鎌倉 佐助の風街便り

陶芸、街歩き、クルマ、オーディオ・・。思いのまま徒然に

今年もありがとうございました。来たるべき年も佐助ヶ谷から・・・。

2014-12-31 23:37:33 | 日記

身のまわりで起こったあんなコト、こんなコト…。語り合った人たちと描いたあんな夢、こんな今…。いつものお店で飲んだあんな酒、こんなビール…。とにもかくにも、間もなくこの一年がその幕を閉じ、新たなる年が始まろうとしています。毎年大晦日となるといつものことながら、一年の間に起こったさまざまな出来事が映画のエンドロールのようにアタマの中を駆けめぐっていきます。そして、楽しい思い出や、ガクッと心が折れそうになった緊迫の場面等、さまざまなシーンを回想しながら、一年間なんとか暮らせ遂せてきたことへの感謝の意を込めて鶴岡八幡宮へ「御礼詣り」を常としています。

例年、大晦日の昼前の八幡宮境内は参拝の方々も少なく、初詣の参拝客向けの露店の設営作業音が参道に「トンカン」と響きわたる…、という感じだったように記憶しています。されど今年は、参拝の方々でごった返していました。


八幡宮本殿に「御礼詣り」、ならびに「おはらいさん」を授受していただき、若宮大路をたどって帰途につくことになります。段葛はこの11月以来、大規模な改修工事に入っているため、ベージュ色のフェンスで覆われてしまっています。そして、ところどころ、段葛付近の街なみや満開の桜の風景がパネル仕立てで展観。

計画では今後1年以上はこの状態が続くのだとか…。

「あゝ、一日も早く元の風情ある段葛に戻って…」と願いながら若宮大路の歩道を駅に向かって歩んでいたところ、ワタシと同世代と思われるご夫妻が前方から歩いてきました。そしてワタシのすぐ手前でそのご夫妻は「今すれ違った女の人、アナタが好きなあの女優さんよ」、すぐさま「えっ、あのグレーのコートの女?、ホントに? 鎌倉に住んでたんだぁ…」という会話を交しながら、ワタシの約10m先を歩く後ろ姿の女性を指さしています。あろうことか、その後ろ姿の女性はなんと、ウチの同居人さん!?。

このご夫妻の会話の一部始終を同居人さんに伝えたところ、「ワタシが女優さん!? ハァ~」と大爆笑。されど、満更でもないような表情も…。ワタシとしては「でもね、美貌の女優ではなく個性派女優に間違えられたんだよね」と言ってやりたいところなのですが、それは口が裂けても永遠に言えません。

ちなみにこの大晦日の「女優さん」の後ろ姿は、こんな感じです。

やはり、どう贔屓目にみても「個性派女優さん」がピッタリ、だと思うのですが。

本日は昼前に鶴岡八幡宮から始まって、御霊神社、佐助稲荷神社、銭洗弁財天まで都合2時間くらいをかけて一年の「御礼」に詣でてきました。

道すがら、今年最後の相模湾をちょっと見。深緑色に輝く冬の海の向こうにサザンオールスターズの「鎌倉物語」が聞こえてきそうな午後でした。

そして、家の近くまで戻ったところで「さんぽ市」のお仲間・人力車の清水さんの雄姿を前に思わず「一枚、撮らせて!」。冬でも半袖シャツでウチの陶芸教室にかよってきているチビッ子陶芸家さん達にもビックリですが、さらにその上を行くタンクトップ姿の清水さんにチカラを貰って「ゆく年くる年」したいな…、と。

暮れゆく夕陽と追いかけごっこしながら掃除を終えて、今年最後の夕餉はビールで「乾杯」そしてささやかに年越し蕎麦の膳。

明日 元旦から営業へ向けて仕込み最中の「さんぽ市」お仲間さんとのまったりとした夕餉の時間は、ここ数年来の恒例の「ホッとするひととき」。お互い、一年を振り返りながらつかの間のゆったりとした時間が過ぎて…。

