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土壌放射能

2011-08-31 04:40:43 | 環境関連
本来なら作付前の4月中に行うべきだった。田んぼの土壌調査の結果が今ごろ出てきている。情報を出さない一番の原因は、政府が国民を信頼せず、風評被害やパニックに陥ると決めつけている所にある。農水省が稲の作付制限対象区域を設定する際の基準とした「土壌1キロ当たり5千ベクレル」の放射性セシウム濃度を超えたのは福島県内の40地点で、面積は推計8300ヘクタールにのぼるという。これからさらに詳しい、土壌放射能汚染地図を作ると言うが、一番深刻な時に何故行わなかったのか。あるいは行って居ながら公表しなかったのか。この間食品から来る健康被害があれば、過半の責任は政府に存在する。

コメの作付けを制限していない地域で、5千ベクレルを超える放射性セシウムを検出した畑が福島県で計9カ所あった。これはまさに行政の間違った政策の結果である。調査した全地点の最大値は同県浪江町で2万8041ベクレル。2万ベクレルの地域で作付がされていたのかが問題だ。福島県を除く5県の最大値は、宮城が丸森町の2215ベクレル、栃木は那須町の3971ベクレル、群馬は東吾妻町の688ベクレル、茨城は利根町の632ベクレル、千葉は流山市の777ベクレル。調査は警戒区域を含む福島県内361地点と宮城、栃木、群馬、茨城、千葉の各県計218地点の計579地点で実施。土壌調査とお米の残留放射能調査を連動して行なわなければ、このデーターは生きてこない。移行計数はかなりのサンプルが集まらないと本当の数値は出ない。やる気があるのか本当に歯がゆい。

立ち入りが制限されている警戒区域や計画的避難区域で、チェルノブイリ原発事故での強制移住基準(1平方メートル当たりの放射性セシウム137が148万ベクレル)を超える汚染濃度が測定されたのは、6市町村34地点に上ったらしい。これは深刻なことだ。このデーターが管総理の発言になったのだろう。20年住めない地域はかなりの面積になる。住民の被曝ひばく線量などを把握するのが狙い。福島県大熊町の1平方メートル当たり約1545万ベクレル。セシウム134と合わせると、同約2946万ベクレルとなった。同300万ベクレル超となったのは、セシウム137で同町、双葉町、浪江町、富岡町の計16地点に上った。高い濃度の地点は、原発から北西方向に延びており、チェルノブイリ事故の強制移住基準を超える地点があった自治体は、飯舘村、南相馬市を加えた計6市町村だった。(以上大半が報道からの転記)

今後さらに詳しく土壌調査をしてゆくらしい。是非神奈川県でも行って欲しい。行わなければ何も見えてこない。お茶の出荷停止がまだ継続されている小田原で土壌調査をしない理由が分からない。実は、理由はわかっている。計らなければ放射能はないことになると考えているのだ。そういう市町村が沢山存在する。行政は本根では事なかれである。経済が中心で、住民の安全など2の次である。そうでなければ計るのが当たり前のことなのに、責任をたらい回しにしている。今回の福島原発の事故で、このことだけは身にしみて記憶しておく必要がある。それは行政と言うものの抜けがたい性格である。建前では安心安全など、何万回でも述べるが、いざとなったら全く当てにしない方が良い。それは人間と言うものはそういう、自分の御都合で動くものである。よほど特別な偉人ない限り、わが身を捨ててというようなことは期待しない方がいいということである。普通の人には、弁解は山のように用意されているのだ。
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稲の生育ステージと水管理

2011-08-30 04:11:15 | 稲作
稲の生育の段階には、大きく分けて3段階ある。1、「栄養成長期」、種が蒔かれてから、いちばん分ゲツが多くなる時期まで。2、次が「生殖成長期」で穂のもとができてから出穂・開花までの時期である。3、そして最後が「登熟期」受粉した花がお米になるまでである。この生育の段階で、水管理を変えて行く。種が蒔かれて発芽をする頃は水はまだ少なくて良い。徐々に川辺に水が増してきて、気温も上昇する。湿度や気温に反応して発芽し、生育を始める。水辺は徐々に水かさを増して、稲は葉の数草たけを延ばし、分げつを増やしてゆく。問題は栄養成長に入るタイミングである。小さな穂を形成するように、水を止め、土壌がひび割れるほど乾かす中干しの技術。稲の生育にどういう意味があるのだろうか。穂が茎から出て出穂、開花。この時期以降が一番水が必要とされている。そして登熟期に入る頃、川の水かさも深い時期になるだろう。

幼穂形成期前に、水を落とすと言う、中干しの技術の意味が理解できない。生殖成長に切り替える刺激を与える。あるいは土壌を乾かすことで窒素分を発現させる。土壌を乾かし断根して根の生育の形を変化させる。ひび割れることで酸素が補給される。土壌の改善になる。とか色々の根拠が言われるが、今一つ理解できないので行わない。

そして花が咲き徐々に実が登熟して行く。この時期は徐々に川の水位が下がり始め、間断潅水状態に入る。登熟期の間断潅水が、水管理の中でも重要なやり取りになる。土が水で飽和状態ではあるが、水は引いた状態、この時間を徐々に増やしてゆく。登熟期後半に入れば、土が乾きある程度ひび割れ白くなることがあっても構わない。水を入れておく時間も徐々に短くして、走り水潅水を行う。この時期台風や長雨にも備えなければならない。倒伏を避けるためである。台風の来襲を見ながら田んぼを固めて行く事もしなければならない。穂が重くなるに従い田面てを固めて行く。雨が多くなる時期でもあるので、雨によって固められない場合も多いので、予測をしながら水を切って行く。現在は、登熟前期だからまだ完全には水は切れない。9月に入れば徐々に乾かす所まで進められる。登熟期の水の減らしかたは、いかに根を健全な状態で長く保つかが目的である。水が停滞することで嫌気的な状態になり、根が早く枯れて行くことを止めることである。

酸素を十分に含んだ水が根の周辺で動いている状態を保つことが望ましい。間断潅水と言うことだが、この水の入れ方は、どの段階でも望ましいやり方ではある。しかし、舟原田んぼのような粘土分のない土壌では、又棚田の為の水漏れが多くて安定しない田んぼでは、容易に間断潅水に入ることが出来ない。そこで、土壌が安定するまでの登熟期前半までの段階は、深水管理を基本として管理を行う。それは稲の生育の問題もあるが、ヒエの抑草の目的が大きい。今年はヒエの種が完全になくなったのか、一本も出ることが無かった。ヒエの種が無くなったのであれば、前半土が露出することを恐れず、分げつを取る浅水管理も取り入れることが出来るかもしれない。又、試みとして行う、冬季湛水、又は早期湛水を行う場合は、初期のアミミドロの発生を抑える方法として、初期の浅水と、早めの中干しの組み合わせも考えておく必要があるだろう。

