないで、ただ「待機児童対策に全力を注ぎます」ではあまりにも無責任ではないだろうか。
 さらに、日本は世界一バカな政策を行った。東京にオリンピックを招致したことだ。確かに一時的にはオリンピック効果は生じる。外国人がどっと東京に押し寄せるだろうし、そのために都心の生活インフラもさらに充実する。そうなれば、東京はますます住みやすい街になり、若い人たちにとって魅力のある街になる。当然一極集中がさらに進む。地方には高齢者だけが取り残されるという状態になることは必至だ。
 そういうマイナス面を都民に訴えた上で待機児童対策やオリンピック対策を考えている候補者は残念ながら一人もいない。先の参院選と言い、またもや選択肢のない都知事選になることだけは疑いを容れない。
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「死んでも治らない馬鹿」は精神病院に入院しろ。

2016-07-19 01:17:36 | Weblog
「バカは死ななきゃ治らない」という言葉があるが、「バカは死んでも治らない」人もいる。「ウンコ」なるくそったれの輩だ。
 このくそったれは、しばしば私のブログにいわれのないイチャモンを付けてくる。まともな批判なら私もこれまでまともに対応してきたが、もうバカバカしくなって対応することは止めた。
 この「死んでも治らないバカ」は、イオンの抽選会が詐欺行為だということをイオンの支店幹部と本社担当者にクレームを付け、支店幹部が私の主張を認めた上で、私に同伴して抽選会場に行き、抽選に参加させると言った。私は「あなたがそういうことをすると会社の規定に違反することになるから、あなたに違反行為をさせたくない。もしあなたが私に付き添って違反行為をするということになると、私はあなたを会社に告発するよ」と言ったうえで、「この抽選方式は明らかに違法行為だから、抽選会のポスターを破り捨てるよ」と言い、支店幹部も「やむを得ません」と了解したうえで行った行為だ。
 実際、この事件が生じた直後、私が問題にしたスーパー系列のレジの領収書から抽選会を主催したスーパーの名前が消えた。そのことはすでにブログで明らかにしている。
「死んでも治らないバカ」は精神病院に入院するしかないだろう。
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参院選で大勝した自民の憲法改正への強い意欲に、惨敗した民進党はどう立ち向かうのか。

2016-07-16 05:45:55 | Weblog
 先の参院選以降、憲法改正問題が急浮上してきた。この参院選の争点は与野党で完全にすれ違っていた。与党(自公)は「道半ばのアベノミクスを前進させること」を公約として掲げていた。一方野党は「参院選で勝利して安保法制を葬ること」を公約に掲げていた。
 なぜ憲法問題がいっさい争点にならなかった選挙で与党が大勝したのか。
 はっきり言えば、共産党の「安保法制打倒」で野党4党が選挙協力しようというバカげた提案に、漁夫の利を求めて民進党が相乗りしたからだ。確かに、1人区32選挙区で共産党の支援を得て民進党は大躍進した。が、複数区や比例区では民進党は大惨敗した。ま、比例区での選挙協力は不可能だから仕方がないとしても、少なくとも1人区だけでなく複数区でも選挙協力して立候補者を絞って与党と競争すべきだと私は言っていた(ただし、このことはブログでは書いていない。民進党参議院議員の常任幹事にそうアドバイスして、その人はそうなるのではないかと楽観的な考えを述べていた。で、私は複数区でも選挙協力するのだろうと思い、あえてブログでは書かなかった)。
 が、野党は複数区では選挙協力をせず乱立状態で選挙戦に突入した。ただでさえ優勢な与党の自・公が複数区でも選挙協力をしているのに、政策合意も何もできていない烏合の衆の野党が、「安保法制打倒」だけを旗印にして選挙に勝てると思っていたのが甘かった。
