とある綾野剛ファンの思い出語り

気がつけば人気俳優の綾野剛さん。たまたまデビュー以来見ていたものとして、少しだけ思い出を語っています。

岩井ワールドから遠く離れて(綾野成分無し)

2017-04-20 04:28:22 | 日記
 おひさしぶり…なのですが。
 今回はほぼ自分語り。
 しかも、なんと、綾野さんについては触れません。
 次に書く予定の記事の前に、自分の立ち位置というかなんというかを整理したいな、と。
 自分がどれだけ、映画ファンというにはあまりにポンコツか、という告白でもあります。

 前からチラホラと、綾野さんの前にも俳優さんにハマった経験ありだと書いてきましたが、その一番初めは二十数年前。
 知っている人は知っているし評価もしているけれどもテレビでの知名度はあまり…という時期に、ほんの数分の出番のために映画館ハシゴなんぞ当時もやらかしておりました。
 その俳優さんのどこがよかったかというと…
 ・粘土を竹べらで引っかいたような目
 ・青白い、爬虫類を思わせる肌質
 ・薄い、酷薄そうな唇
 ・女性の首に食い込んでいるのが似合いそうな長い指
 ・それらの外見を裏切る舌足らずな声
 ・此の界と彼岸(生と死、正気と狂気等)の境をウロウロと彷徨っているような存在感
 ……かくも己の男優における好みの変わらぬことよ(苦笑)

 ある年の番組改変期のオムニバス形式ドラマスペシャルで、そんな某俳優の魅力をこれでもか、とばかりに描き尽くした短編があり、「こ、これは…!?!?」と脳裏に刻み込んだ監督の名が岩井俊二氏でした。
 まもなく、とあるテレビ情報誌で、映画『Love Letter』公開に先駆けて「この映画で確実にブレイクするから押さえておくように」と破格の扱いで特集が組まれ、それまでの深夜短編ドラマなどが網羅して掲載。しばらくはそれをバイブルとして、岩井作品を漁る日々が続きました。
 とにかく画面が美しく、多くの作品で少女(時に少年)が妖精の粉を振りかけられたようにキラキラしていました。
 また、どの作品も、うまく表現できませんが、何とも言えない雰囲気を持っていました。
 自分だけでなく、多くの若者が岩井ワールドに引き込まれ、夢中になっていた…というのは決して私の勝手な思い込みではないでしょう。『スワロウテイル』で券を求める若者が3階から2階まで階段に列を成していた光景は忘れられません。

 その世界に酔いしれる一方で、頭の片隅で(素敵なんだけど…正直どういう意味なのか、何が描かれているのか、よくわからない…)という思いが少しずつふくらんでいきました。
 パソコン通信の映画フォーラム(まだインターネットはそれほど普及していなかった)で『Undo』の意味するところについて議論しあった、なんていうのは楽しい思い出ですが。
 じわじわと「皆が褒めちぎるけれど、自分にはその良さが充分理解しきれない」「作品の意図するところを汲み取れない」「自分には感受性が足りない」「自分は芸術に関するまともなアンテナを持っていない」と劣等感を刺激され続け…。
 『花とアリス』の頃には世界に入り込めなくなっていました。
 以降、ご活躍素晴らしいなあと思いつつ、何となく距離を…

 岩井ワールドから遠ざかる、ということは、即ち日本映画のメインストリームから離れることを意味しました。
 今に至るまで、私は映画に関する知識というものを持っていませんし、映画に限らず感性というものが必要とされるあらゆることにおいてポンコツであると自覚しています。
 映画を見ること自体をやめてしまったわけではありませんし、それこそ綾野ファンになって映画館に行く回数は増えました。
 それでもやっぱり、何かしらのプロフィールの趣味欄に「映画」とは書けないでいます。
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