アリの一言 

オキナワ、天皇制の現実と歴史などから、
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辺野古護岸工事目前、「承認撤回」は゛ラストチャンス”

2017年04月22日 | 沖縄・翁長知事

     

 辺野古新基地を阻止するために、翁長雄志知事は直ちに埋立承認を撤回すべきだ、とこれまで何度も言ってきましたが、ほんとうにもう一刻の猶予もなくなりました。あえて言いますが、「承認撤回」は今が゛ラストチャンス”です。

 「政府は…今週後半以降に着手を延期していた護岸工事について、来週にも始める方針を固めた。反対運動の活発化をにらみ、警備態勢の再確認を進めていたが、近く準備が整う見通しになった。政府関係者が20日、明らかにした。
 護岸工事では、海上に張り出す形で建設する施設の外枠を造る。大量の石材や消波ブロックが海底に積み上げられることで原状回復は困難となり、沖縄側が反発してきた辺野古移設問題は大きな節目を迎える」(21日付中国新聞=共同配信)

 今すぐ工事を止めなければ、取返しがつかないことになります。「県民投票」などと言っている場合ではありません。

 「国は…護岸工事に着手するとみられている。取り返しのつかない環境破壊がなされる前に、直ちに撤回を行うべきである。…昨年暮れの最高裁判決は、知事には埋立承認権者として広範な裁量権があることを例示した。…知事は埋立承認権者として承認撤回ができる」(桜井国俊沖縄大名誉教授、4月16日付琉球新報)

 「翁長知事は埋め立て承認の撤回を打ち出し、これ以上の海の破壊を許さない姿勢を明確に示すべきだ。…埋め立て承認の取り消し・撤回は翁長知事の選挙公約であり、だからこそ沖縄の有権者は、公約を裏切った仲井真知事に10万票近い大差をつけて翁長氏を当選させたのだ。撤回に対する支持はそこですでに示されている。改めて県民を試すようなこと(県民投票ー引用者)はすべきではない」(目取真俊氏、4月19日付琉球新報)

 「今、世界に誇る辺野古・大浦湾の生物多様性は風前の灯です。緊急に必要なのは県民投票ではなく、埋め立て承認の撤回です。これまでに投げ込まれたコンクリートブロックは撤去可能ですが、石材や土砂が投げ込まれれば撤去不可能です。取り返しがつかなくなる前に、一刻も早く翁長知事が『撤回』に踏み切ること。それこそが、海の恩恵を知る地元住民、そして大浦湾海上、米軍キャンプ・ジュワブゲート前で、基地建設を何とか止めたいと必死で頑張っている県民の共通の切なる思いです」(浦島悦子さん・名護市、4月22日付琉球新報)

 翁長氏、そして「翁長与党」の共産党、社民党、自由党、社大党などの党会派、「オール沖縄会議」のメンバーは、こうした声をどう聴くのでしょうか。

 あす(23日)投票のうるま市長選で「オール沖縄」候補はあえて「辺野古新基地阻止」を前面に掲げず、何度も応援に行っている翁長氏も「撤回」はおろか「辺野古新基地」自体に触れようとしていません。選挙選を報じている「しんぶん赤旗」も同様です。

 その一方、「翁長与党」はじめ「オール沖縄」陣営は、今月29日にまた「県民集会」を行い、「翁長雄志知事にも参加を求める」(22日付琉球新報)といいます。
 しかし、翁長氏はすでに3月25日の「県民集会」で、「撤回を、力強く、必ずやる」と言明したではありませんか(写真中)。にもかかわらず、この切迫した情勢の中で、「撤回」は1ヶ月近く棚上げされたままです。これが翁長氏の手法であり、本性です。
 
 翁長氏の空約束・アリバイづくりの場となる「県民集会」を繰り返すより、県庁の知事室の押しかけ、その場で翁長氏に「承認撤回」を表明させる行動こそ、いま必要なのではないでしょうか。


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沖縄・うるま市長選でなぜ「辺野古・基地」を争点にしないのか

2017年04月18日 | 沖縄・翁長知事

    

 「辺野古新基地」の本格着工となる護岸工事について、沖縄防衛局は「作業の進捗具合や気象状況を踏まえて決定する」(18日付沖縄タイムス)としていつでもGOサインを出す構えで、情勢はきわめて緊迫しています。

 折しも、うるま市長選挙が16日公示(23日投票)されました。新人で前県議の山内末子氏=社民、共産、社大、自由、民進推薦と、現職の島袋俊夫氏=自民、公明推薦の一騎打ちです。
 「名護市辺野古の新基地建設を巡り対立する翁長雄志知事ら『オール沖縄』勢力と自民は、来年1月の名護市長選や11月の知事選に影響する重要選挙と位置づける」(18日付沖縄タイムス)選挙で、このタイミングに「辺野古新基地阻止」の民意をあらためて示す絶好の機会です。

 と思いきや、不思議なことに、この市長選では「辺野古新基地阻止」「基地撤去」が争点になっていないのです。当然争点にすべき「オール沖縄」の山内陣営があえて争点化を避けているからです。いったいどういうことでしょうか。

 告示第一声で山内氏は、「一番の政策として子育てナンバーワンの市をつくりたい」(17日付琉球新報)と述べ、「辺野古」には一言も触れませんでした(琉球新報、沖縄タイムスの報道)。玉城デニー衆院議員(自由)ら応援弁士も「辺野古」は一切言及しませんでした(同)。

