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合成甘味料

2016-05-24 04:22:35 | 暮らし

砂糖中毒というものはない。ないのだけれど砂糖の甘さに依存してしまうという事はある。甘さは味覚の王で強力な吸引力がある。それは甘いという味の中に、幸せを感じる何かが備わっているからではないだろうか。どんな食べ物でも偏って食べることが良くない。肉ばかり食べていれば身体を壊すだろう。お米ばかり食べるというのも、良くない。食べ物で大切なことはまんべんなく食べる事だと思っている。菜食主義だから肉は食べないというのも、砂糖を敵視する事に近い考えだろう。どちらも食べ物としてあまりに美味しいから制限が必要になる。現代はいくらでも砂糖を食べれる。これは食糧が工業生産とかみ合ったからだ。さらにさまざまな甘味料が登場し、化学合成で甘さというものが作られ、カロリーがなく甘いというものが登場している。昔は糖尿病患者が使う甘味料のようなものだったが、今はあらゆる食品の添加物に登場している。

合成甘味料である。サッカリンというものが砂糖不足の戦後出回ったが、いまは米食品医薬品局(FDA)が認可している人工甘味料は、アセスルファムK(acesulfame-K)、アスパルテーム(aspartame)、アドヴァンテーム(advantame)、サッカリン(saccharin)、スクラロース(sucralose)、ステビア(stevia)の計6種。飲料水の表示には、アスパルテームが多いい。サッカリンも禁止されたこともあるし、また復活した。いずれも多くの人が体にいいはずはないと思いながらも、砂糖のカロリーの高さを思い、ステビアなら植物由来だしなどと考えて、味はともかくノンカロリーの方を選択するのだと思う。甘さに対しては混乱も不安もある。砂糖業界系の研究では合成甘味料の方が肥満に繋がるという科学データーが出される事になり、合成甘味料系の研究では発がん性もないし、肥満の可能性は砂糖よりはるかに少ないという事になる。そして甘さに憧れる者は、中毒に陥るこらえ性のない人間とされ、混乱することになる。

では、現実的にどう対応すべきかという事になるが、何でも偏りが良くないという事に戻る。ダイエットコーラーを毎日2リットル飲み続けたら、良くないに決まっている。たまに、ペプシ0を350cc飲んでも体に害はない。毎日、清涼飲料水を飲むという習慣そのものが、問題であろう。それは食生活全体に影響がある。味覚を壊してゆく。美味しいという感覚は作られるもので、偏食によって美味しいがゆがんでゆく。食べ物を自給して食べていれば、そのものの味を深く味わえるようになる。然し、工業製品と言える食品を食べ続けていると、食品添加物の味においしいが惹きつけられてゆく。味の素を漬物に必ずかける人を見たことがある。徐々に半端じゃない量になった。おいしいがより濃厚なものに変わってゆく。自給であればグルタミンがおいしいであったとしても、それだけを山ほど食べるようなことは不可能だ。しかし、工業生産可能な食品は、どれほどの偏食も可能にする。そして味覚を崩壊させ、偏食をさらに加速させる悪循環を導く。

合成甘味料が悪という訳でもない。砂糖が悪い訳でもない。ハチミツだって、ネープルシロップだって、甘さというものが悪い訳ではない。甘さというものは自給生活では極めて貴重なもので、それを食べた時の幸せ感は暮らし全体を反映していたのだ。その為に、砂糖が廉価に手に入るようになった時に、大量に使う食生活に動いた。そして、一時の幸せを手に入れたのだ。それ自体は決して悪いことではない。江戸時代の自給生活においては、甘さを手に入れるという事は困難なことだった。干し柿を甘味料にした。麦芽糖や甘酒のような発酵技術から甘さを得た。わずかな甘さを味わうという食文化である。わずかな甘さの中に幸せ感が満ちていた。その記憶が甘いものを食べることで、ドーパミンのようなホルモンが出るようになるのかもしれない。

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沖縄の悲しみ

2016-05-23 04:23:51 | Peace Cafe

またアメリカ人の元海兵隊員が沖縄の20歳の女性を、襲い、殺した。こんなことがまたも繰り返された。日本人の一人として、恥ずかしく、申し訳ない。日本政府は米軍に対して、二度とこのようなことが起きないように要請したそうだ。一度や二度のことではないのだ。このような事件が繰り返されている沖縄の状況を、日本政府は認識しているのだろうか。認識しているがために、本土にこういう被害が広がらないように沖縄に米軍基地を集中させているのだろうか。解決策はある。米軍の基地を日本人の棲む場所から距離を置いてもらうことだ。どうしても仮想敵国とアベ政権が中国をして、沖縄に基地を置きたいというなら、沖縄の無人島にしてもらえないものか。政府はそのくらいの要請をして当然ではないだろうか。トランプ氏なら、何というだろうか。日本に塀を作りアメリカに帰ってもらおうというのではないか。当然、費用はアメリカ持ちである。

沖縄の歴史を学べば学ぶほど、日本という国が沖縄差別を繰り返してきたことを知る。朝鮮に対する差別以上の差別を、400年行ってきた。まずその認識を持つことから始まるのだろう。沖縄の人たちが日本人であるという明確な認識を持った時から、100年は経っていないだろう。この苦難の歴史の中で、沖縄の人たちは武力を放棄させられながらも、その尊厳を守り、また守るために独特の緩やかで、豊かで、暖かい文化を形成した。文化による外交力の形成である。織物や衣装、歌や踊りやお酒が際立ったレベルに達したのは、沖縄人としての文化的誇りの拠り所だったのだと思われる。日本人が欧米化し、日本人としての民族的文化を失う中で、むしろ縄文人にも通ずる日本人らしさを残しているのが、沖縄である。琉球国は武力的には征服された国でありながら、中国と日本の間を外交力をもって、生き抜いてきた国である。

日本人として、この沖縄の状況を生み出したことを恥ずかしいと思う。いつまでもこの状況を長引かせていることを申し訳ないと思う。沖縄が返還されてから以降も、米軍基地は一貫して強化され、広げられてきた。米軍は沖縄を米兵の訓練場と考えている。アメリカ国内でも基地は反対をされ、簡単には作れないのだ。ベトナム戦争の前線基地として利用された。これからは、中国に対する前線基地としてアメリカは利用しようとしている。日本という国を守るためと名目上はなっているが、アメリカとしては、中国をにらむ形で、米軍基地を沖縄に配備しておきたいのだ。そして、本音としては、日本をいつでも占領し、日本が独立国家としての、独自の行動をとらないように監視している。しかもその費用の70%は日本持ちで行える。さらに米軍のアジア配備費用を日本に持てというのが、共和党大統領候補の主張なのだ。それを日本の右翼政権が、推進しているのだから、日本の保守の思想はまさに売国奴思想である。

