鎌倉 佐助の風街便り

陶芸、街歩き、クルマ、オーディオ・・。思いのまま徒然に

花が嵐に吹かれども、一夜が明けて「春がいっぱい…」

2014-03-31 11:48:28 | 日記
昨日の朝から午後までの雨模様を経て今年度末の本日は朝からまさにこれ以上は望めないほどの満点の春好日。先週あたりから西日本方面から桜の便りが届き始め、東京方面ではすでに桜は満開との報がテレビ、ラジオ、新聞等で伝えられています。ウチの陶芸教室でも昨日は「桜はいつまで持つのかなぁ…」といった会話も交わされていましたが、当地の桜はやっと五分咲き…、といった感じでしょうか。

それでも今朝8時過ぎ、若宮大路の段葛の桜並木は朝日を浴びてキラキラと輝いていました。

ワタシ自身、約一週間前に腰の辺りを痛めて目下のところ通院中の身にて、たとえ五分咲きであっても桜の花に彩られた街の景色が例年以上に心に沁みます。

年度末とあって市内の主要な道路は渋滞模様。山沿いの裏道に回ると、ところどころに満開の桜も見受けられます。

住宅地の角を曲がるといきなり目の前に現れた富士山と桜にうっとり。病院通いもあながち捨てたものではないかも…。

振り返ってみると、ワタシの「桜」は毎年この光景から。

我が家の2階南側の窓から見える丘の左隅の山桜が花開いた後、日本列島のどこかでソメイヨシノが開花して一気に桜前線が北上していきます。さしずめ、この山桜はワタシにとっての桜の「標準木」といってもいいかもしれません。

満開の桜吹雪に思いを寄せつつ、ふと眼下に目を移すとお隣の家々のムクゲやモクレンがいっせいに花開いていました。


昨日の午後、冷たい雨に吹かれて凍えているようにも見えたモミジの枝…。


今は暖かな春の日差しを浴びて若葉が開き始めています。

玄関前には、2月の二度にわたる大雪にも耐えて春を迎えたクリスマスローズの花が春風に揺れています。


この他にも家の周りには、ローズマリーや名前も良く判らな野草が花を咲かせ、裏庭では紅色の椿の花が咲き誇っていました。

あらためて気をつけてみれば、まさに「春がいっぱい」。

そういえば昨日の日曜午後、TOKYO-FMオンエア・山下達郎「サンデー・ソングブック」にて達郎さんの今は亡き音楽仲間だったギタリスト・大村憲司氏の「春がいっぱい」が流れていました。シンプルなメロディとやさしいギターの響きがとても印象に残る名曲です。そしてこの曲が収められた同名タイトルのLPアルバムには、ワタシが大好きな元ビートルズのギタリスト ジョージ・ハリスンの「Far East Man」のカバー曲も収録されています。このテイクもまた珠玉の出来栄え。なんとも懐かしい限り…。

そして今、あらためて「春がいっぱい」を聴きながら、「鎌倉の桜よ、満開へ向けていざ、Step by Step!」
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あっという間の3連休。それなりに鎌倉、〆は夜空に「陶芸くん」…

2014-03-25 13:27:25 | エンタメ
「う~、寒い…」とつぶやきながらぶるぶる震えていた冬ともようやく「サヨナラ」、そして,待ちに待った春の到来を「「ようこそ!」と万感の思いで迎えることとなったこの3連休の日々。ここ佐助の街角でも「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉どおり、春分の日あたりからよりいっそう春の気配でいっぱいです。

3連休といったような少しばかり長いお休みともなると、陶芸教室会員の皆さんにはある一定のパターンのようなものもみられるようです。たとえば東京や埼玉、千葉方面にお住いの会員さん達は、交通機関や市内をめぐる観光客の混雑にを気にしてか、連休期間中の陶芸予約は避ける傾向にあります。その一方、市内や逗子、葉山、横浜、藤沢といっや近郊にお住まいの会員さんは連休中の混雑をあまり気にすることなく、「今日は鎌倉駅周辺の人出がすごいですねぇ」の声とともにとても楽しげに教室に入ってきます。

