S嬢のPC日記
「知的障害児母」として、ネット歴7年
考えるのは、常に「その先」
 



 「子どもに見せちゃいけないの?」
この記事上げをしてから、しばし、思いは過去に飛んでおりました、「子どもに見せちゃいけないもの」に。テレビでお茶の間に登場するものではなく、そこに行って観る、という文化のひとつを「観た」というお話。
 
 銀座に、日劇ミュージックホールという場所がありました。
設立したのは劇作家の丸尾長顕氏(1902?-1986.2.28)氏で、東宝の小林一三
社長から「大人の見るショーを日本にも」と言われて創設したものだそうで
す。彼の美学は「女性が見てもいやらしいと思わない芸術的エロチシズム」
ということでした。
日劇ミュージックホール開場(1952)

 ’84年に閉館されるということがニュースになっていたので、なくなってしまう前に日劇ミュージックホールのダンサーを生で観ておきたいという友人に誘われ、最後のレビューを観にいきました。
 日劇の当時の写真は、こちらのサイトで紹介されています。このサイトの説明文には日劇ミュージックホールは「ストリップ小屋」とされています。質の高いレビューではあるが、カテゴリ分けをすればストリップ。20代女性3人連れのわたしたちは、それなりにけっこう緊張して出かけました。

 一時は有楽町の顔として一世を風靡したはずの日劇ですが、建物自体は老朽化して、すでにぼろぼろでした。しかし日劇ミュージックホールに入るための専用のぼろぼろのエレベーターに乗り、足を踏み入れてびっくり。ここ、日本ですか?というようなゴージャスな劇場ロビーでした。そこは大人の文化を楽しむための大人の空間だった。そして中は規模は小さいけれど、立派な「劇場」でした。

 ここでのレビューの様子は、このサイトに画像がたくさんあります。わたしはかなり満喫しました。ゴージャスな衣裳、鍛え抜かれた体と肌、そしてプロ意識。かっこよかったです、とても。こういう文化がひとつ消えていくのだなあと思いました。時代はもっと直接的なエロチシズムを求めていったということ、つまり「ストリップ」で直接的に連想されるもの、そちらに動いていったためにこうした文化が消えていくのだということだったのですが、ゴージャスに楽しむという発想は無いのかねえ、本当になくなってしまうんだねえ、などと、その日初めて観たにも関わらず、とても残念に思った記憶があります。

 次々に繰り広げられる豪華なレビューの中で、ウケまくったものがありました。ステージ中央前に、下から出てくる舞台装置があって、音楽と共に1人の小柄な女性が出てくる。宝塚ばりの豪華な衣裳をまとったとても小柄な女性。ただしこの女性はその豪華な衣裳のスカートをたくしあげてお尻を見せ、上半身はかがんでいるし、たくしあげたスカートで完全に隠れてしまっているので客席からはお尻しか見えない。またこれがなんともゴージャスなお尻なわけです。腰に手をあてて音楽に合わせて、そのゴージャスなお尻を揺らしながら、ステージが上がっていくわけです。
 そのステージが完全に上がりきると、その女性はたくしあげていたスカートをさっと下ろし、こちらを向きます。あっと驚くその姿、この女性、ものすごい童顔で、その衣裳は首まできっちりとしまって裾は足下まである、全身を包み込んだ「清楚なドレス」だったんですよね。まるでその姿は小さなレースの白いパラソルを持っているのが似合いそうな、ヨーロッパの絵画の少女のような感じそのままだった。あ、あ、あ、あのゴージャスなお尻はどこ?という、狐につままれたような瞬間を味わう、なんとも見事な演出でした。
また、ゴージャスな羽根飾りの衣裳に包まれた、ステージ横一杯に並ぶ女性たちのラインダンスも圧巻でした。さらけ出した胸もゴージャスな衣裳の一部のようでした。

 勇気を出して出かけていったことで、当時のスター「岬マコ」をナマで観られたことはラッキーだったと思います。コレが画像検索した岬マコの写真です。こちらのサイトによれば、現在は銀座のバーに勤めていらっしゃるそうです。

