充電日記     

オフな話を中心に。一息ついてください。
小さめな画像は、クリックで拡大します。

アマサギ降臨

2012年05月17日 | Weblog
・この子たちが来ると、初夏ですね。大学裏の田んぼにて。

    
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初年次セミナーにて

2012年05月15日 | パソコン・ネット
・パソコン部屋で初年次セミナーをおこなう。グループ発表をさせるのだけれど、そのための資料収集にネットを使ってもらおうとの算段。

国会議事録検索システムを使ってみましょう
 …… 数分間、反応がなくなってしまった。20人しかアクセスしてないのに。「岐阜大学よりサイバー攻撃がありました」などと朝刊に載ったらやだなぁ。

・「Googleで自分の名前を検索してみましょう」
 中学校の時の受賞記録が出てきた学生あり。感激してた。自分のしてきたことを、だれかが忘れずにいることの確認。嬉しいことでしょう。

・「Googleで住所を入力してみましょう。地図も出るよ」
 「先生! うちの親が映ってます!!」。ご近所の人と話し込む姿が映ってました。ストリートビュー、おそるべし。
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不均衡コーパス?

2012年05月14日 | パソコン・ネット
・明日の初年次セミナーは、パソコン部屋でのネット教育なので、教材の確認をしてみた。

国会議事録検索システム。単語から縦横に、各議員らの発言を検索できる。国会での発言集だからおのずと内容は偏りがち。日本語を代表するように設計された均衡コーパスではないけれど、そこで話されているのは間違いなく日本語だ。性格さえ分かっていれば利用すべき(すでに専書も出ている)。

・ためしにデフォルトの時期設定で「アニメ」を検索すると120件ほど。さすが日本というところか? 

・さらに絞りこむべく「ナウシカ」を引けば1件ヒットしてびっくり。
「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」の巨神兵のように、動かしちゃ駄目なものなんですよ(91番発言)
 高速増殖炉「もんじゅ」の危険性を比喩したものですが、福島みずほ氏はどんな効果を期待して、こんな比喩を持ち出したんだろう。議員の先生方は理解しただろうか。私はわかったけどね。

・ちょっと面白い例ですね。現実に存在するものの危険性を、現実には存在しないもので比喩して理解させる…… 普通の比喩のありようとは正反対です。しかも、それで分かっちゃう人もあり、もちろん、それを比喩に使う人があって、そんなやりとりが国会(の委員会)で話されている。アニメ大国(?)日本の面目躍如?

・この福島発言が記録されているので、「巨神兵」で検索してもヒットすることになります。国会議事録検索システム、意外にも均衡がとれてるのか? いや、やはり不均衡でしょうか。
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縄をあざなう

2012年05月12日 | Weblog
・中部日本・日本語学研究会。懇親会・2次会まで出てしこたま飲む。東海道線は事故で遅れたが、刈谷駅で待つほどにライナー版が来たので同じ方向に向かう四人と談笑しつつ乗り込む。さすがに特急用車両。しかも「しらさぎ」より広々感もある。気分よく乗って帰岐。

・帰宅してしばらくネット上でうろうろしていると、ふと「『源語梯』の諸本について」を思い出す。
 五井純禎は、(中略)以前より契沖のことは知っていたであろう。それは、父持軒が下河辺長流と交流があり、万葉集や古今集の教えを受け、また、持軒の祖父守香が節用集を刊行したことからも、推察できる。
とあるのだが、その依拠を明らかにしてみたくなった。

・実はこの文章は随分前から知っていて、著者の方にも尋ねたりもしたのだが、分からなくなってしまったとのこと。久しぶりに突ついてみようというわけ。

・五井蘭洲(純禎)のことというより、持軒の祖父が節用集を刊行したというのだから、「五井持軒」で近代デジタルライブラリを探せば西村時彦『懐徳堂考』に行き当たる。すると、「守香は遂に大阪に隠居せり。是れ実に持軒の祖父なり、其の大阪に隠居せし年代は、元和中もしくは寛永の初にもや。伝には守香に節用集の著ありと記し、行状には持軒の家に日本紀の学を伝ふと云へり」とあった。先の依拠本文はこれであろう。