年越しへ向けて軽い余韻に浸る中、ふと気がつけば、あの人たちが9年ぶりに揃って

「ひつじだよ 全員集合!」してくれました。

「シャララ」なメロディから始まって、青い海と広い空、そしてさまざまな愛の深さを歌い上げる還暦イブのメンバーたちのライブは今もまだ続いています。

間もなく年明け。あらためて、今年一年 ありがとうございました。そして、来年もよろしくお願いいたします。
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赤瀬川原平さんの影を慕いつつ、オンナのオジサンの喝に震えた冬至の夜

2014-12-24 00:09:00 | 日記
年の瀬の慌ただしさに身をまかせながら日々を過ごし、ふと気がつけばアララ、昨日 22日の月曜日は冬至を迎えていました。今年は「朔旦冬至」とかで、冬至と新月が重なる19年に一度のとても珍しいことなのだとか。60年近く生き永らえてきていますが、恥ずかしながら今回「朔胆冬至」をはじめて知った次第です。とにもかくにも、冬至を迎えたということは、この日を契機に昼の時間が日に日に長くなっていくことに他なりません。冬はこれからが本番ではありますが、なにやら「一筋の光明」を見たようにも感じます。

この月曜日、午後から東京で用事が一件入っていました。朝から出かける必要はなかったのですが、冬至にまつわる「一筋の光明」に誘われてしまったのか、午前8時過ぎの横須賀線に飛び乗って華のお江戸のさらに先にある千葉市まで約1時間40分のプチ「乗り鉄ちゃん」…。

JR千葉駅に降り立ち、冬の朝日の中を徒歩10分、たどり着いた先はこちら。

千葉市中央区役所7、8階に併設の千葉市美術館で開催されている「赤瀬川原平の芸術原論展」を展観してきました。蛇足ながらこの区役所の下層階部分は、大正から昭和にかけて活動していた建築家・矢部又吉氏の設計のもと、1927年(昭和2年)に建てられた旧川崎銀行千葉支店の建物なのだとか。東京の日本橋や大手町界隈、そして横浜あたりでよく見られるネオ・クラシック建築の重厚な造りが印象的です。

今回の赤瀬川氏の展観の会期は10月28日から昨日12月23日まで。数奇なことに、氏は会期目前の10月26日、77歳でこの世を去っています。また、かねてより氏の活動や著作に惹かれていたこともあり、是非とも観ておきたかった展開ということで、会場にたどり着いた瞬間の安堵感からか、ふと身体のチカラがガクッと抜けるような一瞬もありました。

前衛芸術家である氏のこれまでの活動の歴史は、会場で渡されたこの一篇の展観パンフレットの中に凝縮されています。



前衛、具象を織り交ぜた立体、イラスト、漫画、写真、原稿をはじめその他さまざま多岐にわたるコレクション等、全554点を前に、思わずくすくすと笑いを浮かべたり、はたまた感嘆のため息を漏らしたり。

「千円札裁判」はつとに有名ですが、タテ82.7cm×ヨコ181.5cmの巨大な千円札「押収品・模型千円札Ⅱパネル作品3」の実物はまさに圧巻。思わず「え~、これ、手描きなんだ!?」と、目を凝らして長い間 畳1畳ほどもある千円札の隅から隅までその筆遣いのサマをじっくりと観察させてもらいました。

また、1964年(昭和39)「ハイレッド・センター 人体展開図写真」というアプローチでは、横尾忠則氏をはじめ何人かの姿を前後左右上下から写した6枚の写真で構成する平面作品を残しています。その中の一人に「オノ・ヨーコ」さんを発見。手書きの注釈の中に「AGE 40~50」、そしてなぜか「小野マリア」という記述もあります。「小野マリア」って何? という疑問がふつふつと。そして、1964年といえばヨーコさんとジョン・レノンが運命的な出会いを果たす1966年のわずか2年前。「人体展開図写真」に残されたヨーコさんの写真を観ながら「当時、ヨーコさんはけっこう太めな体格だったのね…」と妙な方向に関心が向かったり…。ビートルズ狂のワタシとしては赤瀬川氏とオノ・ヨーコさんの「接点」がまた一段と嬉しくも思ったりの一幕でした。

前衛芸術を媒体に反権力、反戦、そして諸々のオモシロ真面目な活動を続けてきた赤瀬川氏ですが、ワタシにとっては中古カメラ遍歴をはじめとする数々の著作が最も身近でもあります。中でもこの2冊、というか3冊というべきか!?。

