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2010年 船原田んぼ

2010-08-31 04:10:57 | 稲作
履歴:2007年より耕作を開始。2005年より耕作をしていなかった田んぼ。それ以前は慣行農法で耕作、そもそもは、江戸時代初期より以前に開かれた田んぼである。隣に、万治年間に作られたため池がある。3枚に分かれていて、上段:7畝、中段:8畝。下段:1反の2反5畝である。関東大震災で大きく崩壊し、棚田の石垣は積みなおされている。菜の花を栽培して、田んぼを始める。耕作の条件は棚田で、日照は比較的あるが、陽が沈む時間は早い。近隣を含め一時は周囲の田んぼがミカンの畑になったが、ここは田んぼの耕作が続いた。土壌は山土の客土が道路工事に伴い、10年前に行われた。粘土分はかなり少ない。縦浸透が大きく、減水深は200ミリを超す。これは年々改善の方向にある。

栽培:抑草の特徴は、ソバカスの田植え直後から一カ月まくことと、深水管理。栽培品種は最初は「あきにしき」2009年より「さとじまん」自家採取。苗作りは300穴のセルトレーに播種し、田んぼでの苗代作り。藁は持ち出し、冬季は緑肥作物を栽培、ここ2年はクリムソンクローバーの播種。毎年養鶏場の堆肥化した床材を一反あたり、300キロ入れる。2010になって、下段は無肥料で行う。

環境:久野川の扇頂部にあたり、川の南側の丘陵にある。水の取り入れ口は、船原集落より1キロ上部である。それよりさらに上流部2キロに13戸の和留沢集落が存在する。水路には家庭排水が、5軒分くらいは流入している可能性がある。よその田んぼの排水はほぼ入らない。水温は入水温度で初期15度に始まり、一番高くなる時期の昼間で21度である。生き物は豊かなほうで、イノシシ、すずめの害はある。

収量:2007年1152キロ  2008年1048キロ  2009年1125キロ

2010年耕作日誌
3月22日   浸種。もみ洗い。もみ洗いなど2時間
4月9日   田んぼ鶏糞まき 田んぼ鶏糞撒き1時間
4月10日   苗代作り苗代整備、2時間
4月17日   セルトレー288穴種蒔き。このころ天候不順、凍害あり。種蒔き4時間30分、苗床1時間30分 
5月6日   直播の実験。失敗に終わる。水がたまらないことが問題。田んぼ鶏糞撒き1時間
6月9日   クリムソンクローバーの種取り。
6月10日   苗採り
6月12日   代掻き、線引
6月13日   田植え
6月21日~7月5日まで  田車縦横を一回行う。転がし17時間
7月3日   さなぶり  
7月8日~28日  田の草取りをおこなう。こなぎが目立つ。合計17時間
8月16日  出穂例年より、5日早い。
8月23日  穂ぞろい
8月30日  案山子を立てる。 
10月10日辺りで、稲刈り。ハザ掛け。

総括:長くアキニシキを栽培していた。しかし、だんだん自家採取しているうちに交雑が進んで、登熟期に乱れが生じた。所が神奈川県の奨励品種からはとうに外れていて、種もみが無い。そこで、埼玉県から種もみを分けていただいて更新してみたが、どうも気に入らない結果だった。そこで、神奈川県があたらしく「さとじまん」という品種を奨励品種にしたということだから、思い切って変えて見た。何故そんな思い切ったことをしたかというと、私の尊敬している稲作農家の、加藤欣三さんと鍵和田喜作さんが、さとじまんの種もみを県から頼まれて作っていて、とても評価をしていたからだ。まだそのころは農林○号というような名前だった。神奈川県が思い切ってこの品種を奨励品種にしたのは、まつりばれの失敗があったからだと思う。きぬひかりがわせで、中手で何かというので、まだどこの県も取り上げないうちに思い切って、取り上げた。農総研のOさんあたりの英断だったのではないか。

アキニシキは特にそうだったのだが、自然栽培向きの品種だ。いわゆる肥料で作るお米でない。また、少し山間地の棚田のような、水持ちの悪い、水温の低い田んぼに向いている。勝手にそう結論した訳でなく、足柄平野のあちこちで作った結果だ。それで、今度のさとじまんもお二人の話から、そういう肥料でとらないお米のような気がしたのだ。まだ三年目だが、とても作りやすい。最後の粒張りがいい。分ゲツはなかなか取れないのだが、ともかく穂がいい。大きいし130粒が普通だ。その上味がいい。味がいいは勝手な思い込みだが、無肥料に向いている味だと思う。初期分ゲツを増やす算段は今後の課題となる。

昨日の自給作業:案山子を立てる1時間 大豆草取り:2時間 累計時間:14時間
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民主党総裁選挙

2010-08-30 03:49:58 | Peace Cafe
民主党内の総裁選ではあるが、総理大臣を選ぶ選挙でもある。報道の政局がらみの話が詰まらないから、見ないようにしてきた。一体権力闘争の興味以外に、報道も政治家も日本をこんな国にしたいという具体的な展望を持っているのだろうか。今のところ、管氏も小沢氏もそうした方角は示していない。あるとしたら、衆議院選挙の時のマニュフェストが小沢氏の主張。参議院選挙の時のマニュフェストが、管氏の主張。確かにこれは一つの主張ではあるが、経済について言えば、今の事態とはすでにだいぶ違う。農業についてもすでに状況が違う。まして、マニュフェストの背景になる、この国の大きな枠組みについては聞いたことがない。選挙に勝つためのサービス合戦のようなマニュフェストの様相で、誰もが喜ぶようなことばかり並べたてられている。不都合なことも聞きたい。たとえば、消費税である。これを上げると言ったら選挙に負けた。こういう間違った分析が定着している。特に、小沢陣営では強くこれを主張する。

民主党が負けたというのも、おかしな分析で、自民党より得票は多かった。参議院選挙で民主が勝てなかったのは、普天間基地移転での鳩山氏の無能ぶりが際立ったからだ。アメリカと何の外交交渉も出来ない姿に、国民が失望をした。沖縄差別固定化に対する怒りが、国内にも渦巻いた。これをごまかそうと持ち出したのが、消費税である。困った時の憲法論議というのがある。政策の失敗や、政権党から汚職議員が出た時に、9条改定を持ち出す手法。消費税論議で「日米安保は何か。」という本来なら、参議院選で十分に議論すべき問題を見えなくしてしまった。今季で辞めるはずの鳩山前総理が、小沢氏を持ち上げてしゃしゃり出ている厚顔無恥。辞めた総理が権力闘争に一枚かむのでは話が違う。

鳩山氏が能天気で、「普天間基地は国外、せめて県外。」こう断言したことには、何の根拠も無かったのだ。この根拠ない様々な主張で選挙に勝った。農家の戸別補償がどういう流れで、日本の農業を良い方向にかじを切れると言うのか。具体的な段階を時系列で示してもらいたい。若い新規就農者が増えて来るような流れが、戸別補償のどの段階で起こるのか。どう考えてもそういうことはより起こりにくくなっている。戸別補償は既存農家の保護政策だ。新規就農者は補償を受ける可能性は極めて低い。補償を受けるような、低額の農産物を作っていたのでは、生活できないからだ。付加価値を付けて、工夫をして販売して、生計を立てようとしている。涙ぐましいそこまでの努力に対して、何もしない農家に補助金を付けて競争力を高めるから、いよいよ新規就農者は苦しくなる。つい長くなるが、北海道の大豆や小麦など、様々な補助金がついて生産される。だから、生産物はとても安く販売される。その為に新規就農者が大豆や小麦を作ることとても難しい。

