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2012年の自給農のまとめ

2012-12-31 04:42:32 | 自給
2012年の自給農業の作業時間の集計。1月15時間、2月18時間、3月18時間、4月27時間、5月37時間、6月75時間、7月17時間、8月17時間、9月9時間、10月56時間、11月21時間、12月18時間、「合計329時間」となった。 2008年302時間,2009年304時間,2010年295時間、と来ていたのだが、今年は30時間も多かった。とくに、6月の75時間は問題である。これは田んぼグループに2か所参加したからである。6月と10月の増加分で、30時間はあった。これは反省材料である。そんなに自給の為に働いてはならない。来年は60時間を越えるようなことがないようにしたい。9月が極端に少ないのは、東京都美術館での水彩人の展覧会があったためだ。本来ならここでタマネギの苗の準備などあったが、気持ちに余裕が無かった。来年もある訳だから、良く計画を立てなければならない。

お米はは年120キロ、小麦粉は10キロ、大豆は10キロ、お茶は2キロ。これらはすべてグループで行っている。一人ですべてをやっていた頃は、時間は倍以上になっていた。このグループでやると言う事が自給に合理的な作業が、田んぼ、小麦、大豆、お茶という事になる。タマネギの栽培が出来るようになれば、タマネギの会というのもいいと思っている。グループ化して効果が高い作物ではないかと考えている。月に1キロ位を確保できれば、結構なものである。それには栽培技術が大きく影響する。現在の力量では程遠いことだ。来年はなんくるさんか、そらやさんでタマネギ作りの研修を受けたいが可能だろうかなんくるさんの指導で、矢作小学校でタマネギを作っているので、あれが参考になるだろうか。食糧の自給はほぼ達成している。購入するのは、魚とキノコである。キノコは良く食べるのだが休止している。キノコは自分で作ると、嘘のように美味しいものだ。山北に居た頃マイタケを作ったが、本当に舞い踊りたくなる美味しさであった。

田んぼの違いというものを痛感した1年である。土が出来て来るという意味は、耕作することで土は消耗して行く事にも気付いた。土を良くするなどということはある意味大それたことで、現状維持で行ければ大したものである。土作りは腐植をどう加えるかである。良い状態の腐植を加えて行く継続技術を作り出す。稲藁を田んぼで堆肥化するのはいい。しかしそれだけでは田んぼによっては不足する。緑肥を育てると言うのも良い。緑の草はすぐに腐植化する。しかし、案外に谷戸の田んぼでの緑肥の栽培は難しく、充分な量かくほできない。購入する緑肥種代が高い。できれば購入しないで継続できる種類が良いのだが、まだ見つからない。一度、落ち葉や草を鶏小屋に入れて、それを鶏小屋から取り出して、田んぼに入れるサイクルを作ることが合理性がある。100羽の鶏で1haの堆肥を作り出せる。10羽で一反の田んぼの堆肥を作れるのだから、鶏は大したものである。田んぼが乾いたら、一度、鶏糞を入れたい。

今年は、畑も田んぼもだいぶイノシシにやられた。最近来ていないのは、ふれあい市場の小泉さんがイノシシ捕りの名人になって、舟原で10頭も捕まえてくれたからだ。私などがいくら罠を仕掛けても一匹も捕まらなかった。石綿さんも坊所で13頭捕まえたと言われていた。有機農業をやるものが、動物の習性が分からないようでは話にならないと、先日忘年会で怒られた。シートン動物記を子供の頃読んだのかと言われた。確かに読みふけった。少年少女世界動物文学全集も読んだ。読んだのがただの物語としてで、身についていない。読んだようで何も読んでいない。自分の本質を指摘されたようで情けない。それでも周辺の田んぼが相当やられたのに、舟原田んぼだけは切り抜けた。自分だけ良ければいいという事ではないが、どうも自分のところの防御で精一杯という所だ。
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復活・土地改良事業

2012-12-30 04:05:44 | 稲作
農業予算の中に土地改良事業というものがある。自民党が政権を取ったので、この予算が復活倍増すると言われている。言葉通りであるなら、土地改良は農業にとって必要なことである。しかし土地改良事業の名のもとに、膨大な予算を注ぎ込み農業が衰退したという現実がある。長年の悪弊で、行政や農協と癒着した業界の体制が出来上がった。事業仕分けでは、事業効果の低さが、目的外の事業指摘が相次ぎ、廃止された事業も多々ある。例えば、私の家のそばにある。小田原から南足柄の山麓を抜ける広域農道は、みかんなどの農産物の輸送の為となっている。この道路を特別に農業者が利用しているというようなことは無い。実際には朝夕だけ交通量が急増するような通勤道路である。しかし、この事業が廃止と言われた途端、小田原市では抗議をしていた。道路が必要なら、農業予算で行うべきではない。農業予算なら取りやすいのでというご都合主義が、悪い慣習を作り上げた。

農業生産基盤整備事業:かんがい排水事業(農業用のダム、頭首工、用排水路、用排水機場の整備)、経営体育成整備事業(ほ場整備)、畑地帯総合整備事業農村整備事業:農道整備事業(広域農道・一般農道・農免農道)、中山間総合整備事業(生産・生活・環境交流基盤の整備)農地等保全管理事業:農地防災事業(防災ダム、ため池等の備)、農地保全事業、土地改良施設管理事業(維持管理)とずらずらと幅広くなっている。例えば、復興予算が使えきれないので、原発輸出推進予算まで、復興予算に入れ込まれたように、土地改良予算が、農業予算の莫大な増額が、FTA対策として行われる。すると直接の農業振興では使う範囲が狭いので、訳の分からない農道飛行場などというものを作る。干拓事業も当初は農地を作り出すはずが、結局はコメ余りで有効利用がされない。農道を作ると言う名目で、農業予算で作られた道でも、一般道として使われることの方が普通である。

山の中に立派な建築物がぽつねんとあって、看板を見ると、中山間地交流拠点などと書かれている。ダム建設でも、農業用水とは言えないものが農業予算からつくられたものは多々ある。自民党的予算分配法の温床であった。今回自民党が復活したので、早速土地改良事業が大規模になるらしい。土地改良事業の適性判断は、当然会計検査院が行うとされている。しかし、実際は費用対効果という事になると、適正に運用することは困難なことだとされている。伊藤大一埼玉大教授によると、費用対効果が生産の増加だけでは判断できないうえに、社会的な意味の特定が難しいとしている。政策の意味付け自体が幅が広すぎると言うことらしい。離農抑止効果を政策目標に挙げることが正しいのかどうか。

諫早湾干拓事業は無意味な土地改良事業となった事例である。1950年当初の目的は食糧増産に始まり、水田開発である。計画が具体化する頃にはどこの干拓事業も米余りが問題になる。灌漑(かんがい)用水の確保や優良な畑地の開発に目的が変わる。さらに農業的な利用者が見込めなくなり、89年の着工前には目的は水害防止が中心となる。実際には漁業者からの反対もあり、何のための干拓事業であったのかもわからないのが現状である。結局は漁業者からの訴訟で国は敗訴した。公共事業による税金の使い道は分かりやすくなければならない。必要な事業であるなら、その分野の事業として行えばいい。いかにも農業振興と言いながら、農業的効果が検証されないのであれば、農業ばかり無駄な税金を使っているかに見える。景気浮揚のために、地域の土建業の為、地域の雇用確保のために、不要不急の事業が行われるような状況ではない。