つまり、利権集団化しているのが、日本の保守政党なのだ。説明をする、第3者機関に調べさせると、言い訳をしたまま雲隠れしている、自民党衆議院議員の甘利氏を見てみろ。TPPを推進して、日本の農業の未来を失わせた張本人らしいその後の態度である。こうして、TPPが締結され、日本の農業が無くなったとしても、アベ政権はそのころは消えてなくなっているだけだ。誰も瑞穂の国、美しい日本の衰退の責任を取ってはくれない。私たちが米軍を少しでもアメリカに帰ってもらう努力をする以外に道はない。もしどうしても、アメリカに帰ってくれないなら、せめて本土移転であろう。沖縄の怒りを、日本人は受け止める必要がある。それが差別しているものの責任である。

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あら起こし

2016-05-22 04:33:21 | 稲作

いよいよ田んぼが始まった。苗作りをしていても田んぼの開始という気には案外になれないものだ。田んぼを耕すといよいよ始まったという気持ちになる。あらおこしともいうが、春起こしの方が気分がすがすがしいが、もう夏起こしだ。暑い。田んぼは緑肥がまかれている。枯れてきているものもあるが、今盛りのものもある。いずれにしてもハンマーモアーで細かく砕く。そしてすぐに漉き込む。ハンマーモアーが途中で動かなくなり、刈払機であとは刈った。すぐに漉き込むと土壌によくないという事を言う人がいるが、すぐに漉き込む方が抑草の効果が高い。すぐに漉き込みすぐに代掻きである。生の草が腐敗してゆくときに、抑草効果が高くなる。また、冬の間に藁は田んぼにまき散らしておく。そこに緑肥が生えてくる状態である。藁はほぼ分解している。藁は分解していることが重要である。生の藁を張る漉き込むと、良い代掻きができない。田植えがやりにくい。コナギが異常発生する。藁を田んぼに戻す場合、藁を分解してから漉き込むことが条件である。

緑肥は出来るだけ細かく砕く。ハンマーモアーで出来るだけゆっくり刈り取ってゆく。草刈り機で刈るとしたら、紐で刈ると細かくなる。しかし機械の故障で粗いままだが何とかはなる。トラックターはたいていの場合土壌が湿っているので負荷がかかるのでゆっくり耕運する。深く耕さない。代掻き用のロータリーである。5センチ程度ではないか。深く耕すという考えもある。その方が収量が上がるというのだ。一時その考えに影響され、ずいぶん深く耕したこともあった。しかし、作業全体を考え、出来るだけ浅く耕す事に落ち着いた。手植えの田植えでやる。草取りや、田車を通すことを考えても、田んぼが深いと作業が大変になる。深い方が草も増える。代掻きは極端にえば、田植えが出来るだけ耕せばいいと今は考えている。その浅い層に腐食がたくさん入れば、より抑草効果が高まる。浅く耕す場合、粉砕した緑肥や藁が土壌に混合されない場合がある。手間がかかっても2度耕すと土によく混ざる。

上手く耕運しておけば、代掻きがきれいにできる。水を入れてから良い代掻きをしようと考えても、ぬかるみ状態で操作が難しくなり、田んぼの硬い層がでこぼこになる。これによって水平の代掻きでなくなる。春起こし、代掻きで重要なことは田んぼの深さが一定であることだ。浅く1定でありながら、水を抜きたいときには一気に抜ける排水が出来る状態を目指す。入る水は、全体で少しづつ水を動かし、停滞する部分が出来ないようにする。これも抑草である。流水では草は生えない。静かに水が動く状態では、コナギは生えにくい。その基本があら起こしにある。少し時間がかかってもいいのでゆっくりとたいらに、田んぼの隅々まで耕す。

今年はお隣の3反の田んぼのあら起こしもやった。頼まれたのだ。何度も断ったのだが、どうしても頼むしかないという事でやることにした。もう80歳を超えた方で、昨年は田植えまではしたがそのあと放棄した。草だらけになって、夏の暑い盛り草取りは無理だった。田んぼをやりたいという人がいるから紹介してあげたのだが、やはり自分でやりたいという事で、貸してあげなかった。何しろ、機械が入る道がない田んぼなのだから、やる人はもういないと思う。私たちの借りている田んぼから、畔を乗り越えて機械を入れた。だから、私たちの田んぼの田植えが終われば入ることは出来なくなる。代掻きはどうするのだろう。頼まれてはいない。何しろ畔がない田んぼなのだ。水が溜まらないから、容易なことで代掻きは出来ない。私がやるならまず畔を作るところからだが、さすがにそこまでやることは出来ない。自分の田んぼで手一杯である。もし借りる人が居たら、道を作ることから始めなければならない。そして、しっかりとした畔を作り直すことからだろう。それにしても代かきが気になる。

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小田原市沼代を描く

2016-05-21 04:09:50 | Peace Cafe

沼代の谷間を描いて居る。

最近4日間同じ場所で、毎日1枚づつ絵を描いた。大体のこところ、いつもの私の絵の描き方である。魅かれると感じた場所で繰り返し描く。ここ何年か、大井町の篠窪というところで描いてきたのだが、夏は見通しがなくなり、描きにくくなる。そこで場所はないかと思い、見つけた所である。以前からそばの沼代園という養護施設に養鶏の手伝いで出かけていたので、時々通る道からである。道から谷の眺めがいい。最近田んぼに水が入った。水が入ったら、風景が一変して面白くなった。田植えが終わるまでのしばらくのことではないだろうか。一番上が畑で小屋などがある。そこから田んぼが続き、放棄された田んぼになる。その先には林があり、集落に続く。集落の奥は小高い二宮の丘陵が続いてゆく。一番高いところが、136メートル二宮の駅のそばの吾妻山公園である。写真は雨の日で霧の中である。雨の日はいいものだ。それほどの山の中ではないのだが、里山風景が残っている。

一枚目

田んぼを中央に描く。一番描きたいものだから中央になるのだろう。構図というものは考えたことはないので、その場所をただそのまま描き始める。どんな絵にしようとかいうことは考えないが、見えている里山風景を描くことは決まっている。何とか目の前に見えている状況を画面に持ってくる。下図を描くとか、デッサンを取るというようなことはしない。頭を使うようなことをすると、見えているものから離れてゆく気がする。思いついたままにパレットで色を作り、始める。何処から何をしようとしているのかもよくわからない。頭で考えるという事は全くない。でたらめに塗るという訳でもない。見えている風景の中にある空間の動きのようなものを追っていることが多いい。あちこちに色を置きながら、だんだん形を移している。描くという事に成りきるには頭で考えたらだめなようだ。どのような結果になるのかは分からない。始めてみると、絵を進めるなかで習慣化してきた調子で描いている。と言って、上から下に絵描き進めていたり、あちこち適当に色が広がっていったりする。それに任せている。どうすれば今見えているものが画面の方に、絵の方に表れてこないか、偶然を待っているようなものである。

