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田んぼの面白さ

2007-12-22 04:19:09 | 稲作
田んぼは他の作物よりあきらかに面白い。こう決め付ければ、きっと他の雑穀や、野菜や、果樹に怒られるだろう。でも、そんな風に言いたくなるぐらい、たんぼはきわだっておもしろいし、奥が深い。日本人の暮らしと古くから、切り離せないように結びついて、存在している。稲作は文化だから面白い。もう日本人が日本人である由縁の、半分ぐらいは田んぼから来ている。縄文時代晩期日本列島で稲作が始まる。田んぼそのものは、稲作とはかぎらない。沖縄では田芋たーむーと呼ばれるサトイモの一種が、田んぼで栽培されている。サトイモ(トロイモ)文化圏は広く、古く、むしろサトイモの田んぼに、雑草として、稲が生えたことが、稲作の始まりでないかと言う仮説もある。稗作が、東北などで稲作が出来ない冷や水の所で作られたことと似ている。

歴史:長江下流の浙江省寧波の河姆渡(かぼと)村から約7000年前の田んぼが見つかっている。陸稲は更に古く、1万年以上前に遡る。日本に於ける栽培は、柳田國男仮説の黒潮にのって、やしの実とともにやってきたという説が好きだ。岡山県灘崎町、彦崎貝塚で6000年前の地層からイネプラントオパールが発見されたことによって、縄文時代前期にまで遡れるとする説も出てきている。足柄平野では、農の会の諏訪間順さん等の研究成果によって、中里遺跡が、弥生時代において、東日本最大の最古級の集落であり、稲作が盛んに行われてきたことがわかってきた。やはり農の会の小宮さんの家からは、縄文晩期の土偶(重文)とともに、炭化米が多数発見されている。2500年ほど前から、足柄平野で稲作は始まったと見て良いようだ。

生物:稲の生物的な概観を見ると、学名はOryza sativa 多年草。湿地作物。風媒花であるが大半が自家受粉する。生育段階を順に書くと、播種期 、育苗期 、移植期 、活着期 、分結期 、最高分結期 、減数分裂期 、幼穂形成期 、穂ばらみ期 、出穂期 、穂ぞろい期 、開花期 、乳熟期 、黄熟期 、傾穂期 、登熟期 、成熟期 となる。例えば、普及所からは以下のような通知が出る。「追肥にあたっては必ず生育時期の確認をア 幼穂形成期が早まる予測です。追肥にあたっては必ず幼穂の長さや止め葉の抽出期を確認してから実施して下さい。」止め葉とは最後に出る大きな立ち上がる葉の事で、稲穂の充実には一番大切なものとなる。この葉は16枚目という風にも言われているが、数えると大抵は14枚目と成る。もう一つポイントが田植え時期の、機械植えよう箱苗では3葉期。手植えでは4葉期、4.5葉期、5葉期。この辺りは分結(株別れ)が始まる時期でもある。分結は最終的には10本から20本になるのが一般的であるが、30本を越えることもある。分結した株に全て穂がつくとは限らないが、できるだけ、穂のない無効分結を減らしたい。一つの穂には、100粒から120粒のお米が出来る。1粒のお米は1000倍以上になると言う事。

機能:田んぼの機能がすぐれているのは、水を張ることで、雑草の抑制が出来ることや地力の衰退が起き難いことが上げられる。そのため、稲作は労働時間が最も少ない作物となっている。主食の栽培に最適な、方法である。機械力を使わないで行った場合でも、年間10回から20回の作業で、収穫が出来る。最も合理化されたといわれる、機械化された大規模農家では、1反あたり、の労働時間が、39時間と言われる。その他生物の多様性の維持。水利的に貯水機能。気候の温順化。など環境的な機能が豊かである。日本の米の総生産量は、奈良時代が約100万t、江戸時代が約200~300万t、明治時代が約600~700万t、そして昭和20年代になると1000万tをこえるまでになった。奈良時代の水田面積はおよそ100万haに達していた。現在の耕地面積が、日本の全耕地面積は約500万ha。うち約270万haが水田、約230万haが畑地となっている。お米の生産可能量が1400万トンと計算されている。今年の生産量が850万トン。
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