地場・旬・自給

コメントはメールでお願いします。 sasamura.ailand@nifty.com

コメントについて

2016-07-26 04:59:42 | コメントについて

コメントを自由投稿にしていましたところ、創造的な意見を悪口が圧倒するようになりました。

さすがに、連日の悪口は気分が悪いので、残念とは思いますが、コメントは拒否することにしました。

コメントがある方、連絡のある方、メールでお願いします。

mailアドレス sasamura.ailand@nifty.comです。

よろしくお願います。


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江戸時代という自給世界

2016-07-26 04:08:18 | 自給

江戸時代を飢饉と農民一揆の時代として教えられた中学の歴史を、おかしいことだと思ったのは、チャボを飼い、金魚を飼ったからだ。こんな素晴らしいものを作り出した庶民に余裕がなかったわけがないと思った。江戸時代をひどい圧政の時代としなければならなかったのは、明治帝国主義の富国強兵推進である。江戸時代より農民は苦しいことにしなければならなかった。急激な帝国主義的な国家体制の強化をした明治時代はとことん農民は搾りあげた。江戸時代どころではない飢饉の頻発。明治維新で日本は良くなったのだという教育が無理やり行われた。江戸時代の自給の循環社会を悪い時代として、消し去ろうとしたのだ。脱亜入欧の思想形成も日本の近代化という流れを強調するあまり、伝統的日本の文化を軽んずる傾向を作った。江戸時代の農民は余裕のある暮らしをしていた期間の方がはるかに長い。そんなことは一日1時間の自給生活をすればわかることだ。年貢は明治の税金より低かった。

そして、極めて高い文化的な社会の中に暮らしていた。それは現代社会よりはるかに高いものだ。八重山民謡を聞いてみればわかる。むしろ日本の社会は明治以降、西洋文明を受け入れることに躍起となった。日本人であることの価値を見失ってきた。世界でもまれにみる、自然と融合した里地里山文化を、土着的自然信仰を残しながら、同時に科学的論理性を持ち合わせた社会を作り出していたのだ。近代化された世界のはずの現代は、企業の利益主義によって能力競争の正義に席巻されている。人間として大切にしなければならない文化を忘れ去る危機に陥った。人類は勝者と敗者に分かれ、格差を広げ始めている。もう一度この能力主義を見直すためには、江戸時代の人間らしい暮らしを思い返し、探ってみるほかない。それは、自給的生活を30年近く模索してきたものとして、生活の実際から主張したいところである。人間が幸せに生きるためには、人を蹴落とさなくとも可能だという事だ。

TPPによって、アメリカ経済の支配下に日本は置かれることになるだろう。企業立って、日本人が居なくなる。能力主義の正義は強いものの正義だ。国ごとに同じ条件でないにもかかわらず、それを人間の能力の違いにしてしまう。TPPは企業活動にとって都合の良い考え方なのだ。EUからのイギリスの離脱を見てみればわかる。EUという仕組みはドイツという有能な国が独り勝ちする結果になっている。ドイツが移民労働者を有効に取り入れられるのは、東西の合併の経験が生きている。それだけの労働市場が準備されているという事だ。アベ政権は失業率の改善を手柄のように主張しているが、笑い話のようだ。新規就労者数より、実質の退職者の方が多いい時代になった。むしろ労働人口をどのように増加させるかが課題なのだ。今後移民労働者を入れなければ、日本の企業が外に出てゆくと主張することになる。そういう基盤がTPPによって作られるという事だ。そして、日本がアメリカの支配下で、そこそこの立場は与えられるだろうが、すべての分野でアメリカの一人勝ちになってゆくはずだ。

日本の財政破綻はすでに手の打ちようのないところまで来ている。企業の活動を後押しするための公共投資をし過ぎたのだ。土建業の活性化を公共投資として、労働力不足を招いた。公共事業を景気対策として、道路や鉄道や橋や港湾の整備をするのは、企業活動の支援でもある。その恩恵は大企業は一番に受けている。当然日本の法人税は社会基盤が整うまで、もっと高くせざる得ないのだ。植民地支配で社会資本を充実した国とは違うのだ。それが嫌な企業は日本から出て行けばいい。日本に来て活動したいという企業でやればいい。外国との比較ではなく、日本という国家として、自給的な成り立ちを第一義として考える必要がある。このまま日本文化を失い続けるのであれば、日本国は一体何を守ろうとしているのか。現代の科学的成果を上手く受け入れながら、文化国家としての独立国家を作れないものか。


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自国主義の広がり

2016-07-25 04:21:38 | Peace Cafe

トランプ氏がアメリカの大統領になりそうだ。その時日米同盟はどうなるのだろう。核保有をしろと言われて日本はするのだろうか。世界中で自国主義が大手を振って主張を始めている。イギリスではブリテンファーストという極右団体が、EU離脱を主張したそうだ。自国主義と右翼は同根なのか。そしてイギリスは2年後のEUを抜けると決まった。その背景にあると思われるものは、激増する移民や難民にある。世界の貧困と格差の広がり。イギリスでは東欧からの労働者の流入が問題らしい。シリアを中心にしてイスラム諸国の政情不安からくる難民。イスラム国の暴力主義のエスカレート。またそこに複雑に介入する、世界の大国。国家間の経済格差の拡大も今後さらに広がる。各国の国内での格差も広がる。階級社会の固定化が見え始めている。国際競争に勝利することだけが、自国の経済を安定させる道だという事になっている。TPPはアメリカの一人勝ちになるだろう。自由な競争であると言いながらも、国家の潜在能力を超えることは出来ない。そして国家を超えた大企業との関係が見えない。

イスラム社会の混乱の原因は、石油資源であろう。石油資源がたまたま存在した国が、勝者になり、富裕層が存在する。自由な能力競争の前に、資源による格差が立ちはだかる、絶望的な構造。そこに石油資源の利権をめぐり、経済大国と石油企業の力学が働く。そして、その圧倒的な序列を決めていた石油が揺らぎ始めた。脱石油の時代が視野に入ってきた。大きな動揺が渦巻き始めている。その混沌の中で、暴力主義が広がる。難民は増大し、ヨーロッパへの避難が起こっている。ヨーロッパ各国とも大量に押し寄せる難民に苦慮するなか、自国主義の台頭が起きる。難民とヨーロッパ各国の伝統的な社会の軋轢。移民労働力によって支えられるヨーロッパ社会の現実と同時に、安定化した保守的な階層社会に動揺が起き始めているのだろう。そして、自国主義の台頭となる。