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コメント
 
 
 
S嬢のPC日記・N・M・Hの思い出を見て (大杉幸茂)
2006-07-09 18:50:29
一寸、昭和20年代の様子を調べたくて偶然S嬢のPC日記、ミュージックホールの記事を拝見、変に胸が熱くなりました。何故なら私は当時東宝の社員で「日劇ミュージックホール」の建設に携わった者の一人だったからです。27年の3月越路吹雪でのこけらおとし、それ以後11年ミュージックホールで暮らしていたからです。現在も舞台技術関係の仕事を続けていますが、生涯現役のつもりでおります。
 
 
 
Unknown (S嬢)
2006-07-09 21:11:43
越路吹雪のこけらおとしで始まった、ということ、納得できるような「場」でした。
初めて足を踏み入れ、そして残念だった、この「場」が消えていくことが。
直接的なエロチシズムが消していってしまう火のように感じました。

ショーでとても残念だったことですが。
着物を着た女性が現れて、その帯びに男性役の手がかかったときに、当然こちらは「くるくるくるくる」ってのを推測していたのですが、現実は「べりっ」と無機質に響く音でした。
まかれた長い帯の「くるくるくるくる」ではなく、とりあえず着物の形になってます、帯の形になってます、っていう帯の、その短い帯についたマジックテープがはがれる音だったんですよね、「べりっ」と。
鑑賞するエロチシズムではなく、こういうことになってるんだ、と。
時代はこういうことになっていってるから、ここの火が消えるんだ、
なんてことを思ったりしました。

しかし、感激です、関係者の方に閲覧していただけるとは。
お名前入れていただいてありがとうございました。
もしや、と思って検索を動かしサイトにあたり、閲覧させていただきました。
自分の入れた拙文が、こうした文章の数々を閲覧できる展開になっていったこと、とてもうれしく思っています。
わたしはわたしなりに、胸、熱いですよ。

わたしは桐朋学園の15期生です。
自分は学生というだけで終わりましたが、田中千禾夫氏や、八世観世鐵之丞氏に直接教えを受けることができたこと、ずっと人生の宝になっています。
最近、こちらのブログの管理を担い始めています。
よろしかったら、お立ち寄りください。
http://asc.cocolog-nifty.com/blog/
 
 
 
S嬢のPC日記を読んで (みどりやま)
2006-08-08 10:51:21
ネット検索中に偶然S嬢のHPに辿り着き
NMHの記事を読ませて頂きました。
感激しました。
しかも女性から見た率直な感想を聞かせて頂いて嬉しいです。
私も当時NMHの魅力にハマッタ者です。
私の場合はNMHの末期頃数年の観劇体験ですが。
本当は有楽町に映画を見に行ったのです、しかし
映画の時間を間違えて到着してしまい時間潰しに駅近くを
ブラブラしている内にNMHの看板が見えて
良く見ると日活の女優さんがゲスト出演されていました。
開演時間を見ればあと5分ほどで開演だったので
そのまま切符購入して入場しました。
席に着席したのが開演2分前くらいでしたが
意外の狭い劇場であったのと客席の中央部まで迫り出した
円形ステージが想定外でした
しかし本当の想定外の出来事はこの後でした
程なくしてステージのカーテンの裏から複数のハイヒール
の靴音がコツコツ響きまして開演しました
最初は薄暗い照明の中で半透明のスリットの向こう側で8人くらいの女性
が蠢いている様子
しかしその後大音響と共に目も眩むばかりの眩しい照明の中ショーが始まりました

初めて見る大人のショーは本当に感激でした、女の人の体ってこんなに綺麗な
ものだったのかと途方に暮れながら観たもんでした。
又衣装も宝塚風、純和風、OL風、テニスルック等多種多彩でしたが
どれもあれだけの人数の女性たちでステージにズラリと並ぶと圧巻でした
以来2ヶ月に1回の公演替えが愉しみで仕方がありませんでした。