本論に戻って、管小沢両氏には、この国の骨格を論議してもらいたい。細かなサービスはいい。どんな国したいのか。国民にできるだけわかりやすく、説明してもらいたい。それが民主党の政権党としての説明責任のはずだ。現状では小沢氏の昔の主張がなんとなく残っている。管氏については全く何もない。大臣になって以来、発言は控えているようだ。そばで鳩山山氏の失敗を見ていたから、唇寒し、官僚の書いたものを読む範囲にとどめている。何のために政治家になったのか、初心を思い出してもらいたい。市民運動から出てきたときの志が、やるなら今しかない。小沢氏に負けないためには、若いころの志を思いだして、国民にぶつけることだ。今のまま終わったのでは、頭を丸めて又お遍路に出るぐらいだ。小沢氏の力量は高くは言われている。この危機を乗り越えてくれるかも。そうも見える。しかし、その具体的な道筋を、希望を具体的には示したことがない。小沢氏の得意は、お金集めと選挙というような気もしないでもない。

蛇足
30日になって、小沢氏の不出馬に向けて、管氏と鳩山氏が声明を出した。トロイカ体制などと、まったく寝ぼけた話である。何とも情けない状況。だから、この話はもう少し無視していればよかった。小沢氏は馬鹿にされたのだ。ここでこそ怒るべきだ。
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日韓小学生ベーゴマ対決

2010-08-29 04:04:49 | 身辺雑記
あまりに懐かしい話だ。現代風ベーゴマ「メタルファイト ベイブレード」のアジア選手権大会が22日、ソウルで開かれ、日本、韓国、香港の代表が対決した。ベーゴマに明け暮れていた子供時代がある。あの時期があったから、賭博嫌いになったと思っている。そのころ住んでいたあたりには、4か所の、ベーゴマの場が、土俵が開かれていた。そこでは私は間違いなく顔であった。圧倒的に強くて、誰も私が現れると良い有名なベイゴマは出さなかったぐらいだ。近隣での王者ベイゴマは『透明』というコマであった。当時の透明人間という映画から来たのだろう。ベイゴマは、削られ、磨かれ、油につけ込まれて、黒光りをしていた。それそれが工夫をして、削り、磨き、角度を変え、作り出したものである。変則的なコマとしては、ガリ専門の高くたった独特のもので、上部に重しの鉛を厚くつけたものもあった。コマの強弱にこだわる、ガリ禁止の土俵が多くあった。土俵は、ゴムがっぱを、自転車のゴム紐を使って、パンパンに木樽に蒔き付け、後から水をつけながら良い角度をつけたものである。

何が懐かしいかと言って、日韓対決である。私の子供のころ強いベイゴマを持っているのは、朝鮮人のクズ鉄を扱う家の子供だった。もっぱら、廃品回収で集めたのだろうと言っていた。近隣の土俵では、圧倒的に強く名が知れて、誰も私と闘わなくなったので、だんだん朝鮮人部落の土俵に遠征するようになったのだ。私は腕力的にはひ弱な子供だった。朝鮮部落に近付くのは恐ろしかったが、透明という、無敵のベイゴマを戦わないまでも一目見たくて、出かけて行った。その前に私の作ったこまがなぜそれほど強いかというとことを説明しなければならない。必死に腕を磨いた工作技術もあった。設計図の製図までしたのだ。が、姑息に頭を使ったのだ。比重が重く、固い鉄であれば強い。それで、ステンレスのボールベアリングから、磨きだすことにしたのだ。直径3、5センチほどのそれは固い鉄のボールを手に入れて、鉄ノコを使って切った。1カ月かけて半分にした。そしてグラインダーで、6角形に角を入れて行き、徐々にベイゴマの形を作り上げた。ゆうに3カ月はかかった。そして焼入れまでした。目論見通り、どのコマも相手にもならなかった。

そこの土俵も、ガリ禁止のルールは同じだった。恐る恐る入れてもらった。強いものはまずは出さない。小手調べである。大きな金属の箱1っぱい持っているのだから、向こうからしたらいいカモである。まずは投資で、弱いものでさんざん負ける。1カ月ほどかけ仲間になったころから、徐々に強いコマを出して、取り返し始める。いよいよ向こうも本気を出し始めたので、2番目に強いコマを出してみた。あっさりとその時の向こうの一番強いコマをとってしまった。それを繰り返すうちに、今度来たら、透明をいよいよ使ってもいいということになった。それなら、一本勝負ということで、次には自分も、一番のこまを出そうじゃやないかということで約束をする。次の指定の日の土俵には、2,30人が集まっていた。それほどの注目の中、1番目のコマと透明の戦いをした。確かに強そうである。同時入れにしたが、なにしろ唸りまくっていて、微動だにしない。これが、2回目の接触で遠くに飛ばして、勝ってしまった。そうなると、次は次はと戦いを挑んできた。あくまで1番のコマを出した。そうして、山ほど勝ちまくった。

するとおまえはインチキをしている、すべてのコマを返せ。と突然豹変し脅された。もとより腕力は無いのだから、従うしかない。しかし、ずる賢い子供である。透明だけは勝負したのだから、もらいたい。あとは全部返す。と交渉した。すると透明の所有者は不満だっただろうが、他の者は大賛成で、それでいいとなった。これで勝負に勝ったことだけは証明できる。といさんで帰ってきた。次に行くと、もうここでは土俵を開かないという。どうもコマをおどして取り返したことが、問題になったらしい。その上に、あの透明はニセ透明なのだというのだ。本物の透明を出す訳がないと言われた。その後そばを通るたび、また開かれていないか、とのぞいてみたが、土俵を見かけることは無かった。そうして、ニセ透明も何度かの引っ越しで無くしてしまった。あれが本当にニセだったのかどうかは今となっては分からないが、あの黒光りと傷一つない姿はすごかった。いまでもあの血沸き肉躍る感覚だけは残っている。
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生ごみたい肥の使い方

2010-08-28 04:32:57 | Peace Cafe
「生きごみ堆肥の使い方」
段ボールコンポストは2カ月から3カ月、生ごみ50キロから100キロ程度入れると、基材交換の時期が来ます。4分の3は取り出して、堆肥として利用できます。4分の1は新しい基材と混合します。
1、 取り出した堆肥はすぐにも使えないことはないですが、1か月ほど熟成期間を置くと、より安定した堆肥になります。
2、 取り出した堆肥は乾燥させると、肥料成分が結晶化して効果が出にくくなります。乾かないようにビニール袋に入れて日陰においてください。10日に一回ほど、混ぜてやってください。
3、 畑に入れる場合は、種や苗が直接堆肥に触れないように、深めに土とよくなじませてください。植木鉢やプランターでも同じです。
4、 生ごみ堆肥の使用量は、土と半々程度まで可能ですが、4分の1程度が病害虫のことなど勘案すると安全です。
5、 今年度中に正確な分析を行い、肥料成分の分析や安全性の確認を行う予定です。