 日本人は「のど元過ぎれば熱さ忘れる」という、世界人類の中で稀有な習性を持った民族である。それがいいか悪いかは別にして、日本民族の習性だから仕方あるまい。だが、安保法制は国会を通過した時点で、もはや日本人にとって重大な政治課題ではなくなっていた。私は先に述べた民進党参議院議員の常任幹部に選挙が始まる前から「安保法制は選挙の争点にならないよ」とアドバイスしてきたが、彼はいわば身内の論理にのめり込んでいた。「安保法制で勝利して、衆院を解散させる」の一点張りだった。
 仮に安保法制を争点にすることが出来て、野党が参院選で勝利したとしても、与党は絶対に衆院を解散しない。与党は衆院では3分の2を超えており、野党が参院選でよほどの大差をつけて勝たない限り、世論も衆院解散を要求したりはしないことは分かりきった話だ。まして参院選挙で不利な状態になった与党が自ら国民の信を改めて問う衆院解散などに踏み切るわけがない。

 そのことはともかく、与党は「憲法改正」の「け」の字も出さずに「道半ばのアベノミクスをさらに前進させる」という1点に選挙の争点を絞った。民進党は1人区では共産党の全面的支援を得て2議席から11議席へと飛躍的に議席を増やすことが出来た。が、民進党が議席を増やせたのは共産党の全面的支援を得た1人区だけで、複数区・比例区では在惨敗した。挙句、自・公与党だけでなく、大阪維新の会(「日本維新の会」に改称する予定)など憲法改正派が参院でも3分の2以上を占める結果になった。
 選挙の結果が出た途端、安倍総理は選挙中ひと言も口に出さなかった「憲法改正」についてあからさまに主張するようになった。「自民党の改正草案をベースに憲法改正に取り組みたい」と。「憲法改正は自民党結成以来の党是である。ようやく憲法改正の条件が整った以上、憲法改正に取り組むのは当然だ」と。
 日本人は「のど元過ぎれば熱さ忘れる」という日本民族の習性について書いた。実際安保法制が閣議決定され国会を通過する前後は国会周辺は反対のデモで取り巻かれた。いまどうか。その当時の安保法制反対の熱気は日本のどこにも見られない。
 それだけではない。むしろ野党には逆風が吹きまくっている。アメリカでは共和党大統領候補に民族主義者のトランプ氏が決まり、イギリスでは国民投票でEU離脱派が多数を占めた。中国は南シナ海への海洋進出を進め、北朝鮮はどうやっても勝てっこないアメリカへの挑発行動をやめようとしない。
 そうした事態の中で日本の野党は、日本の国づくりをどう進めていくのか。「反対、反対」では国民の理解は得られない。
 私自身は安倍内閣の下での憲法改正には絶対反対だが、しかし「9条を守れ」だけでは日本が世界、とりわけアジア・環太平洋の平和と安全に責任を持った寄与ができないことも周知の事実だ。日本の国づくりがいま問われている。
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東京都知事選――最有力馬に躍り出た鳥越氏は何もわかっていないのではないか?

2016-07-14 05:41:05 | Weblog
 すったもんだの挙句、都知事選から共産党系の宇都宮氏が立候補を断念し、野党4党統一候補としてジャーナリストの鳥越氏が急きょ立候補することになった。一方自民もすったもんだの挙句すでに立候補を表明していた小池氏をソデにして、元岩手県知事・総務相の増田氏を公認候補にした。与党も野党も、都知事という立場や職責をどう考えているのだろうか、これが民主主義の在り方と思っていたらとんでもない勘違いだ。
 いま13日の深夜。宇都宮氏が下りた異常野党は一本化し、鳥越氏が極めて有利になった。当然自民も候補を一本化しないと与党票が増田・小池の両氏に分かれて不利な戦いになることが考えられる。しかも小池氏は自民党員として、後任が得られなくても出馬する意向を変えていない。女性は頑固だといえば、確かにそういう傾向はあるが、今回の場合私はあくまで小池氏に初心を貫いてほしいと思っている。
 昨日午後2時から宇都宮氏を含めて4候補者の公開討論が行われた。これは好き嫌いを別にして都知事選に立候補する4人の志を聞いていて、一番みっともなかったのは鳥越氏だった。鳥越氏は参院選の結果を見て、安倍政権の独裁政治にストップをかけなければならないと思って急きょ都知事選に立候補することにしたようだ。ただ立候補に際して野党4党の統一候補を条件にしていた。