繰り返すほど田んぼごとの個性が見えてくる。3枚に分かれた田んぼですら、土壌の性格が異なる。田んぼが面白いのは、他所の話が通用しないからである。舟原田んぼのやり方も、他では通用しないということ。来年度の課題として、緑肥を止める。その代わり藁の田んぼにおける堆肥化を行い、腐植を増やす。腐植量を増やすためには、できる限り多くの堆肥づくりを行い田んぼに戻してゆく。省力化の為にも田んぼで堆肥を作りたい。そして、どの段階で湛水を始めるのかを見極めることが必要になる。3月からにするか。2月からにするか。春水田んぼである。秋に田んぼは一度耕運して置く。場合によってはもう一度。耕す事に邪魔にならないように藁堆肥を作る場所を考える。
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お米の放射線量について

2011-08-29 04:10:42 | 稲作
お米の放射線量については、次々と測定結果が出てきている。報道では検出した3件だけが目立つが、実際は300件近い不検出についても注目しなければならない。放射能も時間が経過して、何でもないと言う根拠のない楽観主義者と、極端な危機意識の人とに2分してきた。どちらも科学的な態度ではない。お米については、相当に高いだろうと予測していた地域で、結果は50ベクレル程度である。100ベクレルを越えるような所があるとすれば、田んぼの土壌は5000ベクレルを越えていると言うことになりそうだ。流れ込む水が心配であったが、5月以降の田んぼの用水にはそれほど濃度の高い放射能は、無かったということになる。山や木を汚染し付着した放射能が、水に溶けて流れ出すことが少ないようだ。流れ出す物は、5月の田んぼに入水が始まる時点では、すでに流れ出てしまっていたのだろう。現状で、日本中に存在する放射能は、ミネラルと結合して存在する。あるいは何かに吸収された形で存在する。

現時点でのお米の放射線量は二本松市で1キロ当たり22ベクレル。千葉の白井市、47ベクレル。市川市で46ベクレル。農水省のホームページに詳しく記載されている。300位行って不検出と言うことだから、お米には特別なところ以外放射能は出ないと考えても良い位の結果である。神奈川県はまだお米が出来ていないのでデーターがない。又、玄米を精米して、測定したら不検出になった事例もあるので、やはり放射能は周辺の外皮部分に多く存在するようだ。これはミネラルと結びついて動くという意味ではないだろうか。放射能不安はたとえ1ベクレルでも不安を駆り立ててるわけだ。しかし、農薬や重金属のリスクと比較して考えた方が良い。お米にはカドニュームや水銀、銅、ヒ素は必ず混入している。程度の違いだけである。化学合成物質の影響も多大である。放射能だけリスクが特出しているとは考えない。あくまでリスクの一つであり、日本の環境全体が良くならない限り、解決はない。放射能で食品の安全性に問題意識を持つことはいいことである。是非、他のリスクにも目を開いてほしい。いずれお米も測定してみる。計らないで不安だけを高めても意味がない。

小田原で生ごみクラブの代表の段ボールコンポスト5、6、7月と生ごみ50キロ程度入れたものを測定した。(今日正確に確認する)これが20ベクレム以下の不検出であった。この事実は小田原の一般の暮らしでは、放射能が食品を汚染している可能性が極めて低いということである。段ボールコンポストは堆肥化する過程で、生ごみが3から5%位に凝縮される。100キロあったものが。5キロくらいまで小さくなるということである。もし放射性物質が混入していた場合。20倍に濃縮されると言うことになる。20ベクレル以下と言うことは、小田原の普通の食品に平均して1ベクレル以下と言う科学的事実である。確かにこれは1軒のデーターである。正確を期すためには、もっと広く、数多く行うべきではある。しかし、すでに4月から7月の材料が失われており、不可能である。平均的に見れば小田原の人たちの体内被曝は殆どなかったということになる。大きな安心材料である。

では小田原の土壌は汚染されていないかと言えば、もちろんそんなことはない。神奈川県のホームページに記載されているものから見ても、100ベクレルぐらいは存在している。その存在の仕方は、良く言われるように偏在している。3月半ばの気象条件と地形である。久野付近での値だけでも大きな違いがある。極端に言えば1000ベクレルのところから、10ベクレル以下のところまであるはずである。高くなる条件も分かってきた。低い場所の条件も分かってきた。たとえもっとも高い1000のところで耕作しても、根から吸収されるものは少ない。お米から検出はされない。米ぬか、稲藁はまた別である。3月に受粉期を迎えていた小麦は高い値が出るが、その後に植えられた稲には出ていない。その意味では、小田原の野菜への影響も現時点では極めて小さくなっている。それでは海はどうか。魚はどうか。放射能が大量に流れこんだ海の汚染はどうなっているのだろう。深い海の底に沈殿して行ってくれていないのだろうか。これは科学的見解が少なく、判断が出来ない。

昨日の自給作業:大豆の作業3時間 累計時間:14時間
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トラクターを購入したい

2011-08-28 04:21:00 | 自給
トラクターはその昔は持っていた。古いものを中古で購入したものだ。茨城の絵の友達が紹介してくれた。彼はその後、最後の安井賞作家になって機械会社を止めた。機械のことが殆ど分からないので、困る。そのトラクターは10年ほど使って壊れてしまった。それ以来、できるだけトラクターを使わないでやれないかなどしてきた。それでもどうしても必要な作業がある。多くの機械作業はまごのりさんにお借りして済ませてきた。有難いし、申し訳もないことである。自分のトラクターが欲しい。考えているとどうしても必要だと言うことになる。麦の畑で堆肥の実証圃場をやるには、トラクターが無ければできない。ハンマーモアーでの草刈りは終わっているから、一度土が乾いてきた所で耕して、堆肥を入れてからもう一度耕して、それから、2週間おいて播種する予定である。月末までに片づけなければならない仕事である。ああ日にちがない。やはりトラクターが必需品になっている。

問題は買い方が良く分からないということである。高い買い物だ。ネットで調べると価格は50万円から200万円位のようだ。丁度良いものを買いたいと思うと、分からなくなる。中古品で良いのか、新品を買った方がいいのか。こういうことからして良く分からない。大きさも大きすぎるものは、田んぼに入らなかったりするから、適度に小さいものが良い。と言って力がないものでは、作業がきれいに出来ない。機械が重すぎるものも土壌を鎮圧しているようで感じが悪い。などなど考えていると、どんな機種を買ったらいいのか、いよいよ分からないくなる。農業の形が農家とも違う。トラクターがあるとなれば、使用頻度もそれなりにある。案外に面積は広い。3ヘクタールくらいか。移動は出来るだけしたくない。トラックがないということもあるから、2キロくらいは自走して移動しなければならない。これがまた怖いのだけれど、安定していて転びにくいものが良い。入りにくい田んぼもあるから、操作性も良くなければ。

いずれ自給農業に機械は良くないという気持ちがあって、購入できないで来た。しかし、そうも言って居られない状況に来ている。ハ―ベスターやバインダーはある。トラクタ―を買わないでいること自体が、矛盾のようなものかもしれない。この先頑張っても10年ぐらいだろう。トラクターを買うなら最後かもしれない。それで、ネットの農機具紹介と言うところにお願いした。条件を書きいれて、情報を待った。昨日送られてきた。所が送られてきたものが、様子が違っている。機械が大きすぎる。ロータリー幅が120センチぐらいの小さいものが良いかと思っていた。やはりネットで探すのは難しいようだ。機械の程度については全く分からない。紹介してくれる人も実物を見ている訳ではないようだ。遠くの人ではないからいいかと思ったのだが、機械があるのは島根県らしい。