昨日の自給作業:竹伐り1時間 累計時間:18時間
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日本を先行する韓国

2012-12-29 04:44:33 | Peace Cafe
韓国の事を徹底研究すべきだ。何度も書いてきたことなので、今さらであるのだが。自民党が政権を取り、ますますその必要が高まっている。自民党は危機突破内閣と自称している。韓国型政治を目指す気がする。経済を最優先するとしているが、競争の激化社会である。まずは来年夏の参議院選挙に勝つ事を当面の目標にしている。それまで自重するつもりだろう。勝って何をしたいかと言えば、国防軍の創設である。それを普通の国のあり方と考えている。今の所国民の大半の期待は経済だけである。景気が良くなれば、それでいいというのが、選挙結果に表れている。民主党は震災復興の特需を景気の上昇につなげることが出来なかった。明らかに能力が不足していた。復興についてはかなり無理も国民は許すはずである。例えば震災復興国債も国民に受け入れられるだろう。超法規的な、市街地移転もできたはずだ。農地の転用特例も、漁業権の問題も、時期を逸してしまったが、これからでも復興予算については、かなり無理な税金投入も許されるだろう。

当面の内需は拡大できるはずである。上手く対応すれば、来夏ぐらいには景気の回復基調は可能である。それは一時的なもので、その後の落ち込みは覚悟する必要がある。円安誘導、インフレ2%目標。こういう事も緊急避難的な手法である。間違えば、暮らしは一気に追い込まれる。給与が上がらない中でのインフレは生活を追い詰める。実態のない貨幣の増加は、悪い意味でのインフレにつながる。経済の実態が良く成るためには、競争力のある製品の開発以外にない。公共事業はたこが足を食べているようなものだ。日本が向かうべきは、自然エネルギー関連の画期的な製品の開発である。蓄電池とか、様々な発電装置の開発である。これで抜きんでるしかない。そうやってきたのが、戦後の高度成長期の姿である。ウオークマンの頃まではそうだった。労働賃金は日本は高い方である。よほど、生産性の高い製品でなければ採算が取れない。韓国は日本の2分の1ぐらいの労賃でここまで来たが、現状ではやはり海外生産中心。国内にお金が落ちない構造。

韓国は特定の企業に集中的に人材も資金も投資し、新製品の戦いで勝利し、国際競争力を上げてきている。2つの世界企業が登場した。その姿は自民党が目指そうとしている、経済優先の形を先行している。そこで何が起きているかを充分に研究する必要がある。農業分野(ジェトロ分析)でみると、韓国農業は米作中心であり、ほぼ日本と似た農業形態である。米韓FTAが2007年に妥結し、徐々に影響が出ている。7年間の時限付きで、かなりの農業補助金が充てられている。韓国の国内農業対策はコメの開放については、絶対的な保護姿勢を堅持し、これまでのFTA交渉において一切の関税譲許を行っていない。「119.3兆ウォン計画」と「20.4兆ウォン計画」の2つの財政支援計画を軸に動いており、近年ではそれに加えて畜産分野に照準を合わせた追加の支援対策が両計画を補完しているという状況にある。にもかかわらず、農家の減少、老齢化、耕地の減少、所得格差は歯止めがかからない。

韓国は長らくウオン安が続いている。つまり世界の投資家から見ると、大企業は利益を上げているが、韓国自体が豊かになっているとは見えない。企業は輸出が出来るからいいが、国民の生活は追いこまれるのが、ウオン安。就職難、格差の拡大、自殺の増加、文化の希薄化。国民の気持ちが追い込まれてきている。ここまで来て日本カードを切るしかない状況。2企業が功なり、国民がその負の部分をもろに受けている。報道関係者のエリート化、体制翼賛化。その為に、ネットが真実の報道を求めて広がる。不安定な情報が社会を動かしてゆく。北朝鮮と対峙する国として、やむえない状況が軍国主義を継続させている。日本も後追いで、中国とわざわざ対峙し、止むえない軍国化を目指そうという危惧がある。
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民主党の失敗

2012-12-28 04:19:24 | Peace Cafe
期待を受けて登場した民主党が,「なぜ失敗をしたのか。」これからの日本の政治の為に掘り下げて分析する必要がある。一般にマニュフェストを実行できなかったから、不信を買った。それはその通りである。それでは何故、マニュフェストが実現できなかっただろう。官僚が非協力であったからだろうか。そもそも、無理な事をマニュフェスト化していたのだろうか。その二つも確かにあるのだろう。不思議なのは、ついに野望を遂げたはずのマニュフェストに対して政治的情熱が無かった気がする。その結果、衆議院議員になりたい人たちが、老舗の自民党に入れてもらえないので集まったように見えてしまった。寄り合い所帯で意見が割れて揺れ動いた。「コンクリートから人へ」この方角は、鳩山さんとともの、いつの間にか曖昧になり、いい訳だけが目立った。八ッ場ダム問題を見ると、どうしてもやり抜くという姿勢がなかった。反対に流されるままである。政治が行うことは、反対を含み込む妥協である。

コンクリートから人へという、政治哲学だけは崩さす、押し通すことが民主党の理念として必要だったのではないか。賛否混乱する中で、正しい道を指し示すのが政治だ。その根底に「コンクリートから人へ」こういう価値観があるなら、それを基準にする。ダムを作るなら、人の為でなければならない。人の為にマニュフェストを変えるなら問題がない。コンクリートの為がいつの間にか出現した。経済という思想に人間が巻き込まれた。高校の学費が無償化が行われたことはとても良かった。しかし大雑把すぎて、高額所得者家庭まで給付した。子供手当も同じことである。人に対するきめの細かさに欠けたことが、人への思いの足りなさを感じさせた。農業を再生する為には戸別補償は有効には働かなかった。農家戸数は減少する。耕地面積は減少する。自給率も下がる。その反省がないまま、だらだらと三年間を無駄にし、農業者の平均年齢だけが上がった。農業もコンクリートから人へのはずではなかったのか。

一次産業は土地の条件、自然環境の条件、人間の条件。こういう限界の中にある。日本という国土を考えた時に、農産物を海外に売るなどという馬鹿げた考えは捨てなければならない。果物なら国際競争力あると言う事が言われる。糖度の高い競争力のある人気品種は栽培が困難である。農薬化学肥料を多投入する果樹農業が広がれば、周辺住居地区への環境汚染が起こる可能性も高い。農業を考えるなら、稲作の事を考えなくてはならない。農業を国土保全と食糧の自給という角度からの主張は、人間の為のマニュフェストだったはずだ。その背景には、日本人の暮らしの歴史を踏まえた稲作日本文化という根底も確認する必要がある。それが、コンクリートから人への思想であったはずだ。そうだとすれば、TTPは筋違いのはずだ。結局はアメリカの圧力に屈しただけではないか。原発0を主張したことは、有難かったが、曖昧に揺れ動くために、その点での信頼感は醸成されなかった。

