小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

憲法審査会が再開されたが、自民党草案は「改正」か「改悪」か? ③

2016-11-27 11:24:39 | Weblog
 自民改憲草案に対する批判を続ける。今回も9条「改悪」に絞って検証する。正直前回のブログは中途半端な終わり方だった。私のブログは長文なので、しばしば友人たちからクレームを付けられていた。とりわけ9月1日と10日の2回に分けて書いた『アベノミクスはなぜ失敗したのか?』は全文で2万字を超えており、雑誌に掲載すれば20ページを超える長文だった。そのため、友人たちから「疲れる」という指摘をいただき、11月21日に投稿した憲法改正問題の検証記事は6000字を超えた時点でストップした。実はこの原稿はすでに21日前に書き終えており、前回ブログの閲覧者の増減状態を見ながら投稿することにした。そのため、前回ブログを読まれた方はやや消化不良を生じたかもしれない。

 前回のブログで私が検証した事実の一つを想起していただきたい。第2次世界大戦後、国連を中心とした国際平和秩序がそれなりに構築され、第1次世界大戦、第2次世界大戦で列強同士が激しく争った「植民地獲得競争」は、ほぼ完全に終焉した。唯一現代の国際社会で「侵略戦争」を行ったのはフセイン・イラク軍によるクウェート侵攻だけである。この事実を認めない人は、日本の平和についても憲法についても語る資格がない。
 そして「湾岸戦争」の発端となったイラクのクウェート侵攻は世界に激震を生じた。クウェートは国連に提訴し、「国連軍」がまだ創設されていなかったため「多国籍軍」と称する事実上の「安保理によるイラクへの軍事制裁」が発動された。
 第2次世界大戦以降の、国際間の紛争は、アメリカの妄想によるイラク戦争(フセイン・イラクが大量の核兵器・生物化学兵器を隠し持っている、という妄想)と、イスラム過激派が起こした9・11同時多発テロを契機にアフガニスタンを事実上制していたタリバン政権による「国家によるアメリカへの攻撃」と、これまたアメリカが確たる根拠もなくタリバン勢力を攻撃したケースのみである。
 アメリカが世界中で最も信頼している同盟国のイギリスは、アメリカの要請を受けてイラク戦争に参加したが、イラクは核兵器も生物化学兵器も隠し持っていなかったことが戦後明らかにされ、イギリス政府は国民から猛烈な批判を浴び、それ以降イギリスはアメリカにも距離を1歩置くようになった。
 これらのケース以外に国際間の紛争は、戦後一度も生じていない。この重要な事実を事実として認めるか否かが、憲法改正問題についてのスタンスを決定づける。
 しかし、戦後、国際間の紛争は上記したケース以外に生じていないが、同盟国や親密な関係がある国の国内紛争に、アメリカや旧ソ連が傀儡政権を助けるために軍事介入したケースは多々ある。アメリカが他国の内戦に傀儡政権を支援するために軍事介入し、結果的に日本独立のきっかけとなった「朝鮮戦争」やベトナムの国内紛争に軍事介入して世界から非難を浴びた「ベトナム戦争」、ハンガリーの反政府運動やチェコのプラハの春を戦車で押しつぶした旧ソ連は、明らかに内政干渉であり、国連憲章51条が認めた「集団的自衛権」などではまったくありえない。
 そうした観点から考えれば、国連憲章51条が定めた「集団的自衛権」を行使したのは、フセイン・イラク軍に侵攻されて、国連安保理に救済を求めたクウェートだけである。
 国連憲章は、国連加盟国に対し「国際間の紛争の平和的解決」を義務付けており、もし加盟国が他国から侵略を受けた場合は国連安保理があらゆる権能(非軍事的および軍事的)の発動を認めており、他国から侵略された加盟国は国連安保理が紛争を解決するまでの間に限って「個別的又は集団的自衛権」の発動を憲章51条で認めている。
 にもかかわらず、同盟国の傀儡政権を「他国からの攻撃ではなく、国内の反政府勢力からの攻撃」から軍事的に守るために行った行為(国連憲章のいかなる条文も認めていない内政干渉)を正当化するために米・旧ソ連が強引に主張してきたのが「集団的自衛権の行使」という屁理屈にもならない口実による軍事介入だった。そしてアメリカの傀儡政権である日本の自民党を中心とした勢力が、内閣法制局の公式見解として定義したのが「同盟国や親密な関係にある国が攻撃された場合、自国が攻撃されたと見なして同盟国や親密な関係にある国を軍事的に支援する集団的自衛権を、日本も固有の権利として有しているが、憲法の制約上行使できない」というデタラメ解釈をしてきたのである。
 改めて再確認しておくが、戦後「集団的自衛権」を行使したのは、フセイン・イラク軍の侵攻を受けたクウェートだけである。「個別的」(自国の軍事力、日本の場合は自衛隊)であるにせよ、「集団的」(密接な関係にある他国の軍事力、日本の場合は在日米軍)であるにせよ、日本が他国から攻撃された場合にのみ行使できる「自衛のための軍事行動」である。だから国連憲章は、自衛権を発動する条件として「国連安保理が紛争を解決するまでの間」に限っている。

 が、安倍内閣が閣議決定し、衆院・参院で強行採決した安保法制は、単に従来の内閣法制局のデタラメ解釈を変更しただけでなく、日本政府の勝手な判断で密接な関係にある国が攻撃を受けた場合、その国からの要請がなくても軍事行動ができることにした。「戦争法案」と言われる所以はそこにある。安保法制による「武力行使(個別的及び集団的)の新三要件」を明らかにしておこう。
 ①我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。
 ②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと。
 ③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。
 この「武力行使の三要件」について、いざというとき誰が判断するのか。まさか最新鋭の人工知能を擁したロボットではあるまい。ということは、時の内閣と総理大臣が判断することになるのは自明である。たとえば①の前半部分は自明であるとしても後半部分の「我が国の存立が脅かされ…明白な危険があること」に恣意的な判断が入り込む余地がないとは言い切れない。②においても「他に適当な手段がないこと」は誰がどうやって証明するのか。③の実力行使を行う場合も、誰が武力行使の「必要最小限度」の範囲を決めるのか。

 憲法改正の気運が国民の間で定着しだしたことを、これ幸いと安倍総理は自民党の党則を変更してまで総裁任期を3年延長し、自らの手で何が何でも憲法を改正しようとしている。
 確かに現行憲法は現実とそぐわない部分もある。たとえば「主権在民」と言っても、現行憲法自体、帝国議会で成立され、日本が独立を回復したのちも国民の審判を仰いでいない。
 国権と地方自治権の関係も明確ではない。柏崎刈羽原発の再稼働を巡って再稼働に反対の元民進党で無所属の米山隆一氏が新潟知事選で勝利したとき、菅官房長官は「県民の意思は尊重しなければならない」と記者会見で述べた。(もっとも地元の柏崎市長選挙では容認派が勝利し、原発再稼働を巡って県と市でねじれが生じたが)
 一方、沖縄では県知事選、那覇市長選、衆参国政選挙のすべてで普天間基地の辺野古移設反対派が勝利を収めている。なのに、政府はアメリカとの約束のほうが県民の総意より優先すると考えている。
 実は「辺野古移設をためらうな」と主張している読売新聞読者センターの方と議論したことがある。論点は二つに絞られた。
 一つは日本の安全保障の観点である。普天間基地が世界一危険な基地であることについては政府も認めているくらいだから、問題にもならなかった。問題になったのは、果たして辺野古基地は「日本の安全保障のためなのか」それとも「アメリカの東・南シナ海ににらみを利かせ、中国の海洋進出に対する抑止力のためなのか」という点だった。私が論点をそう絞ると読売新聞読者センターの方はしぶしぶ「両方の目的があるんでしょうね」と言った。私が、本土からはるかに離れた沖縄の米軍基地が、なぜ日本の安全保障にとって欠かせないのか、と問い詰めると黙ってしまった。
 もう一つは「総意」を巡っての解釈だった。読売新聞読者センターの方は「沖縄県民のすべてが米軍基地に反対しているわけではない」と主張した。私も沖縄県民のすべてが米軍基地に反対しているわけではないことくらい承知だ。基地で働いている人や、在日米兵を相手に商売している人たちにとっては基地がなくなることは自分たちの生活を直撃する。そういう人たちにとっては基地がなくなることは困るに決まっている。が、今の沖縄では、そういう人たちが声を出せないことも理解できる。政治は、そのために機能しなければならない。
 民主主義という政治のシステムは「多数決原理」という大きな欠陥を抱えているが、一歩後退二歩前進あるいは一歩前進二歩後退を繰り返しながら、2000年以上の歴史を経て人類は蟻の歩みではあっても民主主義の政治システムを少しずつ成熟させてきた。その歩みを一気に後退させようというのが安倍改憲の意味するものだ。自民改憲草案の検証を続ける。

 前回の検証記事でも述べたが9条はその1条だけで憲法の第2章をなしている。その章目次が現行憲法の「戦争の放棄」から「安全保障」に変更されている。「安全保障」のためなら戦争するよ、ということだ。さらに9条は3つに分けられ、「第9条(平和主義)」「第9条の2(国防軍)」「第9条の3(領土等の保全等)」とされた。
 第9条の1項は現行憲法1項をほぼ踏襲しているかに見えるが、微妙に改ざんされている。現行憲法では「(武力行使は)国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とされているのを「(武力行使は)国際紛争を解決する手段としては用いない」と書き変えている。つまり、私の頭の悪さを証明しているのかもしれないが、「国際紛争の解決」以外の目的なら武力行使もいとわないと読める。どういうケースを想定しているのかは、不明だ。
 さらに現行憲法の2項は完全に削除され、「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と書き変えられている。自衛権は、すでに明らかにしたように我が国が他国から侵略された場合にのみ行使できる権利であり(国連憲章51条の規定)、自衛権を発動せざるを得ないケースはずばり「国際紛争を解決するため」ではないのか。明らかに自民草案は1項と2項で矛盾をきたしている。それとも私の頭が悪すぎるのか?

 自民草案の「第9条の2(国防軍)」に移る。この条文は、明白にこれまでの自衛隊の矛盾を解決することを目的としている。現行憲法は「戦力の保持」を禁じており、そのため自衛隊は「戦力」ではなく「実力」だという苦しい規定をしてきた。「戦力」ではないのだから、当然自衛隊は「武力行使」ができないことになっている。たとえばPKO(国連平和維持活動)に自衛隊が参加する場合も護身用の軽武器しか持つことが許されなかった。いま問題になっている南スーダンでの「駆けつけ警護」は、現に戦闘状態にある地域の邦人などを助け出すために自衛隊員が駆けつけることを意味しており、軽武器では不可能な任務になる。戦車などの重兵器は想定していないが、護身用ではなく攻撃用の武器が必要になる。国民的議論を経ずして、そこまで現行憲法下で踏み込んでもいいのか。良し悪しはともかく、安保法制を可決したからといって現行憲法の枠組みを閣議決定だけでそんなに簡単に変えてよいものなのか。
 自民草案の9条の2ノ3項で「国防軍の武力行使の範囲」が定められている。
「国防軍は、第1項に規定する任務(我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保すること)を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協力して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる」とされている。ここでの問題は「国連安保理の要請」という絶対に外してはならない前提を意図的に無視していることだ。つまり、アメリカの要請にも、時の内閣が「国際社会の平和と安全を確保するため」と解釈すれば、たとえばイラク戦争のようなケースにも「国防軍」が「国際協力」の名のもとに参加できる余地を作ったことである。「戦争法案」の骨子となる条項がここに記載されている。安倍総理がいち早く、この改憲草案を手土産にトランプ次期大統領と面談し、良好な関係を築けた事情がここに隠されている。

 最後に第9条の3(領土等の保全等)を検証する。9条の2に比して極めて単純で明快だ。が、その目的のために安倍総理は領土奪還の戦争を始めるつもりなのか。とりあえず条文を転記する。
「国は主権と独立を守るため、国民と協力して、領土領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない」
 一見、日本の正当な権利の確保を訴えているように思えるが、現に韓国に実効支配されている「竹島」をどうするのか。また旧ソ連に不法占拠され、今もロシアに実効支配され続けている日本固有の領土である「北方四島」問題をどう解決するつもりなのか。
 従来日本は領土問題は平和的に解決することを目指し、水面下も含めて外交ルートや首脳会談を重ねてきた。が、「領土等の保全等」の条項が憲法第2章『安全保障』の中に含まれ、かつ9条の2「国防軍」の規定に続いて規定されていることに、私は大きな危惧を覚えざるを得ない。しかも「国民と協力して」とされていることは先の大戦で一般国民(女性も含めて)も巻き込んだ歴史的事実をほうふつさせるものがある。私の杞憂にすぎなければいいのだが…。

 憲法9条についての自民改憲草案の検証は、とりあえずこれで終える。
 しかし安倍政権による憲法改悪は、9条にとどまらない。現行憲法が世界に優れて理想を高々と掲げているのは9条に象徴される「平和主義」だけではない。「主権在民」「基本的人権の保障」を含む三大原則が踏みにじられようともしている。先に述べたように、「国権」と「地方自治権」の関係など現実社会が生み出している矛盾を現行憲法が抱えていることも事実だ。
 果たして自民改憲草案は、そうした問題にどう対応しようとしているのか。この検証作業は今後も続ける。
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憲法審査会が再開されたが、自民党草案は「改正」か「改悪」か? ②

2016-11-21 01:14:49 | Weblog
 自民党改憲草案検証の続きを書く。すでに衆院・参院で憲法審査の特別委員会がスタートした。民進党も自民党の改憲草案に対する個別的な対案を出すことにしたようだ。現実的に蓮舫・野田執行部が党内をまとめきれるかどうか疑問は残るが、いちおう党として自公に対決する姿勢を固めたようだ。前回のブログで現行憲法9条は記載したので、まず自民党改憲草案の9条を記載する。

第9条(平和主義)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
第9条の2(国防軍)
1 わが国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮者とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第1項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協力して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前2項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制および機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪または国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
第9条の3(領土等の保全等)
国は主権と独立を守るため、国民と協力して、領土領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

