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参議院選挙と農業の今後

2007-07-31 06:32:49 | Peace Cafe
参議院選挙が終わった。ひとまずホッとした。自民党が大敗した。安倍政権の憲法改定路線が、当面は頓挫した。もちろん今回の選挙が憲法判断にならなかったのは分かっている。とは言え、自民党が勝利すれば、間違いなく国民投票に向けて進んだ事だろう。選挙結果には様々な分析がされているが、農業の今後について、変化があるのかないのか。この点は、残念ながら余り明確な見解は見受けられない。「ばら撒きか、切捨てか」では、農家はばら播きを選んだ。当然の事だ。ばら撒いてもらうほうが、切り捨てられるより良いに決まっている。ばら撒きには展望がない。競争力のある農産物の生産を。こう言われても、それが空論であることなど、農家の人も、JAも充分に分かっている。中国へ日本の米が高く売れる。こんな事に、農林大臣は上海までかけて行って祝った。麻生外務大臣や安倍首相はその有利性を強調した。

誰もそんな馬鹿な事を信じなかったのが、今度の選挙結果だ。国際競争力のある農産物、資本家が農業に参入するとすれば、アジアのどこかに、農場を作るだろう。バングラディシュ辺りか。農業は労働力が、最も必要になる産業だ。工場でさえ、中国へ、アジアへ、と転出して、国内は空洞化している。何故、こんなに手間暇かかる農業だけ、日本という国土に縛られながら、国際競争力が求められるのか。確かに、かつての日本人の作る、芸術的な農産物は、特殊な国際競争力があるかもしれない。あくまで特殊解で、一般解ではない。1個10万円もする、夕張メロンが毎年、テレビに出る。だからと言って、みんながこれを作れといわれても、またいつもの馬鹿な農業政策だと思うだけだ。

食料は他の生産物と、そもそも成り立ちが違う。自動車とお米を同じく議論しろ、と言う事が無理なのだ。比較しろというなら、食料は軍事物資と同列に考えるべきだ。本来、食料は動かさないことが原則だ。狭い範囲で産業として成り立つことほど、健全だ。もし余るほど、食料が生産できるなら地域なら、そこに人が多く住めば良い。食糧生産に従って、人が住み分けることが本来の姿だ。食料を大量に移動して、しかもそれを、輸出の中心に据える事は、軍事産業を国の根幹にしていることと等しく、不健全な事だ。食料を自由貿易協定の一品目とすることがおかしい。これがアメリカの世界に対する政策で、日本がそれに便乗して、利益を分けてもらっている姿が、背景にある。その為に、食料は別だとは日本政府は言いたくても言えないのだろう。たいした経済でもない農民に犠牲になってもらうしかない。それが政府の本音だろう。

今回の、参議院選挙では農家に対する戸別補償をして欲しい。という声が圧倒した。これがばら撒きだとしても、何らかの対策をしない限り、成立しないのが日本の農業だ。自給率をせめて50%程度にはしたい。とするなら、認定農業者制度、集落営農制度、での規模拡大政策では不可能だ。これが農業者の本音として出てきた、選挙結果だ。農業者は倒産が出来ない。先祖伝来の土地から離れられない、条件下で暮している。出稼ぎに行くにしても、工場や役場に勤めようとも。家を守ろうという思いで、今までは何とか生き抜いてきた。地域の中核となる農家の方は、地域までも、自分の責任として支えてきた。それが、自民党の主張する方法では、無理だという悲鳴が上がった。農家が、自民党に投票しないという事は、革命的選択だ。今ならまだ、日本の農業には、可能性がある。その思いが、民主党の戸別補償制度に傾いた。さぁー、政治家はどうしてくれる。
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百姓がアートすること

2007-07-30 11:15:58 | 自給
以前農の会で、農の会は農業だけやればいいじゃん。と言うような、もろもろのツブヤキがあった。そりゃそうだ。農の会という組織で、お茶の会をやったり、焼き物を焼いたり、アートフェスティバルをやったりするのは、まともに考えればおかしなことだ。でも、そうじゃないだよな。古代人の自給は家を建てたり、道具を作ったり、絵を描いたり、それは、総合的なものだったんだよな。農業だけやっているなんて出来なかった。それでいて、自給してのんびり暮していた。お祭りをやるのも、田んぼをやるのも、暮らしの一部でその境など少しもなかっただろう。古代人の作った土偶や容器を見ると、その感性の豊かさは、とても現代人の及ぶ所ではない。その背景にあった暮らしの豊かさ、大きさは充分教えてくれる物がある。これは経済活動、これは余暇、これは信仰。中屋敷遺跡の縄文晩期の土偶は、そんな境目は全く感じさせない。

それでは農の会とは距離をとって、農の会というワクを取り払って、旭ブルーベリー園の夏祭りとしてやろう。それの方が自由に楽しめる。そんな風に変化してきた3回目の夏祭りだった。450人が集まったそうだが、ごみごみした風はなかった。私自身2つの事に関心があった。もちろん一つは野焼き。この土地で焼かれた。土偶を作った人と同じ気持ちになって、野焼きをやる。もう一つが、森の小道をお祭りの装いにする。自然の様相を変化させる。それを楽しみたいと思った。100メートルほどの小道を、通り抜ける事で、気持ちが明るく変わるようにしたい。祭りへのワクワク感を作り出す。そんな道を作って見たいと思った。初めての試みとしては、かなりの成功をしたと思う。一つには、天候に恵まれた。初夏のあかるい陽射しと、風。外の明るさから、林に入ると、案外深い森の中に居るように感じる。そして、木々が色とりどりの布の、ネッカチーフをして、おしゃれしている。それが、風でたなびく。

野焼きは、何と1017度まで温度が上がった。まだ上がる様子だった。下に薪を置き、泥のままの壺やら、土偶を積み上げる。そして稲藁で取り囲む。2センチほどの厚みで田んぼの土をぬる。それだけの事だ。以前、耐火煉瓦で釜を作った経験から言うと、これで、千度を越えることはちょっと信じられない。私は、土球を作った。土の空洞の玉の中に、四角さいころのような土を入れて、焼き上げ、カラコロと心地よい土の音を味わう物だ。アイデアは師匠のちょろりさんから戴いた。土球が出来れば、只者でない存在感を持って欲しい、百姓のアート魂だ。土を毎日眺めていて、土が全てを作り出してくれる。人のやれることなど。本当に少ない事を実感している。土という奴が、すごい物である事を、実感できる存在物を作りたかった。

