落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (60)

2017-03-23 18:50:19 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (60)
 イイデリンドウの登山バッジ




 「おっ。誰が通りかかったのかと思えば、 昨夜泊まってくれた、
 べっぴんのお姉ちゃん達の2人連れか。
 いま、山頂からの帰りかい。
 飯豊連峰が誇る雲の上の、お花畑はどうだった?。
 思う存分、満喫することができたかい」

 「はい。綺麗なお花たちを、たっぷり楽しむことができました!」


 「そいつは、なによりだ。
 また2人で飯豊山へ登ってきてくれ。
 君たちのような美人なら、いつだって、両手を上げて大歓迎だ。
 あっ、そうだ。ちょっと待ってくれ。
 君たちに麓から届いたばかりの、とっておきのお土産を上げよう」


 昨夜泊まった避難小屋の前で、顔を合わせたヒゲの管理人が、
飯豊神社からの下り道を急ぐ、恭子と清子を呼び止めた。
『なんだよ。とっておきのお土産って・・・』胸のポケットからたまが顔を出す。



 「わけてもらった、かつお節のお礼だ。
 あれだけ有れば登山客たちに、うまい味噌汁をたっぷり提供できる。
 お礼に、イイデリンドウを形どった登山バッジを上げよう。
 山小屋か、避難小屋でしか販売していない限定品だ。
 今朝出来上がったばかりだ。
 麓から届いたばかりのホヤホヤさ。
 時間が経ったから残念ながら、もう湯気は出ていないがね。あっはは」


 手を出しなと、ひげの管理人が笑う。
ほらと恭子と清子の手のひらに、イイデリンドウを形どった登山バッジを、
大事そうに乗せてくれる。
『ありがとう、おじさん。必ずまた、2人でやってきます!』
登山バッジを受け取った清子が、息を弾ませて答える。



 「おう。また来いよ。
 初夏もいいが飯豊山の秋の紅葉も、最高だ。
 また来てくれ。
 あんたの胸ポケットの中にいる、三毛猫も一緒にな。
 気をつけていけよ。下りとは言え、最後まで油断は禁物だ。
 そういえば、500mほど下ったところにあるヒメサユリの群落はもう見たか。
 ニッコウキスゲも咲いているはずだから、今頃がちょうど
 見頃のはずだ」


 「実はそこが、今回の私たちの一番の目的地なんです。
 楽しみは最後までとっておこうということで、今日に残しておきました。
 下りながら、これからそちらを満喫していきたいと思います」


 『そうさ。真打ちってやつは、いつでも一番最後に登場するもんだ』
ヒヒヒと笑ったたまが、そのまま、耳のうしろを洗いはじめる。
『あれ、こいつ。耳の後ろを掻き始めたぜ・・・』
ヒゲの管理人が雲ひとつ見えない、透き通った青空を見上げる。
『雨が降るようには、俺には見えないがなぁ・・・・』
晴れ渡った青空を、ぐるりと見回す。



 「晴れ渡っているとは言え、山の天気はひと時も油断できねぇ。
 猫が顔を洗いはじめるのは、雨がやってくる前兆と言われているからな。
 ヒメサユリの花を見学したら、天気が崩れる前に早めに下の小屋まで、
 下ったほうが無難だろう。
 じゃあな。本当に気をつけていくんだぜ。ベッピンのお2人さん」



 朝からギラギラした太陽が、容赦なく照りつけている。
稜線上の登山道には初夏の暖かさが、充分に立ち込めている。



 避難小屋のヒゲの管理人に別れを告げた2人が、本来の登山道から、
ヒメサユリの群落へ向かうための脇道へすすむ。
脇道といっても、登山道として整備されたものではない。
登山者たちによって踏み固められた、草のあいだをすすんでいく花畑への小道だ。



 「ヒメサユリ街道などという、洒落た名前がついています。
 実際は、広大なヒメサユリの群生地へ寄り道するため、おおぜいの
 登山者たちが、勝手に踏み固めてしまった枝道です。
 群生地といっても、まとまって咲いているわけではありません。
 広大な斜面に、好き勝手に、あちこちに咲いているだけです。
 花ばかりに気を取られていると、同じような景色ばかりが続いていますから
 迷子になってしまうこともあります。
 綺麗な花には、トゲも落とし穴もあるんだよ、清子。
 ほらこれ。迷子にならないよう、おまじないをしていきましょう」


 恭子がポケットから、オレンジ色のテープを取り出す。
目印として使用する、「マーキングテープ」だ。


 「たまが雨がふるかもしれないと、予測しています。
 念のためです。帰り道を間違えないように、ところどころに目印をつけていこう。
 ほら清子。ヒメサユリの茎だけが、前方に見えてきた」


 「ヒメサユリの茎だけが見えてきた?。
 あら、本当だ。
 茎はありますが、先端に、お花がひとつもついていませんねぇ・・・・
 一体どうしたことでしょう。無い。ナイ!。
 本当にお花が、ひとつも無い!」



 「お~い。お姉ちゃん達。ヒメサユリの花の見学かい?。
 このあたりの花は、カモシカに食われてほとんど全滅だ。
 その先の『語らいの丘』を下ったあたりなら、ぼちぼち咲きはじめている。
 大雪の年は餌が不足するため、腹を空かしたカモシカたちが
 ヒメサユリの花の新芽を食っちまうんだ。
 そういうわけだ。
 花を見るなら、気をつけて下っていけよ」


 「あら。ご親切にどうも。
 そういうあなたたちは、ここで何をしていらっしゃるのですか?」


 「ヒメサユリ街道の草刈りだ。
 花の時期になると、稜線上の登山道より、こっちの脇道を歩く人の方が多くなる。
 飯豊連山の登山の本番は、梅雨が明けた7月の末からだ。
 本格的な夏登山の前に、こうして、登山道の整備をしているのさ」


 「それは、それは、ご苦労様です。
 では、教えていただいた語らいの丘まで、行ってきたいと思います。
 おじさまたちも、お仕事を頑張ってください。
 では、ごきげんよう。さようなら!」


 「おう。ごきげんよう。
 気をつけて行けよ。ヒメサユリよりも綺麗な、2人の別嬪さんたち!」


(61)へつづく



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2 コメント

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連休も終わって (屋根裏人のワイコマです)
2017-03-24 10:22:39
連休も素敵なゴルフで楽しまれて
そろそろお仕事に復帰でしょうか
たぶんしっかりと充電されて、
足腰の疲れも癒えたことでしょう
強風の中のゴルフは、風の向きと
強さそしてどんな球筋に、私が一番
悔しく感じるのがグリーンのカップ手前で
風に押し流されるのが悔しい。
落合様のゴルフはそんなことないですよね
お疲れ様でした。
くやしいことに、筋肉痛・・・ (落合順平)
2017-03-24 17:43:15
連休明けで、身体がなまっています。
朝8時から午後3時までの農作業で、あっというまに
筋肉痛になってしまいました!。
人間の身体なんて、脆弱なものです。
数日間、楽をしていただけで、いままで普通に
こなしていた農作業で、筋肉痛になってしまいました。
やっぱり、何事にも油断は禁物のようです(涙)。

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