・ん〜、これだけでは、当該節用集を特定することはむずかしい。元和・寛永(1615〜1643)ごろに大坂で節用集が刊行されたとも思えないし。天正18年(1590)に刊行された節用集は堺での出版だったけれど、例外中の例外とすべきでしょう。商業出版が大阪(大坂)で本格化したのは寛文ごろ(1660〜1672)まで下るとされているし……

・詰めるべき点がまだある。せめて、もう少し「原拠」にさかのぼらねば。『懐徳堂考』で「伝」といってるのは、梁田蛻巌の「持軒先生伝」。これは、梁田象水編『蛻巖集』4巻(寛保2年(1742年))に所収されているというが、早大の古典籍総合データベースで確認すると、どうやらこれは詩しか入っていないようなので、『近世儒家文集集成』第5巻でも確認すればよいかと目鼻をつけた。以上をメモファイルに打ち込んで眠りにつく。

・ここまでは良かったんですが、後にとんでもないことになるのは、また別のお話。
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連休の補遺

2012年05月09日 | 画像

・田植え直前の田んぼ風景。

 
・ムナグロ2態。もう少しかわいく写る予定だったのですが。

 
・最近のデジカメは恐ろしいですね。花のグラデーションが実になめらか。1200万画素の受光素子のうち200万画素を使ってもこの通りなのですから驚きます。被写体は足元のもの。

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目を焼かないように

2012年05月08日 | 文化
・田中圭一編注『柴田収蔵日記』2(平凡社・東洋文庫)を見てたら、日蝕の話題にでくわした。

 四時九分より八時二分迄日蝕四分半。屡見るに依て虹彩の機関をたがひ、両三日間は細物を見るに半形は鮮明に見る事能はず(安政三(1856)年九月一日)

 「虹彩」とあるけれど網膜なのでしょう。あんたも好きねぇと言えばそれまでですが、職務柄、熱中して見てたんでしょうね。2〜3日で回復したのは幸運でした

・当時でも、それ相応の観測機器はあったようで、「日を望むに遠鏡を以てすれば、忽日火移り来る故、「ゾンガラス」と云物を用て、隔となして、これを防ぐ」(『管蠡秘言』1777年)としています。ゾンガラスはオランダ語なんでしょうね。サングラス。

・撮影するならフィルターが必要だけれど、ちと高い
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この季節らしい鳥

2012年05月06日 | 
・ゴールデンウィークを境に、冬鳥と夏鳥が入れ代わる感じになります。そして日本を通過するシギ・チドリの類が加わります。



↑ アオアシシギだと思います。ちょっと反ってるくちばし。


↑ クサシギ。シギ・チドリ(略してシギチ)は見分けがむずかしい。

 

↑ 成長するほど顔・胸・腹が黒々としてくる、その名もムナグロ。



↑ トウネン。夕日をあびてさらに赤みが増してます。



↑ タマシギ。よくぞ見つけた。自分をほめてやりたい。ただ、カメラに慣れてないので、どうにも中途半端な画像です。



↑ ヒバリ。獲物を見つけたよう。オケラ?



↑ チュウサギ。夏の装いに変化してるところ。くちばしが黒くなりつつあります。
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スーパームーン

2012年05月05日 | いきぬき

・今年の前半は、派手めな天体ショウが多いようですね。先日は月と金星(だったかな)のランデブー(古っ)とかもあったし。そして金環食。6月には太陽の前を金星が横切るし。
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念願の八草トンネル

2012年05月04日 | 
・ゴールデンウィークらしいことをするか、と、国道303号をひたすら、あるいは北に、あるいは西に進む。そして、新造のトンネルを経て、滋賀県に抜けるのだ。

・祭りの前日準備でハレの様子になっている揖斐川町を抜け、さらに進むと注意ポイント。標識の指示にしたがって左折*。まっすぐ行けば、かの徳山ダム。ダチョウが名産とは知りませんでしたが、道の駅さかうちでダチョウコロッケを食べてみました。ジャガイモがほくほく。
(*ストリートビューはちょっと古い画像で、ダムを渡っていきます。現在はもう少し北に近代的な橋ができていて(ストリートビューでは工事中画像)、それを渡ります。

名前に惹かれて買いました。湯葉の複雑なヤツ?