S嬢は最後の公演をご覧に成ったのでしょうか?
最後の公演も綺麗でした当時のパンフとビデオみても
その頃の思い出が昨日のように思います。
今、私は定期的に東宝の映像事業部に働き掛けて
当時のNMHのビデオを販売して頂く様説得しています。
当時の貴重なビデオは東宝には有るのです、過去に発売された
12本組とは別のものを断片的でも未完成でも良いから
とにかく貴重な昭和の記録として発売して下さいと
働き掛けています。
首尾良くDVDで発売されたら是非見て下さい。
取り留めも無く書いてしまいましたが
不適切なら削除して下さい。
ただ当時のNMHの素晴らしさを皆さんに知って
貰いたかっただけです。      
 
 
 
Unknown (S嬢)
2006-08-08 11:22:39
わ〜〜〜〜。うれし〜〜〜〜。です。
ね〜〜〜、って感じですよ、ホント。
ゴージャス、でしたよ、きれいだった。
昭和史のひとつの証人になっていること、わたしは誇りに思います。

平日の日中だったと思う。
お客はまばらでした。
近くにいた、スーツを着た方が、幕前に小難しそうな本を抱えて読んでいらっしゃる光景もよく覚えています。
なんか変な言い方だけれど、(ほ〜、そういうとこなんだ〜)的な感想というか。

そして幕が開き、ばばば〜〜〜って女性たちが登場して、うわ〜〜って。
そうなんだなあ、この「うわ〜〜〜」って感じがココだったんだろうなあ、と。
「うわ〜〜〜」って思いながら、淋しさなんてものを感じてましたね。
無くなるのか、ココは…って。

末期にぎりぎり成人くらいでしたわたしは。
間に合って良かったです。
DVDかあ。やっぱり買うのはちょっと恥ずかしいかも、です。
本音を言えば、あそこにもう一度、行ってみたいですね。
もはやかなわぬことなんですけれどね。
「プロ」でしたよね、あの方達は。
本当にきれいだった。
岬マコが、タワシで体を洗っている(磨いている?)なんて話もあったなあと。
そんなことを思い出します。
肌、きれいでしたよね。

そして大事なことは、露出だけを売りにするのではなく、あそこは紛れもなく「ステージ」でしたし、彼女たちは立派なプロのダンサーたちだった、ということだと思います。
 
 
 
Unknown (midoriyama)
2006-08-09 10:51:28
S嬢様 早速のレス有り難う御座いました。
昨日は東宝の映像事業部にDVD化の嘆願書を書く為ネットで
日劇を検索中に偶然発見して喜んで書いたモノでした。
前回書き忘れていましたが、今当時の日劇MHの観劇思い出を
まとめて同好者の場として日劇MH私的応援サイトHPの作成を
考えて資料をまとめている最中です。DVD販売と当時の写真等の
公開も東宝にお願いしたいのですよ。でも
ご指摘の通りDVDよりヤッパリ生であのショーをもう一度観たい
あの有楽町であの日劇で観たいです、それはあなたと同じです。
それとあそこはご指摘の通り露出だけを売りにするのではなく、
あそこは紛れもなく「ステージ」だとおもいます、彼女たちは立派なプロのダンサーたちだった、同感です
ところでS嬢様は文中お察し致しますと私とほぼ同年代の様ですが
(ってゆう事は最初の観劇時は未成年なのですがご勘弁下さい)
ヤッパリ女性が観てもあのショーは感動モノですよねえ。

私が日劇に観劇に行き出して間も無い頃テレビのクイズ番組に
当時の日劇のダンサーの「松永てるほ」さんがゲスト出演していた事が
有りましたが当時そのテレビ番組を一緒に見ていた私の一番上の姉が
「あなた(私の事)は知らないだろうけど、この人(松永さん)は
日劇って所でストリップやってる人よ、よくまあ・・・」
と私に言ったものでした「よくまあ・・」の後の言葉は何だったかは
判りませんが、当時姉は結婚前でこうゆう職業に女の人に偏見を持って
いたのかも知れませんが、ただ流石の姉も私が当時日劇MHに観劇に行って
レギュラーダンサーとか知り抜けていた事は知る由も無かったでしょう。