民主党政治をオコチャマ政治と呼んだ人がいた。口先だけで、現実の分析と、解決能力がない。普天間基地問題はそれを象徴した。自民党のように、辺野古移転をごり押しするよりマシだとは思ったが、結果として沖縄の基地軽減にはならなかった。政治には専門的知識と方法論が必要なのだ。自民党的な経験論も意味はある。科学的というか、学問的なアプローチで解決能力を高める必要がある。政治を志す人間は政治学の研究をしなければならない。未来党の失敗については、改めて書くつもりだ。民主党には松下政経塾の出身者が多数いた。ここの教育は相当に問題があると思っている。タレント養成学校のようなもので、政治哲学の志が低い。田んぼを一緒にやってみて、良く分かった。大変な所を外注するような姿勢では、哲学がないと言わざる得ない。民主党の失敗は、哲学が無かったこと、科学的な政治力の不足と考えられる。
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絵に託すもの

2012-12-27 04:37:05 | 水彩画
明治以降の日本は帝国主義的競争の中にもがいてきた。そして、競争にそこそこ勝利し、抑圧者の側に立った。競争に勝つためには、少々のリスクは仕方が無いという考え方が、広がった。環境汚染、公害病、格差社会、自殺の増加。これらすべてが日本が勝ちぬくためには、止むえない犠牲だと目をつぶってきた。これは明治政府以来の方向である。その象徴的産物が、原子力エネルギーである。強者の側に立つためには、原子力を捨てるわけにはいかない。私も、未来の日本人に対し多大な迷惑を掛けることに加担してしまった。本当に申し訳ない。謝ってすまないことだが。大きな悔恨の中にいる。何故、こんなことをしてしまったのか。原子力に限らず、格安なエネルギーの登場が、暮らしを変えた。それは便利で、衛生的で、夢のような暮らしであった。しかしその豊かさは、誰かを踏みにじって獲得したものだった。

ここまで来てしまい、振り返る時、私たちが求めてきた豊かな暮らしとは、こんなものであったのかという、空しさに支配される。実感の欠如。私は絵を描いている。そして絵を見て感動を覚える。絵が一人の人間の根源の表現であると感ずるからだろう。一日一日を充実して生きようとすれば、生きている人の真実に触れたいとおもう。本当の絵から、人間の深さを知ることになる。絵はより深い世界へ触れるための道標である。私の絵は私という未熟な人間の姿である。せめてそうありたいと思っている。未熟で駄目であるにもかかわらず、絵を出来上がった絵として作り上げることは避けたい。もちろんそのことも難しい訳だが、素晴らしい絵という客観的な世界などどうでもいいと考えている。あくまで視点を向けるのは、自分が生きているという姿である。それ以外に無いのである。何を食べて、何をしているのか。どんな暮らしをしているのか。そう言う所を考えざる得ないことに成る。

暮らしを確認する。ここからしか何も始められない。どう生きているのか。せめて迷惑はかけないで暮らしたい。こう思っても、原発事故は未来の日本人に私が起こした迷惑である。今はせめても、何かで役に立ちたいと言う気持ち。絵がせめてそう言うものであってくれればという願い。絵が未熟であることが困るが、困ってもこれしかないというのが、絵を描くと言うことである。絵というものが素晴らしいのは、ダメな人間が駄目なように描いた絵が、分からないことを分からないと描いたことが、人に伝わるということである。立派な必要など少しも無い。どこまで在りのままであることが出来るか。畑を見れば農家の人は互いに分かる。それは耕作者と自然との関係であるからだ。自然を改変した姿が、畑である。畑では農産物という結果がある。収量とか、品質とかいう結果がある。しかしここでもそう言う結果の前に、美しい畑というものがある。

畑をやるということは、ご先祖の意図を汲んで、子孫に繋ぐということである。絵を描くと言う事も、一人でやっている訳ではない。多くの天才たちの残した意図をついで、未来の子孫に、何らかのものをつなごうとしている。悔い多く生きている。恥ずべき事ばかりである。二度とない日々を無駄な時間を過ごしている。そう言う情けない人間であるという事すら忘れがちである。先日、水彩人の仲間の青木伸一さんの個展を見に行った。素晴らしい水彩画であった。暗い夜の海に花弁が降り注いでいる。ああ、これはあの震災への鎮魂歌であると。「花が咲く」の歌声が突然、流れた。「いつか生まれる君の為に、花は花は花は咲く、私は何を残しただろう。」こんな絵が描ける素晴らしい仲間がいると言う事が、有難いことである。水彩人を始めて良かったと思った。
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軍国主義について

2012-12-26 04:13:50 | Peace Cafe
安倍慎三氏や石原慎太郎氏は、本質的には軍国主義者と考えた方がいいと思う。では軍国主義とは何か。「国家と社会において軍人や軍隊が特権的・優越的な地位を有し,戦争を肯定する立場から政治,経済,教育,文化など国民生活のあらゆる領域を軍事化しようとする思想ないし体制をいう。」(世界大百科事典)安倍慎三氏や石原慎太郎氏に対するふさわしい呼び名を考えると、右翼的とか、保守主義者、国家主義者、どうも違う気がする。どう呼べばいいのかと悩む。ナショナリストというのを一度考えたがどうも違う。結局、力の論理の人なのだ。弱いものは負けると思っている人間。その力を軍事力に期待している。抑止力としての軍備、平和のための軍備。こういう考えとは本質が違うと思う。民主主義国家の中で、軍国主義的方向をすすめようとしている人。今の所選挙対策としてごまかして民主政治をやっているのではないか。自由にやれれるなら、軍国日本を作りたい人たちではないか。

ヒットラーが登場した前夜の政治状況に近いものが日本にある。余りにふがいない政府の状況に、強いものを待っている。「茶色の朝」は近づいている。犬の模様ぐらい斑でも黒でもいいとは言い切れない。それを深刻に味わったのが、福島の原発事故だった。国を守るために、原発事故周辺の住民を切り捨ててしまった。そして、報道も歩調をそろえ情報統制を行う。パニックにならないためという理由で、周辺住民の命を危険にさらす。そしてそのことへの反省は現在もない。多くの日本人が海外から放射能汚染の広がりが伝えられて初めて、深刻な状況を知ることになる。権力の実像が白日に暴かれた時、日ごろの人道的発言がいかに建前であったのかを思い知った。全体の為に一部を犠牲にしても仕方がない。普通にそう言う怖ろしい事が行われた。そしてその傾向は、石原発言にみられるように、扇動的に国民全体に広がってきた。「尖閣に中国漁船が近づくなら、武力を持って追い返せばいい。」こういう考えは、風呂屋の政治談議、つまり、無責任な放言では良く聴く所になっている。ネットなどにも頻繁に現れる。