常日頃、手紙やブログを記す時は常に「新解さん」が傍らにそっと寄り添ってくれています。「新解さん」はつき合いが長くなるほどに味わい深いお人柄を持ち合わせています…。そして、あと1年ほどで還暦を迎えるわが身にとって「老人力」たる言葉はまことにココロに響きます。モノ忘れをするたびに「老人力がまた一つ増してきた!」と喜ぶことの心地良さは、還暦真近になってこそ。

それにつけても、年の瀬の千葉市は素敵でした。師走の慌ただしい時期にもかかわらず、街行く人々の歩調のリズムは赤瀬川氏らが主宰していた「路上観察学会」のメンバーでは? と思えるくらいゆったりのんびり。ふとメインストリート左側のビルに目をやると

まさに「路上観察学会」的には格好の「巨大な白い手」が…。

千葉市での「芸術原論展」を経て、東京にて知人ともども「ゲイジツ現時点」を確認し合い、冬の西陽に向かって疾走する横須賀線に揺られての帰路。武蔵小杉駅から鎌倉駅までの約30分、最後尾車両にはなんとワタシと車掌さんだけの「貸切状態」。

本来ならば、とっても慌ただしい年の瀬だというのに、このガラ~ンとした車内風景。なにやら、「道楽者」に成り果てた? ような気分でもありました。はたまた赤瀬川氏ならば、どのように「車上観察学会」してくれるのか、限り無く興味は膨らみます。

それでもって、冬至の日が暮れて、古都の暖簾に誘われて…。ご近所のお店仲間「甘味処 こまめ」のかえさんと溶接ワークショップ「Fe★NEEDS」の看板ミセス・るりさん、そしてウチの同居人さんとともに駅前線路際のお馴染み「六弥太」さんでささやかに忘年会。

この暮れはあともう一回、忘年会の予定が入っています。さしずめ今回の忘年会はフジテレビ系列で人気を博したドラマのタイトル風に言えば「最後から二番目の会」ということになるのでしょうか。

女性3名とともに、「オトコのオバサン」たるワタシの飲み会ということで「女子会」との解釈も成り立ちます。されどされど、かの女性陣3名ともになかなか力強く正真正銘の「オンナのオジサン」でもあり、唯一の「女子」たるワタシは甚だ肩身が狭い約2時間。「こまめ」のかえさんは「乾杯」終了後、「明日の仕込みが…」との言葉とともにアッという間に冬の闇の中に姿を消していきましたが、ワタシとしては「オンナのオジサン」の怪気炎を前にひたすら生ビールのグラスに手をやるのが精一杯でした…。

そして「サッッポロ赤星」をキープ? してある「カジェヘロ」さんにて冬至の夜の 第二幕。絶品の麻婆豆腐に舌鼓を打ちながら、お互いの今年一年をつかの間の「プレイバック」。


酔いにまかせてふと気がつけば「日付変更線」まであと1時間足らず。19年に一度の「朔旦冬至」とは、夜ばかりか昼の活動時間も限りなく長く、そしてこの上なく実り多き一日なり…!?。
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あっという間に師走も半ば。「さんぽ」の心、諸行に響く…

2014-12-16 23:23:46 | 日記
時あたかも、師走真っ只中。駅東口には毎年暮れのこの時期恒例のイルミネーションが冬の夜空をバックに輝いています。

今年のノーベル物理学賞でさらに注目を集めたLED照明によるイルミネーションを見るたびに「きれいだなぁ…」、そしてさらに「年賀状、書かなきゃ…」との思いがズシ~ンと肩に…。

そして、世の中では「大義無き解散」「熱意無き選挙戦」と言われ続けた日々を経て、去る14日の日曜日、師走の総選挙が静々と取り行なわれました。

わが家から徒歩5分ほどにある市役所の中に投票所が設けられています。土日、祝日には一般開放されている市役所駐車場も、選挙とあって「臨時休業」…。この市役所駐車場は、休日に市外からクルマで観光に来る方々にとって「穴場の駐車場」として秘かに有名なのだとか。「臨時休業」のためか、構内誘導員の方も手持ち無沙汰、そして駐車場もガラ~ンとしていました。