やはり、新車を買わないといけないということなのだろうか。新車なら近くの農機具屋さんで買うことになるだろう。一度お願いしたら、他を探すということが難しくなる。自分でもう少し研究しなければならないだろう。自分がやる作業が一体どんな機種が適しているのかを、少し知らなければだめなようだ。それがまた、情けないことに調べる時間も能力も乏しい。どこのメーカーの機械でもたいして変わらないのかもしれない。正直どうしたらいいのか分からなくなってしまった。どなたか詳しい方、購入法を指導してもらえないだろうか。

昨日の自給作業:畑の準備 累計時間:11時間
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こたつ机を作る

2011-08-27 04:23:52 | 自給

やっていることが、全部趣味だと言われたら、まったくその通りである。描いている絵を「良い御趣味ですね。」とか言われるのは日常のこと。収入に繋がるものを仕事とすれば、苦行の代表のような千日回峰行だって良い御趣味と言えばその通りである。仕事以外は見向きもしない時代の風潮だろう。その中でも特段これが趣味と言う訳にもいかないのだが、木工は気分の上では趣味中の趣味と言っても良い。趣味らしく技術があるとか、道具を揃えているとかいうこともないのだけれど、やりたいという気持ちは、いつでもある。しかもやっていてつらいということが全くない。この辺が趣味らしい所なのだろう。悩むようなことがない。工夫をしてもっと良くしてやろうぐらいだ。しかし、趣味と言うのはよほど時間がなくては取りかかれないものでもある。趣味的気分が強いだけに、却って始められない。それでも年に1つ位はどうしても始めてしまう。

この暑い時期に、何故炬燵を作ることになったかと言えば、猫のせいだろう。猫が炬燵の中が好きで一年中もぐっている。それで炬燵が一年中置かれている。見るだけで暑苦しい。こたつの下にだけ畳があった。その畳を私のベットにしようと猫から取ってしまった。30年前東京で買った、安売りで1万円のベットがきしむようになったのだ。まだ使えるのでそれを直した。その時、畳式にした訳だ。そこで、猫の炬燵も再建することになった。ニトリに見に行くと、ちゃんと炬燵もこの時期売っていた。こたつ式テーブルと言うことである。天板の下にテーブルがある。夏は座り机そのものである。ニトリには790円の水彩額を買いに行った。前に一つ買って使えるので、後4つ買うつもりで出かけた。マットまで4つ窓に切ってある。あれを画材屋さんでお願いしたら、マットだけでその値段ではないか。ついでにこたつを見てきた。天板にはケヤキのすごいやつが行きどころがなく何枚も寝かせてある。しめしめである。

机は10台は作った。現在も4つは使っている。欅が好きなのだ。欅に触っていると安心する。マザ・ツリーと言うものがあるらしい。自分の守護神のような木だそうだ。その木のかけらを持っていると、何かが良いらしい。迷信は嫌いだから、かけらに頼ったことはないが、子供のころから欅の大木を見ると抱きついていた。すごい安心感に包まれたあの感じは、リアルに思い起こせる。以前、セキタ材木の前を通ったら、欅の輪切りの板の直径130センチ厚さ7センチが10枚ほど、山積みされていた。片づけようと言うので置いてあるらしい。売ってくれるかと聞いてみたら、互いに大喜びして売ってもらえた。40年以上寝かしてあるものと言うから、今は50年は寝かしたことになる、すぐに使える。まだ5枚ほどある。少なくとも後5年は楽しめるわけだ。

ちょうどいい大きさに切って、磨いて、椿油を塗った。それだけである。時間にして5時間くらいか。残念なことにその位しか時間が取れない。木が良いからそれだけで充分見事だ。写真はできたらすぐ、りんちゃんが来てしかめっ面をして、炬燵をどうしたんだと怒っているところだ。この色艶が良い。欅は何も塗装しないでこういう色になる。50年の年月の力である。塗るのは米ぬか油やひまし油でもいいが、椿油が特に好きだ。本当は椅子なども作りたい。小樽の海猫屋とかいうレトロなレストランで見た椅子が忘れ難い。ああいう大胆な作りで、座り心地の良い、欅のいすを作りたい。きっと座っていると、安心この上ないだろう。椅子は難しいから、ベンチぐらいならいけるかもしれない。自給なのだから、家具くらいは自分で作らねばと考えている。今年は我慢して、又来年の楽しみにしておこう。
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大豆の断根・摘心・挿し木経過

2011-08-26 04:17:14 | 自給


7月1日に播種した大豆だから、8週が経過した。苗を植え付けてから6週間が経過した所である。全部で3000株を植えた。活着するまでに50株から100株ほどが枯れた。植え付けて、1週ほどした所で白絹病が出て、これでまた200株くらいが枯れた。現在2700株が成長している。隣の畑で、昨年も大豆だった所になんくるさんが直播をしているので、土中緑化法と普通の直播栽培がどのように違いがあるのかを、確認しながら栽培が出来るという好条件である。なんくるさんの大豆は、草一本ないというきれいな栽培である。手をかけているというより、手順がとてもいいので、草を出さない。早め早めに土掻きをしていている。土の状態がそもそも土掻きしやすく整備されている。昨年直播の種がすべて失敗に終わったことを思うと、野菜の栽培は丁寧な心づかいがないと無理だということが、しみじみ分かる。昨年鳩が来ていたので、鳩に食べられて発芽しないと決めつけていたが、どうもそうでもなかったようだ。

大豆の生育は順調である。25日大豆に花が咲きだしている。花が来た状態を思い出すと、例年よりがっしりしているように見える。分枝が多いようにも感じる。去年8月28日に草取りをしているが、その時の記憶では、株はもっと大きかったが少し間のびしていたように感じた。その時はこれは採れると思ったのだが、結局は200キロ切る位になってしまった。葉ばかり山のほととぎす。大豆が良いか悪いかは、軸の太さが肝心なようだ。葉が大きく沢山あっても、案外な結果になる。ひょろひょろではだめだ。稲葉さんの栽培によると、花が咲いたらば水は多く。追肥を行うとある。水を多めは雨ばかりだから、そうならざる得ないが、果たして追肥の方はどうだろうか。葉っぱの色などから見ると、どうも追肥を吸うことは不安だ。無難に行くならこのままでもいい。一部だけ追肥をするか。

写真の通り草だらけである。この位ならこのままでもいいかなど考えている。2つ理由がある。草がある方が、根ぐされがしないのではないか。隣の田んぼからの水がどうしても引かない。加えてこのところの雨である。草を取ると、白絹病が再発する恐れがある。今のところ病気が治まったのは、草が水分を吸ってくれたからのように思うが。もう一つは虫である。草があった方が、虫が来ないような気がしている。この辺も良く分からない所であるが、稲葉さんも有機農法でやるなら、叢生栽培もありと書いている。一部だけ草を取ってみるか。しばらく前から28日に作業をしようかどうかは、考えてはいた。考えながら決断できず、今日になってしまった。いずれやるならば、28日の日曜に緊急作業となる。どうしようか。この辺が協働の畑の作業連絡は難しい。周辺の草刈りはいずれ必要とも思われる。少しだけでもやり実験と言うことにしようか。