 「第一声」だけではありません。山内氏は3月20日に7項目の「選挙政策」を発表しましたが、その中にも「辺野古」はありません(琉球新報の報道)。その後の新聞インタビューでも、「争点は」と聞かれて「辺野古」や「基地」を挙げることはなく、「基地問題は」と質問されても「辺野古」には言及していません(3月23日付琉球新報)

 山内氏だけではありません。翁長知事は応援のため山内氏の事務所開き(2月19日)に出席しましたが、「辺野古」にはまったく触れませんでした(2月20日付琉球新報)。

 山内氏や翁長氏をはじめ「オール沖縄」陣営が、うるま市長選であえて「辺野古」を争点から外していることは明らかです。
 なぜなのか。その背景が沖縄タイムスで報じられています。

 「『辺野古反対』が『オール沖縄』が結束するワードだが、うるまでは「『建白書』の実現」と表現される場面が多い。背景には反辺野古を全面的に打ち出して敗れた宮古と浦添(両市長選ー引用者)の経験がある。政党幹部も「『建白書』で辺野古反対を明確にしつつ、教育や経済など生活に近い政策を打ち出す必要がある」とし、こうした手法が今後の主要選挙での戦い方の試金石にもなるとの考えを示す」(18日付沖縄タイムス)

 驚くべき話です。宮古と浦添で「反辺野古を全面的に打ち出して敗れた」から、うるまでは「反辺野古」を打ち出すのはやめ、「建白書の実現」をその代わりにする。これは今回に限らず「今後の主要選挙」の試金石にする、というのです。

 これは翁長氏の考えと一致するでしょう。「建白書」を掲げることで「オール沖縄」の支持を繋ぎ止めながら、「辺野古」は全面(前面)に出さない。たたかう前から「辺野古」を下ろす敗北主義であり、「新基地建設」を事実上容認しながら「オール沖縄」の票で「知事再選」を目指そうとするものです。

 再三述べているように、翁長氏は今すぐ「承認撤回」すべきなのです。それをしないで、これからは重要な選挙の争点からも外そうというわけです。
 「オール沖縄会議」は「辺野古新基地反対」の民意をあらためて示すために「県民投票」を検討していると報じられていますが、目前の重要選挙で「辺野古」を争点から外しておいて「県民投票」とは支離滅裂です。

 「辺野古」だけではありません。トランプ大統領が北朝鮮への軍事圧力を強める中、17日には嘉手納基地から大気中の放射性物質を観測する米軍機が初めて飛び立ち(写真右)、早期警戒機も飛来しました。朝鮮半島情勢は一触即発であり、沖縄がまた戦争の前線基地にされようとしています。

 こうした情勢の中で行われる「保革一騎打ち」の市長選で、「辺野古新基地阻止」「米軍基地撤去」を争点に掲げない「オール沖縄」とは、いったい何なのでしょうか。


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「集団自決」展の後援を拒否した翁長県政

2017年04月04日 | 沖縄・翁長知事

     

 沖縄県紙を読んでいないと分からない翁長県政の重大問題がまた起こっています。

 「『集団自決』(強制集団死)の軍命を明記するよう活動する『9・29県民大会決議を実現させる会』(仲西春雅世話人)が、県庁(写真中)1階の県民ホールで『集団自決』や会の活動などを展示するパネル展を企画して県教育庁に後援を依頼したものの、『後援の規定』を理由に断られていたことが31日までに分かった。同庁は取材に対し、後援を認めれば会を支持することになるとして『議論のある問題で教育庁が特定の立場をとることはできない』と話した」(1日付琉球新報)

 「議論のある問題」で「後援」はできないという口実で公共の施設を使わせないのは、保守自治体が市民の自主的活動に圧力をかける常とう手段ですが、それが沖縄県でまた起こっているのです。

 日本軍による強制集団死(「集団自決」)は沖縄戦の歴史の要といえます。それを「議論のある問題」とする県教育庁の言い分は異常です。
 しかも、パネル展を企画している「9・29県民大会決議を実現させる会」は、沖縄の現代史において重要な意味をもつ会です。
 「9・29県民大会」とは、2007年9月29日に宜野湾市の海浜公園で行われた「教科書検定の検定意見撤回を求める県民大会」。11万人(主催者発表)という「沖縄現代史上にも前例を見ない大群衆」(新崎盛暉氏『日本にとって沖縄とは何か』岩波新書)が結集しました。同年3月30日の教科書検定で文科省が「集団自決」から日本軍による強制の記述を修正・削除したことへの抗議集会です。これには当時の仲井真弘多知事、翁長那覇市長、仲村守和教育長らも出席しました。
 新崎盛暉沖縄大名誉教授はその意義をこう述べています。
 「沖縄社会が、改めて『沖縄戦とは何か』、『日本軍とは何か』を大衆的に問い返すきっかけになったのは、沖縄返還の際の自衛隊の強行配備である。二度目が八二年の教科書検定三度目が〇七年だといえよう」(前掲書)

 この県民大会の決議実現をめざして「集団自決」や教科書問題の真相を世代を超えて伝える活動をしている会が、大会から10年になるのを記念して企画したのがパネル展です。その度重なる要請を拒否して県庁ロビーを使わせない県の対応は言語道断と言わねばなりません。

