里山の移ろい

写真付きで日記や趣味を書く

ブログを書いて1年

2017-05-20 14:07:17 | 日記

ブログを書き始めて、昨日で1年になった?

メール送信を受け、分かったことだが、正直忘れていた。

1年経って「どうか」、と聞かれれば、

ブログを書く楽しみ みたいなものが、

ようやく、分ってきたように思う?

書く意義は、人さまざま!!

私は、生きた証として記憶に残せるのではないか!!

少し、大げさだがそう思っている。

 

これまでも、義父の残したものと言えば、

日誌など、目にしたことがあったが、

その、時代背景を垣間見ることが出来た?

 

子や孫が、私と同じようなことを感じてくれるかどうか、

それは、分らない。

 

それでも、いつかは子や孫が私のブログを見て、

「ジジは、こんな、生き方をしてたのか?」、

といつの日が、懐かしく思う日があるのではないか?

 

今月になって、一日も休まずブログを書いた。

ただ、昨日は隣近所の方々と、

マイクロバスで南三陸町、旧大川小跡地を回ってきた。

少々、疲れたのか眠くなり、休んでしまった。

いずれ、1年間で281のブログを書いた。

 

被災地の様子だが、

南三陸町、旧大川小跡地訪問は2度目。

ご一緒された方々は、初めて行かれた方々が多かった?

今なお、被災地の様子はテレビ放映されるが、

映像で見るのと、現場に立ってみるのでは、全然違う?

初めて行かれた方は、尚更そう思われたのではなかろうか?

生々しい現場に、ただただ・・・・

特に、旧大川小跡地では、胸が締め付けられた方が多かったであろう?

 

さんさん商店街から見下ろす町防災庁舎は、

うず、たかく積まれた土積に囲まれ、

町防災庁舎の頭が見える程度?

非常に小さく見えた。

 

3年前に訪れた時は、庁舎の前で手を合わせることが出来た。

ともかく、想像を超える土量が動き、

その音が、ダンプのうなりとなって聞こえた。

被災地の今は、6年たっても復興道半ば?

被災された方々のご苦労が伝わってきた。

 

被災したその年に、私たちの〇〇組織で話し合い、

一も早い復興を祈念し、

些少ながら、寄付をさせていただいた。

 

  うず、高い土積に囲まれ、町防災庁舎の頭だけが見える。

 

 

 

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