SAVE POLAROID JAPAN
世界中の皆様のお陰さまをもちまして、新しいフィルムが発売!ご賛同に深く御礼申し上げます。
 



スタッフの友人で、いざという時にいつも強い意志を持ちこの活動を続けることを言い続けてくれた
本家US、Save PolaroidメンバーのTod氏が写真をSPJに提供してくれました。

タイトル「Small Becomes Large」Taken by Tod Brilliant
Shot with SLR680 and Print.

今回の活動では,スタッフの我々が騒いでも何もできませんでした。
みなさま1人1人の力が、このような大きな未来を切り開く結果になりました。
「小さな個人の力が集まれば、大きな力になる」

今、みなさまが体感されている喜びはその結晶です。
みなさんがフィルム存続の道を切り開いたのです。

Tod氏のご子息には、私達と同じ日本人の血が流れています。
日本の文化がいつも側にある方です。
日本の方々が大好きな方です。
彼とSPJの出会いは必然であったように思います。

これは大きい写真がいいと思うので、大きくアップしました。

Tod Brilliant web site

Dear Tod, SPJ works with you is happy as well. Thank you for your message photo!

Copyright Save Polaroid Japan All Rights Reserved.

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おまたせしました

「SavePolaroid-JAPAN Joint photograph exhibition」の様子をアップいたしました

参加者の皆様、ならびに開催に際してご尽力頂いた皆様、ありがとうございました



下記URLよりお進みください

Joint photograph exhibition

 

 







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10月12日17:00時をもちまして、グループ展は終了致しました

会期中にお越しくださった方、またどうしても都合がつかずお越しになれなかった方、関心を持ってコチラのブログを日々チェックして見てくださっていた方

全ての方々の「フィルムを残して欲しい」というお気持ちは、しっかと我々に届きました

皆様のお気持ちを形に出来るよう、今後とも地道に活動を続けていきたいと考えておりますので、相変わらずのご支援、ご協力、ご提案を宜しくお願いいたします






写真はグループ展開期中の一コマ
場所柄、一般のお客様にもポラロイド写真を間近に見て頂けました




なを、グループ展の詳細はHPに近々アップ致しますので、暫くお待ちください

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「僕はこのプロジェクト(ポラロイドの壁)に参加できたことを光栄に思います。
僕は日本人ではありません。
異国の地からポラロイドを守ることに参加できる喜びを与えてくれました。
僕はポラロイドが好きです。
みなさんの守りたい気持ちは僕も同じです。

日本のみなさんは,活動参加している現在、ポラロイドを守っているんだということを忘れないで下さい。
みなさんは素晴らしい方々です。

ポラロイドで世界はつながっています。
(みなさんの活動に)どうもありがとう。 David」


スタッフ友人を通したメールの抜粋です
Davidさんはシドニーより、ポラロイドの壁に参加していただいています

"Polaroid wall" update on 27th Sep. '08

「ポラの壁」は9月27日に更新し、ここまでが写真展にて展示されています


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ポラロイドグループ写真展開催まで、いよいよ残り7日間となりました。

準備の方は順調に進んでいます。

本日は、参加者のみなさまの作品を全て額装いたしました。

まぁ、額と言っても、切り出したアクリル板を使った、ホントに手作り感あふれるものですけど



(ちなみに写っているポラは、展示作品ではありません)

さて、実際の作品は、会場にてご自身の目でご覧になってくださいね。


@祐左

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今月末より開催のポラロイドグループ写真展会場である「バルボア」について、少しご紹介記事を書いてみます。