2枚目

朝から始めて、夕方まで描いていることもある。2日目になると最初とは違ったものが見える。2時間ぐらいで終わりになることもある。嫌になれば、すぐ家に帰る。車の中には、大抵のものはそろっている。食べ物、飲み物、昼寝の布団。タブレット、もちろん絵の道具も何でも積んである。描きたい間は描いている。絵を描きに出るとなれば、家の方のことや、田んぼや、畑はすべて忘れてしまう状態なので、朝の内にすべて終わらせてから出かける。急に出掛けたくなるので、予定とかはない。帰りには風呂屋に寄って帰ることが多いいので、風呂の道具も積んである。こうして描いているときのことを思い出そうとしても、呆然としてただ描いて居るだけで、その時の気持ちのようなものはほとんど流れ去っていてとりとめがないだけである。一生懸命であるとか、楽しんでという事でもない。ただ絵を描いて居る道具になったような状態である。座禅をしているときの状態に一番近い気がする。足が痛いとか、我慢しているとか、修行だとかいう意識は全くない。

3枚目

描いた4枚の絵は今のところ描いたままである。4枚目が一番色が塗られていない。塗り残しが沢山ある。何故なのか、日に日に塗らなくなった。4日間4枚の絵は持っていって描いて居るのだが、結局のところ、一日一枚づつで、今回は現場で続きを描くという事はしていない。毎日画室の壁に並べてある。何か気づいたら、現場に持っていって描いて見たいと思っている。この描き継ぐという事が難しい。絵を描き継ぐという事は全、写生をしている時とは違った作業になる。気付いたことを描くのだが、その時に絵の欠点を直すという事になったら、やらないことにしている。描き継ぐ時は新しい発見があった時である。こういう事だったかという事がわかって、どんどん進んでゆくこともある。そこで止まってしまって、何か月も置いてあることもある。だめだと思って、保存の引き出しにしまってしまうことが多いい。そのうちまた出してみて描き継ぐこともある。もしかして出来たという気持ちになったら額に入れて、ギャラリーに飾る。

4枚目

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人工頭脳で絵は変わる。

2016-05-20 04:09:40 | 水彩画

囲碁でも、将棋でも、人工頭脳が人間を勝った。ゲームに置いてはコンピューターに人間は勝てないことが証明されつつある。遠からず、あらゆる分野で人間の頭脳を機械は上回ることであろう。コンピューターで政治が行われるようになったら、私の考える政治に近いのではないだろうか。コンピューターの意見を参考に政治を行う時代は近いことだろう。絵を描く事を考えれば、人間よりはるかに巧みに描くことは目に見えている。どれほどの材質感であれ、どれほどの堅牢度であれ、人間が及ぶものではない。再現性においては、モナリザと同じものを5枚作ってくださいという事が、可能な時代が近づいている。これは40年前から主張していたことだ。その時は多くの絵かき仲間に馬鹿にされ相手にもされなかったが。そのつもりで絵を描かなければならないと、主張してきた。そんなことはどうでもいいと機械で出来るような仕事をしている愚かさが商品絵画にはある。

機械が人間を超えるという現実から、人間が生きるという事がどういう事なのか、人間が絵を描くという意味はどういうことかを考える必要があった。そして私絵画というものにたどり着いた。絵画の社会性は失われた時代。商業絵画の側面から考えれば、絵画の骨董的価値や希少価値はなくなるという事である。福山雅治コーディネート絵画が登場する。モナリザが無限に存在しうる時代を想定して、自分が描くという事を考えれば、自分の個別性など社会の中では無意味である。絵を描くという行為の意味は自分にとってどういうものであるかだけが、意味として残る。出来上がった絵の存在よりも、描くという行為に絵画の意味が移行してゆく。移行しながら、絵を描くという行為はより深い、重要なものになるだろうと考える。社会においては全くの無意味な行為であるがゆえに、個人に置いては意味を持つはずだ。つまり、座禅である。無意味がゆえに価値がある。商業絵画の時代においては、私絵画の意味はより重要になると考えてきた。

骨董価値としてモナリザの1点である意味はあるだろうが、肉眼で判別できないものが、いくらでも作られるとなれば、絵画から得られる鑑賞の意味は、その本質が変わってゆくだろう。自分が生きている間にそうなるだろうと考えていたが、やはりそうだったと実感する。結果として、描くという行為の純化である。絵を描くことの意味は、商品を描くという事と峻別して、自分の為に描くという事が重要になってゆく。絵画は自分の為だけに描くという事に厳密化して考えてみる必要が出てきたのだ。自分が見ているという事がどいう事なのだろうか。座禅に置いては視覚は、半眼という。見えているが見ていない状態を意味する。目に映ってはいるが、意識として見てはいない状態。凝視するという事と対極の視覚の在り方である。絵を描くという事は、半眼と凝視の繰り返しである。夢と現とが行き交っている。自分の心の移ろいに従う。心が見たいと思えば見る。絵空事でありたければ、幻想に従う。こだわることを含めて、心に従うという事である。

絵を描いている充実という事である。田んぼをやる充実もある。しかし、それは食べることができるという、打算的充実である。絵を描くという事は自分の心のままに生きたという時間を持つだけの、無意味の充実である。この無意味の充実こそ、最高の充実である。ああ生きたと、生きて自分の仕事をしたという喜びがある。私は座禅に生きることが出来なかった、即物的人間である。無駄なことは出来ない普通の人間である。それが絵を描くという、現実の行為をしながら、その行為が全くの無駄であるという意識に至ることができた気がしている。無駄に生きることに耐えられるようになった。里山風景を描く。それを残しておきたいという現実の価値と、そんなものは何の意味もないだろうという、明らかな意識もある。そのないまぜの中で、ただ描くという他の時間にはない充実に至ることができた。

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舛添批判で抑えるべき点

2016-05-19 04:16:46 | Peace Cafe

舛添批判が公私混同の個人批判に陥り、政治の本質の問題から目がそらされないように願いたい。前知事の猪瀬献金も背後に想像された、政治の暗黒は未解明のまま終わった。確か舛添批判を始めたのは文芸春秋であった。この雑誌の調査報道はすごい。新聞やテレビにとってかわったようである。舛添氏は湯河原の別荘に公用車で毎週出かけていた。それほどのことには思え無かった。しかし、年5回の高額な海外出張が何故都知事に必要なのかはよくわからなかった。随行員が20名というから、完全な外交交渉団のような形である。東京都知事という立場で、どんな外交を展開し、どんな成果を上げたのかが気になった。友好親善程度のことなのか、何か別のことで知事が出かけて調査しなければならない課題があったのだろうか。それならその成果は都議会で審議されているのだろうか。都議会というものが何か有効に機能しているものなのかどうか。都議会の機能をこの機会に検討すべきなのだろう。