 重要なのは、翁長県政が市民の活動や沖縄戦の歴史の普及に背を向けているのはこの問題だけではないということです。

 県立博物館・美術館が「政治色が濃い」という理由で孫崎享氏の講演に会場使用を拒否したのは記憶に新しいところです(問題化したのちに撤回)。使用を拒否した担当者は「県の指導があった」(3月4日付琉球新報)と述べています。

 また、首里公園にある第32軍司令壕の説明板(写真右)から、仲井真県政時代に「慰安婦」「日本軍による住民虐殺」の文字が削除された件で、同壕説明板設置検討委員会の元委員長・池田榮史琉大教授ら元委員3人が、その後明らかになった事実をもとに県に文言の復活を要求しましたが(2016年9月26日)、翁長県政はこれに背を向けたままです。

 安倍政権が自衛隊配備を強行しようとしている石垣市では、「南京事件」や「従軍慰安婦」の記述を理由に今年度から副読本の使用を中止しようとしています。

 こうした一連の動きは、市民活動への圧力とともに、沖縄戦をはじめとする戦争の史実を教育・普及することを妨害するものです。安倍政権が日米安保体制を強化し、戦争法(安保法制)の下で自衛隊と米軍の一体化を進めようとしていることとけっして無関係ではありません。

 琉球新報の社説(2日付)は、「教育庁は歴史の事実を後世に伝える重要性を再認識すべきだ」と結んでいます。しかし、問題は教育庁のレベルですむことではありません。
 最大の責任は翁長知事にあります。翁長氏が事の経過を知らないはずがありません。教育庁の判断は翁長氏の判断です。そもそも教育長の任免権は知事にあるのです。万々一、翁長氏が知らなかったとしても、報道によって知った時点で教育庁を一喝し、会の企画を後援すべきですが、翁長氏はそれをしていません。

 県博の問題も、第32軍説明板の問題も、追及すべきは翁長氏の責任です。
 抽象的な「県」や担当部署の責任を問いながら、肝心の翁長氏の責任は問わない「報道」を、いつまで続けるつもりでしょうか。


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「翁長与党」(オール沖縄)はなぜ百条委に反対するのか

2017年04月01日 | 沖縄・翁長知事

       

 沖縄県議会2月定例会の最終本会議(3月29日)で、安慶田光男前副知事の「口利き疑惑」を調査する百条委員会の設置が、否決されました。翁長県政与党(日本共産党、社民党、社大=「オール沖縄」諸党派)と維新が反対したためです。県政与党の「百条委設置反対」はきわめて不可解です。

 経過を振り返ってみましょう。

 安慶田氏の「教員採用試験口利き疑惑」が表面化したのは1月18日。その後「教育庁幹部人事」への介入(圧力)疑惑も発覚。安慶田氏は疑惑を全面否定したまま副知事を辞任(1月23日)。
 一方、当時の教育長の諸見里明氏が、確かに安慶田氏の口利きはあったとする「告発文」を公表(同24日)。安慶田氏は諸見里氏を「名誉毀損」で告訴(同26日)。諸見里氏は「逃げも隠れもせず受けて立つ」と言明(同日)。

 県議会(文教厚生委員会)は、安慶田氏(2月20日)、諸見里氏(3月27日)両氏を参考人として招致。両者の言い分は真っ向から対立。

 この間、翁長知事は、「任命責任者として責任を大変自覚している」(1月24日の記者会見)としながら、真相究明や自らの責任の取り方については口をつぐむ。

 一方、県病院事業局の人事をめぐっても、伊江朝次局長が「県幹部から『辞めてくれ。まだ続けるのか』と言われた」(1月28日付琉球新報)とする疑惑が発覚。

 こうした中、県政野党の自民党が、「翁長雄志知事がどう関わっていたかも(百条委の中で)一緒に調査するのは当然だ」(照屋守之沖縄自民党幹事長、3月28日付沖縄タイムス)として百条委員会の設置を要求。

 これに対し翁長与党は、「議会として…真相究明に取り組んだ。安慶田、諸見里両氏の意見の違いは訴訟に発展しており、百条委の調査を並行させるべきではない」(3月30日付沖縄タイムス)として設置に反対。採決の結果、反対多数で百条委の設置は否決された。

 以上の経過から、翁長与党が百条委の設置に反対する理由らしき理由はただ1つ、「訴訟」になっているから議会での追及を同時に行うべきではない、ということです。
 これは驚くべき言い分です。なぜなら、司法と議会の調査権は別で、訴訟になっていても議会は独自の調査権を発揮して政治的道義的責任を追及すべきだ、というのが共産党、社民党など国政野党の一貫した主張だからです。現にそうやって東京では豊洲市場移転問題で百条委員会を設置し、国政では安倍昭恵氏らの証人喚問を要求しているではありませんか。

 都議会の百条委設置について、「百条委設置は…日本共産党都議団が早くから提案してきたものです。…全会一致で百条委設置を決めたことは、都民の声が都政を動かすことをはっきり示しました」(2月24日付「しんぶん赤旗」主張=社説)とまで言って百条委の意義を強調したのは共産党です。

 共産党や社民党など「オール沖縄」党派の、都議会や国会での主張・対応と、沖縄県議会でのそれは明らかなダブルスタンダードと言わねばなりません。

 なぜこうした理不尽なことが起こるのか。県政与党は、翁長氏自身の疑惑を含む県政の疑惑は追及しないでそっとしておくことが「翁長知事を支える」ことだと考えているからではありませんか。安慶田氏の参考人招致の時も「ほかの与党委員も…持ち時間を使い切らずに質問を終えた」(2月21日付沖縄タイムス)と、まるで国会での自民党のように消極的な姿勢を示したことにもそれは表れています。