肝心の選挙結果ですが、いやはや、なんとも…。ワタシは政治的には一応「不偏不党」の立場にあるとは思っているのですが、選挙前、そして選挙後も「この選挙は、何の意味も無いよね…」とただただ長いため息が出るだばかり。投票日当日、陶芸教室にかよって来てくれたお嬢さん方から「応援したい候補者がいません。何とかしてください」と言われて、ただただ「すみません…」とアタマを下げるワタシ。「熱意無き選挙戦」とは、ワタシにとってことほど左様に困りモノ、でした。

閑話休題。

このたびの総選挙はともかく、思い起こせば師走の始めから、とにもかくにも珍しくいろいろ動きまわりました…。

まずは師走初旬の寒い夜。ご近所のお店仲間とともに毎年夏に開催している「鎌倉 佐助のさんぽ市」の面々が集まっての忘年会。

かの総選挙の経費は660億とも800億とも言われていますが、「さんぽ市」の忘年会はアルコールも食べ物も全て持ち込みで極めてリーズナブル。来年の「さんぽ市」へ向けて多くの建設的な論議が交わされたような記憶はあるのですが、記録に留めていた人は誰一人いなかったような。「さんぽ進んで二歩下がる。差引き、一歩ずつ…」というスタンスの「さんぽ市」の感、あらためて…。

以後、時系列的にはなりますが、師走の佐助のあれこれを。

「さんぽ市」忘年会の余韻冷めやらぬある日。ワタシが住む佐助の「佐助自治会」の中の組織「歩こう会」の方々に導かれて、市内の神社仏閣、ならびに里山を巡る機会に恵まれました。市内名刹の紅葉、そして丘の上からの絶景を眺めながら、折に触れて鎌倉の歴史地誌を紐解いてくれます。

今後、都合のつく限り、このような「プチツアー」に同行させていただければ…、と熱望しきり、の至極の120分でした。あらためて、「この街の奥、深し…」。

市内の「踏破」事始めの後は、前回のブログにも記した甲斐・山梨のギャラリー巡り。

師走のこの時期、甲斐の国から見る富士は、ことのほか凛と、そして憂いを湛えているようにも見えました。

そして、かの総選挙の14日。投票前の午前中のひととき、市内・建長寺にて開催された「第1回 未来教育シンポジウム」の討論会に誘われて、同シンポジウムのパネラー各氏の討論会に参加してきました。この類いの討論会は、とかくパネラー諸氏の自画自賛話になり勝ちですが、今回の討論会は「子供と教育」に関してさまざまなヒントを与えられる2時間でした。ウチの陶芸教室にも小学生のチビッ子陶芸家さん達がかよって来ていることもあり、「教育」に関しては無関心ではいられません。

建長寺を訪れた時には法堂に向かい、故 小泉淳作画伯の手になる天井画「雲龍図」を仰ぎ観ることを常としています。

今年も1月にこの「龍」を愛でて以来、何度、この法堂を訪れたことか。まさに「光陰矢の如し」、つくづく月日の経つことの速さを痛感せずにはいられません。

ともあれ、本日の水曜日はチビッ子陶芸家さんたちの作陶日。学校帰りのチビッ子たちがランドセルを背に「ただいまぁ~!」の声とともに工房にやって来ました。作陶しながら、クリスマスプレゼントやお年玉の皮算用をするサマは、ひと足お先に「ゆく年くる年」の感も…。

それにつけても、やっぱりこの冬も半袖!


吹き来る寒風をものともせず半袖で闊歩する勇気を見習いながら「今年残りの2週間を乗り切るぞ!」と、精一杯の空元気…。





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東へ西へ800マイルのロングツアー、事の始めは「墓マイル…」!?、

2014-12-09 22:27:05 | 日記
今は昔、約40年ほど前の大学生時代、地理学を専攻していたこともあり友人たちとともに暇を見つけては「地理学巡検」と称して日本各地をさまよい歩いていました。そして野球記者時代には取材で、美術誌編集者時代には工芸作家巡りで全国各地を駆け巡っていました。ふと気がつけば、47都道府県すべてを「踏破」ということに。目的の街にたどり着き酒場で一杯、あこがれていた景勝の地に足跡を記して缶ビールで「乾杯!」…。独身時代はホントに「出好き」&「酒浸りの日々」でした。