 まず多くの国民が抱くであろう印象は、自民党改憲草案は現行憲法に比してえらく細かくしたな、ではないだろうか。最大限、善意に解釈して「解釈改憲」の余地を極力排するためと受け取れないこともないが、本音は「国防軍」なる軍隊が武力行使をできるケースを細かく定めることによって、現行憲法の「解釈変更によって自衛隊が行使可能にした武力行為の範囲(限界)」をさらに拡大することに、安倍自民党の改憲目的があると考えるのが文理的解釈だろう。
 そのことはおいおい検証していくが、その前提として読者の方たちにご理解していただいておきたいことがある。
 現行日本国憲法9条は、『前文』『第1章(天皇)1~8条』に次ぐ『第2章』に記載されている。そして第2章は9条の一カ条のみである。自民の改憲草案も第2章は9条の一カ条のみだ。つまり日本国憲法の三大原則の一つとされている「平和主義」に関する記載は、前文と第2章9条のみである。そのことを前提に自民党改憲草案を読む必要がある。
 まず現行憲法との大きな違いは第2章のタイトルに反映されている。
 現行憲法第2章のタイトルは『戦争の放棄』である。
 一方自民党改憲草案の第2章タイトルは『安全保障』と改ざんされている。
 つまり、安全保障のためなら、戦争してもいいよ、というわけだ。そして戦争するためには、単なる「実力」にすぎない自衛隊を『国防軍』なる「戦力」に改組しようというのが自民草案の最大の目的である。もちろん『国防軍』は専守防衛のための「実力」ではなく、「安全保障」を口実にした攻撃可能な「戦力」に変えることを意味する。
 私は現行憲法の一部が今日では非現実的であることは、認める。この連載ブログの①でも明らかにしたが、現行憲法は日本が主権国家ではない占領下で、かつ国民の審判を仰がずに国会での審議だけで制定されたものであり、現行憲法の3大原則のひとつである「国民主権」が無視された憲法の制定だったことは否定できない。
 そういう意味では日本という国の在りようを、国民自らが選択できる憲法に改正することは大切なことだと思っている。
 とりわけマッカーサーが、巨大国家アメリカを相手に国民が全滅してでも対米戦争を続けようとした日本の軍部と、その軍部の言いなりになっていたメディア、さらにメディアの報道を信じて現在のIS(「イスラム国」)のような精神状態にあった日本人と日本を、二度と戦争が出来ないようにしようとした占領政策は、やむを得ない選択だったかもしれない。実際、日本が降伏した直後に厚木飛行場に降り立ったマッカーサーが発した第一声は「日本人は12歳の子供と同じだ」だった。
 そんな、かつての日本に戻ることは、たとえ安倍総理が望んでも絶対に不可能だ。では、なぜ安倍総理は改憲に自らの政治生命を賭すのか?
 実は、今世紀に入って以降、日本人の憲法観は少しずつ変化しつつあった。護憲勢力の中心だった社会党が分裂して、かなりの旧社会党議員が保守勢力の一翼として誕生した旧民主党に呑み込まれ、護憲派のよりどころがなくなったことも原因して、現実社会に合うよう憲法を改正することによって、これ以上の解釈改憲ができないよう権力に縛りをかけた方が現実的だ、と考える人たちが増えだしたのである。そうした国民の意識の変化を見て自民党が改憲のチャンスが到来したと考えたのは、ある意味当然だった。
 実際、1955年に自由党と日本民主党が合併して(保守合同)自民党(正式名:自由民主党)が誕生して以来、憲法改正は党是になっていた。が、憲法改正には国民の反発が強く、改憲の党是は事実上棚上げ状態が続いていた。が、国民の意識が少しずつ変化してきたのをチャンスととらえた自民党の強硬派が作ったのが自民の改憲草案である(公表は2012年4月)。
 が、国民の意識は各メディアの世論調査によれば、かなりぶれだしている。憲法論議そのものには「賛成」派が過半数を超える一方、9条の変更には「反対」派が60%近くを占めている。とりわけ安倍政権下での改憲には多くの国民が疑念を抱いており、右寄りのメディアであるフジテレビと産経新聞の共同世論調査でも「安倍政権下での改憲」には55%が反対している。大多数の憲法学者が「違憲」と判断している安保法制を強行成立させた、安倍政権による憲法改正に対する危惧が国民の間で根強いことを意味している。

 では自民改憲草案の具体的検証に移る。今回は9条に絞る。すでに9条だけで成り立っている憲法第2章のタイトル(見出し)が現行憲法の『戦争放棄』から『安全保障』に改ざんされていることは書いた。
 次に大きな特徴は現行憲法9条の第2項をすべて削除し、書き換えたことだ。改めて現行憲法9条第2項を記しておく。
「前項の目的(国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する)を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」
 この規定を削除して自民草案は「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」とした。この連載ブログの1回目(10月31日投稿)で明らかにしたが、当時の吉田茂首相は共産党・野坂参三議員の「戦争一般放棄とすべきではなく、防衛戦争は認めるべきだ」との質問(要旨)に対して「国家正当防衛権による戦争は正当なりとせられるようであるが、私はかくのごときことを認めることは有害であろうと思うのであります。近年の戦争は多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著な事実であります」と答弁している。
 この吉田答弁は、連合国(事実上アメリカ)の占領下において日本の安全保障義務を当時はアメリカが負っており、日本としては経済再建を最優先すべきだという吉田首相の基本的考えに基づいており、吉田首相自身は「日本丸裸」主義者ではなかった。実際、吉田氏は総理引退後に書いた自叙伝『大磯随想・世界と日本』で「日本が経済力においても技術力においても世界の一流国と伍していけるようになったこんにち、日本の安全保障をいつまでも他国に頼ったままでいいのか」と記している。

 ちょっと話が横道にそれるようだが、しばしば主要な駅頭で「憲法9条が日本の平和をまもってきた」と主張する護憲団体がある。本当にそうか。もし彼らが言うように「憲法9条が日本の平和を守れるなら、日本の法律が犯罪を防いだか?」と問いたい。それが事実なら、日本に警察は要らないことになる。
 が、「アメリカの核の傘が日本の平和を守ってきた」「日米安保条約が日本の平和を守ってきた」「在日米軍が日本の平和を守ってきた」といった類の「神話」にも私は与さない。
 戦後、日本が平和だった本当の理由はこうだ。
 第2次大戦後、世界で侵略戦争は1回しかなかった。湾岸戦争の発端になったフセイン・イラク軍によるクウェート侵攻だ。イラク側にもそれなりの「正当な理由」があったのだが、そのことについては触れない。横道にそれすぎるからだ。
 第2次大戦後、国連が発足して今や世界の大半の国が国連に加盟している。国連の憲法とでもいうべき国連憲章は、国際間の紛争について、加盟国すべてに武力での解決を禁じている。もし侵略戦争を始める国があったら国連安保理が侵略を阻止するあらゆる権能を有しており、また侵略を受けた国は安保理が紛争を解決するまでの間、「個別的又は集団的自衛の権利」を行使することを認めている。
 第1次および第2次世界大戦の結果として国連が発足し、国際間の紛争もフセイン・イラク軍のクウェート侵攻以外、皆無になった。つまり、植民地主義はもはや過去のものとなった。日本が戦後平和でいられたのは、国際社会の劇的変化による。
 おそらく、日本が自衛隊を解散して、米軍基地をすべて撤廃しても、日本を攻撃する国は皆無であろう。ただし、尖閣諸島は中国に実効支配される可能性はある。
 北方領土問題にしても、私たち日本人にとっては旧ソ連軍による不法占領だが、では日本の「同盟国」であるはずのアメリカがロシアに対し「北方四島は日本固有の領土であり、日本に返すべきだ」と、一度でも言ってくれたことがあるか。安倍政権が安保法制を成立させたことに対してオバマ大統領が「尖閣諸島は日米安保条約5条の範疇だ」とリップ・サービスしてくれたが、公式文書になっていない一大統領のリップ・サービスなど、もうすでに反故になっていることを私たち日本人は肝に銘じておくべきだ。現に次期大統領のトランプ氏は選挙中の公約を次々に反故にしている。
 
 しかし旧ソ連の崩壊による冷戦時代の終結は国際社会に、国連憲章が想定していなかった新しいリスクを生むことになる。民族紛争と、宗教対立が原因のテロ行為の活発化である。
 冷戦時代には旧ソ連の支配下で共産党一党独裁体制により民族対立が抑えられてきた東欧諸国で、民主化に伴う民族紛争が一気に火を噴いた。チェコスロバキアはチェコとスロバキアに分裂し、ユーゴスラビアに至ってはスロベニア、マケドニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、コソボの6国に分裂した。チェコスロバキアの場合は平和的に分裂したが、ユーゴスラビアの場合は血で血を洗う争いによって分裂した。一方、ドイツのように西と東が平和的に民族統一を成し遂げたケースもある。現在でもウクライナで民族紛争が勃発し、ロシア系民族が多数を占めていたクリミア自治共和国が国民投票でいったん分離独立したのち、ロシアに編入した。東部2州でもロシア系民族がウクライナからの分離独立を目指して政府軍との間で戦争状態が続いている。
 さらに、これは冷戦終結とは直接の関係はないと思われるがイスラム過激派がテロ集団と化し、パキスタンのイスラム過激派タリバンが米貿易センタービル2棟にジェット機2機で自爆体当たりテロを行った。またアメリカが勝手に行ったイラク戦争でフセインは殺害したものの、結果的に無政府状態になったイラクでアルカイダ系のスンニ派過激主義者集団が勢力を拡大し、さらにシリア内戦に介入してISと改称しイスラム国樹立を宣言、シーア派市民を狙った無差別テロを繰り返している。
 こうした冷戦後の国際紛争に日本が巻き込まれる可能性があるか、と考えれば、仮に日本が非武装状態になっても戦争に巻き込まれる可能性は天文学的確率であろう。安倍政権ががなり立てている「日本を取り巻く安全保障状況が劇的に変化した」などというたわごとは、それこそ「為にする口実」でしかない。
 が、残念ながら国際社会環境が第2次世界大戦後、劇的に変化したといっても自国の軍事力が最大の外交手段であるという状況には変化がない。事実上、核兵器の使用など不可能ということは世界の常識であるにもかかわらず、米ロ中は核の力に頼った覇権主義を捨てようとしないし、アメリカから「悪の枢軸」「テロ国家」と名指して非難された北朝鮮が挑発に乗ったふりをして使えもしない核に国の総力を挙げているのも、そうした事情による。(続く)
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緊急提言:米大統領選の大番狂わせはなぜ生じたのか?--メディアが理解していないアメリカの選挙事情

2016-11-13 12:19:21 | Weblog
 11月9日に投稿したブログ『電通がなぜ?……「超一流企業」がブラック化した理由』の訪問者・閲覧者が毎日増え続けている状況だが、どうしても緊急に投稿しなければならない事情が生じた。米大統領選の結果を巡って世界中に大混乱が生じているからだ。

 米大統領選で、なぜ大番狂わせが生じたのか。
 残念ながら日本のメディアも政治・外交評論家もまったく分かっていない。12日の『NHKスペシャル』では「隠れトランプ」の存在をつかめなかったと分析し、13日のTBS『サンデー』は放送時間を大幅に延長して「ポピュリズムの浸透」と総括した。見当はずれもいいところ、と言いたい。
 トランプ氏の選挙戦術は、確かにメディアや既存の政治家の意表をつくものだった。「きわめて巧みだった」と言えなくもない。ことさらに挑発的言動を繰り返し(メディアは「暴言王」と評したが)、既存の権威に立ち向かった。最初は「何をバカバカしいことを言っているのだ」と米国民の多くもそう受け取っていたはずだ。が、「ウソも100回つけば信じて貰える」という格言もある。繰り返し繰り返しトランプ氏の挑発的言動(ネガティブ・キャンペーン)を耳にした米国民の中に、「本当にそうかもしれない」という思いが生じ始めたのが、雪崩現象的なトランプ勝利の要因の一つであろう。

 が、決定的な要因は、これだ。
 問題はアメリカの選挙制度にある。アメリカは大半の州で選挙人(民主党または共和党の大統領候補に票を投じる権利を持つ人)の総取り制である。たとえば「この州を制する候補が大統領になる」という神話が定着しているほどの激戦区・オハイオ州の選挙人は18人。全米の選挙人総数は538人で、過半数は270人。オハイオ州の選挙人は勝利に必要な270人のわずか6.6%にすぎない。なのに、なぜオハイオ州がそれほど重要な地位を占めているのか。そのことを理解しているジャーナリストや政治・外交評論家は一人もいない。
 おっと、私だけは理解しているが…。
 実はオハイオ州は地政学的にきわめて重要な地位を占めている。アメリカ本土だけでも東海岸と西海岸では3時間の時差があり、オハイオ州は東海岸と1時間の時差がある。アメリカでも大半の州はそれぞれの州の標準時で午前8時から投票が行われるが、なかには午前0時から投票が行われる州もある。
 一般的に民主党は東海岸に面した州と西海岸に面した州に強く、共和党はその中間に位置している州に強いとされてきた。日本のように時差がなく、全国一斉に同時刻の投開票が行われる国と違って、アメリカは標準時の差により東海岸から順次投開票が行われる。
 日本の選挙もそうだが、メディアは投票を済ませた人から「だれに投票したか」を聞く。いわゆる「出口調査」である。そのため日本ではメディアが『選挙特番』では午後8時の開票開始時点で、バタバタと「当確者」を発表する。もちろん開票率ゼロなのにだ。それはアメリカでも同様で、東海岸に面した州の開票結果を開票率ゼロの時点で各メディアは発表する。その報道が有権者の投票行動に大きな影響を与えるのが、実は民主党支持層と共和党支持層が拮抗しているオハイオ州なのである。つまりアナウンス効果が最初に大きく発揮される州なのである。そしてオハイオ州の開票報道が次々に他の州の有権者の投票行動に反映していく。「オハイオ州を制したものが大統領になる」という神話はこうして定着するようになったのである。そのオハイオ州をトランプ氏が制した。流れが一気に加速したのはそのためだ。
 実際、全米の有権者の投票総数はヒラリー氏のほうがトランプ氏より上回っていたが、選挙人総取り制(「ドント方式」という)によってトランプ氏が獲得した選挙人のほうがヒラリー氏を上回ったため、トランプ氏が次期大統領になれたというわけだ。

 トランプ氏は周知のように政治経験がまったくない。彼はなぜ共和党から出馬しようとしたのか。はっきり言えば民主党から出馬しても、知名度や政治経験豊富なヒラリー氏に勝ち目がないからにすぎなかった。実際、彼の党員歴を見ればそのことが分かる。
① 1989~1999 共和党
② 1999~2001 アメリカ合衆国改革党
③ 2001~2009 民主党
④ 2009~2011 共和党
⑤ 短期間だが、どの政党にも所属していない。おそらく、この時期大統領候補に名乗りを上げるにはどの党を選ぶべきかを考えていたと思われる。
⑥ 2012~現在 共和党
 そうした経歴から、トランプ氏はどういう選挙戦術をとれば共和党の大統領候補になれ、共和党の大統領候補になった場合、どういう選挙戦術をとればヒラリー氏に勝てるかを必死に考えたと思う。
 その結果、彼が考え出したのが、民主党の選挙基盤を根こそぎ自分の味方にすることだった。そこにビジネスマンとして大成功を収めた経験が生かされたのだろう。
 日本ではビジネス社会でも競争相手に対するネガティブ・キャンペーンはかえって消費者に不愉快な思いをさせるケースが多く、ネガティブ・キャンペーンはほとんど行われない。私が知っている限り日産が新型サニーを売り出した時、トヨタのカローラを念頭に置いて(つまり名指しはせず)「隣の車が小さく見えます」というネガティブ・キャンペーンを行ったのが唯一のケースではなかったかと思う。
 が、アメリカではビジネス社会でのネガティブ・キャンペーンの張り合いは日常茶飯事であり、トランプ氏もその手法でビジネスを成功させてきたのではないか。
 が、選挙人獲得競争で、トランプ氏は多分自分でも予想していなかったほどの地滑り的勝利を収めてしまった。だが、ビジネス社会と違って大統領選挙におけるネガティブ・キャンペーンは有権者に対する公約でもある。大統領になった途端、トランプ氏は「君子、豹変す」でネガティブ・キャンペーンの公約を次々に修正し始めた。
 トランプ氏が大統領になった途端全米の大都市で「反トランプ」デモが爆発的に生じたからではない。もともとトランプ氏のネガティブ・キャンペーンは単なるビジネス的手法にすぎなかったが、国民に対する約束であることに、トランプ氏がようやく気が付いたためだ。
 そうなると、トランプ氏は、国民とくにトランプ氏の選挙人に票を投じた有権者に対する裏切り行為を行ったことになる。既に民主党の大きな選挙基盤であり、選挙人もアメリカ最大の55人を擁するカリフォルニア州では、アメリカ合衆国からの離脱運動が始まっており、ネットで「ドナルド・トランプ」を検索すると早くも「暗殺」という項目が出ているほどだ。
 言っておくが、もしトランプ氏を暗殺するとしたら、それはヒラリー氏の支持者ではなく、トランプ氏を支持した有権者だ。
 
