地場・旬・自給

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おんりーゆー

2008-01-31 07:02:04 | 日帰り温泉
南足柄の大雄山の最乗寺の傍に、おんりーゆーが開設した。最乗寺境内と言ってもいい場所、以前どんぐりの家という宿泊施設があったところだ。場所柄、禅宗的雰囲気をコンセプトにして、座禅や写経が出来るようになっている。この施設、始まる前は2800円と言う、珍しい高値で、一体なんだと思ったのだが、始まると、1500円と言う事だ。更に、スタンプでの割引や、回数券もあるらしいので、1300円ぐらいになるらしい。実はTさんから2枚も入館券を戴いたのだ。本当にありがたい。行こうと思いながら、踏み切れないで居たので、本当にありがたいことでした。

温泉場の湯河原や、箱根の日帰り湯も、施設が充実していなければ、今や成り立たないと言うのが、地元の人達が、盛んに言われる所である。小山には500円でなかなかの施設があるとか、もうそういう話題が、風呂では常に飛び交っている。私は、一番好きなのは、茅ヶ崎の湯快爽快であるが、さすが遠いのでなかなか行けない。そこで、いつも行くのが、鴨宮にあるコロナの湯だ。所がこれが、1月から休業してしまった。3月には再開と言うが、それまであちこちでシノがなければ成らない。日帰り温泉オタクとしては、マニアとしては、ファーンとしては、評論家としては、少し、客観評価をしなくては他の人の参考にならない。つまり、湘南番外地さんが、この辺の食べ物を活写されているように、私も、日帰り温泉を分かり易く説明したいものだ。そこで、10項目100点満点法で迫らせてもらう。

1、清潔度「9」何と言ってもお風呂は清潔が一番。まだ新しい事もあるが、掃除は良く行き届いている。ただし、従業員が、水風呂で設備の洗い物をしていたのには、ビックリ。
2、泉質「7」温泉量が少ないが、泉質は温まる。塩素臭が気に成るほどでない点がありがたい。38度以下のぬる目の設定が、ありがたい。それでも充分暖まる泉質。
3、環境「9」ケヤキが何十本もある。隣に流れる川も、水は少ないが、一応は河原はある。全体に小ぶりではあるが、良い運気に囲まれた、爽やかな空間。
4、食事「7」家庭料理的なバイキング形式で、私向きではある。味付けも納得。ただし、1500円ならば、せめて原材料の表示までして欲しい。1300円なら納得。
5、湯船施設充実度「3」露天風呂2、内風呂1、水風呂1、サウナ5人用。露天風呂は満足できるもの。サウナは残念ながら、80度以下で失格。水風呂は水温が低く合格だが、膝までもないのは中途半端。あと10センチ欲しい。
6、従業員教育「3」初期の従業員は良かったらしいが、現在はいまひとつ。心がこもった感じがなく。不満が伝わってくる。たぶんこれを作った人の、ちょっとややこしい、気持ちを理解できていないようだ。
7、コンセプト「8」中高年に向けた、精神的な湯治を目指す。と言う所が評価できる。静謐な空気を生み出している。ただし、私が行った時は、写経も、ストレッチも利用者が居なかった。壁にかかる書が、雰囲気を高めるものだろうが、良い字もあるが、悪い字もあり、気ざったらしい字は耐え難い。
8、価格満足度「7」入館料1500円は高いとは、言えないが、利用者には種類がある。入湯時間割引や、早朝割引、深夜割引を取り入れ、施設のフル稼働を目指す必要がある。
9、全体施設「4」例えば、サウナの明かりは40ワットが3基あるが、電球は20ワットが使われている。もう少し明るくする必要あり。全体に施設が分散し、施設間を、寒い中着替えた薄着で歩かなければ成らない。お年寄り中心にもかかわらず、階段あるいは傾斜路が多い。
10、アクセス「3」車以外では、困難な施設である。有料の路線バスだけでは、限界がある。

総合点60点。同じ手法で評価すると、『茅ヶ崎湯快爽快』で76点である。さすが合格点である。『万葉の湯』は44点となる。赤点スレスレとなる。『天山』は38点の赤点。『岡田屋』51点となる。その他まだまだあるのだが、順次報告させてもらう。肝心の『コロナノ湯』が何点かは、改装後詳しく報告させてもらいたい。
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7、里地里山事業に於ける市民の役割

2008-01-30 07:38:14 | 里地里山
 都市生活者の里地里山願望を、どのような体制で受け入れるかは、これからの里地里山事業において、極めて重要な要素である。特に小田原久野地域のように、都市から、日帰りで活動が可能な地域では、良い形で、都市住民を受け入れる形が提案できれば、地域住民だけでは、維持管理が困難になっている里地里山の再生も可能になるであろう。しかし、一般に都市住民の参加が成果になることは、ほとんどない。それは、成果というより、リクレーション参加の形が模索されている、状況だからだと思われる。例えば、森林ボランティアがその良い例で、久野地域でも行われて入るが、それによって、山が管理されるようになったとまでは、とても言えない。『東京の気で家を建てる会』のように、市民によって林業が生業として、成り立つ事が基本である。この林業が成り立つと言う事を、どう方向付けるかがないまま、市民が、森林ボランティアとしてかかわるだけでは、里地里山の形成に成果はないだろう。

 その意味を前提にして、久野の里地里山事業では、地元住民と市民のかかわりは、事業の展開において、将来重要な要素となるであろう。市民の参加がない限り、里地里山事業の健全な発展は望めない。しかし、中途半端な形での市民参加は地元の住民の負担になりかねないところでもある。どのように、自立性のある形での市民参加を確保できるかが、重要な観点であろう。地域での受け入れ準備に、負担がかかり、手伝いに来てもらうことが、活動の重荷に成る事例が多々ある。市民側にしても、ボランティアで参加してあげるという意識を持つ場合もあり、思うような実績が上がらない場合も出てくる。そのため、市民の参加を初めから期待しない事業もある。久野里地里山事業としては、市民が自立して参加し、活動するもの。そのような市民をどう導き出すかであろう。

 市民が自主性を持って、里地里山活動を行うことが、重要な要件となる。市民が地域に暮らす農業者の活動を、自主性を持って補う形とならなければ、本当の意味での、里地里山の復活はないものである。補い方は、様々企画されなくてはならないが、これも市民発のものが望ましいであろう。例えば、水路清掃に参加するとしても、その水を、自分達の水田に利用しているという、前提がある場合と、ない場合では、活動の意味が違ってくる。

現在里地里山事業として捉えられている活動の内
1) 久野川・山王川、水路等の清掃
2) 不法投棄パトロール隊の結成、環境啓発看板等
3) 地域の清掃活動(広場や児童公園の草取りや清掃)
4) 個人所有の急斜面林地や公道へのはみ出した雑木等の伐採
5) わんぱくらんど周辺の広葉樹の植栽
6) 道路の端のスペースを利用しての花の植え付け

