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カキツバタ園構想

2017-04-24 04:35:20 | 地域

舟原の溜池にはカキツバタを植えたいと思っている。カキツバタは絶滅危惧種2類に指定されている。万葉、平安の時代から日本人に愛されてきた古典植物である。カキツバタは日本の湿地が失われるに従い、姿を消してきた。カキツバタが失われた原因の一つには、通年通水の水路が減少したことにもある。カキツバタは菖蒲やアヤメよりも水が必要な植物。冬場田んぼを乾かす方が作業性が良いというので、田んぼの生態系は実に寂しいものになった。その背景には工業用水の確保という事がある。水路も自然河岸からコンクリート化され、カキツバタの生育できるような余地が失われることになった。万葉、平安時代以来、カキツバタと田んぼが共存してきたことなど想像も出来なくなっている。これからの時代に田んぼを残すという事は、カキツバタも共存できる田んぼを残すという事なのだろうと思う。(カキツバタの野生種は神奈川県にはなかったという事である。)伝統農業を行うという事は里地里山の環境を残すという事でもある。そうした農業の文化的側面を大切にする事こそ、美しい農業であり、愛される農業であり、つぎの時代に残りうる農業だと思う。

舟原の溜池が江戸時代初期に作られ、役割を終えた。新しい役割があるとすれば農業遺構としてである。里地里山の自然というものは、人間の暮らしが作り出した、手入れによって生かされて来たものだ。あくまで生産の為に循環するように管理された自然である。手つかずの自然とは全く違うものだ。人間の暮らしと繋がらなくなれば、荒れ果ててしまうものだ。現在、地域に根差して暮らす人が減少を続け、舟原も住宅地として存在している。農業を続ける方も減少せざる得ない状況である。こうした中、どうすれば里地里山の環境を維持できるかは、あらゆる手段を考えなければ無理だと思われる。農地が経営の為だけでなく、様々な新しい目的を模索し、利用されなくてはならないだろう。農の会の試みは、自給的に農地を利用したいと考える人に、農地をつないでゆく活動であった。すでに活動は25年を超えて継続拡大されている。小田原という地域の特徴を考えると、自給農が農地を利用する形態は今後も広がるのではないかと推測できる。

農業遺構としての溜池の保全には、2つの前提となる要素がある。一つは深く水を張れないという条件がある。事故の危険性が考えられるからである。小田原市の所有地である溜池で水の事故が起きる可能性は、責任の所在を考えると避けざる得ないだろう。では水を張らないで溜池としての形を維持するためには、浅い田んぼ状態に水を張ること以外にない。冬場水のある田んぼが減少し水辺環境が急速に失われている。幸い舟原の溜池には自然の沢水が通年流れてきている。浅く水を張ることで水辺環境を作りだすことは出来るであろう。こういう場所は他にはない。溜池管理は水を溜めて置く以上になかなか継続が難しいと思われる。溜池が荒れ地化していた現状がある。そこで、絶滅危惧種であり、田んぼとは縁の深いカキツバタを植えることが、選択になるのではないかと考える。花は人を呼ぶ。花は人を楽しませる。カキツバタがあれば、10年後、20年後も管理をする人が現れるのではないかと期待できる。

久野の里地里山にはフラワーガーデン、ざるギク園、久野川舟原上流部のもみじ渓流と人が楽しめる植物の魅力的要素が揃ってきた。それは久野が植木の生産地であったという事にもつながることである。誇りの持てる美しい里山になることが、里山が維持される大前提であろう。カキツバタ園ができれば、さらに久野の魅力が増すことになるだろう。まずは今年5月6月に試験的に栽培を行ってみる。一年様子を観察し、計画を練り直し、来年度には本格的なカキツバタ園の造成を行いたい。以前行った久野で庭林の会というものを作り、里山に庭を作るという事を試みたことがあった。中心メンバーだった方が、小田原を離れてその活動は終わったのだが、もう一度そうしたグループを作ることもいいかと思っている。出来れば舟原の地元の方が加わわれるようなものになると良いと思っている。

 

 

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