
この作品を撮った監督はロベール・ブレッソン。
省略を多用した独特の作風を自ら「シネマトグラフ」と呼ぶ、知る人ぞ知るフランスの巨匠です。
本作はブレッソンの遺作であり、トルストイの中篇を元に作られた作品。
少年達が軽い気持ちで「偽札」を作り、それを使用した事により、巡り巡って何の罪もない主人公が断罪されるはめになり、やがて彼が世を恨んで理由なき犯罪者となってしまう物語です。
ことの発端となった偽札
凡庸な作品ならばこれは「主人公の復讐劇」や「少年達の贖罪劇」になるのでしょうけれど、この作品では事件をきっかけとして、トコトン主人公が堕ちていく過程を描いています。
音楽もなく現実の音のみで、カットの切り替えも少ないです。演出法として徹底的なのはどこまでも「非情」であるということ。
誰も叫ばず、笑いもせず、嘆かない。
叙情皆無!
顔色一つ変えずに殺人を犯す様は、まるでカミユの「異邦人」のよう。傑作であるとは思うけれど、ざわざわとした恐怖と違和感がいつまでも残ります。
【あらすじ】
小遣いに不足したブルジョワ少年は、借金のある友人に「偽札を使ってお釣りをくれればいい」と指示され、その偽札を写真店で使って成功する。偽札をつかまされた店の主人夫婦は、これを燃料店への支払いに使う。結果、その従業員イヴォンが気付かず食堂で使って告発され、失職するはめに…。
彼は仕方なく知人の強盗の運び屋をし、未然に逮捕され3年の実刑を受ける。その間に愛娘が病死、妻の心は彼から離れてしまう…。
不運にも偽札をつかまされたことからすべてを失う青年の姿をドキュメント・タッチで描いた作品。
驚くべきことにこの作品、大半の出演者が素人さんなのだそうです。
こんな所も「ブレッソン」のこだわりなんでしょう。彼の作品は生涯を通してほとんど「職業俳優」を使用しなかったそうですから。
原題「ラルジャン」とは「金銭」の意味。
原作はトルストイの「にせ利札」で、映画はその骨格を利用しながら、随所で物語を崩壊させ、ブレッソンの「ラルジャン」として再構築しています。
とにかく金、金、金…
トルストイの「にせ利札」では、小説の後半部で主人公が罪を犯し、告白をしたあとから彼が神を受け入れるまでの姿が描かれています。
原作はトルストイの信仰を巡る物語でもあるのです。
ところが、ブレッソンがこの映画のラストシーンに対し、自ら言及した言葉
「彼らは空虚を見つめているのです。そこにはもはや何もありません。
“善”は去ってしまったのです」
(ブレッソン「『ラルジャン』をめぐる記者会見」より)
《※以下、ネタバレ注意》
以下、物語が複雑なので私なりに箇条書きにしてみました。
◆ブルジョワ少年が小遣い欲しさに、偽札で買い物をしてつり銭を得る
◆偽札をつかまされた写真屋夫婦は、それと気付きながら、その偽札を燃料店の従業員イヴォンに料金として払う
◆イヴォンは何も知らずにレストランで偽札を使い、断罪される
(写真屋は偽札うんぬん以前に、イヴォンのことなど知らないと従業員ルシアンに偽証させる)
イヴォンと妻子 ◆ルシアンは店の値札を細工し、売上金を着服。それがバレてくびになる
(店を去る際に玄関と金庫の鍵を複製し、のちに写真店に強盗に入る)
◆職を失ったイヴォンは妻の心配をよそに、生活苦から強盗の運び屋を手伝い、
3年の実刑で投獄される
(投獄中に娘が不慮の死。妻に離縁を言い渡される)
面会で別れを告げる妻◆自分の陰口を耳にしたイヴォンはかっとなり、刑務所の食堂で騒ぎを起こす
(独房に入れられ、毎夜支給される睡眠薬を溜めて自殺を図るが、未遂に終わる)
独房へ連行されるイヴォン◆偽証したルシアンが同じ刑務所に。罪滅ぼし(?)に脱獄計画を持ちかけるが、イヴォンは拒否
◆刑期を終えて出所したイヴォン。最初に行った宿屋の主人達を惨殺し、金を奪う
(彷徨い歩いて、銀行から出てきた年輩の信心深い女性に出会う)
◆女性は夫を失い、裕福な農家で家事一切を引き受け、車椅子の息子と老いた元ピアノ教師の父と、姉夫婦一家と暮らしている
◆イヴォンをいつくしみ、語らいの時まで持つようになる2人だったが、ある夜イヴォンは、はした金欲しさに衝動で一家を全員殺害してしまう
◆翌日、イヴォンは警察に自首する──。 凶行のまえに、イヴォンが屋外で洗濯物を干す女性と共にいる、過剰なほど鮮やかな映像でとらえられた美しいシーンがありました。
みずみずしい緑の風景や、清洌な小川の流れ、風に翻る白いシーツの輝きを、そのときイヴォンはどんな想いで見ていたのでしょう。
それとも監督は、それを見ているのは私たちだけで、主人公の目にはもはや何も映らないのだ、と言いたかったのかもしれません。
スクリーンに溢れているのは、即物的な光と風の織物ばかり。
自然の美しさも、かくまってくれた女性との心の交流も、イヴォンの内面にはもはや何も届かず、彼の心に「感傷」などないのだと──。
凶行後、イヴォンは自首しました。
原作ではこの後『善』があらわれるのですが、この映画を観た私たちはイヴォンがその後、原作の主人公のように回心して信仰の伝導者となる姿を想像することが出来るでしょうか。