以上の活動は本来行政サービス的なものを、住民が変わって行っている活動とも言える。地域ボランティアによる、住環境の整備事業という色彩が強いものである。里地里山の整備ではあるが、住民の住環境の整備と考えた方が、より本質を表わしているものだろう。これらの活動だけでは、里山を再生する事は、不可能と考えなければならない。一方、森林ボランティアや農業関係のNPOの活動は生業と関連して取り組まれている。今後、こうした活動が、久野地域に広がり、自立性を持って取り組まれる事になれば、里地里山の再生も可能になるだろう。それは参加者がやりたくてこの地に活動の農地を見つけ、一定の収益を上げうる活動である。つまり、本来の里地里山の形成条件を市民が市民の利益において、担うと言う事になる。久野における事業は、こうしたより直接的に生業にかかわる取り組みを、市民参加事業として取り組む事が、里地里山を再生する事に成ると思われる。
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6、 里地里山事業に於ける行政の役割

2008-01-29 06:52:16 | 里地里山
この事業においては、地域住民、県および市行政が、上手く連携をとり、住民および市民の参加を求めてゆく形が、重要に成る。この場合の行政の役割は大きくは2つあ。1つは、法的な制約を、里地里山事業として整理して行くことである。市民および住民が実際には動くとしても、農地の利用には様々な制約が、法律により規制されている。ここをどのように調整するかが、行政の行うべき一番の役割であろう。その手法の前提として、先ずこの地域を条例に基づく、里地里山地域としての指定を行うことになる。しかし、里地里山地域として、指定されたからと言って、今まで行われている、建築資材置き場や、残土置き場、ごみ焼却施設、最終処分場、墓地霊園。火葬場など、現在久野地域に集中してきている。いわゆる迷惑施設が。法的に規制されるわけではない。これをどのように、調整するかが重要な要件になるだろう。また、今般施行された優良田園住宅の適用により、農業地域に住宅が適正に配置されるように、里地里山事業の観点からも、調整する必要があるだろう。

次に考えなければならない行政の役割は、事務局的役割である。行政は公平に住民の利害を調整すると言う意味で、里地里山事業が、地域に広く周知されるよう、広報し、あるいは説明会などを行う必要がある。又参加者の募集なども積極的に行わなければならないが、地域外の市民の参加に対し、どう対応してゆくかなど、今後地域住民の合意を形成する努力を行わなくては成らない。行政は今後作られる事業主体の組織の、事務的業務機能をになう必要がある。具体的には、久野里地里山通信をつくり、年4回程度は久野の住民に配布する。この発行を行政が担う必要があるだろう。編集は住民が行うにしても、行政が発行の責任を持つ必要がある。久野里地里山事業の中心となる組織が整えば、その連絡的業務や、会員の管理運営なども必要になる。これも行政の役割である。久野地区の例えば、フラワーセンター内に、久野里地里山事業の窓口を作る必要があるだろう。

実際の事業の展開においては、久野地域で提案される、里地里山事業の認定を行う事が考えられるだろう。これは、地域住民が作る組織が行う事になるにしても、行政的調整が必要であろう。久野里地里山認定事業としての、統一基準の制定を計り、協力して事業が広がるように進める調整を、行政はしなければならないだろう。引き続き、認定事業が増加するように、行政において担当を決め、分かりやすい窓口を作る必要があるだろう。又、どの事業においても、立ち上げ時の後押しが必要になるので、その補助的役割と、経費負担なども、考えてゆく必要がある。

農の会の事例においては、久野地域10年間の活動においてだけでも、1,1ヘクタールの農地の再生管理が、行われるようになった。足柄地域の小田原以外の地では、10ヘクタール以上の農地が管理されるに至っている。今後の里地里山の形成には、新しい農業者の参入を促す事が、大きな要素に成ると思われる。もし、受け入れ態勢が整えば、特に住宅等の整備がなされれば、更に久野地域への新規就農者の参入の可能性も高まるだろう。その為には、就農者の一時的宿泊施設や、研修施設の準備なども必要と思われる。就農農地の斡旋を初めとして、新規就農者が就農可能となるためには、行政的協力は不可欠である。しかし現在も、小田原は新規就農が大変困難な所になっているため、他の足柄地域に移住する結果になっている。こうした点で、行政の配慮があれば、小田原久野地域は新規就農者にとって、最適な地域となり、里地里山作りには大いに役立つことになる。
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味噌の仕込み

2008-01-28 09:06:12 | 自給
昨日は、小宮さんのブルーベリー園で一日、味噌作りを楽しんだ。寒い日が続いた中、幸い陽射しも暖かく、心地よい一日だった。毎年の一品料理の持ち寄りだが、今年は、なかなか充実していて、おいしいものをそれは楽しく食べれた。毎年工夫がされて、やりやすくなっているのだが、今年の一番の特徴は、大釜を6つ並べて大豆を煮たことだった。61センチ、60センチ、58センチ、58センチと55センチ、55センチこれで、130キロぐらいを煮た。かまどの準備が、少し苦労したが、結局6つとも自前のカマドをそろえることで、設置できた。こんな大きな釜が、ともかく揃う所が、農の会の特徴だろう。前日から浸してあった豆に8時には火を入れた。もう釜炊きも慣れた人がたくさんいるので、誰も何の指示がなくても、それぞれの役割で、仕事が進んだ。薪がどれぐらい必要かが、もう一つ事前に計算できなかったけれど、結果として、軽トラ1杯分ぐらい使ったと思う。

料理部門と、自家製味噌の味較べ、これは毎年充実度が素晴しい。その場で作るのは大鍋の味噌汁が、べジ鍋と鹿鍋の2杯あった。こちらのほうは、鈴木さんが担当して、なかなか充実していた。100人分と言うのが難しく、いつも多めについつい作ってしまう。今回は、特に一品持ち寄りが、なかなか豪華に充実していて、味噌汁は後回しになった。なんと、久し振りにと言うか、前回食べたのを忘れたぐらいだが、牛肉を食べられた。味噌汁には、鹿が入っていたし、味噌料理がこんなに多様に並ぶのは、先ずないだろう。ウドの皮のきんぴら、これは美味。味噌入りの蒸しパンというのも、出たが、味噌が入っているのか良く判らなかった。

私は去年と同じ、玄米卵の卵黄の味噌漬け。これはなかなかの美味なる物である。初めて食べた人もあったと思うが、これは買ってきた味噌では今一つの出来になる。つまり、発酵を止めてしまった味噌では、この発酵が進んで、ウニのチーズ化したような微妙な味は出来ない。もう一つ自慢させてもらえば、この味は玄米卵を使わなければ出ない。市販の黄味では、申し訳ないが、濃厚さが足りない。特に冬卵がいい。冬は産卵が少ない代わりに、一個の卵の濃度が高まる。作り方は、簡単で、味噌に、醤油、味醂、日本酒、の煮立てて合わせた。「伊藤シェフの併せ醤油」を混ぜる。タッパーに先ず併せ味噌の3分の2を引きガーゼをかぶせる。卵の黄味の大きさにシャジで穴を並べる。黄味を落としてゆく。その上に又ガーゼ。そして、残った味噌を上から又塗る。これで3日以上5日ぐらい、置くと黄味が固まり出来上がり。