自民党の保守主義は、日本という国柄をどのように考えているのだろうか。果たして、保守主義と言えるような、守るべき日本が根底にあるのかが疑問。農業分野に外国人労働者を入れることには、反対である。食糧自給は国家の基本だからである。外国人労働者で維持される食糧は輸入食料と同じことだ。しかし、現実には不法就労者として、着々と外国人労働者が農業分野に増加している。政府は国際競争力のある農業を目指し、大企業の農業参入の前提として、すでに、外国人労働者を受け入れる方針のように見える。アベ政権の日本主義はちぐはぐで理解しがたいものだ。日本の保守主義者は、外国人労働者を、国際競争に勝つために必要としている。アベ政権は、保守主義者というより、企業主義者と呼んだ方が良いのではないか。一体自民党憲法草案が明治憲法を目指すとするなら、それは失敗した日本主義ではないのか。

なりふり構わず、利己的に生きる国家では、世界はたちまち戦争に陥るだろう。自国主義という意味では、農業は自国主義でなければならない。プランテーション農業のアメリカが何故自国主義を主張できるのだろうか。単なる利己主義なのではないか。農業は自給主義が根底になければならない。自給は個人で始まり、地域での自給、そして国での自給で終わる。それが健全な社会であり、健全な国家である。日本の国柄が瑞穂の国だったという歴史。イスラム圏が石油という国際商品によって、本来の国柄が失われ、イスラム教がゆがんでしまったのだろう。日本も、世界企業という国を超えた利害を求める存在によって、国柄が不安定になり始めている。一見日本主義者に見えた、アベ政権は実は大企業政権そのものだった。日本の国を守るよりも、明らかに企業の利害に動かされている。そしてそれが日本全体の利益にいつかなるなのだと、弁解ばかり叫んでいる。

 


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私の水彩画の描き方

2016-07-24 04:18:18 | 水彩画

これは笹村出が絵を描くとき心にとめていることである。他の人には害になるばかりなので参考になるようなものではない。農作業をする時は絵を描くつもりで。畑をやっているときには畑を画面だと考えて作業をする。土を耕せば土の感触や色を絵にしたらどうなるかの観察を続ける。種を蒔けば、どのように発芽するのか、どのように土を押し上げるのか、その勢いのようなものがどういう力なのか、絵に於いてその力のどうなるのか。そういう作物の生育のエネルギーをどう描けるのか。田んぼでは、土壌と水のかかわりをよく見る。その変化し続ける状態を繰り返し絵にしてみる。稲の芽が出てから田植えまでの土壌の色の変化を、稲の色の変化。何故色が変わるのかその意味の必然を絵ではどう表現できるかをやってみる。田植え後の色の変化がなぜ起こるのか、葉が一枚出るごとに稲一本がどう変わるのか、そして田んぼ全体ではどのようなことになるのか。田んぼの中に起きる緑の色合いの違いがなぜ起きて、絵に於いてはどういう事になるのか。

里山がどのような状態であれば、良い耕作地になるのか。そういう関係がどういう調和状態に見えるか。雑草と里山の管理され樹林はどういう関係になるのか。そして松や杉檜で植林の行われた山の姿は、どうあれば良いのか。循環してゆく自然と、手入れの関係が、どのように表れているのか。良い里山のバランスというものはどのあたりにあるのか。人を取り巻く自然はどのようなものが、心地よいものなのか。その心地よいを絵にできるものか。呼び覚まされ、描きたくなる不思議なものを見つける。安心してごろ寝が出来るような自然。夜寝転んで星を見上げられるような里山。自然と人間の折り合いのつけ方。そういうものは絵としてはどういう事になるか、それを体で分かるという事。私絵画は描きだす前の自分という人間のことだ。

絵を描くときは、一切何も考えないで一気にかけるところまで描く。様々なことが頭に湧き上がるが、出来るだけ拘泥しないように流し去るようにして、ただただ絵を描く道具になったようなつもりで描き進める。おおよそ、1時間30分から2時間くらい描いて、描きだした思いは尽きる。その時はそれ以上のことはしないようにする。描いた絵は部屋の見えるところに立てかけて置く。納得の行っている絵を回りに置いておく。絵から呼ばれるまでそのままにしておく。ああしてみたらとか、こうしてみたらとか気づくことも受け流しておく。1か月か、2ヵ月か、したころ、不意にこの先をこう進めたいという結論が出たような気になる。その時に描き継ぐ。直すような、修正するような気持が湧いた時には間違っても絵を描かない。描き継ぐことで画面は初めて絵になってゆく。これはアトリエで行う時と、また現場に持って行ってやるか。これもその時々のことだ。

描き継ぐ内容は画面の動きを見出して、その動きを整理するという事らしい。その画面を無意識に作り上げた自分がどんな動きを見つけようとしたのかを、再度解きほぐし、どうすればそのことが浮かび上がるかを考えている。それは自分が描こうとする、私絵画と、眼前にある絵との調整のような、交渉のようなものだ。画面というものの中にある動きを探るという事。一枚の絵の中には、画面の場所がある。その場所が正し位置にあるか。明度の加減、色の濃度、面の方向、線の勢いの方向。それらのすべてが収まった時に画面は出来上がる。その絵に於ける大きな動きを捕まえない限り、そのあるべき場に収まらない。大きな動きは自然にの中で発見出来るものだが、それがひとたび画面の問題になった時には、純粋に画面上の問題に変わる。これらのことを考えているときには、そのものの意味は、つまり木であるとか、草であるとかはほとんど関係しない。純粋に色であり、線である。

 

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西表島稲葉の稲作が沖縄で1番

2016-07-23 04:21:16 | 稲作

沖縄県全体の田んぼ面積は850haで年々減少している。西表島の田んぼの面積は77ヘクタール。以前は現在の4倍はあって、300haぐらいではないだろうか。一反で一家族として、かつては3000家族が自給できたことになる。現在でも770家族が自給できる、自給の島という事になる。人口は2000人で微増傾向。平年の反収量が5俵ぐらいである。私の見た所ところ徳農の田んぼで7俵ぐらい。西表島は世界遺産に向けて自然保護の計画が立てられている。