区議会との関係もあって、膨大な予算にもかかわらず形式的なものになっている可能性が高い。湯河原公用車の弁明会見の偉そうな態度が、面白映像になり大失敗をしでかした。文春の思惑どおりにことが炎上して進んだのだろう。第2弾、第3弾と雑誌としては準備した球が放たれた。舛添氏一人の問題ではなくなり、政治資金の私的流用が浮き上がってきた。政治家は政治資金をきちっと使っていないのではないかという、繰り返されるが解決しようとしない課題である。白紙の領収書で何でも済ますようだ。政治家に白紙の領収書にしといてねと言われれば、商売だから渡す人が多いいだろう。すでに政治家に自浄能力が失われているから、法律の改正が必要な状況だろう。政治家の飲食代は政治資金と言い張れる。正月の集まりに仲間と飲んでも、一応会議をしておけば問題ない。これは政治家だけでなく、役所でも、自治会組織でも似たようなご都合主義が行われている。そう硬いことばかり言っていると世の中暮らしにくくなるというような、空気を読めというような情けない世間である。

誰もがやっているのだから、騒ぎになった時をやり過ごせばいいという範囲になる。これが、日本の村社会の馴れ合い政治である。正月の豪勢な料理位おごらなければ、政治家はやって行けないという事があるのかもしれない。政治にはお金がかかるという事の背景になる。こういう話は誰もが突っ込めるので盛り上がる。当選しなければ始まらないという、常に選挙を背負っている。これが、東京オリンピックの2億2千万円のコンサルティング代に繋がっている。こっちは電通とからんだ完全な犯罪である。東京都がオリンピックを誘致するのに、なぜ、意味不明のコンサル会社に何億円も払わなければならないのか。一体こんな費用が審議され、了解されて払われたはずもない。わずかな飲食代の不正が、巨額な税金のでたらめな使い方に繋がる。賄賂と考える以外にない費用だ。2億円にふさわしい、コンサルから出されたデーターなり、書類などどこにもなかっただろう。

東京都前知事は5000万円を貰って黙らされていた。当然こういう人たちのやっていたオリンピック誘致である。怪しいお金が飛び交ったに違いない。電通と政治の関係を洗い出すべきだ。計画自体がどんぶり勘定で、誘致が決まってから予算が倍増した。そんなことは分かっていたと森元首相は平気で述べている。恥ずかしい国になってしまった。大企業が次々に不正を働き、富裕層は税金逃れにタックスヘブンだ。理想を持てない人間の、金銭だけに動かされている哀れな姿である。特に政治家にそういう人間が多いい。それは政治家には権力があり、権力志向の人間が政治家になるからだろう。政治家と言えば一般に偉そうなやつのことだ。権力欲の強い人間は拝金主義に陥りやすいものだ。自分を取り巻く人間を動かすためには、お金が一番だという事になるからだ。個人のお金の汚さが、税金の使い方がでたらめになるという事に繋がる。

 

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水彩画の自由な技術

2016-05-18 04:08:18 | 水彩画

水彩画はかなり技術的な要素が強い画法である。熟達しないと自分の望む表現をすることが難しい。画面の状態がどのようであっても、自分の進めたい方向にできる技術を持つ所まで、熟練しなければならない。技術は絵を描く手順ではなく、自由になるためのものだ。ルネッサンス期の油彩画であれば、下塗りから、仕上げのワックスまで、一貫した手法が求められた。しかし後期印象派のように、野外で制作するというような即時性を必要とされ、技法そのものが変化をする。現代の油彩画は伝統技法が壊されながら、出来上がったようなものである。そこで、塗装用の素材であったアクリル絵の具が登場し、臨機応変な描写に対応する絵の具が出来上がる。一方水彩画は、すでに古代文明時代に存在するような素朴な材料である。顔料をアラビアゴムで溶かして紙に描くだけである。この素朴な技法を自分の思いに従い自在に扱える必要がある。

私絵画における水彩技法は、いかなる前提も持たないという事が大切である。例えば空は最初に塗るというような、前提を捨てるところから始まる。描く手順とか、方法は捨ててしまわないと、自分の目で見ているという事に従うことが出来なくなる。常に新鮮に、目の前にある何者かに対して先入観を捨て、素朴に向かう。描写手順というようなものが、画面に現れればそれは自分の想念の広がりを妨げることになる。ただただ見ているものを描く。その見ているという自分の実相を探りながら描く。その為に必要なことは、あらゆる状況に対応できる柔軟な技法である。どんな状態の画面であれ、自分の見えたことに進路を向けることのできる技法である。こんな仕上げをするので、まずは下塗りとしてこの色を置くというようなことは、無意味である以上に害悪になる。描きたいと感じたものにまず向かう。なかなかとらえられない。方法を変え、手法を変え、何とかその見えているものをとらえるために、動いていく。変幻自在な水彩技法でなければならない。

水彩画が困難な手法であるのは、一度描いたものは取り返しがつかないという事になりがちだからである。だから、水彩画の技法は一般に人まねのできない巧みさのある手順で描き、神業のような表現を求めることになりがちだ。出来嗚呼刈りの画面という結果からくる逆算の技法に陥りがちである。こうすると決めて、手順を考え作業をしてゆく。迷いとか、混乱は、問題を生むことになる。技術のない内は、分からないけれどやってみるという事では、良い結果を得られないのだ。その為に、結論を先に出すことになる。ところがこれが絵をやせたものにしてしまい、心の広がりや揺らぎから遠ざかる絵にしてしまう。人間の心は留まることはない。見えていることも変化を続けるし、見えていなかったことに気づくことの方が多いいものだ。人間が考えるという事はそういう事だと思う。数学の問題を解くときには、答えは分からないが、探る方法を身に着けていて、様々な角度から答えに向う。そして、試行錯誤の結果答えが突然降りてくる。絵はさらなる難問である。

何かこの先にあるという事に気づいたら、そこに向って探求を開始する。この探求の仕方がその人なのだ。探求である以上自由で、枠がない、あらゆるところに行けるものでなければならない。探求の方法は、無限に身に着けていなければならない。そしてその自分の方法もいつでも超えて探らなければならない。私絵画では答えなど分からないのだから、画面から次に進むための自由で多様な変化を可能にする技術を持っていなければならない。抜けるような空を描く方法が一つではだめだ。何度でも変わりながら、戻りながら、いつでもどんな空を可能にする水彩の技法である。ここが難しい。何度も塗り返し、洗いなおせばある種の調子に落ち込む。これを全く新鮮な紙に描いたように戻せる技術がなければ、水彩画は自由にならない。しかし、その技術を身に着けた時には、自分の心の反応に従い、画面は動いてゆくことが可能になる。水彩は心を一番反映しやすい、やはり素朴な材料であるからだろう。

