今日の「いのちのパンと祈り」

毎日の生活の中で、いのちのパンを食べて神様と共に歩きましょう。デボーション(祈り・黙想)のブログです。

罪の恐ろしさ

2014-02-23 00:01:17 | 箴言

 

(聖書箇所:箴言6:28-29)

[ また人が、熱い火を踏んで、その足が焼けないだろうか。隣の人の妻と姦通する者は、これと同じこと、その女に触れた者はだれでも罰を免れない。]

 

危ないことを知っていながら いたずらすることほど危険なことはありません。

罪とは自分を縛るロープのようなものです。私たちは自分で罪を収めることができると思いますが、実際は罪の支配を受けます。

 

火遊びのつもりが 後に自分自身が火傷を負ってしまいます。

イスラム教では姦通した者たちが見つかった時には、公衆の面前で鞭打ち刑になって叩かれます。そのような場面をテレビで見ました。

 

家族から見放され、恥をかき、精神的にも 肉体的にもダメージがとても大きいです。火遊びで火傷を負ったようなものです。

 

罪の代価を試そうとするならば、結局はその代価を自分で払わないといけないです。

罪によって自分が受け取るものは良いものではなく辛いものです。

 

罪には自分がまだわかっていない 大きな危険がありますので気をつけましょう。

 

マタイの福音書5:27-28 -- 『姦淫してはならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。 )

 

 


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