アリの一言 

オキナワ、天皇制の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「沖縄方式」の原則壊して密室会談に終始する翁長知事

2016年10月11日 | 沖縄・翁長・辺野古・...

       

 8日の翁長知事と菅官房長官の会談(写真左)でもう1つ、見過ごすことができない問題があります。
 それは約1時間の会談が、冒頭の代表撮影(いわゆる頭撮り)のみ「公開」で、実質すべて「報道陣を完全にシャットアウトして開かれた」(9日付沖縄タイムス)こと、すなわち非公開の密室会談だったことです。

 政府・自民党との会談を非公開・密室で行うのは今回だけではありません。近くは9月14日の二階自民党幹事長との会談(写真右)もそうでした。
 非公開・密室は翁長氏の通例で、それ自体大きな問題ですが、さらに重大なのは、それが沖縄のメディアが努力してつくりあげてきた原則=「沖縄方式」を壊すものだということです。

 「仲井真弘多氏ら歴代知事時代は、日米政府の高官との沖縄での会談は全公開(フルオープン)が通例で、『沖縄方式』と呼ばれたが、翁長県政になって冒頭のみで非公開の例が続いており、『沖縄方式』が崩れてきている
 沖縄県知事と日本政府高官らとの面談は、基地問題が議題になることがほとんどで、発言や挙動に注目が集まる。官邸での会談は政府主催のため、冒頭のみ公開が通常だが、県庁など県が主催する場では全公開が原則だった。会談後には囲み取材で会談内容について質問が出るが、双方で異なる内容の発言が出たり、微妙に言い回しが違っていたりする場合が少なくない。そのため記者側は全公開を求めてきた経緯がある」(9日付琉球新報)

 実にまっとうなことです。こうした経緯は沖縄のメディアの素晴らしさを示すものです。ところが翁長氏は就任以来、この「沖縄方式」をなし崩しにしてきたのです。

 翁長氏とメディアの関係で見過ごせないのはこれだけではありません。毎週行われるべき「知事定例会見」を実に1年3カ月も行ってこなかったのです。

 「知事は14年12月の就任後、定例会見を15年2月13日、3月20日、5月15日の3回開いたが、名護市辺野古の新基地建設問題への対応による多忙などを理由に中断していた」(8月23日付沖縄タイムス)

 「多忙」が言い訳にならないことは自明です。だいたい、毎日の県紙の「知事日程」を見れば翁長氏が「多忙」と無縁なことは一目瞭然です。翁長氏は理由もなく「定例会見」に背を向けてきたのです。報道各社の要望で8月25日に1年3カ月ぶりに「定例会見」しましたが、まさに異常な事態と言わねばなりません。
 「定例記者会見を巡っては、稲嶺恵一元知事が原則、毎週金曜日に開催。仲井真弘多前知事も毎週金曜を定例会見に位置づけ、1期目は頻繁に開催した」(同、沖縄タイムス)という歴代保守知事と比べても翁長氏の〝会見嫌い”は際立っています。

 政府・自民党との会談の公開や定例記者会見が、県民(国民)の知る権利、報道の自由にとってきわめて重要な問題であることは言うまでもありません。それをないがしろにし、これまで築きあげてきた慣例・原則を踏みにじって密室協議に終始する。翁長氏の知事として、政治家としての基本的資質に重大な欠陥があると言わざるをえません。

 同時に問わねばならないのは、琉球新報、沖縄タイムスはじめ沖縄のメディアの責任です。

 沖縄メディア各社は、これまでつくりあげてきた「沖縄方式」が翁長氏によって切り崩されていることになぜ厳しく抗議しないのでしょうか。なぜ「全公開」を強く要求しないのでしょうか。定例会見の復活要求にも1年3カ月を要しました。これで読者・視聴者に対するメディアの責任が果たせていると言えるでしょうか。
 国民の知る権利、メディアの報道の自由をないがしろにする翁長氏を正面から批判し、間違いを改めさせることができないのはなぜでしょうか。そこに「翁長タブー」ともいうべきメディアの「自己規制」が働いていることを否定できるでしょうか。

 メディアは「翁長知事に対する報道姿勢」を自ら検証する必要があるのではないでしょうか。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「高江・ヘリパッド建設」を... | トップ | 「平和の礎」に朝鮮人犠牲者... »