西表島の唄は日本の最高の唄の一つである。そのことの意味は稲葉の暮らしの聞き書きを読むと、少し理解できるところがあった。西表の原始の暮らしとも思われる暮らしの中に、豊かで特有の文化が感じられる暮らしがあった。里山文化と違う偉大な自然に囲まれた島の文化と言えばいいのだろうか。稲葉における、稲作は沖縄で一番の優れた農法にまで完成されたものだった。西表の深い森が豊かな土壌と水を作り出している。稲作というものが人間の努力に良く応ずてくれる農業の形態なのかがわかる。稲作は人間が暮らしに適合し、努力の甲斐のある農法だ。稲葉の農業は1970年まで行われていた。隣の仲良川中流域では古くから良田があった記録がある。仲良田節が残されている。たぶん、1600年ころには始まっている。久野の田んぼと同じくらいの歴史でないだろうか。稲葉でも田んぼがあったのかどうかは分からないが、存在したと考えた方が自然である。稲葉には全体で20ヘクタールくらいの耕地があったようだ。そして16家族が暮らしていた。(聞き書きを読んでの推測なので正確なものではない。)

その中にとても熱心な後濱さん兄弟がいて、独力で戦後の稲葉の稲作を作り上げたようだ。2万1千坪まで稲作をやったとある。7ヘクタールまでやっていたという事になる。郵便局長の3倍の収入があったと書かれている。その稲作の方法はむしろ、沖縄や離島の農業として他から学ばれるものにまで完成されたものになった。沖縄県1位になったことが2度あった。西表島、西浦川に沿って川を5キロほど島の内部に入ったところに稲葉集落があり、その周囲に田んぼのあった。空撮の映像がUチューブに出ている。千立、祖内という古い集落が西浦川の河口の西側にある。この周辺には田んぼと田んぼだったところがある。電柵が張り巡らされていて、猪の害がひどいという事だった。稲葉の聞き書きではリュウキュウイノシシ猟が盛んで、60頭捕った話が書かれていた。狩猟が盛んで昔は田んぼまでは猪は来なかったのだろう。猪は捕る人が減ったのですごい数になったと言われていた。

稲葉の稲作はほとんど手作業である。手植で手刈りである。これを16戸のユイマールでやっていた。千立、祖内からの出作りもあった。アダンの林の伐採から始めて、徐々に耕地を広げていったようだ。もちろん開墾はすべて手作業である。10年前の空撮の写真ではすでに、稲葉集落は跡形もない。たぶんこのあたりの平地が田んぼだったのではと推測できる場所がある程度だ。棚田になっていたようだ。一枚が意外に広そうである。1970年までは日本が稲作で生活できた時代である。沖縄本島にもまだ田んぼがあった。稲作日本一の表彰が行われていた時代に、機械を使わない稲葉の稲作が沖縄県一になった。つまり豊かな土地であり、豊かな水であったのだ。肥料も農薬もほとんど使わなかったらしい。基本的に機械を使わない江戸時代の稲作であっても、収量的には今より劣るという訳ではなかったという事を証明している。

熱帯の有機農業の稲作は困難と言われるが、稲葉の事例を見るとやり方はある。稲葉で困難だったことは水害。西表では炭坑や林業が明治時代から盛んで、稲葉集落ができるより前にもう少し上流に、稲葉よりもかなり大きな村があった。営林署の集落や、炭鉱の集落があったが、いずれも水害で大きな被害を繰り返し、誰も住まなくなったたらしい。古い時代には、山の中であれ、離島であれ、田んぼが作れるところには人は暮らすことが出来たといえる。明治以前の西表の稲作の状況はよく分からないが、唄に残されたように暮らしの中心にあるものだったことは確かだ。現在、西表島は世界遺産を目指す自然保護の島である。それは島民の気持ちなのかどうかを別にして、動き出している。農業での島起こしと自然保護をどう共存できるのだろうか。


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恵まれていると思えること

2016-07-22 04:39:58 | 自給

人間は欲望は限りない。その人間の欲を利用して、競争に駆り立て勤勉に働いてもらおうというのが資本主義の原理である。欲というものはこれで足れりという事はない。大金持ちの多くはあくなき欲望で生きている。お金がないものは諦めることに慣れる。テレビではスポーツ選手が大金を手に入れたので、贅沢をして若い人が憧れるような存在になりたいと自慢げに発言していた。お金持ちになりたいから頑張るという考えが、当たり前のように語られる時代になった。こうして人間は滅亡に向う。温暖化や原子力はもう止められないだろう。欲望の範囲を決めなければ、競争の果てに人類は滅亡するのも自明の理だ。加速的な科学の展開によって、人間の欲望が人間を滅ぼす時期が見え始めている。それでも、競争に勝たなければならないと信じこんだ人がいる。国際競争に勝つという価値を至上命題として掲げ、一番を目指して、2番では無意味だとして、競争に翻弄される人間。

自給自足の足るは、自分というものの範囲を知るという事である。自分の範囲以上に生産を広げないという事である。自分の生き方として、自分の内部の限界に向かって努力するという事が出来るかではなかろうか。他者と較べない生き方を確立。他者の評価から自分を判断しないという事になる。絵画は市場としては1番以外に要らないかもしれない。しかし、絵を描く事の豊かさは、ひとりひとりのものである。絵を描く豊かさを知る事が出来れば、何にも代えがたい喜びを見つけられる。それは人より上手であるとか、絵が高価に売れるなどという事とは、別のことなのだ。自分の絵を描いて居るという実感が及ぼす喜びほどの物はない。何十年もかけて努力し、頭を使い、やっと見つけられる喜び。その自ら作り出す喜びを知るという事が自給自足である。唯一無二の人間存在としての、自覚した自己を深める喜びほど崇高なものはない。

人間の欲望に際限がないのであれば、最小限の所で自足した方がましである。最小限とはどのくらいのことだろう。お米は一日100グラム。麦は50グラム。卵、ジャガイモ、玉ねぎは1個づつ。後は季節季節の野菜があれば、魚と肉は時々位で何とかなる。とすれば、人間一人100坪の面積で自給自足できる。日本人が1億3500万人だから、自給自足できる450万ヘクタールの耕地面積が日本にはある。耕地面積は年々減っているが、幸い人口の方も減少である。豊かな日本列島である。食糧生産には一日1時間で可能だ。私が今書き残しているようにやればできる。江戸時代からの伝統農業に近代的な科学の成果を加えた循環できる農法で行う。毎日、一時間の農作業を行うという事は、健康体操位の範囲だ。あとは普通に会社に行こうが、絵を描いていようが構わないだろう。もし、日本人が足るという事を知り、競争から離れたとしても、充分人間らしく豊かに暮らせる日本列島である。