終了後小宮さんに、保存の穴倉をお願いした。味噌はやはり保存場所が大切で、小宮農園のどこかに、穴倉を作らせてもらえないか。頼んだ。味噌を仕込んでも、持ち帰る事の出来ない人には、とてもありがたいものに成る気がする。穴の中は年間16度らしい。これなら、温暖化に備えて、大いに重宝なものに成るだろう。折角作るなら、これを、4月終盤にある、アートフェスティバルに参加しようと盛り上がった。小宮さんは縄文の家も計画しているらしい。これが竪穴式住居なら、やはり横穴式の穴倉も必要だ。この穴の入り口は重要だ。大いに縄文らしく飾る。奥にはやはり祭壇があり、穴倉の神が祭られていたほうがいいだろう。とするとやはり壁画も必要になる。あれこれ考えるとこれは相当面白くなりそうだ。

自給作業:味噌の仕込み1時間 累計時間:14時間
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2、 久野の自然環境の概要

2008-01-27 06:23:44 | 里地里山
本来この項目は専門家に調査を依頼し、策定すべき内容であるが、私見として暫定的なものを、書き留める。この項目は暫定的なものである。あまりに内容不足であるが、メモ程度として。

久野は箱根外輪山東山麓が、足柄平野に開ける付近に位置する。豊かで大きな山麓に育まれた、きわめて多様で豊かな自然環境の場所であった。明星ヶ岳標高924メートルを頂として、幾つかの沢を集め、中央に久野川が流れ、その風光は上流部の深山的様相から、開けた海への展望と、魅力的なものがある。農業的視野から見れば、平野部は少ないものの、通年の営農が可能である、恵まれた地域である。年降水量は2000ミリ程度。年平均気温15.5度程度。日照時間が年間2000時間近くと。降雪はほとんどなく、雪に埋もれるような事はほぼない。台風などの影響も、富士山や伊豆半島の存在で、直接の被害は少ない。

その山麓の多くは現状杉檜の植林地になっているが、近年自然植生の復活なども、行われて部分的には自然樹相も存在する。最上部は富士箱根伊豆国立公園に含まれ、手付かずの自然地域も存在する。明星岳山頂周辺は箱根独特の低層樹林になり、ヤマボウシ・ヒメシャラ・マメザクラ・サンショウバラ・ケヤキ・オオモミジ・イヌツゲ・シラキ。草花ではセンブリ、やまゆり、ほととぎす、・・・・。里地に近づくにしたがって、しいや榎、赤目がしわなどの温帯的樹相部分もある。江戸時代から、標高300メートル辺りまでは畑が開かれてきたと思われる。平地は少ない所から、大規模農業は行われず。100アール程度の畑が分散している。大半は丘陵からの傾斜地に存在し、傾斜地農業を特徴としている。わずかに存在する、久野川の河岸に水田が広がるが、大半が自家米の生産となっている。

中央に流れる久野川の存在は歴史的に見ると、地域住民の暮らしと密接に結びつき、江戸期以来水車が多数運転されてきた。舟原には5機あったと聞いているが、今後流域全体を調査する必要があるだろう。通年の箱根山塊よりの豊かな水量が存在する。豊かなで良質な水が、久野の里地里山の豊かさで大きな要素と思われる。途中から流入する、何十かの湧き水、沢水も良水として、水を資源とする酒造業や、サイダー工場がかつてはできるほどであった。現在でも沢水を生活水として利用する家も存在する。久野川の水は生活水として、各家に水路として廻り、また、水田の灌漑水として、利用されてきた。

大きな自然林は標高の高い地域だけになったが、小さな自然林はまだところどころ存在する。現状ではそうした自然林が、竹林に占拠され始め、全体では美しい里地里山的林が存在するとことは少なくなった。しかし、ある程度の管理の手を加えることで、自然林が再生できる所も多く存在し、又、地域住民のそうした要望も強い。草本植物は、近年外来種が目立つようになったが、ササバギンラン、キンラン、コクランなど蘭科植物も道端に散見される。
動物の概要、イノシシや猿、タヌキ、ハクビシン、などが、時おり畑を荒らし、害獣駆除が行われている。特に山辺の畑では被害が目立ち、耕作の意欲をそぐ、原因となっている。魚類では以前は山女の固有種が存在したが、現在の山女は放流魚と交雑していると言われている。しかし、田んぼにはまだ山女の稚魚が流れ込んでくる。ほたるはかなりの部分で存在し、豊かな水環境を感じさせるものがある。沢蟹はむすうにそんざいし、モズクガニも時折田んぼに現われる。鳥はオオタカや隼、の鷹類は多いい。


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5、 久野の里地里山事業の具体的展開

2008-01-26 04:13:35 | 里地里山
以上見てきたように、久野の里地里山的要素はその農村的暮らしと密接に繋がり、成立してきたものである。よって、直接的に農業とのつながりを先ず第一義の、事業として考えるべきであろう。既に行われて要る農業に対し、未来に繋がる形で里地里山事業による、新しい活力が加えられることこそ、久野の里山事業の根幹となるべきであろう。ここが久野の事業案の骨子とも言えるところである。
大きくは4つの要素がある。

① 久野には植木の育成場やストックヤードが大きく広がる。この景観的魅力は、現在の久野の里地里山的景観の重要な要素と成っている。植木養成場は、そのままでも美しいものではあるが、植物園的要素を加味し、散在する育成場の連携を作り出すことが、重要に成るであろう。現在、小田原植木さんのように、すでに植物園構想が計られ、樹木にプレートがつけられている園もある。例えば、先ず、フラワーガーデンで登録して、久野里地里山地図を購入する。久野地域利用可能トイレ一覧なども必要であろう。参加者であることを示すプレートをつける。幾つかの苗場を繋ぐコースを作り、育成場を巡りながら、樹木の名前あてクイズなどをおこないながら、樹木の特徴などを知りながら、植木の知識を深める。月に一回程度、全体の植物園としてのガイド日を設定し、グループ単位で、コースを決めたツアーを行うなど。植木講習会など魅力あるイベントが設定できるであろう。更にフラワーガーデンや、諏訪の原公園と連携し、植物の里作りのような構想が考えられるだろう。公園には今まで見てきた植木の販売所、あるいは造園の受付けも必要であろう。参加者には造成中の里山に自分の苗木を植える、植林体験が出来るなど、里山と市民を繋ぐ工夫が出来るであろう。