先日、基材交換に見えた方たちにお配りした文章です。もう少し内容があるように、説明を書いて置きたいと思う。段ボールコンポストは、普通に管理すると、100キロぐらいの生ごみを入れた段階で、生ごみの分解力が落ちてきます。これは、ミネラル分の蓄積がおこり、微生物の活動が弱ってきた徴候であると考えられる。その他にも原因は考えられる。たとえば、基材の中で空間の目ずまりが起きる。木くずの中にある小さな空洞が、微生物の住処であったのだが、これが徐々に詰まってきて、微生物が暮らしにくくなる。多分複合的理由が重なり、段ボールコンポストは、熱を出さなくなる。これが基材交換の時期である。状態の説明をしたいのだが、これは難しい。「だまが出来てくる。」「べとついてくる。」「光ってくる。粘ってくる。」「重くなってくる。」そうして熱が出にくくなってくる。

交換は全部を取り換えるのもいいが、10%を出して、新しい基材を出した分10%だけ入れるというのでもいい。正確に書けば、生ゴミでだんだん増えているので、30%だして、20%新しい基材を入れる。それで十分に活動を再開してくれる。つまり、2か月ぐらい生ごみを入れたら、後は必要な時に必要な分をたい肥として、取り出して使うのでも構わない。しかし、昨日入れた生ごみも混ざっているのだから、しばらく熟成する必要がある。取り出して、寝かせる感じである。1週間から10日ぐらいの感覚で撹拌してやれば、より確実である。だんだん熱も冷めてくる。1カ月寝かせれば、充分である。熟成で寝かせておくときには、乾かさないほうがいい。たい肥は乾燥しすぎると、肥料成分が結晶化して植物が利用しにくい状態になるらしい。多分菌根菌のような微生物が、乾燥状態では居なくなるのだろう。日陰でビニール袋に入れておくのがいい。農家でいえば、地面でむしろをかけておくということになる。

出来たたい肥の使い方では、まずたい肥は根に直接触れないほうがいい。種の場合顕著なのだが、発芽には強い肥料成分は邪魔になる作物が多い。無肥料状態が発芽にはいい。たい肥は土と混合して、イメージとしては、深い方が濃度を濃くする。そしてよく土となじます。なじますとはたい肥と土地との境目は段階的濃度にする。根が突然違う環境に入り込むと、障害の原因になる。苗を植え付ける場合も同じことで、土に特別たい肥の塊があると環境的に問題がある。土に対してたい肥は半分以下にする。良く熟成したたい肥であれば多く使えるが、熟成が悪いたい肥の場合は、量を減らし、土の分量を増やす。また、土と混合してすぐ使うのも避けた方がいい。最低でも2,3日置くだけで違う。この場合も混ぜた土が乾かないように何かをかぶせておくこと。丁寧にやるなら、混ぜて軽く水をかけて、1週間置く。

この生ごみたい肥の肥料成分はどうかと言えば、鶏糞と牛フンたい肥の間のようなものだ。それだけを使って野菜が良くできる。不思議なほど、肥料成分が濃縮されている感じだ。全窒素で2から3%ぐらいのものと考えておけばいい。1トン入れて、窒素換算で30キロ。使った感じでは、うちの養鶏場の床と同じくらいの効果を感じる。発酵肥料は化学肥料とは違うので、化学肥料の場合の、反あたり窒素10キロというような数字を、そのままは流用はできない。私がもし、田んぼに入れるとしたら、せいぜい反当たり200キロぐらいだろう。つまり、6キロぐらいの窒素。こうした使い方は、農法によって、農地の状態、農家の考え方で全く違うので、あくまで基準値である。
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新規就農数

2010-08-27 04:21:08 | 地域
2009年度の新規就農者数は6万6820人だったそうだ。1960年に600万戸あった農家は減りつづけ、耕地30アール、農産物販売額50万円以上の「販売農家」は現在175万戸となった。最近はおおよそ6万人ぐらいが、新規に就農はしているが、その半分は60歳以上という。要するに会社を定年になってから、家業の農家を継ぐという人が数字的には可成りを占めている。農家を継いだというか、親がもう80歳を超えて、さすがにきつくなってきて、最低限の管理はせざる得ないというようなところだと思う。農家数は増えることは無く、徐々に減少している。この175万戸の農家は1軒で、100人近くの食料を賄わなくてはならないようになっている。もちろんできないから、自給率が40%ということになる。大体一人がどう頑張っても、20人くらいの食料生産で限界ではないだろうか。米だけ食べてもいられない。大型化、機械化に適合しないものもある。

一番多かった戦後の時代に600戸の農家があった。多分歴史的にも一番農家数が膨らんで、農地も一番広かった時代だろう。舟原でも見渡せる山はすべて、耕されていたそうだ。願いはせめて、今の倍の300万戸ぐらいの農家があればとおもう。なるほど、それで食料自給率80%ということになるのだろう。政府はそうは考えていない。各農家の耕地面積を広げればいいと考えているようだが。60歳超えて農地は広げない。どうすれば若い農家を増やせるかである。100年先のことはわからないが、20年先までは間違いなく若い農家は増えないだろう。そういう社会の姿、というか空気である。この時代では農業は当たり前の職業ではない。やはり若い人で新規就農する人は、独特の人である。少数派の人だ。そこがすごく魅力的で、付き合っていて私などは楽だけど。世間的な人は少ない。その意味でも地域社会の壁はさらに厚く存在する。

そこで期待しなければならないのが、自給的農家を増やすことである。販売しない農家。今1番目の敵にされていいるような、小さな農家である。一人の自給は日々1時間の労働と100坪の土地で出来る。しかも、まったく小さく循環するのだから、機械もいらない。鍬一本で可能だ。何も持ち込まず。何も持ち出さず。その土地の力だけで、充分回して行ける。自分が食べる農作物なら、ひんまがっていようが、傷があろうが構わない。消毒の必要もなくなる。買うものは何も無い。流通コストも無い。健康法の一種と考えれば、医療費の削減にもなる。それでいておいしい。結局うまいは手前味噌である。何より大切なことは、この安心立命観である。豊かな過不足のない暮らしの実現。自給農家が増えれば、自給率も上がるし、地域の環境も維持される。

政府が行わなければならないのは、大都市集中を終わらせること、企業の勤務形態の弾力性。住宅政策の見直し。地域格差の是正。地方分権。そうした流れを作リ出せれば、かなりの人たちが、たぶん10%の人が、それぞれの自給を始める。最近の新規就農者数がいくらか増えたと言うのは、戸別補償が出来たとか、農業政策に展望が見えたからというのではない。団塊の世代が、我が家の農地の管理を始めざる得ないという状況。一時的に減少を減らしているだけである。実態の農家数は、数年先には激減が始まる。耕地面積でみても、戦後のピークの600万ヘクタールから、2008年では463万ヘクタールに減少して、そのまま減り続けている。仕事がなくても、就職が出来なくても、農業をやろうという若者は増えない。「農家に嫁が来ない。」今では嫁などという言葉を使えば、差別主義者であるが。実は農業の未来をよく暗示していた。どうだろう、これから農家になる若い女性はどのくらいいるのだろうか。
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経済の展望

