愛染明王信仰の興隆と白河法皇

愛染明王の信仰が平安時代の白河院政期に興隆した歴史的背景と愛染法について新出史料も交えて解説。

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愛染明王を説く経典儀軌の事

2009-03-28 05:50:03 | Weblog
(平成21年3月28日)
今日ブログを見てコメントが投稿されているのに気付きました。
「愛染明王を説く経典は『瑜祇経』のみ」という部分に関して、小野流の一流伝授では愛染明王の本軌として『金剛王軌』も採りあげるではないかという指摘です。
近日中に愛染明王と『金剛王軌』に付いて少し此の欄に書いてみます。

愛染明王と『金剛王軌』
鳥羽上皇が「一院」として政治を行っていた時代、いわゆる鳥羽院政期(1129―56)は日本の歴史上真言密教が最も異彩を放って隆盛した時代でもあり、天皇・上皇或いは摂政関白以下の公卿(くぎょう)の要請に答えるために公私様々に新旧の真言修法が大規模に、亦頻繁に行われていました。この様な密教修法の盛行と並行して、それまでの伝承口決に加えて自然数多くの秘密口伝が新たに生まれ、その結果これらの口決を書き集めた真言事相(じそう)の口伝書が多く製作されるように成ったのもこの時代の特徴です。鳥羽院政期に成立した醍醐の口決書としては定海の口説を元海が記した『厚造紙』、実運(じちうん)の説を寛命(かんみょう)が記した『諸尊要抄』等があります。
そうした口決書の愛染明王に関する記述を見ると、大抵『金剛王軌』、詳しくは『金剛王菩薩秘密念誦儀軌』、に付いての言及があります。それは「如法愛染法」と称して愛染明王を金剛薩埵と同体と観じて行う修法がありますが、その時に用いる「理趣会曼荼羅」に関するものです。金剛薩埵を本尊とする理趣会曼荼羅はその尊数から亦「十七尊曼荼羅」とも云われますが、実は此の曼荼羅は金剛界密教の標準的な修行曼荼羅であり、幾つか変種があります。如法愛染法では理趣会曼荼羅の本尊金剛薩埵を愛染明王に変更するわけです。それで同じ十七尊曼荼羅でも理趣会曼荼羅と『金剛王軌』に説く曼荼羅とでは諸尊の配置に少し違いがある点が指摘されています。と云う事は、『金剛王軌』の主尊金剛王菩薩が愛染明王と同体であるとする考え方が背景にある事が分かります。
それで先ず此の金剛王菩薩が愛染明王と同尊であるとする説が何処から生じているのかと云うと、それは古く平安時代の前期にまで遡ります。例えば『厚造紙』には、愛染明王の曼荼羅に理趣会を用いるのは高野後僧正真然(804―91)の御伝であると云う説を紹介しています。しかし、より重要な根拠として引用されるのは台密教理の大成者とされる五大院安然(841―915頃)作の『瑜祇経疏』(瑜祇経行法記)です。有名な『覚禅鈔』は愛染王法の本説として『瑜祇経』と共に『金剛王軌』を取り上げ、
安然の『瑜祇経記』に云わく、『金剛王儀軌』は愛染王の儀軌なり。例の(金剛界三十七尊中の)金剛王に非ず云々。
と注記しています。
ところが実際に『金剛王軌』を見てみると、果たして此の金剛王が愛染明王と同尊なのかどうか大いに問題があります。先ずその尊容については、
身体には四本の臂(うで)がある。上の二本は箭(や)を端(ただ)す姿勢をしている。下の右手は金剛杵を持って心(むね)に当て、左手は金剛鈴を持って腰に安(お)く。眉を顰(しか)めるが口元は微笑している。白色にして五仏の宝冠を戴く。緋色の裙(くん)と天衣を身に着けて半跏坐をしている。
等と述べていますが、弓矢を持ち物とする以外は特に愛染明王を連想させる特徴がありません。また印真言に関しても『瑜祇経』の染愛王品と愛染王品に説く印や真言が説かれている訳ではありません。唯一問題となるのは愛染王の五字心呪ウン・タ・キ・ウン・ジャクに近似するタ・キ・ウン・ジャクという真言が本尊呪とされている事です。従って愛染明王と此の金剛王菩薩が同尊であるとは言えないまでも、何かしら近縁関係にある事は間違いないでしょう。
今の両真言に共通するタキウンなる語句に付いては「吒枳(たき)王真言」と称して既に平安末期に愛染王法に関連する一問題として取り上げられています。但し『覚禅鈔』などは、『金剛王軌』より『葉衣(ようえ)観自在菩薩経』に注目しています。此の経は又『葉衣観自在菩薩陀羅尼経』とも云いますが、その中で「オン・タ・キ・ウン・ジャク」なる「樀枳(たき)王真言を用いて加持すること二十一遍」と云い、また所説の二十八大薬叉将の各真言には総て「タ・キ・ウン・ジャク」なる語句があります。葉衣観音自体は四本の臂(うで)を有する天女形ですが、左の二臂に武器と羂索(けんさく)を持っていますから、馬頭明王のように元は明王系の観音である事が推察されます。しかし何か愛染明王を連想させる要素がある訳ではありません。
『密教大辞典』には「吒枳王」の項目がありますが「梵語の意味はよく分からない」と述べています。尤も覚禅の師僧である理明房興然(こうぜん)の『五十巻鈔』は、「タキは蔵のことで金剛王菩薩である。即ち『陀羅尼集経』の中で金剛蔵王菩薩を金剛王と名付けているからだ。」などと説明しています。また近代の研究としては『密教研究』第45号に載せる安原賢道「瑜祇経の研究(一)」があります。その中で愛染王の五字呪(根本一字心)は金剛薩埵と吒枳尼(だきに)の結合を表していると述べておられます。興味のある方はぜひご自分で読んで下さい。
(以上)

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