アリの一言 

オキナワ、天皇制の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

「天皇退位・国会総意」-憲法上の4つの重大問題

2017年03月20日 | 天皇制と憲法

     

 政界もメディアも「森友問題」に目を奪われている間に、きわめて重大な問題が、批判も受けないまま既成事実化しようとしています。「天皇の退位」について衆参正副議長が「とりまとめ」を行った「国会の総意」(以下「総意」)なるもの(17日)です。

 「土台は固まった」(18日付毎日新聞社説)「『総意』が見えてきた」(同朝日新聞社説)など、メディアは一様に評価していますが、とんでもない話です。「総意」には憲法上の重大問題が少なくとも4つあります。

 ① 憲法が禁じている「天皇の国政関与」を二重に容認

 「総意」は冒頭、「各政党・各会派におかれては…次の諸点については、共通認識になった」として、2点挙げています。第1は、「昨年8月8日の今上天皇の「おことば」を重く受け止めていること」「「おことば」以降…立法府としても、今上天皇が退位することができるように立法措置を講ずること」です。

 8月8日の明仁天皇の「ビデオメッセージ」は、自ら生前退位への意向を強く示唆し、「摂政」を事実上否定するなど、きわめて政治的なもので、それ自体憲法第4条(国政に関する権能を有しない)に反するものでした。
 しかも「総意」は、その天皇の「メッセージ」を受けて国会が「立法措置を講ずる」ことになったと認めています。これは「天皇のお言葉をきっかけにする形では天皇の政治介入になってしまう」(横田耕一九州大名誉教授、16年8月9日付中国新聞)という指摘通りの事態です。
 「総意」は、「ビデオメッセージ」自体と、それで国会が動き出したという二重の憲法違反を容認・追認したことになります。

 ② 憲法にない「天皇の公的行為」の容認・定着

 「総意」が「共通認識になった」として挙げた第2は、「今上天皇が、現行憲法にふさわしい象徴天皇の在り方として…行ってこられた象徴としての行為は、国民の幅広い共感を受けていること」。
 「象徴としての行為」とは、憲法が規定している「国事行為」以外のいるいわゆる「公的行為」です。この中には、国会開会式での「おことば」や「皇室外交」など、きわめて政治的な「行為」が数多く含まれています。そもそも憲法に規定のない「公的行為」自体が憲法上認められるかについても諸説あります。
 ところが「総意」は、そうした問題・異論を排し(これだけでもけっして「国民の総意」=憲法第1条ではありません)、「公的行為」が「幅広い共感を受けている」と断じ、その容認・定着を図ろうとするものです。

 ③ 皇室典範の改正ではなく「特例法」で退位を認める脱法行為

 憲法は、「皇位は世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」(第2条)と定めており、典範は、「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」(第4条)と明記しています。これは「皇位継承」は天皇が死亡した時に限ると「生前退位」を禁じたものです。
 明仁天皇が「生前退位」しようとすれば、この典範第4条を改定しなければならないことは明白です。だから野党はこれまで「典範の改正」を主張してきたのです。

 ところが「総意」は、「典範の付則に根拠規定を置いて特例法を制定する」という「曲芸的な法技術」(18日付朝日新聞)を弄してまで特例法にこだわりました。あくまで典範本法には手を付けないための脱法行為にほかなりません。これを安倍・自民党が強行し、野党も結局それに同調したことはきわめて重大です。

 とりわけ、「憲法の一番の根本精神に照らして考えるなら皇室典範改正が筋」(志位和夫委員長、1月24日の記者会見。写真右)とまで言っていた日本共産党が、民進党に先立って自民党に妥協したのは、いったいなぜでしょうか。「3日、共産党の小池晃書記局長は高村氏(高村正彦自民党副総裁ー引用者)の先例発言を取り上げて評価した。高村氏が『うれしい誤算』という共産の軟化で、民進は孤立した」(18日付朝日新聞)
 共産党は16日に「『とりまとめ』についての意見」を会見で発表しましたが、この中には「皇室典範」のこの字も出てきません(17日付しんぶん赤旗)。

 ④ 政府が法案をつくる前に国会が「総意」をまとめる異常

 「今回のように与野党が議長の下で大枠で合意し、それを政府が法案化するというプロセスは異例だ」(18日付毎日新聞社説)というのは動かせない事実です。なぜこんな異例(異常)がまかり通っているのでしょうか。
 「この問題で与野党が対立し、多数決で決着をつける事態は好ましくない」(18日付朝日新聞社説)という思いが与野党にあるからです。安倍首相が繰り返し言ってきた「この問題を政争の具にしてはならない」の実践です。

 しかし、この「異例のプロセス」は国会が内閣の下準備をすることにほかならず、憲法の大原則である「三権分立」を蹂躙するものです。言い換えれば、「この問題」すなわち「天皇問題」で与野党は対立してはならないという、天皇の下における議会・政党の大政翼賛化に他なりません。

 「退位」をめぐる問題はこれだけではありません。より根本的な問題があります。それについては次回書きます。

 

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「森友・安倍昭恵問題」の陰... | トップ | 「天皇退位問題」の核心は何か »