2010-08-26 04:51:42 | Peace Cafe
いまだ景気が低迷しているとか、景気回復にデフレ対策とか、政府の経済政策に期待する声がある。そんな期待をしたところで、まったく意味がない。日本の戦後の経済成長は、今の中国と同じことである。極端に安い労働力と、それなりの工業生産力を持って世界の市場で有利に、立ちまわった。国民の生活水準も今の中国と同じように、月収2万円くらいで何とか生活をした。贅沢などしないで、精一杯の暮らしをして、生活水準の向上に躍起になった。そうして、這い上がるように先進欧米諸国の生活に追いついた。限界点である。欧米諸国がまさにそうである。後進諸国の犠牲の上に、自分たちだけが一段豊かに暮らそうということが、そもそもおかしいのだ。必ず、低賃金で頑張る国が登場して、一定の水準に達する。地球の資源はほぼ今までの先進国が、使いやすいところは、使い切った。これからの競争は一段と厳しい。

そうして、中国やアフリカ諸国が、賃金的にも横並びになる。日本がどこに経済成長をする余地があるというのだろう。今の水準を保つだけで、よほどの努力が必要である。これをさらに景気を良くしろとか、今の状態を不景気と考えること自体が、おかしなことなのだ。あえて今更、何度も何度もこういうことを書くのは、現状を不景気と考えて、対応しようとする政府の愚かさが、事を深刻にすると思われるからだ。国民も現状を把握を早くすること。教育の無償化もいい。子供手当もいい、農家の戸別補償もいい。高速道路の無料化もいい。老人医療の無償化もいい。それなら、税金を上げるしかない。何か今までやってきた政策を止めるしかない。もう政府に全く余裕がない。相変わらず高度成長期の、国債でも大量発行して、貨幣価値が下がれば大もうけだとはいかない。

では日本がだめかと言えば、これほど可能性のある国は少ない。豊かに暮らせる条件は目の前にある。この国土の豊かさである。その気になれば、充分食べるものはある。これだけでもどれだけ幸せな国であるか。あとは、豊かさに対する考え方の方向転換である。人間の豊かさとは、物であふれた豊かさではない。深く人生を味わう豊かさである。同じ花を見ても、どれだけその美しさを深く感じられ、楽しめるか。同じお米を食べても、そのおいしさをどれほど味わうことが出来るのか。知らない様々を知る喜び。人の温かさに触れるうれしさ。安心して暮らせるというのは、必ずしもお金のかかる設備が整うことではない。老後の安心でも、お金があれば買えるというものではない。本来なら、地域でお年寄りを含めて暮らせるような、仕組みがいるのだろう。

方角を変えなければならない。舵を切らなければならない。民主党に舵を変えたつもりが、相も変わらず、古臭い経済成長論理ですべてを解決すると考えているように見える。世界情勢に対する認識の転換がない。これでは、どこまで行っても不足感にさいなまれるだろう。日本人のいまの暮らしで十分である。というところから、考えるべきだ。今の日本をどれほど味会うことが出来るか。そうして配分の平等化を測る。徐々に全体は衰退するだろうが、日本人の能力、条件からしてほどほどのところでは止まることは間違いない。今以上の経済成長と考えないで、どう現状を納めるかと考えなければならない。それは政府がまず考えを変えなければならないのだが、すべての日本人にとっても同じことである。今の条件の中で、どのような豊かな暮らしを目指すか。
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小田原市自治基本条例

2010-08-25 03:51:21 | 地域
小田原市の自治基本条例が、いよいよ具体的な骨子案として現われてきた。27日に最後の検討会が行われる。興味が一番あったのは、行政の役割を条例でどのように位置づけるかである。小田原市では市民との協働ということが言われて来た。市民の負担の増加と、行政の関係。具体的にはどう役割分担をするかが見えない。行政職員がこの点で戸惑っているように見える。権力行政から、市民協働の行政と建前的にはなっている。市職員が先導者になる気がいを持つ。市職員の説明責任。観念的には意味があるようにみえるのだが、条例としての実効的効果はない。これでは、市の職員の個人的力量に期待するしかない。つまり、力量の向上を待つということになるのだろう。もっと具体性のある条例にしなければならない。それは市民の役割、議会の役割、いずれにも言える事で、あっても無くても変わらないような、精神論に止まるようなものなら、作らないほうがまだいい。

「地域活動と市民活動」自治会というものが自治を実践している。と条例では規定している。果たして自治にふさわしい仕組みが機能していると考えたうえで、このような条例になるのだろうか。自治という以上、民主的な運営がなされる必要がある。自治会には規約や、決めごとの仕組みはあるのだろうか。私は見たことはない。慣習的に存在する自治会を、どのような手順で、ここでいう新しい地域の自治を見出してゆくのかを条例で示す必要がある。自治会総連合というものが、議会に対し陳情書を出したことがある。どういう手順で出したのかを質問したところ、中心メンバー数人が、特別な会議も開かず出したということであった。これでは、民主主義とか、自治とかいう重みがない。まして、自治会への加盟数が、急速に減少している実態がある。加盟していない市民の増加に対応し、全員加盟を目指して進むのか、加盟数の減少を方向として受け止めて、それとは違う道筋を模索するのかの、この条例では位置づけが不明確ではないだろうか。

議会について言えば、何も条例では示していないに等しい。議会の役割として、行政の監視と条例の策定。とされているが、議会は市民の代表として、市民を先導する役割が必要である。地方自治ということが言われている。議会の役割は、行政を先導していくものである。行政がどのように運営を行うかを、決定すべきものである。市民自治の根幹をなすべき議会。現在の議会が機能していない。市長は制度的には大統領である。この大統領を監視し、市民の多様な要望をどう反映さして行くか。それだけの力量を備えるべき、議会の政策能力を高める、調査能力。研究機能を備える必要がある。また、市会議員の活動は報告書として、いつでも見れるように公開される必要がある。

市民参加についても、きれいごとの建前になっている。市民が参加する前提として、参加した市民に対する権限の移譲がなければならない。ただ意見を言わせて、おいて現実化しないのであれば、市民参加とは言えない。市民には多様な意見がある。この多様な意見を地域で具体化する過程を、市民が参加しながら学習する機会を作らなければならない。電灯を増やす場所でもいい。どうやって地域では物事を決めるか。このルールを地域の住民自身が作りなおしてゆく必要がある。それには権限を市民に戻すこと。委譲すること。地域には実に様々な問題がある。しかし行政はそれにできるだけ触れないようにしている。利害関係もあるから、下手なことはできないということもある。地域の問題を地域自身が解決できる仕組み作りが、条例に現われなければならない。
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玉子と土といのちと

2010-08-24 04:09:02 | 
「玉子と土といのちと」著者:菅野芳秀氏(創森社1500円)日曜日の夜、小野田さんの呼びかけで、菅野さんの出版記念の集まりが、四季亭であった。山形の長井市から来ていただいたというので、迷惑をかけていなければいいのだがとちょっと心配でもあった。アジア農民交流センターのの関係の集まりを兼ねてということもあったのかと思う。タマネギ畑で涙して―タイ農村ふれあい紀行― 山下惣一氏の出版を機会にできた集まりらしい。らしいという範囲なのは、この会には入っている訳ではないので、あまり詳しくは知らない。以前、山下氏もこのあつまりで小田原まで来てくれた。その機会に、あしがら農の会の若い人も、一緒に交流することが出来た。とても感性の鋭い方で、すぐに農の会の方向性を理解してくれた。分かりにくい農の会をすぐ理解してくれるということは、どこかこのアジア交流センターという組織は、志が通じているようだ。