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電通がなぜ?……「超一流企業」がブラック化した理由

2016-11-09 08:17:38 | Weblog
 自民党改憲草案の検証(続編)は次回に延ばす。今回は日本最大の広告代理店で、文系大学生の就職希望先でもトップクラスを誇ってきた電通が、実は「ブラック企業」だったことが明らかになり、メディアも大々的に報じているので、その背景を検証することにした。なおこのブログ記事は、かつて労働組合で活動されていたI氏からアドバイスを受けたことを明らかにしておく。

 11月2日のNHK『クローズアップ現代+』を見た。「隠れブラック企業の実
態に迫る」というタイトルだったが、残念ながら「隠れブラック企業」の経営者の責任を問おうとする内容ではなかった。現場責任者が成績を上げるために残業記録を改ざんし、実際の勤務時間を法定内に抑えるよう従業員に強制していたという内容に終始していた。そうした現場の勤務実態を知らなかったとしたら、そもそも経営者としての資格がないという視点が番組にはなかった。
そもそも時間外勤務(サービス残業を含む)が常態化した時期は二段階に分けられる。
 最初は日本が高度経済成長を続けていた時代、自動車産業や電機産業は工場の24時間フル稼働を行っていた。が、正規社員が24時間フル勤務するようなことはありえなかった。正規社員はシフト制で、過重労働にならないように会社も配慮していた。当時のタイムカードは絶対であり、会社もごまかすような事は出来なかった。にもかかわらず24時間フル稼働が可能になったのはおもに農村からの出稼ぎ労働者(季節労働者)の存在があったからだ。
 が、当時は大家族制が一般で、家長は出稼ぎで稼いだ金を農村地帯に住む家族に仕送りして一家の生活を支えてきた。
 が、1960~70年代にかけて家族形態が大きく変貌する。日本だけでなく先進国はすべて核家族化への道を歩みだした。さらに日本では(他の先進国の実態は知らないので)若者たちの高学歴化が急速に進みだした。男性だけでなく、女性の高学歴化も急速に進んだ。
 その理由は簡単だ。核家族化によって自分たちの子供の世話を、大家族時代と違って父母(子供たちにとっては祖父母)に委ねることが出来なくなったからだ。私は1940年の生まれ(昭和15年)だが、結婚と同時に実家から離れて自分の家庭をつくった。
 すでに女性の高学歴化は始まっていたのだが、私が結婚した時代はまだ「女性は結婚すれば専業主婦になる」という社会的慣習が続いていて、妻は仕事をやめて専業主婦になった。当時は高度経済成長時代でもあり、亭主の稼ぎで十分家庭生活を維持できる状況でもあった。
 が、核家族化とともに個々人の生活スタイルも大きく変貌し始めた。高学歴の女性は子育てが終わると、自分の生きがいとして自分の能力が発揮できる仕事や趣味をやりたいと考えるようになった。
 また社会も大きく変化するようになった。そのころすでに少子化が始まっており、「寿退社」は会社にとっても有能な女性社員を失うことになることに気付き始めたのだ。こうして女性の出産・子育て後の社会復帰が緊急の課題となった。が、女性も社会復帰はしたいけれど、子育ても放棄できない。保育園に対する母親のニーズが急速に高まったのはそのせいだ。
 私の妻は二人の子供を、何の疑問も持たずに幼稚園に入園させた。私も妻に仕事をさせようなどと考えたことがなかったから、妻が選んだ幼稚園に子供を通わせることにした。が、子供たちが小学生に入るころになると、妻は自分の生きがいを家庭外に求めるようになった。仕事もそうだったし、ママ友たちとの交流からテニスや華道、お茶、はてはダンスまで趣味の範囲を広げていった。その時代は、まだ結婚した女性にとって仕事の場はスーパーのレジ係くらいしかなかったためでもある。
 そういう時代は終わった。企業が本気で能力のある女性を結婚・出産後も重要な仕事に復帰してもらいたいと考えるようになったからだ。
 そうなった理由はいくつか考えられるが、はっきり言ってIT技術は男性より女性のほうが適している。医者でも、外科手術や歯科医などは手先が器用な女性の方が有利ではないかと思う。だいいち、外科医や歯科医に頭の良さはあまり関係ない。実際山中伸也教授(京大)が手先が器用で目指していた外科医になっていたら、ips細胞は世に出なかった。福島大学附属病院での腹腔鏡手術も、病院側が手先の器用さではなく頭の良し悪しで担当医を選び、難しい手術を任せていたから悲劇が続出した。
 ただ、これは日本の教育制度のためかは分からないが、物事を論理的に考える思考力は、まだ男性に及ばないような気がする。ただこれは一般論であって、男性顔負けの思考力を持つ女性も少なくない。だから、男性か女性かの差より、やはり日本の教育制度がもたらした結果ではないかという気がする。
 いずれにせよ、有能な女性の社会進出によって、大卒という学歴だけはあるものの、企業が求める能力を有していない男性の働き口が極めて狭くなっていることは紛れもない事実である。
 かつて日本の高度経済成長を支えた中卒男性は「金の卵」と言われ、部品メーカーなどの中小零細企業から引っ張りだこだった。彼らは、いわば徒弟制度のもとで日本の工業力を支える部品加工の技能を磨いていった。「下町のロケット」で有名になった東大阪の工場や、東京では蒲田に集積していた部品メーカーなどが、世界に冠たる部品加工の技能者を輩出してきた。
 が、そうした技能の継承者が日本でどんどん少なくなっている。大卒の高学歴者が、そういう3K(きつい・汚い・危険)の仕事を拒否するようになったからだ。大学もまた教育をビジネスと考えているから、大学生としての能力がなくても、高卒者もどんどん受け入れてしまう。だいたい能力=暗記力と考えているから、論理的思考力に欠けている学生でも一流大学に入学できてしまう。一方大卒者は能力がないにもかかわらず、学卒者としてのプライドだけは一人前に持っている。そういう大卒者がたどる道はブラック企業で、中卒者でも十分勤まるような仕事にしかありつけないことになる。

 原点に戻って、なぜブラック企業がなくならないのか、論理的に考えてみよう。
① 核家族時代を迎えて若い人たちの仕事に対する価値観や生活スタイルが大きく変化したこと。
② そうした若い人たちの生活スタイルに、飲食店やコンビニが過剰に対応したこと。たとえば日本でコンビニの第一歩を踏み出したのは、いまでも最大手の「セブン・イレブン」だが、当初の営業時間は午前7時から午後11時までだった。セブン・イレブンに続いてファミリーマートやローソンなどがコンビニ業界に進出し、営業時間の長時間競争を始めた。さらにコンビニに若い買い物客を奪われた大手スーパーが営業時間の長時間化を始めた。たとえばスーパー最大手のイオンは午前7時から午後11時までを基本的な営業時間にしている。
③ スーパーにしてもコンビニにしても同業他社との競争が激しく、薄利多売の競争に走らざるを得ない。一方営業時間を延長して同業他社との競争に勝たなければならない。飲食店も同様なジレンマを抱えている。そのため、営業時間を延長しても、正規社員を増やせない。パートで正規社員の過重労働を補うにも限界がある。労基法の縛りがあるから、正規社員の勤務時間を改ざんして、事実上のサービス残業を強要することになる。

 飲食業やコンビニなど小売店のブラック企業化はかなり前から知られていたが、日本を代表する広告代理店の電通がブラック企業になっていたことは、私も事件が起きるまではまったく知らなかった。メディアの報道によると、最近のクライアント(広告主)が紙媒体(新聞・雑誌など)広告→テレビCM→ネット広告に急速に方向転換しており、中高年社員はそうした時代の流れに対応できないため、ネット世代の若手社員にシワ寄せが集中したようだ。
 こうした悲劇は欧米ではまず生じない。宗教観による違いだと思うが、雇用形態が日本のような終身雇用・年功序列ではなく(この伝統的な日本型雇用形態もバブル崩壊以降、大きく崩れつつあるが)、同一労働・同一賃金の雇用形態が根付いているからだ。だからネット世代と同じレベルの仕事が出来なければ、さっさと首にできる。そして首にした中高年社員の代わりにネット世代の若手社員を増やす。だからネット世代の若手社員に過重労働のシワ寄せが生じることもない。
 ごく最近アメリカのITベンチャー企業の社長が社員の最低賃金を700万円に引き上げると発表し、日本でも大きな話題になった。その会社の社長はすでに全米で有数の富裕層になっており、これ以上自分の資産を増やしても使い道がないということで、会社の利益を社員に還元することにしたようだが、社長の兄の大株主が株主の権利を侵害したとして訴訟を起こした。社長の考えも大株主の兄の考えも、やはりキリスト教的宗教観に根差している。もちろん社長が社員の最低賃金を700万円に引き上げたからと言って、社員の長期雇用を保障したわけではない。役に立たなくなったら辞めてもらうというのが欧米の雇用制度の前提だからだ。

 もう一つ日本でブラック企業が急速に増えだしたのは労働組合がそうした時代の変化に対応できなかったことにも要因があるようだ。
 いまから60年前の1955年当時の労組の組織率は35%だった。それ以降組織率は徐々に低下していったが、82年までの27年間はかろうじて30%台を維持していたようだ。そのころから日本はバブル景気に突入し、不動産をはじめゴルフ会員権、美術品、高級ブランド商品などの資産インフレが始まった。その結果、一部の富裕層の総資産が急増し、彼らの税負担を軽減するため竹下内閣が3%消費税の導入を行った(89年4月)。
 消費税の導入は大多数の中間所得層(当時は国民の大多数が自分は中流階級に属すると考えていた)の懐を直撃する。所得格差が一気に広がりだした。この時代に労働組合は本来の社会性(低所得層の生活向上を目的とする活動)を次第に失って行く。こうした労組の変質が組合員だけでなく非組合員の失望を生み、組織率低下に歯止めが効かなくなったようだ。
 一方、政府は加熱しすぎたバブル景気を冷やすための政策に転じた。しかも軟着陸ではなく、強制着陸を図ったのだ。具体的には90年3月に大蔵省(当時)が金融機関に対して「総量規制」(不動産関連への融資を抑制)の行政指導を行った。日銀も呼応して急激な金融引き締めに転じた。こうして日本経済は不況への道を転がり出す。「失われた20年」の始まりである(その間一時的なITバブルでやや景気が持ち直した時期もあったが、リーマンショックで再び不景気に戻り、さらにアベノミクスの失敗で、いまや「失われた30年」に向かって日本経済はまっしぐらだ)。

 安倍総理はいま「働き方改革」の柱として「同一労働・同一賃金」の雇用形態導入を打ち出している。そもそもは2014年5月に年収1000万円以上の社員に適用する賃金制度として総理が導入した「成果主義賃金制度」が原型である。このとき私は同一労働・同一賃金制の導入を前提にしないと空理空論に終わるという趣旨のブログを3回にわたって投稿した。私のブログは自民党議員の大半が読んでいるようで、安倍内閣はかなり私の主張を政策に取り入れている。が、自分にとって都合のいい部分だけを取り入れており、そんなご都合主義的なやり方で日本経済の立て直しができるわけがない。
 安倍総理が「働き方改革」の一環として導入を目指している同一労働・同一賃金は、案の定経団連から猛反発を食った。「日本の賃金体系に合わない」というのが経団連の主張だ。日本型雇用形態として定着していた「終身雇用・年功序列」は事実上崩壊しつつあるが、大企業や官公庁は正規社員や公務員の首を簡単には切れない。電通の悲劇も根本的な原因はその点にある。

 かつて大家族制のもとで高度経済成長を続けてきた日本では、現役の正規社員が高齢者の生活を支えてきた。が、大家族制が崩壊し、女性の高学歴化が進み、女性の社会進出も進み(男女雇用均等法が女性の社会進出を支えた側面もある)、核家族化時代に入って若い人たちの生きる目的や価値観も大きく変化する中で、さらに医療技術が急速に進んだ結果、少子高齢化社会という負のレガシーが日本に大きくのしかかってきた。
 私は1940年の生まれで、私の世代までは社会保障制度も崩壊しないだろうが、今の現役世代が高齢者になったときには間違いなく彼らの生活を支える社会保障制度は崩壊しているだろう。誰の目にもそうした時代の到来が見えるようになるまで、目を瞑ってきた政治の怠慢と言わざるを得ない。
 問題は、経団連が反対している同一労働・同一賃金制度の導入に、連合が無関心を装っていることだ。連合は建前として正規労働者と非正規労働者の賃金格差をなくせと主張しているが、連合の主張は非正規社員の賃金を上げろとしか言わない。企業が社員に支払える給与の総額(パイ)が増えない限り、非正規社員の賃金を増やせば、正規社員の賃金を引き下げざるを得ない。が、連合は正規社員の労働組合であり、正規社員の賃金を下げてまで非正規社員の賃金を上げろ、とは口が裂けても言えない。
 日本はこれからどういう道を選択すべきかが、いま問われている。
 自公政権の対抗軸であるべき民進党も、この問題に正面から向き合おうとしていない。連合が支持母体だからだろうか?
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憲法審査会が再開されたが、自民党草案は「改正」か「改悪」か? ①

2016-10-31 08:14:15 | Weblog
 私が前回のブログで、来年1月の通常国会冒頭で安倍総理が解散・総選挙に打って出る理由を述べた通りになることが明らかになった。(以下敬称略)
 つまり安倍の解散・総選挙の最大の狙いは、それまでメディアが報じていた理由(プーチン訪日で日ロ外交の前進により自民有利の状況下での選挙・5月の
小選挙区区割り変更前に現議員を維持するための選挙)ではなく、自民党大会で党則を改定し、総裁任期を現在の連続3年2期から連続3年3期に延長することが真の目的だったことが明々白々となった。
(※このブログ原稿は27日までに書き上げたが、28日にプーチンが北方領土問題の解決はそんなに簡単ではないという趣旨の記者会見を行ったことが明らかになった。安倍外交の最大の成果と期待が大きかっただけに、日本側としてどう対応するのか、安倍に大きな難問がのしかかった。まさか手ぶらで来日するプーチンに大きなお土産を渡すようなことがあったら、安倍内閣は危機的状況に陥ることだけは間違いない)
 実際、自民は10月26日、党・政治制度改革実行本部を開き、安倍の腰巾着・高村と麻生が音頭をとって、現在党則で定められている総裁任期を延長することを決めた(今週開かれる総務会での承認はいちおう必要)。そして総選挙後の3月の党大会で党則改悪を行おうというわけだ。
 が、この実行本部は自民の衆参国会議員414人で構成されるが(つまり事実上の両院議員総会)、この重要な会議に出席したのはたった56人。約87%の自民国会議員がこの会議をボイコットしたのだ。安倍の足元が党内で揺らぎだしたと見てもいいかもしれない。

