ギャンブル依存症と言う病気を知って・・・

ギャンブル依存症という病気が私にたくさんのことを気付かせてくれる・・・そんな日々の記録。

認めて欲しい人

2016-10-13 13:36:22 | 最近の出来事
私はたまたま依存症と言うことに巻き込まれたことから、自分も同じ資質を持っていることにも気付ける切欠をもらった。すると、私以外の人の私が持っている私と同じ部分が浮き彫りになって見えることが良くあることに気付かされる。

自分が考えている事が一番正しいと信じ、誰にでも言うことを聞かせようと必死になる。

私がやらなければいけないと思い込み、全ての出来事を抱え込んでしまう。

抱え込みすぎて誰も助けてくれないと勝手に怒りを増幅させていく。

私が幸せになれないのはあなたのせいだとまたまた怒りの矛先を一番身近な人に向ける。

自分の子供には同じ失敗をさせないようにと「いい人」になるように口やかましく教育する。



こんな感じで子育てをしながら人様に幸せだと思ってもらいたいと日々戦ってきた。

                  ↑

            人様に幸せだと思ってもらいたい???って誰の人生なんだ!


子供にも私の言うことを良く聞くように、口ごたえをさせないように常に命令口調、聞かないようなら徹底的に詰問し有無を言わさない!



今考えるととても恐ろしい事を私は平気で、それも一番正しいと思ってやっていた。

どれだけ傲慢だったのか、どれほど恐ろしい事か・・・

依存症者、共依存症者にするために必死になっていた事が今になって理解できる。

私の娘達は私ほど自分の事を無視したり、自分の事を理解していないことはなく常に自分はどうしたいのかを考えて行動してくれている。



自助グループに参加して、全てを受け止めてくれる人たちの中で話をするようになると、社会の中の人たちが私の意見を解ってくれなくても、私のことを理解してくれなくても別に構わないのではないか、いやむしろ同じような事を経験していない人たちに私のことが解るはずないし理解する事なんて無理だと考えられるようになってきた。

人様に幸せだと思ってもらいたいなどと言うことをかんがえていた私が、人様の目を気にすることなく生活できるようになった。

むしろ、どこの家庭でも同じような問題を抱えているもの、そんな問題の中自分がどうすべきかを知っている私って凄くラッキーだと思えるようにさえなってる。


人って小さいときから特に母親に認めて欲しいと関心を寄せるような行動をする。
孫達が見てほしいときには「これ見て」と見るまで何度も伝えてくる。
自分の思い通りにならないと泣き喚く。
しかし、抱きしめて間違っていると言っても子供なりに納得して泣く事を止める。


自分の子供達の時にはやってこなかった事を私は今孫を通じてやり直させてもらっている。
この気付きさえも知ったことがラッキーな事だ。


私の身近に常に何かの情報を仕入れてきて、みんなに知らせよう、解ってもらおうと必死になって説明している人がいる。
「私はここまでいろんなことを知っているんだよ」と言っているようにひとつ聞くと沢山の情報を引き出してくる。
常に理解させようと説明する様子を見ていて、聞いてほしい事を聞いて欲しい人に聞いてもらえなかったのかなぁと感じる。

本当の心の中の自分の声を聞くことで、過去に出来なかった事でも今からやり直す事が出来る。

意地を張って強い自分でいなくても、弱い部分を隠さなくても人は生きて行ける。

むしろ強さを維持するよりも弱さを出したほうが楽。自分だけが頑張らなくても助けてもらう方が楽。

そうやって楽な人生を送る事こそが足元の幸せに気付き易いと私は思う。


昔から言われてきたような、男は泣くな! 女は黙って我慢しろ! はもう死語にしていいのではないだろうか。

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