こころの万華鏡

日常の中に瞑想があるのではない・・
瞑想が日常に溶け込んでいる

意味と理解

2017-05-12 09:43:21 | 内観的気づき



何だかんだと書き綴ってきたブログ

これに意味があるかどうか判らないけど

日頃から「すべての物事には意味がある」と感じてるので

多分意味はあるということになる。



何時の頃からか、意味を見出そうとする気持ちも失せているのですが、

かと言って、どうでも良いということではありません。



意味があっても無くても、全ては起こるべくして起こっているという事を

深い所で納得しているから、敢えて意味を探しに行かなくなった・・。




外側に映る世界は人類の集合無意識が創る世界で、

ここには真の意味はあるようで無い、、と同時に、無いようであるという

矛盾を孕んだままの現実なのです。



真の意味を求める矛先は外側ではなく、、内側にあります。


なので、まずは内側の探索を優先するのが常です。




内側へと深く深く掘り下げていくと、、いくつもの理解が生じ、


生じた理解は新たな理解へと書き換えられていき、

この繰り返しの中で、理解は深められていく。


そして理解が深まれば、意味は自ずと昇華(成仏)されていく。




このプロセスを突き詰めていくと、

「意味は無い」ということの実相(本質)が見える瞬間があります。














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