アリの一言 

オキナワ、天皇制、朝鮮半島の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

トランプ勝利<上>〝格差社会の反乱”だけれども・・・

2016年11月11日 | 日米同盟・日米安保

    

 米大統領選でのトランプ氏の勝利についは、これからもさまざまな報道・論説があるでしょう。トランプ氏自身の言明・政策にも変化が予想され、まったく流動的です。
 そんな中で、今の段階で思うことを何回かに分けて書きます。

 トランプ氏が勝った要因はいくつか指摘されていますが、私がもっとも大きいと考えるのは、格差社会における「貧困層」(広い意味で)の既成政治(政権)への反発です。それが予想以上に大きかったということではないでしょうか。

 「白人労働者」をはじめトランプ氏を支持した人々が異口同音に「変化」を求めていたことにそれが示されています。背景に、人口の3%の層が富の54%を独占しているアメリカの超格差社会があることは言うまでもありません。
 私も含め「トランプ勝利」を予測できなかったのは、この格差社会の中でいかに労働者・市民が厳しい生活・状態におかれているかがよくわかっていなかったからではないでしょうか。メディアの、そして私自身の「立ち位置」が改めて問われます。

 労働者・市民は「二大政党制」という時代遅れの政治制度の中でとりうる限られた手段で、現状変革を求めて立ち上がったと言えるのではないでしょうか。いわば格差社会における労働者・市民の〝反乱”(革命)だったのではないでしょうか。

 開票1日目はそう肯定的に考えました。しかし、その後全米各地で起こっている「反トランプデモ」を見て、こうも考えました。
 たとえそれが労働者・市民の〝反乱”(革命)だったとしても、それでもやはり、トランプに投票すべきではなかった、と。

 核兵器容認(使用を含め)、国境の「壁」建設、移民の排斥、女性蔑視(というより強制わいせつの居直り)…トランプ氏は政治的信条や政策以前の問題として、大統領はおろか政治家、人間として失格です。たとえ「既成政治」に不満があって「変化」を望んだとしても、そんな人物に1票を投じる(彼の暴言を許し容認する)ことが、有権者として、人間として、果たして正しい行為でしょうか。

 どんなに生活が苦しくても、人には曲げてはいけないものがある。認めてはいけないことがある。カネよりも尊いもの(こと)がある。

 そう思うにつけ、日本における「米大統領選報道」には絶望的な思いを禁じ得ません。
 「トランプ勝利」が株価や為替にどう反映し「日本経済」にどう影響するか、すなわち自分たちにとって得か損かの一辺倒ではありませんか(メディアも市民の反応も)。
 「一般市民」にも株や投機が浸透している「カジノ資本主義」の病理現象です。世界情勢にとって重要な出来事も、株や為替の動き、得か損かを最優先で考える。これこそ本当の「貧困」ではないでしょうか。

 日本の私たちは、「トランプ勝利」にどう向き合うべきか。次回はそれを考えます。

 当ブログは基本的に月、火、木、土に書きます。ただ、介護している母の状況により、今回のように不規則になることが今後もありうると思います。どうかご了承ください。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「人間的、人道的観点」に反... | トップ | トランプ勝利<中> すり寄り... »

関連するみんなの記事