ワタシはといえば、この3連休をとおしてレジャーを、そして軽い中休みを…という気持ちはかすかばかりは持ちながらも、ご近所のお店仲間がお客様を相手に精いっぱいおもてなししている姿を思い描きながら陶芸教室で過ごす時間がアッという間に過ぎていくのでした。

そんな中にあっても、それなりに時間を見つけては、ぼちぼち、ゆるゆる、ほどほどに「それなりの鎌倉時間」をちょっぴりと味わって。たとえば、連休初日の金曜日、やや早めに教室が終わり、ふと愛車メガーヌを駆ってお気に入りの絶景スポットへ。

市内でも、遠くから江ノ島を見下ろす光景は材木座の山の上とこの場所だけでは…、というお薦めポイントです。見晴らしが良い時には、江ノ島の右側に富士山もくっきりとなだらかな稜線を描いてくれます。ふと、何の脈絡も無くサザンオールスターズの「鎌倉物語」が耳元に聞こえてくるような気も…。いつまで経っても若かりし頃が忘れられず、ちっとも大人になりきれません…。

ほんの少しばかり自虐の念に包まれつつ…。

お彼岸といえば、やはりお墓参りがお約束ごと。ウチの同居人さんともども、それぞれの実家のお墓参りに詣でることが本筋なのでしょうが、それはお互いの母親がキッチリと。ウチの二人はといえば、市内・建長寺に眠る親戚のお墓に詣でて、それなりに「お彼岸の一日」。

山門前の河津桜が今を盛りに咲き誇っていました。

建長寺境内の東側の丘に広がる墓地群の一番奥にある親戚のお墓からは、遠く相模湾や鎌倉の街が臨めます。

お墓の手前の畑では、建長寺のお坊さんが食する野菜を耕作するのだとか。「この畑で収穫された野菜で作るけんちん汁はきっとさぞかし美味なんだろうな…」などと思いつつ、親戚のお墓を後に。

「下界」へ降りる道すがら、境内のそこかしこに春の息吹が。

趣きのある塔頭とも相まって、ほんの少しばかりですが「観光気分」に浸ることもでき、あらためて今は亡き親戚に感謝することしきりの春の午後、でした。

そして連休最終日。陶芸教室を終えて太陽が西の空に大きく傾きかけた頃、佐助の街から東にボチボチと歩をすすめ、この御成隧道を越えて市内の街場にてささやかに息抜きのひとときへ。




たまに立ち寄るお店への道すがら、ウチの陶芸教室にかよって来ているチビッ子に遭遇。

事の始まりは記憶に無いのですが、ワタシはこの小学2年のチビッ子から親しげに「マキロウくん」と呼ばれています。ウチの同居人さん、そしてチビッ子のお母さんも「マキロウくん」の掛け声には大笑いしているのでワタシも思わず「な~に?」と応えています。さらには「マキロウくん」にプラスして「陶芸くん」なる称号もいただきました。ココロの奥のほうで「僕って何?」とちょっぴり二ガ笑いの「お彼岸の断章」。

ささやかな夕餉を過ごしたお店の玄関先からは、鎌倉駅を発着する車両が臨めます。

列車がホームに入って来るたびに「あれは宇都宮線、今度は横須賀線…」と、さながら「電車に乗らない鉄道旅行」。鎌倉から横浜、渋谷新宿、大宮…、そして品川、東京、千葉、成田…。各沿線の車窓からの眺めに思いを巡らせながら飲むビールグラスが進むことといったら…。

今回の3連休も遠くに出かけることなく、無事? 終了。

人影の消えたプラットホームを横目に、「次の週末は…」
いよいよ桜の季節です…。
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トンネル抜けて、扇ケ谷に「蛍雪」ゆかりの建物めぐり…。Part-1

2014-03-17 15:06:11 | 日記
常日頃、陶芸教室や作陶のかたわら、「新たなる作風を求めて付近の佐助ケ谷をそぞろ歩き…」などといったカッコ良いというか、スカしたようなスタイルは断じて持ち合わせていません。ここ佐助をめぐる半径約100mのプチ散歩は、あくまでも「気分転換」。この散歩の道すがら、ご近所の知り合いやお店仲間との世間話についつい熱が入り過ぎて、とても自らの陶芸の奥義にまで思いが至らない…、というのが実のところです。