文中の下記の件は最終公演の内容でしょうか?
>次々に繰り広げられる豪華なレビューの中で、ウケまくったものがありました。ステー>ジ中央前に、下から出てくる舞台装置があって、音楽と共に1人の小柄な女性が出てく>。宝塚ばりの豪華な衣裳をまとったとても小柄な女性。ただしこの女性はその豪華な衣>裳のスカートをたくしあげてお尻を見せ、上半身はかがんでいるし、たくしあげたスカ>ートで完全に隠れてしまっているので客席からはお尻しか見えない。またこれがなんと>もゴージャスなお尻なわけです。
最終公演は私も実際現場に観に行きましたが、当時の記憶は曖昧で
この景は記憶にありません。
最終公演のパンフにもビデオ(唯一1時間ビデオで販売されていた逸品)にもこの件に
相当する箇所が無いのです。出来たらもう少し詳しく教えてくれませんか?
(ダンサー名とか)HP作成の資料にしたいのです。
 
 
 
レス有り難うございます (みどりやま)
2006-08-09 10:53:43
すみません↑の投稿は私です。間違えてエンター押してしまいました。
 
 
 
Unknown (S嬢)
2006-08-09 23:25:18
えっとね、’82年だと思います。
閉館のニュースを聞いてから行ったのですが、最終公演ではないかもしれません。
該当の箇所は、ショーの中盤くらいだったと思います。休憩ってあったんだっけ。そういう、なんか、こう区切りの後の始めの部分、という位置づけのようなタイミングだったと思います。

出ていたダンサーで、記憶の残る人は、ちょっと大柄の女性です。周囲の女性に比べて、柄が大きく、太めの方でした。
この文章を書くときにいろいろ調べていて、画像にあたり、(ああこの人だ)と思った覚えがあります。ダンサー名は記憶していません。
この画像のurlは、本文中にリンクしてある岬マコの画像と同じところにあったのですが、岬マコの画像はリンク切れになっていますね。

この大柄の女性は、目立つ位置に何度か出てきました。
アイオブザタイガーが流れるダンスでは、この方一人がヒョウ柄の衣裳に身を包み、コーラスラインをバックにソロで踊っていたのですが、はっきり言って、惚れ惚れとか、うまいとかっていうよりも、少しコミカル。
音楽の最後に、「がお」というポーズを取ったときに、申し訳ないけれど、ちょっと滑稽で、笑ってしまった記憶があります。
なんだかんだ言って、かなりこの方は記憶に残っているので、スターらしいスターではなかったけれど、存在のある方だったのかもしれません。
リンク切れになったとはいえ、一時は画像を見つけることができましたしね。

美しいというより、ちょっと的をはずしたような「コミカル」では、座った女性が出てきたというものもありました。
座っていて、音でトイレを流す音が流れて、立つとそこに洋式便器があった。
場の幕間のようなタイミングで笑いをこそっと取るようなシーンでしたが、ちょっとお粗末だったかな、という感覚がありました。
フィナーレの豪華さを見ながら、こういうの重点で行ってほしいのに、あの小細工のような変な幕間はいらんよなあ、などと思った記憶もあります。
「消えていく」という要素につながるようなものを見るのは、少し淋しい思いがしましたね。

お姉様のお話。日劇のダンサーというのは、そういう位置づけがあったようにも思います。
イレブンPMだっけ。岬マコもそこで出てくる、という知名度があったようにも記憶しています。