今回みんなの制作したものを、旭ブルーベリー園に8月7日まで、展示する事になった。展示すべき、と思うほど素晴しい作品群なのだ。焼き物は農作物と似ていて、自分がかかわれることは、限られている。自分は自然に従い少し調整する。そんな感じが、野焼きの焼き物にはある。温度的にも、色彩的にも、須恵器の感じがする。焼きあがった土球のカラコロがかなり高音だ。もし、旭ブルーベリー園に行かれたら、手にとってカラコロ成らして見てください。きっと古代の音が、土の音がするはずです。
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参議院選挙、憲法判断

2007-07-29 05:50:07 | Peace Cafe
参議院選挙、いよいよ今日投票日だ。憲法について、審判が下される日だ。日本国総理大臣が、明確に憲法の改定を宣言し、そのための国民投票法案まで準備し、挑んだ選挙だ。もし、この選挙で、自民党が勝利することになれば、間違いなく、憲法改定のための第一歩が踏み出されることになる。それは、具体的には「軍備を明確に保持する、当たり前の国として日本が世界でやってゆく」のか。「軍事力を国際紛争解決の手段としない、平和主義の国としてやってゆく」のか。この選択なのだと思う。誰でも、平和主義が嫌いなわけではない。しかし、平和主義が、現実離れしている、のではなかろうか。この辺の判断なのだろう。

戦争の力、武力による力、これは何度も見てきたし、今も、イラクやアフガニスタンでは、まさに現実の事だ。一体武力によって、国際紛争というものが、解決できたことがあるのだろうか。私の考え方を、作ってきたのは、ベトナム戦争だった。アメリカという巨大国家と、ベトナムという小国が、共産圏対資本主義圏の対立構造に巻き込まれ、もみくちゃにされてゆく。ベトナムを資本主義圏の防波堤としたい。もし、ベトナムが共産化されるようなことになれば、ドミノ倒しのように、アジア全体が、共産化するだろう。その時に日本の資本主義は崩壊する。本当にそんな論理の下にアメリカと共に、ベトナムを押し潰しにかかった。韓国は北朝鮮の圧力も感じる中、本気で殺戮を繰り返した。日本はアメリカの基地として、参加した訳だが、憲法の歯止めがあり、直接の殺戮だけはしないですんだ。しかし、手を汚さない日本の態度が、アメリカの日本に対する、不満でもあった。

アメリカは敗戦し、ベトナムから逃げ帰る。ベトナムは共産化した。しかし、アジアの今の情勢をみれば、ロシアや中国が支配した訳ではない。むしろ、その共産圏と呼ばれた地域が、資本主義的な経済政策を取り入れ、それに伴い、自由な権利を主張できる国に、少しづつ変わってきている。「北風と太陽」の話の通りの結果だ。今も、アジアに問題がないわけではないが、武力が問題を悪化させるだろうという、判断は定着した。北朝鮮問題がいい例だ。6カ国会議も歯がゆいばかりで、何も進まないように見えるが、少しづつだ。本当に少しづつ可能性が広がっている。現憲法下、すべからく日本人は世界の太陽としての役割を果す義務を負っている。そのように憲法で決めてある。

世界の太陽になる努力を憲法が出来て、60年どれほどしてきたのだろうか。イラクサマワにおいて、日本軍が引き上げて、治安状態の悪化が言われている。日本は太陽として、サマワにいたのではなかったという結果ではないだろうか。アメリカによる、武力的解決が、殆ど不可能だというのが、アメリカの国民の選挙による判断だ。日本人はこの参議院選挙において、どんな判断をするのだろう。平和という太陽に日本人が成るために、具体的な行為を世界に向けて始める。このように転換する、参議院選挙であって欲しい。
平和がどれほど、素晴しい物か。それは平和に日々を暮していない限り、見えてこないものだろう。格差社会に閉じ込められ、再挑戦の機会はある。などと経済競争に駆り立てられいては、本当の平和に生きる実感を持つ事はできない。昨日の旭の祭りも、平和の空気が高まっていた。祭りを楽しんだ人ほど、平和のありがたさを味わうことが出来たと思う。
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ネット中傷

2007-07-28 05:01:09 | Peace Cafe
学習障害(LD)などの発達障害児らが通う神奈川県小田原市の学校法人「湘南ライナス学園」の生徒数が、インターネット掲示板「2ちゃんねる」の書き込みで中傷された影響で激減している。開校時の05年には48人が入学したが、新入生は昨年15人、今年は6人に落ち込んだ。学園は「心ないうわさに惑わされないで」と訴えている。学園によると、掲示板での中傷は開校から半年後に始まり、「学園長が学費を流用」「まともな授業が行われていない」「学力が下がる」など約2000件以上の書き込みがあった。これを見た親たちが不安を募らせ、退学者も出て在校生は32人になった。この経緯を知る文部科学省の滝本寛・前特別支援教育課長は「構造改革特区による発達障害の専門校は、ライナスが全国唯一。日常生活や学習につまずきがちな子への取り組みを続けてほしい」と話している。
毎日新聞 2007年7月25日 15時00分
以前ライナス学園に、ピースカフェの教育特集の時に、取材を申し込んだことがある。電話で一回とメールで一回行った。何故か、普通の形では反応してもらえなかった。その頃、ライナス学園に何かトラブルが持ち上がっている、と言う事を聞いた。今思えば、掲示板に載っていた頃なのかと思われる。親しい人からも、又聞きとして、良くない噂が、私に伝わった。そのときの情報源は、以前勤めていた人と言う事だった。この学校ができる前、それまでNPOで長い間地道に続けていたという話を聞いていて、まさか、そんな馬鹿な事がある訳がない、直接聞いて見ようと考えた。直接尋ねるまでには到らなかった。電話での応対が、すごく不自然だったんだ。防御的で、話が聞けるような感じではなかった。ネット中傷での実害というのは、帰ってその周辺で広がるのかもしれない。

全ての原因は、2チャンネルの掲示板のせいだったようだ。確か、小田原に来る前には、平塚のほうで、長く、発達障害の子ども達の教育を続けていた。小田原に素晴しい学校が出来た。それがあっという間に、おかしな方向に行ってしまった。学校が来るという時には、畑もやりたいと言う事で、話があった。それなら近くがいいというので、その頃に農の会にも問い合わせのあった。広い農地を紹介した。それも、どうなったのかとは思っていたが、授業の中には農作業も準備されているようなので、上手く進んでいるのだとばかり思っていた。