なんくるさんの大豆も良く出来ている。播種が2週間は遅いのだから、花も当然少し遅くなるのだろう。状態の評価はブログに記載されている。大豆はまだこのあたりでは収量は分からない。今までも、肩透かしが多かった。山の畑で作った時、台風で軸だけ残りすべてが千切れ飛ばされ、全滅と言うこともあった。不安は、白絹病である。昨年も9月に入ってから、徐々に広がった。風通しを良くとも、言われているのだが、なにしろ密植状態なので、風通しは明らかに悪い。来年はまず50センチ間隔を忘れないようにしたい。今年は実験である。一部だけでも稲葉さんの方式でやらないことには、来年の方針が経たない。追肥もやれるだけはやってみよう。何人の参加でも構わないので、呼びかけることにしよう。
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お茶畑の放射能除染作業

2011-08-25 04:30:38 | 自給
昨日、24日やっとお茶畑の除染作業が終わった。来年の新茶は飲めるようになるかもしれない。私が飲めると考えるレベルは、100ベクレル以下である。それより低ければ安心して飲む。自分で決めた基準である。それは生葉でいえば、20ベクレム以下になった時である。お茶は厳しい食品である。生葉で600ベクレル出ていた畑である。30分の1まで下げなくてはならない。何年かけてもやりたいと考えている。7月25日時点の県の調査によるお茶の全セシューム量は160ベクレルである。農の会のお茶は現時点で測定はしていないが、100以下であることは確かである。それは出来る限りの除染を続けているからである。放射能が一番強く存在するのは、お茶の木の枝葉である。そして表面土壌と降り積もっている腐植質である。葉や枝が堆肥化して存在する部分である。これは、稲藁の汚染で、そうしたものが放射能を吸着し、乾燥と濡れることを繰り返しながら、高濃度になることが分かってきた。

13人で9時に開始して午後3時に作業は終了した。先日までに下の畑は終わっていたので、今回の作業は上の畑である。全員本気で作業したのでかろうじて終わった。終わった時は疲労困憊だった。みんなでやるから出来る作業である。一人なら、諦めざる得ないだろう。これが出来ない一般農家が普通である。農協の放射能汚染損害賠償説明によると、放射能除染を自ら行った作業費は、賠償要求から外すようにと言うことであった。これでは、いよいよ作業に取り掛かれないことになる。一人で行えば、1反で10日かる作業である。1町歩やっている人なら、家族で1カ月かかりっきりになる。この作業は放射能が降り注がなければ、いらなかった作業である。当然のこと東電が来てやるべき作業である。それを変わってやっているのに、その労賃を請求しないとはどういうことだろう。農の会は当然のこと請求するつもりだ。

作業は放射能汚染が公表された段階で、土壌測定、線量測定を行った。その結果濃度の濃い部分と、低い部分があることが分かった。表土と表面を覆う大量の堆肥化した腐植質に集中的に放射能は存在する。お茶の木はすで高濃度に汚染されているので、即座に葉は刈落とし畑の一番下に積みあげてきた。次は表土と腐植質の持ち出しである。これが困難な作業であったが、できる限り行った。10数年の努力で、お茶畑は表面5センチほどが堆肥化している。これを持ち出すのだから、悲しい作業である。しかし、又10年、20年すれば良くなるのだと思いながら行った。漠原人村のマサイさんに言われたことである。枝も草も相当に伸びているので、刈払しながら作業をした。畑に影響の少ない場所は限られているので、積みあげる山も大変な量になった。一年ほどしたら小さくなるだろう。穴を掘って埋めたいと思う。

足柄地域で放射能測定をしてきた。そして、他機関で測定したというデーターも測定方法を含めて集めてきた。100くらいにはなるのだろうか。すべて放射性物質の量である。空間線量では曖昧さが伴い、役に立たない。食べ物を販売するものの責任として、自分の土地は自分の責任で測定しておきたい。同じ麦でも、小田原でも94ベクレルもあれば、7ベクレルのところもある。福島の市町村では農産物の測定を一つもしていない市町村の方がはるかに多いそうだ。測定をしない食品は放射能がないということで流通できる仕組みだ。行政が測定をためらう訳である。例えばお米の測定が今行われ徐々にデーターが出てきている。しかしこの行政で行ったデーターは信頼性が乏しい。どんな機種の測定器で行ったのか。土壌はどうだったのか。田んぼへの入水状態のデーターは。第3者が理解できるデーターとなっているかを併せて、公表しなければならない。特に、不検出の範囲は統一すべきだ。

昨日の自給作業:5時間お茶畑作業 累計時間:10時間
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「エネルギーの自給自足を考えよう」3

2011-08-24 04:31:06 | 環境関連
自然エネルギーの普及において、経済性から入ることは当然のように見える。現在も原子力と比較して高いとか安いとか、その論議が中心である。しかし、ここは気おつけなくてはならない。資本主義経済性が、競争の原理の上に成り立っている以上。地域自給主義と矛盾が生じる点で、要注意である。それは日本が農業分野で、苦い体験してきたことである。国際競争力のある農業の発言は、グローバル資本の地域経済の破壊目的のプロパガンダである。自然に深く依存した産業に置いては、前提条件として競争に強い地域と、弱い地域が存在する。石油が偏在するように、自然エネルギーも偏在している。その為に、世界標準より低価格であるか。高価格になるかは、産業分野で考えれば当然の観点になるとしても、地域で生活をするという観点から見れば別だ。自給自足には価格は存在しない。エネルギーも水と同じで、価格から出発していては、地域での検討には良い結論が得られない。

地域内での合理性こそ、自然エネルギーを選択する観点となるだろう。薪が高く付くものでも、ぶりまでつながっていると考えなければならない。しかし、経済の世界には壁がない。自然エネルギーに置いても当然、地域間の競争が起こるだろう。国家間の対立も生まれるだろう。その意味でエネルギーの自給自足には、個人の自給のように価格に左右されない部分と、他地域の影響がある部分との、社会的バランスを意識して見る必要がある。自給的農業が産業としての農業を阻害するという意見は、実は間違っている。見方を変えれば、個人の自給の長所をどのように地域自給の経済に生かしてゆくのかになる。具体的に考えてみた時、各個人の住宅にソーラーパネルを取り付ける。あるいは小風力発電を付けると言うことには、経済だけでない、自立の思想が背景に必要である。それは、暮らしの安心感であり、個々人の自立の確認である。一人の暮らしを自立させる意識が、自由な精神の基盤となる。

