こころの万華鏡

日常の中に瞑想があるのではない・・
瞑想が日常に溶け込んでいる

ホログラフィック原理 その2

2017-09-23 09:50:02 | 心・ 意識 ・ 無意識




理論上、人類はシミュレーションの中の存在に過ぎない。

この世界は脳が作り出す錯覚、、ホログラムだ

ということが実証されつつあるということで、、


今回はシュミレーションゲームと

実人生を重ね合わせて考えてみます。



平凡な主人公が(平凡でない場合もあるが、、)

様々な体験を積みながらダンジョンを攻略していく。


その過程には必ず困難が立ちふさがり、

前進を妨げる悪役も登場する展開を見ると

困難や悪役やバッドシチュエーションこそが

主人公を勇者に変えていくということが判る。


過酷な環境こそが

平凡な人間を勇者たらしめるために必須の燃料となっているのだ。


自分の人生を振り返ってみると、、(感情的には)

素直にそうだとは割り切れない所もあるけれど


でも・霊性という観点から見れば頷けるし、

そう考えた方が辻褄もあってくる。


ただし、実人生では「前進」は物理的な意味では勿論なくて

意識や霊性の進化(目覚め)ということになるし、

「困難」も物質的というよりは精神的な心の状態であることの方が

メインとなる訳だけれど・・。


そう考えると困難や試練を修行だと捉える視点さえあれば

取り組み方も180度違ってくる。


修行とは、、私の場合は『内観』が主軸となるけれど

そこは人それぞれに多少は異なってくると思う。

そこは長くなるので端折ることにさせてもらいますが、

とりあえず、、


物理的には前進していないとか、

たとえ後退しているように見えても

つまり精神的に不安定で悶々と苦しみ多き人生でも、

成功どころか失敗の連続の渦中にあると思えるような時でも、

意識のレベルでは進んでいるということが多々あり得ます。



つまり、、霊性の仕組は人間心では測ることはできないのだ。


そういう意味でも世間の常識や他人の目を気にし過ぎることも

霊的な弊害になる場合が多々ある。

この話も長くなるので端折りますが、、、



で、意識(真我)の目覚めによって、

目の前の世界、つまり現実が

ゲームと同じく変更可能となっていくのもまた真実で、

意志力と意図を上手く働かせることが出来るようになると

目の前の現実を変えることに実感さえも伴ってくる。


これはつまり、、、

宿命は無理でも個人的な運命は変えられる ということでもある。

これもシュミレーションゲームと一致する点でもある・・。



絶えず襲ってくる雑念を後にして

囚われのない意識の眼で全体を見渡してみる時、

その研ぎ澄まされた感覚が自己の中心を貫いているのも判る。


この時、目の前に展開される世界は、

シュミレーションゲームの背景と同等に

改変可能であることを認識できるのだ。



また、そういう体験と実感が伴う場合にのみ

先の理論(ホログラフィック原理)にも頷けるというものだと思う。




なんだか文章が長くなりました。

今日はこの辺で終了します・・また近い内に第3弾upします。














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