それが今では、ここ佐助の自宅工房を中心に「半径100mのプチ散歩」でご近所のお店巡りで目一杯というくらいの「出不精」になってしまいました。つくづく、遊びが足りません、トホホ…。ことほど左様に「佐助の里の侘住まい」たる様相のわが身にとって、夏のお盆のお墓詣りこそが数少ない「遠出」の機会でもあります。今年の夏も、倉田家のお墓のある福島・会津のお寺に出かけるはずだったのですが、諸々の事情により前日に急遽、延期ということに…。

そして、ややあって先月は11月下旬…。福島・会津地方が雪に包まれる直前のある一日、日帰りにてお墓詣りの旅を敢行しました。

朝5時、夜明け前の闇に包まれる中、愛車メガーヌをそーッと発進させて「墓参る」の旅がスタートです。首都高、ならびに東北道をそれなりに激走して、クルマは3時間ほどで福島・会津地方へ。猪苗代から見る会津磐梯山の中腹のゲレンデにはうっすらと雪が積もっています。

クルマの外気温計は「1℃」。運転席の窓を開けてみると、たしかに凍てつくような寒風が容赦なく車内に入ってきます。

猪苗代から会津若松を経て、ラーメンで有名になってしまった喜多方市の北部に位置する熱塩加納のお寺まで、クルマで小1時間。かつては国鉄・日中線の終着駅だった熱塩加納駅舎、そしてお寺の門前に控える旅館の景色は数十年来少しも変わっていません。


熱塩加納の集落の奥、ひときわ高い場所に我が家の先祖が眠る曹洞宗示現寺があります。

現在、お寺の屋根は金属製の部材でしつらえられていますが、かつてはそれはそれは堂々たる茅葺き屋根でした。

お寺の本堂の裏の丘を登ったところにわが家の先祖が眠っています。

お線香の煙がたなびく主墓を守るように多くの先祖の墓石が並んでいます。ウチの二人には子供がいない故、今後このお墓をどのように守っていったらよいのか、まこと「墓迷る…」の感も無きにしもあらず、の今日この頃でもあります。

墓参りを済ませて、会津西街道の時季遅れの紅葉を愛でながら、神奈川の自宅への帰途へ。

栃木・五十里湖畔の山々は、木々の葉をすっかり落として綿帽子をかぶったようになっていました。さらに下って宇都宮に近づくと、道路の両側の木々はかろうじて紅葉を保っていました。

11月下旬、神奈川・会津 日帰りメガーヌ弾丸ツアーの総走行距離は約800キロ。久しぶりのロングクルージングとなりましたが「まだまだ余裕あり。あと300キロは軽く走れるね」と、ドライバ―魂に火が点いた一日でもありました。

会津行きを経て、師走初めのつい先日、今度は甲斐・山梨の地を訪ねてみました。ここ20年来、結果的に「出不精」だったわが身としては、2週間の間に立て続けに小旅行することはまさに「異例中の異例」の出来事。あらためて「遊びが足りません」。来年は「う~んと遊んでやるぞ!」と、チカラ無く宣言…。

それにしても、甲斐の国は「寒かったぁ…」。メガーヌの向こうに見える富士山も冷めざめと蒼いシルエットに姿を変えていました。


甲斐の国での目的地は、木々に囲まれた一角に佇む多目的ギャラリー。

零下3℃の冷気越しに観る景色には、「キーン」と研ぎ澄まされた緊張感も漂っていました。

甲斐路からの帰路、中央道の沿道の木々は、やや時季を過ぎた紅葉が華盛り!?。

それはあたかも、約2週間前の会津西街道を彷彿とさせてくれました。

あらためて「四季」、そして「地魅」に恵まれたこの国に感謝しつつ、つくづく「遊びが足りない…」。来年こそは「たんと遊んでみまそうぞ!」

まずはこの暮れ、吉田類さんよろしく「鎌倉酒場放浪記」、いざ今宵から…。
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霜月の夜は更けて師走へ。日々、静々と歳末モード…

2014-12-03 12:36:21 | 日記
いやはや毎度毎度のことながら、たしかつい先ごろ年が明けたと思ったら、まさにアッという間に師走を迎えてしまいました。鎌倉駅西口・御成通りの入口にもさっそく、ささやかながらもクリスマスのイルミネーションが飾りつけられました。


