こころの万華鏡

日常の中に瞑想があるのではない・・
瞑想が日常に溶け込んでいる

細胞は記憶してる

2017-07-18 11:40:25 | 内観的気づき


ゴツン、コツン


何かの拍子に頭をぶつけることあるでしょ?


私はけっこう頻繁にぶつけます、、といっても軽くですけど・・

物干し竿などに、、軽くコツンと頭をぶつけたり・・。


で、昔のことですが、頭をぶつける度に

「私はアホやから。。」という心の声が聴こえてました。


最初は微かな声だったけど、ある時、、

この声が物凄く大きくなった時があって、

同時に父親に頭を叩かれている幼少の私のビジョンまで見えたりして

すごく驚いたことがあります。


大人になって、、それこそ何十年経っていても、

殴られた時の記憶は、案外引きずるものなんだなって、、

暴力に限らず、ショックな体験なんかも含めて・・。


意識の上ではすっかり昔話で終わらせていた事なのに、

アホ、バカなどと自分を卑下する様な事を云われ、

叩かれたことの全容を、体の細胞は記憶しています。


その記憶は封印されてはいるものの、

何かの拍子で勢いよく表面意識に上ってくる・・

瞑想・内観を続けていると

そういう場面に何度も遭遇します。


過去の、(時には前世のような)記憶が鮮明に蘇り、

追体験をした後というのは、意識が大きく変わるとか

人生に於けるけっこう大きな節目だったりする、、

そんなことも学びました。
















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