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象徴天皇とは何か

2016-10-20 03:55:41 | Peace Cafe
平成天皇は8月8日にビデオメッセージによって、象徴天皇の役割と行動に関して考えを表明した。2ヵ月が経過してやっと有識者会議が始まる。対応が遅い。天皇がこの問題を提起したのは、2010年と言われている。何故、政府は対応をおくらせ、議論を始めなかったのかには理由がある。憲法および、皇室典範では象徴天皇の意味は不明瞭である。そこで元首という意味の解釈拡大を目論んでいるのだ。生前退位はないことになっている。これは象徴天皇制という特殊な形態を天皇に課している国民として、そう急に対応しなければいけない課題である。政府がこの対応に遅れている理由は政府の背景に天皇制に関する異論があるからであろう。平成天皇の象徴天皇の認識を不服としている人がいるのだ。安倍内閣を背後から操作している人たちの思惑は、憲法改正をもって、天皇を元首にしようと考えている。象徴天皇と生前退位の問題を明確にできない理由がある。
 
明治日本への回帰を願う人たちの存在がここに色濃く表れている。アベ政権は有識者会議を悪用する政権である。国民は等しく象徴天皇の意味を自分のこととして考えなければならない。天皇のビデオメッセージを見て、天皇ほど象徴天皇の意味を深く考えていた人は居なかったのではないかと衝撃を受けた。戦争の敗北によって、神聖化された天皇から、象徴としての天皇に変わった。平成天皇は幼少期に戦争の敗北と、天皇家の大きな立場の変遷を経験した。そして、象徴天皇というものの実現に真剣に向いあった。その行動が今の天皇家の姿になっている。皇后とともに全国くまなく旅をして、直接に国民と接し、励ましとなり、相互理解を計るというものである。この姿は平成天皇が新たに作り上げた象徴天皇の姿である。
 
江戸時代の天皇家は文をもって民を治める。日本文化の中心に存在するものが天皇家があった。それは稲作農業を技術と神聖にによって司る存在と意識されていたからだ。水土を神官として司る。稲作を司る神官としての天皇の存在があった。権力によってではなく、文化力と稲作という経済基盤の神官として、日本という国を束ねる存在とでもいうのだろうか。

有識者会議は生前退位を考える前提として、象徴天皇とは何なのか。公務の在り方はどうあればいいのか。この点から問題を十分に議論してもらいたい。そしてその議論を国民すべてが知ることができるように展開してもらいたい。それは、象徴天皇とは何かを考えるときに、日本人とは何かを考えることになるからである。日本という国がどこに行くべきなのか。世界中が資本主義の競争により、今伝統的文化を失いかけている。国家の価値観というものが、拝金主義によって崩壊の危機に陥っている。巨大企業が国家を超え活動し、国家という文化圏を飲み込み始めている。資本主義が競争を激化する世界の潮流の中で、日本国がどうあるべきかである。経済だけの国であればいいとは誰も思わないだろう。日本という文化を大切にして、日本人らしい暮らしを維持してゆくことが、今こそ求められているのではないだろうか。

象徴天皇の意味を、日本人がどこを目指すのかという事を踏まえて、考えてみる時ではないだろうか。私は瑞穂の国美しい日本こそ目指すべきものと考えている。それは拝金主義者にしか見えない安倍総理大臣も以前書いていたところである。天皇家はその象徴として、修学院離宮での暮らしのような暮らしをすることが良いと考えている。美しい日本の暮らしとはどんな暮らしであるのか。天皇家が自ら実践することである。日本文化の理想郷とはどんなものであるのか。その原点をもって、日本国民の象徴になるという事である。日本の自然と身近に暮らす必要がある。稲作可能な暮らしであってほしい。文化的な活動、学問的活動、そして福祉的活動の象徴としての役割を継続してほしい。

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