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沖縄復帰45年

2017-05-15 04:52:54 | Peace Cafe

あの日から45年経ったのだ。金沢にいた頃のことだ。あの日のことは強く思い出す。美術研究室でこのことをみんなで話した記憶がある。高校の時の饒平名先生に言われたことを考えていた。あの時研究室にいた共産党員は沖縄返還に反対をしていた。沖縄が返還されると日本本土が沖縄化するという主張であった。心底共産党が嫌いになった。共産党の考え方に一致することが多いいのだが、どうして支持政党として共産党にはなれないのは、沖縄差別を沖縄差別とも思わない人たちの主張に、許しがたい記憶があるからだ。それではまるで今のアベ政権と同じではないか。沖縄が米軍の統治下のままであるという、最も取り除かなければならない日本人の責務の前に、日本本土が米軍基地化されるなどという脅し文句を主張する姿に、唖然とし嫌悪感を覚えた。あの嫌悪感を今も忘れられない。たぶんそう主張したあの人は、今も共産党員であろう。そういう人であった。しかし、自分が沖縄差別したことは今も気づいてもいないであろう。そしてくだらない理屈を言うはずだ。どんな面を下げて辺野古米軍基地反対などと言っているのだろうか。

まずは沖縄の返還である。その上でどれだけ沖縄から、そして日本本土からアメリカの基地を減らすかを運動してゆくのが、沖縄返還の日に、日本人の役目だと主張した。その後の私の努力も足りなかった。本土から米軍基地は減少し、沖縄の米軍基地は広がっていった。いまや日本の米軍基地の70%が集中する結果になった。沖縄返還は日本本土の米軍基地減らしが現実であった。何処まで行っても沖縄差別が続く。今の日本の極右勢力は沖縄を中国の防人になれと叫んでいる。まさに沖縄差別だ。あの時の共産党も、今の極右勢力も、利己的人間だ。中国が攻めてくるから、沖縄の基地を強化する。そんなことは絶対にないと確信しているが、もし、たとえそうであるとしても、沖縄が防人になって犠牲になるような発想は、みじんもあってはならない。ともに、日本国全体が亡びればいい。誰かの犠牲の上に、自分の安寧な暮らしなどあり得ないのだ。ともに苦しみを分かち合う事だ。

今台湾に続く琉球弧に自衛隊基地の建設を進めている。与那国島にはすでに自衛隊基地が出来た。住民が増加したという喜びもあるようだ。しかし、20%に増加した自衛隊住民によって、選挙によって自衛官が町長になる可能性も出てきた。どんな島になってゆくか大いに不安がある。宮古、石垣に基地ができるまでは、与那国では自衛隊は良い印象の形成に集中するはずだ。宮古島は基地受け入れを決めた。果たしてどんな基地ができるのだろうか。ミサイル基地という事になっている。自衛隊基地ができるという事は米軍もいつの間にか軍事機密の下で共用するという事になる。これが沖縄の米軍基地縮小の見返りである。トランプ政権の主張する米軍経費の日本負担である。

石垣も中山市長は曖昧ながら、基地受け入れを進めている。こうして、世界自然遺産になろうという美しい島々を、日本本土の犠牲に成れというのが、アベ政権の中国敵視政策である。尖閣諸島をわざわざ問題化した、極右石原慎太郎の謀略である。中国が覇権主義で問題があるから、仕方がないというのが主張であるが、日本は憲法によって平和主義だ。軍事力でない外交力によって問題の平和的解決を計るべきだ。内閣には相手が問題をあげつらい、問題をより深刻化させる前に、平和憲法のものとに平和的解決の努力をする義務がある。中国に対してどれだけ平和的な努力をしているか。少しもしているようには見えない。明かな憲法違反であろう。国民の大半がこんな汚い政治手法にまんまと乗せられている。まして、沖縄が防人になって犠牲になればいいと言う神経が許してはならない。「沖縄を返せ、沖縄に返せ。」このように大工さんは唄った。沖縄は沖縄のものだ。日本本土の犠牲に成れなど、人間の発言ではない。辺野古の基地を警察力で強行するなど、日本人のやることではない。何という苦しい沖縄の45年ではないか。

 

 

 

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