② 久野地域では茶業が広範に地域で行われている、農林水産大臣賞を受賞するような、良質なお茶が生産されている。久野の茶業は、茶葉の生産から製茶までが、地域内で行われると言う特徴があり、これに地域のお茶が、ここで湧き出る良質な水で、飲める場所が加われば、より効果的なアピールが出来ると思われる。このお茶を飲める場所に加えて、更に体験的に、お茶畑を管理できるとか、お茶摘が出来るとか。自分のお茶の生産体験が出来るなど。里地里山的楽しみとしての広がりが期待できるだろう。当然久野で生産された、お茶の販売も積極的に行うことが出来る。台湾では茶園に併設されたあずまやの喫茶室で、良質なお茶を飲むことが、流行しているそうだ。茶が提供できる場所は天子台辺りの景観の優れた場所が、最適であろう。これも単独の喫茶室では成立が困難と思われるので、幾つかの以下に提案する要素との組み合わせが重要に成るだろう。

③ 峯自然園との連携。峯自然園の経営の姿が、久野川を生かした、先駆的な事例として、里地里山の楽しみ方を提案している。現在残念な事に、この事業が唯一のものとして存在している所だ。周辺に連携する施設が存在する事で、魅力がいっそうに増すのではないだろうか。久野川河畔の里地里山の整備を行い、回遊的な魅力を作り出す必要があろう。例えば、峯自然園から下流域に向けて、河岸の整備を行い、水辺の遊歩道作り、田んぼを復活し、あやめや菖蒲の水辺公園も可能であろう。加えて水車の再建などが、考えられる所であろう。小麦の生産が復活すれば、水車は粉をひくところから、パンや蕎麦の体験的活動に繋がる。石釜を設置し、ひいた粉で、ピザやパン作りなども考えられる。これには地域のパン屋さんとの連携が必要になるだろう。それぞれが有機的なつながりをもてるように工夫する必要があろう。

④ 久野ではNPOの農業体験事業が10年以上前から、展開されている。CLCAとあしがら農の会が行っている事業を、久野という地域性を加味し里地里山事業としての整備を加える。これから広がる市民的な農業体験の受け皿として、今まで蓄積してきた経験が生かされるはずである。耕作が限界に来ている農地は少なくない。この受け皿としては、農業者にとっては傾斜地で、機械化されにくく、まとまっていない農地は利用しにくいものがある。市民的な視点で見ると、この狭い傾斜地は、景観がよく、かえって最善の体験地に成る。ここを、どのように市民的な利用につなげるかは、久野の里地里山形成には大きな要素になるはずである。いずれの事業も駐車場とトイレと道具置き場の確保が、重要になる。少々離れていても、貸して頂ける場所の確保が出来る事。トイレの貸し出しなども、可能なら工夫したい所である。こうした調整を地域と連携が出来れば、より事業運営が安定し、広がりが出てくると思われる。
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1、久野里地里山事業の理念と目的

2008-01-25 06:07:29 | 里地里山
 里地里山の姿は、かつての農村集落全体の姿を表わしている。景観をふくめ里地里山的要素は、農村が農村としての機能を発揮する事で、維持され醸成されてきた姿である。今、里地里山が、注視されているのは、都市生活者の回顧的感情と、都市生活では満たされぬ、自然回帰の意識が根底に存在する。これは暮らしを自然に近づけたいと言う、人間本来の要求でもある。と言って、里地里山の住人が昔の暮らしに戻る事ができない以上、新たな仕組みでの里地里山の再生維持管理の仕組みが、作られなければならない。

 従来里地里山においては、薪炭材の利用、落ち葉の堆肥として利用、農家家畜の緑餌の利用、を通し、落葉樹の山林の姿が、適度な手入れと管理が行われた結果となり、循環的な美しい姿となった。現状その全てが失われている。また、その復活もかなうことでないとすると、新しい視点で、里地里山地域を見直し、現状の分析を行い、現状存在するなりわいの中で、里地里山的環境を醸成していると思われる業を、洗い出し、その事業をサポートしてゆく事が、里地里山の再生の先ず第1の目的となる。次にそれだけでは、当然不足する要素を、どのように加え、補ってゆけば、里地里山は形成されるか検討しなければならない。

 一例として、水の循環を見てみれば、久野川においては、水車の利用のため、一定の流れや路床の管理がされていた。舟原より上部においても水田への灌漑水の取り入れの為の管理がなされていた。同時に生活水としても利用されていたため、水質の汚染への配慮も自然行れ、上水と下水の取り分けもなされていた。水神を祭り畏敬ある存在として、その清浄は保たれていた。しかし、水道が引かれ、上水としての利用がなく成ると、下水が、無造作に川に流されるようになり、水質の低下が始まる。これを以前の川に戻すためには、ここで暮す者すべてが、設備と配慮を行わなくては成らない。そこに経費も増加する訳だが、これを個々人の責任としていたのでは、問題の解決にはならないだろう。

 久野地域の現況を考えてみるに、農業の形態は全く様変わりした。ここに暮す大半の者が、外へ働きに出るようになった。落葉樹の循環的林はミカンやすいかの畑に移行した。更にその後は、その畑だった場所や、大方の山が人工林として、杉檜が植林されることになる。農業地域であるにもかかわらず、里地里山との関係のほとんどが失われ、本来の管理維持は出来なくなった。人工林の植林地も間伐等の手入れがされず、薄暗い林になっているところが、多数を占めるようになった。しかし林業に於いても、自分の家の建て直しに、切り出して利用しようとしても、購入した外材のほうが安いという状況では、植林地の管理も当事者に任せておくだけでは、期待しにくい状況であろう。ここにも、何らかの手立てが必要になっている。

 里地里山の存在は、地域住民だけの環境ではなくなっている。という確認から始まるのではないだろうか。それが、神奈川県において、里地里山条例が出来た、論拠であろう。よって、地域の住民の努力だけに里地里山の維持が期待されるのではなく、県民が等しくかかわれる形での、里地里山の再生を目指す事が、展望されなくてはならない。地域の現状からしても、里地里山の維持には、行政的支援や里地里山事業に対する、県民全体での市民的支援がなければ、成立しえない事。もしそれがないにもかかわらず、この事業が進められれば、地域住民の負担だけが増す事になるに違いない。このことを、事業の理念の冒頭確認したい。

 そして、あらためて、深く思うことは里地里山の維持管理には、農業的なりわいの成立こそ基盤になることを、常に念頭に置かなくてはならないことである。条例でも示すように、里地里山地域に於ける健全な農業の成立こそ、里地里山成立の基本的要件であるとしたい。もし農業が更に後退し里地里山だけが、公園のように管理されてゆく事は不可能でもあり、無意味な事だと考えざる得ないであろう。
 里地里山を保全すると言う事は、この地域に新しい形をもった、里地里山的暮らしが戻ってくる、と言う事になるのであろう。
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久野里地里山事業案