安倍氏の「総理大臣として、靖国神社に参拝出来なかったことは、痛恨の極みである。」発言。自分も英霊のように、国を守る総理大臣になりたいと考えている。それには軍事力が必要である。こう考えている。しかし一度、軍事力の蓋を開ければ、軍拡の競争に撒きこまれることになる。石原氏も橋下氏も核武装に言及している。シュミュレーション位と言いながら、原発のプルトニュームを抑止力と呼んでいる。アメリカとの関係強化と発言しながら、アメリカからの軍事的独立も言及している。安倍氏は教育改革を力説している。その中には、国家主義的な教育思想が含まれていると見なければならない。軍国主義は教育から始まる。方向としてみれば、憲法を改定して、国防軍を作るという先には、軍国主義的な日本が待っていると考えざるえない。日本人というのはそういう歯止めの弱い民族である。北朝鮮が、核ミサイルを保有したということは、もう軍事力では防ぎようがないと私は考える。

日本の役割は、競争の世界からはなれ、安定した自給的国家として自立する姿を、世界に示す事だと考える。文化の力で世界に位置する。江戸時代、循環型社会を作り出した。災害は大いいが、自然条件が豊かで、恵まれた国土を生かしきる、他所様に迷惑をかけない国。日本文化というものを深く掘り下げ、類を見ないレベルに高めた。それは稲作農業を背景にした、自然と融合した暮らしを通して、観察というものの意味を極めたと言える。日本鶏や金魚を通してそのことが分かる。できる限り自然を改変する事無く、暮らしを自然の中に溶け込むように、手入れの範囲で自然をコントロールする。循環型社会の知恵に満ちた、永続可能な社会を世界に示してゆく。この文化を持って世界にその位置を確立する。象徴たる天皇は、江戸時代のように京都に戻り、修学院離宮のような、農的な庭園理想郷を身をもって文化的に示す。
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また、タマネギの栽培

2012-12-25 04:33:27 | 自給
タマネギ苗を今年は600本植えた。すべて購入した苗である。恥ずかしいことである。昨年はトレーに種をまき成功したので、来年は何としても苗作りをきちっとする。なんくるさんでは、セルトレーで成功しているようなので、来年はセルトレーも考えてみたい。問題は9月ごろが展覧会などで忙しく成り、やれるかどうかである。絵より優先すべきなのかどうか。考えどころだ。11月7日8日に植え付けた。その後急速に寒くなった。雨も多かった。早めに植えたことは良かったと思う。長期予報では暖冬と言っていたが、多分早く寒く成ると思っていた。私の予測の方が当たった。いつも初期遅れるのである。塔立ちをしたことがないのだから、多分初期生育が悪いのだと思う。悪い原因はさまざま考えているが、初期の乾燥と苗が小さすぎること、そして植え時が遅れるための3つが考えられる。今年は、植えてから適度に雨があった。苗は5ミリ前後のものだ。

現在の様子は1割ぐらいんが枯れたり、弱ったりしている。例年こんなものである。どうも購入苗は、化学肥料でぬくぬく育っているようだ。私の家の、適合しない土壌では初期停滞する。枯れるものも出る。土壌が合わないことと、窒素分が急に足りなくなるのだろう。寒さも、山の上だから答えるのかもしれない。マルチなどはしていない。昨年はタネバエが発生した。未消化の堆肥があったのではないかと考えたので、堆肥は完熟のものを早めに漉きこんだ。その為に、肥料不足もあるかもしれない。タネバエは今年は出ていない。日に日に寒いので、もみ殻クン炭をさらに撒いてやりたい。既に2度薄くクン炭を撒いてやってある。大分風で飛ばされたので、もう一度蒔いてやろうと思う。この風にさらされる場所とというのも、タマネギには良くないのかもしれない。草はまだ目立つほどでないが、無いわけでもない。早めに取ってやった方がいいかもしれない。

植えつけた時より、2ヶ月も経つのに小さく成っている。再生しているという感じではある。中央からしっかりした芽が伸び出している。枯れると言うようでもないが、寒さに耐えに耐えているという感じである。しかし、寒さに耐えることも悪くないようにも思う。根が私の畑に適合するのに時間がかかっているというような感じか。肥料不足も明らかであるが、化学肥料を使わないので、土壌が変わるのを待つしかない。植えつけは浅くと一般に言われるが、深めにした。浅くの意味が難しいと思う。私なりの深めに斜めに寝かして植えた。何度も浅く出失敗をした結果、深い方がいいように思っている。大分寒くなっているので、追肥に堆肥を入れて、土寄せをしようかと思う。その後クン炭を蒔くことにする。タマネギは密に植えることになっているが、私は30センチ×30センチにしている。これが良くないのかどうか。

土壌が適合しないのは確かだ。一つは酸性が強すぎる。そして、ローム層と火山灰の混ざったような、赤土が基本である。だいぶ改善されたが、まだそのままでホウレンソウが出来る所まで行っていない。クン反と竹の灰を繰り返し、掛けてやるとホウレンソウは成長する。土壌に腐植がまだ足りないこともある。堆肥を事あるごとに入れたい。敷き草もできる限り行う。雑草は必ず溝に埋め込んでいる。だいぶ改善の方向は見えてきたがまだまだである。畑を田んぼにして、すぐに水が貯まった土である。細かいが田んぼの粘土のような粘りは無い。冬は日照も3時ころには日が沈んでしまう。どうもこれがタマネギには良くない。日照不足というほどではないが、冷え込むと言う事がありそうだ。今朝も土壌は完全に凍っている。観察を続ける。土壌の変化を良く見ること。来年はタマネギ栽培を解決する年にしたい。

昨日の自給作業:クン炭撒き麦踏1時間 累計時間:17時間
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日本脳炎の予防接種

2012-12-24 04:39:46 | 暮らし
日本脳炎の予防接種後に子ども二人が死亡した。この事でその後細かな説明が無い。関連が無いとだけ厚労省は発表している。このままでは不安だけが広がると考えていたが、やっと予防接種と突然死の関連を疫学的に調査すると言う事になった。調査は2,3年かかりすぐに何かが分かる訳ではないそうだ。人間の身体に関することは、人体実験が出来ない。例えば放射線の影響など、どういう結果に成るのか本来なら、放射線を浴びている仕事の人たちを疫学的に調査すれば、ある程度把握できるはずである。ところが、こういうことはたとえ有効な結果が出ている可能性はある。職業別の疾病率の調査などを行うと、職業差別につながる可能性もある。印刷の溶剤による胆管がん。アスベストに関する職業など、扱いを間違うと、差別に成りかねない。スチュワーデスの疫学調査など難しいものがあるだろう。

以前、あしがら地域で井戸水に問題がある可能性があり、地域のガンの疫学調査を行ったことがある。疫学調査の専門家の協力を得たものだ。しかし、その結果は発表されていない。当然のことで、一軒一軒戸別訪問をして、地域での細かいがんの発生率を調べたものだったから、もし有意差が出てしまえば、地域差別に成りかねない訳だ。これはそうだと言うのではないが、高圧線の集中する地域にがんの発生に有意差があるという結果が出たとする。こういうことは発表できない情報に成る。実は、死亡原因だけで言えば、日本人全体の記録はされている。多分、厚労省の中では、がんでの死亡率の濃淡は地図化で来ているはずだ。その上で、地域とがん死亡の因果関係は無いという事に成っているとは思えない。塩分摂取と高血圧は良く話題になった。しかし、地域の水とか、空気とか、環境に由来する環境的要素が原因となれば、そう簡単なことではない。