ワタシ的にはこの時季になると毎年、中原中也の「帰郷」という詩の中の「あぁ、おまへはなにをして来たのだと…」という一節がアタマに浮かんできます。もちろん、中也がこの一節にこめた想いとは「全然意味が違うよなぁ」と思いつつもやっぱり「この一年、おまへはなにをしてきたの?」と自らに問いかけてしまいます。そして今年も「たいしたことはできずに…」と言いかけてぐっとその言葉を呑み込むことになります。

おりしも総選挙が始まりました。つい数週間前まで衆議院議員だった「先生」たちが「よろしくお願いします」と選挙区行脚を繰り広げ、ココにも「師、走る」の図が繰り広げられます。「はて、解散の大儀は? 所詮は党利個利でしょ?」などと思っていたら、ここでもやにわに中也の詩の「汚れっちまった悲しみに…」という一節がアタマに浮かんできました。

これからは各党、ならびにマスメディアが総力を挙げて、選挙、選挙の2週間。より一層慌ただしさが増す中、工房の裏庭からは、師走の日差しを浴びて輝く里山の紅葉が望めます。

街の紅葉が日々彩りを変え行くサマを観ながら、大切な一票の投じ先を投票日までしっかり考えてみます…。

以前行なわれた国政選挙の際、ウチの陶芸教室にかよってきているチビッ子陶芸家さんたちから選挙についてあれこれと質問攻めにあったことがありました。小学生だからといって侮ってはいけません。いわく「あのオジサン(候補者)の言うことは嘘っぽい」「選挙が仕事って、なんか変じゃんか?」と鋭い質問を次々と浴びせかけてくれます。それはもう、ワタシ、たじたじでした。

好奇心と批評家精神旺盛なチビッ子陶芸家さんたちがつい先日の11月26日、ワタシがちょこっと出演している「ファンケル・コシラックスCM・BS放送編」オンエア当日 陶芸教室にやって来ました。「これから、テレビCMに出るんだ」と伝えたところ、チビッ子たちは「どうせヘンテコなCMでしょ?」とまったく相手にしてくれません。

そこでちょっとオーバーに「巨人軍の原監督と出演してるんだゾ!」と言ってみたところ、「へぇぇ~」と目をパチクリさせてテレビの前へ。

チビッ子たちは、ファンケルさんのCMの中でコメントを発するワタシの姿を見ながら「ちゃんと話してるじゃんか」などと批評しながら、「それなりに恰好ついてるよ」とお誉めの言葉もいただきました。これで、少しは見直してくれたかなぁ…。

師走を目前に控え、「テレビCM騒動」に続いては、ちょっとアートなお話しを…。

陶芸教室のチビッ子たちと「ファンケルCM」をエンジョイした数日後、市内在住のコンテンポラリー・ダンスの鬼才 秀島 実さんの舞踏公演「アネモネ綺譚」を鑑賞する機会に恵まれました。秀島さんとわが家のつながりはこちらから。

ダンスの世界に関しては、ほとんど知識を持ち合わせていません。されど、躍動感とともに何が起こるかわからない緊張感、そして時に哀愁を帯びた仕草もみせる秀島さんのパフォーマンスに「釘付け」の90分…。

秀島さんのダンスを観ながら、またまた中也で恐縮なのですがなにやら突然「浮波」という詩の中の
「私も歩いてゆく。もうだいぶ冬らしくなって人の心はせわしい。なんとなくきらびやかで淋しい」という一節を思い出していました。何故か訳も無く…。う~ん、なんででしょ? 今でもわかりませんが。

ちなみに、長髪を風になびかせる秀島さんの日常の姿は、この写真のような感じです。


閑話休題…。

霜月を経て師走に至り、街の装いも人々の心持ちも日を追って年末モードに入りつつあります。最後の一枚になったカレンダーに予定を記入していると、必然的に「忘年会」と書き込む機会が何回も。仕事に、プライベートに、この一年お世話になった方々との楽しい語らいのひと時を心待ちする今日この頃。

そして最後に「そうだ、選挙行こう!」の師走 なり。







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