アリの一言 

オキナワ、天皇制の現実と歴史などから、
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「辺野古・高江」を問わない「野党共闘」は沖縄切り捨ての共犯

2016年10月15日 | 沖縄・選挙

     

 衆議院東京10区と福岡6区の補欠選挙は投票日(23日)まで1週間となりました。今回のダブル補選は、「安倍晋三首相の政権運営や、衆院解散を巡る戦略を左右しそうだ」(12日付中国新聞=共同)といわれるほど重要な政治戦になる、はずでした。

 ところが11日の告示以降も、「小池都知事と蓮舫民進党代表の代理戦争」などと面白半分で見られているだけで、一向に盛り上がっていません。その大きな理由は、政策論争がないことです。

 もともと自民党と民進党の間に政策上の基本的な違いはありませんが、見過ごすことができないのは、この国政選挙で沖縄の基地問題、とりわけ焦眉の「辺野古新基地」「高江ヘリパッド」が一切語られていないことです。

 東京10区の民進党・鈴木庸介候補、福岡6区の同・新井富美子候補の「政策」「政見」に沖縄の基地問題は一言もありません。
 それはある意味で当然です。なぜなら、蓮舫代表自身が、「辺野古」や「高江」を容認する考えを明確に打ち出しているからです。

 「蓮舫氏は(代表選ー引用者)立候補に当たって出した政見で『沖縄と対話を重ねながら、米軍再編に関する日米合意を着実に実施』と明記した。(9月ー引用者)2日の公開討論会では『(普天間基地の辺野古へのー引用者)移設は私たちの政権(旧民主党政権)で決めていることなので、この方向性を変えることはない』などと述べた」(9月13日付琉球新報)

 問われるのは、こうした民進党と「共闘」している日本共産党、社民党、自由党(旧生活の党)の各党、とりわけ自らの候補者を降ろして民進党候補に一本化した共産党の責任です。
 これらの党は辺野古新基地にも高江ヘリパッドにも「反対」のはずですが、賛成する民進党と「共闘」することによって、しかも「政策協定」すら結ばないで事実上選挙戦から撤退することによって、安倍政権に審判をくだすべき重要な選挙で、沖縄の基地問題、辺野古・高江がまったく争点にならないことを容認した、いや加担したのです。
 
 「今、本土に問われているのは、自民党のみならず野党も沖縄の基地問題を国政選挙の争点に据えようとしないことである。
 蓮舫民進党代表は、辺野古移設という民主党政権当時の大枠を堅持すると公言した。それに伴い、沖縄問題は野党共闘の共通公約から外されようとしている。共闘を求める市民団体や支持者からもこれを正す動きはない。これでは本土の野党、市民も沖縄切り捨ての共犯者である」(醍醐總東大名誉教授、10月3日付琉球新報「論壇」)

 醍醐氏の指摘は、総選挙の前哨戦であるダブル補選でまさに現実のものとなっています。

 辺野古、高江はじめ沖縄の基地問題を争点にしない、できない「野党共闘」など百害あって一利なしです。
 共産党、社民党、そして「野党共闘」に期待を寄せる市民(団体)は、自民党と政策に差のない民進党にひきずられる「野党共闘」なるものがどういう結果を招くか、改めて厳しく問い直す必要があります。来る総選挙で取返しのつかない過ちを犯さないために。

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