一人がエネルギーを自給するという思想が必要である。その次に、初めて地域での自由な関係として、自然エネルギーは成立するのではないか。つまり、地域がどのように再生されるかが見えない限り、「むら」の再生が出来ない。自然エネルギーの地域自給には、「むら」の再生が不可欠である。「むら」の成立の大前提が、個人の自立ではないか。もし地域と言う「むら」的再生がないまま、地域エネルギーを取り入れることになると、経済の競争だけになる。単純にビジネスの問題になる。これが、原子力村に至る道である危険を十分に認識する必要がある。何のための地域エネルギーかと言えば、人間のよりよい暮らしの為である。この原点を必ず忘れず、エネルギー自給も考える必要がある。人間のよりよい暮らしは、一人ひとりが自立した上で、良い関係が結べる地域社会が存在することである。

良い地域社会がどのようなものかなどと言うことは、一見自然エネルギーと関係がないように見えるが、実は、地域で小水力発電を行う。共有林の利用法など、具体案になれば大きなウエートを占めて来るはずである。自然エネルギーの経済の原理は、競争の原理とは違う。地域での成立要件によっては、他地域よりも価格は高くなったとしても、そのエネルギーを使うべき場合もある。地域内での経済的合理性が優先されることになる。まず、地域内の自然エネルギーの基礎的資料を充分に集める。その上で、偏ることなく複合的に成立要件を調査しなければならないだろう。調査して可能性の高いものを、提案することが、本当の意味での第1歩である。そうしたことを行う、小田原自然エネルギー調査所の設置。基本データ―の蓄積。一方で、目玉としての金次郎計画で動き出す。


昨日の自給作業:草刈り2時間 累計時間:5時間
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タッズ動物レスキューの様子

2011-08-23 04:28:28 | Peace Cafe
しばらく行けなかったが、タッズ湘南に行って来た。受入れ犬舎が建て直されてから初めてのことだ。大きな2階建の犬舎が二棟立っていた。10名を越えるボランティアの人たちが、懸命に働いていた。いつ行ってもこのことには頭が下がる。日本人も捨てたものではない。黙々と本気で働いている。掃除をする人。餌をやる人。水をやる人。散歩に連れて行く人。汚れる仕事でもいとわず頑張っている。何しろ100匹以上のワンちゃん、にゃんちゃんがいれば、大変なことに成る。今までに580頭の救助を行ったそうだ。今度の犬舎は2階建である。コンテナを大きくしたようながっちりした建物で、不安がない。一番の環境改善は冷房が入ったことである。食欲が出てきたそうだ。犬がとても落ち着いてきた。以前はどの犬も人が入れば騒ぎになったが、だいぶ静かにしている犬もいる。子犬や子猫がずいぶん生まれていた。

今回は福ちゃんの身の振り方の相談がしたかった。福ちゃんは誰にも好かれるすこぶるかわいい犬なので、どこに行っても心配はないのだが。私がお預かりしたままでいいのかどうかである。どこかの時点で、一時預かりか、里親に成るのかを覚悟しないといけない。すっかりなついてしまって、手放しがたいという面も出てきている。この辺が限界である。可愛いと言えば、子猫も、子犬も可愛いのが沢山いた。湘南タッズに来てから生まれるのだそうだ。福島ではすでに野犬化していて、なかなかつかまらなくなっているのだそうだ。捕まる犬や猫は、お腹に子供がいる弱いものと言うことに成る。それで保護してきてこちらで出産する事例が増えたそうだ。そうした場合子供たちは里親募集しなくてはならない。これまた大変な事業である。うちに来た子猫2匹も家で飼い続ける覚悟をした。何とか他の猫達との関係が出来上がってきたので、それでいいと思っている。飯館から預かった鶏はどうなるだろうか。多分もう戻ることはないと思う。家の鶏とも馴染み始めているから、そろそろ一緒にしても良いかと考えている。

湘南タッズのドックランスペースが、めまぐるしく変化しながら、ついにこんなにすごい犬舎に成ってしまった。建てては、改築し、増築し、その時その時に応じて変化してきている。多分これで終わりでもないのだろう。実行力がある人、何かをやる人と言うのが、どういう人なのかよく分かった。タッズさんは考える前に動いている、福島の犬たちを見て見ぬ振りが出来ない。動いて犬が集まってくる中、それならこうしようということになったようだ。救助に行けば、現地の状況も目まぐるしく変わって行く。それこそ行政は壁となって、救助が出来ない。それならこうしよう。ああしよう。変化しながら、犬の救助だけは続ける。今も救助を続けている。こうした組織は10グループぐらいあるそうだ。先日行政にその現状を訪ねてみたが、良く把握しているようでもなかった。何もせず、きれいごとを並べて、上手に莫大な募金を集めた、動物愛護団体もあるそうだ。

現状では、里親に出す犬や猫のお世話ではないだろうか。タッズさんはやたらな人にお渡しする人ではないので、なかなか減らない。子猫や、子犬が、沢山いるので、これから飼ってみたいと思われる人は、是非この機会に協力して欲しい。一時預かりもお願いします。まず湘南タッズに訪ねてみてほしい。心打たれるはずである。心洗われるはずである。犬ねこの救助活動には、誹謗中傷は付き物である。怪しげな活動も混在する。ともすればそうした所でためらいがあるかもしれない。どこのどういう団体に協力したら、本当の協力に成るのかが分からない。それでつい、社団法人○○協会のような、いかにも公的な所がいいと思いがちだ。ところが日本赤十字社への募金がまだ被災者に行き渡らないように、協会の経費に成ってしまったのかと見えるような結果に成りがちである。タッズさんの行っているUKCJapanが信頼できる活動であることは、長い付き合いで確信できます。是非とも協力して下さい。
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「エネルギーの自給自足を考えよう」2

2011-08-22 04:07:12 | 自給
2日目の講義は昨日に続き古屋氏の「行政政策イノベーション」45分。自然エネルギー政策の世界での方向。特にドイツの政策。日本の政策の問題点。固定価格買い取り制の導入の意味。今後の課題。次に山下紀明氏による「地方自治体の自然エネルギー政策」成功させるための方法論。自然エネルギービジネスのコンサルティングの様相。行政の市長、部長、担当の3人が理解していなければ実現しない。これは同感。小田原の弱点を明確にすることが重要とのこと。小田原の弱点メモ。1、行動力にかける。2、泥をかぶるタイプの人が少ない。3、きれいごとになりがち。4、行政の長期計画が曖昧。5、結果に対する評価が行われない。ついでに長所メモ1、参加者意識が高い。2、多様性がある。3、都市近郊である。4、知的レベル平均が高い。5、他所者を受け入れる気風。山下氏の話は参考にはなったが、産業としての自然エネルギーと割り切る点が矛盾。エネルギー消費全体を削減するという方向とずれる。市民一般の暮らしからの意識改革の必要性。自然エネルギーでも段ボールコンポスト的活動が必要。

