沢田山本作業日報

sawada yamamoto work report

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引っ越し

2005-05-28 08:35:17 | □□□
三度目の移転。引っ越し先はここ
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アートとは屁理屈・アーティストは偏屈

2005-05-26 23:21:11 | □□□
内職委託土産品店へ。今まで無関心だった紅型ポシェットやミニチュアシーサーの陳列棚が妙に新鮮。移住17年目にして初沖縄病感染説が浮上。沢田さんが伝統工芸修行なんてしたらどうしましょうと店の人に気味悪がられた。沢田さんはきらきらしたビーズアクセサリーを作る人でイメージが定着しているらしい。そんなきらきらが定着していることの方が気味悪いはずなのだが。
昨日のミーティングで「県外の作家が沖縄をテーマにしたところで本当に沖縄を理解しているのか」という県出身者の意見があった。美術で土着にこだわりすぎれば世界が狭くなると本土出身の一説として返してみたが、このまちづくり系に関わって以来、こだわるというよりは活かすという観点で沖縄らしさとは何かをようやく考えるようになった。ただ「本当」にわかる必要性は感じていない。それは努力したところでも無理であろう。それよりも感じるアンテナを高くすることだ。
wanakioは一言で言えばアートの力のまちづくり事業なのだが、そもそもアートとは何ぞやという疑問も作家サイドから投げかけられている。自分にとっても、イデアでは掴むことができても言葉で組み立てることがうまくできない。わかっているのはアトリエで書いただけの絵ならよそのギャラリーで飾ってくださいということぐらいかもしれない。
アートは文化でもあり、概念でもある。しかしこの概念というものがくせ者なのである。わたしたちは自分に理解できないことは全てこの二文字の単語に納めて安心してしまう。しかしこうしたことは、結論からいけば話すよりもやれというところなのだろう。
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千葉時差ぼけにつき

2005-05-25 23:49:07 | □□□
wanakioミーティングの日。一週間の留守の間に今までの流れが頭から抜けているので黙って書記に徹しようと思っていれば「wanakioとは何か」などという根本的な質問の回答に指名されてうがが。タイミングとはおそろしきものなり。
家に帰って議事録作成。議事録作成にはドラマがある。走り書きしたものを書き直していると「アーティストにはいいものを作ってほしい」という意見など、単なる表面的なクオリティの要求ではなく、そうして互いに高まっていく過程、そして輝いた姿を見せてほしいのだという発言者の気持ちの奥が見えてくる。心打たれて泣きながらキーボードを叩く。
wanakioでは今回はアーティストとしての参加はしないと思う。(以前も書いたか)運営に関わると自己の表現の追求と違った視点でものを見ることになる。今までアーティストとして参加してきた間に感じた疑問を突き詰めるために内部に首を突っ込んだが、こうして自我から離れてみると今度は自分自身の制作の中にあった疑問にまで通じる何かが廻り廻って見えてくる。
先日都内で会ったまきこさんは黙々と作品を作りたいと言っていたが、沢田山本はその黙々と作る時間、言い換えるなら自己主張の時間が長すぎた。「作ることは孤独」とは作家なら誰もが言うことで、自分も孤独そのものに対しては苦痛はない。だがそれではいけないという意識の比重が大きくなってきた。外に出ることでバランスをとろうと潜在的に求めているのかもしれない。
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寝て起きて

2005-05-24 23:31:36 | □□□
日常に戻った。戻った割にはひたすらweb整理。まだ終わらない。
何だかんだいいながらさんざん食べたので2キロ増えている。2キロは全部顔につく。顔面肥大は止まらない。旅で痩せるにはインドで生水を飲むという選択しかないらしい。
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潮干狩りはしません

2005-05-23 23:48:16 | □□□
横浜へもバス一本なのでBankartと横浜美術館ルーブル展をセットでとも思ったが、行くための体力回復を待つうちに帰る日になった。
実家へ行くごとに沢田父と沢田母が老人になる。以前里帰りは三年に一回程度で、その間に老け込んだ姿を見るのがつらいので毎年帰るようにしたが、どうも老け込むペースも加速したらしく、以前の三年分が一年できている。家事、買い物、犬の風呂、早起きして甲斐甲斐しく働いてみたものの、日頃の親不孝を数日で償うのは無理がある。家にいて親を眺める時間が長かった分、今回は余計に悲しかった。
若い頃はとにかく父親に抵抗があった。船の修理工業をする作業服の沢田父。子供沢田は背広にネクタイの親を持つ家が羨ましかったのだ。しかしこうして見ると、いつも黙々と本を読み、ばかがつくほど正直者のいい人だ。この家に生まれてよかった。今は家に溶接の機材は何もない。教わっておくのだったと後悔している。酸素なども一本1500円ぐらいで使えたらしい。
しかし疲れた。帰る。羽田へもバス一本。素晴らしきかなアクアライン。
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まきこさんは三児の母

