S嬢のPC日記

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用語もろもろリンク集

2007年03月26日 | 「障害」に関わること
 カイパパさんからトラックバック受信。

つれづれに/カイパパ通信blog☆自閉症スペクタクル
できれば、上記の記事の冒頭に書いてある、「【用語】障害者(2003年12月29日)」からの一連の記事を追いかけてほしい。長くなるけど(^^;
 ほいほい、追いかけましたぜ。以下、リンク集というか、自分にとってのまとめというか。

1.差別用語
 ひとつの用語を作っても、その用語が定着したときにその用語の周囲に差別がある場合、用語に差別的要素が加わっていく流れがあること。
 
 精神薄弱という法律用語からスタートした我が家(平成三年に娘出生)と、知的障害という法律用語からスタートした方と、用語に関しての感覚の違いはあるのか。
 *精神薄弱者福祉法
 *これまでの用語変更事例(精神薄弱から知的障害へ)

 精神薄弱という用語から知的障害への変更は、わたしは「精神」「薄弱」という用語の否定であるととらえる派。用語の変更で差別的認識を全て除外することはできず、差別的認識を解決するための用語変更は、結局いたちごっこになるのでは、と思うところアリ。知的障害という用語の差別的別称としては「ちしょう」「池沼」などがすでに存在。
 自分の生育歴の中で、差別用語であった「かたわ」が「身体障害者」に変わった経緯があり、その後の世代には「身体障害者」を「しんちゃん」と呼ぶ差別用語が生まれている。

2.ノーマライゼーション
 *ノーマライゼーション: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
 この言葉は、施設入所が当然の選択であったという背景の中で、どうして普通の生活ができないのか、という知的障害児の親からの訴えが原点。
 平成三年生まれの娘が乳児期は、障害児の親にとってもたいしてなじみのない用語だった。
 この用語が定着していった背景としての、自分の個人的感覚としては、ハートビル法の登場とからみがあるという記憶。
 *ハートビル法解説(ハートビル法:平成6年に制定された「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」略称)
 *バリアフリー(アクセシブル)/ユニバーサルデザイン関連年表
 これは「国際障害者の10年」との関連性。国際障害者年以前に出生の障害がある子どもと、国際障害者の10年の後に出生した障害のある子どもとでは、育児環境に大きな差があると認識した時期でもあったと思う。
 つまり、建築物として具体的に「バリアフリー」を法令化して打ち出したことにより、「ハードからソフトへ」の流れが生まれ、ノーマライゼーションという言葉の定着に拍車をかけていったと思う。

3.ノーマライゼーションと教育
 知的障害をもつ子の教育において、ノーマライゼーションという言葉をめぐっての論争が起きる。つまり、ノーマライゼーションイコール統合教育として、統合教育を推し進めようとする派と、それを否定する派。知的障害児に教科教育をという提唱をした草分け的存在の茂木俊彦氏が後者で、この関連の著書は多い。
 *「茂木俊彦」「ノーマライゼーション」でのGoogle検索)

4.チャレンジド
 「チャレンジド」という言葉で、わたしが同意を感じるのは以下の文章。
 *チャレンジド考/天竺堂通信
 
 どんな風にこの言葉を解説するか、とらえるか、ということをもってしても、がんばらなければならない人、という印象を持たせることに対してのマイナスの感覚を、わたしはこの言葉に感じるところがある。
 障害というものが存在するときに、その障害を個人のものにせず、家族で集団で社会で越えようとすること。それがチャレンジなのではないかと思う。たとえば「ハートビル法」は社会的なチャレンジ。

 その周囲という中で。家族のチャレンジのケアは必要であり、そこにも支援が必要だと思う。そして支援者のチャレンジのケアは?という観点も必要であり、またどこか忘れられていることのようにも思う。
 *抱えている荷物を降ろすための呪文/かへる日記 (FRGFRG304)
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5 コメント

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Unknown (カイパパ)
2007-03-27 05:44:33
satomiesさん

リンク集の作成・紹介ありがとうございます。
勉強になります(^^)

3年ぶりに自分のエントリを読み返してみましたが、

・ほとんど「ぶれ」はない
・「チャレンジド」「メインストリーム」は、めったに使っていない

ということに気づきました。

もっぱら、「自閉症・発達障害」という名を使用しています。それが一番自分にはしっくりくるということでしょうか。
Unknown (S嬢)
2007-03-27 12:10:47
うひ。
gooではHN「S嬢」さんで通してますから。
ブログ以前は、HNは「ちぃまま」です、ちぃちゃんのママ。
これは実際の通称で使う人も存在というもの。

でもって、過去話をもひとつ。
ADHDに関して。
娘の入学時、’98年か。この頃、というかこの年以前、ADHDという言葉はまだほとんど知られてなくて。
診断を受けた子の親は、本当に苦労していたと思う。

確かこの'98年にNHKが特集組みまして、ADHDの。
アメリカの話、そして日本の話、親御さんのインタビュー、アメリカの教育事情と日本の教育事情を詳細に取り上げた。
日本は横浜市の教育でした、クローズアップされたのが。
通級と、その教育の様子を詳細に出してましたね。
「注意欠陥他動症候群(ADHD)」という扱いだったと思う。
そのすぐ後くらいに、出るんですよ、「のび太・ジャイアン症候群」って本が。
wikiでは'97年出版ってなってたけど、本棚に山積みになったのは、'98年でしたよ。
それから急に知られていくようになったと思う。
「のび太とジャイアン」をもってきたあの本の存在は、偉大だと思いますね、知らしめていったという意味で。
訂正 (S嬢)
2007-03-27 20:44:12
>「注意欠陥他動症候群(ADHD)」という扱いだったと思う。

   ↓

「注意欠陥多動性障害」ですね、すみません。 
Unknown (天竺堂)
2007-03-29 06:29:40
何だかアクセスが増えていると思ったら、リンクが張ってあるぅ(^ ^;)

障害者の家族は「障害のある家族を慈しみ、社会の中で伸び伸びと生活させていく使命を神様から授かった人々」という意味において「チャレンジド」です。
障害者に接点も関心もない連中は「障害者を見出し、その状況を理解して、障害者が主体的に暮らせる環境をつくる使命を神様から授かった人々」という意味において「チャレンジド」です。
つーか、少なくとも仏教徒なら、この世に生を受けたこと自体が過酷な修行らしいので、みんな「チャレンジド」です。

以上、屁理屈でした。
Unknown (S嬢)
2007-03-29 10:13:48
あは。
アクセス流れ。
多分、カイパパ波。

あのね。
カイパパんとこの「チャレンジド」の文章と勢いってのは、お子さんの年齢も関係あるかも、とも。
3年前だしね。
99年生まれってことだから、5歳か。
告知が2歳時ってことで。
この、いろんなことを知っていく時期ってときに、プラス思考の言葉ってのを、心理的に選択していきやすいところはあるんじゃないかとも思う。
「ダウンちゃん」呼称を好んで使うのは、乳幼児期の子の親に多い、ってとこも関係あるかもしれない。
まあ、どちらももちろん例外、個人差アリなんですけどね。

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