目玉的事業の立ち上げと、基礎データーの充実。小田原の自然エネルギーの潜在能力の基礎研究がまだない。まず今後の展開には、地道な研究が必要。費用も必要となる。誰の役割か。マイクロ水力発電を考える必要があるとするならば。小田原での水資源全体の基礎資料を作ること。年間雨量に始まり、細かな河川、水路の調査が必要。山の状態。河川の状態。下水道との関連。水質の状態。田んぼの面積と状態。水に関する出来得る限りの資料の収集を行う。法律的位置づけも細かく調査をする必要がある。風力についても同様のデーターの収集が必要。どの場所で、どういう施設で、どんな費用で、どの程度の発電量の可能性があるのか。太陽光について言えば、設置できる屋根のある公共施設、公民館等全体の資料が必要。又、市全体の屋根に設置した場合、どのくらいの発電量になるのか。このあたりは簡単か。地熱については、箱根の温泉の調査をする必要がある。

エネルギーの自給を考え、10年前から個人としては太陽光発電を行っている。エネルギーの全体量をほぼ自給してきた。屋根がある所には必ず太陽光発電を付けることは可能である。経済性の問題で、利用者にとって安く出来るならかなりの数普及する。その仕組みが作れるかどうかである。無料とはいかないまでも、どこまで安く出来るかである。これから電気料金は上昇になる可能性が高い。充分太陽光発電電力が採算的にも可能になる。初期導入のファンドを作るにしろ、行政が推進するにしろ、経済の計算の問題だから、簡単に分かることである。多様に進めて行くことが現実的。むしろ小田原で考えたいのは、林業との連携。「金次郎計画」である。山に芝刈りに行く。小田原の山の再生とエネルギー自給計画をうまくつなげることである。金次郎と魚付き林で行ったらどうだろう。

目玉としての金次郎計画。江戸時代の自給エネルギーは薪や炭である。この現代版として、山の整備と併せてチップにして、ボイラーで利用する。企業や家庭と協力してチップボイラーの導入を計る。企業、家庭はボイラーを負担。ファンドでチップ化の工場の建設。チップを小田原で回るエネルギーに位置付ける。林業の再生。魚付き林としての森林再生。エネルギー自給としての循環。1、この組み合わせを小田原金次郎計画として打ち出す。2、企業、行政、協力市民でファンド会社を作る。3、チップ工場を株式会社として設立。4、チップボイラーを導入する企業を見つける。5、家庭導入プランを立て、募集をする。6、基礎研究を行う組織を作り、次の段階の大きな自給の可能性を探る研究所を作る。
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「エネルギーの自給自足を考えよう」1

2011-08-21 04:44:34 | 環境関連
小田原市まちづくり学校の第1講座として「エネルギーの自給自足を考えよう」が開催された。3回のシリーズである。昨日は第1回があった。今日は第2回がある。環境エネルギー政策研究所から2人の講師が見えて話をされた。満員になるかと思っていたが、意外に集まりは悪く、市民は20人位ではなかったか。市役所の職員が結構いた。まずは松原弘直氏が「地域主体の自然エネルギー事業への取り組み」~日本国内の事例紹介~と言うことで45分間早口で話された。そう目新しい紹介があると言うのではなく、ネットでだいたい分かっている話である。「グリン電力証書とグリン熱証書」の話があった。これがとても怪しく聞こえた。こういうやり方は、自給自足の精神とは違うのではないか。もしかすると原子力村と同じ、自然エネルギー村を作ろうと言うような話に聞こえた。この点は今後の展開でも要注意。

CO2の排出権取引と似たようなものらしい。自分がやれないので、開発途上国から削減したと言う権利を買い取る。それで帳尻を合わせようと言うような考えに似ている。自給自足の思想とは違う。まず、いろいろ教わるのは良いが、小田原の何のために何を学ぼうとしているのか。講師をお願いして学ぶということは、その目的が明確でなければならない。個人的な観点では、自分の暮らしを自給自足にするのが第一義の目的。その為の手法を知りたい。次の段階で、ご近所で共有する方が合理的なものがあるのか。この辺を考える。まず暮らしを自給自足に変える思想が、明確にされていない限り、自然エネルギーも新資本主義経済に飲み込まれる。エコマークのように、大企業の商品にグリン証書が張られて、それがステータスのようになって顧客に気分良く買われる。これは気持ち悪い社会だと思う。私も地球の為に良いことをやっています。こんな考えが蔓延することはまずい。理屈では合理性があるのは分からないでもないが、人間が変わるということが無ければだめだ。

次が古屋将太氏の講義「地域のエネルギー事業をどう作るか:海外事例」デンマーク・サムソ島の事例。これは以前、NHKが丁寧な取材をして放映していた。民放でも何社か現地取材をしていた。あの頃、COP15でデンマークの取材番組が流行していた。スウェーデン・マルメとストックホルムハンマビ―地区の話。事例としてはありそうな話ぐらいで、参考になるのかどうかも分からなかった。余りに小田原の状況と違う。果たして小田原にとって参考にすべき先進事例なのかどうか。古屋氏は話慣れていないだけで、実は内容は深いと感じた。今後に期待。抽象論、観念論としての自給の思想を聞いてみたい。自給の方角が明確にならない限り、小田原市行政がかかわるエネルギーの自給自足は、矛盾が生じる。矛盾は良いのだが、行政のかかわり方が人によって揺れることになる。かかわる市民は、翻弄されることになりかねない。

もっとも小さくもっともローテクなものとして、段ボールコンポストのことが少し出た。何故このことから小田原市では始めたかである。もちろん小規模地域の手法。中規模地域の手法。そして全体の生ごみの堆肥化。このように検討委員会では、答申している。まず小田原の10%の家庭が、段ボールコンポストに取り組んで見ない限り、街全体が変わるということはないと考えている。生ごみを全体で収集して、メタン発酵させてエネルギーを取り出す。こうした技術的な所から一気に解決しようとしても問題がすり替えられたことになる。本来できる限り生ごみを減らす、出さない暮らしを目指さなければならない。それには、台所と直結した所で生ごみに直面することである。そこから人間自身が変わる。消費的な暮らし全体を変えて行くことになる。それが一定の市民の中に広がらない限り、次の段階に進んでも駄目だろう。小田原方式は、そこに可能性を見出し、実験を進めているところである。
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グリンカーテン

2011-08-21 04:42:52 | Peace Cafe

小田原市のグリンカーテン事業で配られたツルレイシである。この夏は、食べたいだけ収穫した。通称ゴウヤと呼ばれることが多い。その味の通りニガウリという名前もある。沖縄野菜と言うことで、近年一気に広まった野菜。沖縄ブームがあって、この野菜も夏の定番野菜になってきた。暑い時にあの苦さが良い。自給野菜としては、夏場作りやすい野菜と言うことで、家庭菜園では普通に作られている。この野菜がこのまま常備野菜として定着するのかどうかは興味深い。日本では世界中の食文化が抵抗無く受け入れられていると、一般的に言われているが、鎮江市の青物市場に行って、その野菜の種類の多さに驚愕する。日本の野菜の数倍、否、10倍近くの野菜の種類があるのではないだろうか。中国人の食材に対するどん欲さは日本人の比ではない。井の中の蛙で、日本食自慢の日本人を良く表していると思う。案外に、10年もしたら、ゴウヤも消えて行くのかもしれない。それは、香辛料の問題がある。日本料理は香辛料が少ない。そのものの味を尊重する食文化なのだろう。