2008-01-24 05:12:49 | 里地里山
小田原漁協(神奈川県小田原市)も冬から春にかけ、アンコウを水揚げしている。ところが、捕獲量が一番多くなる三、四月は鍋シーズンを外れ、市場では値崩れを起こし、「雑魚」扱いになってしまう。同漁協刺し網部会長の鈴木喜一さん(59)は「四月には一日に二十匹以上捕れる時もあるけれど、値が付かず、ほとんど海に戻している」と話す。(東京新聞の記事)この記事を見て驚いた。何と言う残念な事を小田原では、長年してきたのか。こんな大切な地域の資源が、見過ごされてきている。何かと何かが組み合わされば、立派な名物が出来る材料だ。現在これが、川崎の方の韓国料理屋さんで、『アグチム』と言う料理にしようと企画しているらしい。確かにそれもいいけれど、何故、小田原でそういう取り組みが出来なかったのか。小田原にも立派な料理屋さんが沢山ある。韓国料理のお店もある。

地域の良い繋の、見直しががあれば、何かと何かの繋がりがみつかり、産業化できるものは、無尽蔵だと思う。東京を中心に暮す、2千万人が何処か週末散策しようと思ったとき、小田原は格好に位置にある。平塚や、茅ヶ崎では街の空気が、自分の暮している都会と似たような空気だ。小田原は違う。これが何より人を引き付ける、小田原の一番の材料。お城を見て、文学館から、海岸。街中の散策でも、沢山ある街角博物館のように、他の街にはない魅力があふれている。ちょっと外まで出れば、それは、本当の農村になる。一面の田んぼなど、見方を変えれば観光資源なのだ。早川のほうの山に登れば、これほどの海の景観は関東には他にない。(関東以外には沢山あるのですが。)風景を長年描いて、断言して良いと思う。これからの時代の求めている材料は、視点を変えれば、小田原にはあふれている。

私はどちらかと言えば、悲観的に物を見るタイプだが、小田原の環境要素の豊かさについては、可能性を十二分に感じている。しかし、その可能性は何かと何かの繋がりが、生まれてこそのものだ。現在、久野では「里地里山」つくりを行政、住民が集まり検討している。先日の集まりでは。行政が事業計画案を作るが、それで構わないかと、行政から提案があった。参加者の大半が、それでいいという事だった。お茶を濁して終わりになる結果が、おおよそが見えた。今までと同じ事だ。これでは、従来どおりの、ことになる。市民参加が自治会の行事と同じで、行政の作ったレールに従い、一応行いました。その先が見えて来ない。どんなにつたないものであれ、地域の住民が主体となって、事業計画を立てるようでないなら、そうした主体性がないなら、里地里山の再生などありえないものと、考えなくてはならない。

つまり、地域住民の本音としては、里地里山の再生など、不可能だと感じているのだと思う。少なくても、現在の行政のかかわり方では、とても出来ない。また、自分達の忙しさから、とてもこうした事にボランティア的に、かかわることにも限界がある。これが現実なのだと思う。だから幾らぶち上げても、活動として、成立する実感が出てこないのだと思う。結果、行政の顔が立つように、一応の活動は付き合う。又、それを利用して、困っている事の1つでも片付けばありがたい。それで終わりでも仕方がないのでは、このぐらいの気持ちなのだと感ずる。久野の里地里山の豊かな可能性が、まだ繋がっていないだけだ。それが見える形になれば、少なくとも未来に繋がる活動が出来るはず。そこで、「久野の里地里山の事業案」を私に書かせて欲しいと思わず発言せざる得なかった。既に書き始めている。ともかく当面、これを全力でやらなくては成らない。
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小田原無防備平和条例

2008-01-23 06:39:00 | Peace Cafe
今、小田原では無防備平和条例制定の署名活動が進められている。わたしも受任者にはなっているが、署名集めには動けていない。ピースカフェの大半のものは、当然の事に、この活動にかかわっている。平和活動はゆるやかな連帯がいいと思う。平和運動を政治利用しようとすると、変な政治的動きで、反発し合うことになる。この名前が良くないから、変えるべきだ。小田原オリジナルな活動にしよう。こう主張した。何度か話し合ったが、この名前が、いいという事だった。その辺のセンスがどこか違う。全国的な活動と連帯できる気がするというのが、一つの意見だった。何でも地域に根ざしたものが好きだ。外からの動きに、乗せられるような事は、そもそも嫌いだ。この辺から少しづつ、中心から外れた。この運動の小田原での代一世代は、今回の事にはかかわっていない。

平和運動もなかなか平和ではない。この運動が目新しかった時、つまり政治的臭いが少なかった頃は、ちょっと面白い平和運動の形として、あまり政治色のない人が、良く話題にしていた。それは9条の会も同じ経過で、当初、共産党が乗り気でなかった頃は、市民的人気が高かった。もちろん私も3つ入っている。早く小田原でもやるべきだと、合同庁舎で開かれた、労働組合の集会を兼ねたらしい、憲法学集会で、発言して、はっきりとやらないという答えがあって記憶している。市民の運動にはそれぞれの性格と言うものがある。市民派は数は多いいが、それぞれに違う。又その違いにこだわりを持つのが、市民運動の傾向にある。政党としての、あるいは政治勢力の拡張戦略に、市民運動の取り込みと言うのがあるのだろう。例えば無農薬野菜の販売を地域で頑張りましょうと、言うのでかかわったら、実は背景に政党の支部があった。と言うようなことがある。

この運動のよさは、世界と言う視点が運動にある。世界が平和にならなければ、自分も平和に成れない。こう主張しているのだと思う。戦乱状況にあり、現実に戦いが起きている地域では切実な事だ。日本の平和主義を世界にアピールする一つの方法だろう。世界には無防備で暮している国もある。日本がそういう国に成る一歩だと、考えれば、大切なアプローチだ。日本がアメリカに依存して、要るこの状況は、実体はアメリカの世界での武力行為を、日本も同時に行っている事だ。アメリカの傘から外れた時の日本を考えれば、無防備が一つの選択であることが見えてくる。武力で平和は来ない。もちろん異論はあるだろう、私にもそれだけじゃないと言うのはある。しかし、むしろこの運動のよさを今は評価すべき場面だ。

小田原の市議会のレベルが気掛かりだ。城下町ホールでも、駅前再開発でも、何も実態を知らないまま、予算を承認してきた。このレベルの市議会では、無防備平和の、独特の考え方は理解不能だろう。この運動を通して、この機会を利用して、様々な形で、平和運動が地域で連帯してゆくと言う事が大切だ。少々の考えの違いは捨てて。又、自分の目先の利害を乗り越えて、無防備平和の運動も平和への一つの形には違いないのだから、自分のやり方とは違うにしても、条例制定にむけ、協力し合うときだと思う。この運動に力を避けない時間的状況にある。その点は申し訳ない。ここで小田原の平和運動の力量が発揮できなければ、これからの活動に差しさわりがでる。小異を捨てた協力心よりお願いします。
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再生紙偽装

2008-01-22 06:41:20 | Peace Cafe
昨年は、食品偽装が表面化して大騒ぎしたが、これは食品にかかわって来た者として、さもありなん、と感じていた所で、今更なんだと思っていた。所が、今度は再生紙が、再生紙ではなかったと言う、これは正直ショックだ。紙はピースカフェの発行でも大いに使っていて、できる限り再生紙を使いたいと言う事で来た。所がこれが、騙されていたらしい。製紙業界大手5社全てがそうだったわけだから、日本の企業の体質が、如何なるものか透けて見えた。要するに儲かれば何でもする精神そのものじゃないか。口先では上手い事、企業の存在が公益的なもので、社会の目的にも適うものであるかのように、体裁を発言するが、資本の本質通り、利益に向けて偽装まですると染みた。