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稲の苗播種23日目

2016-05-17 04:03:24 | 稲作

苗床の全体。22日にすべてビニールを取り払った。23日早朝5時の写真。

苗はおおむね3葉期になった。播種から3週と2日である。生育は例年通りである。すんなりとした生育で全体として悪くないと思われる。今年は色むらがないのが、特徴だと思う。水は最初の2週は水やり程度。徐々に増やしてきて、現在ほぼ苗箱が見えないくらいの水位にしてある。

直播

苗箱

セルトレー

3種類苗作りを試みている。サトジマンで3分の1づつ作っている。この後田植えまでの作業効率を観察しながら進める。苗の様子は、わずか、セルトレーが勝り、次が苗箱で、直播がやや遅れている。この後直播が追い越すのではないかと想像しているが、どうだろうか。田植えのやりやすさでは、当然セルトレーであるが、参加者がだいぶ慣れてきているので、直播苗でも問題無いようにも考えている。昨年はこの後葉先が枯れこんでくるところもあったが、今のところはそういう兆候はない。後の2週間は自根の力強さで苗がしっかりしてくるかどうかの変化が出る。特に苗箱の場合、根が苗床に伸びて行けるかどうかで、生育に変化が出る。根が苗箱の中を廻るだけでは十分な5葉期までの生育は出来ない。

手前は新永塚田んぼの苗であるが、例年3葉期までは一番生育が良い。品種がキヌヒカリという事もあるかと考えている。昨年はこの後生育が悪くなった。苗箱ですべてを蒔いていて、苗箱の底穴の数が少ないために、苗床に根が伸びないからではないかと考えている。一番奥にある横向きの列が、舟原田んぼの予備の苗なのだが、この苗は1週早く蒔いた。少し黄ばみ始めた感がある。根が苗箱から突き抜けないでいるのではなかろうか。

手前が新永塚のキヌヒカリの列だが、苗は一番立派である。

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民進党の期待と「国民怒りの声」

2016-05-16 04:22:58 | Peace Cafe

民主党と維新の会が合併した。民進党がどのように変われるかに日本の政治の未来がかかっている。社民党も合併という話が出てきた。それでも期待をする人は少ないかもしれない。民主党政権には懲りた。期待しただけに本当にがっかりした人が多いいはずだ。自民党政権が良いという人も少ないと思うが、それでも一定の支持を集めているのは、あの民主党よりはましだという気持ちからではないか。安倍大嫌いの私でも、民進党を評価する気にはためらいがある。それでも民進党に期待するしかないのが現実である。これが目の前に横たわる日本の政治状況である。絶望的ではあるが、諦める訳にはいかない。諦めきれない以上、今度の参議院選挙では与党を減らす可能性の高いところを支持する以外にない。共産党が当選する可能性があるなら、そちらに投票するのもいい。大抵の選挙区で、可能性のあるのは民進党となるだろう。それならば、選挙区では民進党候補に投票するしかない。すっきりはしないが、それしかない。

共産党はスキではないのだが、言っていることは大体に正しいという事が多いい。しかし、何か肌が合わない。それは学生のころ民生と敵対したことが要因だと思う。自分の頭で考えないで、上からの指示に従うというところが、生理的に嫌だったのだ。性格的に集団に加わるという事が嫌いだったという事もある。それもあって正しくともなかなか共産党を支持する気にはなれない。共産党が自民党と対等に渡り合える政党になる可能性がない。共産主義を過半数の人が受け入れるようなことは起こらないだろう。社民党の方に期待をしていたのだが、今や存在自体が危うい感じすらある。全く残念ながら民進党に投票するしかない。それ以外にアベ政治の平和憲法の破壊の食い止める道はない。アベ政治を支持する人は、結局はお金だ。憲法などどうでもいいと考えている現実主義の人だ。経済に於いて、アベ政治の方がましだと考えて投票するのだろう。軍国主義が良いとまでは考えては居ないの人だろう。アベ政治の独裁を許すのは、経済不安である。ヒットラーの道だ。

経済については政府を誰がやっても厳しい道である。誰がやってもこれから苦しいことになる。世界経済の必然である。日本だけが一国抜きに出ることは出来ない。日本人が急速に経済成長できたのは、安い、優秀で、規律のある労働力が溢れていたからだ。それが高度成長の条件であろう。しかし、世界中の条件がととのってきた以上日本だけが有利という事はない。競争は落ち着くところに落ち着いて終わる。落ち着くところとは平均化である。ある程度豊かになった日本人には徐々に冒険心が失われてきている。人類の為というような、正義に基づく事業哲学が薄れてきている。事業の目的が単なる金儲けの手段化している。これでは未来を切り開くような新しいものは出てこないだろう。自分本位の目的では、限界がある。人間が未来を切り開くことができるのは、他人のために頑張った時だと思う。少なくとも瑞穂の国の日本人はそうだった。

小林節氏「第三の旗」 政治団体「国民怒りの声」が名乗りを上げた。憲法を無原則な拡大解釈を続け、ついには9条の改定を主張する「アベ政権」の批判票を集めなければならない。比例区では怒りの声に入れるのも選択肢として出てきた。本来であれば、全野党が平和憲法という1点で自民党の改憲阻止の統一候補を出すべきだ。その取り組みができない理由は、まだ憲法のありがたさに気づいていたないからだろう。アベ政権の目指す、軍事力による平和の道が、いかに危険な道かが想像できる。すでに戦前の社会になったと考えざる得ない。今引き返さなければ、日本はまた戦乱に巻き込まれる。たとえ一国平和主義であっても、日本の平和憲法だけが世界平和の可能性だ。経済格差は一貫して拡大している。この先に待っているものは、戦争である。国際紛争を平和的な手段で解決するためには、日本は軍事力を放棄しなければならない。

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パナマ文章とタックスヘブン

2016-05-15 04:05:12 | Peace Cafe

税金逃れの世界の富裕層と大企業の醜い姿が明らかになった。いまだ、違法性はないというような言い逃れをしている。この問題は国家と資本主義の関係の行き詰まりが現れている。中国で汚職を一掃すると主張していた、習近平氏の周辺の人物が実はパナマ文章に名前があるというようなことである。ここにあるのは、利己主義と国家という関係が問題になる。自分が利益を上げたいという事が、すべてに優先し、ついには国家の利益を阻害するという事になる。人間の欲は正義や倫理を簡単に超えてしまうという事なのだろう。本来であれば、税金というものは利益を上げた場所に還元されるべきものだ。税金でその地域は運営されている。その地域が健全な社会であるためには、その地域で生み出された利益は税金として地域に納められることが健全な社会だ。ところが、税金が極めて低い地域がある。そこにペーパーカンパニーを設立する人間がいる。