山下さんは百姓の親父らしい、辛辣なところがあり常に本音である。その点菅野さんはエンターテイナーである。あまり百姓風な人ではない。話はとても面白いし、配慮も生き届いた方だ。長井市でレインボープランを立ち上げた方なのだから、当然、人間の幅も広く柔軟な方のはずだ。誰にもわかりやすい配慮をしてくれる。早速この本を読ませていただいた。いたるところ養鶏農家の暮らし、毎日のだいご味のようなものが詰まっている。農家の面白さがとてもいい。文章も実に分かりやすい。良く良くわかったことを書いているから分かりやすい。菅野さんを知ったのは、現代農業に養鶏法を連載されたとき、質問をした。菅野さんが養鶏に入ったのは、現代農業で中島さんの自然卵養鶏を読んだためらしい。現代農業の橋渡し。菅野さんらしく、新しく始める人への同情心や思いやりがとてもある。養鶏をやる人の、心構えというか覚悟のようなもので、びしっと通っていると感じた。

家に帰ると、自治会長と副自治会長が、私の養鶏場が臭うから、注意してほしいということで見えたという。本当にびっくりした。お二人とも、直接にくさい臭いをかいだ訳ではないらしいかった。そういうことが、あったという苦情が自治会に行ったらしい。私の養鶏場が臭いがするなどちょっと信じられない話だが、臭いというのは、感じる人には感じられることで、個人差は大きい。私が慣れてしまっているということもある。なかったこととはとても言えない。感じる人には、つらいことである。しかし、今の状態の臭いで、困ると言われるなら、もう鶏を飼うことはやれないということだけは間違いがない。それはそれで仕方のないことなのかもしれない。いまのところ原因はわからないのだが、たい肥を畑に蒔いた時の臭いだったのではないか。と想像している。たい肥も作れない、使えないという状態が近付いているのかもしれない。農業の継続はなかなか困難になってきている。

本の中の菅野さんがうらやましいと感じた。大きな農家の方である。昔からの地域の農家の方で、息子さんも後を継いで、いまや中心となって農家をやられているらしい。これなら、鶏も、菅野さんも空を飛ぶことだろう。朝日連峰の麓で悠然と1000羽の鶏と3町歩の田んぼを続けられている姿。当たり前のようなことが、実は奇跡的なことになろうとしている。日本人がどのようにして暮らしてゆくのが、幸せなことなのか、この本には山ほど詰まっている。鶏の幸せと、菅野さんの幸せが一つになっている。その幸せな姿こそ当たり前だった日本人の暮らしにつながっている。循環して行く暮らし。平和に暮らす生き方。読んでほっとした。落ち込んだ気持ちが、支えられる気がした。
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久野で林間学校

2010-08-23 05:00:44 | 地域
昨日一日、小田原植木さんの森で、林間学校のような活動があった。「親子で自然体験を少しワイルドにおこなう。」をコンセプトに夏の一日を一緒に活動した。[美しい久野里地里山協議会]の親子体験教室であった。主催者側含めて50人くらいの人が集まった。親子が15組。小田原植木さんの森は、舟原の集落から少しのぼった久野川沿いにある。大きな大木が、うっそうと茂っていて、森の中はこぼれ陽が届くくらいで、こんなに猛暑が続いているのに暑いことは無い。虫なども心配していたのだが、焚き火を始めたらほとんどいなくなった。朝、ときどき森まで散歩に行くことがある。今は田んぼの水回りで、水源を見に行くので森を通る。管理された森は光が降り注いで美しいものである。大木の力というか、中に居るだけで癒される。例えば風邪ぽい時など、しばらく森を歩いているとすっきりしてしまう。こうした素晴らしい森が、久野に存在することを、多くの人に知ってもらいたい、それが、里地里山の活動の第一の目的である。

午前中は、朝隣の竹林から切り出した竹で、竹細工を行う。竹で食器つくり昼食の食器作り。竹トンボや水鉄砲作り。前回の県の田んぼの活動で、道具が準備してあるので、これは有難かった。私の担当は、料理係。バーべキューをやるということで、材料の調達や準備。竹細工に熱中していて、料理の作業に移る気配も無い。平行してやるということだったが、これはすこし無理があった。料理は里地里山関係者で、進める感じになった。里地里山の皆さんはこうした作業に慣れているので、手分けしてどんどん進めてくれた。責任者の忠さんが言われていたコンセプト、参加者自身が自分のやり方で自主的にやるという方向には進めなかった。各自がワイルドにやるといっても、丸抜きの鶏には手が出なかった。大勢が自主的にやるにはまだ、準備不足だったか。一応は鶏のさばき方は見てもらい、後は任せてと思ったのだが、2組の人は料理に入ったが、他の人は、全く手が出なかった。野菜も様々準備したのだが、意外に食べなかった。人気があったのは焼きトオモロコシ、最後のスイカ割りの西瓜か。

参加者の募集は自治会の回覧板で行ったが、これでは残念ながら、人は集まらなかった。「集まりすぎるので、久野以外には呼び掛けない。」で行くというのが、準備の会議の際の考えであった。久野地域の回覧版の有効度など、集まりの悪い理由の分析が必要なところだと思う。15組の大半が、関係者からの直接の募集に応じた形だったと思う。初めてのことなので、そう言うものなのかもしれない。久野に暮らしているものには、久野の森や川の魅力というものにたいして、今一つ反応が弱いのかもしれない。回を重ねる事で認知度が高まれば、反応も変わってくることもあるだろう。参加した子供たちには、久野の森や川が、新鮮で驚きに満ちているのは、当然のことで、きっと良い思い出になっただろう。

次回は秋に、山につつじを戻す活動を行う。現在、苗木が養成されている。久野川の源流をさかのぼり、登山道には三つ葉つつじや山つつじが咲くようになってもらいたい。箱根の山が植林の山になり、手入れが不足してどうしても荒れてしまう。美しいふるさとの山や川。という意識で眺めるような関係で無くなっている。経済性だけで山を見ていたのでは、美しい山はできない。業として成立しなくなっているのは、農業も林業も同じである。これをどういう形で、市民的に支える仕組みを作るか。行政のかかわりが了解されるのか。地域を愛する心。暮らしている場を大切にする心。こうした思いが育ってゆくような、大人の姿を伝えなくてはならない。子供たちにそうした自然環境の場を提供したい。次の世代にとっての地域というものは、豊かさが失われるだろう。
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シーザー・ミラン『犬の気持ち分かりますか。』