今書き込んでいる。GOOのブログの上部にも公職選挙法に関するご注意というのがある。これを読んで見ると、選挙については、何にも書けないと言う様な注意書きだ。以前の市議会選挙のときには、やはり、ホームページの書き換えがいけないと言う事だったが、今回の参議院選挙では、各党書き換えをしているようだ。どうもどこまでが良くて、いけないのか、皆でやれば恐くない。というような感じがする。確か、前には書き換えた為に注意を受けた政党もあったはずだ。大体ネットで、選挙の事が書けないという解釈はどこから来たのだろう。韓国ではネットでのネガティブキャンペーンが、政治を変えた。と聞いている。ライナス学園の問題と。選挙の事。どうネットがあるべきか、少し考えてしまった。
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タバコで余命3、5年短く

2007-07-27 05:58:20 | 身辺雑記
小田原久野には日本たばこの工場がある。前を通る時、あのタバコの香りが時にすることがある。久野には、タバコを栽培した歴史がある。この辺りでは秦野市がタバコの産地として有名だった。小学校の社会科で、習った記憶があるから、45年前には、まだタバコ栽培が中心だったのだと思う。名残のタバコの葉の乾燥小屋が、隣には残っている。タバコと、蕎麦が輪作には都合のいい作物だったらしく、そばも相当に栽培されていたらしい。その為に久野には大きな蕎麦の製粉工場が、2軒もある。家の鶏はその製粉の時に出る。そばの糠かが、主食だ。それにくず米も混ぜるから、残渣を利用すると、人と似たものを食べることになる。
タバコで余命が3年半短くなる。この表記をタバコのケースに入れることを、義務付けたらどうだろう。インパクトがある。

日本人の寿命が、男79.00歳、女性85.81歳だそうだ。いつも、この男女差に、つい関心が行ってしまう。7年は大きな差だ。その差の中に喫煙も含まれる。タバコという物は、一度も吸った事がない。試したこともない。子供の頃から、なんでそんな、意味のないものを吸うのか理解が出来なかった。呼吸器が弱かった事もあり、タバコの煙にはいつも悩まされていた。だから、最近の公共の場でのタバコが禁止になる傾向は、切実にありがたい。以前、何の間違えが起きたのか。一駅だけ、帰宅時の喫煙車に乗ってしまった。新宿から、町田までのロマンスカーだ。ほぼ全員が、一斉に吸いだした、すざましさは恐ろしかった。あれでは3年半では済まないと思う。喫煙所も更に寿命を縮める場所だ。こういう行為も緩慢な自殺に入るのかな。慌てて、車両を変えたが、肺をやられてその晩は熱を出してしまった。

日本人の女性世界1はもうづーとだが、日本男性は7年分も女性の為に、身を削ってナイトとして頑張っているようで、むしろ、日本男性の手柄と見えるのか。アイスランドというのはいつも、男性世界1。氷島というほど寒い所なのに、と思うが、こちらは女性の方は3位までに入らない。どうなっているのだろう。8月に成れば58だから、平均的に行けば、後21年と言う事になる。しかし、余命と言う事なら、たぶん24年ぐらいはあるのだろう。この間にどれだけの事ができるのかというと、限られていることが良く、良く分かる。34の時から、今までにやれたことだ。たぶん頑張れる速度が急速に落ちてゆくのだから、たいしたことは出来ないとしても、絵の方だけでも、もう少し進めてみたい慾がある。

私は幸運にも父と母を見取る事ができた。二人とも苦労をかけるようなことなく、死んでしまったのだけど、それなりに看護もさせてくれた。その辺の頃合いも感謝している。それで、2人が口をそろえて、話したことは「死ぬことはなんでもないことだ。」こう言うのだ。あと2年で、60に成る。ここまでは今のペースでやるつもりで居る。その後があるとすれば、やり方を変えようと思っている。だから、あと2年だと思って今は、やれるだけの事をやっている。いわば2年で社会的にやれることは、やり終わりたいと思う。今までお世話になった社会に対しての、お返しは後2年かかると、もちろんそれで済まないとは思うけれど、一応そのようにしてもらおうと思っている。2年経って見なければ、分からないことだけど、後は自分というものをやりつくしてみたいものだ。
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夏祭り近づく

2007-07-26 06:44:16 | あしがら農の会
大井町の山田「旭ブルーベリー農園の夏祭り」が、いよいよあさってになった。昨夜は最終打ち合わせが、行われた。打ち合わせと言っても、ごちゃごちゃ話しているばかりで、全く整理されていない中で、幾つかの輪が出来て、それぞれの部署での、問題点をああでもないこうでもない。と雑談しているという様子だ。これはいつもの事で、何か話を分かり易く整理して、手際よく進めると言う事が出来ない。これは、農の会関係の集まり全般にある。極めて、部落的集会ということなのだろう。誰かが取り仕切ると言う事が余り適当でない、空気なのだろう。だから、時間がすごく掛かる。何となく共有できるまで、雑談しているのだから、必要な事がきちっと話されたのか。まだ残っているのか。ちょっと不安なまま、明日から直接の準備となる。実は、これがいいと思っている。これがゆるい空気を作り出す。妙法なのだ。

先日志村さんが、屈斜路湖のほうでアースディのお祭りに参加してきたそうだ。10日間もテント生活をしたそうで。それが、どうぞ、場を提供します。来られた皆さんで、やりたいことをご自由に始めてください。こういう雰囲気だったらしい。すごい主催者がいるものだ。勇気がある。我々にはそこまでの度胸はない。でも山田村の夏祭りは、やりたいことを、かってにそれぞれがやっている、自由な許される感じだけはある。つい、来た人も一緒になってやりたいことをはじめてしまう。そんな空気に成れば最高だと思っている。だから、どんどん盛りだくさんになり、間際になってもどんどんアイデアが、加わる。学園祭的乗りだ。自分が面白そうなことをやる、という一番が、野焼きだ。先日作った土球。無事乾燥したそうだ。当日も粘土で形作りができるそうだ。時間があれば、もう一度作りたい。

立派な横断幕が出来た。もう祭りムードは高まった。古代の森の道つくり、今年の一番のテーマだ。これを祭りの間中、作っていたい。来た人も一緒になって作ればいい。準備万端でサーどうぞじゃ面白くない、お客さんで来た人も、スタッフになって、作業員に成ってしまって、違和感のないような進みかたになれば。作る方が、見ているより面白い。実は、古代の森の道作りは3年越しの、計画だった。いつかあの森の中に道が出来るといいよねが、小宮さんは、一気に進めた。小宮さんは思い込むと、止まらないのだ。素晴しい起伏のある道になった。こんな散歩道はちょっとない。子供にとってはちょっとした冒険の道だ。この道を古代にいざなう道にしたい。色とりどりの布を旗めかせ、祭り気分が盛り上がる道にしたい。森の木が、おしゃれをしてウキウキしているようにしたい。