 なぜ安倍は、そこまでして長期政権の座にしがみつこうとしているのか?
 言うまでもなく自らの手で憲法改悪を成し遂げねばならないという「使命感」に駆られているからだ。安倍内閣が高い支持率を維持し、日本維新の会や日本のこころなどの改憲勢力が衆参両院で3分の2以上を占めている間に、何が何でも憲法を改悪しておかないと、「硬性憲法」とされている日本国憲法の改悪チャンスは当分の間訪れないと思っているからだ。
 私自身は、憲法はいずれ改正すべきだと考えてはいる。が、安倍政権下での改定は改正ではなく改悪になることだけは疑う余地がない。
 現行憲法は、しばしば「平和憲法」と呼ばれているように、日本の政権(国家権力)が二度と戦争をしてはならないと、国際紛争解決のための武力行使を禁じていることだけは未来永劫に守らなければならない、と私は考えている。
 憲法と法律の関係を明らかにしておくと、憲法は権力を縛るものであり、法律は憲法が認める範囲で国民(在日外国人も含む)を縛るものである。そして憲法を決めるのは国民であり、法律を決めるのは立法府(国会)である。
 ところが、現行憲法はいまだに日本国民の承認を得ていない。GHQに押し付けられたとか、日本政府の意見も憲法にかなり反映されているなどというばかばかしい議論を私はするつもりはない。決定的な事実は、日本が連合軍(実態は米軍)の占領下におかれ、主権をアメリカに奪われていた時代に、現行憲法は国民の承認も得ずして(国民の審判を受けずに)制定されたものだからだ。
 日本を占領下においた連合軍総司令官マッカーサーは、単に農地解放や財閥解体、教育改革(日本人から愛国心を奪う教育)ことなど、一連の民主化政策を行っただけではない。日本の工業力(軍事産業だけでなく平和産業も含め)を徹底的に破壊し、日本を農業国家に先祖帰りさせることがマッカーサーの占領政策の目的だった。そのためマッカーサーはわずかに残った日本の平和産業の生産設備をも取り上げ、戦後賠償の名目でアジア諸国に移転させようとさえ考えていた。
 が、この極端なマッカーサーの占領政策にNOを突きつけたのが、米本国政府(大統領はトルーマン)だった。マッカーサーの極端な占領政策によって日本が共産化しかねないことを米本国は恐れたのだ。実際日本がギブアップしてポツダム宣言を受け入れ無条件降伏した後も、ソ連は対日戦争を続け北方四島を奪った。ソ連は戦勝記念日をかってに9月2日にしたが、その日は米艦ミズリー号で日本が降伏文書に調印した日であり、日本はとっくに武装解除されており、ソ連との戦争状態には事実上なかった。さらにソ連はアメリカに北海道の分割支配を提案しており、日本占領の野望を捨てていなかった。
 そういう状況下で現行憲法の草案作りが吉田内閣の手で進められたのである。また、当時は旧憲法(大日本帝国憲法)が停止されていなかったため、憲法改定作業は枢密院(天皇の諮問機関)の承認を経て衆議院議会、貴族院議会で承認されて45年11月3日に公布、翌46年5月3日より施行されたという経緯がある。当時は憲法の改定には国民の承認を必要としなかったのである。

 私はこれまでも吉田内閣の大きな功罪を指摘してきたが(『日本が危ない』『忠臣蔵と西部劇』などの著書およびブログでの記事)、吉田は戦後「傾斜生産方式」という経済政策を行った。具体的には、当時の基幹産業であった鉄鋼産業と石炭産業を立て直すことを最重要視し、サンフランシスコ講和条約の締結(51年9月4日)で独立を回復したのちも日本の安全保障をアメリカに委ね(旧安保条約を締結)、国力のすべてを工業力の回復に注いだ。当時のアメリカの占領政策の最大の目的は日本の共産化を防ぐことにあり、ソ連の南下政策に対する防波堤として日本をソ連の侵攻から守ることが国益でもあった。
 実際、この時期アジアには共産主義の嵐が吹きまくっていた。中国大陸では毛沢東率いる共産軍が49年10月1日、中国本土を制圧して政権を樹立し、朝鮮でも金日成の共産軍が勢いを増していた(50年6月25日、朝鮮戦争勃発)。アメリカは韓国軍を支援するため、在日米軍基地の兵力を根こそぎ朝鮮半島に送り込み、北朝鮮軍には中国の義勇軍が参戦し、この時期日本は丸裸になったのである。そういう状況下でマッカーサーは吉田内閣に再軍備を迫る。吉田はやむを得ず50年8月10日、自衛隊の前身である警察予備隊を結成した。現行憲法9条の解釈改憲による空洞化が始まったのはその瞬間である。

 実は現行憲法草案を巡って国会での審議で、現行憲法草案に猛反対したのが社会党と共産党だった。46年6月28日には共産党の野坂参三議員が「戦争は侵略戦争と正しい戦争たる防衛戦争に区別できる。したがって戦争一般放棄という形ではなしに、侵略戦争放棄とするのが妥当だ」と主張した。
 野坂の質問に対し吉田は「国家正当防衛権による戦争は正当なりとせられるようであるが、私はかくのごときことを認めることは有害であろうと思うのであります。近年の戦争は多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著な事実であります」と答弁している。
 また社会党の森三樹二議員も「戦争放棄の条文は、将来、国家の存立を危うくしないという保障の見通しがついて初めて設定されるべきものだ」と批判した。この主張に対しても吉田はこう答弁した(7月9日)。
「世界の平和を脅かす国があれば、それは世界の平和に対する冒犯者として、相当の制裁が加えられることになっております」

 吉田の功罪を明らかにしておく。
 「功」は言うまでもなく戦後の荒廃から日本経済立て直しの道筋を作ったこと。もし「傾斜生産方式」という経済政策をとっていなかったら日本は、いわゆる朝鮮特需にありつけなかったであろうと思われること。そして世界の奇跡とまで言われた高度経済成長時代を迎えることはなかったかもしれない。
 「罪」は、日本が独立したのちもアメリカに日本の安全保障を委ね、結果的にアメリカの言いなりになる国にしてしまったこと。そして日本が独立した後もアメリカは沖縄を占領下に置き続け、沖縄返還の直前に日本本土の米軍基地の大半を沖縄に移設し、返還後も沖縄県民に苦痛を強いる遠因をつくったこと。そして独立に際して現行憲法について国民の審判を仰がず、その結果権力による際限のない解釈改憲の余地を与えてきたことだ。

 では、現行憲法の平和主義の象徴とも言える9条が、安倍によってどう改悪されようとしているかを検証しよう。まず現行憲法はこうだ。

① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。

 実は②の冒頭に挿入された「前項の目的を達するため」なる部分は民主党(当時)の芦田均議員が強く主張して追加されたものである。いわゆる「芦田修正」と呼ばれている但し書きだが、この文がその後、大きな誤解を生む原因になった。実際芦田は現行憲法が公布された46年11月に『新憲法解釈』を発表し、こう述べている。
「第9条の規定が、戦争と武力行使と武力による威嚇を放棄したことは、国際紛争の解決手段たる場合だけであって、これを実際の場合に適用すれば、侵略戦争ということになる。したがって自衛のための戦争と武力行使はこの条項によって放棄されたのではない。また侵略に対して制裁を加える場合の戦争もこの条文の適用以外である。これらの場合には戦争そのものが国際法上から適法と認められているのであって、1928年の不戦条約や国際連合憲章においても明白にこのことを規定している」
 芦田自身はこう述べているが、この新解釈は明らかに吉田の国会答弁と矛盾している。国会で現行憲法が審議されたのはほんの数か月前である。吉田は共産党の野坂や社会党の森の質疑に対して明白に自衛権を否定している。仮に芦田の新解釈を認めるとしても②の末尾に記載されている「国の交戦権は、これを認めない」という明白な国家の意思表示と明らかに矛盾する。
 戦争は侵略戦争であろうと自衛のための戦争であろうと、いずれも「国の交戦権」の行使である。「国の交戦権」を最終的に否定している以上、自衛権も放棄したと考えるのが素直な文理的解釈であろう。(※なお国の交戦権を否認したこの一文は自民の草案から削除されている)
 実際、警察予備隊から保安隊、自衛隊と名称を変更し、際限のない解釈改憲をしてきた自民党政権や自公政権も自衛隊について、現行憲法で保持や行使が否定されている『武力』や『戦力』という表現が使えず、『実力』なる意味不明な表現を使わざるを得ないのが現実である。芦田が主張したように、現行憲法が自衛権を否定していないのであれば、自衛隊は「自衛軍」ないし「国防軍」(自民草案では「国防軍」と改称している)とすればいいのであって、「実力」などという意味不明な表現で自衛のための戦力を位置付ける必要などなかったのだ。
 言っておくが、私は自衛権を否定しているわけではない。が、自衛権の行使は国の存亡が危うくなる場合のみ可能であり、そもそも、そうした事態に至らないようにするために、日本は自国の安全保障を戦争大好きなアメリカにのみ頼るのではなく、環アジア・太平洋の諸国との間に友好関係を築き、集団安全保障体制を構築すべきだと思っている。もちろんアメリカを排除すべきではないし、中国や北朝鮮、ロシアにも仲間に入ってもらう。そして、もし環アジア・太平洋の平和を乱す国が現れた時には、参加国の3分の2以上の多数の決議により、参加国が一致して平和の回復のためのあらゆる手段を行使できるようにする。もちろん拒否権はいかなる国にも与えない。それが、現行憲法の平和主義を守るための唯一の道だと私は考えている。

※ところでニューヨークで開催されていた国連総会(現地27日)で核に関する二つの決議が行われた(朝日新聞の報道は29日朝刊)。一つは核兵器禁止条約(提唱者はNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」)で、もう一つは日本が提唱してきた核兵器廃絶の決議。
 最初の決議は123か国の賛成多数で採択されたが、なぜか唯一の被爆国である日本はアメリカに同調して反対に回った。安倍政権が「日本にとって脅威」と位置付けている核保有国の北朝鮮すら賛成したのに…。
 一方日本が1994年以降、毎年提出してきた核兵器廃絶を訴える決議にはアメリカも初めて同調して採択された。この決議に反対したのは4か国だけで、中国も反対した。中国が核兵器廃絶に反対した理由は「日本と歴史認識が違うから」だそうで(これは28日のテレビ報道)、もしそうなら日本にとっては北朝鮮の核より中国の核のほうがはるかに脅威ということになる。中国が歴史認識の違いで日本に核威嚇をしてくるのであれば、安倍は対抗上日本の核武装を真剣に考えるべきだろう。もし中国が実際に日本に核攻撃をした場合、アメリカが自国の核で日本を防衛してくれることはありえない。日本は「アメリカの核の傘で守られている」と思い込んでいるが、「アメリカの核の傘」は「絵に描いた餅」にすぎない。
 私は、日本が核武装すべきだ、などと言いたいわけではない。あらゆる政治・経済の国内・国際の事象を論理的に分析する思考力を日本人は身に付けてほしいと願っているだけだ。

 いつも私のブログは長すぎて、読者の方たちにご負担をかけすぎているため、今回のブログはこれで終えます。次回のブログで、安倍がもくろむ憲法改悪草案について「平和条項」を中心に検証します。


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なぜ永田町で解散風が吹き出したのか? 安倍総理の狙いが分かった。

2016-10-17 09:33:47 | Weblog
 働き方改革はまだ政府内で具体策が固まっていないので、とりあえず10月に入って永田町で唐突に吹き出した解散風の意味について考えてみたい。(文中、敬称略)
 通常、解散風が吹き出すのは、解散の1か月ほど前である。たとえば前回の衆院選(2014年12月2日公示、14日投開票)でも、安倍がAPEC首脳会議を皮切りにASEAN関連首脳会議、G20など海外の主要会議に連続して出席するため日本を離れている間(11月9~17日)に、永田町で唐突に吹き出した。出発当日、安倍はメディアの番記者の質問に「解散のことはまったく考えていない」と断言して日本を飛び立ったが、安倍の海外歴訪中に永田町で一気に解散風が強まり、帰国直後安倍は「アベノミクスの継続について国民の信を問う」という“大義名分”(?)で解散を決めた。
 そもそも安倍が自民党内で浮いている状況だったら、「鬼の居ぬ間に洗濯」といった類の反安倍勢力によるクーデター的解散風ならいざ知らず、同年9月の内閣改造で総裁選でのライバルだった石破茂を幹事長から外して地方創生相に追いやるなど、すでに安倍の強権体制は自民党内でほぼ確立しており、安倍の意向を無視して解散風が吹き出すわけがない。おそらく高村らの安倍に忠実な取り巻き執行部が、携帯電話やメールなどで海外にいる安倍の指示を受けながら計画的に解散風を強めていったと考えられる。今回の解散風も当時の状況と似た感じがするが、3か月以上も前から風が吹き出すのは異例中の異例だ。

 安倍は当初、先の解散・総選挙で民主党との争点を消費税再増税の延期問題にするつもりだった。民主党が3党合意に基づいて14年10月に再増税すべきだったと主張するだろうと考え、一気に民主党潰しを考えていたと思われるが、肝心の民主党が3党合意による消費税10%の延期にこだわっておらず、やむを得ず安倍は「アベノミクスの継続について国民の信を問う」という、争点になりようがない解散・総選挙に踏み切ったのだ。
 自慢話を書くつもりではないが、このときの公示日の翌日(12月3日)に投稿した『総選挙を考える④ アベノミクス・サイクルはなぜ空転したのか』と題したブログの末尾で、私はこう書いた。

 いずれにせよ、今回の総選挙は憲政史上空前の低投票率を記録することだけは間違いない。結果として国民に選択肢がないため(野党が効果的な経済政策を打ち出せないため)、自公連立政権は継続することも間違いないが、はっきりしていることは選挙の低投票率は、国民が突き付けたアベノミクスに対するNOであることだけは言っておく。私の周辺には「今回の選挙には投票に行かない」という人たちが大半である。昨日から選挙戦は本番に突入したが、「こんなに盛り上がらない選挙は、かつてあっただろうか」という有権者の反応の実態がもうすぐ見えてくる。

 実際、このときの投票率は戦後最低の52.66%だった。メディアが「戦後最低」と報じたので憲政史上最低だったかどうかは不明だが、おそらくメディアが正確に調べていれば戦前・戦中を含め明治維新以降の憲政史上で最低の投票率だったのではないかと私は思っている。
 それでもこのときの投票率は私の予想より高かった。投票日直前に各メディアが世論調査により「自民300を超える勢い」と報じたため、びっくりした無党派層が投票所に足を運んだ結果、私の予想を上回る投票率になり、その無党派層が消去法で共産党に票を投じた(比例代表区)と考えられる。その結果自民の当選者は300をかなり割り込み289人にとどまった。
 おそらく今予想されているように、来年1月の通常国会冒頭で安倍が衆院解散・総選挙に打って出れば、投票率は50%を切る可能性すらあると、私は考えている。ただ先の解散・総選挙のときのように、メディアが投票日直前になって自民大勝の世論調査結果を報道すれば、投票所に足を運ぶつもりがなかった無党派層が急きょ足を運ぶ可能性もある。その時までに新進党が実現可能な魅力的なマニフェストを打ち出せれば、無党派層の支持を受けることが出来るかもしれないが、それが不可能だった場合はやはり共産党が漁夫の利を得る可能性が高い。ただし先の参院選のように小選挙区で野党協力が機能すれば、民進党は小選挙区で当選者を増やす可能性はある。が、その場合でも比例代表区では新進党はかなり苦戦すると思われる。
 ただ野党共闘が実現するかは、まだ不明だ。民進党は小選挙区で共産党の力を借りたいだろうが、総選挙は国民に党の考えをアピールする最大の場である。これまで共産党は勝ち目がなくてもすべての選挙区で立候補者を立ててきた。共産党への支持率が少しずつでも上がってきたのは、そうした粘り強い戦いの結果でもある。先の参院選の1人区で共産党が立候補したのは香川県のみ。共産党が強い選挙区ではない。民進党にとっては形ばかりの借りを返したにすぎない。そうしたことへの不満が共産党員の中で渦巻きだしても不思議ではない。私は来年1月の総選挙の小選挙区で無条件で民進党議員を応援するとは思えない。もし野党共闘から共産党が外れたら、民進党は無残な結果になる。