こちらは薄いブルーの涼しげな朝顔である。苗を2本買ってきて植えたものである。昼間に写真を取ったので花は最盛期ではない。朝顔こそ、日本の江戸文化を良く表している。朝顔の園芸趣味の世界は実は奥深いものがある。朝顔は遣唐使によって日本に漢方薬として渡来した、薬草である。「牽牛子」(けんごし)と言うのだそうだ。牛と交換するぐらいの薬効と言う所か。お婆さんが蜂に刺された時、朝顔の葉を揉んで貼り付けてくれた記憶がある。朝顔は江戸時代の庶民がこりに凝って、世界の園芸界でも類を見ない展開をすることに成る。江戸と熊本で流行するのだが、肥後チャボを考えると面白い共通項に成る。素晴らしい変わり花は結実しない。たとえば、花弁が分かれる牡丹咲の場合、遺伝子を隠し持った親(親木)を見付け、その種子を蒔いて出物を得る。采咲(さいざき)牡丹を作ろうとすると、采咲に牡丹咲を掛け合せる。この采咲も種子がとれないので、采咲の親木を見付ける。種子には可能性があるだけで、栽培法と選抜法で作り出す。チャボの交配と似ている。

黒とか黄色の朝顔など見たこともないが、江戸時代にはあったとされている。技術が絶えてしまい現代人の能力では再現が出来ないと言うのも、日本鶏の世界と同じである。園芸では、ヨーロッパの交配法とは違う独自の手法を発見した江戸時代の庶民。チャボや金魚も同様であるが、閉鎖的な社会とされているが、意外な自由な精神の表れがある。それは農業の工夫でも同じで、江戸時代の稲作文化は、世界の農法の極致であった。朝顔の花としての多様な展開。中国より日本で起こったというあたりが、日本の文化特徴を見ることに成る。中国で生まれた稲作が、日本に伝わり、循環型の完成された農法に育まれる。しかも今なお工夫が絶えず行われている、奥の深さと不思議。

今年流行のグリンカーテンも江戸時代の庶民文化に起源をもつ。江戸時代の緑のカーテンは本当に上から下げられるカーテンで、軒先から吊るす物が主流である。朝顔も軒からしだれる作り方がある。あんどん造りの鉢物を軒から吊るすという形もある。狭い長屋暮しの庶民が、暑い夏をいかに過ごすかの工夫である。鈴虫籠を吊るしたり、軒忍を吊るしたり、涼しさの演出。庶民の軒先文化。江戸時代と比べて現代はまだまだ見劣りする。小さな縁側下に置かれたような箱で、飼われていたチャボ。これが卵や肉目的に特化されなかった所が、実に余裕の文化である。現代の世知辛さから思うとどちらが豊かな世界なのか、考えてしまう。軒しのぶやイワヒバ趣味は今もあるが、いかにも風流で、江戸的に見える。こういうものに子供の頃はまってしまい、節刀ヶ岳の方まで取りに出掛けたのである。

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狩猟免許試験体験記

2011-08-20 04:04:53 | 地域
早くも田んぼにはイノシシが来ている。1日も早く狩猟免許を取らなくてはならない。狩猟免許取得には分かりにくい所もあるので整理しておく。農協の運営委員会でイノシシの罠猟免許のことを、農業委員の石綿さんから説明があったのは、昨年の秋ことだった。年が明けたらば試験があるということだったので、是非受けたいとお願いしていた。その後、穂田さんが試験を受けに行くと言うので、なんでそんなに早いのかと思い、農協に電話してみると、農協では講習を受けてから試験の手順なので、それを待ってほしいということだった。穂田さんの方は講習も受けないで合格してしまい。自分で出来るよと言うことだった。農協にお願いして待っていたら、手順悪く一回目の申し込みを逃してしまった。猟友会開催の講習会は厚木で行われた。この費用は6000円だが、農協で負担してくれた。しかし、厚木開催なので、交通費2000円で一日仕事。

試験の申し込みは県の環境課で直接行う。1週間の申し込み期間があって、これを1回逃したのだ。費用は6000円。これは一度4200円で払って済んだと思っていたら、電話があって間違いだったと言うのでもう一度払いに行った。申し込みには医師の診断書が必要で、病院には縁がないので要領が分からない。小さい暇そうなところを見つけて入って、聞いてみる。保険証がいると言われるが。狩猟免許用だから保険は良いだろうと無理にお願いする。形式的問診の上、3000円で書いてくれる。写真はスーパーの証明写真700円。試験会場は横浜の駅のそばの県民センター。ヨドバシカメラの裏。朝6時に出掛けた。早めに行って、向こうで勉強しようという作戦。ここまでの勉強は、講習会で一日。後は前日図書館で4時間。横浜までの電車の中で1時間。試験会場そばのドトールで1時間30分。合計10時間ぐらいだろう。結果には、100%の自信がある。

試験の内容は、講習会の説明が実に曖昧で、罠試験も銃の試験も混ぜこぜになる。罠なら罠試験に出る内容を確認の必要がある。法規や登録についてはこまごま出題があった。講習会では鳥のことも出るような説明をするが、罠試験には出ない。罠で鳥は取ってはいけないのだから当然。銃の取り扱いまで説明を受けるので混乱する。まず午前中に筆記試験がある。30問出る。90分試験だが、20分位でだいたいの人が終わる。30分して退出時間が来るとどんどん出て行く。60分まで4回見直して、完璧にした上で、もうやることはないという位確認をして、退出。100人位いたようだったが、もう1人しかいなかった。午後は筆記試験を合格した者だけが、第2部の試験を受ける。まず、6名ずつ座って、絵を見て狩猟獣の判定を5秒でする問題が16問、カラーの絵だ。私は一番前の席だったので、次の絵も見えており有利だった。写真でも白黒の絵でもない。印象が違うので注意。狩猟獣は名前も書く(オス)とか正確に。違うものは×印。次が別室で罠の器具の違法判定。6種類あり、3種が違法器具。3種が使えるもの。これは簡単。最後が罠の設置。これが若干戸惑う。練習の必要あり。これが31点とかでこれが出来ないと。ここまで完璧でも水泡に帰す。それでもどんなに時間をかけてやっても、設定が出来れば10点にはなるので諦めない。

何とか終わって思うのは、イノシシに対決するにはお金と時間がかかるということだ。農家が自分の畑に出て来るイノシシを捕まえるのに、何故こんなおかしなことになるのか。この後登録と言うことに又費用がかかるらしい。そして、その後は3年ごとの更新である。多分これにも費用がいるのだろう。今獣害で困って、止めてしまう畑が結構ある。これではいけないと思い、覚悟して取りに行くことにした。まさかお金がかかるなど、思ってもいなかった。ハンターが趣味で猟をするのにお金がかかるのは仕方がないだろうが、農家が防衛のための害獣駆除に、何日もの時間と、何万円ものお金がかかるのでは畑を止める方を選ぶだろう。農家が罠の免許を取るのは、自分の為だけではない。地域の農業がこのままでは守れないと思うからだ。農水省で受験に補助すべきだ。結果は9月2日に発表。その日に結果は出せないのだろうか。イノシシが田んぼを荒らしそうで心配だ。
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食料自給率

