すっかりうさぎ店長日記

注文住宅RECOM株式会社のうさぎ店長と奥さんの日記

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石巻復興ボランティア報告

2011-07-09 11:06:51 | Weblog
7/5(火)~7/8(金)までお休みを頂戴して
兵庫県宅建業界主催の
石巻復興ボランティアに参加してきました。

3月11日から約4ヶ月経過しても
津波で壊滅的になった地域はまだまだ民間ボランティアの仕事があります。
阪神大震災の体験も無く、ボランティア活動も経験したことのない私が
お役に立てるのか心配もありましたが自分なりの力でお手伝いできた経験は
「誰でも何かしら手伝えることがあるんだ!」という確信になりました。
このツアーには全28人中、女性が4人。
その中には震災1ヵ月後に自費で現地にボランティアに入った経験者もいらして
「女性でも未経験でもできることはいっぱいあるから
大丈夫ですよ!」と背中をおしていただいたこともとても心強かったです!

ちなみにこれは作業まえの「元気な状態」(笑)でのワンショットです。
宅建協会さん提供の兵庫県宅建協会と書かれたウィンドブレーカーと
東北楽天の「がんばろう東北」と書かれたキャップで。
作業は長袖長ズボン、ヘルメットにゴーグルに防塵マスク
ゴム手袋にゴム長靴といういでたちです。
この日は良く晴れて太陽との戦いとなりました…。


同じ地域でも川沿いはほとんど全壊しなにもなくなっています。
後で地図で確認すると北上川沿いではありますが山間の地域で
私のような素人からすると津波の被害がちょっと想像しにくい感じですが
それだけ今回の地震、津波の巨大さを物語っています。

一日目にお手伝いに伺ったお宅は、床下浸水して近くの小学校に避難されたそうですが
「うちはまだ住めるからいいほう…
向こうの道路からあちらは全壊が多くて住めないのよ」と仰っていました。
お手伝したことがどれくらいお役に立てたか分からないと思ってしまうくらいでしたが
笑顔で色々と気を使っていただいて本当に頭が下がる思いでした。

石巻市の場合、朝、石巻ボランティアセンター(専修大学)に行き
当日の仕事をもらい、作業場所近くの拠点(この日の場合は北上総合支所)に行き
そこから現地へ向うというスケジュールです。
色々な団体が朝晩センターに向かうのでちょっと渋滞してしまいます^^;


東松島のお宿のお部屋からの朝日です。
とても綺麗で震災があったことがうそのようです。
宿は東松島のホテル大観荘さん。
大理石のロビーに、大きな宴会場、松島が一望できるお風呂と
普通なら高級リゾートホテルだと思いますが、
現在は復興ボランティアを優先に受け入れられています。
スタッフの方の笑顔にも癒されました。
1階の売店にはボランティアの必須道具(長靴やゴム手袋など)から
お土産も充実しています。一般の宿泊も出来、約3割が観光のお客様だそうです。
東松島は石巻のお隣。
島々があったお陰で津波の被害が少なかったと報道などで聞いていましたが
このホテルも本当に綺麗で、観光のボートもでていて本当に報道のとおり。
観光で東松島を訪れるのも支援だと思いますのでオススメしたい!
特に大観荘さんのお風呂はすばらしかったです。
ボランティアの方がたくさんいると思いますが気が引けることはありません。
観光だって立派な支援だと思いますし、
実際にこのホテルはボランティアの宿泊にはもったいないくらい綺麗ですよ。


2日目は石巻市内、海の近くの住宅街で被害が甚大だったという地域です。
午後に伺ったのは地元の工務店さんのご自宅でした。
この社長さんはボランティアセンターに重機などを貸し出ししたりと
被災されながらも率先して協力してくださっているとのこと。
震災4ヶ月経ったこの時期でも床下の汚泥の除去など
ご自分たちのことは後回しにされていたようです。
本当に頭が下がる思いです。
私たちが泥をかいていた床下から「魚」が出てきました。
30センチ以上ある大きな魚がそのまま燻製みたいに丸ごとカチカチになって…。
こんな大きな魚も流されてきたんですね…凄い。


作業が終わったころ、社長さんが帰ってこられ
「カキ氷」と「ずんだもち」と「あんドーナツ」をご馳走になりました。
本当に美味しかった。
すんだもちは「加藤菓子店」とあり、地元のお店のもののようでした。
大変な中でも美味しいお菓子を作られているお店もあることが感じられて
感動してしまいました。


石巻港もバスで回っていただきました。
瓦礫の撤去もすすみ、一部湊の整備が始っているようですが
燃料タンクが打ち上げられたままの姿をさらしていました。


門脇地区の門脇小学校。火災の爪あとが残っています。
周囲は住宅街だったようですが、すっかり基礎だけが残っているような状態でした。
時折、自転車で住民の方がとおりすぎたり、花が手向けてあったり
たくさんのかたが亡くなれたのだとおもうと思わず手を合わせました。

パソコンのキーボードや

懐かしいレコード盤
日常が何十年も積み重なった家があったんだなと思わずにはいられません。

基礎の中にどこからか流れ着いたのかヒマワリが花を咲かせていました。

今回のボランティアでは
大変な中でも人間らしく生きることの尊さを改めて感じました。
実際にライフラインも揃わない、衛生状態も心配な中
そうやって毎日を過ごされている方がたくさんいるのです。

通りすがりに私たちに「ご苦労様です」と笑顔で挨拶してくださるおばあちゃん。
初めて使う一輪車の使い方を親切に教えてくれた大工さん。
「まあ、食べて食べて」とまるで実家のおじいちゃんのような社長さん。
震災後短期のつもりで来たのがすでに4ヶ月滞在という男前なボランティアのお姉さん。
出会った方に私が戴いたものの方が多です。

当初よりもボランティア数が減っていることが懸念されていますが
まだまだ現地では人間の手でお手伝いすることがたくさんあります。
関西からは遠いのでボランティアのバスツアーなどは首都圏などに比べると少なく
手軽に参加できる手段は限られているかもしれませんが
(現に私もこれまでこの理由で躊躇していました)
夏休みなどを利用してボランティアされることもいいかもしれませんよ。


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