これは世界企業と国家という問題を含んでいる。何の産業もない地域が一つの産業政策として、タックスヘブン政策を行う。アベ政権下、財政状況が悪い中企業は内部留保を増やしている。こんな状況でありながら、法人税の値下げをした。これからさらに下げるので、世界の企業は日本に来てください。と先日もヨーロッパ訪問の中で言わされている。国家というものが、客引きをやっているような状態は過去のやり方だ。法人税はその国の社会状況によって変わる。ヨーロッパのような公共投資が終わっているような国と、これから公共投資をしなければ社会インフラが整わない国では、必要となる法人税は異なる。また、所得税、消費税を中心に考える国と、法人税を中心に考える国では、異なる税体系になるのだろう。企業というものが国よりも企業自体の利益で、誘導されてゆくのは資本の原理である。世界企業と国家の関係を整理する。富裕層から相続税を確実に取れるようにする必要もある。

犯罪者が悪いお金をロンダリングすることにもタックスヘブンは利用される。日本の企業でも悪いお金を必要としていて、利用していると思われる。何もパナマだけのことではない。世界中に至るところに税を優遇する地域が存在する。日本でもどうだろうか。沖縄と北海道を法人税を特別優遇するなどという事になれば、おかしなことにならないか。現状では企業の集中する東京が有利になっている。国家の監視は税の入りと出を注目するという事に尽きる。日本にとっての目先利益のためにタックスヘブン考えることは間違った選択だ。国家という枠組みを最優先すべきだ。企業にも倫理を求めるべきだ。タックスヘブンをするような企業をブラック企業として、名前を公表してゆく。法律では取り締まれない部分は必ずある。相続税と消費税の課税強化を考えたほうがいい。その前提として、国家という枠組みを守る倫理を構築しなければならない。

世界共通の枠組みは100年はできないであろう。それなら、日本で活動する企業に日本国が、枠をはめる以外にない。日本の国税局はタックスヘブンに対して、対応能力がない。社長がタックスヘブンで相続税逃れをするような企業のものを購入しないことだ。法人税を下げてタックスヘブンに対抗するなど愚の骨頂である。法律は最低限の枠ではあるが、税逃れを出来ないように法整備を進める必要がある。しかし、アベ政府は大企業や富裕層によってできているので、タックスヘブンを取り締まることなど考えもしないだろう。瑞穂の国は法を超えた、思いやりで出来上がっていた。そうでなければ、水田は守れなかった。タックスヘブンが違法でないのだから何が悪いと、コメントをしている人たちがアベ政権をつくり、資本主義体制と民主主義を崩壊させようといしている。正しい行為で恥ずかしくないと考えるなら、自らその行為を公表してほしいものだ。

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白馬の5月

2016-05-14 04:11:15 | 水彩画

白馬に絵を描きに行った。アルプスと残雪と田んぼの景色を見たかった。長野の稲作は収量が良く、神奈川県などより大分多いい。米作り日本一が何人も出ている。その理由は、昼夜の寒暖差と水の豊かさだといわれるが、私は長野県人という山に暮らしてきた人の熱心さにあると考えている。標高1000メートルもある場所に田んぼがいくらでもある。八ヶ岳山麓。開田高原。そして、白馬周辺でもかなり高いところに田んぼがある。高いだけでなく、天空の田んぼと言えるように断崖のわずかな平地の田んぼがある。周囲に家もなく。何もそこまでしなくてもというような、熱心な耕作がある。私たちのやっている欠ノ上田んぼが、谷戸田で畔がすぐ崩れて困るなど言えば、長野の田んぼ農家に笑われてしまう事だろう。急峻な崖にわずかな平地を求め、谷底まで転々と田んぼがある。道の曲がり角にできた、わずかな隙間に田んぼが作られている。庭の田んぼなどいくらでである。そしてただあるだけでなく、とても熱心に田んぼが耕作されている。

車の中から描いているところ。

今回その耕作方法を見たいと思っていた。代掻きはトラックターで2回から3回はやるのではないか。水漏れが無いようによくよく土が練られている。畔も幅が特に広い訳ではないが、きちっと塗られている。信濃川沿いの平地の田んぼや、犀川沿いの田んぼは区画整理がされている。それでも1枚が1反か2反ぐらいのものが多いい。山の方の棚田はもちろん地形に従って作られていて石垣より土を盛ったところが多いい。管理に根気がいることだと思う。当然ながら畔草は良く刈り込まれていた。田んぼは上から植えてゆくだけでなく。様々なところから始まっていた。たぶん連休中に植えられたと思われるところから、まだ代掻きが始まっていないところもあった。その為に、田んぼの区画が様々な色である。田植えが終わり、水が澄んでいるところもあれば、代掻きで土色の水が覆っているところもある。今、水が入り始めた田んぼなど、徐々に黒くなってゆく。何処からトラックターが下りたのかと思われるほど、急な導入路が見るからに怖い。

絵を描いたのは、やまなみという山村留学のセンターにある棚田である。山村留学というものが1968年に始まったところだという。一番上に水のたまる貯水池があり、下に下にと水が回るようになっている。八坂村という地域である。立派な家が田んぼの一角にある。豪雪に絶えるようにがっしりとして、数十軒の家がある。まさに中山間地の農業と、山村留学というものが結びついた場所なのだろう。こうした日本全国にある、近代以前の農業そのままの場所が、果たして、国際競争力のある農業になるだろうか。なる訳がない。そのことは誰にでもわかっている。それを農業という枠でまぜこぜにして、判断をしないまま放棄してしまう事は、瑞穂の国として許されないことだ。日本人はこうした自給自足の暮らしを通して出来てきたという事を自覚すべきだ。だから、農業として成立しなくなっても、放棄しない農家が日本に何十万人といる。少なくとも、この場所を見て国民全体が判断して、要らないというのであれば、放棄するのも仕方がない。

鷹狩山山頂の展望台(1116メートル)から後立山連峰を見る。北アルプスを眺めるなら一番の場所である。乗鞍岳から北岳まで見える場所だ。それも5月の晴れた日がいい。まさに12日13日はそういう日であった。この鷹狩山というところが不思議な場所で、山頂に展望塔がある。展望塔があるところは珍しくないが、この展望塔は、8階建てのビルほどの高さがある。その最上階にテラスのようなものがあり、望遠鏡まで設置されている。途中階にはガラス張りの部屋もあり、雨の日でも絵が描ける。と言っても雨の日にアルプスは見えないか。夕景や朝焼けを描くことができる。と言っても私は絵を描く気にはならなかった。美しいとは思ったが、絵として取り付くところがなかった。山々は神々しい力を発していて、その精気に当たり頭がすっきりした。日本の自然はすごい。