 「質問や委員会を通し、採用試験の口利きの事実や教育庁幹部人事への翁長雄志知事の関与など、県政に向けられた疑惑の真相が明らかになったとは言えない。…二元代表制の一翼を担い行政を監視する県議会において、百条委を設置しないという対応は、チェック機能を十分果たしているとは評価しがたい。…本来、県議に与野党の区別はない。県議の役割は、政治的立場が同じ県政を守ることではなく、県政に浮上した疑惑を有権者の代表として鮮明にすることだ」(3月30日付沖縄タイムス、銘苅一哲記者の「解説」)

 その通りです。翁長氏や「オール沖縄」に゛遠慮がち”な報道・論調が目立つ中、注目される記事(指摘)です。

 諸見里氏は「県議会から要請があれば証人として出たい」(3月27日の県文教厚生委員会、同28日付沖縄タイムス)と明言しています。百条委員会を設置して、安慶田氏の一連の疑惑、そして翁長氏自身の関わりを徹底的に追及すべきです。


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「オール沖縄」はなぜ翁長知事に「撤回」を迫らないのか

2017年03月28日 | 沖縄・翁長知事

    

 菅義偉官房長官が27日の記者会見で、翁長雄志知事が「埋立承認撤回」を行ったら「知事個人への損害賠償請求」もありうる、と述べたことは、理不尽な恫喝以外の何ものでもありません。それだけ、安倍政権にとっては「撤回」が怖いのです。
 だからこそ、「撤回」は有効であり、直ちに実行される必要があります。

 しかし翁長氏はいまだにその時期を明言せず、棚上げを続けています。

 「撤回」は本来、知事就任の直後に行われるべきでした(昨日のブログ参照)。それが2年3カ月半たっ今も、埋め立て工事が進行しているにもかかわらず行われていない。その責めはもちろん翁長氏が負うべきものですが、それを許してきた「オール沖縄」陣営の責任も問わざるをえません。

 たとえば、26日の県民集会です。

 翁長氏が「撤回を必ずやる」と述べたことについて、こう報じられています。
 「撤回表明は集会を主催した『オール沖縄会議』側にも知らされておらず、同団体幹部は『県民の思いに応えてくれた。よく言ってくれた』と驚いた」(26日付琉球新報)

 「撤回」は「県民の思い」だと「オール沖縄会議」も認識し(当然でしょう)、翁長氏の想定外の「撤回表明」に驚き、喜んだ、というわけです。おそらくこの「幹部」の言葉は「オール沖縄会議」あるいは集会参加者の多くの共通の思いではなかったでしょうか。

 そうであるなら、なぜ「オール沖縄会議」は集会の「決議文」や「発言」の中で、翁長氏に「撤回」を求めなかったのでしょうか。

 「決議文」は日米両政府に宛てられたものですが、「撤回」の重要性を盛り込むことはできたはずです。壇上での発言は、「オール沖縄」の国会議員はじめ、だれ一人として翁長氏に「撤回」を求めたものはありませんでした(26日付の琉球新報、沖縄タイムスの報道の限りで)。

 その一方で、「決議文」や発言で異口同音に繰り返されたのは「翁長知事を支える」という言葉です。
 同会議や県政与党(日本共産党、社民党、社大党、自由党など)はじめとする「オール沖縄」陣営は、翁長氏を「支える」と言う一方で、翁長氏に対して正面から要求し追及することは(ごく一部の例外を除き)していません。それはもちろん今回だけではありません。

 たとえば、翁長氏が高江のヘリパッド建設を容認した時も、「オール沖縄」は抗議一つしませんでした(12月8日のブログ参照http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20161208

 辺野古や高江で連日市民を抑圧し続けている「本土」からの機動隊派遣についても、翁長氏は機動隊を要請した県公安委員長の任免権を持っているにもかかわらず、沈黙を通し事実上これを容認していますが、「オール沖縄」はそれについても翁長氏を追及することはしていません。

 「翁長知事を支える」とは、どういうことでしょうか。
 
言うべきことを言わず、翁長氏がやりたいようにやらせ、それを追認することが「支える」ということでしょうか。

 「オール沖縄会議」の「設立趣意書」(2015年12月14日)にはこう書かれています。
 「巨大な政府権力に立ち向かい最終的にこの闘いに勝利するための戦略を描き、闘いを統一的に掌握し組織する」
 辺野古新基地を阻止する「戦略」において、知事の「あらゆる権限」の中でも「撤回」が最大の切り札であることは論を待ちません。それは(先の「幹部」の発言のように)「オール沖縄会議」の共通認識でしょう。そうであるなら、なぜ翁長氏に直接「撤回」を要求しないのですか。「即時」かどうかは意見が分かれても、「撤回」が必要であることは共通項でしょう。なぜそれを翁長氏にぶつけないのですか。

 集会でオール沖縄会議共同代表の呉屋守将氏は、「知事を生んだ『製造責任者』の一人として最後まで頑張る」(26日付沖縄タイムス)と述べました。
 「製造責任者」の責任とは何でしょうか。「製造物」に欠陥があればリコールし、まともな「製造物」として世に出し直す。それが「製造責任者」が行うべきことではないでしょうか。

 「オール沖縄」は翁長氏の個人後援会ではないはずです。辺野古新基地を阻止するために、翁長氏の「欠陥」を改めさせ、やるべきことをやらせる。それが「オール沖縄」の責任ではないでしょうか。