2011-08-19 04:21:51 | 自給
農林水産省は11日、2010年度の食料自給率(カロリーベース)が前年度を1ポイント下回る39%になったと発表した。2年連続の下落で、4年ぶりの40%割れとなった。自給率は計算がおかしいという意見がある。70%が69%になったのでもいい。農業従事者の減少が問題と考えている。日本の農業がこのままでは終わりになるだろう危機感である。現政権の民主党の農家の戸別補償政策が、悪い方角である。選挙目当ての政策で、さらに農業が衰退する。それは自給率低下にも表れていると言うことを、確認したい。農家の戸別補償で農業を継続する人が増加することはないだろう。ほとんどの農家がこれは一時しのぎにすぎないと、考えている。さらに問題は、戸別補償があるから、農業の道に進もうという若者が出てくるとは思えない点である。新しい人が始めることが出来ない産業が衰退するのは、自然なことである。

戸別補償は80過ぎても農業を続けていて、もう止めようかと思う人がもう一年続けるには、効果があるかもしれない。あるいは、65で定年になって、家の農業をやろうかと思う人には、効果があるかもしれない。つまり既得権が対象の政策である。政府は、若者が農業を始められる政策を作る。先細りの農家の既得権を守っているだけでは、日本農業は終わる。その証拠がこの2年の自給率の低下に表れているということである。その鹿野農水大臣が総裁選挙に出ると言うのだから、もう情けないの極みだ。この大震災に対し、東北農業の大展望を主張しても良い立場だ。何の発言もない。それだけではない、後手後手の放射能対策。農水の担当の想定外発言。何か悪意でもあるのかと思いたくなる無能ぶりではないか。官僚も大臣も、日本農業に真剣に取り組んでいるとは思えない。こういう農水大臣が総理大臣になったならば、TPPには前言を翻し、たちどころに加盟するだろう。

第3の農地改革として、農地所有は個人所有を止めることだ。やりたいと考えるものが、思い切って農業を始められる制度を作ることだ。新規参入を推進するという意味で、企業の進出を阻止するというのも馬鹿げている。企業に取り組んでもらう部分と、個人の小さい農業を保証するということは矛盾しない。農業の混在を避けることだ。都市近郊部分の農業の方角と、北海道の農業の方角は全く異なる。それぞれに異なる政策が必要なはずだ。現状で企業の農地所有を認めることになると、農業生産とは違う思惑が動き始めると言うことはわかる。農地は国有化して、耕作者に耕作目的の使用許可を出す。これで企業が取り組んでくれるなら、公明正大にお願いすべきだ。企業が農業参入の自由化を求めているのは、農地を資産として所有し、税金対策にしたいという思惑が、見え隠れする。

都市計画道路のように、農地に対し大きな計画を立てる所から始める。そして5年、10年と耕作しない農地は、耕作権が公共のものとなって移行して行く政策。所有権と耕作権との分離。公共は耕作を行うものに貸し出す。この公共とは「むら」と言うような組織ではないだろうか。この「むら」組織の再構成こそ急務である。地域が形骸化したり、空洞化したり、内容の変化に追いついていなかったり、人そのものが失われたり、地域という「むら」が存在できなくなり始めている。この再生を含めて、農地の管理を「むら」が行う。そのことで地域と言うものが、再生できるきっかけにしてゆく。その為には、もう一度地域に暮らすという意味を、日本全体で再確認しなければならない。経済が地域から離れた現状を踏まえたうえで、地域に生きるという意味を見つける必要がある。
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月光を描く

2011-08-18 02:38:13 | 水彩画
久しぶりに絵を描いている。3月11日以来全く描く気持ちが湧いてこなかった。このまま筆をとらないでも別段いいと思っていたのだが、5ヶ月たって描いてみたいものが出てきた。月光である。突然、心に沁み入ってくるものがあった。西湘バイパスを小田原に向かって走っている時、満月の明るい月が、海原を照らしていた。不思議な明るさと、暗さが同居している。惹きつけられて、サービスエリアでしばらく海を眺めていた。あの光は、反射光なんだと思った。何の脈略もないのだが。印象派が外光を絵画に取り入れることで、自己表現を獲得したとしたら。あの月光は、異なる世界の内なる光なのかもしれない。この取り残されたような自分の気持ちを反映するものがあるのかもしれないと思った。鍋島紀雄氏の夜の海の繪を思い出した。月に輝くあの異様な、気味悪い夜の海である。絵の善悪を越えた止むにやまれぬ思いだけの繪。

描かれた風景がある時現実の風景以上に、見たことのある風景として眼前に現れることがある。例えば有名な絵では、岸田劉生の切り通しの風景である。似たような場所を見たことはある。しかしここに描かれた場所以上に現実として思い浮かぶことはない。あの鍋島氏の夜の海も、似たような海は何度も見たと思うのだが、あの絵の夜の海ほどに現実として思い浮かぶことはない。何か脳の回路の中で、現実以上の現実として定着してしまう絵画。ボナールの庭の風景もそうだ。あの光のまばゆさはあの絵の中以上に明確に浮かぶことがない。絵があらゆるものを捨てていて、大切な所だけを抜き出しているからなのだろう。しかし、そう言う絵だからすべてが現実として記憶されてしまうかと言えばそうでもない。ある特定な絵なのだ。たぶん人の記憶の中で、印象深い似た場所があるような感じである。切り通しを通るたびに、ああ劉生の・・・と言う感じがしてしまい、記憶が強化されていく。

それが素晴らしい絵だと言う訳ではない。あの感じは何なのだろう。夜の海に月の明かりが映えて当たっていると、どうして鍋島紀雄氏の絵にになってしまうのか。あの絵を見たのは吉井画廊だったろうか。梅野画廊だったのだろうか。それすら定かではない。見た時にも良い絵画だと思った訳でもない。にもかかわらず夜の海を見ると鮮明に、ちょとやり過ぎで汚ならしいと思った筆遣いのようなものまで表れてしまう。私がそう言うものを描きたいと考えている訳ではない。どちらかと言えば、坂本繁二郎の月の繪の方が好きだ。それでもああいうものと自分は違うという意識がある。何故だか子供の頃、坂本繁二郎は大人気で私もパステルで真似て見たことがあった位だ。今はどうだろうか。若い人なら知らない人になったのかもしれない。

4枚の絵を描いている。2枚が月光の海の繪。2枚が月光の畑の絵である。美しくは見えない世界をかろうじて、月の光が描く気持ちにさせてくれている。別段いい絵を描こうと思う訳でもない。ただ3月11日以降の目に映ったものを、描きとめておく気持ちに初めてなった。何故早春の美しい景色が美しく見えなくなったかである。目に映るとは、意識がそう見えさせているということである。意識が変われば同じには見えない。見えているものを、見えている真実を描きとめるのが絵だ考えてきたのだが、私がやってきたことは何と浅はかなことであったのか、思い知る。美しいというものの意味の奥行きに至っていない。絵と言うものの大半はいらないものであったのかということである。描きとめてみたいと思う世界が、ますます描き止めがたい世界になってしまったようだ。
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