ギャンブル依存症と言う病気を知って・・・

ギャンブル依存症という病気が私にたくさんのことを気付かせてくれる・・・そんな日々の記録。

「幸せ」の裏も「幸せ」

2017-07-13 11:54:37 | 最近の出来事
当事者はGAに、家族はギャマノンに参加しながら回復を目指している人たちが居る。
お互いの回復度合いが喧嘩の種になったりするようだ。

私も10年前には元夫をGAに連れて行き、私は家族会に参加していた。

元夫は私をどう見ていたのかは解らないが、少なくとも私は元夫が回復できないものだと決め付けていた。

なぜか?・・・

ミーティングに通いながらも競輪、競艇の場外発券所に通っていた事、家族の中の誰かがお金を払い続ける限り回復できないとギャマノンの書籍に書かれているように尻拭いはしないでほしいと姑に話してみるが『返さなければならない』の意識が強すぎて反対に私が間違っているかのように言われたため。

当初、ともに通っていたGAのミーティングにも元夫の真剣さの見えない態度に私は行くことを拒んだ。

すると義父母がミーティング会場の外まで一緒についていくようになった。冬の寒い時期には毛布を持って・・・。

案の定、私と離婚しても、子供達と会うことができなくなっても病気は進行しつづけた。

メアリーハイネマンの「何もかも失って」と言う書籍の通りになった。


私が経験した数々の「何で?」

それらがあったから私はきっと彼らから離れる決心ができたのだと今は思っている。

金銭的にも精神的にもどん底のスタートだった私が「幸せになっても良い」と感じるまでには数年の歳月が掛かった。

ともに暮らしていた頃に「幸せ」だと思った瞬間に落ちる奈落の底を経験し続けると、幸せと思ってはいけないと脳が判断した。

その脳に「私は幸せだ」「幸せの裏側も幸せだ」と言い聞かせ納得するまでにも時間が掛かった。


今でも時々、平穏な毎日ばかりではないかも・・・と思ったりするが、意識して「無い、無い」と打ち消している。


当事者と家族のどちらが回復していくのに大変なのかは、人によって違うので比べる事はできない。

しかし、同じように回復していけるものでもない。


家族、特に親の立場の人たちは自分に責任があると感じる。

何が悪かったのかと原因を探そうとする。

誰が悪いわけではない。子育てが原因ではない。


原因や理由を探そうと努力する前に、自分が楽しく今日一日を過ごす方法を考えたほうがいいと思う。

当事者が辞め続けていくのかどうかはその本人の問題だから。

私は元夫を見捨てたのかもしれないと思ったことがあったが、そうではなく彼を自由にし彼の人生を彼に返せたと思えるようになった。
ギャンブルを続ける人生を歩もうが、回復するためにどこかに繋がろうがそれは彼が決めることなのだから。ギャンブルをし続けても彼が幸せだと思うのならば、それでいい。

元家族から離れ、私が幸せに、自分が納得できる人生を送っていくことが彼らに対する棚卸しだと考えている。

もっと、もっと幸せに、もっと、もっと楽しめる出来事を経験していこうと思う。
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