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翁長県政による「県博使用不許可」は重大問題

2017年03月07日 | 沖縄・翁長知事

       

 沖縄タイムスか琉球新報を読んでいなければ分からない、翁長県政をめぐる重大問題が沖縄で発生しています。
 県はこれまで市民のさまざまな企画が催される中心的会場となったきた県立博物館・美術館(那覇市、写真右)の使用を、「政治目的」を理由に不許可にしようとしているのです。

 問題が表面化したのは4日付の沖縄タイムス、琉球新報両紙の報道からでした。

 「県立博物館・美術館を運営する指定管理者『沖縄美ら島財団』(花城良廣理事長)は3日までに、『沖縄とトランプ大統領』をテーマに元外務省国際情報局長の孫崎享さんを招いた勉強会(主催・東アジア共同体研究所琉球・沖縄センター)の会場使用について、『政治色が強すぎる』などの理由で申請を認めない決定を出した」(4日付沖縄タイムス1面トップ)

 「不許可」の決定は同財団が単独で行ったものではなく、翁長県政の「指導」によるものといいます。

 「美ら島財団の担当者は県の指導があったとし、今回のケースは『政治的な内容だったので設置目的に合わないと判断した』としている」(4日付琉球新報)

 「政治目的」を理由に使用不許可にする動きは、同財団が指定管理者になる以前から、翁長県政によって始まっていました。

 「県は、昨年4月に財団が指定管理者に決まる前の募集段階から、利用可否の『線引き』が必要との認識を示していた。県と毎月、協議を重ねた財団は同11月、過去に利用した約200団体に判断基準変更を文書で送付した」(5日付沖縄タイムス)

 同財団は急な変更に難色を示しましたが、それを押し切ったのは県でした。

 「『利用団体の反発が予想されるので周知期間が必要』と考え、2~3年かけて運用を切り替えてはどうかと県の担当者に伝えていた前川氏(同財団の企画広報責任者ー引用者)だが、県側からは来年度から新指針で、と説明されたという」(5日付沖縄タイムス)

 県はこうした報道後の6日になって、「指定管理者と運用について協議してきたが、規定案(利用規定の改定案ー引用者)は申請されておらず、県として承認していない」(茂太強・県観光文化スポーツ振興課長、7日付琉球新報)とし、孫崎勉強会の不許可についても「過去に同様の内容で利用しており、不許可にする理由がない」(同)と火消しに躍起です。

 しかし同じ新報の記事でも、「県や財団によると…ルールを明確にしようと利用規定の協議を重ねてきた。その中で政治活動や宗教活動、営利目的などは許可しないという案が検討されたという」(7日付琉球新報)ことは否定されていません。

 その「県と財団の協議」の結果、「使用不許可とするケースを10項目列記し、その中に『政治目的のための利用』を盛り込んだ」(5日付沖縄タイムス社説)のです。

 以上の経過から明らかなことは、翁長県政が約1年前から、県立博物館・美術館の「利用規定」の改定を計画し、「政治目的のための利用」を不許可にしようとしていることです。

 「政治目的」を口実に会場使用を不許可にし、市民の自主的な活動を妨害することが、「言論・表現・集会の自由」を規定した憲法や地方自治法に反することは明白です。

 「県立の施設なのに、これまで使えたものが使えないのは問題だ。基準も不明確で、恣意的な運用で表現の自由が制約されかねない」(高良沙哉沖縄大准教授・憲法、4日付琉球新報)
 
 この問題がとりわけ重大なのは、それがどこかの右翼的首長の自治体で起こっていることではなく、「オール沖縄」を基盤として当選し、「オール沖縄」の党派が与党となっている、いわば「革新自治体」の翁長県政によって行われようとしていることです。

 翁長氏が県政トップとしてこうした動きを知らないはずはなく(石原慎太郎ではあるまいし)、もっとも責任を負うべき立場にあることは言うまでもありません。
 付け加えれば、翁長氏と美ら島財団の関係は深く、翁長氏が知事就任後最初に任命した知事公室長の町田優氏は、同財団の常務理事です。

 「規制には慎重さが必要」と題した沖縄タイムスの社説(5日付)が同財団を批判しながら県・翁長氏の責任については一言も触れていないのはまったく奇異としか言いようがありません(新報は社説で取り上げてもいません)。

 そして最も重大なことは、こうした翁長県政の暴走に対し、日本共産党、社民党、自由党、社大党などの「オール沖縄」諸党派がいっせいに沈黙し、県政の誤りをただそうとする動きがまったく見られないことです(タイムス、新報を見る限り)。共産党の機関紙・しんぶん赤旗はこの問題を1行も報じていません(6日付まで)。

 憲法・民主主義の根幹にかかわる制度改悪を計画的に行おうとしている翁長県政とは何なのでしょうか。その悪政を見て見ぬふりで容認する「オール沖縄」とは、いったい何なのでしょうか。
 「政治目的」を理由にした「使用不許可」の制度改悪は絶対に許されません。


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「翁長県政与党」ーそれで責任が果たせるのか

2016年10月04日 | 沖縄・翁長知事

    

 9月27、28両日、沖縄県議会で9月定例会の各党代表質問が行われました。辺野古裁判の不当判決(福岡高裁那覇支部、多見谷寿郎裁判長)、高江ヘリパッド建設強行という重大事態の中で、翁長雄志知事の答弁(写真中)が注目されました。