ヒスイのネックレスのワークショップもある。ひょうたんを使ったアクセサリーも面白そうだ。古代人になりきろう、変装コーナーもいい。一日古代人の気持ちで、過ごせれば、それだけで充分な体験だと思う。今年は本格的な石釜が出来た。この石釜で、空豆さんが、石釜パンを焼いてくれる。この前の試演では、素晴しいパンだった。あの石釜焼きたてパンは、他で味わうことは先ず出来ないだろう。
山田はその昔、そんな風にのんきにか、気難しくか。古代人が暮した場だ。たぶんその頃に耕作が始まり、田んぼも作ったのだろう。そんな山田の古代人がひょっこり現れそうな、お祭りになってきた。きっと野焼きをしていれば、あの素晴しい土偶を創作した、古代の作家が現われて、我々の作った土偶を見て吹きだすことだろう。
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農業が、参議院選の争点に。

2007-07-25 06:35:27 | Peace Cafe
「ばら蒔きか、切捨てか」別段、農法が論議されているわけではない。民主党は所得保障を、1兆円だ。自民党は農業輸出を、1兆円だ。どちらを農家が望むかといえば、間違いなく民主党案だろう。岩手の小沢氏は、自民党時代から、地方の選挙の内実を熟知している。今回の参議院選挙の、一人区を焦点として、自給率100%を打ち上げてきた。そんな馬鹿な、と無視されている内に、これが選挙の争点に成ってきて、自民党は慌てている。昔から十八番だった、農家補償のお株が奪われてしまった。ばら蒔き、と批判してもそれは散々自分がやってきたやり方だ。それで農村を駄目にした。駄目にして、つまり自民党の言う国際競争力など、関係のない農業にして置いて、今更何を言い出すのか。そう農家は思っているだろう。しょうがなくて、集落営農に入った農家も、それで国際競争が出来るとは、考えてもいない。

自民党の切捨てとは何か。小さい農家を切り捨ててしまう。止めて貰う。担い手とされるのは、市区町村に認定農業者と認められた農業者、農業法人などと、集落の兼業農家が集まって一つの農業経営体となる集落営農、と言っている。農業に国際競争力を。しかし、本当の切り捨ては、工業製品の輸出の為に、農業そのものだ売ったことだ。自由貿易協定(FTA)や世界貿易機関(WTO)による農産物市場の自由化の、受け入れが農業を崩壊させることを、農家は知っている。アメリカの200haの平均耕作地に、不法移民労働者の低賃金で、しかも政府からの輸出補助金まで存在する。こんな状態の国と、日本の農業が、どうしてまっとうに対抗できるというのか。日本がせいぜい大規模にしたとして、10ha程度だ。独仏だって40ha平均ある。工業製品の国際競争力とは意味がそもそも違うのだ。

農産物はきはめて風土的なものだ。日本は小規模多品種の農業には、適した気候風土だ。大量生産的な、大規模農業には北海道以外は不向きだ。個別農家の自給的農業へ、向かうのが基本的な間違えのない方向だ。採算など考えない、小さな農家が、何故多数存在するのかを、見直すべきだ。そしてその小さな農家の存在が、生活環境を作り出し。日本の安全保障の奥行きになっている。言わばふるさとの両親が、仕送りを受けながらも、農業を続けてくれていて、取れたお米や野菜を送ってくれる。この形が、広く厚く整えられることの方が、大切なのだ。ここには、補助金も採算性もないが、食料の本当の姿が存在する。食べ物は単なる物ではない。作ってくれた人とつながることで、愛情や、もろもろの豊かさを受け取っている。それは、肉親だけでなく、新しい地域の再生の基本にもなってきている。

1戸の農家が、牛を飼い、田んぼをやる。野菜も作る。日本農業の恵まれた姿だ。この風土をたかが経済性で、崩壊させてしまうことはどれほどの、日本の文化的な後退か。農業から日本人の心は、育まれてきた。そうした、経済では計り知れない恩恵を、捨ててはいけない。食料は他の生産品と別の事として考える必要がある。自民党の麻生氏は中国への米輸出を例に挙げ、アルツハイマーで陳謝したが、日本の米が中国で高く売れているから、いいお米を作れば、世界で高く売れるなどという、馬鹿話を、本当に稲作農家が信じて、投票するとでも考えているなら、今度の選挙で安倍さんが降ろされる結果になっても、とても時期総理大臣は無理だろう。
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自民党公認候補丸川珠代さん

2007-07-24 06:03:50 | Peace Cafe
小池百合子防衛相は社会保険庁の労働組合について「年金の仕事をせず、支持する野党の選挙応援をしゃかりきにやってきた」と批判。「年金問題で混乱すればするほど、日本をガタガタにしようという彼らの目標に近づき、運動は成功を収めるという、まさに自爆テロという話になる」と述べた。さらに「親方日の丸に守られながら、日の丸が大嫌いな労働組合ときている。おかしな話だ」とも語った。社保庁と年金問題については、安倍晋三首相も遊説で「自爆テロによる改革妨害」などと批判している。東京新聞

今回の選挙は、自民党が危機意識で、本音が垣間見えて、面白い。小池百合子さんという人は、かつてはテレビのアナウンサーだったらしいが、テレビでの記憶はない。同じく、丸川珠代さんという元アナウンサーという人が、参議院選挙の東京選挙区から立候補している。何となく見た気がする。この人が何で参議院選挙に出ようと考えたのか、興味深い。何しろ、投票に行ったことがないらしい。最近6回の選挙は行っていない。そのことすら忘れていて、報道陣を引き連れて、期日前投票に行き、投票権のない事が明るみに出たというのだ。投票に行かない、人の立候補表明が、興味を引く、「自分の思いを伝えるためには、政権与党に行くしかない」こう発言していた。権力に寄り付きたい。権力に付けば間違いない。と考えているのだろう。小池さんだって、看板が防衛大臣になったんだと思ったのだろう。