2010-08-22 04:24:27 | 身辺雑記
子供のころから、いつも犬は飼っていた。犬に助けられたこともあるし、犬から学んだことは山ほどある。犬の気持ちは、自分なりに分かるつもりでいる。カリスマ・ドックトレーナー「シーザー・ミラン」のビデオを見て、とても興味深かった。手に負えない問題行動を起こす犬を、立ちどころに従わせてしまう。この方法が面白い。犬が飼い主を支配しているので、飼い主が犬を支配すればいい、という一点に帰着することになる。かわいがりすぎておかしくしてしまった犬に対し、犬自身に支配されているということに気付かす。犬に自分の位置を確認させるという手法だ。これがアメリカの西海岸のセレブに受けているそうだ。つまり、アメリカにもやたら甘やかす飼い主が多いらしい。日本では、だいぶ事情が違うと考える。違う理由で問題行動を起こしている。ここに出てくる犬は、部屋飼いである。日本のように、鎖につないで庭に飼うというようなことではない。日本の問題行動の犬は、動物虐待が原因することが多い。

犬は同志である。「友人であり、仲間だ。」人間がボスでもないし、犬が家来でもない。シザー・ミランの指導法の問題点はここにある。犬が群れで暮らした、かつての野生の姿からの連想で、犬はどの犬でも常にリーダーに取って代わろうとしている。大抵の事例を同じに考えてしまうのは、とても歪んだ見方だ。犬と人間の付き合いは、暮らしの文化としてかつては構築されていたものがあった。助けあう関係。犬が周辺に居る事で、人間の暮らしは成り立ってきた。これはリーダーとか、支配とは違う、適度な距離の良い関係を作るように互いに配慮した結果である。シーザー・ミランが取り上げるアメリカの問題犬は、犬を家族の一人として扱うために起きる問題である。アメリカの人間疎外の穴埋めとしての犬の存在。もちろん日本でも現われている現象ではある。

しかし、日本で一般に行われている犬の訓練というのも、これまた歪んだものだ。警察犬や盲導犬の訓練のような手法を、家庭で飼う犬の訓練に応用する。そんなことで素晴らし犬はできない。確かに訓練所で訓練すれば、飼いやすい都合のいい犬になるだろう。しかし、それでは大切なものが失われている可能性も高い。散歩の時、自分の前に犬を出さない。良く言われる共通の指導目標だ。それしか仕方ないから行われている。半分だと思っている。自由に前に行き、後ろに行き、飼い主をホローするのが犬の役割だった。鳥を追い出したり、獣を追い払ったり、役割を持って共に行動してきた。その付き合い方が、犬と人間の長い時間をかけて構築した文化だ。しかし、人間の暮らしが大きく変わり、愛玩犬というおかしな役割。つなぎっぱなしの番犬とか。人間の都合で、実にゆがめられている。犬は放し飼いが本来である。ゆがめられた現実の中で、都合のいいだけの犬の見方では、犬の素晴らしさは発揮されない。

現代社会の生活環境で、放し飼いをしろとは言えない。しかし、そうして発揮される犬の素晴らしさを、見失えば犬の持っている人間以上の素晴らしさは、発揮されない。人間のわずかな感情、行動、の変化を読み取り、配慮できる犬がいる。気を察することのできる犬。悲しんでいる人間をどのように慰めればいいのか、距離の取り方の正確な犬。起こりうる危機を察して、人間に知らせる犬。信じがたいほどの忍耐力をもって、人間を支える犬。有り余るほどの深い愛情を、適切に示せる犬。近所の子供を大人の暴力から守った犬。記憶に残る名犬はすべて放し飼いである。有名なハチ公だって、放し飼いである。放し飼いが出来る環境がついこの前まであった。人間の暮らしを変えておいて、犬をダメにしたことを忘れて、カリスマドックトレーナーに頼るようでは。変えるのは暮らしの方だ。
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誕生日に際して

2010-08-21 04:01:58 | 身辺雑記
61歳の誕生日である。今更おめでたいことも無いが、しみじみ有難いことである。還暦後のおまけの1年が経過した。正直、生まれてこの方一番充実した一年であったのかもしれない。義務的なことはやめたので、やっていることはやりたいことだけに絞っている、建前。絞ったら、やるべきことがむしろ拡大した。たとえば、水彩連盟は義務的な面でかかわっていた。除名されたこともあり、辞めた。義務的などうでもいいことを切り捨てる機会であった。そうなると、むしろ水彩人の方に力が入る事になった。北海道展があり、11月には銀座での展覧会である。これはちょっと本気で描こうという気になっている。本気でというのは、自分の意思を表明する絵を描こうという気になっている。やりたいことをやりたいようにやるというのは、大変なことになる。自分というものが日々試されているということになる。

田んぼもそういう気持ちでやっている。当たり前にやっている訳だが、随分目標に近づいた。自給の農業が具体化してきた。自給自足と言うと、農家を目指す人間には評判が悪い。それは職業絵描きを目指す人間と、趣味の画家との違いのような意識差がある。趣味の農業だからこそ、本質に向かえる。無農薬とか、自然農とか、実験的農業。経営上とか、生活があるから、という様々ないい訳がない。家庭菜園で、農薬・化学肥料を使うとしたら、それは自分の志向や考え方である。グループ田んぼがあちこちにあって、とてもレベルの高い田んぼとなっている。市民がやるからこそ、立派な田んぼでなければならない。農の会の田んぼは、それぞれに誇りの持てる状態になってきている。ここがとても大事であり、難しいところだ。それは、大豆の会も、お茶の会もそうで、立派な収量を上げられるようになった。この一年はそうしたことが確立してきたと言える。

この先1年の目標としては、生ごみ(意気込み)プロジェクトを軌道に乗せることである。市民参加の市政の具体的な形を、具現化したい。地域に暮らしてゆくということが、これからの時代どのように行政とかかわることになるのか、その方向を模索したい。市民がいて、地域のお店があって、行政がいる。この3者の連携が、有機的に繋がること。それぞれの役割が、具体的な活動を通して見つけられること。それは農の会の野菜もそうである。いままでは、地元の家庭に直接宅配するという形に限定されてきた。これを、店舗を通して販売する道のしたい。それは普通のことではあるはずが、小田原では特別なことになっている。地域のお米を食べたいと考えても、地域のお米はめったに販売されていない。せめて給食ぐらいは、地域のお米を食べるように是非ともなってほしい。生ごみプロジェクトは実はそういう、暮らしの隅々に届くことになると考えている。

いよいよ自分の絵画というものに、迫らなければならない。自分という人間のレベルが試されている。当たり前にそういう年齢である。今終われば、この程度かである。悪くは無いがどうということも無い絵である。自分を伝えるということが問われる。人に受け入れられるかでなく、人にどう迫れるか。絵画という手段で、人間の生き方を伝える事が出来るか。こういうことが課題になってきている。絵を描くための時間が70までの10年残っている気がしていたが、その一年が過ぎた。次の一年に、どこまで歩めるのか。幸運にもまだぼけてもいないし、体力もそうは落ちていない。余計なものが落ちてきたという実感はあるから、もっとはぎ取って、やれるところまでやる。
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アメリカから見た日本

2010-08-20 03:59:05 | Peace Cafe
日本人は日本が世界の中心だと思っているし、それでいい。やはりアメリカ人の多くはアメリカが世界の中心で、唯一大切と思っている。それもいい。日本は政治的に、経済的に、失速気味で方向を失い、路頭を彷徨っている感がある。アメリカは最近日本に対し、武器輸出禁止の3原則すら、取り除くことを要求し、成功した。今の日本政府では、何を言っても判断力が無いのだから、そのまま通ってしまうようだ。自民党政権時代は、いいなりに見せてはいるが、それなりに交換の経済的利益だけは、確保するようなしぶとさが感じられた。今はそれも無い。アメリカの世界戦略の中で、日本はどう見えているか、どんな位置づけなのかを、冷静に判断する必要がある。アメリカにとってはいまや中国が、大きな課題。日本はその対抗として位置づけがある。対抗というか、捨て駒としての意味である。互いに衝突してくれれば火の粉がアメリカにまで届かない。