今回初めてワクチンや予防接種が、どうして起こるのかを調べようと言うことである。私は相当に疑問を持っている。ワクチンによる免疫という考え方が、まだ不十分に感ずるからである。ある病気の特殊な免疫を人工的に作ると言う事が、人体にとってどういう事に成るかは、結論は出ていないと思う。もちろん大多数の者には、その病気に対しては有効であるのは事実だ。しかし、他の病気にはどういう事に成るのか、自然免疫とワクチンによる免疫とはどう関係するのか。老人は免疫力が落ちて行くと言うが、どういうメカニズムなのだろう。生き物としての人間を考えれば、弱者淘汰という事が自然なのである。もちろんそう言うことは人道的にあり得ないことである。あくまで病気に対する対応という意味でこの事を考えておく必要はある。ワクチンによる免疫という仕組みに対して、人体という自然の中で何かが起こり得ないとは限らないという意味である。

60歳を越えれば、今さらワクチンというようなことは、関係が無い。自分がとことん薬や、サプリメントを使って長寿を得ようと言うのもその人の判断で良いだろう。あるいは医療を拒否して、さっぱりと死ぬのもその人の判断である。自己判断していい年齢だと思っている。老人医療費の増大が盛んに問題になるのが良く分からない。無料化などとんでもない話だ。通常と同じで全く構わないと思う。その分を子どもたちを手厚くすべきだ。医療に頼って長生きしたいなら、あくまで自己責任でやってもらいたい。あくまで子供たちのことだ。ワクチンで多くの子供たちが救われているのは事実だ。しかし、子供たちがとても免疫が弱くなってきている感じがする。自然に免疫を確立する、環境を持たない子供が増えているのではないか。これは簡単に判断はすべきではないが、ワクチンの疫学調査と同時に、環境の違いによる疫学調査は出来ないものだろうか。
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憲法改定と参議院選挙

2012-12-23 04:23:31 | Peace Cafe
憲法改定が進められる。自民党が選挙に勝利したのだから、当然のことである。この憲法改定の目的は、軍隊を持つという1点である。現在の憲法の改定規定では、衆参の両国会議員のそれぞれにおいて3分の2以上の発案で、国民投票にかけ、過半数の賛成を得るとなっている。これを、衆参国会議員の過半数で、国民投票にかけられるように変えようとしている。憲法審査会で議論をしてなどと言っているが、既に結論は出ている。軍隊を持つ為に変えようと言う事である。問題はこうした重要なことを、多数決で決めていいかどうかである。今までは、3分の1の反対で、軍隊は持てなかった。憲法は日本の根幹を決めているものだから、過半数では、その時のムードで間違った判断になる危険が高いという考えである。憲法を変える意図が、日本の方角として、一点の曇りもないなら、3分2の規定でも憲法は正しく改定されるはずだ。

過半数に変更すると言うのは拙劣である。日本という国家の成り立ちに重大にかかわる軍隊の問題が、その時代の雰囲気に影響されかねない。憲法改定の為に、石原氏が尖閣問題を起こしたと考えた方が良い。中国に腹を立てて、軍隊を持つべきだと考えることでは冷静さがない。自民党を中心に、これから様々な画策が行われるだろう。まず、議員定数の削減。これを経費節減という名目で主張している、現在の小選挙区制を見ればわかる。有権者の20%以下の得票数で、3分の2の議席が可能な選挙制度である。参議院議員の定数削減が100名になるということは、一人区を増やそうと考えているのだろう。できる限り議員数は多い方がいい。死に票を減らす制度が公平である。その分歳費を思い切って減らせばいい。政治活動に経費が大きく必要だった時代と現代は違う。インターネットを選挙に使わせないと言うほど、日本の政治は世界の潮流から外れ、化石化している。これはさすがに変えようと言う事にやっとなりそうだ。

ネット選挙では、政策が重要になる。河野太郎氏のごまめの歯ぎしりでは、政策の研究の深さが良く分かる。ネットでは候補者に質問ができるシステムも可能である。戦争の本質を充分に議論する必要がある。軍隊に行くのは若者である。若者の方が老人ほど保守的でない。政権党というものの支持者は、大体に老齢化する。年寄りは選挙に比較的参加する。頭が頑固になるものだ。その上軍隊に行く当事者ではない。一度若者に軍隊で苦労してもらった方が良いなどと、人間教育を期待する者すらいる。軍隊を作るなら、当事者たる10代と20代の若者だけで判断の為の特別国民投票が必要である。入隊する世代にのみ投票権を与えて決めてほしいものだ。彼らが軍隊に行きたいかどうかが一番の問題である。若者が4割しか選挙に行かないような選挙状況を作り出しておいて、未来のことを決めるのはどうかと思う。

来年夏の参議院選挙に向けて、平和憲法を大切だという政党は大同団結しなければならない。民主主義は妥協である。互いが違いにこだわっている間に、平和憲法という根底が覆される。参議院には地方では一人区が多い。29の1人区がある。これがまた衆議院の小選挙区状態になれば、票が割れてしまい、自民公明連合に負ける。今のままで行けば、参議院選挙も自民党の一人勝ちになる可能性がある。反自民の政党はともかく対抗馬を一人に絞らなければならない。乱立するということは、現実には自民党補完勢力という事になる。すでに「民主」「維新」「みんな」がまとまる可能性がある。とすると、これは憲法改定勢力別派という事になりそうである。そうならせないために、共産も、社民も、未来も、政策の一致を求め割って入り、検討に入るべきだ。

昨日の自給作業:大豆の選別5時間 累計:16時間
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自民党の景気対策

2012-12-22 04:09:53 | Peace Cafe
どうも自民党の景気対策というのは、国債を大量に発行して補正予算を組むというのが、第一弾のようだ。自転車操業どころか、暴走族のような怖ろしく無謀な手法に見える。その内容はまだ具体策は示されていないが、ばらまき公共事業ではないと言っている。これが要注意である。震災対応という事にまずなるのだろう。全国の病院、学校、道路やトンネルの耐震化。当然緊急課題であるが、既にあるものを補強することである。国債を増発するということは、未来の世代に負担を残すということである。建設国債であっても、利用の有無や、維持管理を十分に考えておかなければならない。それが十分に出来ないでいる現状を検証すべきだ。まず、新規の公共事業は凍結の方針を持たなければならない。復興予算がいつの間にか、ベトナムの原子力発電所に向けられるような、とんでもない官僚がいる国である。予算を上手く分捕る事ばかり考えている。