安倍政権というのは、事前調査能力が、全くないという事は確かだ。赤木農林水産大臣の時も、事務所費問題が問題になっている最中、何もこの人にすることはないと、自民党の候補者は口をそろえて、怒ったと言う。自民党の候補者選びは、当選する候補者探しなのだろう。当選可能な人なら、考えは無い方がいいが、正直な所だろう。しかし、選挙権がないことにも気づかず、ばらしてしまうほど、愚かとも思わなかっただろう。テレビ朝日の丸川さんに自分の考えが強烈にあり、たとえばNHK解体などという主張があれば、選ぶはずがない。丸山和也氏と言う弁護士が、いわゆるタレント候補として、比例区の自民党の看板になっている。この人も「与党じゃなければしょうがない」と、自民党からの立候補している。等しく、寄らば大樹の陰で、権力に乗らなければ、何も出来ないと考えているらしい。しかし、プロレスラー議員の皆さんを見ると、権力に乗っても、そう嬉しそうじゃない。

自治労が、支持母体になっている民主党、それを選ぶのか。と自民党は言いたいのだろう。確かに民主党の基盤も不明だ。安倍自民党は社会保険の事で、自分だけ責められることが耐えられないのだろう。逆境に弱い。攻めて居る時はまだいいが、攻められ始めてから、危機管理能力に欠けていることが目立つ。要するに、支持層がつかめないのだろう。選挙になれば富裕層や、都市生活者のみを対象に出来ない。憲法改定の選挙にする、としていたのは、どこに行ったのだ。自民党が憲法改定で負けることが明確に成った、参議院選挙としたい。各党付け焼刃の農業政策やら、ワーキングプアー問題などを発言している。消費税問題なども、選挙になると自民党すら上げないほうに傾く。貧困層が多数派である事を自覚しているからだ。私は今回に限らず、憲法改定に対する考えで選ぶ。消費税が倍になっても我慢は出来るが、軍人にだけは我慢が出来ない。
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水彩画の制作

2007-07-23 06:25:27 | 水彩画
秋に2つの展覧会がある。水彩人&しるべ展の合同展が一つ。もう一つが東京都美術館での水彩人展。どちらも新しい事なので、どうなるのか、自分の中で興味深い。どちらも事務局としてかかわっていると言う事で、案内状やらなにやら、準備と言う事もあり、気が抜けない。それよりも絵のことが少し気になって、どの絵にしようかと思い、描きたまった絵を一通り見直した。田んぼが一段落して、そんな気になった。中から、200枚ほど選んだ。更に、そこから選んで見ようと思っている。発表していない絵の中にやけに、いいものがある。久し振りに見ると、この先の進め方が、分かりそうな絵も目に付く。自分が絵に求め続けているものも、少し分かる。その風景に存在する「動き」。動勢に反応しているようだ。ここ20年描いて来たものを一通り見ると、その流れは見える。

表現自体は、少しづつ変化しているが、描こうとしている内容については、そうは変わらないようだ。自分を取り巻いている空間に引き付けられている。対象物と成る物を、事物を描こうとは全くしていない。見えている物を描いていない。そこに山や、木や、建物や、畑や、海と。色々物はあるのだが、物そのものでなく、そのものを含んだ、あるいはその物が作り出している。空間に対する動勢に関心を向けている。ついでに発表済みも併せて見た。何となく回顧展を一人で見ているようで、面白かった。絵が良くなると言う事はないようだ。違ってはいるが、深くなると言う事もない。ただ、最近は描く内容が、狭められてきているようだ。余分の事をしていない分だけ、絵の面白みはかける。でも、分かり易くは成っている。結局風景を描いた絵以外なかった。

動静を感じている一番の要素が、色彩のようだ。これはある意味不自然な事で、本来の動静は形から来るはずだ。その形には、大して関心がないようだ。形に関心がないのに、空間の動きには関心を持つのか。この辺は自分でも理解できないが、何か色に引っかかりをもち、描きはじめている。そこに心理的な、ある意味神秘主義のようなものが存在し、土地の持つ力、のようなものに反応しようとしている。それは意味のあることなのかどうかは、不明だが。山や、海や、大地、に対しての信仰心のようなものだ。自分をもたらしてくれている者へ、繋がろうと言う様な気持ちが、絵を描かせているようだ。ある意味、極めて個人的な信仰の姿なのかもしれない。神社でかしわ手を素直に打てないが、山を素直に描ける。かしわ手を打つ代わりに絵を描いているとすれば、神を呼び出す手法なのか。

沢山の絵を見ているうちに絵を描きに行きたくなった。最近、家の回りを描いていたい感じがして、田んぼの畦に咲いたアザミを描いていた。アザミを見ていると。その手前には茂みがあり、畦から落ち込んだ向こうには、稲がある。田んぼの水があり、水には空が映っている。この複雑な空間は、めまいがするようで、しかし思いもよらない美しい空間で、渦巻く奥行きがある。又それを象徴するアザミによる焦点となる色が、とりわけ美しい。水が真っ黒の穴のように見えるのも、いい。絵にしてみると、いつも、少しもその感じには近づけない。でも充分面白い。かしわ手を打っていると思えばいい。
水面の空の色を描いていると、そのむこうに夏の海を描いて見たくなった。もうすぐ梅雨も明ける。かっと強い陽射しの海を、描きに行きたい。
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被爆国に55の原発

2007-07-22 06:27:33 | Peace Cafe
BBCのニュースで、唯一の被爆国の日本に、55も原発があることが理解できないと、イギリス人の市民の意見を報道していた。日本人の私は恥ずかしいばかりだ。経済競争原理だけを優先してきたと言う事だろう。フランスでは80%と言う原発依存だ。何と、パリ市民はフランス人は技術レベルが高いから、日本のような不安はない、こう言いきった。30年以上も経つが、その頃のフランス人はとても原発を任せられるような、技術管理能力は感じはなかった。要領は悪いし、配慮が足りないし、気が付かない。車の修理などいい加減で、適当と言う感じがした。それが、堂々とフランス人は原発の管理をしっかり出来るから、日本人のようなことはない。こう言いきった。どうした日本人。芸術のフランス人にそんなこととを言われているのだ。

政府はIAEAの柏崎刈羽原発調査「余裕がない」と断ったそうだ。北朝鮮だって、査察させた。本当の所は見せられないような状況かもしれない。余裕がないというのは、一体何の余裕がないのか。まさか選挙でと言う事じゃないだろう。IAEAは自力で原発事故に対応できない場合に支援する「原子力事故援助条約」に基づいて、調査団を送る考えを日本側に示していた。世界は本気で心配しているのだ。地震の巣のような日本列島に、原発が本当に安全に稼動できるか不安なのだ。想定外の地震が起きた今回のような場合、どんなことが起きるのか状況を査察したいのだ。場合によっては停止を命じたいのだ。日本政府には世界からの目に自覚がない。どんなに冷ややかに見られているか。どんなに不安視されているか。経済だけの国と見られているのだ。利益を上げるためには何をやるかわかりゃしないと、見られている。