30年間かけて、100坪で一人の人間が自給自足できるという事を実証実験してきた。技術が未熟な間は、2時間かかった。それでも体力もさしてない、全くの未経験者が自給自足までたどり着くことが出来た。この自給自足には協働が必要である。ユイマールである。孤立して生きることができるすごい人間もいるだろうが、普通の人間は助け合う事で自給自足が可能となる。ここまで来て見て、江戸時代の日本の百姓がすごい人たちだったのだと実感できた。その素晴らしい自給技術が消え去ろうとしている。近代農業では克服されるべき農法として否定され忘れ去られた。そして国際競争する企業農業によって、完全に忘れられる運命のようだ。それは足ることを知れば、競争する国家には不都合だからだ。競争を止めることを資本主義というものは良くないこととする、運命にある。全体が良くなることはないとしても、志のある者が助け合うしかないという事なのだろう。

 


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田んぼの定点観測

2016-07-21 04:41:40 | 稲作

ここ3年、欠ノ上田んぼの定点観測をしている。同じ日に、同じ場所の写真を撮り、その年の状態を記録している。田植え50日、穂揃いまで30日という地点の7月20日である。穂ばらみ期という事になる。重要なことは分げつが充分取れているかどうか。株の大きさがどこまで来ているか。株の硬さはしっかりしているかなど確認する。余り分かり良い写真ではないが、ないよりは増しだ。今年はここまでの日照が充分で、谷戸田としては恵まれた状態だと思う。

1番から11番田んぼまでの写真。最初が全景で次が北東角からの株の写真。

今年

 

去年

1昨年

1番は、1昨年の写真。昨年のものを比較に載せてみた。1番は明らかに今年が一番良い。

2番田んぼ真ん中

 3番田んぼ

2016

2015

2014

今年の方が茂っている。茂っているが乱れもある。

 

4番田んぼ

下は去年の4番

5番の3角田んぼ

6番田んぼ

水が湧いていて成育がかなり遅れている。

7番田んぼ

 

8番田んぼ

 全体にコナギが多く乱れが大きい田んぼ。

下が9番田んぼ

成育が揃い良い状態。

下が10番田んぼ

10番の昨年が下で、上は今年である。昨年は24センチ角うえで、今年は29センチ角なのだが、今年の方がラインが見えなくなっている。

今年の10番田んぼ

去年の10番田んぼ

2014年のとてもよかった10番田んぼ

11番の喜寿糯の田んぼ

11番の上が今年でしたが去年だがこれはよく似た状態か。

 

 ここまでは日照が充分にあり、生育は順調と言えるようだ。ここで水を止めて、様子を見ることにした。1日止めていたら、雨が強くなって、今朝はまた水が溜まっていることだろう。


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間断灌水に入る。

2016-07-20 04:04:31 | 稲作

田んぼは7月20日に間断灌水に入ることにした。このあと朝の内に写真を撮り、そこで水を止めたい。穂揃いがおおよそ8月20日だから、1か月の間稲の中で育っている穂を大事に育てるつもりで、間断灌水をしてゆく。現在の生育の状態は畝取りした一昨年と同じくらいである。但し、植えた稲の数が、30%少ないのだから、一株は16分げつ平均で在った株が20分げつ以上になることが目標である。数えてみると30分げつもある大株もあれば、4つぐらいにしかなっていない株もある。全体のばらつきが今年は目立つ。この状態は田植え以来変わらない。葉色の変化はまず一度色が濃くなった。例年濃いままのところが水の冷たい水口などである。今年はこれに加え肥料が多かったところかなと思われる場所も色が濃かった。そして徐々に新しい葉が色が浅く出てくる。そして再度濃くなってゆく葉がある。この繰り返しが続き、全体に色むらが生じている。

例年7月20日を基準観測日にしている。この日写真記録を取り、比較できるようにしている。田植え後50日経過したところで分げつは目標に到達してほしい。そしてこの後穂揃いまでの1か月でどれだけ穂が出て、大きな穂になるかである。収量という意味では一番重要な難しい水管理になる。この時期土壌が良いものになっていれば秋落ちのようなことは起こらない。例年穂肥のような追肥はしない。良い土壌とは、冬の緑肥が堆肥化して十分に分解が進むという事になる。そして間断灌水しながら、窒素分を稲の根が吸収しやすくしてやる。間断灌水の仕方は、まず十分に水をためる。いっぱいになったところで水を止める。その後タテ浸透水がするのを待つ。この期間は土壌の状態で違ってくるが、2日で水が無くなるのであれば、無くなったところで又水を満杯にしてやる。稲に水がそろそろ引いて来るぞと合図を送ることになる。稲はすでに幼穂を育んでいる株もあれば、これから分げつをする株もある。この遅れてくる分げつによい穂をつけさすことが大切である。

土が3ヵ月の間湛水状態が続き、還元状態になっていると思われる。然し歩いてみてもそれほど湧いている様子はない。やはり棚田でタテ浸透が大きいから土壌の還元化は起きにくい。それで中干はしなかった。そしていよいよ土用干しの時期が来た。両者を別段分けて考えることもないが、一応後にやる干しを土用干しと呼んでいるようだ。土用干しと言うより、間断灌水に入る時期と考えている。土壌の沸きが少ない3つの原因は、タテ浸透の大きな土壌、ころがしが充分行われているという事と、土壌の微生物が豊富に存在しているという事がある、希望的観測であるが光合成細菌も存在している可能性はある。土壌の表面に煙が経つような細かな土がかなりあれば、微生物の活動が盛んという事だ。良い土壌管理を続けていれば、トロトロ層もそれなりの厚さに出来上がってくる。