公共事業が内需拡大になる時代ではない。借金を増やすでは未来の日本人に申し訳が立たないではないか。内需を拡大できないのは、生活者それぞれにとって、先行きが不透明だからである。ますます、財政が悪化する状況を作れば、財布のひもをきっちり締める以外ないだろう。公共事業による内需拡大など、さんざんやって失敗した手法である。内需を活性化するためには、未来の安心社会を作ることだろう。先行き安心であれば、誰だって手持ちのお金を墓場まで抱え込まない。年金は不安定、老人医療は高額になりそうである。寝たきり老人になれば、悲惨なことになりそうだ。となれば、有り金を握って離さない。私を含めた小金持ち日本人の平均的発想である。将来の心配を取り除くことこそ、内需拡大である。これこそ政府のまず取り組み事だろう。将来が安心であるというのは、お金だけでのことではない。地域社会がどのように老人社会に対応できるかである。国内の食糧性生産の体制をつくりなおすること。教育の自給を行い、地域で生まれ地域で暮らす人をつくること。

女性の社会進出である。人口が減少し、労働人口も減少している。それを補うのは女性である。日本ほど、子供の居る女性が仕事がしにくい国は無い。例えば、新規就農農家であっても、子供が生まれた途端に、立ち行くかどうかの瀬戸際になる。労働力が半減するだけではない。子供にかかる様々な費用が賄えない。将来の学費のことを考えると、農業から離れるしかないかと思うと、先日も若い友人が話していた。辛いことだ。これは我々の責任でもある。これは前から言っていることだが、農の会奨学金制度を作りたいと思う。農の会の農業者で、子供の学費については、農の会を通して融資する。私の家には子供が居ないのだから、そのくらいの負担は当然だと思っている。ともかく、安心して子供が産めないような社会に、未来がある訳がない。

自民党は原発を再稼働して、新設も認可するだろう。もんじゅでの使い道のない、見込みのないプルトニューム生産も力を入れるだろう。すべてが綱渡りである。生活者の安心というものが、目先の経済の為に無視される。核廃棄物の処理の解決が先である。困難な事を先送りして、当面の経済対策として、安い電力を供給することが優先される。原子炉の脇に使用済みの核燃料が積みあげたままでは、誰が考えた所で安心とは程遠い。まず、困難であっても使用済み核燃料問題の解決に取り組むのが政治である。すべてはそれが出来てからのことだ。自民党が生まれ変わっているとすれば、期待されるのはそうした未来に対する安心である。それは農業分野にも言える。戸別補償のような、ばら撒き対策を止めて農業者が増加するようなことが提案できるかどうかである。
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農業の本質

2012-12-21 04:50:54 | 自給
農業離れは世界各国で起きていることである。資本主義的な競争社会の中では素朴な農業に魅力が湧かないという事がある。都会に出て、一旗あげたいと言う誘惑の方が勝つ。暮らせるなら、肉体を使う一次産業に付きたくないということが、人間共通の傾向のようだ。単調な肉体労働で、身体を動かしたくないということは、生き物としての人間に、共通なことかもしれない。農業の経済的な困難さとは別に、肉体労働を避けたいと言うのは、人類の本能的なものだろう。そもそも道徳というものは、本能の制限のようなものだ。勤勉は美徳とされているが、人間ぐうたらに、暮らしていたいと言うのも本当のところだろう。ぶらぶらしていたら野垂れ死にになると思うから、やむなく働く。こういう側面は当然ある。私は勤勉ではないが、それなりに面白がって農業をやってきた。

肉体労働を嫌う人間の性向を考えたうえで、農業をどのように位置づけるかを考えないと、農業従事者は居なくなる。釣りでは、釣るという事を目的にしたスポーツのようなものがある。捕った魚を逃がすのである。生産という観点から見れば、実にバカバカしいことで、私のようなものには到底出来ないことである。金魚すくいでもすくった金魚をもらうためでなく、数を競う遊びがスポーツのようにある。パソコンゲーム等おおよそそんなものだ。遊びということを否定するわけではないが、お米を作るだけが目的で、採れた野菜を土に戻すというような事を遊びとしてやる時代も来るのだろうか。例えば、インターネットを使った農業というものが行われている。インターネットに自分の畑の様子が映る。作業者にその日その日の農作業の指示を出すのだ。エチオピアのアビシニア高原でモカコーヒーを生産する。これは指示する者にはゲームであり、耕作する者には金儲けである。

プランテーション農業とはこうしたものなのだろう。自らが労働するのではなく、指示をして、生産する。奴隷ではないとしても、金銭による支配。農業への企業参入というものが可能性として言われる。又、そうした給与をくれて農業をするなら、やってもいいという若者もいると言われている。本当なのだろうか。居たとしてもそれは極めて少数であり、継続性のない現象と考えた方がいい。実際私が見聞きする範囲では、勤め人としての農業労働者を生き方としている若者を知らない。居てもアルバイト気分のように見えるし、長続きはしない。結局日本の若者が雇用出来ないから、また、労働に耐えられないから、外国人を雇用したりしているのが実態ではないだろうか。やはりやりたいから農業労働に従事すると言うより、仕方なくという事にも見える。いずれにしても、労働力を必要とする農業を日本で考えることは、今後ますます困難になる。

しかし、私には農業ほど面白いものもない。この大きな開きはなんだろう。私が変わっていると言うだけではない。人間が生きると言う面白さが、農業には満ちている。しかし、この面白さに目をつぶらざる得ないのが、業としての農業である。良く農家の人に言われるのは、自然農法も良いけど、それじゃあー暮らしてゆけないだろう。確かにその通りだ。自然農法は面白いのは分かるが、そんなことをしていたんじゃ間尺に合わない。絵を描くのは面白い。面白いけど食べてはいけない。経済競争という事がすべてをつまらなくしている。そう言うものから離れたとたんに、農業の持つ本当の面白さが見えてくるはずである。この事を生かさない限り、農業をやる人は減り続けるだろう。しかし、農業が一日1時間程度で済むなら良い運動である。生産物を自分で食べる農業なら、負担が無くこれほど面白いことは無い。やはり、人類の将来は、地場・旬・自給ではないか。
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アメリカは銃規制を出来るのか。

2012-12-20 04:43:14 | Peace Cafe
最悪の児童無差別射殺事件がまたアメリカで起きた。小さな子どもたちが、無意味に銃の乱射で死んでしまったことは、限りなく悲しいことである。これ以上理不尽なことはない。こういう非人道的なことが、経済力世界一の国で起こることが、競争社会の現実である。豊かな競争社会の必要悪なのか。アメリカは世界に対し、人道の正義を押しつけている。確かに、正しい主張の時もあるが、イラクのようになかった大量破壊兵器の為に、フセインをせん滅したこともある。アメリカはまず自分の事をどうにかしなければ、アメリカの正義は自分の都合に従った正義と見るべきだ。まず、銃規制を徹底すべき事は大前提である。力で力を防ごうとしても、弱いものが被害者になる。子供たちが銃で武装など出来ない。銃所持はアメリカの文化、思想の問題である。これを乗り越えなければ、アメリカは世界の迷惑国家である。