 しかし、翁長氏の答弁はこれまで通り、重要問題については謝花喜一郎知事公室長(写真右)に答弁させ、自らの見解表明を避けました。それを許したのが、翁長県政与党(「オール沖縄」各派)のふがいなさです。

 2日間で9人が質問。このうち与党議員は3分の2の6人(社民・社大・結連合から3人、おきなわから2人、日本共産党から1人)。いずれも「知事の政治姿勢」や「基地問題」を質問しましたが、核心には迫りませんでした。特に重要な3点を挙げます。

 ①なぜ翁長氏に「高江ヘリパッド建設反対」と明言させないのか。

 高江で続いている異常事態の元凶は言うまでもなく安倍政権による工事の強行ですが、それを許しているのが翁長氏のヘリパッド建設黙認(容認)です。
 県警や機動隊の「警備」を「公正中立を欠いた国家権力の乱用」(比嘉瑞己議員)と批判するなら、その事態を招いている翁長氏の工事容認をなぜ追及しないのか。なぜ翁長氏に「高江ヘリパッド建設反対」を明言させないのでしょうか。

 ②県公安委員会の任免権を持つ翁長知事の責任をなぜ追及しないのか。

 与党議員は高江への他県の機動隊派遣について、要請の経緯や費用などについて質問しました。これに対し池田克史県警本部長は、「公共の安全と秩序を侵害しない限り県警としては関知しない」と開き直りました。しかし追及はそれ以上進みませんでした。

 他県から警察(機動隊)派遣を要請する権限は都道府県公安委員会にあり(警察法第60条)、その県公安委員会の任免権は知事にあります(同法第39条、第41条)。機動隊派遣要請を追及するなら、なぜ翁長知事の責任を追及しないのか。なぜ議会の場で翁長氏に「公安委員会は機動隊派遣を要請すべきではない」と答弁させないのでしょうか。

 ③なぜ「辺野古埋立承認の撤回」を約束させないのか。

 辺野古裁判確定判決後の「知事権限」の行使について、「当然ながら『撤回』も入っていると考えるがどうか」(比嘉京子議員)と質問したのに対し、謝花氏は「(最高裁)判決の結果を踏まえて検討する」と明言を避けました。与党議員はそれ以上追及しませんでした。
 「撤回」は新基地阻止の決め手になるものですが、翁長氏は態度を明確にすることを避けています。「最高裁でも県敗訴となった場合は、次の知事権限として『承認撤回』に踏み切る」となぜ約束させないのでしょうか。

 こうした重大な問題で、翁長氏は自ら答弁せず、いずれも謝花氏に代弁させて態度の明確化を避けています。与党議員は6人も質問しながら、誰一人として翁長氏自身に明確な答弁をさせた議員はいません。

 国は国民が選んだ国会議員が首相を選ぶ「議院内閣制」ですが、地方自治体は「二元代表制」です。
 「地方議会と首長の関係は車の両輪に例えられる。…議会も首長もそれぞれ住民が選ぶ『二元代表制』だ。協働ではなく、対等に競争する関係でなければならない。…知事を支えるのか反対するのかで争うのではなく、どのような沖縄県をつくるかという点で議論するべきだ」(仲地博沖縄大学長、6月3日付琉球新報)

 「翁長知事を支える」と言って、翁長氏の問題姿勢・見解を追及せず放任する。それで「議会は知事と対等」(仲地氏)と言えるでしょうか。県民から選ばれた県会議員としての責任が果たせるでしょうか。県議会が「どのような沖縄県をつくるか」を議論する場になるでしょうか。
 翁長県政与党(「オール沖縄」)の猛省が求められています。


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翁長知事はなぜ「高江の機動隊」を引き揚げさせないのか

2016年08月27日 | 沖縄・翁長知事

    

 高江ではヘリパッド建設を強行する安倍政権に対し住民・市民の文字通り体を張った阻止行動が連日繰り広げられています。一方、県外から動員されたかつてない規模の機動隊の排除も激しさを増しています。

 26日には沖縄の市民団体「基地の県内移設に反対する県民会議」が県庁を訪れ、「ヘリパッド建設に関して、翁長知事に反対表明するよう訴え」るとともに、「現地での立ち入り調査を含め、毅然とした態度で取り組んでほしい」(27日付琉球新報)と要請しました。しかし県は担当課長が木で鼻をくくった対応をしただけでした。

 「毅然とした態度」どころか、翁長氏には高江の緊迫した事態を収拾する責任と、その権限があります。
 翁長氏がヘリパッド建設を容認していることは繰り返し指摘してきましたが、それだけでなく、翁長氏は高江に県外から派遣されている機動隊を「本土」へ帰らせることができるにもかかわらず、その責任を放棄し、高江の事態を放置しているのです。

 翁長氏は25日の定例記者会見(これがなんと1年3カ月ぶりの「定例会見」)で、「500人とも800人ともいわれる機動隊の数は過剰な警備であることは間違いない」(26日付沖縄タイムス)と述べました。これが「知事、政府の姿勢批判」(同)と報じられました。

 しかし翁長氏は「数」が「過剰」だと言っているだけで、機動隊の警備自体を批判しているわけではありません。そしてさらに重大なのは次の点です。

 「県外の機動隊員が、翁長知事が任命権を持つ県公安委員会の要請で派遣されている点について、『その意味では大変忸怩たるものがある』と述べた」(26日付琉球新報)