間断灌水は大きな穂をつけることを促すという気持ちだ。川の水位変化が増えてきて、秋の渇水期に入る合図を与える。土壌を乾かしては新鮮な酸素充分の水を入れることで、土を活性化させる。入水としては、思い切って水尻から水を流しだすように多めに行う。排水の堰は最大限高くしておく。そこから水が流れ出るように管理する。つまり一年で一番水を多く使う。一晩流し続け、充分たまったところで水を止める。たぶん、一晩で水がたまるので、最近夜が暑くなるのでその対策も同時に行うことになる。タテ浸透だけでどの位で水が抜けるかは、おおよそ2日である。この期間は安定はしない。3日目の夕方また水をどんどん入れる。出穂が始まりまた、穂揃いなれば水は切らないようにして、花の時期を過ぎる。この後間断灌水の度合い強めに変えながら、徐々に乾かして稲刈り前まで持ってゆく。と書きながらやってみないとわからないなと。

 

 


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大麦、麦茶の作り方

2016-07-19 04:25:01 | 自給

大麦は毎年作るのだが、今年は家の畑に作った、大麦は家の畑では2畝ぐらい作って、50キロ以上は取れる。麦茶が目的なので、二条大麦である。いわゆるビール麦として購入し、自家採取を何度かしている。去年は大麦を田んぼに緑肥として蒔いて、上手くできたが、2条大麦は少し寒さに弱いようだ。今年田んぼに蒔いた方は全く収穫が出来なかった。家の畑の方はそれなりにできた。肥料が不足したという事もあるかもしれない。田んぼに麦を蒔くなら、田んぼに堆肥を入れて耕し、播種器で撒かなければ、うまくできない。そもそも、ビールを作ろうというので作っているのだが、ビールを作るところまでは進めなくて、結局は麦茶にして飲んでいる。夏の間の麦茶はとてもいいものだ。家で作る麦茶は買うものとは全く違う。子供の頃家で麦茶をよく飲んでいたので、買った麦茶では飲む気がしない。良く炒るのがコツなのだが、この炒るのが案外大変である。

前は家で飲む都度ホットプレートで炒っては麦茶にした。しかし、麦茶はよほどよく焙煎しなければ味が出ない。少しこげ過ぎかというほど炒ってから、こんなに一辺に麦を使うのかというほど入れる。ヤカン1杯に1合である。濃い麦茶にすればおいしいのだ。麦茶で大事なのはあのおいしそうな色だ。濃い目の色がおいしい目安である。子供の頃は20リットルくらい入るヤカンで一日分の麦茶を早朝に作った。そのころ家も人が多かった。これを一日でみんなが飲む。冷房などないから、夏は大いに汗をかく。湧き水の所にヤカンごと浸けて置いて、何かと麦ちゃをがぶばぶ飲む。もぎったキュウリに味噌をつけてかじりながら麦茶を飲む。あの味を思い出すもので、夏の麦茶は必需品である。

今年は大量に作りたいので、媒染器を作った。ドラム缶を2つ割にしたものだ。昨年は焚火の上にバーベキューの鉄板を並べてやったがかき混ぜにくく、結構時間がかかった。それでもホットプレートよりはだいぶましだった。少し焦げたかと思うくらいに炒る必要があるので、今年はドラム缶の媒染器を作った。ドラム缶を縦割りにした。そこが丸るいのでかき混ぜやすいし、火の回りも良い。1回8キロぐらいを入れた。1時間ぐらいかき回していた。もう少し黒くしたかったのだが、そんなに焦がしたらダメだという意見が多くて、少し浅いかなくらいで終わりにした。これを小分けして、冷凍しておく。これから1か月毎日飲みたいと思う。麦茶は本当は炒りたてがおいしい。然し毎回炒るのはよほど面倒なので、まとめて炒ってしまう。炒ったものは冷凍保存しておく。冷凍しておきそのまま煮出せばひと夏は問題なく使える。今年は量が多そうなので、真空パックして冷凍するつもりだ。

 

麦茶づくりに9時から12時までかかったが、みんなはその間に草取りをしてくれた。今年は例年より草が多いいという事だった。理由は2つあると思う。浅水管理と株が29センチ角で植えられていて、田面によく日が当たったことがある。今回良く抜いてくれたので、この後は良いかと思う。完全草を抑え込むことは難しい。またある程度草が出ないような状態でないと、良い稲作にもならないかとも思う。この後一度乾かそうかと思っている。土用干しである。土用干しからあとは間断灌水に入る。稲穂が育つ時期だから、一度貯めた水をそのあと落水する。これを繰り返すことになる。


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憲法の改定の仕方

2016-07-18 05:00:04 | Peace Cafe

国会議員の3分の2以上が憲法改定派になった。特に自民党の中には、日本を明治時代に戻したいと考えているような、憲法改定の核がある。その核は静かな独裁への革命を目指している勢力なのだろう。その核は日本の大企業と連動しているとしか思えない。つまり、日本の国家主義者であるなら、TPPを推進するわけがない。アメリカの属国のままであることを良しとできるわけがない。この矛盾した動きから、どうもその実態が何であるかがつかみきれない。日本創成会議とかいうものがそれの表れだという人も良くいる。そうなのかと思うが、それだけではないなとも思う。よく分からないがその方角は、自民党憲法草案なのだろう。天皇は元首という事である。そこで、選挙が終わった途端に、天皇の生前退位という事が言われだした。平成天皇がまさに日本の象徴として、立派な思想を持ち、平和主義者であるがために、その明治の御代に戻したいとする人々と相容れないのではないだろうか。

天皇退位のテレビ報道の出方がいかにもおかしいではないか。これは例のNHKのおかしな籾井とかいう人物が動かされたのだろうか。特におかしいいのは、この件に関する、安倍総理や菅官房長官の発言である。微妙な問題だから発言を控えるとしている。ところが宮内庁長官は天皇は生前退位の考えがないと説明している。そして、あれこれ憶測記事が出ている間に、天皇がどこかのタイミングで会見するという事になったようだ。憲法改定とつながった動きと考えるしかない。天皇を元首にするという意図を基に、憲法改定と皇室典範の書き換えを行うという事がある。憲法を変えるという事の一つには、政教分離を憲法で明確にあげる。これで公明党は無くなる。イスラム教のテロの問題から、こういう動きが生じる可能性は高いだろう。公明党は愚かな組織だから、そういう意図を見抜くことができないで、みこしを担いでいて、切り捨てられる場面に気づいていない。

