地場・旬・自給

メールアドレス
sasamura.ailand@nifty.com

維新の会の船中八策

2012-02-16 04:05:45 | Peace Cafe
維新の会の政策が出てきた。3ヶ月に1回世間を騒がさると橋下氏発言していたからこれなのかと思った。全文を読んだ訳ではないので分からないが、農業問題とエネルギー問題に触れていない。いかにも関西の感覚である。自分達を維新の志士にみたてるあたりは、タレント弁護士らしい感覚だとは思う。時代錯誤なグロテスクさが分からないことが少々哀れである。明治政府の見方がテレビドラマ的なのだろう。江戸幕府を変えると言うことは、歴史の必然だろうが、天皇制を採用したことや富国強兵策の方向性の間違いが、第二次世界大戦の敗戦に繋がったのである。今さら明治維新を想起する船中八策の言葉を持ち出す感覚の底には、国民の今置かれている、耐え難い不安感への理解が出来ていないのだろう。国民の多くは、国に何かをしてほしいではなく、これ以上迷惑をかけられたくないのだ。

テレビタレントとして現われた橋下氏への理由なき期待は、政治の失望感。しかし、ここで出てきた八つの政策を表面的に見ても、特別な解決策の提案は無いことが分かる。参議院の廃止を言えば世間が騒ぐ。震災を契機にした新しい国づくりの方角が、この八策には見当たらない。経済政策ではTPPを進めると言うことである。現政権とも自民党とも変わらない考えである。同盟国アメリカの要求には逆らいきれないという諦めと、日本のグローバル企業がこのままでは経営が成り立たないという、お前もかと言う感じ。経済が人間の力量に従うのは自然の成り行きである。今の日本の能力でTPPにはいれば、ずたずたになるだけである。グローバル企業にしてみれば、企業の存在の方が日本国よりも重要な理念である。能力の割に給与が高ければ日本人を雇用しなくなるだろう。企業が生き残った所で日本人が置いてきぼりになることは目に見えている。経済は人間作りから出直す以外ない。

経団連の会長は東電国有化するのは、政府の勘違いだと決めつけている。確かに今の政府の能力では、東電の始末は付かないであろう。しかし、何と何を勘違いと言うのだろうか。東電自身に何とかできる能力がないのも見る通りである。東電はそもそも民間企業ではなく、独占の半分政府に従うような企業であった。こんな企業形態のどこを経団連では評価しているのだろうか。競争原理が働く、本当の民間企業を目指すべきだ。いずれにしても、様々な分野で崩壊が続くだろう。どこにソフトランディングするかを考えるしかない。憲法改正を賛成多数で、簡単に出来るようにするなど、そら恐ろしいものがある。今の政治家たちのレベルで、あれこれいじれば、どう変えようが混乱を深めるに違いない。八ッ場ダムを見ればわかる。あんな調子で憲法をいじくれば、大きく方向を誤ることになる。

橋下氏は大阪市でまず、その力を見せて欲しい。足元の改革が出来るかどうかを見たい。改革するということは誰れもが公約するが、出来た人はまずいない。食糧自給の地域に戻る。これが地方の自立の基本だ。地方が権限を持つということは、市長ではなく、市民自身が権力を持つということである。権力の回復分散である。大阪市に政府が持つ権限を委譲し、橋下氏が大阪の権力者になるのは大阪市民の勝手であるが。その時には大阪市民の食糧に対しても責任が必要だろう。エネルギーについても同じことが言えるだろう。維新前のいわば幕藩体制のようなものだ。各藩がそれぞれにバランス良く成立していて、初めて国家と言う集合体が成り立つ形ではないのか。藩制度を復活する船中八策と言うのもおかしい。地方が自立するということは、地方そのものが一定完結する循環を持つ必要がある。一切の食糧を生産しないというような形では、安定した自立もないし、単なる自立した気分と言うに過ぎないのではないか。
ジャンル:
その他
キーワード
ソフトランディング 八ッ場ダム テレビタレント 第二次世界大戦 テレビドラマ エネルギー問題
コメント (2) |  トラックバック (0) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« インフルエンザの... | トップ | TPPより市民交流 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
結果だけだが (ONO)
2012-02-16 14:17:47
JALの建て直しが急速に進んだ。多くの反対や軋轢を乗り切ったのは、80歳のリーダーシップだったに違いない。今後は「民主的」な合議制を戻すと報道にある。
類似のV字回復したニッサンとは少し違うと信じたい(思いたい)。

東電の病根は、国家財政の課題と同根かもしれず、JALと同様にはいかないとの意見もあろう。しかし、すべからく、処方箋は公共も企業も一緒である。支援のお金の出所も血税であり、一緒である。困っている従業員や影響を受ける国民(JALは一企業とはいえ、公共性が高い)も同様と思う。

結果よしには与しないが、どこに差異があるのかは、普通の企業人なら明明白白と信じる。国民も企業人も今は、よくよく眼を見開き、判断しなければならない。

真の民主的な判断や民主主義が、そこここで問われていく。私は、日本的な民主主義があったし、まだあると信じたい。
民間企業 (笹村 出)
2012-02-17 05:12:51
つぶれない民間企業が、公共以上にまずいことになるのは、
資本主義の仕組みから、必然ではないのでしょうか。
農業でも競争原理がなかったこと。補助金農業がおかしくした。これも現実。

公共と民間との関係が、これからとても重要になる。
新しい公共。新資本主義。どちらも、模索中。

日本的民主主義の歴史的研究が必要な気がします。
何で失敗したのか、何が良かったのか。
日本人の考える正義とは何か。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。

あわせて読む