 12月15日にはロシアのプーチン大統領が来日する。北方領土問題を巡って一定の進展が期待されてはいるが、外交はふたを開けるまでわからない。蓋が空いても、ひっくり返ることさえある。また外交の勝利で自民党の当選者が増えるという保証もない。過去の例を見ても、沖縄返還直後の総選挙では自民党は議席を増やしたが、日中国交回復直後の総選挙では自民党は議席を減らしている。来年1月の総選挙も、先の参院選のように野党協力が行われれば民進党は小選挙区でかなり議席を増やす可能性があり(比例代表区では減少するだろう)、一方共産党は無党派層の風を受けて比例代表区では議席を増やすことも考えられる。つまり、日ロ外交の成果が自民党にとって必ずしも有利な選挙状況をつくってくれるとは言えないのだ。

 ところで現在国会では、自民党の憲法改正草案を巡って、衆参で与野党の議論が盛んに行われているが、もし来年1月に解散・総選挙を強行すれば、安倍は何を選挙の争点にしようとするだろうか? 
 前回と同様、アベノミクスの継続を国民に問うのか。それとも憲法改正を無理やり争点にするつもりなのか。少なくとも「働き方改革」は争点にならない。
 すでに民進党は安倍の手のひらで踊らされている。民進党代表の蓮舫は自民党の憲法改正草案の一部について安倍に何度も噛みついている。たとえば家族の在り方も、蓮舫が主張するように憲法が国民に強いるような話ではないのは自明だ。そもそも大家族時代が崩壊して核家族時代に移行し、それに伴って少子化が急速に進んだのは先進国に共通した時代の流れであり、自民党草案はあたかも大家族時代への回帰を目的にしていると考えられないことはない。そんなことは、憲法でどんな家族論を打とうが不可能なことだ。
 憲法と法律の関係は、欧米を中心に議会制民主主義政治が世界各国に波及して以来、憲法は権力者(立法府)を縛るものであり、立法府(国会)で成立した法律は国民を縛るというのが大原則である。
 たとえば殺人罪についての刑の軽重は憲法で決めるべきことではなく、かつては自分の祖父母・両親・おじ・おばなど親等上、父母と同列以上にある血族(尊属)に対する殺人を、尊属以外への殺人より重罪としていた「尊属殺」は、憲法14条が定める「法の下の平等」に違反した法律だという判断が1973年4月、最高裁で下されて廃棄されたことすら憲法改正草案を作った自民党議員たちは忘れているようだ。
 さらに自民草案は「個人の自由」にも制限を盛り込もうとしている。つまり自由や権利には責任と義務が伴うというのだが、そんなことは民主主義社会では憲法に盛り込む必要のない自明の原理原則であって、法律は憲法で保障された自由に対しても憲法に抵触しない範囲での制限を設けている。憲法は基本的人権に基づいて個人の自由を認めているのであって、窃盗や殺人など犯罪の自由まで認めているわけではない。言論の自由にしても、現在の法律は無制限に認められているわけではなく、憲法で自由に制約をつくれば、それはもはや民主主義国家の憲法ではなく、共産主義国家の憲法と言わざるを得ない。
 安倍は蓮舫の自民草案批判に対し、「草案は谷垣総裁の時代につくられたものであり、私は関与していない。私は憲法改正のたたき台と位置付けている。民進党は自民草案を憲法改正のたたき台にしたくないのであれば、民進党の憲法草案を提出していただきたい。そのうえで、憲法審査会で大いに議論しようではないか」と余裕すら見せている。すでに安倍は、民進党が党として憲法改正草案などつくれっこないと読み切っているからだ。
 実際、蓮舫は代表選で勝利した後、「批判するだけでなく、提案・対案を出して国民に信を問う」と宣言したが、現実問題として野合政党に回帰した民進党で安全保障問題や憲法改正問題など、日本という国の在り方を巡っての民進党としての一致した政策を出そうとすれば、民進党は再び四分五裂しかねない。
 自民党もアベノミクスの崩壊によって経済政策や社会保障政策で行き詰ってはいるが、民進党も「では、どうすべきか」という対案が出せないままだ。選挙の際に各政党が掲げるマニフェストは、単に「絵に描いた餅」にすぎず、本当に食べられる餅にするにはどういう政策をとるべきかはどの政党も国民に語ろうとしない。が、政権の座に就いたら「実はマニフェストは絵に描いた餅でした」とは言えない。実際に食べられる餅にするための政策を提案し実行に移さなければ国民から見放される。実際、戦後衆院選で最大の308議席を獲得しながら、結局絵に描いた餅を食べられる餅に出来ず(つまり政策を提案し実行に移すことが出来ず)、国民から見放された旧民主党政権時代の反省抜きに再び野合政党に復帰した民進党への国民の信頼を回復するのはきわめて厳しいと言わざるを得ない。
 自民草案も、現行9条について現在の矛盾を解決しようと、自衛隊を「国防軍」と改め、自衛権を盛り込んでいるが、すでに現行9条は解釈改憲を何度も重ねてぼろぼろになっている。いまさら「国防軍」に名称変更しようが、自衛権を挿入しようが、事実上そういう状態に今の安全保障体制はなっている。ま、確かに「国防軍」に名称変更すれば、これまでのように「実力」などと外国人には理解できない位置付けを止めることが出来るようになるが…。
 
 現在自公だけでは参院では3分の2以上の議席に達していないが、日本維新の会や日本のこころなど改憲支持の野党との協力体制が確立すれば3分の2以上を占める。すでに衆院は自公だけで68%を占めており、現時点でも衆院では改憲の発議を行える状態にある。しかし総理の解散権は衆院にのみ認められており、いくら絶大な権力を誇る安倍でも参院を解散することは不可能だ。ではなぜ来年1月に衆院を解散する必要があるのか。安部にとって…。
 実は自民党の党大会は毎年1月の通常国会の前に行われている。その党大会を安倍は3月に延ばした。来年の党大会で重要なことを決めなければならないからだ。はっきり言おう。総裁任期についての党則を変更するには、総裁任期を2年しか残していない安倍にとって、再来年の党大会まで待てないからだ。
 つまり安倍の真実の狙いが、権力のさらなる強化を図り党則を改正すべく解散・総選挙をやるというのなら、安倍は小泉劇場の再現を目指しているのかもしれない。小泉は郵政民営化を実現するため、衆院ではかろうじて法案を通過させたものの、参院で過半数の支持を得ることが困難な状況で衆院を解散して総選挙を強行し、衆院で法案に反対票を投じた自民党議員(全員除名)の選挙区に落下傘部隊を投入し(例えば反対票を投じた小林興起の選挙区である東京10区では小池百合子を自民党公認候補として擁立し小林を落選させた)、衆院における小泉支持勢力を一気に拡大した(この選挙で当選した新人議員を小泉チルドレンという)。結果、参院では民営化に反対する自民党議員が一人も出ず、小泉は郵政民営化に成功した。
 安倍は小泉劇場の再現によって来年の党大会で党則を改正し、長期政権を図ろうとしているのだろう。論理的に考えると、そういう結論しかありえない。


 

 









 

 
 
 
 
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アベノミクスはなぜ失敗したのか? ②   安倍も」黒田も何も分かっていないからだ。

2016-09-10 01:20:44 | Weblog
 アベノミクス失敗の原因は金融政策(金融緩和による円安誘導)だけではないが、金融政策の分析だけでも1回のブログでは書き切れず、前回のブログでは中途半端な終わり方をして申し訳なかった。デフレ不況克服のために行ったアベノミクスの金融政策(アベノサイクル…私の造語)の検証作業を続ける。

 ① 金融緩和(通常は公定歩合=日銀が銀行に貸し出す時の金利=を引き下げて金融市場に大量の通貨を供給すること)により、銀行が設備投資などを目的とした企業への融資に積極的になる。
 ② 日銀が通貨(円)の供給量を増やせば、当然だが一般の商品と同様需給関係により円の価値が下落する(円安になる)投資家にとっては通貨も株や原油などと同様投資対象だからだ。さらに日銀が為替市場に介入して円を売りドルを買えば、円安は一層進む。
 ③ 円安になれば輸入品の価格が上昇し、日本経済はデフレ状態から脱却して物価が上昇する(日銀・黒田総裁は2年間で物価を2%上げるという目標を掲げた)。物価が上昇すれば日本企業も価格競争から免れ積極的な経営に転換する。
 ④ また日本商品の輸出も円安によって国際競争力が回復し、輸出産業は商品を増産するため設備投資を行い、雇用も増える。
 ⑤ 雇用が増えれば、労働力(これも商品)の需給関係が好転して労働者の賃金も増加し、消費の拡大につながる。→③効果がさらに大きくなり→④→⑤→③…というアベノサイクルが実現する。
 こうした景気循環を期待したのがアベノミクスの狙いだった。

 なお日銀の国債購入の増加はアベノサイクルのためではない。アベノミクスのもう一つの経済政策である公共工事のための財政出動を支えるためである。この不況脱出の手法はかつてケインズが学説として唱え、1929年10月、アメリカで勃発した世界恐慌(デフレ不況)を当時のルーズベルト大統領が1933年から始めた銀行救済策と大規模公共工事によって不況から脱出したニューディール政策の焼き直しでしかない。
 実は日本は、世界恐慌の前の1927年に昭和金融恐慌が発生して銀行への取り付け騒動が生じたが、当時の高橋是清蔵相が「ニセ札」(表面だけ印刷。裏面は印刷なし)を大量に発行して銀行窓口に積み上げ、取り付け騒動を収束したことがある。が、その後日本も世界恐慌の荒波にもまれ、やはり高橋是清が軍事産業を中心に大規模な財政出動を行い(1931年)、雇用の安定とデフレ不況からの脱出に成功した。世界恐慌からの脱出に成功したのは日本が最初である。
 ついでにアベノミクスの「第2の矢」である大胆な財政出動による公共工事は、世界恐慌の時代と異なり不況脱出の効果はあまり期待できないことを明らかにしておこう。世界恐慌の時代は①世界的に大失業時代だったこと、②しかも労働者の大半はブルーカラー族で公共工事に要した費用の大半は人件費(雇用の拡大と賃金の上昇)に費やされ、そのことによって消費が回復し一般産業も不況から脱出できたこと、③しかし、現在の日本の労働力は男女を問わず高学歴化し、いくら公共工事を行っても高学歴者の雇用の拡大にはつながらないこと、④しかも理系学卒者の雇用は別に公共工事を行おうと行うまいと以前から売り手市場が続いている一方、文系学卒者の仕事(主に事務職)はどんどんIT化して買い手市場のままであり、その結果「大学は出たけれど正規社員の就職先はきわめて少ない」という状況がかなり前から固定化していること。
 安倍総理は、アベノミクス効果の一つとして失業率の改善を掲げているが、それは非正規社員の増加によって見かけ上改善しているかに見えるだけで、文系学卒者の初任給平均(大企業だけでなく中小零細まで含めての)が、安倍政権が誕生して以来どの程度アップしているのか、データがないので事実は不明だが疑問に思わざるを得ない。厚労省は民主党政権時からの学卒者(理系・文系に分けて)の初任給調査(必ず調査しているはずだ。もししていないのであれば就職関連の大企業であるリクルートは行っているだろうからリクルートに情報提供してもらえばいい)の結果を発表すべきだ。
 また初任給調査だけでなく、入社後の給与の推移も理系・文系に分けて調査すべきだ。そうすれば見かけ上の失業率ではなく、失業率が改善しているにもかかわらずなぜそれが消費活動に結びついていないのかが明らかになる。