公明党は今後憲法改定に慎重になるはずだ。公明党は与党から最終段階で切り捨てられる。切られてもどうしてもしがみ付くだろう。そして大阪維新や民進党の一部が改憲勢力として、動く出す。登場し憲法は発議されたらば、変わると考えておくべきだ。憲法に関心がある人は、少数派である。この少数派等味付けぐらいにしかならない。多数決で決まるといっても、国民の関心をいかにそぐかが、憲法に関するテレビ報道の姿勢になるだろう。テレビは公正中立であるという隠れ蓑で、少数派の意見は味付け程度になる。今回の参議院選挙は日本人の未来にかかわる、天王山の選挙だった。そして、山はすでに越えた。日本はひどい政治になってゆくに違いない。アベ政権は支持率をさらに上げている。これは確かに、テレビを操作しながら、独裁政権を作り出す方法のようだ。世論操作の方法をコマーシャル効果の研究から導き出しているのだろう。視聴率の動向から、世論の動かし方を把握したという事である。

日本は世界で唯一、自給自足で国家運営を行った経験のある、何千万人規模の国家である。江戸時代という、たぐいまれな政治体制を作り上げた。明治政府の宣伝によって、タヌキオヤジにされた、徳川家康は実に優れた思想の持主であった。宗教と政治の関係。天皇と権力の関係。地方と中央政府の関係。世界がおかしな方向に進み始めている。世界の格差が広がり、自暴自棄にならざる得ない地域が出てきている。そして、能力の高い国が自国主義を主張し始めた。国を超えた世界企業は利益を求め、思想や文化を超え、能力主義の正義を振りかざしている。近い内に世界は悲惨な状況を迎えざる得ないだろう。こうした状況を目の前にして、武力によって身を固めることは、その紛争に巻き込まれることになる。どのように徳川家康から学んで、日本の平和主義を発揮するかである。


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天皇生前退位

2016-07-17 04:54:21 | Peace Cafe

平成天皇の生前退位が話題になっている。NHKから話が広がったと言われているようだが、天皇の考えを憶測するという事は上品なことではない。意図的に行われたことだとすると、こうした進め方には、正規のルートで話が決裂したが故のことであろう。推測するに、女性天皇の問題を含め、象徴天皇の位置づけを心配してのことであろう。まして自民党では天皇を元首にする方針である。それは国民統合の象徴として天皇を、政治利用するという事ではないのか。天皇の在り方に不安が広がっているのであろう。。憲法にある象徴というものはどのようなものであろうか。 日本国憲法の1条から8条までという冒頭に天皇の位置づけがなされている。

第一章 天皇  第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

日本国憲法では9条の武力を放棄宣言につながる。日本国憲法が全く独特の構造の憲法になっていることが分かる。自民党草案では、天皇を元首と位置づけ、その役割はさらに多岐にわたる長文になっている。明治の日本帝国憲法に近づけようという意思がある。現行憲法のままで天皇の退位は可能である。退位は皇室典範第4条で、天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。とある。ただ、病気などで任に堪えない場合は摂政を置くことも決められているから、国事行為の役割を摂政が代行することは問題はない。
 
 天皇の活動である国事行為が余りに重いものになっている。これは昭和天皇に比べても重くなっているらしい。昭和天皇も晩年生前退位が問題にされたことがあったが、天皇の位置づけに微妙なところがあるときに、生前退位すれば、議論を生ずることになることを配慮され、晩年まで無理をされながら、退位されず崩御された。天皇の国事行為を減らすべきだ。憲法で定められたもの以外は国事行為から外す。また皇室の宗教的な儀式などはあくまで皇室内のこととして扱う。災害地へのお見舞いや、戦没者の慰霊なども、あくまで象徴天皇の私的行為とする。
 
天皇の姿が日本人の象徴であるということは、日本人というものがどこを目指すべきかの姿を示している。天皇が政治に直接関与したことは、明治時代まで例外を除いてなかったことだ。あくまで摂政や征夷大将軍等を置いて国の運営に直接関与はしなかった。明治政府が天皇の歴史をゆがめて、教育した影響が今に残っている。天皇家及び貴族は日本文化の素養を磨き、弱き者に心を寄せ、先祖を敬い、未来の平安を祈る。自然の霊性を重んじ、稲作を行う。武力によって日本を統治したのではなく、文化の力によっておのずと尊敬の対象に成り、日本教の神的立場となった。皇室は政治の世界の東京から離れ、京都に戻られることが良い。京都に戻られ、日本を正しい文化によって導く象徴としての役割をお願いする。これらのことは江戸時代の天皇の姿である。天皇さんと江戸時代の京都では尊敬の心を込めて呼んだそうだ。象徴とはそういう事ではないだろうか。

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AIは人間を超える。

2016-07-16 04:10:32 | 暮らし

囲碁で最強と言われた、韓国のイ・セドルさんがコンピューターに完敗した。コンピューターが人間の能力を大抵の分野で超えるのは、2045年ころだそうだ。あと30年あるから、私がその現場にいるかどうかは微妙なところである。いまより人間も死ににくくなるのだろうから、生きている可能性はあるかもしれない。コンピューターにやってもらいたい一番のことは、政治である。私たちが幸せに生きるためには、どの方法が最善であるか、コンピューターに決めてもらいたいと思っている。コンピューターは、政務調査費の不正をしないし、憲法の拡大解釈もしないだろう。医療分野などでは、人間より的確な診断をするようになるのはそう遠くないらしい。人間の医師は間違うし、見落としやミスが多いいものだ。中には拝金主義が影響したり、名誉欲でひどい目に合う場合もある。おなかが痛くなったので、コンピューターに見てもらう日が遠からず来る。まずは、医療費削減の為にもコンピュータ連動の健康測定施設を行政がととのえることだろう。

何故、コンピューターが人間を超えようとしているは、自ら学び改善してゆくシステムを確保したからだ。コンピューター自身が問題点を修正しながら、初期の段階の意図を超えて成長してゆく仕組みが出来たという事らしい。ここが興味深い。まずは、チェス、囲碁、将棋と人間を超えて強くなった。こうした分野では人間との差は広がるばかりであろう。それが医療分野や自動車の運転などでも正確な判断をし、的確な実行をするという状態が、もうそこまで来ている。農業分野でもコンピューター管理の方が、人間より優れているという工場生産の農産物がヨーロッパから始まっている。機械というものは、産業化され、利益が出るとなればどんどん能力が高まり、人間には判断できないレベルの植物の状態を的確にとらえ、天候の変化を予測し、最善の対応をする可能性が高い。あと10年もしたら、コンピューターが作るお酒の方が、美味しいなどという事になるはずである。手作りは郷愁になるのかも。

