Nonsection Radical

撮影と本の空間

相席

2017年03月05日 | Weblog
このあいだラーメン屋に入ったら「相席願います」の声が。
相席(あいせき)というのは、テーブル席で先客がいても残りの席にあとから来た客が座ることで、見知らぬ同士が席を同じにして食事を共にするわけだ。
現在のように他人との距離感に”敏感”な人たちには「しんじられな〜い」”制度”なんだけど、昔はこれが普通だった。
だから逆にお一人様でもテーブル席に座れ、お店にとっても効率が悪くなることもない仕組みだった。
そういうものを経験している世代ではなんとも思わないことなんだけど、現代では戸惑う人も多いのではないか。
それが久しぶりに相席という言葉を聞いて、懐かしさと共に、当たり前じゃんという思いと、いい店だよなぁという思いがわいてきたのであった。
きっと時代錯誤と言われるのであろうが、なんでもかんでもプライバシーということで他人との距離感がはかれない時代になっている中で、たまにはこういうことで自分のバリアを取り払ってみることも必要なんじゃないのかなと思う。
”公共”の場に”私”を持ち込んで公共とはなんぞやという思いを抱くことが多いのだけど、そういう勘違い系の人たちが多くなっている時代だからこそ、”私”の制限が”私”とは何かということを考えるきっかけにもなるのでないか。
といいつつ、上からの制限のために”公共”を持ち出すことには非常に拒否感はあるのだけれどね。
そういう”公共”とこういう”公共”とは違うんだということ。
私的空間と公的空間の振る舞いに区別をつけるということは当たり前と思うのだ。
外に出ても自分の空間を優先して振舞うというはトラブルばかりでうまくないじゃないのかと思うのだ。
当然プライバシーにも個人的権利にも差異が出てくるものだろう。
往来を歩いていて「見るな」というのは勝手すぎる考えだ、の類の話である。
当たり前といえば当たり前の話なんだけど、その当たり前が通用しない”個人的見解”を持つ人が増えてきたんだよね。
それに伴いトラブルも増えているわけだし。
コメント (2)
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