 アベノミクスの経済政策に戻る。読者も、なぜアベノサイクルが「絵に描いた餅」にしかならなかったのか、かなり見えてきたと思う。
 日銀の金融緩和策(固定歩合引き下げ=利下げ)と為替相場への介入は確かに一時的な効果はあった。円相場は2015年春ごろにはピークの1ドル=125円前後で推移したが、今年に入って急激に円高に振れ出し、いまは1ドル=103円前後で推移している。
 だが、円安傾向にあった時期、日本経済はどうだったか。株価は一時的にミニ・バブルを生じたが、日経平均は昨年末には約1万9000円だったのが、今年に入った瞬間円が急速に高騰し、株価も暴落して一時は1万5000円割れの状態も危惧されるようになった。株価が高値を付けていたころに消費が拡大して物価が順調に上がったかというと、そういう傾向もまったく見られなかった。
 なお為替政策はあくまで結果で判断するしかない。円安誘導すれば(円の価値が下がること)、確かに輸出価格は下がり(理論上そうなるが、日本の場合、そうならなかった)、輸入価格は上昇する。結果で判断するしかないのだから、結果を検証しよう。実は前回のブログで日本企業の体質を、日本の輸出大企業がプラザ合意を台無しにしたことの意味を問うことによって明らかにしたのは、日銀の為替政策の目的をまたもや日本の大企業が台無しにしてしまったことを証明するためだった。
 プラザ合意後の自動車や電気産業など日本を代表する輸出大企業は、日本の消費者を犠牲にすることによって輸出価格を為替に連動させなかったことを前回のブログでは明らかにした。なぜ大企業は輸出価格を為替に連動させなかったのか。
 当時、日本のメーカーはまだ海外進出をしていなかった。が、アメリカでは大企業が国内労働力の高騰(アメリカは世界最大の保守大国と思っている人が多いが、実は労働組合が日本では考えられないほど大きな力を持っている)に音を上げており、海外の安い労働力を求めて海外進出をしていた。そのためアメリカでは「産業の空洞化」が進み、それがアメリカ産業界の国際競争力を低下させていたのである。プラザ会議(5G)はアメリカが自国産業の国際競争力を回復させるため日・独・英・仏の4か国に頭を下げてドル安誘導の協調介入を頼んだのが真相だった。アメリカの産業空洞化を招いたのはアメリカ自身であり、その結果ドル高(=デフレ不況の原因)になったとしてもそれは本来アメリカの自己責任である。アメリカはG5によってドル安誘導の国際協調介入を先進4か国に頭を下げて頼んだが、実は英・仏の協力は必要なかった。アメリカの狙いは貿易赤字の最大の競争国である日・独にドル安誘導に協力させて国内産業の国際競争力を回復することが本当の狙いだった。
 さらに副次的にレーガン大統領の経済政策(レーガノミクス)もドルが実力以上に高くしたことも指摘しておく。アベノミクスの語源といってもいいだろうレーガノミクスは①歳出削減②大幅減税③規制緩和④通貨供給量抑制、の4本柱からなっていた。当時アメリカはカーター大統領の過度な景気刺激策による財政赤字と貿易赤字という双子の赤字を抱えており、この双子の赤字から脱却することがレーガノミクスの目的だった。
 具体的には歳出削減のために高金利政策(その手段として行ったのがアベノミクスとは反対の通貨供給量削減によるデフレ政策)を採った。結果的にはレーガノミクスによって双子の赤字はかなり解消できたのだが、その反面レーガン政権の1年後には市場金利が20%を超え猛烈なドル高が始まったという結果も生んだ。そして当然の結果としてドル高によるデフレ不況にアメリカは見舞われる。誇り高いアメリカが5Gに開催を日・独などに呼びかけてドル安誘導を頼んだ背景には、そういう経緯もあった。
 なぜレーガノミクスが失敗に終わったのか。アベノミクスがデフレ不況克服のために円安政策をとったのと、実は同じ原理が国際金融市場で働いたのである。アメリカが金融引き締めのために高金利政策をとれば、当然世界のマネー
がドルに集中する。年利20%という高金利のドルは、投資家にとって極めて魅力的な金融商品になったからだ。
 実は同じ失敗を日本もバブル退治のためにやった。バブルという資産インフレを退治するため政府と日銀はレーガノミクスと同じ経済政策を行った。まず大蔵省が「総量規制」という金融機関への行政指導(不動産投資の抑制策)を行い、日銀の三重野総裁は高金利による資産インフレ抑制策を行ったことがある。この経済政策が円高によるデフレ不況を生み、「失われた20年」が始まる。日本の金利が高くなれば、世界の投資家にとっては円はきわめて魅力的な金融商品になり、円高・デフレに陥るのは当然すぎるほど当然の結果だった。
 ではアベノミクスによって、輸出大企業はどういう経営戦略をとったのか。またプラザ合意の際、日本の輸出大企業がどういう経営戦略をとったのかを考えてもらいたい。プラザ合意でG5がドル安への協調介入したのは、アメリカがこけたら世界経済が大混乱に陥る。それだけは避けたいという先進5か国とくに日・独の自己保存本能からだった。実はG5には日・独だけでなく英・仏も入っていた。だが、アメリカの狙いはすでに述べたように日本とドイツの2か国だった。アメリカにとってイギリスとフランスは国際経済競争にとって脅威でもなんでもなかった。イギリスやフランスからの輸入品がアメリカ産業を脅かすような国際競争力を持っていなかったからだ。
 ではなぜG5に英・仏を入れたのか。当時国際経済のけん引力になっていたのが日本とドイツだった。かといって、アメリカの国益だけのために日本とドイツとだけとG3を構成すれば英・仏の反発は必至になる。英・仏がドイツの輸出攻勢でどういう苦境にあったかは私も知らない。メディアがG5の背景を分析したことがなかったからだ。これは私の想像だが、英・仏もドイツの輸出攻勢に悲鳴を上げていたのではないだろうか。アメリカが英・仏を巻き込んでプラザ合意を実現できたのは、たぶんヨーロッパ市場のドイツの影響力を考慮したためで、ある意味ではアメリカがG5に英・仏を招いたのは英・仏にとっても極めて好都合だったからではないだろうか。実際プラザ合意のかなり前から(77年ころ)からアメリカは「日・独機関車論」「米・日・独機関車論」が経済学者の間で喧伝されており、日・読者センターは自国の利益のためではなく世界経済の発展のために機関車的役割を果たすべきだという主張が強まっていた。
 いずれにせよ、プラザ合意にも関わらず。日本の輸出大メーカーは前回のブログで明らかにしたようにドル安誘導を事実上台無しにしてしまった。日本メーカーが為替相場に連動して輸入価格を引き上げていれば、プラザ合意以降たった2年で円が対ドル相場で2倍になるようなことはありえなかったはずだ。またプラザ合意以降日本企業の身勝手さは一部のマスコミから指摘されていたが、ドイツの輸出大企業は為替相場に連動してアメリカへの輸出価格を引き上げた。そのためアメリカとドイツの間には貿易摩擦は生じなかったが、日本企業はかえってアメリカとの貿易摩擦を激化する方針をとった。データがないので推測で書くが、円・ドル為替相場は2年で倍になったが(これは事実)、ドイツ・マルクは極端に暴騰することはなかったと思う。つまり、対ドル相場では円は世界中の通貨で独歩高になったのである。
 ではなぜ日本企業はそこまでしてプラザ合意を台無しにしてしまったのか。当時の日本企業は、まだ積極的な海外進出を始めていず、また国内では「年功序列・終身雇用」の日本型経営が続いていた。たとえばプラザ合意のかなり前だが、松下がコンピュータ・ビジネスに参入したことがある。松下電器産業の創業者の松下幸之助氏が将来はコンピュータが産業の主力になると考えたのだが、決断を下すのが遅すぎた。すでに当時、通産省はコンピュータ産業が日本経済の未来を左右すると考え、国際競争に勝つためコンピュータ業界の再編成に着手していた。松下がコンピュータ産業に参入しようとしたときには、通産省の再編成構想がすでにまとまっており、松下が参入する余地がなかったのだ。
 結果、松下はコンピュータ事業からの撤退を余儀なくされ、有名な熱海会議(松下系の販売店主を集めた会議)で、幸之助が頭を下げ、「この失敗による販売店各社へのご迷惑は松下自身が血を流すことで回復します」と涙を流して謝罪した。これが日本企業の良く言えば共同体意識、悪く言えば経営者が責任を転化するための典型的なケースだった。1980年代までは、そうした日本型経営を日本のメディアは美談として伝えた。
 当時の日本企業は利益よりシェア拡大を重視していた。シェアの拡大は生産量の増大を意味し、生産量が増えれば生産コストを下げることが出来る。企業の利益はその結果として生じる。
 シェア至上主義があながち間違っているわけではないが、そうした企業戦略がアメリカとの貿易摩擦を起こすことになる。
 日本の企業の大半は年度決算である。とくに上場企業の決算期は3月末に集中しており、株主総会も大半の企業が特定の日に集中していた(最近は多少ばらついているが)。そして株主への配当も極力抑え、利益の大半は設備投資に回してきた。生産量を増やしシェアを高めるためである。
 一方アメリカは四半期決算が大半で、株主の力が強く、利益は株主のものという考え方が伝統的に培われてきた。そのため長期的視野に立った経営が出来ず、経営者は四半期ごとの利益をいかに増やすかに心を砕かざるをえない。さらに利益の大半を株主への配当に回さざるを得ないため、設備投資資金は銀行から融資を受けるか、増資に頼るしかなかった。企業が利益を出し続けていれば銀行も融資してくれるし、増資もできるが、少しでも先行き不安感が出てくると融資も増資も不可能になる。またアメリカでは会社は商品という考え方が根強く、経営者は先行きに不透明感が出ると、創業者でもさっさと会社を売ってしまう。
 こうした日本とアメリカの伝統的な企業意識の違いが日米摩擦を激化させていく。また戦後の日本経済復興のために通産省がとってきた輸出振興策と産業育成策を、すでにアメリカとの貿易摩擦を生じるまで日本産業界の力がついてきた80年代に入っても継続してきたことも、アメリカを怒らせた大きな原因の一つであった。いわゆる日本の関税障壁である。
 そうした中で89年9月から90年6月にかけて日米構造協議が行われた。この協議はアメリカが日本の関税障壁を槍玉に挙げるために開かれた。
 日本もアメリカ型経営の欠陥(株主重視のため長期的視野での経営ができないこと)を指摘したが、アメリカはPRがもっと巧みだった。「日本は生産者中心主義で消費者中心の経済政策をとっていない。もし日本がアメリカ牛の関税を大幅に引き下げれば、日本人は週に2回、ステーキを食べられる」と日本の関税障壁を問題化した。「われわれは日本の消費者の要求を代弁しているだけだ」「最終的な勝利者は日本の消費者だ」と。
 このアメリカ側のレトリックを日本のマスコミの大半が支持した。
 実は日本が社会主義的、欧米社会とは異質だとアメリカから指摘されてきた最大の理由は、アメリカのような弱肉強食の自由競争主義ではなく、基本的には弱者救済横並びの経済構造を重視してきたからである。金融機関に対する護送船団方式や大店法による零細小売業者に対する保護政策もその一つで、そうした日本経済政策の保護主義もアメリカは鋭く追及してきた。皮肉なことにポスト・オバマを狙っている共和党のトランプ氏も民主党のヒラリー・クリントン氏もTPPの批准に反対しており保護主義に舵を切ろうとしているが…。
 結局アメリカが日米構造協議で事実上の勝利を収めた。シェアを維持するため(=生産量を減少させない=生産コストの上昇を抑える――すなわちシェア至上主義)、国内では合理化努力の成果を消費者に還元せず、アメリカにはダンピング輸出をするという従来のやり方は通用しなくなった。日本の大企業がそれまでの国内生産中心主義から工場の海外移転に経営方針を大きく転換したのは日米構造協議以降である。
 工場の海外移転は、とくにバブル期に大幅に上昇した国内の賃金が企業にとって大きな負担になり、安い労働力を求めて海外への移転に拍車がかかったことも大きな海外進出の要因である。日本企業の海外進出が進むにつれ、当然の結果として国内の賃金も相対的に抑えられ、さらに正規社員の採用も手控えるようになり、終身雇用・年功序列の日本型経営を支えてきたベースアップも姿を消していく。
 そうした状況の中でバブル(資産インフレ)を退治するために大蔵省と日銀が二人三脚でとってきたデフレ政策が日本経済の足腰を弱めていった。こうして「失われた20年」が日本を襲ったのである。
 アベノミクスは、この「失われた20年」に終止符を打つために経済政策の柱として円安誘導したことについては周知のことで、私もすでに述べた。
 しかし、いかなる政策もプラス面とマイナス面がある。政治家は政策を主張する際、プラス面とマイナス面の両方を正確に国民に訴えて、プラス効果がマイナス面を打ち消すにはどうすべきかを国民に説明すべきなのだが、自らが所属する政党の政策のプラス・マイナスの両面を国民に正直に訴えて国民に信を問う政治家を、残念ながら私はいまだに見たことがない。
 これは結果論と言ってしまえば結果論だが、基本的には民主党の野田前総理との約束を守って消費税を8%に引き上げると同時に金融緩和による円安誘導を行ったことに、アベノミクスが失敗に終わった最大の原因がある、と私は考えている。
 消費税を引き上げれば、当然消費は落ち込む。だから円安誘導でデフレ不況を克服するための経済政策は、消費が回復してから行うべきだった。
 「円高によるデフレ不況の克服」を安倍総理は経済政策の柱の一つにしたが、実は円高によるデフレは、消費者や中小零細企業(とくに部品メーカー)にとっては輸入品が安く買えるわけだから必ずしも悪いことだけではない。輸入品が値下がりすれば、競争原理から輸入品と競合する国産品も値下げせざるを得ない。消費の拡大にとって、デフレは悪いことではない。ところが消費税を上げて消費者の消費意欲が減少する中で、円安による輸入品の高騰を招けば消費者や中小零細企業にとってはダブル・パンチになる。いや、実際にそうなった。

 余談だが、消費税増税でちょっとおかしな現象が生じていることを指摘しておく。メディアもまったく気づいていないようだし(そのこと自体が不思議なのだが)、財務省も問題視していないことだ。というのはいきなり8%の消費税をかけたのではなく、従来5%だったのを8%に上げたはずなのに、かなりの小売業者が消費税アップ前の価格に消費税として8%を上乗せしていることだ。消費税5%の時代には政府は内税方式を小売業者に行政指導した。だから8%にアップする前の価格にはすでに内税として5%の消費税が含まれていた。
 消費税アップ後の「ネコババ」企業でもっともわかりやすいのはダイソーやキャンドゥなどの100円ショップだ。消費税アップ前には100円の商品価格にすでに5%分の消費税が内税として含まれていた。だからやや乱暴な単純計算だが、消費税アップ後の100円ショップの商品価格は103円でなければおかしい。が、現在すべて100円ショップの商品価格は税込みで108円である。つまり5+8=13%もの消費税を100円ショップは客から取っていることになる。つまり差額の5%分(5円)は脱税しているということになりはしないか。脱税ではないというなら100円ショップの名前を変えて105円ショップ(外税で)に業名を変えるべきだろう。

 重箱の隅を突くような話で申し訳なかったが、アベノミクスが「絵に描いた餅」に終わったことがやっとわかったからといって、今さら手のひらを返すように経済政策(金融緩和による円安誘導)を「止めた」と変えるわけにもいかない。そんなことをしたら、当然安倍総理は引責辞任に追い込まれるからだ。
 安倍総理は円安によって輸出産業の国際競争力が回復して日本経済が活性化すると考えたのだろうが、前回のブログで述べたように、輸出企業は国際競争力を高めようとしなかった。具体的には為替相場に連動して輸出価格を下げずに、据え置いたのである。輸出価格を下げて輸出を増やせば、当然設備投資というリスクを抱えることになる。プラザ合意後の円高の中で輸出企業がシェアを落とさないため(=生産量をへらさないため)に、日本の消費者を犠牲にしてアメリカにダンピング輸出したのと同じ論理である。ただ昔と違うのは企業の基本的経営方針がシェア拡大から生産量の維持(増加も減少もしない)に変わっただけである。この方針によって輸出企業には膨大な為替差益が生じ、輸出産業株のミニバブル化を招いたのである。つまり円安誘導で期待したアベノサイクルが砂上の楼閣に終わったのはこうした経緯による。
 かといって私は日本企業のモラル低下だけを追求するつもりはない。アメリカでも、またすべての国が自国中心の経済政策をとっており、日本だけが特別に悪質な企業のビヘイビアを容認してきたわけでもない。ただ、アメリカはアンフェアな企業のビヘイビアに対して厳しい罰則を科している。たとえばインサイダー取引によって莫大な利益を上げた中堅証券会社のドレクセル証券は莫大な課徴金をSEC(米証券監視委)から科せられて潰されたし、世界的大企業のエネルギー会社のエンリコも不正申告を追及され、不正申告に協力した世界ナンバー2の監査法人・アンダーセンも共に壊滅された。あまたの犠牲を生み続けながら銃規制ができないアメリカを考えると、アメリカ国民(政府も)のモラルはどうなっているのか疑問を持っている人は日本人の大半を占めている。
 ただアメリカは経済活動に関しては不正行為にきわめて厳しく(日本企業の輸出品の欠陥に対する罰則は、日本では考えられないほど厳しいことは周知の事実だ)、日本最大の証券会社の野村証券が行った不正行為(暴力団とつるんだ東急電鉄の株価操作や大口投資家への損失補てんなど)は、アメリカでやっていたらとっくに潰されていた。基本的にアメリカでは不正利益に対する罰則は、不正に得た利益の3倍の課徴金を科すことが原則になっており、脱税やインサイダーなどの不正取引は、発覚するとまず倒産に追い込まれる。経済犯罪に甘い日本は、少なくともこうした厳しさはアメリカから学ぶべきだろう。
 最後に、前回のブログで述べた日本の大企業(自動車や電気などの輸出産業)が、なぜ安倍内閣が吹いた増え(円安による輸出競争力の回復)に踊らず、為替差益を内部留保として貯めこんだホントウの理由について述べておく。
 すでに述べたように日米構造協議以降、日本の大企業(メーカー)は安価な労働力を求めて海外に進出した。またそれまでのシェア至上主義も捨て、利益優先、株主重視に経営方針を転換してきた。
 また国内では少子高齢化が進み、消費も減少傾向が否応なく進んだ。とりわけ電気製品や自動車などの耐久消費財の国内市場は冷え込んだままだ。一定の買い替え需要が見込まれてきたテレビは、ブラウン管から液晶に転換し、寿命が倍に伸びたと言われている。また若者のクルマ離れも急速に進んだ。若い人たちが、公共交通網が発達した大都市に集中し、クルマを必要としなくなったことが大きい。政府は自動車産業を守るためハイブリッド車などへの支援策をとっているが、大都市でクルマを維持するコストが高く、若者には手が出なくなってしまったからだ。
 そのため自動車産業界は国内での設備投資に大きなリスクを感じている。安倍総理が吹いた笛に踊らなかったのはそのためである。電器産業界も、設備投資による供給過剰になるリスクを避けた。こうした事情が、大企業が為替差益を内部留保として貯めこんだホントウの理由である。メディアも政治家もそのことに気付いていないが…。
(次回はアベノミクスの成長戦略の柱として始まった「働き方改革」について検証する)
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アベノミクスはなぜ失敗したのか? ①