 「忸怩たるもの(はずかしい思い)」ですまされては困ります。ここにこそ知事としての翁長氏の権限と責任があるのですから。

 県外からの機動隊派遣と県知事の関係については、「辺野古」の時に触れました(2015年11月10日のブログ参照 http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20151110)。要点をあらためて示します。

 警察法第60条1項は、「都道府県公安委員会は、警察庁又は他の都道府県警察に対して援助の要求をすることができる」としています。県外からの機動隊の導入はこの条項に基づいて行われています。
 さらに同条3項は、「派遣された警察庁又は都道府県警察の警察官は、援助の要求をした都道府県公安委員会の管理する都道府県警察の管轄区域内において、当該都道府県公安委員会の管理の下に、職権を行うことができる」としています。

 「高江」でも「辺野古」でも、県外からの警察官(機動隊)導入は、沖縄県公安委員会の要求で行われているものであり、その行動(職権)もあくまでも県公安委員会の「管理下」にあるということです。

 では、県公安委員会と県知事の関係はどうでしょうか。
 
 同じく警察法第38条1項は、「都道府県知事の所管の下に、都道府県公安委員会を置く」とし、同第39条は、都道府県公安委員(5人)は、「都道府県知事が都道府県の議会の同意を得て、任命する」としています。さらに同41条は、知事に公安委員の罷免権があることも明記しています。

 以上のことから明確なのは、翁長知事は県公安委員会に対し、他県の警察官派遣要求を撤回させることができるということです。もしも公安委員会が知事の指示に従わない場合は罷免すればいいのです。
 知事は公安委員会を直接指示できない、という説もありますが、その趣旨は「公正中立な警察行政を実現するため」(原野翹氏『警察法入門』有斐閣)であり、この場合に該当しないことは明らかです。

 翁長氏は公安委員会を通じて、県外の警察官(機動隊)を「本土」に返すことができるにもかかわらず、その権限を行使せず、安倍政権による県民弾圧を放置しているのです。

 ここで沖縄タイムス、琉球新報についても一言言わざるをえません。
 
 沖縄タイムスは26日の社説で、県公安委員会に対し、機動隊派遣要請の理由を県民に説明し、撤退させよ、と要求しながら、なぜ翁長氏の責任については一言も触れていないのでしょうか。触れないどころか、先の「過剰警備」発言だけを取り上げて翁長氏を肯定的に評価しているのはなぜでしょうか。

 琉球新報も、前記のように公安委員会に対する「知事の任命権」について触れながら、その権限を行使しようとしない翁長氏を批判せず、「評価」に終始するのはなぜでしょうか。

 「定例会見」が1年3カ月も開かれないという異常事態を、これまで両紙がまったく問題にしてこなかったことも含め、両紙が貴重な沖縄のジャーナリズムとして、翁長知事に対する正当なチェック機能を果たしているのか、あらためて問われていると言わざるをえません。


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事実を歪曲する翁長知事の記者会見

2016年07月23日 | 沖縄・翁長知事

  

 抗議する市民を排除して高江ヘリパッド工事が強行され(写真左・中)、「辺野古」で国が新たな裁判を起こした22日、翁長雄志知事は記者会見でこの事態についての「見解」を述べました(写真右)。見過ごせないのは、この中に重大な事実の歪曲があることです。

 翁長氏は肝心の政府・沖縄県協議会(21日)でヘリパッド工事強行に抗議するどころか「高江」にまったく触れず、「辺野古」でも政府ペースの「和解の有効性」を認めてしまいました(昨日のブログ参照)。
 
 この日も翁長氏は、「強硬に工事に着手する政府の姿勢は到底容認できるものではなく、強く抗議する」(23日付琉球新報「知事一問一答」。以下、引用はすべてここから)とは言いましたが、ヘリパッド建設自体には反対していません。

 反対しないどころか、「ヘリパッドを建設するというSACO合意について知事の立場は」という記者の質問に対しこう答えました。
 「SACO合意を着実に実施することが基地の負担軽減につながっていくというのは、私は一貫している」。これはSACO合意のヘリパッド建設への賛成を表明したものにほかなりません。

 ヘリパッド建設に賛成でありながら、「強く抗議する」などと言ってまるで反対しているかのように振る舞うのは、市民を欺くものです。

 菅官房長官は「翁長知事がマスコミの皆さんの前でそのような発言をすることが極めて残念だ。協議会とは全く違う」(23日付琉球新報)と、翁長氏の態度がメディアや市民の前と政府の前とでは「全く違う」と述べましたが、翁長氏はこれに反論できるでしょうか。

 記者会見での重大な事実の歪曲は2つあります。

 1つは、「多くの選挙を通して、普天間飛行場の県外移設を求める県民の民意が示されている」という発言です。
 これは「県内移設反対(断念)」と「県外移設」の意図的なすりかえです。再三述べてきたように両者の間には大きな違いがあります。「オール沖縄」の一致点は「建白書」にある「県内移設断念」であり「県外移設」ではありません。

 たとえば先の参院選で「オール沖縄」で当選した伊波洋一氏の選挙公約も「普天間飛行場を閉鎖・撤去し、辺野古新基地建設断念を求める」であり、「県外移設」とは一言も言っていません。

 「県外移設」は翁長氏の持論であり、現地の批判を浴びた馬毛島の視察(18日)にもつながるものです。それを県民の総意のように言う翁長氏の歪曲が一向に是正されないのは、「県外移設」に反対の日本共産党などが翁長氏に必要な指摘・抗議をしないからです。