という訳で日本と中国は仲が悪い方がアメリカは都合がいい。困るのは、一致団結して、アメリカに対抗することだ。鳩山前総理の発言、その意味で虎の尾を踏んだ。アメリカの痛いところを理解しないで、アジア共同体発言だった。「仲良きことは美しきかな。」ぐらいで、日中同盟の模索のようなことを発言した。本来なら、普天間から出て行かなければ、中国との同盟を模索するというようなことがあるのかと、一瞬頭をよぎった。これにはアメリカはしびれかけた、オバマ大統領の渋い顔に、あわてた混乱が見えた。その後のアメリカの普天間でのかたくなさはその顛末である。私は交渉の裏で、鳩山さんの「辺野古の海を埋め立てるなど、自然の冒涜だ。」というような圧力発言かと思っていた。所が何の交渉も無く、中国との話し合いもせず。外交の何たるかを、だれか執事でもいて、やってくれるごとくの態度に終始した。これには呆れた。しかも引退のはずが、今や黒幕勢力になろうと画策している。だから、善意というようなものは信頼できないのだ。

アメリカの安全保障は、世界全てが自滅してくれればいいという論理が背景にある。ヨーロッパとロシアが戦うことは歓迎なのだ。アジアの中で自滅の戦争でもしてくれればありがたいという、怖ろしく利己的な考え方が根にある。大東亜共栄圏の完成を避けたいのが、アメリカの本音の意図である。アメリカは最近はアジア諸国の外交会議に、偉そうに出てきて取り仕切っている。本音としては、アジア諸国が一致団結しないように進めている。日本国内にも、こうしたアメリカの意図に乗ってか乗せられてか、中国を日本の仮想敵国として、国粋主義のつもりの人間が多数存在する。北朝鮮の独裁国家をネタに、アジア諸国の亀裂を深める事が、日本の利益でもあるかのように、アメリカの意図に乗せられている報道が普通である。北朝鮮の元スパイを国賓扱いで、呼び寄せるほどの愚かしさである。こんなパフォーマンスに騙される日本人。甘く見られたものだ。

中国の核武装は、刻々と進んでいる。アメリカは阻止する手立てがない。もし、日本が核の傘の雨宿り先を変えたらどうなる。これはアメリカには恐怖であろう。外交の材料はここにある。韓国との合同演習をアメリカは強化した。今後も繰り返し10回ぐらいやるようだ。韓国からの撤退宣言はどうなった。韓国の哨戒艇爆発事件も結局事実は見えないが、少なくともアメリカのこの事件の利用の仕方はよくわかる。中国は怖いそ、北朝鮮は何をするかわからないぞ、帰るぞ帰るぞと脅かしながら、アメリカの防衛を考えている。これを機に、韓国への復帰を狙う。韓国の中国接近外交を抑止する。南北が仲良くなることは困る。日本に対しても同じことで、中国の核武装が問題なのだ。日本にミサイル防衛を売り込んでいるが。ばかばかしい限りである。こんな無意味な、防衛方法に多額のお金をつぎ込む、余裕は日本にはない。あの北朝鮮のテポドン騒ぎを思い起こしてほしい。日本を軍事化する背景は、中国とぶつかって、互いに自滅することを願っているアメリカがいる。次のアメリカの要求は日本の核武装である。
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茅ヶ崎議会の定員削減

2010-08-19 03:29:23 | Peace Cafe
茅ヶ崎議会では定員削減案が出ているそうだ。河野太郎氏のブログに書いてあった。小田原市議会関連でも同様の意見を聞いた。現状では定員削減案は市民が賛成する案ではある。どうせたいした役にも立っていないものに、金をかける必要がない。残念であるが私が聞いた範囲では、こういう意見がかなりの数ある。少数意見ではあるが、議員数を増やして給与は減らせ。というものも数名聞いた。結論から言えば、市議会が役に立たなければ、地方分権はできない。その道筋には、まだまだ遠い。阿久根市、名古屋市、市議会というものが問われている。制度的には市長は大統領である。行政のすべてを統括し、権限を持っている。現状では市議会の大半が行政に対し全面委任が、全面反対か。むしろ揉めていないところは、市会議員が名誉職で、何も考えがないという場合もある。市民が関心を示さなければいけない。というので傍聴に足を運ぶが、いい議論だと思ったのは、1回だけである。

市会議員には、市長や一部市会議員ががやっているように、日勤報告をブログで出してもらいたいところだ。そこまでの要求は現段階では我慢しておくが、年に一度くらい自分の活動を報告する説明義務があると思う。先日、ある市会議員に本会議での意見に対して、何故そう考えるのか教えてほしいと言ったところ。何故、一市民であるあなたに説明しなけばならない義務があるのか。あなたと私が意見が違うのは当たり前で、私は支持者には説明をしている。それをあなたに説明する義務などないと、強く言われた。ほんとうに市会議員には市民に対する説明責任は無いのだろうか。本会議での質問は、公的な行為である。その内容に対して、市民に理由を説明することは普通のことだと考える。どうも市会議員は支持者の代表であって、市民全体の代表ではないという意識があるらしい。だから、意見の違う市民は関係がないということになる。結局は選挙だけが重要という意識なのだろう。

地方分権が現実化する時代に即した、市会議員の資質向上。河野氏のブログでは1、条例を提案する能力。2、市会議員のスタッフの必要性。3、議会事務局が行政側に存在している現実の改革。4、賛否の公表。5、議会の夜間開催。小田原でも言われていることである。残念ながら、他の問題に対した時より内容が浅い。河野氏が国会議員であり、本当の意味での市議会の改革について、知識が浅いので、意見も通り一遍に見えてしまう。それでも自民党議員でもこの程度の改革は言われている。小田原の自民党系の議員はどう考えるのだろう。市議会議員は具体性が必要なのだ。迷惑施設をどうするか。こういう利害の対立する都合の悪いことにも意見がなければならない。具体的なところから、市会議員全員が意見を持ち議論をする、自由な議論や討議が活発に行われることで、内容も精査される。市民の関心も深まる。今の市議会では制度的に、市議会議員間の討議は許されていない。暮らしに直結するところで、その地域の方向性を提案しなければならない。

市会議員の役割は具体的で、生活直結である。国会議員より重要ともいえる。市立病院はどうあるべきだ。経営から、窓口の対応まで、すべてにかかわって、市民の暮らしを支えて行かなくてはならない。まずは「各市議に報告書を書いてもらう。」というのがいいと思っている。簡単明瞭に本年度私はこういうことをして、小田原市民の役に立った。ということを報告してもらう。大方の市会議員はとんでもないことをいう奴だ。こんなに役立っているのがわからんのか。こういう気持ちだと思う。そのところをぜひとも、内内のビラなどでなく、公開した形で各議員の報告書を、市役所のロビーに誰でも貰って帰れるように、並べておく。インターネット中継は、本会議だけでなく各委員会もやる。昼間出てこいは、農家には現実無理である。
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農作業着