阪急・王子公園駅から東に10分足らず歩いた、閑静な住宅街の一角にある真新しいドアを開くと、かぐわしい珈琲の薫りが鼻孔をくすぐります。

まったく、珈琲好きには堪らない一瞬なのですよ。



お店の中は、明るい色調で統一されており、一歩店内に足を踏み入れると、なんだかホッコリと落ち着いた気分になります。

珈琲をオーダーすると、「ガリガリガリ」とミルの音と共に、なおいっそう香ばしい薫りが店内に漂います。

この珈琲、一口目はミルクも砂糖も入れずに、本来の苦みと薫りを楽しんでみてください。



お昼には、日替わりランチもあります。

マスターがチョイスした献立は、口にした瞬間なんだか実家に帰って母親の料理を味わっているような錯覚さえ覚える、素朴な、それでいて懐かしい味付けです。

ここのランチを目当てに訪れる常連さんも多数おいでのようです。


マスターは気さくで話しやすく、ご自身でも絵をお描きになる芸術家で、店内に飾られている絵画も自らお描きになったものです。



グループ展開催中とは言わず、挽きたての珈琲と評判のランチを味わいに「バルボア」へ、一度足を運んでみるのも悪くないと思いますよ。

「珈琲・ギャラリー バルボア」
〒657-0833 神戸市灘区大内通4-4-5 パレスNADA 1F 南側店舗
TEL 078(766)8368




*SPJ「ポラロイドグループ写真展」は9月29日(月)~10月12日(日)の2週間です。



@祐左

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当サイトスタッフによる日本語紹介をした海外の署名サイト"Manipulable Integral Film"を開かれたMaireadさん(アイルランド)からいただいたメッセージをご紹介します。

 "I've been thinking hard about Polaroid for the past few days. What has it meant to me, and why am I so sad at its demise? The first time I came across Polaroid, was in prints sent from relatives in America. They had a blue cast which I now think was probably something to do with temperature at development, and since many were of various never-met relatives shovelling snow on demure-looking driveways outside houses very similar to the ones in Micky Mouse cartoons, I think it is a correct conclusion. That put a slightly exotic stamp on Polaroid for me; the prints were so different from the ones I got from my little Brownie 127. Later my sister bought a 600 type camera, and, even though we had tons of pictures of our children in various stages of development, the ones taken with the Polaroid camera were somehow more exciting, like seeing your world from outside, through a window. You could show your two -year-old with a whiny face how he looked, and he would break into a smile! A magical transformation. Polaroid was not just an ordinary window on the world, though. It was a fairy casement which opened on magic views - clouds were fluffier, colours more exciting, people's faces and expressions were full of meaning. Polaroid brought out my inner child; the cameras were fascinating even as I got older, mood-catching machines more than cameras. You didn't have to be a photographer to like taking Polaroids - and every print took on its own character. Children watched with bated breath as the integral picture came to life under their gaze; when we had to have a picture taken in the local hospital, the nurse peeled the back off with a flourish, like a magician. I've taken many pictures with 'ordinary' cameras, with instant ones, and latterly, with digital. Neither the 35mm shots nor the digital ones have that charisma of the Polaroid. Each little bordered print is unique, worthy of being a gift in itself. Its impact is beyond photography, a little edged moment, a fragment of ephemeral mood. One sad thing about Polaroid - it was always for those with money; only in its late days, with the arrival of the internet and Ebay, could many people buy Polaroid cameras; the film was always a strain on the purse, even recently. Was it worth it? Yes, of course, time and time again. I have boxes of Polaroid prints, and I will look at them for as long as I can. But for most of my life, what with rearing children and all the financial worries that entails, I did not have the money, and now, it is too late. Most of my instant photography took place over the last two years or so. I still have my Fuji Instax camera, and that acts as a salve to the sorrow that is the loss of Polaroid. If Fujifilm came up with a film which would fit our Polaroid cameras, what a joy that would be. But do such things happen in real life? Probably only in fairy stories, where magic casements open upon marvellous worlds.... " Mairead