課題は、拝金主義や軍国主義にコンピュターが利用されるという事だろう。悪い独裁政治家が登場して、コンピュターを利用して世界を支配しようと悪用することだろう。すでに、こういうことでは動き出している国があるはずだ。これも30年後には現実化しているはずだ。コンピュターの使い方を誤って、人間はそのことで滅びる可能性も高い。世界企業の競争に任せておけば、利益を求めて国家の意味を変え、共同社会の成立を阻害する。コンピュターで運営された企業は利益にならない弱者を排除することだろう。それでも、科学技術の革新のコントロールは出来難い。原爆の制御ができないのと同じことだ。コンピュターが人間の為に良いものであるための、今から使い方を決められなければ人間は滅亡する。人間の為の科学とは何かを徹底して研究すべきだ。

では人間はどうなるかである。コンピューターの奴隷になる外ないという事か。それは違うと思う。機械相手に指す将棋や囲碁でも人間相手以上の面白さがある。この面白さは、自分の脳を動かす面白さである。人より劣る脳であっても動かくす面白さはそれなりにある。絵画分野でも絵を描くコンピューターが出来て、誰よりもうまく描くことだろう。絵画の希少価値はなくなる。しかし、人間は私絵画を止めやしない。絵を描く面白さは、人と比較するようなことではないからだ。一人一人が幸せに、自分の生命を全うする。その手助けとしてコンピュターを使うようになればいい。人間が人間らしく生きるために、人間らしくない仕事をコンピュターに変わってもらえるとしたら、実にありがたいことだ。食べ物を自給するという事の意味も、全く変わるはずだ。コンピューターをうまく活用すれば、自分の生き方の選択を純粋なものにできるはずだ。この点では楽観している。

 

 


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水彩画の戒め

2016-07-15 04:22:47 | 水彩画

絵を描くとき気おつけて置こうというので、壁に貼ってある紙がある。注意をすべきことが頭をよぎる。よぎるけれども忘れて違う事をしている。これではだめだと思い、注意すべきことを、気づいたら紙に目ををして張っておくことにした。その時々の気持ちを書いては張ってあったので、よく分からなくなった。そこで、まとめて置こうとして書いている。2012年9月29日の日付があるのが今張ってある紙だ。3,4回は更新されたのだと思う。日付けからすると水彩人研究会のために書いたものだ。このころはほとんど絵を描いて居なかったはずだ。

1、描く前に何を描くかを決める。

2、描く手順とか、方法を捨てる。

3、描いたこともないものを目指す。

4、真正面から、素朴に取り組む

5、自分の内部の声に耳を澄ませ従う。

6、上手に描こうとしない。下手を良い。

7、絵は自分を超えることは出来ない。

8、技術は災いする。

9、何処で始まり、何処で終わるかわからない。

10、見ているものを描く。

最近どうも考えているものが変わったので張り替えようと思い新たに書いてみた。新たに思いついたメモが溜まったのだ。絵を描くことは流されて気分になる。気分になるのが嫌なので、描いて張っておくのだ。張ってあるのは様々あって、目の前の障子は張り紙だらけである。大切なものをすぐ無くすので、目の前に張ってあるのだ。絵の個展の案内状など、すべて張ってある。ほとんど見には行けないのだが、張ってある。終わるとはがすのだが、どこか寂しい。

更新した10か条である。

1、絵は描きたい時にだけ描く。

2、絵は結論は出ない。

3、上手そうに描くのは、恥ずかしいことだ。

4、下手そうに描くのは、もっと恥ずかしいことだ。

5、見えていないものは描くことができない。

6、見えているものの奥のその場を作っているものを描く。

7、描いていて楽しくないなら止める。

8、絵は写すものではなく、置き換えるものだ。

9、絵は描き継ぐところから大切なものが生まれる。

10、これで最後だと思って描く。

最近思っていることを10か条にしてみると、変わったようだ。変わっていないところもある。しかし、以前より不明瞭と言えばいえる。まあ、いえる。

絵が良くなっているのかは気にしなくなった。絵を描いて生きていることが楽しい。絵を描くことがやっと面白くなってきた。今まではどこか修業的な気分で描いていた。苦しいところがあった。最近は面白いからだけで描いて居る。絵を描く面白さが少しでもわかったことが有難い。長いこと絵を描いてきたことになるが、ここ5年間は覚悟をさせられたようだ。原発事故以来、文明というものへ疑念がわいたままでいる。人類は進歩して、少しずつましになっているとはいいがたい、と痛感した。人類はダメなものだと思う。少しの楽を少しの贅沢をしたい、些細な事の為に、大切なものを捨ててしまう。失ってはならないものを捨てようとしている。残念なことだ。もう取返しもつかないことだろう。せめて自分勝手に絵を描いて楽しめればと思っている。

 

 

 


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参議院選挙後のこと

2016-07-14 04:15:38 | Peace Cafe

今回の結果を見て力尽きた感がある。。いまさらどうにもならないようだ。時間がある訳ではない。テレビ報道が批判精神を失ったことが、今回の選挙結果になっている。テレビをおかしくさせたのは、視聴率である。金権主義と企業社会である。テレビがスポンサーで成り立っているのだから、こうなることは目に見えていたのだ。テレビは中立を建前にしている。中立を弁解に批判精神を失った。政権党や企業におもねった報道になった。その結果漠然と自民党に任せて置く以外、仕方がないという空気が醸成された。積極的に自民党を支持するというより、消去法的に野党各党のダメさ加減がまあ、正しく報道され定着された。報道は野党を正すように日本の未来に対する、見識を持つ必要がある。その未来像に基づき、政権の問題点を批判的に掘り下げ報道しなければならない。

