漂う親子

2017年05月17日 | 日記・エッセイ・コラム
 子どもの障害に戸惑いを感じていても、その子の親として、一人前の親として向き合わざるを得ない親。
 一方、無意識のうちに、その戸惑う親に馴染んでしまって、耐性と柔軟性を獲得し損なっていく子どもたち。彼らにとって生きるとは、おそらく親に依存することだ。彼らにあるのは、親に向かって己の我を通すことだけだ。
 だから、親に息継ぐ暇も与えずに、未経験の嵐は絶え間なく吹き荒れる。
 子どもの障害が重かろうが、あるいは軽かろうが、本人だけでなく親子ともどもにとって生きる苛立ちとなっている社会。そしてその価値観。
 しかし、親こそが、社会の価値観から脱して子の障害を無にすれば、子の瞳は、子の命は輝くと思う。
 親が子の障害にどこまでも拘泥すれば、親子はいつまでもこの社会に漂うだけだ。
 漂う親子は、しかし今を生きることで精一杯だから、自分たちが漂っていることに気が付かない。
 子の障害を無にするとは、親自身が社会の価値観から脱して、社会の偏見から己を解放することだ。
 しかし、どうしたら社会にはびこる偏見や根強い価値観から、己を解放することが出来るだろうか。
 掌の中のサイコロ2つ。丁と出るか、半と出るか。
 たまには、思い切って振ってみるのもいいと思うのだが……。
 

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