 「この数日、ポラロイドについてずっと考えています。ポラロイドは、私にとってどんな意味があるのか、どうしてポラロイドがなくなることがこんなに悲しいのか。 ポラロイドとの初めての出会いは、アメリカの親戚から送られてきた写真でした。それは青みがかったものでしたが、今思えば恐らく現像の時の温度のせいだと思います。というのも、写真の多くが、1度も会ったことのない親戚たちがミッキーマウスの漫画に出てくるような家の外の緩やかな道路を雪かきしているものだったからで、私の推測は合っていると思います。その出会いで、私はポラロイドに少しエキゾチックな印象を持つことになりました。ポラロイドの写真は、私が小さなBrownie127で撮ったものとは全く違いました。その後、私の姉は600タイプのポラロイドカメラを買い、私たちは子供たちの成長過程のいろいろな場面で大量の写真を撮りましたが、ポラロイドカメラで撮ったものは、まるで窓から覗いて世界を外から見ているかのような、なぜだかよりワクワクするような写真でした。 めそめそ泣く2歳の子供に、自分がどんな顔をしているか見せたら、子供を笑顔にしてしまえる。そんな魔法のような変化を起こせてしまいます。でも、ポラロイドは世の中にある普通の窓ではありませんでした。それは魔法の景色へと開かれた、お伽の窓でした。雲はふわふわ漂い、色はより刺激的で、人々の顔や表情にはより奥深いものが秘められていました。 ポラロイドは私のインナーチャイルドを連れ出しました。カメラよりもずっと場の空気を読み取れるくらいに歳をとったけれど、それでもカメラというのは素晴らしいものです。ポラロイドを撮るのが好きになるのに、カメラマンになる必要はありませんでした。すべての写真にそれぞれの個性がありました。子供たちはintegral picture(自己現像方式フィルムのこと)が、じっと見ているうちに生命が吹き込まれていくのを、固唾を飲んで見ていました。地元の病院で写真を撮らなくてはならなかったとき、看護婦さんはマジシャンのような身振りでシートを引き剥がしました。 私はインスタントカメラ、最近ではデジタルカメラと、たくさんの「普通の」カメラで写真を撮ってきましたが、35mmショットも、デジタルカメラも、ポラロイドのような人を魅了する強い個性はありません。一つ一つが縁取られた写真は個性的で、それ自体がプレゼントにふさわしいものです。ポラロイドの持つ効果は、ちょっと不機嫌な瞬間、はかない雰囲気の断片など、写真技術の及ばないものなのです。 ポラロイドについて一つ悲しいのは、それはいつもお金のある人々のためのものだったということです。インターネットやe-bayの登場で、最近ようやく多くの人々がポラロイドカメラを買えるようになりました。最近でさえ、フィルムはいつも経済的に負担となるものでした。 それほどの価値があるのか?何度も言いますが、もちろんです。私は数箱分のポラロイド写真をもっています。そして、それをできるかぎり見ることでしょう。しかし、私の人生の大半は子育てとそれに伴う経済的な心配で、お金がありませんでした。そして今や、遅すぎるのです。ほとんどの私のインスタント写真撮影は、この2年ほどで行われました。まだFuji Instax カメラを持っていて、ポラロイドがなくなる悲しみの奴隷の如くに酷使しています。 もしもフジフィルムがポラロイドカメラに合うフィルムを生産してくれたなら、どんなに喜ばしいことでしょうか。しかし、そんなことが本当に現実に起こるのでしょうか?きっと、素晴らしい世界へと魔法の窓が開かれた、おとぎ話のことなのかもしれません。 Mairead」 ポラロイドユーザーの方々の中にはこの「魔法のカメラ」の意味に「そうそう」とうなづかれる方も決して少なくはないと思います。私達はこのおとぎ話のようなことを現実に引き起こそう、ポラロイドをカメラとして本来の姿で留めようと活動中です。



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"I am a work in progress, dressed in the fabric of a world unfolding offering me intricate patterns of questions, rhythms that never come clean, and strengths that you still haven't seen."

~Ani DiFranco, 'The Slant'

Shellyさんからメッセージソング(一部)をいただきました。
ポラロイドの壁の写真の投稿が増えている為、まだ更新は出来ていませんが、そちらの方にもご参加いただいております。

Thanks a lot, Shelly:*)

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