↑のコメント欄の「大杉幸茂さん」が入れられているリンクが、うまく動かない状態になっていますが、あの方のサイトはコチラになっています。
http://www.h2.dion.ne.jp/~yukisige/
この「大杉氏」に対してのコメントレスで入れている「桐朋の15期生」というのは、大杉氏にはそのままご理解いただけると思ってそう入れましたが、正確にはこちらの学生だったという件です(舞台関係の方には「桐朋」というだけで理解可能な学校です)。
http://www.toho.ac.jp/college/drama/index.html
日劇ミュージックホールを「ステージとして観る」という発想を持った「女性」が、周囲に存在したという背景です。
わたしはこの時期、この日劇ミュージックホール以外には、篠原演芸場によく通っていて、劇場公演以前の「芝居小屋での梅沢登美男」を観ています。
http://www.hpfree.com/engeki/shinohara18.html

また、一期下にあたる16期生の半数は、公演実習で井上ひさしの「日本人のへそ」を取り上げたといういきさつで、講師引率で浅草のフランス座にストリップを見学に行っています(含女子学生)。
この「たまげた引率」をやってのけた「講師」の名はこの方で、知らん人は知らんが知っている人は知っている異色俳優です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E8%B3%80%E5%BB%A3%E5%A4%AA%E9%83%8E
 
 
 
朝比奈れい花さんでは? (みどりやま)
2006-08-10 14:07:26
S嬢様 お返事有り難う御座います。
私が思うにその公演は最終ひとつ前の84年1、2月公演じゃないかと
思います。
そしてダンサーは朝比奈れい花さんじゃないでしょうか?
朝比奈さんは大柄な女性で目立つ箇所に何度か登場されていましたが。
アイオブザタイガーが流れるダンスととかヒョウ柄の衣装とゆう
のが少しひっかります。ヒョウ柄の衣装は新劇場に移転間際に
レオタードでの舞台がありました、けどそれは閉館決定の大分前で
私が日劇に観劇に行き初めて間も無い頃です
朝比奈れい花さんは大柄な女性で大変舞台栄えする方だと思います。
その時も確か朝比奈れい花さんはいたと覚えています。
又、83年1,2月公演には似たシーンがありました
>数人の女性が座っていて、音でトイレを流す音が流れて、
>立つとそこに洋式便器があった。
>場の幕間のようなタイミングで笑いをこそっと
>取るようなシーンでしたが、
>ちょっとお粗末だったかな、という感覚がありました。
この時の衣装はギリシャ神話の何とかゆう(詳しくは私も知りません)
怪獣だったと思います。
ビデオ観直すとこっちの方が近いのではないでしょうか?
かの池田満寿夫演出の公演で素晴らしい演出でしたが。
エンディングがすばらしい演出でした。あまり良い景では無かった?
思い出に残るシーン、衣装、演出といっぱいありました、

S嬢様、私の拙文に何度も返事頂いて有り難うございます
本当に演劇の勉強されていた様ですねえ。
本当についでと言っては何ですが
もう一度私の上の姉の話に戻りますが、
姉はその当時(クイズ番組で松永さんを見た頃)
短大を卒業してその4月から某銀行に勤務始めた
ばかりの頃でした。
テレビで見た時も「人前で裸になる様な仕事やる人の気が知れない」
と言わんばかりの口調でした。
(今考えれば何故姉は当時松永てるほさん知っていたのだろうか?)
弟の私がその数年前から日劇に観劇に行ってるなんて
知ったら当時冗抜きに口も効いて堪えなかった(?)
かも知れません。
確かに私は少し早熟だったかもしれません

女性の方にこんな事書くともうレス頂けないかもしれませんが、
正直にカミングアウトすると最初に日劇に観劇に行ったのは
高校生の時でした、ゲスト出演の日活の女優さん目当てに
観劇したくて仕方が無くなり、実際何度か躊躇しました
しかし当時ここのショーは単なるセクシーショー位に
考えていました。
(S嬢様仰る様にカテゴリー上ストリップに入る事
判っていたら多分入場できなかったでしょう)
何度も入場券売り場近くまで行っては又少し離れて様子を
遠目に伺ってそんな事繰り返すウチに開演5分前になって
切符購入の人の列が途切れて「今しかない」
と思い決死の覚悟での入場券購入でした。
「免許書(年齢確認)見せて下さい!」って言われないか?
当時、本当に心臓は爆発寸前で喉はカラカラでしたが
割りとすんなり購入でしきましたが
今度は5階までの道のりが大変でした
他の人に顔を見られたくなかったので階段を使って
ホールに入場しました。
但し、2回目以降はこんな心配無用で堂々と入場したモンでしたが、
しかし、本当に綺麗なモノは綺麗だと思ったし
決して変なショーでは無い事もS嬢様実際ご覧になった
方でしたらご理解頂けるとおもいます。