24時間消火体制の原発はゼロ 化学消防車も大半未整備。専従の消火要員が24時間配置されている原発は1カ所もないことが20日、経済産業省への報告で分かった。出火から鎮火まで約2時間かかった柏崎刈羽原発と同様、10社のうち7社は化学物質による火災に対応する化学消防車を配備していないことも判明。原発は設計段階から、地震に対して、完全な対策をしている。だから、地震で壊れるなどありえない。だから消防体制などいらない。こんな風に思い込んでいたらしい。マニュアル世代が、原発を運転している。東海村などで、プロジェクトXのように、先駆者として原発を基本から立ち上げた世代は、もう退職したのだ。機械は壊れる物だと言う自覚が、ない。燃えている火事に対し、誰も消火しようと言う人影がない。たぶん、消化ボタンでも押して消そうとしていた。「消火なんて言われていないしー、マニュアルがないしー、担当じゃないからぁー。」

日本は世界で唯一の原子爆弾が投下された国だ。その悲惨な状況は身に染みてきたはずだ。私の身内では母の叔父に、桑原福保という絵描きが居たが、その人は広島の原爆投下直後の救援に、軍人として当ったそうだ。甲府の城山の方にあったアトリエで、その時の話を聞かせてもらったことがある。2次被爆の影響と思われる、あれこれがあり、癌でなくなった。多くの日本人がそうした、被爆の被害の話を身近で聞いてきたと思う。日本がいつまでも原子力に依存しているのでは、恥ずかしいじゃないか。被爆国日本だからこそ、原子力に頼らないエネルギー政策に転換してもいいだろう。大きな事故にならない前に、いや、事故があろうがなかろうが、循環できる自然エネルギー開発は、日本こそ取り組むべき課題だろう。
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小田原の土砂崩れ

2007-07-21 05:17:11 | 環境関連
4号台風の雨はすごかった。強い雨が降り続いた。一時間に60ミリと言う雨だ。台風の雨量だけで、300ミリその前から雨を加えると、たぶん400ミリ以上の雨が降ったことになる。今は県土木事務所から、雨の降り具合が出ている。一時間少し前のものだけれども、一応は全体の様子は分かる。今降っている雨が、4時頃にはまだ降っていなかった事がわかる。でも、少しは降っていたけど。まぁーいいか。おおよその様子はわかることになる。今変わった。舟原1ミリの雨と成っている。私は蓮池の様子で、雨量が分かる。蓮池は屋根に降る雨水だけで出来ているので、ここの水位の変化で、雨の感じがつかめる。

田んぼの畦が心配なのだ。これが水漏れを始める。しばらく田んぼも使われていない間に、補修が必要になる。まだその補修箇所が把握できないのだ。いずれ石垣の積み直しなども冬にはやりたい所だ。棚田の耕作がどんなものか、少しづつ分かってきたところだ。雨が恐いのだ。大磯の田んぼ畦は弓なりに出来ている。これは水圧を分散して受けるための工夫だ。舟原の田んぼも少しそんな形も見えるが、ほぼ直線だ。時間60ミリの雨で、田んぼはどうなるかと言うと、全く排水口が不能になる。もう畦全体を乗り越えるようになる。その時に畦の一部だけに水が集まるといけない。それでも、崩れてすぐ対応すれば、たいしたことにはならないが、1日遅れたりすれば、そこが排水溝に成っているのだから、すっかり田んぼがえぐれてしまう事になる。

4号台風の大雨で、箱根に抜ける道はまだ通行できない。土砂崩れがあった。舟原でも気づいたところで、4箇所畑が崩れている。この崩れている所を観察すると、2タイプある。一つは全く管理をしていない畑の土の崖。草ぼうぼうのまま下の畑に流れ落ちている。弓なりの中央付近に雨が集まり、そのまま、ずり落ちている。もう一つが管理が行き届いた畑。これは畑に草が全くない状態に管理してある場所だ。当然、除草剤を使っている。崖部分は除草剤を使わないで、草刈をしている。しかし、こうした畑が、2箇所崩れている。土が粘りがないような感じだ。いつもいつも、土が流れ出ている。だから畑の下に流れ出る水は常に濁っている。そうした場所はかつては、沢があったようだ。今は畑になっていて、みえない。少なくても、雨の時には川になる。枯れ沢があったと思われる。管理がいいという事は少し無理気味に、上の崖を崩して平らにしている。この崖下から水が噴出す。

それが、いつの時代かに、畑に整えられいつもは他と変わらないように見える。ところが、大雨の時観察すると、雨が降り終わってから、3日も水がドットと流れ続ける場所がある。これはミズ道がある証拠だ。舟原は西から、東に久野川が流れているが、北斜面も、南斜面にもそのミズ道は見られる。久野川は決壊しなかったし。良く管理されているお陰だと思うが。ぎりぎりの所だったことも確かだ。最近の気象の様子だと、更に激しい雨が、降るに違いない。私の家のある当たりも、昔沢のあった危険箇所だと思う。日頃から、上手く水が逃げるように、管理しておきたい。その意味で、これからの管理に、今回の豪雨は参考になるところがあった。
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人類の起源はアフリカ

2007-07-20 06:21:24 | 身辺雑記
現代人(ホモ・サピエンス)の祖先は10万-20万年前にアフリカで生まれ、その後各地に渡って旧人と代わっていったとされる「アフリカ単一起源説」を、埴原恒彦・佐賀大医学部教授(形質人類学)と英ケンブリッジ大の研究グループが、世界中に保存されている6000以上の頭蓋骨の標本を計測して証明した。
10万ー20万というのが、幅が大きすぎるが、16万年前辺りと考えればいいようだ。人類の起源がアフリカにある。と言う事は、ほぼ定説になってきている。それで思うのは、私たちも元は黒人だった。様々な人類はアフリカで誕生して、世界に散らばっていったらしい。なぜアフリカだけが、新しい人類発祥の地になるのかはわからない。ジャワ原人、北京原人などはアフリカに起源を持ち、アジアに進出して絶滅したホモ・エレクトスの一種で、彼らが現在のインドネシア人、中国人の祖先というわけではない。