2016-09-01 07:45:46 | Weblog
 三菱自動車の不正がまた発覚した。国交省による検査の結果、燃費の不正表示が新たに明らかになったのだ。
 またパソコン販売大手(東証1部上場)のPC DEPOTの悪質な詐欺まがいの事件も発覚した。
 一方救われる気持ちになったのは、スズキ自動車の燃費表示が国交省の定めた検査方法に従わなかったにもかかわらず、国交省が行った検査の結果、すべての機種がカタログ表示を上回る燃費だったことが明らかになった。ということは、スズキの場合、国交省が定めた検査方法より厳しい条件で検査を行ったためと考えてもいいだろう。私は日本産業界にも良心的な企業が生き残っていることに、かすかな期待を持った。
 いずれにせよ、直近のこうした大企業の消費者に対する対応について、大企業経営者のモラルについて考えざるを得なくなった。
 私は前から思っていたことだが、スズキのようなケースは別にして日本の大企業のモラルに不信感を抱いていた。

 第1次アベノミクスによって政府と日銀による円安誘導が行われた。円安誘導の理由は二つ。一つはデフレ不況の克服。二つ目は円安による輸出企業の国際競争力の回復。
 が、第1次アベノミクスは砂上の楼閣にすぎなかった。円安誘導によって日本メーカーの国際競争力は確かに回復できるはずだったが、肝心のメーカーが国際競争力を回復しようとしなかった。
 為替の原理は理論上「購買力平価」によって左右されるはずだ。つまり1ドル=100円の為替相場の場合、アメリカでは1ドルで日本円価格100円の商品が買えることを意味する(商品の輸送費などは上乗せされるが)。ということは1ドル=100円の場合、1ドル=120円になった場合、日本では120円で売っている商品はアメリカなら1ドル(プラス輸送費)で買えることになる。つまり日本メーカーは為替が対ドル20円安くなれば、アメリカでは20%安く売らなければならない(輸送費は別途)。当然日本メーカーの輸出が増大し、メーカーは【商品の増産→設備投資→雇用の増大→消費の拡大→企業の設備投資】に舵を切るだろうという期待がアベノミクスの原点だった。
 が、日本メーカーは安倍総理が吹く笛に踊らなかった。メーカーは輸出量を増やさず(つまり商品の増産→設備投資→雇用増大…のサイクルに乗らなかったということ)、輸出価格を据え置いて為替差益で膨大な利益を手に入れた。結果として輸出大企業の株価は暴騰したが、アベノミクス・サイクルは砂上の楼閣にすぎなかった。メーカーは、国際競争力が回復したにもかかわらず輸出価格を据え置き(当然為替差益だけが増大する)、為替差益を内部留保として貯めこんでしまったからだ。
 政府・日銀が円安政策をとれば、輸出企業には有利になるが、大メーカーの下請けになっている中小企業は部品などを直接輸出で利益を上げるより、部品原料の輸入費の増大でかえって赤字が増える。つまり今まで100円で輸入できていた原料が120円払わなければ輸入できなくなるからだ。安倍総理はそこまでアベノミクスのプラス・マイナスを考慮していたのか。いまの円高は世界のヘッジ・ファンドがそこを見切っていたからだ。
 実は、こうした日本大企業のモラルの低さはすでに1985年のプラザ合意のときに明らかになっていた。このプラザ合意は世界の先進国5か国(米・英・仏・独・日5か国の中央銀行総裁・金融相大臣)がアメリカ経済の立て直しに協力しようということで、ニューヨークのプラザホテルに集まり、ドル安の協調介入をすることで合意した会議である。当時の円・ドル為替相場は1ドル=240円だったが、わずか2年後には1ドル=120円まで円が暴騰した。
 円の価値が2倍になったのであれば、購買力平価の原則からすれば日本での売価100円の商品はアメリカに輸出した場合、アメリカでの販売価格は2ドルにならなければおかしい。が、日本メーカーは円の価値が2倍になったにもかかわらずアメリカへの輸出価格を据え置いた。一方円の価値が倍になったにもかかわらず、日本製品の日本での価格は据え置いたままだった。その結果、妙なことが生じた。日本製品の自動車や電気製品、カメラ、時計、ゴルフ用品が、日本で買うよりアメリカで買った方が安いという「逆内外価格差」が生じたのだ。自動車のように持ち帰りできない大きな商品は「並行輸入」で輸送費を払ってもペイする時代だった。また特例だが、並行輸入するまでもなく、輸出自動車を日本でも輸出価格で買うことができた。左ハンドルだが、日本での右ハンドルの正規販売の半値で買えた。そのくらい、日本車の正規販売車と輸出車の価格差があったのである。私自身が某銀行のコネで輸出車を半値で買えたので間違いはない。言っておくが、これは犯罪行為ではない。
 これにはおとなしい日本人もさすがに怒った。「並行輸入が爆発的に生じたのはそのときである。そしてこうした日米内外客価格差が生じることによってアメリカ国内で猛烈なジャパンバッシングが生じた。アメリカの自動車の聖地であるテトロイトでは日本車に対する暴動騒ぎまで生じた。
 そのころある月刊誌で私は松下電器(現パナソニック)の谷井社長とインタビューした。その一部を転載する。

小林 この1年間で3回ほどアメリカ取材のたびに肌で感じたことですが、衣食住遊のほとんどすべてがアメリカの方が安い。私に限らず、それが消費者の実感ではないでしょうか。
谷井 それはそうでしょうねぇ。
小林 ということは円は実力以上に高くなりすぎているのではないか、という気がします。実際、エコノミクスの多くは170~80円が妥当じゃないかと言っていますが、消費者の貨幣感覚というか、あるいは購買力平価を基本にした考えからすると円はちょっと高すぎるという思いがするのですが…。
谷井 消費者の身近な物価から行きますと、確かに、たとえば肉はどうだとか、コメはどうだとか、よく言われますけれども、むしろ日本の場合、そういう面で行くと日本の土地、電気製品、カメラ、そのほかもろもろの値段が為替とリンクした評価になっていないんで、全体のバランスがとれていないんという面もあるんじゃないでしょうか。
小林 もちろん、すべてが購買力平価に即してバランスがとれるということはありません。ただ本来日本のはずが安いはずの工業製品、たとえばカメラとかビデオといったものまでアメリカで買った方が安い。こういうことが起きるのはおかしいじゃないかと…。
谷井 それは円が強くなるから、一時的にそういう現象が起こるんでしょう。ある意味から行くと、じゃあもう少し円が弱くなればバランスがとれるんだという理屈が成り立つんですよね。しかし、また一方において、アメリカの流通と日本の流通とが、逆に向こうから言われるように何かおかしいんじゃないかと。だから、むしろ日本の方が高いんじゃないかというような見方もありますから、商品によって一律には言えませんね。
小林 円はこの2年ちょっとの間にほぼ倍になりました。本来なら、アメリカでの日本製品の販売価格は倍になっていなければおかしいのですが、自動車が20~30%アップ、電気製品に至っては10~15%しか値上がりしていません。
 どうして10%や20%の値上げに抑えることが出来たのかと聞くと、メーカーは合理化努力の成果だと主張する。もしそうなら、日本での生産コストは半分近くに下がっていることになる。だったら、どうして日本の消費者はその恩恵を受けることが出来ないのか、という点です。アメリカ人だけが、日本メーカーの合理化努力の恩恵を受けて、日本人は受けていないわけです。
 また、アメリカにほとんど競争相手がいないカメラのような製品でも、円が倍になったからと輸出価格も倍にすると、アメリカ人の購買限度額を超えるバカ高い値段になってしまう。30%か35%の値上げが限界のようですね。
谷井 そうでしょうね。
小林 まして、国内の消費者にシワ寄せできない零細輸出業者はアップアップしていますよ。さらに、今回の新貿易法案の狙いもそうですが、プラザ合意でG5各国がドル安基調に合意した目的は、疲弊しつつあるアメリカ産業界の回復にあったはずです。(中略)それなのに、“合理化努力”によって円高効果を灰にしてしまったのが日本メーカー。しかも、日本国内では値下げしていないん
ですから、アメリカ側がダンピング輸出だと怒るのは当り前です。
 とくに自動車業界と電機業界、自動車ならトヨタとか日産、電機なら松下とか日立といった大メーカーの経営者はその点を自覚すべきだと思うんですが。
谷井 いまおっしゃったなかで、もちろん同感なところもあります。ただ国によって価格差があるという点ですが、一時的には確かにあります。しかし、これは異常な為替の結果だと思うんですよ。日本でつくっている製品が、船で運んで行った国では安く、むしろ日本では高いじゃないかと、恩恵を受けていな
いじゃないかと。一部現象的にはそういうことは否定しませんけどね。

 この時期、アメリカではジャパン・バッシングの嵐が吹き荒れていた。日本メーカーのダンピング輸出で職を奪われたデトロイトの自動車工場の労働者が日本車を道路の真ん中に引きずり出してハンマーで叩き壊し、火をつけるという騒ぎが日本のメディアでも盛んに報道された。
 そうした過激なジャパン・バッシングの嵐に歩調を合わせるかのように米知識人やメディアで吹き荒れ出したのが「日本人異質論」であった。私はこの時期、「アメリカ人から見て日本人が異質だというなら、私たち日本人に言わせてもらうとアメリカ人こそ異質だということになる。国が違えば文化も違う。アメリカの文化と日本の文化が違うのは当然で、日本は“アメリカ人は異質だ”と決めつけたことはない。アメリカは何様だと思っているのか」と新聞のコラムで書いたことがある。このコラムは日本で相当大きな反響を呼び、読者の多くから支持を受けた。論理的に物事を考えるということは、そういうことを意味する。
 実は、少しさかのぼるが日米間で貿易摩擦が火を噴く少し前(1970年代後半から80年代初めにかけて)には、アメリカの経営学者たちの間で「日本型経営から学ぶべきだ」という主張が強まり、実際アメリカから経営者たちが日本企業の経営実態を見学に来るツアーが何度も行われたほどだった。
 先に述べたことと、その数年後にアメリカで生じたパーセプション・ギャップは何を意味するのか。実は、この問題を解くキーワードは「石油ショック」である。自前の石油資源をほとんど持っていない日本企業にとって、石油ショックは戦後の高度経済の果実を一気に台無しにしかねないほどの大打撃だった。かといって先の大戦のように、石油資源を求めて東南アジアの石油産出国を侵略するなどということは出来ない。石油ショックを克服するために日本企業と官民が二人三脚で取り組んだ技術革新が、日本産業界を救った。その技術革新の合言葉は3つあった。
 ●省エネ省力
 ●軽薄短小
 ●メカトロニクス
 そしてこの合言葉で日本産業界が政府の支援を受けて総力を挙げて取り組んだのがエレクトロニクスの技術革新、とりわけその核とも言える半導体の技術革新だった。
 実は70年代、アメリカは半導体で世界のトップを走り続けていた。が、アメリカは産油国ということもあって日本ほどには石油ショックの打撃を受けなかった。つまり王座の地位にあぐらをかいていたのである。実際70年代は世界の半導体市場でアメリカは70%を超えており、日本製品のシェアは15%だった。
 が、一方は石油ショックで猛烈な危機感を抱いて走り出し、他方はそれまでの技術的優位性にあぐらをかく――当全日本勢の足音はアメリカ半導体業界の足元まで迫っていった。そして、ついにその日が来た。
 80年3月、ワシントンで行われたエレクトロ・セミナーの場で、当時世界の世界最大の半導体ユーザーだった計測器メーカーのHP(ヒューレット・パッカード)のアンダーソン技師が、自社で使用している半導体(アメリカメーカー3社、日本メーカー3社)の品質検査の結果を発表したのである。そのデータが世界のエレクトロニクス業界を驚愕させた。
 エレクトロニクス関連の会社は必ず購入した半導体の抜き取り品質検査を行う。HPは最近購入する米半導体の欠陥率が高いことに気付き、米製品15万個、日本製品も15万個を抜き取り検査したのである。その結果はこうだった。
 米3社の総合評価 A社86点、B社63点、C社48点。
 日3社の総合評価 D社90点、E社87点、F社87点。
 日本の半導体産業が一気にアメリカを追い抜いて世界のトップに躍り出た瞬間だった。当然日本製の半導体を使って省力省エネを実現した日本の自動車や電気製品はアメリカで飛ぶように売れ、日本産業は戦後最大の危機とされた石油ショックを乗り越えたのだ。
 そういう意味では私は、石油ショックは日本にとって「神風」になったと考えている。石油ショックという危機的状況に日本が陥らなかったら、日本が世界のエレクトロニクス産業界をけん引することはなかったと思う。そしてこの時期にはアメリカでも日本の努力を称賛し、日本型経営から学ぶべきだという声が高まった。たとえば日本でもベストセラーになった『ジャパン・アズ・ナンバー1』や『エクセレント・カンパニー』は日本型経営から学ぶべきことや、IBM、GE,ゼロックスなどアメリカの優良企業と日本の一流企業の共通点を分析した本が大きな話題を呼んだ。
 たとえば『ジャパン・アズ・ナンバーワン』、は79年に米ハーバード大学教授で社会学者のエズラ・ヴォ―ゲル氏日本型経営の優れた点として次のような特徴を指摘している。現在の「日本型経営」と比較してみれば、当時の「日本型経営」が幻でしかなかったことが誰の目にもわかるだろう。
① 終身雇用
② 年功序列(賃金および立身出世のエスカレート)
③ 労使協調(会社の利益と労働者の利益が共通)
④ 目先の利益でなく長期的視野に立った経営
⑤ 賃金格差が少ないこと(当時日本は世界で唯一成功した社会主義国家と見なされていた。その結果、会社は誰のものか…株主=資本家か、社会=国有?か、従業員か、商品を買う消費者か、といった今では信じがたい議論が学者たちの間でまともに行われていた)
 『エクセレント・カンパニー』はコンサルタント企業のマッキンゼーのトム・ピーターズとウォークマンの二人がアメリカの優良企業の雇用形態が日本型経営と共通している点を分析して著作し、それをマッキンゼーに所属していた大前研一が邦訳して日本でもベストセラーになり、大前氏は翻訳しただけで日本の超一流評論家になった。
 が、そうした当時のアメリカでの日本に対する好印象は長くは続かなかった。アメリカ製品が日本製品に国際競争力を奪われていく中でアメリカ産業界から悲鳴が上がりだしたのである。そのため先進5か国が、アメリカ産業界の国際競争力を回復させるためにドル安協調介入することに同意したのが、すでに述べた85年のプラザ合意だった。
 プラザ合意以降急速なドル安が始まり、わずか2年で為替相場は1ドル=240円から1ドル=120円へと円が急騰した。そうした状況下で日本メーカーがとった姿勢が、先に述べたような身勝手な態度だったのである。そして日本製品に市場を席巻され、失業に追い込まれたアメリカ企業の労働者たちが暴徒化し、アメリカ国内の論調もほんの数年前までの好意的なものから一転して、「日本異質論」まで飛び出すようになったのである。
 なぜこの時期、日本企業はアンフェアなダンピング輸出を続けたのか。実は日本企業のそうした体質の残滓が、いまアベノミクスの足を引っ張ったのである。というより、安倍総理が日本企業の基本的な体質をプラザ合意以降の日本企業のビヘイビァから学ばずに、安易に円安誘導によって日本企業の国際競争力を回復させようとしたことにそもそもの原因があった。
 だが日本の大企業は国際競争力が円安によって回復したにもかかわらず、生産量を増やして輸出を増大しようとしなかった。自動車も電気製品も輸出を増やさず、為替差益で膨大な内部留保を蓄積することに躍起になったのである。世界のフェッジ・ファンドが一斉に安倍=日銀の円安誘導が失敗すると見て円買いに走り、日銀の金融緩和策が空振りに終わったのはその結果である。
 日銀が禁じ手とされている「マイナス金利」(銀行など金融機関が余剰金を日銀に預けた場合=当座預金=、預かり手数料がかかる仕組み。アメリカなどでは一般の銀行でも当座預金に対しては手数料がかかる。日本の場合は手数料は取られないが、金利はつかない)に踏み切り銀行の経営を圧迫した。その結果、銀行株は軒並み下落し、銀行経営は困窮している。鳴り物入りで上場したゆうちょ銀行株など、暴落といってもいい状態だ。政府はまだ相当の郵政関連株を抱えているが、いっそのことすべてを市場に放出して日銀に高値で買い取らせれば、少しは株式市場も好転するかもしれない。
 いずれにしてもアベノミクスの失敗は金融政策だけではないので、この稿は継続して書きたいと思う。
 
