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宅配事業をやっていたころ

2017-07-18 04:51:48 | あしがら農の会

あしがら農の会では宅配を20年前に初めて15年くらいの間行っていた。今は会としてではなく、個人的に続けている人がいる。食べる人にしてみると宅配は巨大企業のアマゾンからの購入も、小さな農の会の農産物も届けてくれるという意味では同じだ。私は卵の販売を宅配で続けたのだが、それが自分に一番合ったやり方だと考えていた。自分の卵を食べてくれる人が誰なのかを知っていたかった。購入者が出向かないでも、商品を変える購入法がこれからの時代の小売業だと、当時から考えていた。小売店に中間マージンを取られる形では、小さな養鶏場は成り立たないと考えたのだ。自分が配って歩けば、無料である。そもそも自分の労賃というものは、無いのが小さな農業だ。自分の労働をどこに割り振るかだけである。宅配時間を休憩時間と考えることだってできる。私の場合、お客さんに会うのは、楽しみでもあり真剣勝負でもあった。そこで自分を確かめていた。

買い物難民という言葉がある。その難民地域でも、アマゾンの宅配料金は同じである。これからの地代宅配暮らしがどんどん増えてゆく。私の配達先もそういう場所の人も居た。買い物に出向くのでなく、届けてもらう。忙しい時代だし、消費者の希望がそこにあるに違いない。ヤフー、アマゾン、楽天、世界中の商品のなかから、最も自分に合うものを探して購入できる。私の祖父の大正時代の和歌の本まで売られていた。街の小売業がかなうわけがない。この先さらにその傾向は高まる。20年前にそう考えていたが、その通りの経過である。私の卵は品質的には、販売されている卵では間違いなく日本一であった。今でもそうだと思う。本物が分かる人であれば、購入したくなるのは当たり前である。しかも、本来の価格は230円のものを55円で販売しているのである。労賃が大半である。これを考えないで販売していたのだ。私は楽しみで鶏を飼っている。売れようが売れまいが、鶏を飼いたいのだから、だから労賃は代金に入れない。

まして、230円の卵を購入できるような人に、私の精魂込めた卵を食べてもらいたいとは思わない。そんな富裕層向きの卵などやりたいわけがない。普通の人が、少し高いけれど買おうと決断するような人に食べてもらいたかった。養鶏をやっていた間、路上生活の人にも、ゆで卵にして食べてもらっていた。生きて行ければそれでいいという事は、鶏を飼いたいという事のその先にある。鶏が好きで鶏を飼いたいのだ。自分の鶏種を作り出したかった。自給自足で生きるという事はそういう事だと思っている。何とかなれば、後のことは好きにやればいいわけだ。この身勝手な極小の商売が、実は1兆円のアマゾンと配達に特化した商売という意味では同じ発想なのだ。アマゾンは宅配業者の負担の上に成り立っていたようだ。これからそれほど便利ではない、宅配になるだろう。当日配送などと競争を激化させているが、好きな時についでに持って行くので良ければ、というような配送というような発想も出てくるのではないだろうか。次いで宅配事業。

街の小売業は形を変えない限り生き残れない。これだけは確かだ。店を構え、お客さんを待っていれば、良い商売になったのでそれが忘れられないのだろう。店舗というものを資産という意識もある。しかし、この先人口が減少してゆく。買い物人口は半減する。街にはコンビニとスーパーだけという時代になる。あとは通販中心になる。たぶんコンビニもスーパーも宅配を手掛けることだろう。10年すれば稲作が無くなるように、小売店というものもなくなると考えた方が良い。然し稲作は、違う形で残る経済とは別の特殊形態になる。 小売店も同じだ消費者が望むものに特殊化するはずだ。それでもシャッター通りなどと揶揄されながらも、現状というものは抜け出せないものだ。三軒茶屋の仲見世通りが今や昭和の遺物として、不思議な賑わいをしている。時代が通り過ぎ一周して来てにぎわったのは、周辺に学校など若い人が行き交う施設があるからだろう。

 

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