再生紙を作る技術は初期困難を極めていた。環境コストからも、問題ある手法だと言われた。それが技術的に解決が出来たように、発表してきた点に始まる。再生紙がコスト高になることは、常々言われていた事だ。現実に再生紙は価格が倍以上する。そのことは、もう消費者にも当然の事として受け入れられてきた。コストとは何か。企業としてのコストもあれば、社会更に、地球と言う器としてのコストもある。エコとは、地球規模でのコスト計算の事だ。これが企業規模で吸収できない場合は幾らでもある。それが製品価格に反映し、それでも使おうと言う、地球規模のコストを意識する人々の存在で、支えられる。それを、正に裏切る行為だ。初めから技術が確立できないなら、それを表明すべきだ。再生紙と言いながら、あまりに白い。何かおかしいとは思った。そんなに白くする必要がない。しかし、製紙会社の固い頭では消費者の求めるものは、より白い紙だと思い込んでいる節がある。その白さでで行き詰まり、偽装につながったのではないか。

新聞紙も昔より随分に白い。あれも90数パーセントがは新聞の再生紙だと発表してきたが、大丈夫か。白くする為に薬品を使う。この薬品の無害化に又コストがかかる。昔のわら半紙程度の色でも充分だ。再生紙の魅力。最高の水彩紙は、シーツなどの綿布の再生した、ラグと言うものから作られる。これは決して、バージンの綿からでは出来ないものなのだ。ここが水彩を描く喜びだ。散々シーツとしての役割を果し、あるいは下着として、もう破けて駄目だと言う事で、水彩紙になる。それに描くのだから、気持ちも違うと言うものだ。再生紙など、無駄な不合理な考えだ。と言うような環境論者が発言している。コストを考えれば、目の前で朽ちてゆく間伐材を使え、などと発言する。本当のエコは、再生だけじゃない。割り箸は大いに使えなど、使い捨てがエコの事もある。箸を洗う水のコストや、森林の問題など持ち出して、一見そうかと思わせる。

実は、社会と言う器がゆがんでいる事は、そのままの前提条件にして、一つ一つの事象をそのゆがみの前提で検討すると、おかしな結論が出てくるのだ。本質的には、社会を大きくエコの方向に、定め、全てをそこから逆算すれば、もったいないと言う普通の感覚が、間違っていない事に気づく。森林の問題が、行き詰まっている事の解決を割り箸に求めれば、そこにはとんでもない詭弁も出てくる。本来の森林のあり方に、つまり再生可能な森林の管理を社会的行為として、位置づけ、その上で、割り箸の事は考えるべきなのだ。目先に踊らされては駄目だ。再生紙が偽装であった事は、大企業の企業倫理。それ故に、報道や、新聞は、食品に比べて及び腰だ。はっきりと追求がされていない。朝日新聞では古紙が中国に買い占められる所が問題であるかのような不思議な記事を出している。今後の展開を、注視しなければならい。
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米袋の麹作り

2008-01-21 07:23:05 | 自給
今回はいつものやり方より、簡便な方法と言う事で、米袋で仕込む麹作りを試してみた。中原さんが試みて、上手く行ったというのだ。袋に入っていると言う点、前から雑菌が付きにくく、又運搬にもいい。可能性が高いと思っていた。今まで、藁つとで包む方法や、麹箱に仕込むやり方。補助熱もコタツやら、電気絨毯、電気毛布と色々試みてきたが、今年はついに、湯たんぽだけでやってみている。麹菌のその性格が大分解ってきて、湯たんぽでもいけるなと言う感じがして来た。もう一つは、今年はストーブはない、電気毛布や電気絨毯など、論外。七輪生活と言う、つわもの鈴木さんが参加した。当然の事、湯たんぽぐらいで出来ないのか。こう言われる。それじゃぁーやってみるか。という気になった。問題は立ち上がり6時間だ。この間上手く、温度維持が出来れば、後は自温が生じてくるから、加温はそれほど心配はなくなる。

麹は米袋に入れる。袋はぐるぐると巻き込んで閉じる。その廻りをやはり米袋を切り開いた紙で包み、そこにポリタン湯たんぽを4方に置き、湯たんぽ一リットル四本を用意した。ポリタンもあるから、あまり高温じゃなく、85℃くらいのお湯を入れた。さらに、全体を毛布で包んだ。その上から、4枚の座布団で、固める。これで、最初設置した段階では20℃に下がっていたが、徐々に上昇し、3時間後にはほぼ30℃になった。ここで、さめたお湯を暖かいものに交換して、さらに5時間後お湯の交換。麹の温度は36度程度。もう一度お湯を交換して、20時間後の一番手入れ時には42度になっていた。少し高いが大丈夫。ここではお湯を交換せず、袋ごとごろごろさせて、袋の上からお米を細かくほぐし、袋一杯に広げる。

結構上手く行っている。段々麹のことがわかって来ると、手間をかけずにやれる方法が見つかる。それは手順が短縮されてありがたいというだけでなく、技術として確立すると言う事になる、大切な要素だ。どんなに上質な方法でも、名人だけできると言うようなものでは、意味がない。出来る限り、素朴で単純なやり方に整理して行かなくてはならない。それが自給らしい技術だと思う。湯たんぽで進めて、麹菌と親しく語らった。電気と言うのは便利だが、会話がなかった。湯たんぽの暖かさを通して、麹がその性格を語ってくれた。

味噌は置く場所で随分違ってくる。冷暗所。昔で言えば、味噌倉と言う事なのだろうけど、それでは普遍化しない。これから、温暖化時代。自給の課題になってくる。共同の穴倉を作ったら良いと思うのだ。私の家には幾らでも斜面があるから、この斜面に穴を開けて、上手くトンネルを作り、そこを保存庫にして、みんなの共同利用にする。それは冬場の種芋や生姜の保存、等にも利用できるのではないか。廻りは石で組む。石は大谷石のような物が良いらしい。良い保存庫があれば、野菜などもあれこれ置けるわけだし、みかんのほぞんだって夏まで可能になるかもしれない。冷蔵庫の電気保存にいつまでも頼っている訳には行かない。この斜面を昔の人は遠々掘り進んで、水脈まで200メートルは進み、そこから、自分の家の飲み水を取っていたらしい。どの家でもやっていたことだ。麹の発酵を待っていると、自分の発想の方も、色々刺激されて、面白くなってくる。しかし、面白いのだけど、やりたいことばかり出てきて、大丈夫かな。

自給の作業時間:味噌麹の仕込み:2時間、醤油のしこみ1時間 累計時間:13時間
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麹の仕込み