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放送法64条は時代錯誤だ。さいたま地裁でのNHK敗訴は当然だろう。

2016-08-27 01:44:44 | Weblog
 8月7日に投稿したブログ以来、久しぶりの投稿になる。前回投稿したブログはアメリカの原爆投下の真実を論理的に追求したもので、長期間閲覧者が減少しなかったため新たなブログを投稿できなかったためだ。閲覧者はまだ減少傾向に入っていないが、この間、書きたかったことはたくさんあった。時期を見て書こうと思っているが、この間書きたかったことだけ(いずれ時期を見て書くつもり)読者にお知らせしておきたい。
 ① 天皇の生前退位のご意向について、自民党が憲法改正の絶好のチャンスと考えている(?)ことについて。
 ② アベノミクスの失敗の原因の検証と、日本経済回復への提案。
 ③ 北朝鮮の核やミサイル開発の急速な進展は、安倍政権が主張するように本当に日本にとって脅威なのかの検証。
 ④ 民進党はかつて民主党が衆院選挙で戦後初めて300議席以上を獲得しながら、国民の期待を裏切ったことへの反省をどう国民に説明するのか。
 ⑤ 自民党安倍総裁の任期は党則上(1期3年、2期まで)の規定を、いまなぜ党則を無視してまで延期しようとしているのか。

 そうした諸問題は別に緊急を要することでもないと思い、ブログ閲覧者数の動向を見ながら次のブログのテーマを考えていたのだが、昨日NHK受信料を巡ってさいたま地裁で画期的な判決が出たので、急きょブログを書くことにした。
 この裁判は埼玉県の某市議会の市議が提訴したもので、テレビ受信機を持たずにスマホなどワンセグでテレビを見る場合、NHKへの受信料支払いの義務はないという確認を求める提訴だった。この提訴を受けてさいたま地裁は「ワンセグ放送だけでは受信料支払いの義務はない」という判決を下し、NHK側は即日控訴した。
 問題は放送法64条が定めているNHKとの契約義務である。これから私が書くことはさいたま地裁の判決とは必ずしも一致しないことをあらかじめお断りしておく。放送法64条の内容はこうだ。
「協会(日本放送協会すなわちNHKのこと)の放送を受信できる受信設備を設置したものは、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、(NHK)放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であって、テレビジョン放送および多重放送に該当しないものをいう。第126条第1項において同じ)もしくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置したものについては、この限りではない。」
 この放送法64条は昭和25年(1950年)に制定されたものが原型である。
 昭和25年とはどういう時代だったか。戦後5年しかたっていない。庶民の娯楽と言えばラジオくらいしかなかった。そのラジオすら一般庶民には高額商品だった。もちろん民放など存在しなかった。そういう時代にラジオを持つ人に受信契約義務を負わせたのは当然だったと私も思う。実際まだテレビ放送が始まる前のラジオの娯楽放送は紅白歌合戦や素人のど自慢、落語、講談、浪曲、相撲や野球などの中継が主流だった。
 が、時代はその後大きく変わった。日本が経済復興を遂げていく過程で1953年にはNHKがテレビ放送(白黒)を開始し、「もはや戦後ではない」と『経済白書』が高らかに宣言した56年には「三種の神器」(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)が庶民にも手が届くようになった。さらに高度経済成長時代に突入した1960年代半ばには3C(カラーテレビ・クーラー・カー)が庶民にも手が届くようになった。民放も次々に誕生した。
 そうした時代の中で、カラーテレビは一家に1台から、一人1台の時代に入っていった。その流れは大家族時代の崩壊=核家族時代への変化を象徴もしていた。
 そうした時代の変化とともに放送法の矛盾が生じてきた。放送法64条はNHKのテレビを受信することが目的の受信設備を設置したものに受信契約を結ぶことを義務付けている。つまり一人1台の時代になったら家庭あるいは事務所にあるテレビのすべての台数に対してNHKは受信契約を結ぶ権利が生じたはずだ。
 実際私の場合、子供たちが独立するまでの間、テレビはダイニングに1台、リビングに1台(かなり古い時代だったので二つの部屋が別々だった)、私の書斎に1台、子供部屋に1台ずつ(計2台)のテレビがあった。つまり一家に計5台のテレビがあったのである。おそらくまだ子供たちが独立していない家庭では一家に数台のテレビがあると思う。
 私はいま一人暮らしだが、なぜ何台ものテレビがある家庭と同じ受信料を支払わなければならないのか。基本的に公益サービスを受ける場合でも受益者負担が原則である。例えば電車やバスなど公的交通機関の場合、乗車料は一人でも家族全員でも同一料金だというならNHKの論理も通るだろう。
 さらに今のNHKの放送内容はまったく魅力がない(私にとってはだが…)。かつて民放の場合、それぞれ特徴を売り物にしていた。たとえば「報道の○○局」「ドラマの○○局」といった具合だ。そういう意味ではNHKは「ドラマのNHK」と言っても差し支えがないだろう。それが公共放送の在り方なのか。疑問に思う人は少なくないと思う。
 放送法も時代に合わせて変えていくべきだろう。いまのIT技術を使えば、電車などの乗車料と同様、NHKの番組を見た時間に応じて受信料を科すようにすることは簡単だ。そうすれば受益者負担の原則が守れる。何も無理やりNHK職員の仕事と給料を維持するために放送法64条の矛盾を放置しておく必要はない。

 なおさいたま地裁にワンセグ受信の場合、NHKとの契約を結ぶ必要がないと訴えた市議は、埼玉県や千葉県で活動している「NHKから国民を守る党」という政党に属する市議であることを付け加えておく。
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昨日(6日)のNHKスペシャルは面白かったが、なぜか原爆投下の真相には迫れなかった。

2016-08-07 08:22:36 | Weblog
 昨日(6日)のNHKスペシャルはかなり衝撃的だった。広島・長崎への原爆投下を巡って米政権と米軍部が対立していて、米陸軍がトルーマン大統領を騙してまで広島・長崎に原爆を投下した理由をアメリカ陸軍やトルーマンの手記などの公文書を根拠に明らかにした。が、軍や政府の内部資料の調査まで努力を重ねて入手しながら、米軍部が強引に広島・長崎に原爆を投下した理由は、NHKスペシャルでは明らかにしなかった(できなかった?)。
 私は先の大戦における日本の戦争政策を支持するつもりはまったくない。日本は石油資源を求めて中国から東南アジアにまで軍事支配を拡大しようとしていた。日本がアジアの資源支配権を獲得するとアジア諸国を植民地支配していた西欧強国にとっては重大な国益上の問題が生じる。やむを得ず西欧諸国はモンロー主義(孤立主義)を伝統的に守ってきたアメリカに「一緒に日本をけん制してほしい」と頼み込んだ。その時点ではアメリカはヨーロッパ戦線には見向きもしていなかった。あくまで孤立主義を維持するつもりだった。
 第2次世界大戦の始まりは1939年9月1日のドイツ軍によるポーランド侵攻とされているが、ドイツはポーランド侵攻に先立つ8月23日にポーランド分割の秘密条項を含む独ソ不可侵条約を結び、ドイツがポーランドを侵攻した直後の9月3日に英仏がドイツに宣戦布告、一方ソ連は9月17日に東からポーランドに侵攻し、ポーランドは独ソによって分割支配された。
 さらにソ連はドイツが英仏と戦火を交える間隙を縫って、もともと狙っていたバルト3国とフィンランドへの侵攻を始め、40年3月にはフィンランドから領土を割譲させ、バルト3国も支配下に置いた。そして日本もまた9月27日、ベルリンで日独伊3国同盟を締結し、アジア侵攻への足掛かりをつかむ。が、それだけでは安心できないと考え、ソ連とも41年13日にモスクワで日ソ中立条約を締結した。
 これで日本は後顧の憂いを取り除いたと錯覚して対中戦争、英仏オランダなどが植民地化していた東南アジアへの侵攻を加速させていく。
 その後の第2次戦争の経緯をこのブログで書くことはあまり意味がない。ただ当初モンロー主義を貫いてヨーロッパとアジアで燃え広がっていた戦争にアメリカが参戦することにしたのは、フランスがドイツに占領され、イギリスもドイツの空爆で危機的状況に陥り、イギリスのチャーチル首相の懇願によって米ルーズベルト大統領が連合軍の盟主になることを承知したことによる。
 ヒトラーの失敗は、不可侵条約を結んでいた「友軍」のソ連を突如攻撃し始めたことだ。歴史に「もし」はないが、あえて「もしドイツ軍がソ連軍に勝っていたら」という仮定を立てれば、アメリカはこの戦争に参加しなかったかもしれない。
 当時のドイツ軍は精鋭ぞろいで軍事技術も世界で群を抜いていた。イタリアと手を組んでほぼ西欧を席巻したヒトラーは、いつ寝返るかもしれないと危惧を抱いていたのかもしれないが、不可侵条約を締結していたソ連に侵攻を始めた。最初はドイツ軍が優勢だったが、スターリングラードの戦いで「冬将軍」を味方につけたソ連軍の反撃にあって大敗した。
 これで漁夫の利が得られることを確信したアメリカは英仏ソと連合軍を結成して第2次世界大戦に本格介入する。その第1弾がノルマンディ作戦で、一気にドイツ軍を撃破、ヒトラー・ドイツは自滅の道をたどっていく。
 この時期、日本はまだ友好的関係にあったソ連に戦争終結のための仲介を頼んでいれば、みじめな敗戦に陥らなかったかもしれない。ソ連軍はドイツ降伏後の東欧諸国を支配下に置くためヨーロッパ戦線にくぎ付けになっており、日本が餌として樺太を差し出せば話に乗ってきた可能性はあったと思う。
 が、日本軍は目先日本と戦っている米軍の戦力しか考えなかった。あるいはドイツを降伏させた米軍は戦後処理のためヨーロッパ戦線に足止めされるだろうと考えていたのかもしれない。
 が、こうした甘い目論見はすべて外れた。ヨーロッパ戦線で大勝利を収めた米軍は意気揚々と太平洋戦線に加わってきた。さらに最後の頼みの綱であったソ連の仲介による戦争終結の期待も水の泡となった。日ソ中立条約を締結していても、米ルーズベルト大統領から「連合軍の1員として日本に開戦してくれ」と頼まれたら、どっちについた方が得かは子供にでも分かる。

 さて昨日のNHKスペシャルの話に戻る。ルーズベルト大統領が急死したため、急きょ大統領に昇格することになったトルーマンは、原爆開発のことも対日戦争をどうやって終結したらいいかという外交手腕に疎かった。ために原爆開発の責任者だったグローブズのウソと口車に乗せられて広島・長崎への原爆投下を止めることが出来なかった。NHKスペシャルは米政府と軍とのやり取りを初めて公開された資料などを材料に、これまで隠されてきた事実を明らかにした。それはそれでメディアとして「よくやった」と、感服した。
 が、米政府はどうやって戦争を終結させようとしていたのか、一方米軍は最後の地上戦となった沖縄戦で米軍自身も大きな打撃を受けたが、沖縄戦以降米軍は戦略を空襲作戦に転換した。地上戦は犠牲者も大きいから本土攻略作戦は地上戦ではなく、もっぱら空爆に頼ることにしたのである。実際、沖縄戦以降、米軍兵士の犠牲者はほとんど出ていないはずだ。

「戦争を早期に終わらせ、米軍兵士の犠牲者をこれ以上出さないため」

 トルーマンが苦し紛れに原爆投下の正当性をラジオ演説でしゃべったとき、米ジャーナリストは「沖縄戦以降、米軍は地上戦で血を流していない。原爆を投下するまでに原爆投下を正当化できるだけの米軍兵士の犠牲者は何人いたのか」と、誰も疑問に思わなかったようだ。
 これはすでにブログで書いたことだが、原爆投下を正当化した二つの理由のうち一つは間違いない。
 その一つは「戦争を早期に集結するため」という理由である。
 ルーズベルトはポツダム宣言を作成する際、ソ連はまだ日本との中立条約が有効中であることを承知の上で、スターリンに「日本との中立条約を破棄して対日参戦してくれ」と頼んでいる。が、ソ連軍は東欧諸国を支配下に置くためヨーロッパ戦線にくぎ付けになっていた。ソ連は広い。そう簡単に大軍を東の端から西の端に移動することは不可能だ。
 が、奇跡的とも言える速さでソ連軍は主力を東方に移動させた。米軍にとっては予想外のことであり、もし日本に壊滅的打撃を与えずにソ連軍に日本侵攻のチャンスを与えてしまい、日本が共産圏に組み込まれるようなことがあったら取り返しがつかない…と米軍司令部は考えたに違いない。「戦争の早期終結のため」という口実は、そう考えたら納得できる。
 が、もう一つの理由である「米軍兵士の犠牲をこれ以上出さないため」というのは、真っ赤なウソだ。これはNHKスぺシャルでも解説していたが、沖縄戦終結後日本の主要都市の大多数は空襲によって焼け野原になっており、地上戦で米兵と戦うすべを日本軍は持っていなかった。「米軍兵士の犠牲者をこれ以上出さないため」というのは、真っ赤なウソである。
 
 もう一つNHKスペシャルが、あえて取り上げなかったことがある。NHKスペシャルは原爆投下の目的の一つに、原爆の効果を確かめるためという意図があったことは明らかにしたが、それを決定づける事実を番組ではネグった。
 番組ではトルーマンが広島への原爆投下の『効果』を写真で知ったのは投下の2日後の8月8日だったという。なぜ9日の長崎への投下にストップをかけられなかったのか。
 実は広島に投下された原爆はウラン分裂型であり、長崎に投下されたのはプルトニウム分裂型だった。つまり原爆開発の責任者グローブズは二つの原爆開発プロジェクトを走らせていたのだ。そしてどちらの原爆のほうが「費用vs効果」の面で有利かを確かめたかったのだ。これが長崎投下にトルーマンが目を瞑った真相である。
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