 鳥越氏が参院選で改憲派(与党プラス改憲容認グループ)が参院でも3分の2を超えたことで危機感を抱いたことが都知事選立候補の理由だという。が、東京都に憲法を改正する権利もなければ、阻止する権限もない。もともと今回の参院選では与党の圧勝が予想されていた。国政に参加したいのであれば参院選に出馬して改憲阻止を訴えればよかった。それだけの事だ。
 実際都知事選への出馬を表明した時点で、鳥越氏は都が抱えている問題を何一つわかっていなかった。都政は国の在り方(外交関係を除く)を根底から変える要素を持っている。
 私はもともと東京オリンピック・パラリンピックの開催に疑問を持っていた。1964年の東京オリンピックやその後の大阪万博は間違いなく日本の戦後復興の象徴であったし、この二つのイベントの開催成功で日本は高度経済成長への足掛かりを築いた。東京と大阪という日本の東西2大都市のインフラ整備によって、日本経済は飛躍的に回復への道を突き進んだ。
 その当時と今では東京が日本経済の起爆力になりうるか、という疑問がどうしても私のバカな頭から離れない。
 いま東京が抱える問題は数えきれないくらいある。
 まず一極集中をどうするか。安倍総理は地方の活性化を成長戦略の根幹に据えている。わざわざ地方創成省を作り、ライバルの石破氏を大臣に据えたくらいだ。石破氏に地方創成の音頭をとらせておいて、一方では東京一極集中の計画を進めている。こういうのを「政治的詐欺」と私は言いたい。
 鳥越氏が都知事を目指すのであれば、まず東京一極集中のオリンピックの見直しから始めるべきではないのか。東京はもともと日本で一番裕福な自治体だ。これ以上カネを稼ぐ必要があるのか。
 鳥越氏は出馬記者会見で「東京都の(特殊合計)出生率は1・4だ。もっと上げなければならない」と発言し、急きょスタッフから間違いを指摘されて「東京の出生率は1.1で日本最低だ」と訂正した。お粗末を通り過ぎている。彼はジャーナリストであり、テレビの報道番組のキャスターもしていた。東京が抱えている問題は、テレビ局のスタッフが鳥越氏に伝えているはずだ。にもかかわらず東京に限らず日本全体が抱えている少子高齢化問題についてこんなお粗末な発言をすること自体、都知事に出馬する資格を問われても仕方がないだろう。
 細かいことは多少間違えても仕方がないと思う。鳥越氏は都政についての専門ジャーナリストではないから、「ご愛嬌」ですむ範囲なら会見を見ていてもほほえましく思えないでもない。が、都政が抱えている大きな問題について「これから勉強します」で、果たして都知事の資格があると思っているのか。「参院選で野党が負けたから危機感を持った」――都知事になったら安倍政権を打倒できるとでも思っていたのだろうか。
 みっともなかったのは会見に出席したマスコミの記者もそうだ。「都知事として何ができるのか、都知事になったら国政を変えられると思っているのか」という厳しい質問が誰からも出なかったことだ。さらに、私だったら「あなたは都知事になる資格がない。都が抱えている大きな問題はこれから勉強する、という理由が通るなら、たとえば東大の入試を受ける際に、東大に入学してから東大で勉強すべきことを勉強する、と言っているに等しい」と批判する。
 もちろん都知事選の結果はふたを開けるまでわからない。ひょっとして野党4党の統一候補になった鳥越氏が都知事になる可能性は否定しない。ましてや与党が小池氏と増田氏との分裂選挙になり、共産党が推薦していた宇都宮氏が立候補断念した以上、鳥越氏が最も有利な立場になる可能性は否定できない。結果、都が抱えている問題を何も知らない鳥越氏が都知事になったら、都庁官僚や都議会の言いなりになることはほぼ間違いない。だって、自分の都政に対する信念がない人が都知事になるのだから、そうなるのは当然の帰結と言えよう。
 はっきり言えば、私も含めてジャーナリストはアウトサイダーだ。アウトサイダーだから好き勝手なことが言える。結果責任は取らない。というより、ジャーナリストは書いたり喋ったりするだけで、国や地方の政策を決定する権限は一切ないからだ。