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原子力推進のアベ政治

2016-05-13 03:34:14 | Peace Cafe

アベ氏はワシントンで原子力推進を宣言した。何という木偶人形か。よくもこんなことを言わされて言いなりになっているものだ。何のために、誰のために、原子力推進をしたいというのだ。原子力企業からの圧力か。原爆保有を担保しているつもりか。政府の主張する原子力を安い発電方法だとは、今や誰も信じていない。もし安いというなら、国民に分かるようにその算出根拠を示す必要がある。今までのコスト計算には100億円かかると言われる廃炉の費用は入っていない。まして放射性廃棄物は行き場さえないのだ。何とか行き場が決まったとしても莫大な費用が必要になる。これを入れないで安いと決めるのは明らかに間違った誘導である。原子力推進は間違った政策だったのだ。間違いを認め、引き返す勇気が政治には必要なのだ。アベ人形は既得権益層と終わりかかった日本の保守層の、利益がらみの野合から産まれたものだ。

その結果、日本では自然エネルギーの推進において世界から、後れを取り置いてきぼりになりそうである。ここが最大の問題である。もし日本の政治家が日本の未来を展望できる人間であるなら、あの福島原発事故を反省し、またこの機会をてこにして、世界の自然エネルギー大国に生まれ変わるチャンスとすべきだった。熊本では大震災が今なお続いている。東日本大震災後、まだ揺れが収まったとは言えない間に、次の大地震が予想される。日本は実に危険な地層の上にできた、列島なのだ。いつ火山が爆発するかわからない活火山を抱えた島なのだ。地殻変動は活発化の時期に入ったようだ。災害列島であることを受け止める以外に日本で暮らしてゆく道はないのだ。

この悪条件の中でも日本人が日本人としてこの島で育まれた。それほどに豊かで魅力にあふれた島だったからだろう。この自然条件を受け入れるとすれば、原子力は止めざる得ない。この条件を受け入れてこの列島に存在する自然エネルギーに目を向ければ、必ず、次の展開で道が開けるはずだ。ところが新しいことに挑戦する活力を日本人は失いかかっている。これは残念なことではあるが、たくさんのものをもってしまった人間は、すべてを失うかもしれない未知の挑戦が出来なくなるのだろう。過去の成功にしがみ付き、原子力発電という、一応は稼働していた手段を捨てきれないでいる。日本は自然エネルギーを開発することで、エネルギー輸出国になることすらできる技術力のある国だ。大震災をきっかけにしても転換できなかったところに、日本の限界を見る。太陽光パネルの生産に於いて日本製品が国際競争力があれば、エネルギー輸出国になれる。本来であれば政府が、そうした次のエネルギーに向けて、開発援助を行うところである。

ところが安倍政権は過去の原子力にこだわり、しがみ付くことしかできないでいる。この姿を見ていると、日本の終焉を見るようで悲しくなる。日本はエネルギー自給国家を目指すべきだ。国際競争力よりも、日本に適合した日本にあるものを生かす技術の開発である。江戸時代達成した自給の循環技術を思い起こすべきだ。現代の科学的成果をもって、自給技術を深めて行けば、国際競争ではない安定社会の価値観が見いだされるはずだ。エネルギーを大量消費するのではなく、日本にあるエネルギーをどのように循環させるかに、発想を転換させなければならない。

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自給生活のつもりで

2016-05-12 04:28:06 | 暮らし

自給生活をしたいとたぶん子供の頃から考えていたと思う。それはロビンソンクルソーや、15少年漂流記を読んだ影響がある。それから、探検記をいろいろ読み漁った。ヘディンを読んでゴビ砂漠に憧れた。それを山梨の山中の山寺で、自給生活をしている中で読んだ。子供心に極限生活というものを生々しい実感を伴うものとして受け止めていた。祖父は、昔の僧侶は葬式などしないで、自給自足で暮らしたという事を、覚えているだけで3回説明をした。あまり説明をするような人ではなかったので記憶に強く残った。そして草取りをやらされた。私としては、木の上に小屋を作ったり、石を積んで砦を作る。穴を掘ってその中に寝てみる。山の中をでたらめに歩く。川で魚を取る。山で食べれるものを見つける。くくり罠でウサギを捕まえる。そういう自給生活に興味があったのだが、遊びを止めさせられ、農作業に駆り出されることばかり多かった。それでも農作業が嫌いにはならなかった。おばあさんが毎日畑の観察を怠らない人で、草はどのように抜くのが一番だとか考えている人だったからだ。

その後、東京暮らしが中心になったのだが、鶏を世田谷のビルの屋上で100羽飼っていたのだから、自給生活願望から離れたわけではなかった。いつか山の中で暮らしてみたいという気持ちは持ち続けた。中学生の時には房総に土地探しに行ったことがあった。自然の中で冒険生活をしたかった。しかし、そういう事と自分がどう生きてゆくのかという事は、かけ離れていて結びつかなかった。自分の将来の暮らしというものは観念的にしか考えていなかった。そのころも絵を描いていたのだが、絵を描く職業という事も想像も出来なかった。何者にかになるという事ばかり考えていたのだが、やりたいことを実際にやるという事が、職業という形では続けて考えられなかった。好きなことしかできないという事を、好きなことばかりやっていて気付いた。会社に勤務するという事は自分には無理というか、合っていない事だけは分かった。好きな絵を描くという事に専念するしかないと思って、フランスに行くことにした。

テレビなどでプロフェッショナルという事がもてはやされる。農業でも取り上げるのは、特殊な成功事例である。私の養鶏場もその事例とされて、何度か紹介された事はあった。しかし、職業的側面より、そうでない仕事の方こそ面白い。卵の売り方より、新しい鶏種の作出が面白い。一文にもならないが、やりたくてやっている大切な仕事もたくさんある。米作りがまずそうである。日本の食糧自給をささえ、日本の国柄を守っている。暮らしが成り立たないからと言って、職業にはならないからと言って、継続しようとする人がいる。それはプロフェッショナルの観点から言えば、馬鹿げたことになるのだろう。国際競争力ある農業に、気を利かして転換した人が優れた農業のプロフェッショナルとされるのだろう。

絵を描くことで生計を立てる、という考えが湧いてこなかった。ともかく好きなふりをして、絵を描いて見ようというぐらいだ。今も同じようなものだ。いい加減なものである。絵描きになるつもりをしたのだ。先行きがわからないので振りをしてみるしかなかった。何か行動していなければいられなかった。焦りもあったから、絵ばかり描いて来た気がする。絵を描いていると仕事をしたという気になる。所がお金になる訳ではない。絵を描くという職業に直面した時代もあった。年に5回も個展は開いた。自分なりに努力はしたが、これは結局ダメだった。自分の絵を売るという行為が耐えがたかった。自分の絵を値上がりするとか、お部屋にひとついかがですかとか、さすがに恥ずかしい。商業絵画の時代に、私絵画を描いているのだから、職業になるはずもないと気づいた。全ては振りをするところから始まったことだったが、そのままが自分の生き方になったようだ。今は自給生活の振りをしているのだろうか。絵描きの振りをしているのだろうか。