 もう1つの歪曲は、「県外移設」よりもさらに悪質です。
 「日米安保体制というようなものを戦後71年間にわたって、それを支えてきた沖縄県民に何ら配慮もないまま、北部訓練場も強硬に入っていく」
 「沖縄県民は長年にわたり過重な基地負担に耐えながら日米安保体制に尽くしてきているにもかかわらず…」

 「沖縄県民」は戦後71年間、日米安保体制を「支えてきた」のでしょうか。日米安保体制に「尽くしてきている」のでしょうか。
 日米安保体制を信奉する翁長氏や保守・自民党にとってはそうかもしれません。 しかし、沖縄の革新勢力は、「過重な基地負担」の元凶はまさに日米安保(軍事同盟)体制だとして、一貫してその打破・廃棄へ向けてたたかってきたのです。「支える」「尽くす」とはとんでもありません。

 「高江」や「辺野古」の事態にかこつけて、まるで「沖縄県民」全体が日米安保体制に賛成かのように言うのは、歴史の事実を歪曲し、日米安保体制堅持の世論づくりを図ろうとするものと言わねばなりません。

 


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高江・辺野古ー翁長知事のダブル背信は許されない

2016年07月22日 | 沖縄・翁長知事

      

 安倍政権は22日、高江のヘリパッド工事強行、辺野古で新たな訴訟という2つの強権を発動しました。その節目になったのが、前日の11日に翁長知事も出席して行われた政府・沖縄県協議会(写真左)です。
 ここで翁長氏は、「高江」「辺野古」の両方で県民を裏切る背信的姿勢を示し、安倍政権の強権発動に暗黙のGOサインを出してしまいました。

 ★「高江ヘリパッド工事強行」に抗議どころか一言も触れなかったのはなぜか

 協議会後の記者会見で記者から、「高江では連日資材搬入が続いていて、地元の方々が不安に思っている部分もあると思うが、あえて取り上げなかった理由は」と聞かれた翁長氏は、こう答えました。

 「あえてということではない。こういった協議会が開催されるときには大臣もみんなそろうということもあるし、そろうということから時間的な制約もあるし、その前に今日までのいきさつや流れの中での質問ということです。ですから、私もそれは当然のことながら、日ごろ皆さん方と話し合いをしていますから、15分の中でそれを詰めるものもない中でフリー討論はちょっと考えにくいということだった」(22日付琉球新報「一問一答」)

 これを読んで意味が分かる人が何人いるでしょうか。支離滅裂とはこのことです。まるで答えになっていません。いかにまともに答えられないことを翁長氏がしたのかということを逆に示しています。

 唯一分かるのは「15分」という「時間的制約」があったと言いたいのだろうということです。そもそも政府が設定した時間にとらわれること自体問題ですが、この日の協議会は当初30分(双方15分ずつ)と予定されていたものが実際はそれより速く「20分近くで終わった」(同琉球新報)のです。「時間的制約」など真っ赤なウソです。

 しかも翁長氏は限られた時間の中で、「中国海軍軍艦の尖閣諸島接続水域侵入に対する対応について…引き続き万全の体制で取り組んでいただきたい旨申し上げた」(同琉球新報)と、中国脅威論を口実にした先島諸島への自衛隊配備強化を促すような要求を行ったと自ら明らかにしました。

 翁長氏にとっては「高江」よりも「尖閣」なのです。

 ★なぜ「辺野古・和解」の「有効性」を確認してしまったのか

 政府は22日の新たな訴訟は、「和解条項の趣旨に照らして」(菅官房長官)行ったと強弁しています。これは事実を偽るものです。

 「和解」(3月4日)は、第三者機関である「国地方係争処理委員会」が国または沖縄県の主張のどちらかを正しいとした場合に、その後双方が次の訴訟へ向かうという筋書きになっています。
 ところが係争処理委員会は国、県のどちらが正しいとも判断を下しませんでした。これは「和解」が想定していなかった事態であり、「和解」の筋書きはそれより先に進むことはできません。つまり「和解」はその時点で無効になったのです。

 にもかかわらず政府は新たな訴訟を起こしました。それは「確定判決」が出たあとは「和解条項第9項」によって、その後の知事の権限をすべて封じ、埋立工事を強行するという当初の戦略を推し進めるためです。

 これを阻止するには、まず「和解の無効」を宣言することです。その上で、埋立承認の「撤回」という強力な「知事権限」で安倍政権の暴挙を食い止めることです。(6月18日のブログ参照。http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/d/20160618

 ところが翁長氏は協議会で、「和解条項が有効である」(菅官房長官)という確認をしてしまいました。菅氏が協議会後の記者会見で、「このことについて(翁長)知事に確認した」(写真右)「翁長知事から異存がないとの発言があった」(22日付琉球新報)と強調したのは、ここに政府の狙いがあったからです。

 翁長氏は引き続き安倍政権との「話し合い」などと言っていますが、「政府は、もはや対話による解決を放棄したと言わざるを得ない」(22日付沖縄タイムス社説)のは明らかです。さらに言うなら、「話し合いで解決する考えなど、はなからなかった」(同琉球新報社説)のです。

 翁長氏が「話し合い」というカムフラージュでこれ以上逃げることを許さず、「承認の撤回」をはじめ「あらゆる知事権限」を行使させることが今こそ必要です。


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