 ジャーナリストは責任を伴わないから、ある意味では極めて理想主義的主張を述べることが出来る。たとえば先の述べた東京の特殊合計出生率に関して言えば、ジャーナリストはしばしば「保育所を増設して待機児童を解消せよ」と主張する。その結果についてジャーナリストは一切責任を持たない。
 保育所を象絶して待機児童を0にするという壮大な実験をした自治体がある。日本第3の都市・横浜だ。いったん待機児童ゼロを実現したが、横浜市への若夫婦の流入が激増し保育所が足りなくなった。
 横浜市はまた保育所の造絶をしたが流入人口のほうが多く、いまはお手上げ状態だ。政治というものはそういうものだ。水は「高きより低きに流れる」の格言がそういう現象の心理をついている。
 少子高齢化と核家族化が進行するにつれ、人は生活と仕事の利便性が高いところに移り住む。かつて大家族時代だった時代は、子供の面倒は祖父や祖母が見てくれた。私自身もそういう大家族世帯で育った。が、核家族時代になると子供の面倒は父母が見なければならない。私の世代はまだ高度経済成長時代だったから、すでに核家族化は進んでいたが、女性は結婚すれば家庭に入り子育てに専念するのが通常だった。
 が、高度経済成長時代が終焉し、夫の収入だけでは家族を養えない時代になった。それだけではなく、女性の高学歴化が急速に進み、女性の生きがいは家庭を守る・子育てをする、というだけでは満足できなくなってきた。法律もそうした女性の生きがいをバックアップした。男女雇用均等法が成立し、女性の働き甲斐は大きく広がった。
 総務省はまだ調査をしていないが、女性の特殊合計出生率を女性の学歴別に調べれば、おそらく高学歴女性の特殊合計出生率は低学歴女性のそれに比して相当の格差があるはずだ。もちろん私は女性の高学歴化を否定しているわけではない。ただ、そうした女性の社会進出を社会がどうバックアップしていくかの発想を官僚が持ち合わせていないだけだ。
 先に述べた横浜市のケースでいえば、待機児童0を目指した政策は少子高齢化に歯止めをかけることが目的だった。つまり待機児童0にすれば特殊合計出生率が向上するだろうと考えたのだ。これが官僚の、官僚たる発想だった。
 が、結果的には横浜市の特殊合計出生率は、かえって低下した。出産後の女性の働く機会がかえって増加したからだ。女性の働く機会が増加すれば、当然ながら子供を産む機会は減る。
 これは残念ながら世界共通の現象で、女性の高学歴化が進んでいる先進国では頭を抱えている問題だ。こうした問題にどう取り組むかが、今回の都知事選で問われているのだが、どの候補も「保育所を増設して待機児童を減らす」としか言わない。保育所を増やして待機児童を減らせば、女性の特殊合計出生率はますます減るということが分かっていないほどのバカばっかりなのか、分かっていても対策が考えられないから女性の票集めのために砂上の楼閣的計画を述べているだけなのか。
 私は東京都民ではないが、政治家はいつまで「こういう政策を行えば、こういうメリットもあるが、半面こういうデメリットも生じうる」となぜ本当のことを有権者に言わないのか。どんな政策でもメリットもあればデメリットもある。両方を有権者に伝えて有権者に選ばせるのが本当の民主主義だと思うのだが…。
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石田純一はなぜ都知事選から降りた。 「不倫は文化」で「戦争は文化ではない」という彼の思考法では勝てるわけがない。

2016-07-12 01:29:38 | Weblog
 俳優の石田純一氏が都知事立候補を断念した。
 立候補するのも辞めるのも、誰かに強制されたのでなければ自由である。石田氏は立候補の条件として、「野党4党の統一候補になれれば」と虫のいい条件を付けた。もっともその条件は立候補する意思があると述べたときに最初からつけた条件ではなかった。途中から「後出しジャンケン」でつけた条件だった。
 石田氏より、最初から泡沫立候補した人もたくさんいたから、石田氏が「後出しジャンケン」で立候補し、石田氏が後出しで出したジャンケンの後いろいろなジャンケンが飛び出して、結局最後の「後出し」にならなかったため立候補しても勝ち目がないと判断したのだろう。賢明な判断だったと言えなくもない。