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花菖蒲が咲いている

2016-05-11 04:32:31 | 自給

上の畑に行く道の脇に菖蒲が咲いている。石が70センチほどの幅でいメートルから2メートルの高さに斜めに積み上げられている。畑と家の境の石垣のようなものだ。沖縄にある暴風を避ける石垣のようで悪くない。石垣の上に菖蒲を5年ほど前に植えたが、どんどん広がった。雑草に負けない強さがある。石垣の側面にもしがみ付くように花を咲かせている。根元にはイチゴも植えてある。菖蒲の花が咲くころに毎年イチゴが少しだけ実る。イチゴは菖蒲に隠れて見つからない状態なのだが、枯れることはない。実が赤くなってくるので、陰にある赤い実を見つけることができる。イチゴを植えて10年になる。10株ぐらいに増えているようだ。せいぜい20個か、30個ほど食べるだけだ。しかも売っている実ほど立派なものでもない。いかにも私の自給の姿なので、食べる前に写真を撮ることにした。イチゴを少しも食べないというのも残念なだけなのだ。こうして探すといくらかは食べることができるというくらいがちょうどいい。このちょっぴりのイチゴだからこそうれしい。

 

5月に入って、種まきを続けている。トオモロコシ、こかぶ、大根、ハト麦、いんげん、黒小豆、花豆、ケール。キューリ。もうだいぶ芽生えている。ハト麦は上の畑いっぱいに撒いたが、ハト麦なら、ハクビシンやタヌキも食べないと思っているのだが、どうだろうか。下の畑のほとんどを大麦が占めている。大麦の長いノゲは花のように美しい。大麦の畑は一度の草取りもしていないが、いつの間にか大麦が草を覆っている。こういう作りが好きだ。雑草自体を取り除くのではなく、上手くコントロールして、麦の邪魔にならないようにする。手を入れないから楽をしているという訳でもない。案外あれこれ気を使って眺めている。4本ほど、からしなが大きくなって花が咲いている。抜いてしまえばいいのだが、せっかくのことだからそのままにしている。花があった方がなかなかいいと思ってしまう。あまりに整備されているのは好きではない。案外によくできた大麦は40キロはあるだろう。こんなにあっても困る。困るのだけど、冬の間畑が開いているのは良くないのでつい蒔いてしまった。

 

下の方から、2輪だけ違う花が咲いている。これはせっかくだから違う種類も植えてみようと考えて植えたものだ。しかし、旺盛な前からある種類に押されてしまい、がけ側にこぼれ落ちそうに咲いているだけになった。もう一種類ほとんど黒い花というものも植えたのだが、今年は一輪も咲かないようだ。奥にあるのはモミジである。モミジが3本あって、石垣の上に種が落ちて自然に生えてきたものである。生えてきてしまうとなかなか切れない。こんな石の上に芽生えてしまったモミジを取り除く気になれない。かわいそうというよりどうなるのだろうと考えてしまう。自然に出てきたものを生かしたいとも思う。これだから庭もひどい状態になってしまうのだが、そのひどさが良いというところもある。2メートルほどの高さの石垣だから、モミジが石を崩してしまいそうな気もして、少し怖いのだが今のところ何とか維持している。モミジの太さは15センチほどにもなった。

 

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若冲のこと

2016-05-10 04:01:58 | 水彩画

先日、都美術館の事務所に確認事項があって出かけた。若冲展も見れればと、思っていたのだが、到底入れないほどの人が上野公園の方まで並んでいた。最近あまり見ない美術展の行列である。日本人画家がこれほど話題になるのは珍しいことではないだろうか。若冲の絵画は私の考える絵画とは違うものだ。芸術として評価したことはない。ただ、若冲は鶏を良く描くので江戸時代の鶏の参考にするために、見たことは多いい方かと思う。良く見た40年前くらいは、異端画家という評価だった。浮世絵の評価がヨーロッパから日本に逆評価になったように、若冲も日本でというより海外の評価が先だったような気がする。明治期の江戸文化否定の流れの中にある。江戸時代浮世絵が芸術ではなく、庶民の娯楽、イラストという意識で明治期の日本では見られていた。文明開化で日本人が無理をしていた時代なのだろう。多分、若冲の評価が江戸時代今ほどではなく、面白いけれど正統派ではないとみなされた原因は考えるに値する。蕭白などと同様の、主流の品のいい美術品ではなく、ゲテモノ趣味的な扱いである。

若冲は1000年後に自分の絵画は評価されるだろうと考えていたとされるが、それは間違っていなかった。若冲の考えたような絵画の世界より、世間一般が変わった。絵画の芸術性というものが、失われた時代になり、若冲のような描写の鬼才に目が向くようになったと思われる。それまでの日本の絵画観は、精神世界を表現するもと考えられていた。侘びとか寂とか、精神の深さに触れるものを尊いとした。即物的に物を写しとる写真のような表現は、絵画とは見られなかったのだ。絵は見えている世界を超えた、心の感じる世界を表すものと考えれていた。ところが時代の方が精神性の深さというようなものを信じなくなった。訳の分からないものは、ないことにしておこうという事だろう。確かに、世界は広がり、即物的な要素が強まった。瓜二つというような、レベルでの描写の流行は文化衰退期に起ることである。芸術への不信が根底にある。

それは、アメリカのハイパーリアリズムとか言われる描写だけに興味を持つような絵画から始まる。製作者の感性とか、個別性とかいうものはない世界である。写し取る技のようなものだけが前面に出てくる。ややこしい芸術性などというものがないだけに、アメリカ人向きだったのだろう。それは、日本人のアメリカナイズによって、日本国内でもちらほら見かけるようになった。ただリアルであるだけのものがコンクールなどでも評価をされた。精神世界のような評価の分かれる絵画より、誰もがそっくりであるという価値だけは認めるからである。芸術評価基準を選ぶ方が失ったのである。何を良しとするかの判断基準のない時代に入った。夏目漱石が梅原の絵を評価した。というような、文化的審美眼が失われた時代に入った。漱石ならなるほどというほどの目利きが居ない。目が利かないとなると、人並み外れた描写に評価が流れる。

その流れが、若冲に向った。江戸時代ならそのひつこい描写が卑しいものだとみられただろうが、この時代では、素晴らしい絵画表現であるといったところで、誰も不思議に思わない。突然若冲研究家が勢いを増した。若冲の絵は精神性が浅い。それは目に見える世界しかないと考えているからである。見えているということを肉眼に限定している不思議さがある。見えるという事は、宇宙も見えるし、ミクロの世界も見える。そして、見えない世界も見える。そうした肉眼を超えた、得も言われぬものを描き止めるのが、絵画だ。雪舟の見た世界観、宗達の世界。我々をはるかに超えた、信じ難いような絵画世界というものはある。若冲は異端であるからこそ、若冲なのだ。

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