アリの一言 

オキナワ、天皇制、朝鮮半島の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

被災地に迷彩服は似合わない

2017年07月11日 | 自衛隊・日米安保

        

 九州豪雨災害の救出・救援活動に、警察、消防とともに、自衛隊が大きな役割を果たしています。災害のたびに見る光景で、現地で活動している自衛隊員の奮闘は称賛に値します。

 しかし、そのことと自衛隊が組織として災害出動を行うことの是非は別問題です。

 被災地での活動に迷彩服は似合いません。ふさわしくありません。なぜなら、「迷彩服」とは、「敵の目をだますために、いろいろの色を塗って区別がつかないようにした服。カムフラージュ」(「岩波国語辞典」)だからです。迷彩服は「敵」をあざむく軍服です。被災地にふさわしくないのは当然です。

 なぜ自衛隊は迷彩服で災害活動を行うのでしょうか。それは自衛隊の基本性格にかかわる問題です。
 自衛隊法は第3条第1項でその任務をこう規定しています。「我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる」。自衛隊の「主たる任務」は「防衛」の名による武力・軍事行動です。
 では災害出動は自衛隊にとって何でしょうか。同じく自衛隊法第3条の第2項にこうあります。「前項に規定するもののほか、同項の主たる任務の遂行に支障の生じない限度において…行うこととする任務」。

 つまり、自衛隊の「主たる任務」はあくまでも軍事行動であり、災害出動はそれに「支障の生じない限度」で行われる”従たる任務”にすぎません。それが自衛隊が迷彩服で被災地に立つ理由です。

 根本的問題は、自衛隊に代わる災害救助の専門組織がないことです。なぜ歴代自民党政権は災害の専門組織をつくらないのでしょうか。自衛隊を災害出動させることによって軍隊としての本質を隠ぺいし、国民に感謝され好印象を与えるのが狙いだとしか考えられません。

 軍隊は住民を守りません。それは沖縄戦の大きな教訓です。自衛隊も、「防衛」という名の軍事行動と災害出動の二者択一を迫られる事態になったら、「主たる任務」である軍事行動を優先するというのが自衛隊法の趣旨です。

 「3・11」や相次ぐ災害を経験・見聞し、災害救助・復旧にやり甲斐・生き甲斐を感じて自衛隊に入る人は少なくないでしょう。しかし軍隊である自衛隊はそういう人が入るところではありません。

 自衛隊は憲法違反で対米従属の軍隊です。防衛省に代わる災害対策省を設置し、国内だけでなく国外の災害支援にも迅速に向かうことができる(自衛隊は原則国外の災害には出動できません)災害救援の専門組織を早急につくるべきです。
 被災地の迷彩服を見るたびに、そう痛感します。

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