アメリカでは10人に1人が警備や警官や、軍事についているという事を読んだことがある。普通の人が安心して暮らすためには、がちがちに防御を固めていなければならない国。しかし、どこまで防御を固めた所で漏れる。攻撃の方は必ず防御を上回る。北朝鮮が核弾頭をアメリカに打ち込む可能性をどう防御するのだろう。アメリカでも今回は今までとは異なるレベルで、銃規制への言及がされていると言う。しかし、オバマ大統領はあれほど悲しげに追悼の言葉を現地で述べながら、銃規制に言及しなかった。オバマ大統領は個人としては、人道的な人間に見える。しかし、銃規制に触れることをためらっている。アメリカの文化がそう言う文化なのだ。わが身を守るのはわが身である。銃で攻撃する者がいれば、銃を持って防御するのが、立派な人間の姿だと言う思想。いわば戦国時代の武士道が今だアメリカでは生きているのだ。近代国家に生まれ変わっていない。どれほど銃で身を固めていても、狂気にかられた人間の暴走を完全に防ぐことはできない。

これは、軍事力でも同じだ。飛んでくるミサイルを撃ち落とす、ミサイル防衛。ミサイルというのは、銃の弾と同じくらいの速度で飛んでいる。これがいつ飛んで来るかわからないのにどうやって防げるというのだろう。小学校に警備員を常駐させたとしても、あらゆる場面で狂気の行動はありうる。ショッピングセンターでも、劇場でも、地下鉄でも、実際にそうした事件は根絶できない。凶悪事件の発生数は、先進国中断トツである。日本の10倍、先進国中では極端に多い発生。こんな非人道的な国が、何故よその国に正義を振りかざすのかが理解しがたい。まず自分の国をしっかりさせるべきだろう。子供たちが大勢殺される事件が毎年起きているのに、銃規制が出来ない。銃規制をすべきでないという思想が、アメリカの正義の思想である。

競争を正義とする思想。勝つものが正義。アメリカンドリームは打算に満ちた即物的な世界なのだ。強いものが正義。経済的成功が夢。こんなアメリカの価値観に日本も随分影響された。影響はされたが、銃規制がまだある。平和憲法がある。秋葉原の暴走事件ではないが、もし銃が使われていたらと思うと深刻なことである。その不安の為に、銃を常に持ち歩くような社会になる。つまり、軍隊を持つ国になると言う事だ。今の中国を考えて見ると、どんどん軍備を増強している。当然近隣諸国も、対抗上軍備を強化したくなる。これでは、いつかは暴発するのを待っているという事になる。不安であっても、銃社会より、日本の方がましである。銃社会は必ず破たんする。それは国の軍備も同様である。無ければ不安であろうが、強化して行けば必ずどこかで大爆発が起こる。武力依存の文化からアメリカが抜け出ることが出来るかは、世界の未来の問題である。
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東通原発に活断層

2012-12-19 04:28:53 | Peace Cafe
東北電力東通(ひがしどおり)原発(青森県東通村)の断層を調べる原子力規制委員会の専門家チームは十四日、現地調査を終え、敷地内にある二つの断層が活断層である可能性が高いとの見解を示した。

原子力規制委員会では、地質調査の専門家と合同し、6つの原発の敷地内の断層を調査している。1つ目の大飯原発では、疑いが強いのでさらなる調査が必要。2つ目の敦賀原発で2号炉直下にある破砕帯は、活断層に引きずられて動く可能性が強いと判断する。3つ目の東通原発では敷地内にある断層は活断層であるとほぼ判断する。ここではっきりさせなければならないことは、原子力規制委員会の位置づけである。自民党政権下では、委員会というものをないがしろにする可能性もある。意見として聞き置くというような態度である。尊重はするが巧みな処理をする可能性もある。その内に規制委員会に圧力を掛けて、いいなりになる委員にすげ変える可能性も出て来る。それを予知して規制居の方がおもねる判断をする可能性もある。本来、こうした危険個所に、設置を許可した責任は自民党政権下のものである。もし、活断層であるとなれば、設置許可の責任問題も出て来る。

直下に活断層があれば、危険というのは当然であるが、直下でなくとも原子炉から100メートル圏内に活断層があると言う事も相当に不安なことである。この規制委員会の判断は専門家全員が、活断層である可能性が高いと指摘している。にもかかわらず、この判断に従おうとしないのが電力会社である。判断ご即座に、間違いだと主張している。確かに地層の判断は意見が分かれるだろう。しかし、地層の専門家が可能性を主張している以上。そう言うリスクの存在する場所に作ったことがおかしい。過去の設置許可は、こうした判断が分かれるとき、活断層ではないという学者の意見を取り入れて来たのだ。それは、どの原発でも言えることである。こうして原子力村と言われる、反論の出来ない風土を形成した。これを変えられるかどうかが、規制庁の存在に対する、政府の対応である。

自民党政権の最大の公約は経済の復活である。しかも、来年8月までの参議院選挙までの短期間に方向性を見せなければならない。これが危機突破の意味である。この短期的での最大の障害は燃料輸入の増大であある。円安誘導して行くつもりのようだから、貿易赤字は増加するだろう。この時に、原発の再稼働を行う可能性がある。それは国民の判断にかかっている。参議院選前の世論調査などで、まだ原発の怖さが記憶されているかどうかである。安倍政権の目標は憲法改定である。国防軍である。前回1年間やったことも、防衛省の設立。教育基本法の改定である。この目的の為に、原発再開が有利に働くかどうか。ここを見定めるはずだ。今回の選挙に敗北したと感じて、反原発勢力は意気消沈しないことである。諦めなければ原発は必ず無くなる。

もし安倍政権が経済において正しい判断をするなら、新しいエネルギーの開発を産業にすることである。自動車が日本の産業であるというように、太陽光、風力発電、蓄電池、コージュネシステム等が、日本の基幹産業になるようにしてゆくことだ。こうした希望のあるものに先行投資することが、米100俵である。それなら当面の貧乏も我慢もできる。未来の世代に対して、これ以上問題を残してはならない。安倍政権が本当の日本主義であるなら、是非この素晴らしい国土を未来に残す事を考えてほしい。日本の水土に暮らす人々が、循環型社会の中で、自足して生きるすべを世界に伝えて行けることが、日本の誇りではないだろうか。東通原発の廃止を是非とも決めてほしい。
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衆議院選挙の結果

2012-12-18 04:41:13 | Peace Cafe
小選挙区制による、議員配分結果は自民党の一人勝ち選挙であった。あくまで自民党の選挙制度とそれへの対応の正確さである。一方それ以外の党の対応のまずさの結果である。早急に選挙制度を変えなければ、ますます投票率は下がるだろう。小選挙区候補者の総得票のうち、比例復活も果たせず落選した候補者に投じられた「死に票率」は40・4%に上った。公明党が死に票なしの0%となった。自民党が3%弱。民主党は67%強。共産党は98・5%に上り、日本未来の党は81・8%、みんなの党は73・4%、日本維新の会は57・7%だった。自民党は比例区180議席のうち、57議席、得票率では27,88%を取っているに過ぎない。小選挙区全体の得票率は43%程度だったが、ここには公明票も含まれている。自民党が選挙で勝ったとはいえ、有権者の17%程度に支持されたに過ぎない。ということは、次の参議院選挙では自民党は勝つことはできない。ということは、参議院の廃止など言い出すのだろうか。