原人ホモ・エレクトスは180万年前ころに登場する。その前は猿人。その後が旧人。そして今が新人。我々は人類としては、どんなツワモノノも新人として登場している。原人はアフリカを出て(第1回目の出アフリカ)、アジアでも繁栄した。ジャワ原人や北京原人たちである。ジャワ原人は1万8000年前まで生存していた。2回目の出アフリカが10万年前に起こる。アフリカを出た新人類は1万2000年前に南米の南端に達する。8万年以上が経過して地球上全てに広がる。この新人類は知能が高く、環境対応力に優れていたようだ。日本列島に新人たちが現れるのは、およそ4~3万年前のこと。この時期には、氷河期の海面低下の影響で、陸地が拡大し、大陸との間の海峡が非常に狭くなった。列島に現れた日本人の祖先たちは、どこからやってきたのか。

柳田南方説や、北方騎馬民族説もあるが、ここで言う4万年前に来た日本人と、今いる日本人が同じ系統とは限らない。動物が移動すると言う事が何故起こるのだろう。犬なら犬が、そこに居ればいいものが、何らかの理由で世界中に広がってゆく。広がって消える。と言う姿が生命の宿命なのかもしれない。日本に来た4万年前には黒人だったのだろうか。もう茶色ぐらい迄、脱色していたのだろうか。日照が減ると白くなって行く、と言うのはモヤシの様で、分かり安いが、黒いままでも良かったと思うが、そうでもないという辺りが面白い。

では稲作はとつい考えてしまうが、これは先日行ってきた長江付近で、1万2000年前始まる。と言う事になってきた。縄文晩期6000年前の稲プラントオパールが岡山の朝寝鼻貝塚の土の中から、見つかっている。これは何と、三内丸山遺跡5000年前の縄文遺跡より、古い事となる。三内丸山では栗の栽培があったと言う説が出ている。今や晩期の縄文人も農耕をある程度していたと考えたほうがいいのだろう。どんなことも、伝わってきた物だ。人類の放浪の途上、日本列島にたどり着いた、一派なのだろう。それは、縄文人辺りも、すごく移動しているようで、定着すると言う事より、放浪すると言う姿の方が、普通の形なのかもしれない。それが、耕作が始まると言う事で、定着が始まる。放浪したくなるが、離れられない。養鶏を初めて出かけられない私と一緒だ。農耕文明はアフリカからの放浪の旅の、終着点だったようだ。
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原発の耐震性

2007-07-19 06:56:48 | Peace Cafe
ラジオで柏崎原発の元運転をしていて、現在柏崎市会議員の方が、発言をされていた。かかわっていた方のお話で、他の方とは少し調子が違い興味深かった。何故火事をすぐ消すことが出来なかったのか。と言う質問に、「人命のかかわることが優先されるので、トランスが燃えていることは、機械が燃えているだけで、延焼の可能性がないから、燃やしておけば良い。そういう判断だったのだろう。」ちょとギョッとした。原発で起きている火事を消しに行かないという判断を、本当に誰かがしたのだろうか。確かに外部で起きている火事で、燃やしておけばいいと、言われれば、なるほど、と思う。しかし、原発の一部で、火災が起こり、2時間もそのままにしておくという判断を、消防の人や原発の人が考えるものだろうか。という疑問が起きる。原発の事をなまじ知っている人の、想像の発言というものは、こんなにうがった物になるのか。あるいは、弁解的に成るのか。あるいは、宣伝的に成るのか。

本当の所は、いち早く消したいが消せなかったに違いない。何故消せなかったのかの原因を考える事が、今出来ることだ。「危険がないから後に回したのだ。」こんな言い訳でごまかしたくなる感覚に置かれている、原発の不幸な歴史。あの原発での火災映像が世界に配信された。中国のやらせダンボール肉まん映像と同じだ。CNNでは、地震が多発する、日本の原発の総点検は、緊急的な要請だと、安倍首相の声明と共にあの映像を報道している。大きな不安を世界は感じている。活断層の上に、柏崎原発は存在していたらしい。今回は震度6強、これがもし、前回の中越地震のように、震度7だったら何が起きていたか。これは、住民が裁判で主張し、退けられたことだ。判決を出した裁判長は恥ずかしいだろう。住民なら想像が付いた事を、公正であるべき裁判長が、調査を命じなかったのだ。ボーリング調査ぐらい命令する必要があったと思うが、これは結果論なのか。

耐震調査は緊急には進まないらしい。甘利明経済産業相は17日、「新指針に基づく安全性再確認をできるだけ急がせたい」と述べたはずだが。各電力会社は予定通り、2010までにやると言う。これで世界に対して、不安を払拭できるのか。経済優先で、安全性を軽視していると取られるだろう。首都圏の夏の電力需要を心配する向きもあるが、事の軽重を考えたい。冷房温度を一度上げる。この程度の我慢が出来ないはずはない。原発に電力を依存する不安定さが露呈している。太陽光発電を、日本の家屋全棟に設置すれば、原発と同じ発電量になる。費用もコストも同じ程度だ。困るのは電力会社だけだ。それを政府は太陽光発電奨励をやめた。補助金を廃止した。日本の温暖化阻止のキャンペーンの本音は、原発推進にあるとみている。

柏崎原発は首都圏の電力の為だ。柏崎の人は一ワットも使っていない。首都圏に暮らす者として柏崎の人に申し訳ない。私は申し訳ないから、直接の電力は自給している。としても、あれこれ恩恵を受けている。原発周辺の人に申し訳なくて、謝りたい。浜岡原発は、もっと危険姓が高いらしい。活断層の上にある可能性が強い。遠からず起こる東海地震では、ほぼ震度7になる可能性が高い。間違いなく今回以上の問題が起こるだろう。水力発電は巨大ダムが効率が悪いと言う事で、作られなくなったが、小さな水車発電の可能性は、大きい。私の暮す。舟原では80戸ぐらいの人が住むのだが、以前は5基の水車があったそうだ、これだけでも25戸分の発電が可能。脱原発はやろうと思えば出来る事なのだ。
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水田雑草について

2007-07-18 06:40:47 | 稲作
舟原田んぼはヒエが少ない。これには助かる。理由は田植えから1ヶ月の深水にある。8センチ以下の所がないように、している。ヒエについて深水が技術化されている。但し、初期成育、あるいは分結不足に、初期からの深水がどう影響するのかは、よく分からない。隣の田んぼのおじいさんに、草はないでしょう。と話したら、確かに草はない。草は、ない。と2度言われてしまった。初期成育が、1本植えだし。みすぼらしいのだ。コナギ対策の技術化はどうか。これに、今年少し見えてきたことがある。自然農法センターの考えがヒントになった。「土が良くなれば、草が出なくなる。」これだけ取れば単純な話だ。おかしな理屈だ。草が出ないような土が、何故良い土だ。こういうワザ的な言葉が、支配しているのが、農業分野だ。