2005-05-20 23:00:50 | □□□
バスでまっすぐ東京に来れて、そのまま歩いて銀座に入れる、実家木更津は素晴らしいところであることが判明。しかし沢田山本は都内の道はおろか地下鉄も全く覚えていない。友人高村牧子がいなければ路頭に迷い泣き暮れる。お土産に沖縄のゴーヤーピクルスを渡した場所はわしたショップの真正面であった。
銀座のギャラリー数件見たのち森美術館探検。短時間で何か見ようと思ったらキュレーションのついた美術館の方が手っ取り早いと勝手に主張してつき合ってもらった。森美術館の「秘すれば花」は悪くはないが、ずいぶん作品が押し込まれていた。プラスチックのコップで河を表現したインスタレーションの周りは特に通路が狭く、おじさんが作品を蹴っ飛ばしていた。こんなに狭いんだから仕方ないわよねーと言いながら一緒にコップを拾い集めたが、気付いたら当事者のおじさんはさっさと先へ行き、わたしの文句を聞きながら復元していた人は監視員だった。返事がなかった理由をここで理解。
トイレを模した部屋に靴を脱いで入って虫眼鏡で作品を鑑賞する展示では、どうも作家の言うに従わねばならぬことが癪だったがつい流れに屈して虫眼鏡を手に。それがまた癪。わたしのこうした文句ぶつぶつを聞いた初老のご婦人が、自分たちの世代ではトイレは汚いものというイメージが抜けず、そういう意味でこうした作品には近寄りたくないと話してくれた。たった一つのトイレ文化でも、わずか数十年の間に大きな開きがある。ここでもまた時間の流れや人の思いを教えられた。
画像はストーリーテラーズのビデオインスタレーション。撮ってはいけないとか、触ってはいけないとか、白線の内側に入ってはいけないとか、ことごとく違反を網羅してきた沢田山本。見たら触りたい普通の人の気持ちを実行で代弁。
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かばんが重い

2005-05-19 14:17:12 | □□□
どこかドミトリーに泊まろうかと思ったが、本当に倒れそうなので新幹線で実家へ退散。大阪のおばさんたちに派手に囲まれてしまったが席を移動する体力もなくそのまま読書。昨日島田で買った震災十年まち歩き本。一般ガイドブックは用のない食べ物屋ばかりなのでギャラリーマップを作ってくれなどと前回行った時は図々しくお願いしたが、あの震災を経て今も店を持つその人々の気持ちを考慮していなかった。まちづくり系のフライヤーなどというものをしこたま資料に集めておきながら、こういうことになぜ気づけぬ。昔プラハに行った時も物価の安さばかりに感激し、後で歴史を知って自分の土足侵入を反省したものだったが、その頃から何も成長していないと自己嫌悪しながらさらに居眠り。来年は必ず健康体遠征と、右手を挙げて一人宣誓。
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毎度ながら観光はせずに

2005-05-18 23:29:04 | □□□
一日神戸。ギャラリー歩きをしたかったが疲れすぎて感覚に届いてこない。前回立ち寄って縁のできたcaphouseとギャラリー島田だけには顔を出し、残りの時間は半日がかりでハンズとユザワヤ。材料購入に新しい店を探す体力もなく、やはり前回で覚えた地域だけを徘徊。
caphouseの鉄展覧会はすごいスケール。だが設置は大変だったろうとか、大きさ重さで勝負といったところにしか思考が回らず(作家のせいではない)仕方ないので写真に収め、後で振り返ることにして退場。ギャラリー島田は重厚なアートで商売もしつつ、若手の育つ環境も与え、社会的還元にも力を入れている。隠れ安藤ファンの沢田山本としては建物も嬉しい。
震災十年、本業が手薄になり、資金的にも息切れしているNPOやNGOの現状を聞かせてもらった。自分が具体的に何をするかはまだ見えてこないが、今後神戸ではただ展示したら終わりの展覧会ではないことをやりたい。自分の暮らす島でやっていきながら、将来の関わりについてじっくり考えたい。
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個展

2005-05-17 23:27:30 | □□□
昨日神戸到着時には倒れるかというぐらい極限に達していたが、その分余計なものが振り落とされて研ぎ澄まされたか、生まれて初めて迷いのない設営。とはいえ時間はかかり、完了は夜中。
翌日19時オープニング。白井さんは半分言えば通じる人。さすがパフォーマー。
作品は作ったあとに感情と時差が出るが、ライブはリアルタイム。何ヶ月もの穴暮らしのあとだっただけにその感覚が尚更快感。
準備段階から設置時の雑用、オープニングのセッティングまで、次の依頼はないだろう覚悟のわがままな要求の連続で申し訳なかったが、自分の出し切れるところまで出せるようにとてもよくしてくださったオーナー青山さんに心から感謝。

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沢田の戸惑い

2005-05-15 18:09:29 | □□□
個展の設営よりも気になること。気温。本土で何を着ればよいのかなど、ここにいたら見当もつかない。天気を確認してもぴんと来ない。爬虫類体質の沢田山本は23℃以上でないと硬直するが、開き直り週間の宣言をした身である以上は黙って耐える。
作品の到着日時を今日にしたつもりが、明日の昼指定にしていた。現場で作品と沢田はほぼ同時着であろうか。他人事のように無事を祈る。
しばしごきげんよう。
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