安倍氏は経済政策に力を入れるだろうが、成功はしないに違いない。株価はしばらく上がり、結局下がり始める。それは安倍氏が悪いのでも、自民党が悪いのでもない。右傾化が目立ち、中国、韓国貿易が困難になる。自民党の政策を支持し投票した人は、憲法を改定し、軍隊を持つべきと考えている。力の政治を期待する人たちと考えていいのだろう。どのような思想であれ、政治への関心の回復が緊急課題である。5人に1人の支持者しか居ない政党が、圧倒的多数の政府として政治を動かしてゆくという現実は、ますます、国への帰属意識の希薄化が起こるのではないだろうか。5つの事を見ておきたい。1、原発の再稼働と規制委員会の位置づけ。2、国民年金の納付率が回復するかどうか。3、生活保護費がどうなるかである。4、農家の戸別補償はどう変わるか。5、ネット選挙を含めて、選挙制度を変えることが出来るか。正直言って、こうした具体的政策自体は自民も民主も大した違いは無い。できるか出来ないかである。

政党で、政策がはっきりしていたのは、みんなの党、共産党、社民党であろう。共産党や社民党については、何十年同じ主張をしてぶれないが、社会を変える可能性を感じさせることが無い。みんなの党は政策は明確であるが、神奈川17区の井上氏が何故みんなの党から出ているのかが分からなかった。衆議院議員になりたいという目標があり、加えてもらえる政党があれば、どこでもいいと考える候補者が大半である。だから、有利そうな政党に鞍替えする者ばかりである。少数政党が綱領を明確にして、大同団結を出来るのかが課題。民主主義は妥協の産物であることを考える必要がある。原発に関して言えば、選挙においては原発推進を発言していたのは、幸福実現党ぐらいのものだ。しかし、当選すれば自民党が推進に変わるのではないかという不安は、誰もが感じているだろう。神奈川17区の牧島かれん氏の獲得した票数の98019票は地域の総得票数の38,7%である。投票率も勘案すれば、有権者の5人に一人の支持である。しかも牧島氏に以前エネルギー政策を質問をした所、自然エネルギーへの転換をブログに書いていた。

民主党に対する失望感が広がっていた。しかも、民主党はその選挙民の失望に対して認識が無かった。テレビコマーシャルでは、まるで自分の決断が日本を救っているかのような、場違いの発言をしていた。あの厚顔無恥というか、自己分析力の無さが、ますます民主党ではだめだと言う事になったのだろう。結局反省が出来ないまま、民主党は消える。政治の無意味化が起こっている。極端に言えば、核武装しようが、財政が破綻しようが。関係ない。国というものの中に生きているという意識が生まれない社会。1週間もすれば選挙があったことも忘れ去られる。無関心というものが、一番良くない。まず、選挙制度の抜本的改革である。1、ネット選挙の自由化。2、死に票の少ない選挙方法の模索。3、議員歳費の削減と議員数の増加。と言ってもなかなか進まないだろう。とすれば、維新の会の軍国主義化がどうなるかは、注目点である。
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北朝鮮のロケット発射

2012-12-17 04:31:35 | Peace Cafe
北朝鮮がロケットを打ち上げた。北朝鮮の軍事的力量が相当に高いという事になる。アメリカまでミサイルを撃ち込むことが出来るレベルに達した。このロケットに搭載できる核弾頭が既にあるのか、これは分からないことではあるが、いずれにしても準備されるだろう。ここまでは北朝鮮は間違いなく目指す。10年前までは韓国が武力的脅威の全面にいた。その後は、日本も北朝鮮の標的に入った。そして目標としていたアメリカまで、つまり世界の武力的元締めまで、原爆の標的に入れたいと言うことである。そして対等に交渉しようということだろう。武力だけが世界をコントロールすると考えている。また、原爆実験も又行うであろう。行うにしても、これを交渉の材料にして、さんざんもてあそぶことだろう。核爆弾を持たない、日本政府はどうしたらいいかである。北朝鮮の経済的疲弊が常々言われるが、それは情報戦の一部かもしれない。中国を越えたひどい格差社会ではあるだろう。経済の実態を冷静に判断しておいた方がいい。

まず、韓国が一番深刻である。祖国が分断されているのだ。そして、その半分である北朝鮮が独裁軍事国家として、ひた走りである。一方南側は経済優先の一点に突き進んでいる。この極端な2国が今回の事態に対し、どんな反応をするかである。まず、今回のロケット打ち上げの報道を見ると、韓国がスパイによって、かなり上層部まで情報操作されていることが分かった。ロケット延期説が流れ、ロケットが解体され、格納されたとまで誤った報道があった。もちろんアメリカは監視衛星から、実情を把握していたに違いないから、そのようなデマに流されなかった。独自情報源を持たない日本は、打つなら早く打って欲しいなど、官房長官が発言してしまうみじめな事態である。軍事力のない日本は情報収集は徹底しなければならない。前回は公開して失敗したが、今度は隠してどこまで情報戦を行う事が出来るか、試したのであろう。韓国が完全に騙されていたとは思えないのは、ロケットの燃料タンクの回収が出来たことからも分かる。あのタンクは爆破装置が機能しなかったのだろうか。3,2トンもあると言うから、確かに落ちてきたら危険である。

いずれにしても、北朝鮮のロケット成功は、軍事力のある側面で韓国を越えたという事である。発射時期としては、韓国大統領選に向けたものである。李明博政権の強硬姿勢から転換する可能性の高い次期政権に対し、交渉で優位に立つための手段であろう。その上で、核実験の強行を武器に、経済政策において、韓国の協力を引き出そうとするのではないだろうか。韓国にしても、北朝鮮の安い労働力を手に入ることは、国際競争力の有利さがある。経済優先国家と軍事優先国家の利害が、思惑が一致する可能性は高い。中国の出方である。中国にとってはロケット発射は全く問題が無いだけでなく、同盟国の程良い軍事的前進としか受け取らない。問題は核実験に到って、中国の脅威になる場合である。中国と北朝鮮では今後この点で合意を探ることになるだろう。

同時に行われた、中国の尖閣への領空侵犯と、その後の中国政府の発表は、安倍政権(これを書いているのは、15日である。)に対する先制的攻撃である。安倍氏の主張する、港湾設備の構築や何らかの施設建設が行われることに、圧力を掛けようとしている。もし施設を作るような、竹島に対する韓国の姿勢と同様な態度は、領土問題を深刻化させるぞ。という中国のシグナルである。中国のシグナルを民主党政権は何度も見逃してきている。日本は尖閣問題が存在することを認めて、交渉を始める以外にない。尖閣がどこの国に所属するかというより、日中には大切な課題が山積みである。尖閣には触れないで行こうという両者の暗黙の了解を、石原氏が勝手に崩壊させたのだ。本来であれば、静かに交渉が出来る環境の間に、中国が日本の経済的支援を必要とした時期に問題を解決すべきだったのだ。自民党時代の外交の失敗である。外交に対する大きな方針が無いためにこうしたことが起こる。

昨日の自給作業:機械整備2時間 麦踏1時間 みかん収穫2時間 累計時間:11時間
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