良い土とはどんな土を言うのか。実証的に言えば、水を入れると、すぐトロトロ層のできる土、と言っていいのだろう。このトロトロ層というのも不思議な状態で、田植え1ヶ月の事と考えるべきだと思っている。その後又田んぼの土は状態が変わる。とろとろ層の中は生き物で豊かだった状態から、静かな休眠したような世界に変わる。これは冬水田んぼでも、7月に成れば、土の感じが変わるのは似ている。水温が上がり、「ウテタ」様な状態になる気がする。その辺は抑草とは直接は関連がないので、大切な観点は、トロトロ層では何故、草が発芽しないかの方だ。このヒントは耕運しないと何故、ヒエ、コナギが出ないのか、これが解明できれば、同じ事だ、と思う。農の会ではここから実践的に不耕起機械田植えの研究に進んでいるようだ。と言うのは先日のその集まりに出れなかったので、後で聞いたのだが、皆で取り組むことになったという。

トロトロ層は微生物が作り出す、ようだ。いわば田んぼの土が発酵を始めたような感じだ。発酵型土壌と、腐敗型土壌とどう違うのかは、微妙に似て非なるもの。どちらも、抑草には効果がある。しかし、稲の生育に問題が起き難い方が、発酵型。匂いが違う。臭いドブ状のにおいは腐敗。どちらも有機物の分解に伴い起こる。有機物が水と温度で、分解を始める。水の溶存酸素が、影響する。酸素不足になると、腐敗する。当然良い土なら、発酵能力が高い。これを自然農法センターでは指摘しているんだろう。良い土は含みこむ力が大きい。有機物が大量に入っても、良い発酵に進む。慣行農法の田んぼは、当然腐敗も発酵もしないから、トロトロ層も出来ない。と言ってない訳でもない。出来ることはできるが、有効に作用するほどにはなりにくい。トロトロ層で、種の発芽がしないことは種がトロトロ層の中で、沈降してゆくと言う想像と、微生物の作り出す、何らかの物質が、発芽抑制をする。と言う想像ができる。

そこで、不耕起田んぼでも草が生えない理由。全くの推論だが、草に対して発芽を刺激し、発芽をスタートする何かの作用がある。水が来る。気温が高まる。物理的な刺激。光の状態の変化。稲の出す何らかの物質。そして、総合的に代かきによる土壌の変化に伴い起こる、何らかの刺激が、発芽を促すことに成るのではないか。その刺激がないと、種は発芽というスタートが切れないのではないだろうか。不耕起田んぼでは、かき回さないために、何かが不足して、発芽しにくい状態になる。種が落ちて、冬の間、乾いた田にある。本来なら、湿地状態に落ちる。そして春待つ。たぶん何万分の1の条件の揃った奴だけが、発芽を始める。大変は枯れ死ぬか休眠にはいる。ウゥー・・・分からない。何とも分からない。
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柏崎原発で、震度6強

2007-07-17 05:59:54 | Peace Cafe
昨日はついにメルトダウンかと肝を冷やした。柏崎原発近くで大地震が起きたのだ。日本中どこに行っても同じ、不安がある。そう遠くなく起こるとされている、巨大東海地震の震源の範囲には、浜岡原発がる。浜岡原発の歴史も事故の歴史のようなものだ。原発と言う方法が未完成なのか、何故完璧にできないのか。完璧にしたら採算に合わないものになるのか。勉強すればするほど恐くなるのが、原発だ。特に恐いのが、関係者が口をそろえて、「絶対に安全です。」こう断言しながら、事故を起こし、それを隠してきた事実だ。日本人の注意力は日に日に、低下している。とんでもない、在りえない様な見落としを、たぶん誰もが、周辺で体験していると思う。もう人間には自ら注意する力が、失われた。そういう前提で、考えて置かなければ、事故はいつか起きるのだ。

そう浜岡原発が、私のところから一番近い原発だ。しかもこの浜岡原発は活断層の真上に作られている。御前崎にある。いかにも地盤は悪そうじゃないか。何故こんな所に作ったのか。作れる所が少ないのだ。どこだって原発がくると言う事に賛成する人はすくない。しかも、山の中に作れない。海岸線に作る。本当は、ごみ焼却炉などもそうだが、海岸線に作った方が、人に及ぼす影響が少ないのだ。山の中に作れば、下流域全体を補償対象にしなくてはならないからだ。海岸線の方が地震は恐い。その上に津波が恐い。柏崎が、想定以上の揺れと言う事は、想定は震度6強では超えると言う事だ。はるかに大きな地震が、浜岡に起こる可能性は高い。そう何度も発表されている東海地震だ。そのときには、どんなことが起こるのだろう。

エレベーター事故。ジェットコースター事故。プール事故。事故が起きると報道はしばらく、頭に乗ったように管理責任を騒ぎ立てる。報道しないよりはいいが、本来報道がやるべきことは、事故が起きる前に、事故の可能性を発見し注意を喚起することだろう。だとしたら、原発は一番研究を要する機械だ。事故になれば、人類にとって手に負えないようなことに、つながる施設だ。それが未熟な仕組みでできているのだ。現代の社会の、不安定さの象徴のような施設だ。大学の研究室レベルの機械を、そのまま巨大にした物だ。仕組み自体は、当初できたときから進歩していないそうだ。ただ大きくしたから、頑丈にしよう。壁は厚く、土台はしっかりと。確かにそれも必要だが、原子炉と言う仕組みを、とことん安全な物にするか、それが出来ないなら、止めるか。

何故地震で怖いか。今回柏崎でも全体のものではないが、冷却水の漏れが生じた。水位が下がった。揺れで配管や、壁に亀裂が出来る可能性がある。その時、冷却水が急激に減ったとしたら。加熱した原子炉はメルトダウンを始める。柏崎ではM7以下の地震で、設定の震度の3倍の揺れが生じたそうだ。これで亀裂が生じなかった事は、幸運だったと思わなければならない。まず、停止して、全体の炉で、何が起きたのか、起きなかったのかを、緊急総点検しなくてはならない。原子炉の地震対策を設計強度を全て見直さなければならない。地震は起きるたびに、現代人が危ない土台を高く積み上げて、暮していることが再認識できる。電気を消して、ゆっくり原発は寝てください。
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