2008-01-20 06:43:35 | 自給
本日は、早朝から小宮農園で麹の仕込みを行う。一人3キロだけど、150キロ分だから、50回セイロを使うことになる。5組並べて行って、10回と言う事だから。丸、一日かかることだろう。中原さんが全体を仕切っているからできることだが、相当なことに成りそうな気がする。相当に寒いが、雨の方は無さそうなので良かった。今回も麹は初めてという人が、結構居るようだ。麹つくりをやろうという方針は味噌作りの最初の頃からあった。ただ、買って来た麹と混ぜるのでは、農の会の自給の精神に反する。当然、大豆も栽培し、米も栽培する。そういうところに踏み込まない、自給体験教室のようなものは、肝心な所が欠けがちなのだ。幼稚園の芋ほり体験が、芋が既に掘られて、畑に並んでいた。子供は芋は畑に落ちているものと思うだけだと。

大豆を造ると言う事が始まり、種を撒き、植物が芽を出し、育つ。そして、畑に植えられ、実るまで世話をする。こうした全てを、体験する。ココで始めて、自給に於ける自信がつく。何だそうだったんだと言う事が、沢山見えてくる。思ったより大変と思う人もいれば、案外楽なものだと思う人もいる。大豆だって、無農薬で作るとなれば、結構大変な技術となる。草取りだって、どのタイミングで、どの程度やるものか。理屈だけでは見えないことが幾らでも出てくる。今まで味噌作りで、麹つくりで、上手く行かなかった人というのはいない。大抵何とかなっている。これはすごい事だ。誰でも出来るように、全体が技術化されていると言う事だ。この辺が農の会の今までの蓄積なのだと思う。

一人の自給より、みんなの自給の方が楽で、楽しい。こんな風になることが大切だと思っている。確かに何年もやっている人は、家でやれば出かけないで、あれこれ面倒がない。こう思うだろう。でも、それでは始めてやる人には伝わらない。昔なら、地域や、家族で、そうした技術は伝承されていた。いまや、完全に失われてしまった中で、どうやって掘り起こし、再生して行くか。私たち自身が、伝えてゆくシステムまで含めて、そうしたコミュニティーを作らないとならない。今年は、醤油にも一応は、取り組んだ。今回の醤油体験が、技術になるにはもう少し繰り返しが要るかもしれないが、地域で、自分たちで、その辺まではできると言うのは、必要なことだと考える。麹屋さんがなくなり、醤油の絞り屋さんがなくなり、自給はなかなか大変になっているが、そこを却って面白い取り組みのする手立てに出来たらと思う。

大豆を煮る大がまが、5つ並ぶ事になる。30キロかける。5つだけれど。これはこの次の日曜になる。こちらはこちらで、面白い。大釜で煮る大豆はおいしいのだ。同じ時に寸胴で似た大豆と較べたら、明らかに差が出来たのだ。どうも豆が釜の中で廻るかららしい。その豆も農の会の豆は、これまた上手い。だから、例年旨い味噌ができる。その旨さも、それぞれで、食べ較べもやるのだが、これも不思議だ。発酵というものの醍醐味で、それぞれの自家製がわかる。誰にとっても自家製が一番だ。今年の味噌の仕込みも、50組も申し込みがあったと言う事だ。きっと、一人でやるより楽しいものになりそうだ。まぁー私などは、正直一人では続かなかったに違いない。みんなとやれると言う責任感と、楽しみで、かかわらしてもらってきた。
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開発審査課の急な対応

2008-01-19 11:52:33 | Peace Cafe
昨夜、ブログを読んでかと思うが、開発審査課の課長補佐と主査が二人して尋ねて見えた。行政の人はブログチェックは良くしている。私も読んでいるだろうという前提で書いている。実名だけは勘弁してくれ。こういう訳だ。その場では、「行政職員は公人だ。役所での対応は、許可権者という権力を持った上で、市民と対応している。そこでの対応は公にして構わない、と言う前提ではないのか。もし私が書いたことに、間違いがあるなら、それは申し訳ないことなので、早速訂正の記事を入れて謝罪する。」こう返答をした。自分たちも聞いていたが、間違いという訳ではない。理解の仕方が違うと言う事はあるが、記事は事実であると2人して確認した。そこまで確認できるなら、実名は消してもいい。その確認の事実も、書いていいと確認した。しかし、相変わらず私の疑問が解決したわけではない。

1、私が12月5日、開発の内容を説明して欲しいと役所に聞きに行った時、何故、開発行為に伴い、周辺住民への説明を、きちっと行うように、業者を指導しなかったのか。
2、開発行為に伴い、協力土地の関係者の全員同意の判を、業者に求めないのか。全員同意は必要ではないと、答えた理由は何処にあったのか。説明に見えたお二人は、小田原市の方針として必要と言われていた。
3、水路について、私と、業者に対してと、対応が異なる理由は何処にあるのか。
4、市街化調整区域の宅地開発は、農業地域に宅地が混在すると言う結果を招く。その為に、農業の特に畜産業の当然な行為が、行いにくくなる、場合も多々ある。この点に対する。行政の指導はどうなっているのか。

開発業者に対し、何のわだかまりもない。開発業者に依頼された、測量会社の人が説明し、問題がなかったと、役所に届け出ているらしい。どういう誤解が起きているのだろう。何故、業者は説明に来ないのだろう。と書いていたら、「説明に行くと言うので、」日程の打ち合わせの電話があった。きちっと話し合うことが大前提だ。私が判を押さなければことが進まないと言う、前提が作られて始めて事が動く。役所がそれなりに動けば、業者は対応するのだ。これを見ても、役所の対応がいかに大事かがわかる。役所が、3分の2の同意でいいなどと言っていたら、業者は楽な3分の2で事を進める。しかし、開発協力地の同意は3分の2でいいなどと市民に法律論を述べ、業者に対し全員同意でなくてもいい、などと指導している行政は、先ずない。市民を追い返すために、売り言葉に買い言葉で、そういう安易な事を、発言する辺りがいけない。

役所の職員はどんな仕事をしているか、考えて見れば、市民の暮らしを守る為に、市民に成り代わって、様々な対応をしている。これが基本だろう。その意味では中立と言っても、どちらかと言えば、その場に暮している市民の側に立って、そこで、新たに出現した事態が、暮らしに対し差し障りがないように心配りする。この精神ではないだろうか。重い腰をやっと上げ、役所に行くときに、市民がどんな緊張感を持っているか、理解しているのだろうか。役所は自分達の暮らしを守ってくれる所でなく、どちらかと言えば、暮らしを侵害する一翼を担っている。こんなイメージが形成されている。それは、久野ではダック裁判で、充分に理解した。裁判で負けて、初めて神奈川県は対応を変えた。わからずやの住民の為に、公共の福祉が妨げられる。こんな思いが行政にはあるのかもしれないが、ぜひとも謙虚に、公正にやって欲しい。
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6ヶ所村ラプソディー