2010-08-18 04:05:38 | 自給
暑い夏だ。朝出荷で集まるとみんなすでに汗まみれであった。Mさんが汗まみれになる位なら、タンクトップで作業したいぐらいだと言われたのが、意外だった。そう云えば、Nさんも半袖ある。一番若いSさんは長袖である。女性陣も長袖。私も長袖である。農作業は長袖という頭があったので聞いてみると、Sさんは日に焼けると、ほてって暑いから長袖の方がいいと言っていた。そう云えば、この暑い中建設関係の人は、平気で日中作業だけど、何故可能なのだろう。そういう話題になった。案外慣れれば大丈夫という意見もあった。農業は自分で作業時間が決められるから、有難いというところに話は落ち着いた。この暑さの中でも農作業はある。多分このまま行くと、熱帯化の初年度ということになりそうなくらいだ。6月は第2位、7月第1位と記録的な暑さで、そのまま8月も高温が続いている。

農作業はできるだけ涼しい時間にやるようにしている。それでも、暑い中鶏の世話など、やらなければならないこともままある。どんな服を着て作業をするのがいいか。長袖、長ズボンだけは厳守している。長時間陽に当たるとやはり疲労する。できるだけ陽に当たらないほうがいい。もう一つは虫にしょっちゅう刺される。体質的なことなのか、刺されたからと言って、腫れたりかゆかったりしないのだが、それでもどんな虫がいるかもわからないので、長そで長ズボン、手袋。ときにはゴム手となる。石綿スタイルをまねているのだ。出来るだけ農家の人に溶け込んで、目立たないスタイルがいいという気分もある。それなら、白い長そでのTシャツ姿だと言われた。確かに、下着の長袖という農家のおじさんが多い。何故あれがいいのだろう。なんとなく目立ちそうで、似たようなスタイルでも地味な色付きである。

もう一つは、いつでも農作業に入れるということも大切にする。田んぼの水を見に行くときは、当然田んぼに入って泥の中で動ける格好で行く。それが難しい時は、ケイトラには載せておく。靴は田靴である。これは着脱がおっくうだがやむえない。長靴で出来ればいいが、長靴では田んぼで転ぶ。田んぼで草を見つけていつでも抜かなければならない。ドロドロの格好で、どこにでも行かざる得なくなる。着替えたり、洗ったりしてからやるというのでは時間の都合がつかない。大体に複数進行になる。田んぼに行ってから、市役所に回わり、帰り途中で気がついて、スーパーによる。ということがいつでも可能なような格好をする。だから、少しおかしな服装になる。正直にいえば、何がおかしいかはよく分かっていない。大体服装のTPOとかはわかっていない。

何でもその時にやる。後回しにしない。これは自給農にはとても大切になる。そのためにはいつでも、長そで長ズボン、出来ればゴム手袋スタイルとなる。しかも、そのまま集まりなどに出てしまうので、下着姿とはいかない。その上、何時絵を描くかもわからない、胡瓜もぎやら、田んぼの水回りに出掛けたくなる。家に帰らずそのままどこかに向かうことになることもままある。どんな虫にやられるかもしれないからだ。泥の中にはわけのわからない虫がいる。当然畑にも無数にいる。虫がいるのは当たり前で、皮膚を出来る限りださないというのは、虫対策の大前提。だから暑い。農作業なのだから当然のことである。先日暑いさなかの草取りに、先日首に巻く冷却素材を使った。2時間までなら確かに良かった。しかし、どんどん覚悟が据わらなくなる。暑いときはこの2度とない暑さを味わう。田んぼをやっていると暑いのがありがたいのだ。
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アミミドロ

2010-08-17 04:01:21 | 稲作
サヤミドロ、アオミドロとも違う。舟原田んぼに繁茂するのは、アミミドロである。アミ状になっているから、それとすぐわかる。アミ状になった上に筒状になっているものもある。実に面白い形態の藻である。どういった藻が繁茂するにしても、功罪がある。一番困るのは田植え直後に一気に藻が広がり、まだ小さい苗が風に押し流された藻で押し倒されることである。これで弱って枯れてしまう株も出る。一方良い点の一番は水の浄化であろう。藻は酸素を出す。酸素が生きた水を作る。稲は水で育つのだから、水が良くなるというのは他に代え難い良さである。一般的には、田んぼ雑草の一つとして藻を排除している。初期のの分げつが温度低下で、取れないという想像が働くのだろう。舟原では、上の田んぼがまず藻が繁茂する。水が冷たいからだと思うが、この辺の関連が実に分かりにくく、熱いようなところにも案外に藻は出てくるので、それだけの要素ではない。

分げつと水温の関係は確かにあるのだろうが、これも複雑に絡み合っているから、水温や地温だけのこととは言えない。土の状態や稲の性格もあるだろう。分げつが下の方の田んぼは充分とれるというのも現実で、土壌の性格のようなものが、作用しているようだ。また、分げつがとれないから、収量が即少ないとも言えない。少ない分げつでとても大きな穂を付けて、粒張りも良く、収量が上がるという傾向の場所もある。田んぼの出来上がり方は土壌と水の関係である。日本人のもっとも深いところで、かかわりのある主題につながってくる。この土と水の関係を表現しているのが、藻だと言ってもいい。藻は手品のように突然現れる。この現れ方がこの土地の性格と、水の性格を表している。先日伺った、千田さんの田んぼでは、どこで耕作しても藻が厚く発生する田んぼになる。実に面白い。

アミミドロ、サヤミドロ、アオミドロ、どれが出るかでも田んぼが違うようだ。こういう細かな比較観察ということはまだできない。舟原はアミミドロである。水温が低いからかと思うが、遅れての発生は、下の温かい田んぼにも表れる。どうも腐植質との関係がある。今年は下の田んぼは無肥料である。昨年の感じで、下の田んぼはそれほど肥料を入れる必要が無いと感じたからだ。上の2枚は肥料を入れた。これでどう変わるかを見ている。下の田んぼの土は、去年より良い。このまま行けば良さそうではあるが、まだ結果はわからない。不思議なことに下の田んぼはコナギが多い。無肥料の方がコナギが多いというのも面白い。この複雑な組み合わせから、読み解くと、下の田んぼでは酸素不足が起きる。上の2枚を通った後の水だからだ。これがコナギの発芽を誘発した。違うか。もしそうなら、アミミドロが出る事は、コナギの抑制になるのか。

アミミドロが水温を下げるということが書いてあるが、そんなことはないというのが、私の観察である。むしろ、余分な窒素を一時的に蓄積する。盛んに光合成を行い、酸素を発生し、水の浄化を行う。小さな苗をなぎ倒す以外は、素晴らしい効用がある。思い通りの時期に出現させることが出来るなら、耕作の手法に取り入れたい。抑草効果も高い。田んぼを秋から冬にかけて、良く耕転して土壌を好気的な状態に持ってゆくと、藻が生える。冬の間緑肥作物を作ると、藻が出る。アミミドロが出ると、様々な生き物が現れる。水面が藻で覆われる事で、その下が生き物の住処として、好条件になる。それが、トロトロ層の形成につながる。この蓄積こそ、良い田んぼ土壌を作り出す。条件のような気がする。
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