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伊藤さんの死

2008-08-28 06:33:24 | Peace Cafe
ペシャワールの会の伊藤さんが殺された。その若い死がやりきれない。伊藤さんの無念は、計り知れないものがあるだろう。最も死んでほしくない若者が死んでしまった。なんと言う理不尽。現地で農業を手伝っていたと言う事だ。テレビに流れる優しそうな現地での姿が、なんとも痛ましく哀しい。26歳の時からペシャワールの会にかかわったらしい。そして、31歳でアフガンの土と成る。ペシャワールの会の中でも、最も現地に溶け込んでいたという。もって行きようのない怒りがこみ上げる。何故、よりによって、アフガンに最も必要な人じゃないか。タリバンは犯行声明を出していると言う。このタリバンと言う組織は、理解を越えた組織だ。どんな、理屈のつながりによって、伊藤さんが殺されなければ成らないのだろうか。ペシャワールの会はタリバンと一定の協力関係があると、言われていたのだが。

平和への道の困難さ。簡単な戦争への道。ペシャワールの会は、中村哲医師のもう20年以上にわたる、医療支援が基本にある。しかし、アフガンで多くの人が死んでゆくのは、水の汚染にある。きれいな水を引くことが、医療より先決であると言う事で、水道の施設を行っている。そして、伊藤さんがされていたように、現地の農業の支援。住民がその地で暮してゆけるように、地道な活動を続けている。アフガンン人の、例えば、ビンラディンですら、一端客人として迎えたら、売り渡す事などしないという、武士道のような民族性があるらしい。ペシャワールの会の人達は、客人としての扱いを受けていると想像していた。タリバンの内部状況も、想像しがたい混乱があるように思う。タリバンが最も恥ずべきとしていた、行為を行った。平和への道は理不尽に満ちていて、本当に果てしない。しかし、伊藤さんの行った農業支援。この積み重ね以外道はない。

情報もたいしては持たないままではあるが、インド洋の給油継続に対する、抗議ではないだろうか。アフガニスタンの各部族間の闘争は、ソ連とアメリカの狭間で、敵になり、味方に成り、複雑に入り組んできた。大国の利害の中で、翻弄されてきた。タリバンは、ソ連の10年にわたるアフガン侵攻によって、疲弊した内戦の中で、イスラム原理主義による宗教集団として活動を始め、アメリカの支援をえて、巨大化してゆく。それがアルカイーダを育て、アメリカへのテロ。アメリカとの対立から、バーミヤンの仏教遺跡の破壊。国内の民族間の内戦状況はより複雑化している。アメリカの傀儡政権とも言える、カルザイ政権の維持はもはや不可能な状況がある。そして、米軍の空爆の激化。これは民間人も誤爆によって多数死亡している事が、伝えられている。日本の給油が、アフガニスタンの空爆の支援になっている。本当にインド洋の給油が平和活動なのか。問われている。

タリバンの中心メンバーは繰り返し、殺害されている。タリバン自体の思想的な統制も失われ、無差別的な外国人殺害を始めている。バーミヤンの遺跡の破壊時と同様に、論理的な対応などできない状況にある。ペシャワールの会といえども、安全と言う事はない。外国人は全てスパイとみなしている。伊藤さんの行為は、日本の平和に繋がっている。平和への道は、こうした全く空しいような、ほとんど無為にも見える行為の繋がりしかない。白黒つけるような、単純な発想は必ず、武力行為と言う、力の行為への道になる。伊藤さんの思いは、日本の国内に居ても、必ず未来に繋いでいける。伊藤さんがアフガンで農業を行ったように、日本において、農業をしよう。日本において農業を行うことも、伊藤さんの思いに繋がる事だ。伊藤さんの気持ちを私は受け止めます。冥福の気持ちで、伊藤さんの優しい面影を、思い出しながら、畑を耕す事にする。
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畑を耕します (さとみ)
2008-08-30 21:57:09
笹村さん、こんにちは。昨年夏にブラジル人のつれあいと二人で養鶏場を見学させていただいた者です。その節はありがとうございました。

伊藤さん殺害のニュースには、とてもショックでした。そして笹村さんの記事を拝読して、深く頷いています。私もいま何かを書きとめておかなければ、という思いで、書き上げたところです。文中、笹村さんの記事から一部引用をさせていただきました。(トラックバックをお送りしました)