そして最近では、このプチ散歩もその行動範囲を少々広げはじめ、佐助から鎌倉駅側に広がる隣街の扇ケ谷(おおぎがやつ)までフラフラと足を延ばすこともしばしば。この扇ケ谷の街の一角には、知る人ぞ知る? とても不思議な風情の? 建物があります。過日、縁あって、その建物を探訪することとなりました。

鎌倉駅西口から徒歩約5分、扇ケ谷のお屋敷の間を抜ける細い道の奥にその建物は佇んでいます。わが家からも北東方向に直線距離にして300m弱、佐助トンネル経由で徒歩5分ほどの至近に位置していますが、奥まった場所にあるためにこの建物の前を通るのは年に2、3回くらいでしょうか。

この建物は一昨年から昨年にかけて東京のセンチュリー文化財団から鎌倉市に寄贈され、市の歴史や文化等を紹介するための施設「鎌倉歴史文化交流センターA館、B館(仮称)」として整備されて来年くらいにはオープンの予定、とか…。詳しいことを市役所の方に尋ねても、なかなか明瞭な声が返って来ないようで整備計画の進行状況は建物の外観同様にミステリーな雰囲気に包まれています。

そしてまた、寄贈母体であるセンチュリー財団のルーツをひもとくと、ワタシ達世代にはとてもなつかしい「蛍雪時代」や通称「赤尾の豆単」で有名な「英語基本単語熟語集」で有名な旺文社中興の士・赤尾好夫氏にたどりつくらしい、というのもこれまた少しばかりミステリアスな感じがします。

市役所の方々から、この先 2,3年のうちに鎌倉歴史文化交流のステージとして公開される旨の説明を受けた後、いよいよ内部の探訪へ。

まずはじめ、南側の扉のパネル越しにやわらかい太陽光が差し込むこの空間は、かつては駐車場として使用されていた、らしい…。「いったい何台停められるんだろう…」というくらい、広いスペースが確保されています。


ちなみに建物全体をとおして、南側から大胆に太陽光が注ぐのはおそらくこのスペースともう一か所くらいかなと思います。この建物はイギリスの建築家ノーマン・フォスターという人の設計なのですが、設計に際してのコンセプトは「洞窟」なのだとか。なるほど…、光はもっぱら各部屋の北側と東側に設けられた窓から取り入れる構造になっています。

こちらは1階奥のリビング。北側の掃出し窓からは、日差しがたっぷりと降り注ぐ庭の景色を堪能できます。


そして…。建物東側には、このようなプールまでもが…。この建物をすでに見学してきたご近所の方々からプールの存在は聞いてはいましたが、想像以上に見事に「プール」していました。


おそらくプールの上あたりに位置すると思われる場所には、この建物唯一の和風の部屋が設けられています。

柱や軒天は朱塗り、そして内部の床は檜張りになっているこの部屋は茶室として使われていたらしいのですが、一説には「位牌堂」として用意されたという話も聞きました。謎が残ります…。

建物に中にはいろいろと工夫がされており、このシックなドアノブがとても印象的でした。


照明をグンと控えめにしたアイランドキッチンはとても整然とした造りになっています。おもにプールの水を管理するための機械室もキレイに維持されているようです。


「鎌倉歴史文化交流センター(仮称)」になる予定の2棟内部を案内してもらった後、屋上部分から南方向を望むと相模湾と逗子、葉山方面が一望できます。良く晴れた日には遠く伊豆大島も見えるとか。


太陽の日差し燦々のこの屋上に立ってみると、対照的にノーマン・フォスター氏の設計コンセプトである「洞窟」というワードがアタマの中をくるくるとかけめぐってくるようにも感じます。フォスターさん、ただ者ではないかも…。

ともあれ、この謎めいた建物のお話しは次回のブログに続く…、予定です。
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毎年恒例の「一番長い日」に浅い春を感じて・・・。

2014-03-09 14:34:14 | 日記
今から一週間ほど前、ご近所のお店仲間「サスケストア」さんからいただいてきた三浦の河津桜もちょうど満開を迎え、工房に「華」を添えています。