 
 
 
Unknown (S嬢)
2006-08-10 20:25:40
ニュースを聞いてから行ったんですが、決定から最終公演までけっこうあったんですね。
一度しか行ってませんから、その当時の年齢から割り出すに、83年1,2月公演ですね。

>この時の衣装はギリシャ神話の何とかゆう(詳しくは私も知りません)怪獣だったと思います。

え〜〜〜、「便器」はスカートでしたよ、宝塚風の。
全部が、ではなく、コレが陳腐だった。
ショーとショーとの間で細切れに出てくるヤツでした。

そうね「女性の目」ですからね。
演出が陳腐なものは、容赦なく陳腐と映るところがあるかもしれません。
朝比奈れい花さん、という方なのかどうなのかわかりませんが、舞台映えはしていたかもしれないけれど、わたしはこの方もあまり…。
だって、踊りうまくなかったもん、要所でリズムはずすの目立ったし。

いや、怪獣といえば、別のシーンでそんなのがあったような。
いや、わからない。
20年は軽く前ですからね。

わはは、高校生でしたか。
それはそれは、恵まれた高校生だと思う。
花が咲く記憶の歴史になるのも当然かもしれない。
あそこはそういう場所だと思う。
 
 
 
突然ですがはじめまして (Erochica bamboo)
2007-02-23 05:35:16
日劇で検索してたどり着きました。何だか嬉しくって書き込みしてます!
私は日劇のショーのスタイルを継承するダンサーです(多分!!!)。日本ではアタシだけかもと自負しております。
勿論世代的にも日劇に出演した事は有りませんが、バーレスクといういわゆるストリップや素人さんのまな板ショーとは異なるチラリズム的なショーをしています。

ただ日本では日劇が亡くなったように、こういうスタイルのショーは衰退し、今ではアメリカで活動しています。以前は日劇の元踊り子さんのナイトクラブで働きながら当時のショービジネスの話しを沢山聞きました。

実際に日劇を体験したかったです!

突然失礼致しました!
 
 
 
Unknown (S嬢)
2007-02-23 20:04:18
こんにちは〜〜。

入れていただいたアドレスのところ、わたし見方がちょっとわからなかったんです。
でも、見つけましたよ。コレですよね。

http://home.att.ne.jp/grape/erochica/index.html

トップのパワフルな写真に拍手です。

バーレスクとは違うと思うのですが、わたしコレ大好きなんですよ。かっこよくてきれいで。

http://www.youtube.com/watch?v=JPMVB-p27nw

冒頭のインタビューの「自分に誇りを持って踊らないと」、という言葉もとても好きです。
 
 
 
思い出すのは昔のことばかり (大杉幸茂・teruakali)
2008-09-17 14:03:03
Unknown(S嬢)様・おはようございます、初めてのコメントです。偶然通り掛かり、懐かしさのあまり全部拝見しました。うれしいですね、別な視角から見て頂いていたお人がおられたなんて、たまりませんよ。ライブドアに「頓珍漢な奴の思い出噺」のタイトルでブログに投稿しております。お暇の折りにはお立ち寄り下さい。 teruakali
 
 
 
Unknown (S嬢)
2008-09-21 08:19:46
大杉さま、おはようございます。
以前コメントをいただいたときに、dionのサイトを閲覧させていただいています。
ブログのご案内、ありがとうございました。
 
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