日々の忙しさにかまけて百姓仕事はさぼりがちですが、あらためて誠実な気持ちで畑を耕していきたいと思います。
農業さえすればよいのですか? (勤め人A)
2008-08-31 12:24:40
恐縮ですが、笹村さんのことは良く存じません。
ですから僭越なことは言うべきではないのですが、笹村さんの農業と伊藤さんの功績を一緒くたにしていただきたくないです。
笹村さんの農業は自給自足の農業ですよね。つまり自分のために行っていることです。
それに対して、伊藤さんのそれは、自分のためではもちろんなく、家族のためでも、自分の住む地域のためでも、自国のためでもなく、他国の異宗教の他民族のために行っていることです。それも指導が中心と聞きます。
笹村さんの利己とは違い、伊藤さんのは「他利」です。
同じ農業でも、天と地ほどの差があると思います。
私自身は自給の農業はしていませんが、納税することにより、ODAや国内の農業基盤整備にささやかに貢献していると思っています。
伊藤さんへの思い。 (笹村 出)
2008-08-31 15:54:14
さとみさん久し振りです。小田原にもフィリピン人のご主人と日本人の奥さんの2人が、2月に見えて、農業を始めております。
すごく良い農業を進めています。何とか、営農できるよう、みんなで応援しております。

勤め人Aさん、伊藤さんへの追悼の思いで、勝手に書きましたが、言われるとおり、伊藤さんと自分を較べるなど、身の程知らずです。不愉快な思いをさせましたら申し訳ありませんでした。

私の、「地場、旬、自給、の考え方」や、実際の活動は、このブログで、あれこれ考えております。
伊藤さんとそう遠くはないと、思って居る訳です。
出来ましたら、その辺りを読んでいただいて、何処がおかしいのか、もう一歩踏み込んだ意見をいただけると、参考になります。
それぞれの場で・・ (さとみ)
2008-09-01 01:16:13
笹村さん、こんどは養鶏のほかにも、田んぼや畑もぜひ拝見してみたいです。

ところで、私は、笹村さんが伊藤さんとご自身とを比べて書かれた、というふうには読みませんでした。

世界で何か大変な事が起きているという報に触れるとき、「では自分には何ができるのか」ということをいつも思います。そしてふと足元を見つめれば、自分の日々の生活が拠って立つものが、直接的にも間接的にも世界の諸所の問題と繋がっていることに気づかされるのです。社会の変革というのは、自分の足元を見つめ直し、価値観を問い直すところからしか始まらないのではないか・・。ブラジルのスラムに長らく関わってきて、特にそう実感しています。

何をなすべきか?というときに、それぞれがそれぞれの場でなしていくしかないですよね。というか、そうするしかできないし、また、「自分の場」発の行動だからこそ、社会を動かし得る実際的な力となるのではないでしょうか。「農」という場に立つ人は耕すことを。別の場に立つ人は、その人のなすべきことを。

私は、笹村さんの自給農の追及は、いまの日本の社会のあり方を問い直す、とてもラディカルな思想であり運動であると思うのです。ですから、「伊藤さんの思いは、日本の国内に居ても、必ず未来に繋いでいける」という言葉を、とても深く受けとめました。

もしこれが3年前に東京から引っ越して田んぼのまねごとを始める前だったとしたら、もちろん私は「私も耕します」とは書かなかった。そしてきっと、「笹村さんは耕すとおっしゃっている。よし、では私なら何ができる?」と、とても力づけられる思いがしたでしょう。

長文、ごめんなさいでした。
今頃すみません (勤め人A)
2008-09-06 19:39:27
伊藤さんと笹村さんの違いは、他人のために耕すか、自分のために耕すかです。

大統領の名前は、カルザイです。失礼のないようにお願いします。
他人の為に耕す (笹村 出)
2008-09-07 20:35:39
カルザイでした。失礼致しました。指摘ありがとうございます。
なかなか自己判断は出来ませんが、お願いできるならば、もう少し、具体的活動についてご意見いただけると、ご意見の意味が理解できるかと思います。
あしがら農の会のホームページhttp://www.nounokai.com/も見てご意見がいただけると幸いです。

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