工房内にはピンク色の桜花とともに午後の日差しや石油ストーブの赤々と燃える炎がシンクロして、まさに「春がいっぱい」。

二十四節気においても、冬ごもりしていた虫たちが地上にはい出てくる候を示す「啓蟄」も過ぎてすっかり春めいてもよい頃なのですが、さにあらず。昨日 土曜日の朝などは辺りの家々やクルマの屋根には真白い霜がびっしりと舞い降りていました。

小さな里山に守られて北風の直撃を免れているわが家のメガーヌには霜は見られない一方、

わが家から20mほど離れた場所に駐車しているクルマにはシャーベット状の霜がびっしりと。朝のごみ出しのあわただしいさなか、霜溶けの様子を見ながらふと立地や風の流れに思いをはせるひととき。これも、春なればこそ…?。

そしてまた、ウチの黒猫・チー坊もなんとなく「啓蟄」を感じているのか? ここ数日来、昼間からリビングをうろうろと「回遊」する姿を頻繁に見かけます。

冬の季節にはもっぱら、リビングのソファに敷かれた大きなマットにすっぽり収まっているのがお定まりだったのですが、徐々にアクティブになってきているようにも。チー坊はあくまでもネコであって虫ではないのですが、なんとなく「啓蟄」を理解しているのかも。

面白いことにこの週末の陶芸教室の時間でも、黒猫がはい出して? きました。

陶芸に来ていた会員さんが作業に使用するための新聞紙を広げたところ、「あっ、チー坊そっくり…」と声をあげ 将棋棋士・浦野真彦氏と愛猫ひまわりとのかかわりが描かれた「かぞくの肖像」という記事をしばし熟読。また、この記事にて浦野氏が生後間もない黒猫を道ばたで見つけて以来ともに暮らしてきていることを知ったウチの同居人さんは「ひまわりちゃんもチー坊と同じように、拾われてきたんだね…。なんで黒猫はみんな、道ばたに落ちてるんだろう…?」と、妙なところに関心を寄せる一幕も。

将棋棋士・浦野氏とひまわりの記事が新聞の束の間からはい出してきた日は、おりしも「将棋界の一番長い日」。将棋界では名人と対戦する挑戦者を決めるA級順位戦が一年をかけて行なわれます。このA級にランクされたトップ10人によるリーグ戦最終戦が俗に「将棋界の一番長い日」と呼ばれています。

朝9時くらいからA級10棋士による5局の対戦がいっせいにスタート。とかく、ワタシはかなりの道楽者と勘違いされていますが、それでもさすがに朝から将棋にうつつを抜かしているわけにもいきません。夕方から、やんわりと観戦ということになります。

棋士はじっくりと「手」を考えるので、盤面を映す映像が延々と続きます。そしてたまに「手」が進み、「パチッ」という駒の音が響きます。

かつてはNHK-BSで生中継されていましたが、BSスカパーでの放映に変わり 各棋士が食べた食事なども紹介されたりとだいぶくだけた演出もみられるようになってきました。

夜も進み、それぞれの対局も終了し始め、勝者と敗者がその場で対局をふり返る感じがラグビーの「ノーサイド」みたいでなかなか面白いのです。

今回の順位戦最終戦を前にして、名人戦は森内俊之名人と羽生善治三冠の対戦が決定しています。名人戦七番勝負は4月8、9日に東京・椿山荘からスタート。「以降は?」とたどっていくと、なんと4月22、23日の第2局は福島・熱塩温泉 山形屋…です。この福島県会津・喜多方郊外の熱塩温泉には倉田の家のお寺とお墓があり、山形屋さんも遠い親戚のはず。今から約40年近く前、祖父の納骨の折には山形屋さんに宿泊したことがありました。

じつのところ、将棋そのものはあまり詳しくはないのですが、名人戦をはじめとする対局の雰囲気に触れるとたまらなくワクワクしてきます。特に今年は山形屋さんもその舞台になることだし‥。

今年もしっかり目をみ開いて、こんな感じで

名人戦に「注目」、です…。



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桃の節句の前夜祭、さながらココロのさんぽ道・・・。

2014-03-02 17:32:13 | 日記
弥生三月最初の日曜日。あいにくの雨模様ながらも、凍てつく「氷雨」ではなく しとしとと静かに降る「春雨」へと移ろい変わってきたように感じます。工房にもピンク色の河津桜が「春満開!」。昨日、この河津桜を街のお店仲間「サスケストア」さんからお分けしていただいたき肩にかついで家に戻る道すがら、ご近所の顔見知りや鎌倉散策の方々から「うわぁ、きれい。もう、桜!?」などと声をかけられ、おもわず笑顔。