私にはその姿を想像するのがとてもむずかしい──。
それは現代の社会において、「信頼」も「善」も、すっかり遠いものになってしまったからなのかもしれません。
たしかにイヴォンにも「善」はたちあらわれたのです。彼は自首をしたのですから。
けれど現在の無機質な文明社会では、「善」も所詮つかのまの乾いた断面として捉えるほかないと思えてしまったのです。
決して悪人だった訳ではなく、むしろ実直な人間だった「イヴォン」が、濡れ衣から始まった一連の流れの中でこんなにも変わってしまう──。
淡々とした描写の中で、堕ちていく主人公の姿には、心底ぞっとしました。
まだ善良だった頃のイヴォン登場人物それぞれが、ほんの軽い自己弁護の気持ちでの「悪」の行為を行い、
その積み重ねが一人の人間の人生に もたらす結果について、
“誰も頓着しない”という怖ろしさ
その行為ひとつひとつが、観る者に突き刺さります。
殺人そのもののシーンは映像にはありません。
けれど、主人公が「金はどこだ!」と叫んで振り上げる斧のカットの怖ろしさは
『シャイニング』が子供だましと化してしまう程でした…。
劇中で登場人物が語る
「ああ金よ、目に見えない神よ、お前が我々にやらせないことなどあるのか」
という台詞がとても印象的。
そしてラスト…。
唐突に主人公が自首して殺人を自供した後、ゾロゾロと周りに居た人々が主人公の方へ移動していく場面。これも異様な風景でした。
ブレッソンは主人公に安易な共感や同情はしない一方で、同時に突き放したり否定したりもしません。ただ冷徹に見つめているのです。
徹底的に厳格でありながら、物足りなさを微塵も感じさせないブレッソンの演出は、実験的すぎて初見の観客を戸惑わせるかもしれない。
けれどその“無駄をそぎ落としきった”演出は、物語と見事に調和していると感じました。
衝撃的という言葉はやたらと多用されて今や死語となった感があるけれど、この作品にこそ「衝撃的」という言葉が相応しい気がします。
●1983/スイス、フランス
●監督・脚本:ロベール・ブレッソン
●製作総指揮:アントン・ガネージ
●原作:L・N・トルストイ
●音楽:バッハ
●キャスト:クリスチャン・パティ、カロリーヌ・ラング、バンサン・リステルッチ、マリアンヌ・キュオー
●受賞:カンヌ国際映画祭<パルム・ドール・ノミネート;ロベール・ブレッソン、監督賞受賞;ロベール・ブレッソン>、全米批評家協会賞<監督賞受賞;ロベール・ブレッソン>
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ここまで奈落の底とまではいかなくても,知らない誰かの小さな悪で,大きな悪へと突き落とされた人は,少なくないと思います。
そして,小さな悪は,<それを知らないことが>最も大きな悪でありながら,それに苛まれる事が無い。
よく考えたら怖いですよね。
とても面白い映画だったので、コメなしはさすがにちょっと寂しく…(^_^;)
こういうことってけっこう現実にあると思うんですよ。
結果だけをみて「なぜ殺したんだ!」と責められても
当人には説明出来ないというか。
食物連鎖みたいに、悪って濃縮されていくのかもしれない
と思うととても怖い映画でした。
初めまして。
この映画、今観ました。
観ていて苦しくて悲しくなる映画でした。
自分には全く非が無いのに、
あまりにも理不尽な事が、連続して起きれば、やりきれない思いと共に心は荒んでいくでしょうし、
復讐よりも人生を諦める、放棄する事の方が現実的だと思いました。
(復讐なんてやりたくても現実的に居場所が分からない等、出来ない事の方が多いですし。)
「あぁ、こういう事、実際にあるな」と思いながら、
殺人に手を染めるイヴォンの気持ちに
共感してしまう部分がありました。(ヤバイかしらっ
誰かの手によって冤罪となった人間は、途中でそれが冤罪と分かっても、警察は非を認めない組織ですし、
奪われた人生・時間を誰にも返して貰えないのを、誰よりも理解しているのも主人公でしょうね。
原作のようにそこから主人公に「善」があらわれる方が非現実的だと思いました。
それから、、、
冤罪に限らず前科の付いた人間は、次は簡単に罪を犯す事が出来るのだとも思います。
「前科があるからもう二度と犯罪に手を染めない!」と思うより「もう前科付いちゃってるからいいんだよ!」って感じる人間の方が多いように。
素敵な解説と、監督のコメント情報等、とっても興味深く拝読させて頂きました。
ありがとうございました。
とてもやりきれない映画ですよね。
思い出してみてもなんとも虚しくなります。
そして忘れられない映画です。
コメントありがとうございました。
イサンつながりで映画のお話も出来るとは、嬉しいかぎりです。
この映画はたまたま観て衝撃を受けました。
日本だと、ハリウッドものばかりがもてはやされがちですが、もっと欧州のものも見る機会が増えて欲しいと願っています。