 が、ちょっと引っかかることがあった。石田氏は1年ほど前国会周辺を取り囲んだ安保法制反対のデモに参加して、演説カーの壇上でこう叫んだ。
「戦争は文化ではない」と。
 彼が前夫人と婚姻中に不倫が発覚してマスコミから追及されたとき「不倫は文化だ」とうそぶいた。タレントの居直り発言としては歴史に残る「迷言」だったが、「不倫は文化」と居直った石田氏にはマスコミから猛烈な反発が生じた。が、石田氏はこの発言についてこう弁明した。「人に感動を与える小説や映画などの文化のテーマの多くは不倫だ。別に不倫がいいと言っているわけではない」。
 石田氏のこの言い訳と安保法制反対のときに叫んだ「戦争は文化ではない」を対比してみよう。
 実は人に与える小説や映画などの文化のテーマは、不倫と戦争の悲劇とどちらが多いか。不倫小説で世界的に有名なのは「チャタレー夫人」だが、小説や映画の世界で人類に大きな衝撃を与えてきたのは不倫よりはるかに悲惨な戦争の実態を描いた作品だ。
「不倫は文化だが、戦争は文化ではない」とはどういう価値観を分岐点にしているのか。アホはアホでしかない、という歴然たる証拠だ。
 第一、石田氏は「野党4党の統一候補」を途中から都知事選立候補の条件に付けたが、参院選で野党4党が32の1人区で統一候補を立て、統一の条件として「安保法制の廃絶」を掲げたことから、安保法制の運動に参加したことで都知事選の統一候補になる資格が生じたと思ったようだ。
 が、バカも休み休み言え。都知事選で安保法制が争点になるわけがないではないか。安保法制は国の政策であり、安保法制を廃絶したかったら参院選に立候補すべきだった。仮に石田氏が都知事になれたとしても、都議会決議で安保法制を廃止することが出来るとでも思っていたのか。今年から選挙権を得た18歳以上の若者でも、そんな荒唐無稽なことは考えもしない。
 都知事選はまだ立候補者も決まっていない状況で、石田氏が「何が何でも安保法制を潰したい」という気持ちは私も分からないではない。かく言う私自身がこれまでブログで何回も(おそらく10回以上)安保法制に反対の意見を述べてきた。
 が、安保法制は都議会で採決・成立した法案ではない。都は、都として抱えている大きな問題が山積みしている。オリンピックを誘致したため、都のインフラ整備に膨大なカネがかかる。自公内閣は都心への一極集中を避けべきと地方創成を掲げながら、実際には東京都への一極集中を促進する政策を行っている。今次参院選で大勝した安倍内閣は「アベノミクスの成果の地方への波及」を主張し始めたが、一方で東京集中の政策を行いながら、どうやって地方の再生をやるのか。
 石田氏が都知事に立候補したことにケチをつけるつもりはない。が東京が抱えている問題は安保法制ではない。東京都への一極集中によって生み出される地方との格差。高齢者や若者たちが生活の利便性を求めて東京に一極集中したことで生じる老人介護や子育て問題の負担をどうやって解決するのか。また現役世代が東京に一極集中することによって、ますます生じる正規・不正規労働者の格差問題。かつて安倍内閣が格差問題を解決しようとして出来なかった「成果主義賃金制度」と名前だけ変えた「同一労働・同一賃金」――年功序列賃金体制を温存したままで格差是正が可能なのか。
 少なくとも野党統一候補として石田純一氏が都知事を目指すなら、安保法制よりアベノミクスが生んだ都市と地方の格差、正規・不正規労働者の格差の解消、高齢者福祉と子育て支援という二兎を追うごとき政策の矛盾をどうやって解決するかを訴えていれば、都民は石田氏の知名度ではなく、彼の都政に対する真摯な思いを受け止めていただろう。そうすれば、石田氏が自ら野党4党に支援を依頼しなくても、石田氏を支援しない野党は都民から見捨てられるという危機感から、黙っていても野党の統一候補になれていただろう。単純な「熱い思い」だけで都政を変えられるものではない。
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明日の参院選挙の争点は「憲法改正」ではない。