今回いただいた三浦の河津桜の他にも、伊豆高原や秦野・松田方面からも河津桜の花のニュース映像が伝わってきます。河津桜を経て あと20余日後には、いよいよワタシが大好きなソメイヨシノの開花が控えています。花の便り以外にもサッカーJリーグが昨日開幕、F-1も、そしてセンバツ高校野球をはじめとする「球春」も間もなくスタート…。

つくづく、「弥生」っていいなぁ。

そして「弥生」といえば、幕明けはやはり「桃の節句」から。ご近所のお店仲間「甘味処 こまめ」さんの店内にも趣きのある雛人形が飾られています。

「こまめ」の店長・かえさんから「このお雛様は今から約80年以上も前、私の母の初節供の折に親が上野の松坂屋で買ったらしい」と聞いたように思います。その時、一緒にお店を訪ねていたワタシの母は「そうそう、このお雛様の着物の生地や柄が私の子ども時代の風合いを良く伝えている感じ。このお道具類もとっても立派。いいお雛様…」となかなかの名調子…!?。実際、ほぼそのお言葉通り、時代感としっとりとした質感がなんとも雅な雰意気を漂わせているお雛様。まだお披露目されることなくそっと仕舞われている三人官女さんをはじめ、仕丁まで勢揃いした姿をぜひ一度見てみたい…。

「こまめ」さんの雛人形は2月半ばからきちんとお披露目されていましたが、わが家の雛人形は、2月も末日が迫った頃にようやくセットアップ。ウチの同居人さんの友人・マキコさんの「週末に見にいくからね」の言葉がなかったら、いつになっていたことやら…。


今年も見に来てくれた友人知人に感謝するとともに、こんな感じで昔に思いをはせてみたり…。

そしてはたして雛人形とは 、人をして「饒舌」にするものなのでしょうか…。雛人形を前に変わるがわるその人なりの「ワタシのお雛様」を語りつつ、ふと「ミツコさん、アナタのお雛様は?」という流れの果てに、急遽、ウチの同居人さんのお雛様も一昨年3月以来約2年ぶりのお披露目です。

あらためて見てみると、浅田真央ちゃん似の顔立ちや着物をはじめ人形全体の雰囲気が「こまめ」さんのお雛様とよく似ているところがとても面白い。

雛段とお道具類は実家に残して来ているゆえ、ワタシの作品を収めたキャビネットの天板に並んでいただいたのもご愛嬌というか…。


じつのところ、ウチの同居人さんもこの雛人形がどこの人形屋さんから買ったものなのか…、その他、良くわからなかったようで、これを機に横浜の実家の母に尋ねてみることに。その結果、今から約50年以上も前 ウチの同居人さんの初節供の折に横浜・伊勢佐木町のデパート「松屋」で購入したというところまでが判明しました。

「こまめさんのお雛様と似ているから、伊勢佐木町にもある松坂屋で買ったのでは‥」と勝手に想像していたのですが、惜しくもハズレ。しかも昔、伊勢佐木町にも「松屋」があったということにビックリしていたら、伊勢佐木町の「松屋」と「松坂屋」をめぐるなんとも不思議なストーリーを知ることに。お雛様をめぐるさまざまな縁(えにし)がつなぐ雨の午後。

蛇足ながら、この雛人形のうち内裏雛一対は、皇太子様と小和田雅子さんの婚約を伝える平成5年1月7日付け朝日新聞朝刊に丁寧に包まれています。

「あの頃、30歳を過ぎても結婚しないワタシを案じて母が縁起をかついで、お雛様をこの新聞紙で包んだ、らしい」と同居人さんは懐述しますが、ことほど左様に親心とはありがたい。されど、結婚したから良しかといえばそうではないところがこれまた厄介な所でもありやなしや…。

ともあれ、

桃の節句の前夜祭 雛から伝わる家の彩… って、男子たるワタシがしみじみ感じてしまって、やっぱりワタシは「オトコのオバサン」!?









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