2008-01-18 07:57:09 | Peace Cafe
ピースカフェ27号では、六ヶ所村ラプソディーの事を特集した。2月23日に上映会を行う。六ヶ所村の問題は日本の全ての過疎地域の問題だ。今も政府は、原子力廃棄物処理場に、色々の恩典を加えて、募集をかけている。誰も嫌がるものを受けいる事で、地域の存亡をかけざる得ない現実。これは舟原に増えていくのが、資材置き場ばかりと言う事に似ている。農業がきちっと経営できる現実であれば、こう言う事はないのだが。弱い所から膿が吹き出る。温暖化問題は必ず、原子エネルギーへの移行が提案される。今後原子力発電所の立地は、他人事ではなくなる。地域が弱まっているのは、地方と呼ばれる全ての問題。地方格差。これは企業格差でもある。企業の東京集中。実労働の空洞化。いずれ、自分の暮らしの事にかかわってくると、考えて置かなければならない。

10年ほど前、ある中心市街地の活性化の集まりで、リーダーの人が、冒頭の挨拶で原子力発電の問題点を力説したのだ。この人はさすが一味違うと思った。一歩先を歩んでいた。10年経過して、いよいよ、他人事ではなくなった。誰にとっても自分の暮らしとなり始めている。暮らしを変えない限り、全て解決はしない。今の暮らしを維持しながら、何とかしようと言う、温暖化対策なら、必ず原子力発電に行き着くしかない。だから、自分の暮らしを変えることが先。人間は一度楽をすると、ほぼ戻れない。よほどの覚悟がない限り、生活の質の低下は耐えられない。しかし、そうする以外どうあがいても道はない。だから一番腹が立つのは、ノーベル賞受賞のアメリカの元副大統領ゴア氏だ。巨大で脆弱な自分の暮らしを維持したまま、温暖化対策の事例になっている。

年賀状の再生紙問題。偽装だった事が明るみに出た。その弁解会見で、再生紙は温暖化の観点から見れば、かえってエコじゃない。こういい切った。最近、気の聞いたつもりの、一ひねりした環境論が、横行する。「割り箸をどんどん使えば、日本の森林は再生する。」確かに割り箸が何だと、言いたくなる背景はある。しかし、自分の橋を持ち歩くことから、環境に目が向くと言う事が起こり、そうやって、一人ひとりの暮し方が変わる。と言う事が現実にある。気の利いたつもりの環境論者は、間違いなく環境的な暮らしをしていない。あれこれ言い訳の理論の方を探している内に、何をやっても同じという結論に至るのだ。環境は理屈だけでは変わらない。辛い方向に戻れという、過酷な選択を各人に迫っている。

六ヶ所村は核廃棄物再処理、つまり核燃料のごみを再利用しようと言う施設だ。これが工業レベルで可能な技術と考える事が馬鹿げている。人間の能力には限界がある。いい加減なものだ。いい加減で出来る事しか、この世には存在できない。完全なものは無理。原子力施設でのほう火が続いている。人間は愚かな者で何をしでかすかわらない者だ。人間がコントロール可能な技術には限界がある。原子力と言うものは、人間の日常的能力を超えている。我が家の地震対策といったところで、充分にはできない。原子力発電所だって、十分などと言う事は、在り得ない。もし事が起これば、全てが終わりになるような技術は、いくらありがたいと行っても、踏み込んではいけない領域だと思う。是非、鴨宮のマロニエでの2月23日【土】の上映会に一人でも多くの方に足を運んでもらいたいと思います。そして、自分の暮らしの事を考えてもらいたいと思います。
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開発審査課

2008-01-17 03:52:40 | 地域
昨日は、小田原市役所の開発審査課に隣地で予定されている、開発行為に対する、質問をしに行った。対応してくれたのは、Oさんだ。この件で伺ったのは2度目だ。12月の5日に最初聞きに行った。隣の家が、平塚の業者に土地を売った。売ったうえで、自分の家の畑だった場所を、自分の家を建てると言う事で、農地の転用を申請した。それは受理されて、そこに現在家が出来上がった。しかし、自分の売ってしまった家の部分が開発されて、道路が出来あがらないと、現在完成した家に正式には住めないらしい。その前からある家の部分が、現在開発申請がされている。私の家はその土地と、西側と北側の2面で接している。斜面地であるので、工事についてはどのような形になるか、この点を心配してきた。もう4ヶ月ほど前、開発の図面を持って、測量をされた会社の方が、説明に見えた。その場でお聞きしたがどうなるかよくわからないと言う事だった。

そこで必ず、説明に来て欲しい。どんな工事をしてもいいという訳ではない。とお願いした。所がその後全く見えない。仕方がないので、市役所の開発審査課に内容を聞きに行った。所が「民、民の問題」だから、行政は関係がない。と取り合ってもくれない。しかし、開発地域には協力地として、私の農地も入っている。つまり、何らかの処置をしなければならず、段差があり、しかも小田原市の水路があるので、簡単な事ではない。このように言うと、O氏はそれは農政課の水路担当の事だから、ここで言うな。と更に取り合わない。それから1ヶ月がたって、申請が受理されただろうから、それでどうなるのか教えてほしいと、もう一度聞きに行った。理由はわからないが、まだ受理されていない。と言う。何故私の同意が不用なのか。お聞きすると。建築許可には必ずしも範囲の地主全員の同意は要らない。このように説明する。

しかも、私が嘘をついて地主であると、言っているかもしれない。そんなあやふやなものに対応する必要もない。ここまでひどい発言をする。では、私が正式な地主であるか。そちらで確認して欲しい。とお願いすると、そんなことを行政がする訳がない。更に言い募る。全く驚いてしまった。水路については、私が10年前に越してきたときには、水路をまたぐ、入り口となる道路を改修するに当って、水路は現状存在しないのだから、そのまま直していいかと、申請すると。何と水路があるがごとく、トンネルを作らなければいけないと言われた。その強度まで指定された。しかし、上部で水路だった所が、すでに家になってしまっていて、馬鹿げていると考え、そんな無駄な事をしないで、済ましたい。と言うと、諏訪の原までの水路関係者全員の了解の印を貰ってきなさい。ここまで言ったのだ。

それが、何と今回は、業者に対しては、水路は既にないものとして扱うので、関係がないと言うのだ。何故、こうも行政の対応が、私に対したときと違ってくるのか。一体小田原市役所はどうなってしまったのだろう。今回この周辺に10棟あまり家が作られるらしい。それは悪い事ではない。もう荒れてしまい竹薮になるだけだった場所に、家が建つのだから、悪い事ではない。しかし、何故、市街化調整区域の農地に家が建つのか。不思議な気はする。これは今後の為にも知りたいところだ。その理由を聞いても、全く説明はないので、今のところはわからない。この開発行為に異論があるわけではない。しかし、農業地域の市街化調整区域が、住宅地として開発される場合。それなりの配慮がなければ、乱開発になり、地域の形成が出来なくなる。行政には地域住民への説明が必要なことを思い出してもらいたいものだ。
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