・さらに進むと規模の大きめな集落になります。このあたりの伝統的な家は屋根の傾斜が急な造りのよう。もとは茅葺きなのでしょうが、トタンで覆っています。もちろん、岐阜市内と変わらぬ家もあるのですが、それらはやはり新しめなもののよう。このあたりは紛れもなく岐阜県なんですが、アクセントとしては関西系なんですね。地元の人と話したかったなぁ。道の駅のレジの人は、共通語風だったけれど。

・いよいよ八草トンネル。何だかまぶしいぞ。長さ3キロにもなるので送風機も装備

・滋賀県に入るとやはり家の造りが違います。黒い柱と白い壁のコントラストが美しくも堅牢な感じになります。窓枠とか、一階屋根と壁の交差部分に意匠がこらされるなどします。だいたい滋賀県の農村部はそんな感じですが、山一つで明確に文化が違うんだなと感じます。とともに、なぜ岐阜県側に関西アクセントが進出したのか、不思議でもあります(東京型アクセントが関西型アクセントが変化したものだとという金田一春彦氏の考えをふまえれば、まだ関西方言を保っているタイプの岐阜県方言アクセントというべきか)。

最後のトンネル

滋賀県側のトンネルの名前がおもしろい。アットリといえばアトリという鳥の別名だなと思いおよびました。で、「档(木+當)」をアッ(アツ)と読ませるのだから、これは当て字だろう。しかも、日本で作ってしまった国字か、国訓(同じ字形の漢字はあるが、日本では異なる意味に読みなしたもの)じゃないかとか、あるいは方言文字の可能性もありはすまいか。

・余呉方面には行かず、木之本の古い町並みも見送って雨森芳洲の生まれた高月町雨森へ。鯉のぼりが川沿いの道にたくさんあがってました。まるで七夕飾りのようだ。地図をみれば、どうにも寺の多い地区。どうやって寺院経営してるんでしょうね。芳洲のゆかりのものたちを見るつもりが雨が降ってきたのでそそくさと帰ります。南下南下。

・国道365号を大人しくたどってもよいのですが、道の駅のある、一本東側の丘陵の道がお気に入り。信号はないし、林の中を抜けるは爽快。南下して国道21号を東進しても面白いけれど、大抵、関が原バイパスから県道53号をを使います。途中から2車線になる快走路。
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ソバ食べて飛騨川遡行

2012年05月03日 | 
    

・今年も安近短なゴールデンウィーク。せめてもの贅沢、深萱ふ〜どでお蕎麦のセット。盛り+おろし+蕎麦の実茶漬け。ここの蕎麦を食べてからは、混ざりもの(小麦)の入ってる蕎麦が食べられなくなった(まぁ、だされれば食べますが)。天ぷらとかも食べてみたいけれど、夜じゃないと出してないそう。お蕎麦のことをよく知ってる主人のようだらか、ふかしそばとか作ってくれないかなと思う(普通に茹でて水きりしたものを、電子レンジで500W1分温める)。その方が、絶対蕎麦の香りは立つはずだし。もちろん、それなら蕎麦掻きを注文すればいいんだけれど、忙しいと作ってくれないので。ふかしそばの方が手間がかからないはずだし。

・飛騨川を遡行。久しぶり。飛騨金山の直前で西進。

道の駅・平成。ツバメが近い。常備酒・初緑(赤ラベル=火入れ)と大根酢漬けを買う。大根酢漬けは変な調味料が入ってないのがいい。いまどきの漬け物って添加物てんこ盛り食品ですからね。道の駅でもちょっと気取ったパックに入ってたらアウトが普通ですから貴重。そうだ、鳥胸肉のスモークも買ったのだった。「切らないで裂いてください」とあっるのでむしるようにして盛りつけると、随分量があった。お買い得。

・しかし、岐阜県の道の駅の総合一位? ちょっとそれは誉めすぎかなぁ。でも、がんばっているとは思います。個人的には、「志野・織部」か「明宝」が一位に来てほしいな。「志野・織部」は、店舗面積の半分以上が陶磁器売り場。しかも陳列方法がよく考えられているのか、光線の活かし方がうまいのか、ほとんど同じコンセプトの「どんぶり会館」よりもはるかに居心地がいい。100円品から作家物まで豊富。目を楽しませてくれる道の駅は、そうはない。豆乳アイスクリームはじめスイーツ類は、本格的な店が入っているので、どこにもひけを取らないし。

・ふと思いついて、紅葉のころばかり行ってる禅寺に寄ってみたら、カキツバタとスイレンがころあいだった。


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