2016-07-09 02:48:10 | Weblog
 いよいよ明日参議院選挙が行われる。18歳以上の未成人にも初めて選挙権が与えられる国政選挙だ。未成人に限らず、今回の参議院選挙には困惑しているだろう。
 孫居、とりわけ国政選挙ともなれば与野党が真っ向から政策を巡って有権者の信を問う争点がなければならない。争点があってこそ、有権者には選択肢が与えられる。
 公示前、安倍総理は「憲法改正は自民党結成来の悲願であり、党是である」と憲法改正への意欲をみなぎらせていた。が、公示後の選挙活動の演説で安倍総理から「憲法改正」の「け」の字も引っ込めてしまった。たとえ自公与党が今回の参議院議員選挙で自公両党が憲法改正の発議に必要な衆参両議院の3分の2を獲得したとしても、公明が自民党の憲法改正草案に賛成しないことがはっきりしているからだ。自民が自公の憲法改正草案を両院で可決するためには、公明が反対に回っても自民だけで両院の3分の2以上を占めなければならない。公明は人権重視など憲法改正の要件を「加権」に絞っている。憲法9条の改正を自民が強行しようとすれば自公連立はたちまち崩壊する。
 さらに安倍総理が誕生してから国民の憲法改正に対する拒否反応が急激に高まった。安倍内閣が安保法制を強行するまでは、国民の過半数は憲法改正に理解を示していた。世界の一流国として世界、とりわけアジア太平洋の平和と安全に日本もそれなりの責任を持つべきだと、国際社会の一員としての責任感を国民も持つようになっていたからだ。各メディアの世論調査の大半の過半数が憲法改正を支持するようになったのは安倍内閣が誕生する直前だった。
 が、安倍総理は「アベノミクスの信を問う」ことを争点にして衆議院を解散し大勝し、第3次安倍内閣を成立させた。このときの総選挙で安倍内閣は選挙の争点として「安保法制改正」の「あ」の字も言わなかった。ただひたすら経済政策として「アベノミクス」を訴えただけだった。
 同様に明日の参議院選挙においても安倍内閣は「アベノミクスは、まだ道半ばだが、アベノミクスを前進させなければならない。後退は許されない」と、ふた選挙の争点を経済政策に絞ろうとしている。
 一方野党は「憲法改正は許さない」の1点を選挙の争点にしている。いまの自公与党の関係から、どう考えてもどんなに自民党が大勝しても憲法9条は改正できない。つまり憲法改正は参院選の争点に絶対なりえないのだ。
 もともと野党は選挙協力を行うに際し、「安保法制を葬る」ことを選挙協力のキーワードにしていたはずだ。肝心の「安保法制を葬る」という野党協力の合意事項は、肝心の選挙の争点から消えてしまった。いま野党連合の「選挙協力」の合意点は「憲法改正阻止」にいつの間にかすり替わってしまった。その理由は簡単だ。あらゆるメディアの世論調査の結果で与党が3分の2を超える勢いを示しているという結果が出ているからだ。
 自公与党が世論調査の結果道理、仮に3分の2を超えたとしても、先に述べた理由で自民は結束以来の党是である「憲法改正」とりわけ「9条改正」は不可能である。民心を初めてとする「憲法改正阻止」の主張は、あたかも自公与党が衆参両院で3分の2を占めれば「9条を改正して日本が戦争をできる国にする」という荒唐無稽の空論を前提にしている。
 選挙というものは、そこまで国民をだまさないと支持が得られないのか。私は唖然とするばかりだ。

 言っておくが、私は憲法改正に賛成しているわけではない。GDP世界3位で、国際とりわけアジア・太平洋の平和と安全に貢献すべき地位にある日本が、どうやってそういう国際的義務を果たすべきかは国民全体で議論に議論を尽くして世界から信頼され頼られる国になるべきかを与野党関係なく真摯に考えるべきだと考えている。「世界の警察官」としての役割を放棄したアメリカのケツにくっ付いてアメリカの世界戦略のバックアップをすることが、世界から信頼され頼られる国になることではないことだけははっきり言っておく。
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