アリの一言 

オキナワ、天皇制の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

辺野古の現場から③ 「本土の日本人」にとって「辺野古」とは何か

2017年07月17日 | 沖縄・安倍政権・翁長知事

     

 「本土の日本人」は「辺野古」にどう向き合うべきなのか。今回の「辺野古」行きであらためて考えさせられました。

 キャンプ・シュワブゲート前の「休憩テント」で待機中に行われた参加者のスピーチから、お二人の発言(概略)を紹介します。いずれも「本土」からこられた方です。

 Aさん(男性)「私の父は戦時中、兵士として沖縄へ派遣される予定でしたが、幸い船が故障して沖縄に行かずにすみました。私の出身地・北海道から沖縄へ送られ戦死した人の割合は他府県に比べ大きいです。これは明らかに差別です」

 Bさん(女性)「夫婦で沖縄の旅を楽しみましたが、最後の2日は沖縄の人のためにがんばりたいと思って(辺野古に)来ました」

 いずれも大きな拍手を受けました。しかし、私はドキッとしました。
 お二人とも「沖縄」に対する熱い連帯の気持ちがあり、実際にそれを行動で示されています。多くの「本土の日本人」が「辺野古」に見向きもせず、まして現地へ行こうとなどとはしない中で。だから沖縄の人々に歓迎されたのでしょう。

 しかし、そんな意識の高い人たちから、こうした言葉がふつうに出てくることに、厳しい現実を目の当たりにする思いでした。

 沖縄に派遣されず沖縄戦で犠牲にならずにすんだのは確かに「幸運」だったかもしれません。では逃げることもできなかった沖縄の住民は?沖縄に多く派遣されたのが「差別」なら、沖縄とは何?そもそも沖縄戦とは?

 辺野古の埋め立て・新基地建設に反対するのは「沖縄の人のため」?
 
 もちろん、私にお二人の言葉(まして短いスピーチ)をとやかく言う資格はありません。ただ、辺野古新基地はじめ沖縄の基地に反対することが、「沖縄の人のため」だと考える(つい口に出る)ことは、大きな誤りであることは言わねばなりません。

 面積0・6%の沖縄に70%の米軍専用施設(基地)が集中しているのは、敗戦確実な中、天皇制(国体)護持のために沖縄が「捨て石」にされた結果であり、さらに「天皇メッセージ」(1947年)によって日米安保条約と引き換えに沖縄が米軍に差し出された結果です。さらに言うなら、明治天皇制政府の武力による「琉球処分」(1879年)以来の「構造的差別」の結果です。
 この「沖縄差別」が存続・強化されている責任は、私も含め、すべての「本土の日本人」にあります。
 辺野古新基地に反対することは「本土の日本人」自身の責任です。日常的な差別の犠牲の上さらに反対運動で多大な犠牲を被っている沖縄の人々に対し、私たち「本土の日本人」は申し訳ないと頭を下げねばなりません。

 では、「本土の日本人」は何をすべきなのか。

 普天間の代替基地は県外(本土)に移すべきだという「県外移設」論、これに呼応して「本土」の側からは「基地は本土に引き取るべきだ」という意見と運動があります。私は「県外移設」論にも「引き取る」論にも賛成ではありません(理由は別の機会に)。以前そのことを琉球新報に投稿したところ、「本土に沖縄の米軍基地を引き取る福岡の会」代表の里村和歌子さんから厳しい反論が投稿されました。

 「沖縄の人たちの身を切り刻ませているのは誰か。それは…すべての日本人だ。私たちは責任主体として県外移設の提言に真摯に向き合うべきだし、自らおぞましい加害者としての姿を目をかっぴらいて見つめるべきだ。そしてこの議論は「本土」でしていかなければならない

 私は今でも「県外移設」「引き取る」論には賛成ではありません。しかし、里村さんのこの指摘には全面的に同意します。「辺野古」を含め沖縄の基地をどうすべきなのか。それは「本土」でこそ議論しなければならない、「本土の日本人」自身の問題です。

 

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