今回、もう一つはっきりしたことは、福島県と沖縄県である。両県とも県民の生活を圧する大きな課題を抱えている。そしてアベ政権は選挙に勝つために、法務大臣と沖縄北方大臣を選挙目当て任命した。大臣の意味の軽さを痛感する。結果としてその2人が落選した。島尻沖縄北方大臣は前回の選挙では辺野古移設反対を主張し当選した人だ。それが、大臣になって辺野古移設を後押ししたのだから、当選するわけがない。今回は公明党が自民党候補支持で動いた。沖縄の国政選挙では久しぶりである。それでも大差で野党候補が当選したのだから、いかに沖縄の怒りが大きいかである。つまり、福島沖縄のように現実の課題が突き付けられているところでは、報道の誘導の影響を受けないのだ。深刻な問題に直面している人たちにしてみれば、いかにアベ政権がとんでもない政権であるか暮らしから認識できる。多くの地域では、公正中立に逃げ込み、批判精神のない報道の為に、すべてがあいまいになり、選挙の争点すら見えない選挙だった。

今回の選挙の争点は憲法改定である。それを浮き上がらせることが報道の役割であったはずだ。ところが、テレビは憲法問題を横並びの問題とした。いや、上手く争点にから降ろした。健全な民主主義が成立するためには、権力と戦い、批判を続ける報道に成長できるかである。まだ新聞はましである。テレビは相当にひどいことになっている。ひどいという自覚すらない。公平性を前面に出して、権力批判をやらなくなった。民主主義における報道の役割の意味を自覚できないでいる。これはアベ政権になってから露骨になった。アベ政権がテレビ報道の在り方に重点を置いている。経済界に圧力をかけて、コマーシャルをどこのテレビ番組、何処のテレビ局に入れるかで圧力をかけろと露骨に発言した議員が自民党にはいた。これは頭が切れない議員であって、実情としては、アベ政権を動かしている人たちは、ち密にテレビ局への統制を強めている。多分アベ方式の放送基準とか放送コードがあるのだろう。何処までも中立という建前を見せ、その上で国民を操作できるかを考えている。静かな金権主義独裁への道。

これからの課題は憲法である。憲法審査会の開催を安倍政権は主張した。当然のことだろう。しかし、憲法を審査する前に、憲法の位置づけは明確にしなければならない。憲法の解釈を時の政権の影響下で行うのであれば、憲法が正しく機能しないことになる。憲法は政権の自由勝手を制限するものであるという事が立憲主義である。憲法審査会の開催の前に、この点で合意することが必要だ。内閣法制局を独立した組織にする。あるいは憲法裁判所を制定する。このような前提がなければ、どのような憲法を作ったところで無意味になる。もう一つは自民党憲法法案である。これをまず取り下げてもらいたい。この前提で議論をするのでは議論が成立しない。このようなはっきりした主張をテレビ局が形成する必要があるのだ。


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自治会活動と寄付行為

2016-07-13 04:19:14 | 地域

自治会活動から離れて、3ヵ月が経ち安堵している。何とか乗り切ったが、自治会にある矛盾にすっきりしないものが残った。一番は自治会がかかわる寄付行為であった。お願いする立場で動くしかなかった。最高裁判決で寄付行為を自治会費からまとめて行う事は、違法行為であると決まっている。赤十字募金を自治会費として集めた中からまとめて出す行為は違法なのだ。違法行為になった場合のことを役所に問い合わせた。小田原でもかなりの自治会がまとめて出しているそうだ。大丈夫だろうというあいまいな答えだった。しかし、戸別に組長が集める負担はかなり難しい。組長も忙しい中頑張って協力してくれている。これ以上の負担をお願いするという事は私にはできなかった。様々なことで各家をお訪ねする。一度でお会いできた家は少ない。4,5回訪ねてやっとという家もある。忙しい中時間を割いて自治会の仕事をしている。そこで、まとめて自治会が納入する物の一覧表を作り回覧した。

赤十字の募金を廻るために、集めて領収書を配るなど3回平均で訪ねる。その負担は大きいと思う。試行錯誤の結果、自治会費の中から出しておこうという事になったのだろう。しかし、これが神社の費用となると若干別である。これも一部は自治会費で出されている。大半は寄付帖が回ることになる。創価学会関係者が自治会にいると、抗議がなされるといわれていた。確かに憲法違反である。抗議することが正しい。こうしたことで自治会の役員の成り手がさらにいなくなり、ただでさえ成立困難な自治会はどうすればいいのか。私は結局この点でも事勿れで自分をごまかして終わりまで我慢した。その他敬老会のことでも同じごまかしをした。情けないが、地域というものは矛盾に満ちて成り立っている。矛盾に我慢できない人を、しゃくし定規の堅物という事で、他の場面でつけが回る。個人募金にして募金ノートを回したら、10分の1になったという話も聞いた。自治会には困窮家庭もある。それでも募金をしていることになる。自治会加盟を拒否するわけだ。

地域が成立していないという事が一番の問題なのだろう。しかも、赤十字の募金というものが、そもそも日本の社会で意味が不明瞭になっている。自治会で募金を肩代わりするくらいなら、税金で補てんした方がましではないだろうか。社会福祉のための募金は本人が進んで行うから意味が有る。募金は使い道がはっきりしていた方が良い。赤十字のように、その使用目的が赤十字に任された募金は、もうやめた方が良いのではないだろうか。いつの間にか自治会が立て替えているというのでは、個人的には無意味というしかない。そんなお金を全国から集めて赤十字というものが出来ているという事を、当の赤十字ではどのように考えているのだろうか。お金が必要だから、集め方の方は目をつぶっているのだろうか。多分そんなところだろう。だから、募金を行う場合、間違っても赤十字を通して行うことは避ける。

自治会活動は一度止めた方が良い。共同体としての地域が無くなったおだから一度止めるのが正しい選択だ。止めれば混乱があり困ると思うだろうが、本当に困るものがあるなら、必要なものは可能な形で再構築されるだろう。必要なことは個別な組織で行う、課題別の組織構成にした方が良い。地域のお祭りが必要ならば、必要と考える人で作り直さなければもう限界だと思う。義務的に形だけ実行するという事では、運営も大変だが、参加する人でさえ義務的な負担感がある。毎年そうなのだが、川掃除を行う時期が田植え時期と重なる。本来であれば川掃除があり、その後田植えとなる。農業から地域が完全に離れたという事なのだ。そして共同体としての地域は失われた。神社のお祭りでは豊作が祈願され稲穂が祭られるが、稲作の方が失われかけている。農業を共同で行うという、背景が無ければ自治会は成立しないという事だろう。

 

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