こころの万華鏡

日常の中に瞑想があるのではない・・
瞑想が日常に溶け込んでいる

マインドの機械性

2017-02-09 08:58:27 | 心・ 意識 ・ 無意識


人の想念は機械のように反復を繰り返す。


同じところをぐるぐる回るだけなので

その部分に於いては先が読めるということになる。


無意識であればあるほど機械的ということで

人の想念の癖によって引き寄せられるパターンは

限定されたものとなる。


ああすれば、あのようになる

こうすれば、このようになる

と、凡その見当がついてしまう。



逆に意識的であればあるほど、

その人の人生の先は読みにくくなる。



「意識的」であるということは

マインドの機械性を脱していくという事だから。



故に

覚者の生きる道の先など

凡人には読めない道理なのだ。




覚者は過去や未来に縛られたマインドを持たない。



過去と未来とは

機械性マインドの賜物でもあるのだから。

















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